花屋喰種   作:みぞれアイス

42 / 117
第42話 天然隻眼の作り方

 嘉納の研究所からカオリの家へと帰ってきたカオリ達は、ハードディスクの中身を確認していたが……。

 

「はーい、中身が分かる人ー!」

「難しい内容ですわね……」

「…………」

「こ、これが車だったら……」

 

 そこに書かれているのは最早暗号としか思えない文字の羅列。事実、アルファベットや専門用語が多用されたソレは、カオリにとっては暗号と何も変わらなかった。

 

「ローマ字読みならできるけど、これは違うみたいだし分かんないなー。医学的な事も分かんないし、私には無理だなー」

「ですが姉様? 姉様は耳やら鼻やらお尻やらに赫子を捩じ込んで体の中を弄り回したりしてますわよね? アレは医学的な知見なのでは?」

「ぅんにゃ、全部経験だよ? そういう映画があったから真似してただけだし」

 

 カオリは首を振る。脳を弄る事だけに関しては並の医者を遥かに凌駕するカオリだが、臓器移植については完全なる素人。医学的知識も無いため、全く分からない。

 

「リオちゃんが医学的な事知ってるわけも無いし、小林も……」

「えぇ、車の整備や道路交通法、個人タクシーを経営する際に留意する必要のある法律などは分かりますが、医学となると……」

 

 小林も首を振る。

 

「そうなると……ろーちゃん、やれる?」

 

 カオリはロウを見つめる。この中で基礎的な学問を最も会得しているのがロウであるからだ。

 

 カオリは大半の知識が映画由来であり、リオも拾った書物由来の知識しか持ち合わせていない。小林は二人に比べれば豊富な知識こそあるが、タクシー関連の知識や、乗客を飽きさせない雑学に特化しており、基礎知識は中学生よりマシな程度だ。

 

 その中で、ロウはセレブ界に実力だけでのし上がった強者である。セレブ界から落ちぬよう、様々な知識を得たロウであるからこそ、唯一嘉納のデータを『難しい』と判断できた。

 

 そして何より、ロウには医学ではないが、『それに類するもの』の知見があった。

 

「ろーちゃんならできるよね? だってろーちゃんが私に接触した理由は……『共食いによって発生する『あーるしー細胞』の活性化による『てろめあ』が長くなる可能性の立証』っていうよく分かんないモノだったもんね? 今ならパソコンがあるから分かってるけど、『あーるしー細胞』も『てろめあ』も、細胞学とかいう医療関係の知識だったんでしょ?」

 

 誰よりも美を求めるロウは、スキンケアや化粧といった、小手先の美では満足できない。『根幹からの美』を求めたロウだからこそ、それらの領域にまで手を伸ばしていた。

 

「フフフ、そうでしたわね。そしてそれは立証され、アタクシ達の共食いライフは加速……いえ、姉様は元々でしたわね……分かりましたわ! アタクシ、ブラックジャックを目指します!」

 

 ロウの力強い宣言に、カオリ達は拍手を送った。

 

「それじゃ、このハードディスクはろーちゃんに渡すね? あ、まずコピーしてから! コピーしたやつをヘルスケに売れば、かなりの額になるだろうし。これはみんなで山分けするから楽しみにしててよー? たぶん億は行くはずだからねー」

 

 カオリは自前の外付けハードディスクをパソコンに差し込み、ファイルのコピーを始めた。

 

「結構容量多いなー。1区(アキバ)で買ったすっごく容量の大きいやつなんだけど、これでギリギリかー。よし、しばらく時間かかりそうだから、嘉納さんちで得た情報の共有からやってこっか! それじゃ、私からやるねー。小林は『これ』で記録をお願い!」

 

 カオリはパソコンから『メモ帳』を立ち上げると、席を小林に譲る。

 

「……とは言っても、何から話そっかー? まずはあの時居たアオギリの情報からだよね? んっと、リオちゃんが戦った包帯の人いたでしょ? 包帯さんの名前は『高槻泉(たかつきせん)』。梟を……」

 

 カオリは何気なく話を進めようとしたが、ロウ達にとって『高槻泉』という名前は聞き逃せないワードであった。

 

「……えっ!?」

「……高槻泉ですの!?」

「ヒナミちゃんが読んでた本の……!?」

 

 驚く三人に、カオリは首を傾げる。

 

「……どうしたの?」

「高槻泉と言えば、有名な小説家ですわよ!?」

「……あー、そういえばそんな事もニコさん言ってたなー。まぁ、人間社会に紛れる喰種なんて珍しく無いでしょ? というかここにいる私達全員そうじゃん」

 

 カオリ以外にとっては衝撃の事実であるが、カオリにとっては有名小説家だろうと花屋のアルバイトだろうとタクシードライバーだろうと喫茶店の看板娘だろうと女社長だろうと、『人間社会に紛れる一喰種』でしかない。

 

「そうでしたわね……姉様はそういう方ですわよね……失礼しました、続きをお願いします」

「うん。高槻さんは『梟』を自称してる喰種だけど、梟さんは別人なんだよねー。というか、リオちゃんが働いてる喫茶店の店長さんが梟さんだよー」

 

 リオは高槻ことエトから同じ話を聞いていた。だからこそ……。

 

「姉さん。高槻泉……あの場ではエトと名乗っていましたが、エトは姉さんこそが勘違いをしているとのことです。『あの老いぼれより私が弱いとでも?』とも言ってました」

「……姉様には申し訳ありませんが、アタクシもあの高槻泉こそが隻眼の梟だと思いますわ。あの荒々しさ、11年前と同じでしたわ……」

 

 二人の言葉に、カオリは自身の記憶をたどる。

 

「んー? 11年前私が嗅いだニオイは確かに芳村さんだったんだけどなぁ……もしかして、11年前の梟は芳村さんと高槻さんで二人居たのかな? でもまぁ、厄介なのは芳村さんに変わりはないねー」

「……なんでですか?」

 

 リオにとって、カオリがあの優しい芳村を警戒する理由が分からない。

 

「まずは食料の差かな。アオギリは私達程じゃないけど潤沢な食料があるんだよー。でも芳村さんはさ……自分が決めた厳しい規律に従って、最低限の食事しかしてないんだよ? 赫子の出力はご飯の量が大きく関係するから、本当に強さを比べたいなら……『互いに満腹状態である時』にしなきゃ駄目だよねー」

 

 食事は喰種にとって大切なものである。しかし、大量の捕食はCCGの発覚や喰種間の縄張り争いといったリスクを伴う。最低限の食事で静かに生きる芳村と、アオギリとして自由に肉を貪るエトでは、エネルギーに大きな差があった。

 

「そして何より、芳村さんが最も凄いのは……『赫者にも関わらず、完璧な理性を保っていること』だよ?」

「へぇ……その芳村なる方、ただ者じゃありませんわね」

 

 その凄さが分かるロウは、思わず息をのむ。

 だが、赫者ではない小林や、そのどこが凄いのか分からないリオは首を傾げている。

 

「あれ? リオちゃんや小林は分かんない? 共食いを繰り返すと理性が削れるのは、二人とも私の()()()が必要になるくらい壊れちゃうから分かるよね?」

 

 小林やリオは、自身が頭の中に赫子を突っ込まれていた時を覚えていない。しかし、小林はリオの、リオは小林の『治療』される所を見ている。

 

「芳村さんは赫者に至るほど共食いを繰り返したのに、完璧な理性を保っている……その上、最小限の食事しかしてないせいで強さのニオイが分からないから、本気の芳村さんがどれだけ強くなるのかすら分からない……11年前に私が見たとき、芳村さんは私より強かったし、しかも本気じゃなかった……羽赫なのに()()()()()()()()()()()()()()し、アイツに腕を切られたらサッサと撤退した……しばらくしてから実際に芳村さんと会ってみたけど、強さが読めない……」

 

(腕を切った……? 梟を退けた特等捜査官の『黒磐(くろいわ)』……いえ、腕を切ったのは『有馬(ありま)』ですわね)

 

 眼鏡をかけた白髪の特等捜査官『有馬貴将(ありまきしょう)』。彼は挙動の全てがスタイリッシュにしてクーレストなハイカラ番長であり、その圧倒的強さから『CCGの死神』を始めとした様々な異名を持つ捜査官である。

 

(……それにしても……()()()?)

 

 ロウにとって、カオリが他者を『アイツ』と呼ぶ事は今までになかった。

 

「姉様。特等捜査官の有馬とは何か因縁が……?」

 

「んー? 私が東京に来てちょっとした頃に、24区でアイツに不意打ち貰っちゃったんだよー。その時に肩をまるっと吹き飛ばされてねー……甲赫の赫包部分がごっそりなくなっちゃったから、修復の為に『ゴミ捨て場の肉』を大量に食べる必要が……当時は半赫者ですらなかったから、修復のために長いこと食べなきゃいけなかったし……それに、ふっ飛ばした私の赫包でクインケまで作っちゃってさー!! ……まぁ、今更だけどねー」

 

 当時の事を思い出したのか、カオリは不機嫌な声色へと変わるが、すぐに元の機嫌へと戻った。

 なお、ゴミ捨て場の肉とは24区に存在する『Rc細胞壁』の事である。食べることで共食いに近い効果が得られるが、その肉は恐ろしく固い上に、味は死ぬほどマズい。

 

「それに、リオちゃんの言葉でちょっと思ったことがあるよ。高槻さんは片目だけが赫眼(かくがん)で、赫子の形状が芳村さんと似てるってことは、二通り考えられるよね? 一つは歯茎さんと同じ様な『人工喰種』なんだけど、もう一つは『芳村さんが生ませた天然隻眼』の場合なんだよー。嘉納さんの人工喰種化はつい最近の技術だから、恐らく高槻さんは天然隻眼。そうなると……芳村さんって結構愉快な喰種だったんだなって思ってねー」

 

 カオリはニッコリと嗤う。

 

「……それは一体……」

「うん。天然隻眼を作る方法はかなり難しい話でねー。喰種の男と人間の女の間に子供を作って、『その女に10ヶ月人肉を食べさせ続ける』っていう拷問の末に生まれてくるんだよー。人間は衛生管理された豚や鶏とかの生肉ですらお腹を壊すのに、人間の生肉なんて食べれる訳無いじゃん? 当然様々な病気に感染して、どんどん衰弱していくよね? まず10ヶ月も保たずに病気で死んじゃうし、運良くとーっても病気に強い体でも、狂って自殺しちゃうんだよ? ある日突然さらわれて犯されて、10ヶ月も病毒の塊を摂取させられ続けて、挙げ句生まれてくるのは醜い人喰いの化物……ふふふっ……そんな気の長い拷問をするなんて、芳村さんはあの穏やかな顔に、どれだけの狂気を隠してるんだろうねー?」

 

 カオリは愉しそうに笑うが、カオリの語るあまりにも(おぞ)ましい話に、リオや小林だけでなくロウすらも青い表情になった。

 

「まぁ、狂った赫者ならそんな愉快なこともするよね! ……って思うところだけど、芳村さんに限ってはそんな狂った気配を欠片も見せてない……紛れもなく理性を完全にコントロールしてるよね。これが芳村さんを警戒する理由だよー?」

 

 リオは芳村の穏やかな顔が、どこか恐ろしいモノに思えてくるが……。

 

(いや、やめとこう。昔はどうであれ、今の店長はいいひとなんだから……)

 

 リオは、あえてこれ以上考えることをやめた。

 

「……っと、話が脱線しちゃったね。話を戻すよ? 私が戦った白コートの白髪さんはタタラって喰種。炎を使う赫子を持ってるから、私が苦手とする相手だよー。正直な所、かなりマズいなーって思ってたんだけど……『ナース』は炎耐性がとんでもなく高いクインケだったみたいで、まさに九死に一生だったよー……」

 

 カオリが死にかけたという事実に、リオは眉を寄せる。

 

(やはりエトの言っていた事は正しいのか……姉さんを後一歩で殺せるような相手に、僕が戦えるとは思えない……)

 

「それで、私は白髪さんとの戦いで大幅に消耗しちゃったので、嘉納さんが作った美味しいご飯を食べてちょっと回復。その時に捜査官達と鉢合わせちゃったから、ちょっとからかいつつ、嘘情報をバラまいておいたよ! まぁ当然戦いになっちゃったんだけど、捜査官の一人が炎のクインケを持ってたみたいでねー……つまりまた死にかけました。てへぺろ! 反省しまーす」

 

 あまり反省してなさそうなカオリに、ロウ達は苦笑いを返した。

 

「その後は嘉納さん家に居た人工喰種達を食べてるうちに、今回の作戦は終わりました。正直何もしてないやー。ごめんね? それじゃ、次はリオちゃん宜しく!」

 

 

 カオリはリオへ話のバトンを渡す。

 

 

「はい。僕はエトと名乗る喰種『高槻泉』に連れて行かれましたが……連れて行かれた先で、エトは僕に『真実を教える代わりにアオギリへ入れ』と勧誘してきました」

 

 その言葉にカオリはニヤリと笑うが、リオはなぜカオリが笑ったのか分からなかった。

 

「それで、高槻さんはなんて言ったの?」

「僕じゃタタラに勝てないから助けたことから始まり、僕の赫子は元々四種類だったのではなく『他者のRc細胞を取り込み、新たな赫子を形成する能力を持った赫子』だと教わり……」

「……ちょっと待ったぁ!!」

 

 リオの発言をカオリが止める。

 

「え? 他者の『あーるしー細胞』を取り込み、新たな赫子を形成する能力を持った赫子? それって……赫子四種持ちどころの才能じゃないよね!? リオちゃん、私があげた尾赫は出せる?」

「えっと……やってみますね」

 

 リオはカオリの赫子を意識しながら尾赫を出した。

 

「おおー……これは……リオちゃん……凄いとかそんな次元じゃないかも……」

 

 リオが今まで出していた尾赫は、大蛇を思わせるような灰色の尾赫。だが、生えてきた尾赫は『大樹の根を思わせる硬質な灰色の尾赫』であった。

 

「ふむふむ。私の赫子っぽい感じだねー。色は私みたいな黒じゃないんだね? そこはリオちゃんの赫子だからかなー? ……でもこうなると、私の甲赫はあげられくなっちゃうなー。せっかく素早さがあるリオちゃんなのに、私の甲赫が増えるなら足が遅くなっちゃうし……ろーちゃんや小林の赫子ならどうだろ? 二人ともリオちゃんに分けてあげてもいいー?」

 

「アタクシの美の源泉を分け与えるなんて業腹(ごうはら)ではありますが、興味もありますわね……良いでしょう! 後でボウヤに少し分けてあげますわ」

「ほっほっほ。私の赫子があまり役に立つかはわかりませんが、特に異論はありませんぞ」

 

「よし決定! ちなみにリオちゃんに拒否権はありません! んじゃ、続き話していいよー」

 

 リオは間違いなく拒否するだろうと予想できたため、カオリはリオの意見を聞くことなく話をすすめてしまった。

 

「うぅ……話を続けますね……僕が仲間になる事に自信があるのか分かりませんが、エトは僕に赫子のカケラを手渡し、食べるように言ってきました。そして、アオギリに入るなら、真実を教えると……」

「真実?」

「はい。僕の赫子の秘密もそうですが、兄さんの行方、ジェイルの正体……それと……姉さんがジェイル探しに関与しない本当の理由……」

 

 リオはカオリを見つめる。それは睨みつけながらも、どこか不安の入り混じった瞳であった。

 

「ふふっ……可愛く見つめておねだりかなー? うーん、これはあんまり言うと可哀想だったから言わなかったけどさー。ジェイルは『宝石』って意味でしょ? んで、捜査官達にとって私達喰種の価値って、クインケの素材である赫子だけなんだよ。そして、宝石のように価値のある赫子は……リオちゃん! 世界最高のクインケ素材であるキミだよっ!」

 

 カオリはリオへ、ビシッと指をさした。

 




 勘 違 い さ れ る 店 長 
人と喰種の間に愛が芽生えるなんて欠片も思ってないため、カオリ視点では芳村さんが同類(やべーやつ)に見える。

■カオリによる梟さんズのイメージ
・芳村:一見穏やかそうに見える顔は狂気を完全にコントロールし、力の底を悟らせない。どこからか人間の女を拐って無理矢理子供を産ませた拷問狂。まさに化物
・エト:超外道生物☆芳村によって生み出された可哀想な天然隻眼。強い羽赫の赫者。

カオリの結論:どう考えても芳村さんが圧倒的にやべぇナニカ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。