「このっ……はなせっ!!」
四足歩行の飛翔モンスターに現在進行形で誘拐されている最中のリオは、自身を掴む前足のような部位に赫子を突き刺していた。
「かゆゆ……かゆゆっ!! ケヒャヒャヒャヒャ!!」
だが、モンスターはまるで痛みなど感じないかの様に嗤う。
(違う、間違いなく効いてる……)
リオは攻撃の手を緩めない。リオが赫子を突き刺す度、モンスターから吹き出す血がリオを紅く濡らす。
(だって、
攻撃が弾かれていない。それはつまり、リオの攻撃が通っている確固たる証拠であった。
「かゆ……か……かゆゆ……っ……」
事実、リオの攻撃が効いている事を示すかの様に、嘲笑は苛立ち混じりの声色へと変わっていく。
「かゆ……か……げははははは!! ……
「ぶべっ!?」
ついに我慢の限界が来たのか、モンスターはリオを床へと叩きつけた。
「オイオイオイ! せっかくキミを助けてあげたのに、手を突き刺しまくるたぁずいぶんなご挨拶じゃないかなぁ?」
モンスターの中から、全身に包帯を巻いた女が現れる。その声色は不機嫌そうでもあり、楽しそうでもあった。
「……っぐ!! た……助ける……?」
「そうとも。あのままじゃキミはタタラさんに殺されていただろうからね? とはいえ、悲しいことにキミは随分と私の事を警戒しているようだ……まずはご挨拶からしようか? 私はエト。巷では『隻眼の梟』と呼ばれている喰種だ」
その時、リオは分断される前にカオリが叫んでいた言葉を思い出した。
『─────落ちろ、偽物の梟』
「……嘘、ですよね?」
「……あぁ?」
「レザーフェイスさんが言っていた。アナタは偽物の梟だと」
リオの言葉に、エトは溜め息を吐きながら首を振る。
「はぁーっ、ヤレヤレ。キミは自分で見たものよりも、他人が言ったことを信じるのかい? 実際に
芳村が隻眼の梟であることをリオは知らない。カオリからの情報はたった二つ……『羽赫の最高峰』『ロマや四方よりも強い』これだけであった。
「……それすら知らなかったって雰囲気だね? キミは何も知らない、真実に目を向けようともしない。他者の騙る虚構に疑問を抱かないのは、大好きなお姉ちゃんが語る生温い世界がキモチイイから?」
「いったい……何を言って……」
エトの嘲るような、哀れむような声が、リオの首筋をチリチリと灼いていく。
「キミの赫子の秘密。ジェイル探しにレザーフェイスが協力しない理由。キミのお兄さんの行方。ジェイルの正体……私はそれらを知っている。そして、私はキミをもっと強くできる。真実を知りたい? みんなに愛されたい? もう奪われたくない? もっと日の当たる場所で生きたい? なら
それはリオの知りたいことであると同時に……限りなく胡散臭い。
「……戯れ言ですね」
エトの知る情報は欲しいが、リオにとって力と理不尽の象徴とも言えるカオリを裏切ってまで、
「疑いはごもっとも。ならサービスで幾つか教えてあげよう。まずキミの赫子だが、キミは元々四種の赫子を持っていたワケじゃない。キミの赫子は『他者のRc細胞を取り込み、新たな赫子を形成する能力を持った赫子』だ。元々の赫子が何だったかは知らないけど、キミは共食いを繰り返す度、赫子の種類が増えていく。だから……」
エトはブレードのような羽赫を生やし、それをもぎ取る。
「はい、あげる。これでキミは『隻眼の梟』の因子を持った赫子が出せるはずだよ」
リオにとって、エトの行動は意味不明だ。
「わかりません……どうして敵であるアナタが僕に……」
「敵じゃないとも。キミ本来の価値観なら、キミ本来の在り方なら、間違いなくキミはレザーフェイスを裏切る。優しい心を持ったキミなら、レザーフェイスと共に歩けないし……耐えられない。近い将来仲間になるキミへのプレゼントさ」
やはりエトの言うことはわからないが、ひとまず敵意は無さそうだとリオは判断し、赫子の欠片を受け取った。
「仲間になる気はありませんが……あなたがいう事を証明するためにも頂いておきます」
「今ここで食べると良いよ? 私はキミに危害を加えない」
リオはエトの赫子の欠片を食べる。食べた途端、その身に凄まじい痛みが駆け巡る。
「づっ……あああ゛あ゛あ゛あ゛ぁッ!!」
痛みが走るのは分かっていたため、痛みに叫びながらもリオはエトから目を離さない。なぜならエトが先の言葉を反故にして、攻撃してくる可能性があったからだ。
だが、エトは満足そうに頷くのみで、攻撃を仕掛ける様子は無い。
「うむ、ちゃんと食べてくれたようで何よりだ。さて、レザーフェイスがジェイル探しに協力しない理由だが……『レザーフェイスはキミがジェイルだと思っているから』さ。キミが大好きなおねーちゃんは、決してキミの事なんか見ちゃいないのさ……それじゃリオくん、また会おう。アオギリが目指すのは『喰種にとって平和な世界』。キミとキミのおにーさんが望み、レザーフェイスと居る限り得られないモノだ」
リオが『
エトにとって、リオが真実を知った時、間違いなく15区を裏切るという確信があった。
だが……カオリもまた、リオが裏切る可能性を考慮していたゆえに、カオリは先手を打っていた。
リオは出会って間もない頃から脳を弄られ、快楽という毒にたっぷり浸され、意思を少しづつ捻じ曲げられ……既にリオはカオリから逃げられない程に堕ちていることを、エトは知らない。
──────────
共食いによる痛みが落ち着いたリオは、捜査官の衣装に着替え直してから、研究所内を走る。
「んっ……っく……」
しかし、痛みが和らいだ代わりに、リオの全身にはジクジクとした疼きが走っていた。
共食いの後……強力な赫包大量の赫包を摂取した後、リオは必ずカオリから『調整』を受けていた。
つまり、リオにとって共食いが引き起こす強烈な痛みの後には、強烈な快感がやってくると体が学習してしまっている。
条件付けされた体は、悦楽を得ようと疼く。だが、この場にはカオリは居ない。
レザーフェイスはキミを見ていない。そう言い残したエトの言葉が頭に響くが、例えそうだったとしても、体の疼きを開放してくれるのはカオリしか居ない。ゆえに、リオはカオリを求めて走る。
「は、早く姉さんに会わないと……おかしくなるっ……!! 体が熱い……ヘルメットも服も脱ぎたいけど……姉さんとの約束は守らなきゃ……」
紅潮する体を誤魔化すように、リオはカオリを求めて走り続けるが、一向に誰とも出会わない。
「はぁ……はぁ……姉さん達もアオギリの喰種も居ない……みんなどこに……?」
どこからともなく戦闘中らしき音が響いてくるものの、リオはカオリやロウと違って五感が極めて優れているワケではない。そのため、闇雲に走り続けるしかなかったのだが……。
偶然にも、リオは最も探していた人物を発見した。
(白い髪と黒い髪の女の子! くっ……こんな時じゃなきゃ……素直に喜べたのに……!)
リオは乱れた呼吸を無理矢理整え、白黒の双子に話しかける。
「すみません、あなた達が『シロ』と『クロ』ですか?」
丁寧に話しかけたリオだが、白黒姉妹は即座に
「監視カメラで見た。レザーフェイスの仲間……私達をただの食料としか考えていない連中の一味」
「話す事なんて何もない。どうせ食べるために私達を捕まえに来たんでしょ?」
敵意を剥き出しにする白黒姉妹に、リオは慌てて首を振る。
「っ!? ま、待って下さい! 僕の質問に答えてくれるなら、僕はあなた達をあの人達に引き渡さないと約束します!!」
リオの発言に、白黒姉妹は顔を見合わせた。
「……どうする?」
「あのレザーフェイスの仲間……戦闘力は未知数……勝てるか分からないし、今は
「わかった……
「……あなた達は『ジェイル』と呼ばれる喰種ですか?」
その質問に、白黒姉妹は揃って首を傾げた。
「……誰?」
「知るか、そんな奴……ちなみに、そのジェイルとやらは一体
ジェイルは、少なくとも半年以上前に活動していた喰種である。なぜなら、リオがコクリアを脱獄したのが半年前であるからだ。
「はい。半年以上前の喰種です」
「……なら私達じゃない。私達が
彼女達はジェイルでは無かった。
「……そうですか……行って下さい」
リオは白黒姉妹を見逃そうとしたが……。
「あれぇ……見た顔ですねぇ……『クロナ』と『ナシロ』です?」
この場に、新たな来訪者が現れる。
「お前……」
「……
(あの箱……クインケ……まさか捜査官!? もう! どうしてこんな時にばっかり!!)
視線の先、そこには中性的な姿の少年が立っていた。
「今は
クロナとナシロは今でこそ嘉納によって人工喰種へと変えられているが、かつてはアカデミーの生徒として捜査官への道を歩んでいた人間である。
ジューゾーは、そんな彼女達の同期であった。
「人間なんて捨ててやったよ」
「歪んだ世界に価値なんて無い」
人であることを捨て、喰種を選んだ
「そりゃけっこー。ところで……あなたは誰です? 喰種です? それとも
巨大な鎌型のクインケを構えながら、ジューゾーはリオに問い掛ける。
「えっと……二等捜査官の『
「ほぇ~? 今回の参加者にそんな名前ありましたっけ? ……誰の部下です?」
「……
リゼの名前を出した途端、ジューゾーは満面の笑みを浮かべた。
「おお~! 神代上等のメンバーですかぁ! 神代上等にはこのクインケの材料を譲って貰いました~。なので、お礼を伝えて下さいです……ですが……」
ジューゾーは鎌型クインケを振り上げたまま、リオへと疾走した。
「神代上等は喰種の疑いがありますです。ならその部下も、喰種かもしれませんよねぇ!!」
「くっ……!」
リオは咄嗟に甲赫をタワーシールド型に展開するが、火照りきった体では赫子を上手く制御できない。
ジューゾーのクインケは、リオの盾を易々と引き裂く。
盾が破壊されたためリオは咄嗟に距離をとるが、腕を少し切り裂かれてしまい……。
「んぁっ……!」
─────リオは甘い声を上げた。
全身が敏感になっている今のリオにとって、小さなダメージは別の刺激へと変換され、ある意味では痛み以上にリオを蝕む。
そして、ジューゾーは『ソレ』が何なのか知っている。
「およ? 今の声……痛みで気持ち良くなっちゃうタイプです? ママの所にはそういう子も居ましたよぉ。僕は痛みに疎くなってしまったので、ある意味羨ましいです。それにしても……本当に喰種だったんですねぇ。でも、僕の『13'sジェイソン(ジューゾーズ・ジェイソン)』は甲赫なんて楽々なんですよぉ? 甲赫には鱗赫、篠原さんの言うとおりです」
リオはその言葉の中に、聞き覚えのある単語があった。
「ぁ……っく……ジェイソン?」
「はい~。このクインケは半年前、神代上等に貰ったジェイソンの赫子から作った子なんですよぉ」
それは、かつてカオリがリオに告げた言葉。ジェイソンという喰種について……。
『大きな体の割に、逃げ足に特化した面白い子だったよー。趣味は人差し指の関節を鳴らす事と、引き算』
(くっ……趣味はまぁいいとして、何が逃げ足特化……! 姉さん基準で考えるのが間違いだった……
カオリの語り口から、ジェイソンという喰種はさして強くないのだろうと考えていたリオだったが、それはあくまで
だが、強い喰種は例外無く強いクインケへと変わる。リオはジェイソンという喰種が、間違いなく生前は強者であったと感じた。
「ニセハト! 玲を任せ……っ!?」
「逃がしませんよぉ? 昔から双子の腸の長さを比べてみたかったんです。僕が捜査官で、きみたちは喰種。なら、殺しちゃっても良いですよねぇ!!」
ジューゾーは逃げようとした白黒姉妹へ鎌を振るい、そのまま姉妹とジューゾーの交戦が始まる。
(……あれ、むしろ僕が逃げるチャンス? ならっ!)
リオは自分に気付いていない三人から隠れるようにして、その場を走り去った。
リオが去ったその後、白黒姉妹はいつの間にかリオという強力な手札が居なくなっている事に気付くも、ジューゾーから逃げる事ができずに戦いを続行し敗北。
クロナはジューゾーが隠し持っていたナイフ型のクインケに全身を刺され、ナシロは鎌型のクインケによって体を深く斬られた。
結果として白黒姉妹はジューゾーから逃げ出すことに成功するも、ナシロの傷は赫包にまで到達していた……。
クロナは全身に突き刺さるナイフの痛みに呻きつつも、ナシロを抱えて嘉納の元へ向かい、ナシロを治療するように頼む。
だが、嘉納はクロナの治療はするが、ナシロについては諦めるように告げる。それは嘉納が無情だからではなく、もはや助かる見込みが無いからだ。
喰種にとって、赫包とは命そのもの。
通常の喰種では大量出血や頭部破壊、心臓の破壊などでも死ぬが、強い喰種は赫包さえあれば生存が可能である。
頭を吹き飛ばしても生存が可能な喰種の一例として、カオリやアオギリの樹にいる『ノロ』が挙がる。
だが、逆を言えば赫包をすべて失った時、喰種は一直線に死へと向かう。それはカオリやノロのような生命力の高い喰種とて例外ではない。
赫包を全損したナシロはもう助からない。だが、クロナにとってはたった一人の大切な家族。諦められる訳が無い。
ゆえにクロナは……ナシロの全てを喰らった。それはまるで、一つに合わさるかのように……。
白 黒 姉 妹 を 見 捨 て る
ジェイソンVSフレディは、なりそうでなりませんでした。
玲ちゃん、もといジューゾーさんは本作の重要キャラクターなので、無印編においてリオちゃんはジューゾーさんと一騎打ちすることはありません。
もちろん白黒姉妹救済ルートもありません。
というか白黒姉妹はここで助けても、世界一美味しい肉を持つ白黒姉妹は15区地下室監禁ルートしかありませんし……。
そして本作のリオちゃんではお馴染み共食いの後遺症。
でも、どうやら今までとは様子が……?
■モンハン風アイテム紹介
梟喰種の鋭刃翼 8100z
『梟喰種の中でも隻眼であるものが持つブレード状の翼。飛び掛かりざまに獲物を切り裂く大刃へと進化したもの』
■リオちゃんが今までに食べた素材
・梟喰種の刃翼 New!
・戦喰種の尾
・その他多数
次回はロウsideの話です。