花屋喰種   作:みぞれアイス

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第43話 檻の中の宝石

「……あはは……えーっと……」

 

 カオリにジェイルだと言われたリオは、苦笑いを浮かべている。

 

「姉様……宝石は『ジュエル』ですわ……『ジェイル』は確か檻という意味だった気が……」

「なん……だと?」

 

 カオリ、ここにきて勘違いに気付く。だが、これだけがリオをジェイルだと思う理由ではない。

 

 とはいえ、それを今言うワケにはいかなかった。

 

「ふふふっ……私の勘違いだったんだねー? でも、リオちゃんは()()()私に協力してほしいのかな? それは()()()()()()()()殺戮の中に身を置く選択なのは分かるかなー?」

 

 カオリはニヤリと嗤う。リオはこの半年、ナキと戦った際に犠牲者こそ出してしまったが、自ら進んで他者を殺してはいない。

 

「それは……」

「私は本物のジェイル探しなんて面倒な事はしないよ? やるなら二つの方法だけ。一つ目はコクリアを襲撃して、無数の捜査官や囚人を食べ(ころし)ながらお兄さんを奪う事。当然リオちゃんには無抵抗な囚人だろうと、ただの事務作業員だろうと、みーんな殺してもらうよ?」

 

 殺戮。それも自らの手で。リオは事の重さに生唾を飲む。

 

「コクリア襲撃は私やろーちゃんでも消耗が計り知れないし、増援が来る前に片付けなきゃいけないから迅速にやる必要があるよ。小林は逃走経路の確保。私やろーちゃんは片っ端から牢屋や外壁を壊す。そうすると殺してる時間すら惜しいのは分かるかなー? だから、補給のためにリオちゃんは捜査官も作業員も全部殺してもらうよ。泣き喚き、幾つもの呪いを浴びせながら死んでいく肉塊を積み重ねる……その覚悟があるなら、私はリオちゃんに力を貸すよ?」

 

 その光景を想像するだけで、リオは自らの体が震えるのを感じていた。

 

「もう一つは……なんですか?」

「リオちゃんを囮にキジマさんを呼び出して、キジマさんを拷問にかけて何もかも奪うよ。キジマさんに譲ってもらうって言い換えても良いかもね? 拷問するのはリオちゃんにやってもらうからね? ……ちなみに、キジマさんだってジェイルという喰種に人生を狂わされた可哀想な被害者なのは知ってる?」

「えっ……?」

 

 リオは知らない。キジマの体を構成する様々なパーツは、ジェイルという喰種によって奪われた事を。

 当時から上井大学に潜入捜査中だった『旧多二福(ふるたニムラ)』という部下を除き、かつていた仲間達は全員ジェイルによって殺されていることを……。

 

 キジマもまた、ジェイルによって狂わされ、苦悶の檻に囚われているのである。

 

「ジェイルによって仲間と体を失ったキジマさんは、ジェイルを討伐するためだけに生きてる。そんな可哀想なキジマさんを、リオちゃんの手で拷問するんだよ? キジマさんはリオちゃんをジェイルだと思ってる。そんな相手から幾つもの拷問を受けると、最初は憎しみや怒りに満ちるんだろうね。でも、それがいつしか苦痛になり……悲しみになり……心が折れる。そしてキジマさんはリオちゃんに全てを明け渡す。それは助かりたいからじゃなくて、死にたいから」

 

「ぼ……僕は……」

 

「さぁリオちゃん、選んでよ。お兄さんのために大勢を殺す? たった一人の哀れなキジマさんにあらゆる苦痛を与えて壊す? 血と悪意にまみれた手で、お兄さんを迎えにいこう。大丈夫、私達は喰種。血にまみれるのも、怨嗟の声を踏みにじるのも、それは生きる上で必要な事だから」

 

 惨劇を繰り広げた上での生活。それを兄が祝福してくれるのか、リオには分からなかった。

 

 リオの脳裏に浮かぶのは、兄との日々。

 

 

(あれ……?)

 

 

 楽しかったはずの日々……だが、何故かそれはつまらなくて、物足りない日々に思えた。

 

「ふふっ、リオちゃんの考えていること、当ててあげよっか? お兄さんの事思ってるんでしょ? お兄さんを助けてあげた後、お兄さんが私に反抗的な態度だったら、私が殺しちゃうんじゃないかって思ってるんだよね?」

 

 否。リオが考えていたのはそれよりも更に浅い地点。

 

「大丈夫だよー。お兄さんもリオちゃんと一緒。とっても大事に……()()()()()()()()

 

 カオリは嗜虐的な笑みを浮かべる。リオはゾクリとした感覚を味わいながら、違和感の正体を理解した。

 

(ああ……僕はもう……)

 

 

 リオはもはや、カオリ無しの生活が耐えられなかったのだ。

 

 

 安全な寝床、温かいお風呂、満腹感を味わえる食事、花屋の手伝いや喫茶店の仕事、楽しい映画、そして……苦痛と被虐による快感。それら全て、兄と隠れ暮らしていた頃には無かったもの。

 

 いつしか兄を助ける事よりも、15区での生活こそ大切になっていた。

 

「違う……違うんです姉さん……」

「んー? もっと難しい事考え……」

「もっと最低な事ですっ!!」

 

 叫ぶリオへ、カオリは静かに微笑みかけている。

 

「……僕は……もう、姉さんから離れられない……それを選んで今の生活ができなくなるくらいなら、兄さんを……見捨てようと……」

 

 リオの目からとめどなく涙が溢れる。

 

 泣きじゃくるリオを、カオリはそっと抱きしめた。

 

「ごめんねリオちゃん、厳しい選択をさせちゃったかな。それじゃあ、もうちょっと優しい手段にしよう。でも、それには準備が少しかかるから、もうちょっと待っててね?」

 

 カオリはリオを優しく抱き、頭を撫でる。それだけでリオの悲しみは少しずつ薄れていく。

 

「姉様……顔、顔」

 

 リオは抱きかかえられており、小林はカオリの背中しか見えないため、二人はカオリの顔を見ることはできない。

 

 だが、ロウはハッキリと見ていた。ニヤリと嗤うカオリの顔は……。

 

 

 まさに『計画通り』そのものであった。

 

 

──────────

 

 

 しばらくし、泣きじゃくっていたリオが落ち着いたため、カオリ達は反省会を再開した。

 

「……その後、エトは僕の赫子を証明するため、赫子の一部をくれました。エトは僕がアオギリに入る事を確信していたようですが……」

 

 リオの言葉に、ロウは肩を竦める。

 

「まぁ、さっきの様子でしたら有り得ませんわね。アオギリが『ビッグマダム』……あるいは『クロックムッシュ』辺りでも仲間にしていれば話は変わるでしょうけど、恐らくアオギリの財源はタタラが抱える海外マフィアによる収益と、高槻泉の印税、後は細々した略奪くらいしか無いハズですわ。ここと同水準の生活がしたいなら、アオギリ所属は選択肢にすら入りませんわね」

 

 ロウの言うとおり、リオがカオリの元から離れる選択は最初から無かったのだ。

 

「そして、僕は赫子を食べ、Rc細胞活性化の痛みで動けない間にエトはどこかへ行きました。その後、アテもなく探索を続けていると、僕の目標だったシロとクロを発見しました……ですが、彼女たちは『半年前から動けるようになった』とのことで、ジェイルではありませんでした。彼女達と会話中、突如捜査官(ハト)がやってきました。相手は『スズヤジューゾー』と名乗る二等捜査官です。ジェイソンを素材としたクインケを保有しており、神代リゼという名前を知っていました。姉さんに感謝と言っていましたが、あのハトと過去に何かありましたか?」

 

 リオはカオリへ視線を移す。カオリはニッコリと笑い、話を始めた。

 

「うん、半年前に11区のアオギリ拠点で出会ったよー。そのときに死にかけのヤクモちゃんを譲ったんだよ? ふふっ、そっか……あの子が『ジェイソン』になるんだねぇ……」

 

 カオリは口角を更に吊り上げていく。その笑顔は、リオへ恐怖を与える笑みだった。

 

「あはは! クリスタルレイクに沈んだ哀れなボーヒーズ坊やじゃない。湖からクインケになって蘇った本当のジェイソンが彼になるんだねぇ! あぁ、実に楽しみだよ……蘇ったジェイソンを再び湖へ叩き落とすのは、このレザーフェイスだと教えてあげたいなぁ……! それとも、坊やを殺したイジメっこの私こそ殺されちゃうのかなぁ! ふふふっ……ふふふふふっ!!」

 

 どこか現実と映画(ひげんじつ)が混ざったかのような口調で、カオリは高らかに笑い出す。

 

「……姉様がこの状態になると、止めない限り長くなりますわ。話を続けなさい」

 

 ロウは首を振りながら、リオに話を戻すよう告げた。

 

「わ、わかりました。ハトと白黒はかつての知り合いだったようで、交戦を開始しました。僕はあの……ちょっと戦うどころじゃ無かったので、白黒を囮にしてその場を離れました。その後探索を続けていましたが、放送が流れたため撤収しました」

「そうでしたのね。白黒姉妹を確保できなかったのは残念ですが、ウフフ……代わりに帰り道では面白いモノが見れたのでまぁ良いでしょう」

 

 自らの痴態を鑑賞されていたという事実に、リオは改めて赤面する。そんなリオの姿を、ロウはニヤニヤと眺めていた。

 

「……っと、ボウヤを弄るのはここまでにして、アタクシの成果を述べますわね……姉様! そろそろ戻ってきて下さいまし!」

 

 ロウはカオリに向かってボールペンを投げつける。カオリは一瞬で尾赫を生やすと、飛来するボールペンを切り裂く。

 6つに裂かれたボールペンは軽い音を立てて床に落ちるが、ほぼ反射に近い反撃を行ったことで、カオリが現実に戻ってきた。

 

「んー? あー、ごめんね。続けていいよー……ってこれ私のボールペンじゃん!? まぁいいや。替えはあるし、大した値段じゃないし」

 

「……オホン、アタクシは姉様にタタラを任せ探索を続行しましたが、鯱に追い付かれましたわ。即座に交戦へと移りますが、油断しており少し負傷してしまいました……即座に傷は治したものの、なぜかあの場に歯茎のボウヤが近付いて来たため戦闘を中断。その際に鯱が歯茎のボウヤとの戦闘を希望し、アタクシは観戦へと移りましたわ。観戦中に床が抜け、アタクシ達は階下へ落下。そこには嘉納と『大喰い』がいましたわ。大喰いは機械の中に閉じ込められており、姉様が予想していた通り嘉納は大喰いの赫包を使って実験体を作っていたようです。大喰いが生きていたのは予想外でしたが……」

 

 本物の神代リゼが生きている。この事にカオリは苦笑いを浮かべていた。

 

「ありゃー。神代ちゃん生きてたのかー……死んでると思ってたから名前勝手に使っちゃったよー。まぁ神代ちゃんには悪いけど名前を替えてもらうしか無いねー。神代リゼはもう『私の名前』だからねぇ……」

 

「フフフ、所詮大喰いとは名ばかりで、姉様やアタクシよりも食事量の少ない喰種です。気に病む必要なんてありませんわ? ……話を戻しまして、嘉納は歯茎のボウヤをアオギリに勧誘しましたわ。とはいえ嘉納もまだアオギリでは無かったようなので、アタクシは如何にアオギリよりアタクシ達が優れているかを説きましたが、嘉納はアオギリを選びました……その理由は、次の通りですわ」

 

 

 ロウは嘉納が話した内容を告げていく。

 

 

「鳥籠の破壊? 何を言ってるのか分かんないや……でもまぁ、戦力の欲しいアオギリと、戦力を作りたい嘉納さんの希望が合致したって事かなぁ……?」

「そうかもしれませんわね。姉様のことを『鳥籠をくぐり抜ける植物』と評していましたし……嘉納が破壊したい鳥籠を姉様はすり抜ける事ができる。つまり、姉様ならできた何かが、嘉納にはできないようです」

 

 ロウの言葉に、カオリは更に首を傾げる。

 

「んー? 私のした『何か』が、嘉納さんもしたいってこと? なんだろ?」

 

 カオリの疑問に、素早くロウは手を挙げた。

 

「姉様といえば美。美しくなりたかったとかでしょうか」

「おっと、まさかの嘉納さんオカマ説」

 

「強くなりたい……とかはどうですか?」

「うーん、リオちゃんの言うとおりだとは思うんだけど……強くなって何がしたいかだよねぇ……綺麗なお花を育てたい……とか?」

「……嘉納が綺麗な花を育てたいなら、強くなる必要などありませんわ……ホームセンターに行けば解決しますわよ……とはいえ、姉様みたいに嘉納も体から花が生えるなら分かりませんが……」

 

 カオリは気付かなかったが、嘉納がそのようにカオリを表現した理由は、かつてカオリが『(ヴィー)』という組織の勧誘を断り、そのイザコザで組織へ壊滅的ダメージを与え、今もなおカオリの掌握をさせていない事にある。

 

「まぁ、嘉納の事を考えても分かりませんわね……続けますわよ? 嘉納が歯茎のボウヤを勧誘している中、突如新手の喰種が乱入し、大喰いを攫っていきましたわ。その喰種、歯茎のボウヤは『ヨモさん』と言っていましたが……ご存知かしら?」

 

 ロウはカオリ達に四方の事を尋ねる。

 

「はい。あんていくの古参メンバーで、電気を纏う羽赫を使います」

「ちなみにあんていくで3番目に強いよー」

 

「なるほど……あんていくが大喰いを確保した理由は不明ですが、考えても分からないので放っておきましょう。その後、アタクシは研究所のメインルームへ行き、嘉納からデータを受け取りました。そして放送で姉様達に呼び掛け、今に至りますわ」

 

 ロウは話を終え、椅子に座り直した。

 

「うん。嘉納さんは残念だったけど、まぁ仕方ないねー。それじゃリオちゃん! ジェイル探しはもうアテが無いし、キジマさんを捕まえよっか」

「……キジマを捕まえる?」

 

 リオの問い掛けに、カオリはゆっくりと頷く。

 

「そう。さっき言った『2つ目の方法』の優しい版ってとこかな。リオちゃんを囮にキジマさんを呼び出して倒し、その後で私が脳を弄る。これなら仕上げ以外はリオちゃんがやるわけだから、私のやり方を押し付けたりしないよ。余計な殺戮や拷問はしたくないんだよね?」

「はい。ありがとうございます!」

 

 だが、リオは知らない。カオリの脳味噌弄りは、再生力のある喰種だからこそ平気であることを……。

 

 

 反省会が終わり、リオと小林が仕事へ行った後、カオリはロウと二人で家に居た。

 

 

「それで姉様、ジェイルは結局誰なんですの? 英語こそ間違いでしたが、それだけではないのでしょう?」

「ふふっ、やっぱりろーちゃんは分かった? ジェイルは『目元に格子状のアザ』を持つ喰種なんだよー。ろーちゃんはレストランの時にリオちゃんが暴走してるのを見てるよね? リオちゃんの目元、どうだったか覚えてる?」

 

 暴走状態。その時にリオは……。

 

「ええ……クッキリ浮かび上がってましたわね……『格子状のアザ』が」

 

「でしょ? ルチって喰種、ろーちゃん、どこかで見たような気がするキンコって喰種、白黒さん。みーんな目元に格子状の模様があるけど、リオちゃんほどハッキリとはしてないよねー。だから……」

 

 カオリはクスクスと嗤う。

 

「きっとリオちゃんは、私と会う前にも暴走してたんじゃないかな? 例えば……強烈な餓えとかでさ。そん時にキジマさん達と出会っちゃって、無意識に食べたんじゃないかな? 4種類の赫子もそう。きっと飢えて飢えて、共食いもしちゃってたんだろうねー」

 

 強烈な餓え。それは喰種の理性を失わせる。ロウはカオリの推理に納得していた。

 

「そもそもリオちゃんのお兄さんは……ふふっ、だからこれからやるのは茶番劇。お兄さんを助けるためじゃない。私がキジマさんから『チェーンソー型クインケ』を貰うため。それと、リオちゃんが『ジェイル』じゃなくて『フレディ』へと昇華するための……ね?」




 堕 ち る リ オ ち ゃ ん 
お兄さんも泣いていることでしょう。ブォォオオオオン!!ってね。

禁断の果実を食べた猿は、知恵を得て人間へ進化しました。
ですが、それは楽園の管理者には不都合な事だったのです。
トーラーに記載の通り、猿に知恵の実を与えたなら意味はあるのでしょう。
しかし、エトさんがリンゴを与えたのはパブロフの犬。例え知恵を与えても……
あぁ~!ベルの音ォ~!!には逆らえないのです。

次回、嘘字幕パロディ
小林(ペニーワイズ)が○○をオススメするようです。
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