黄色いエプロンとジェイソンの顔が貼り付いたホッケーマスクを被ったカオリは、単身『Helter Skelter』へ足を運ぶ。その手には外付けハードディスクを持って。
「いらっしゃーい。レザーフェイスさんおひさー」
「アラ、レザーフェイスちゃん。お元気?」
バーの中にはイトリとニコ。そして……。
「どもー」
カオリの知らない男性が居る。
「初めまして! 『
ピエロのマスクを被った男性は、宗太と名乗った。
「はーい。よろしくお願いしまーす」
カオリはゆっくりと挨拶するが、カオリは宗太が放つ異質なニオイを理解しており……。
「ところで宗太さんって隻眼……うーん、違うかな。この混ざり具合はどちらかといえば……アイツに近いニオイ? ……宗太さん、何者ですかねー?」
宗太が喰種とも人間とも異なる存在であることを看破していた。
「……アハハ!! そうですね。確かに僕は喰種ではありませんし、表向きは喰種対策局の捜査官をしています。ですが、僕もまたHelter Skelterに所属するスパイ! ロマが『あんていく』へスパイをしに行っているのは知ってるでしょう? 僕もまた、CCGへスパイに行ってるんですよ!」
「…………」
カオリはじっとりと宗太を見据える。とはいえ、マスク越しであるためカオリの表情は分からない。
だが、イトリは理解した。─────このままでは宗太はカオリに殺されると。
「宗ちゃん、信用されてないからもうちょい情報開示して。クインケとかも含めて」
「うぇっ? えっと、僕の親は人間と喰種ですが、隻眼の喰種ではなく『半人間』です。喰種ではなく人間寄りの存在ですので、CCGにある『Rcゲート』に引っかかる事無く勤務できているのですよ? ……とはいえ、アナタは信じて無さそうなので、改めて自己紹介しましょうか」
宗太はマスクを取り外す。そこには整った顔の青年が現れた。
「改めて自己紹介を……僕は二等捜査官の『
Vという単語に、カオリはすこし考える。カオリによる宗太ことニムラへの殺意が薄れたことで、イトリはほっと一息ついた。
「……あっ! 『びー』って、以前
カオリはケラケラと嗤う。その言葉に、ニムラは顔をひきつらせた。
「……彼らだって有馬さん程とは行かなくても、かなり強いハズなんですけどねぇ……ですが、誰も帰さなかったのは正解です。そのおかげで、彼らはアナタに対してどれほどの戦力を使えば良いのか、どのような攻撃方法をとれば良いのか、今はどこにいるのか、ほぼ全ての事が分からない。だから、15区のどこかに居ることが分かっていても手が出せない」
ニムラの語りに、カオリは静かに耳を傾ける。
「有馬さんが持つ自慢のクインケ『
ニムラは嘲る様に嗤う。それはカオリへではなく、ここにいない
「ふーん。ちなみに『びー』が追ってる私の情報って、今どのくらいなの?」
「『
それは当時の
「そっかー、情報ありがとー! それにしても半人間かー……うん。それじゃあ本題に行くよー。今日の
「おおっ! それってもしやカネキチが人間から喰種になっちゃったヤツ!? それじゃあ、早速中身を……」
カオリがハードディスクをカウンターに置くと、イトリは素早く反応したが……。
「ストップ。これは僕が値段をつけても良いです? どうせコレは
ニムラがイトリにストップをかける。ニムラはこの中で唯一の『人間側』に属する人物であり、『とある目的』のために高水準の医療技術を持っている。
ゆえに、人工喰種化技術の取扱いができるのは、ニムラだけになる。
「そだねん、宗ちゃんしか捌ける人居ないし、宗ちゃんが決めて良いよ。でもあんまり高く売りすぎないでよ? いくらレザーフェイスさんと宗ちゃんのお陰で懐が潤ってるとはいえ、調子に乗ったらすぐ赤字まっしぐらだからね?」
カオリによるマネーロンダリングや禁制品の売買によって、イトリ達はかなりの資産を保有するも、彼等はそれを自らのモットーである『楽しむため』に使う傾向がある。そのため、いくらお金があっても足りないのである。
「アハハ、分かってますとも! それじゃ…………でどうです?」
ニムラはカオリに金額を提示する。それは普通の人間が生まれたときから豪遊できるほどの額だが、カオリは首を横に振る。
確かにイトリは高い金額を提示するなとは言った。だが、ニムラの提示した金額は……。
「足りないなぁ……他に売り先無いからしょうがないけど、足りない分はどうしよっかなー。イトリさんの手足をもぎ取ろっか」
「……へ? っきゃあ!?」
カオリは一瞬で尾赫を生やすと、イトリの四肢へ巻き付けた。
「ちょっ!? 待って、助けてニコ!!」
「ゴメンねイトリ……ワタシ、死にたくないのよ」
イトリはニコへ助けを求めるも、ニコは静かに手を合わせる。ギリギリと絞られていく手足に、イトリの背筋から冷たい汗が流れる。
「待ってよ本当マジで洒落にならないんだって!? これウーさんが昔マスクの値段吹っかけてやられたやつ!! あたしじゃ死ぬから!! ヤバイヤバイ段々引っ張る力強くなってる!?」
カオリはゆっくりと手足を引っ張っていく。イトリの関節はミシミシと音を立て、その顔は苦悶に歪む……。
「あ……ぎ……っ、宗ちゃ……こ、交渉しなおせっ……!!」
「ふふふっ、私のお願いを聞いてくれるなら、その安い金額でも良いよー」
イトリの関節からブチブチと音が鳴り響く。限界を迎えつつある体に、イトリの顔色は青く、蒼く変わっていく。
「もうそれでいいから、は……はやくっ! もう……千切れっ……!」
「わ、わかりましたっ! ちなみにお願いとは?」
ニムラが肯定したのを確認すると、カオリがイトリの拘束を解く。イトリは受け身すら取れず床に落ち、四肢の痛みに苦しみ悶えている。
千切れる寸前まで引っ張られたイトリの手足は、関節部分が内出血で黒く染まっていた。
「ニ……ニコ、とびきり強い血酒持ってきて……痛みで頭がイカれそう……」
「そう言うと思ったから既に持ってきたわよ? ほら、飲んで」
激痛で動けないイトリへ、ニコはそっと血酒を飲ませる。
「不当な値下げはこうなるってイトリさんは知ってましたよねー? 手足が無くなる前に宗太さんが頷いてくれてよかったですねっ! それじゃ宗太さん、この技術を今すぐにでも形にして欲しいんだけど、どのくらいでできそう?」
「……えっ? ちょ、ちょーっと待って下さいね?」
まだ見てすらいないデータをすぐに使えるようにしろと言われても、答えられるわけがない。
だが、後ろ向きな回答は危険と判断したニムラは、ひとまず中身を見てから判断することにした。
ニムラは急いでタブレット端末にハードディスクを繋げ、中身を確認していく。
「えっと……なるほど……実は以前から『ある催しモノ』を考えてましてね? 僕の方でも嘉納サンのデータを一部入手していたんですよ。でもこれがあれば……うんうん、アレはこうすれば良かったのか……ふむふむ……よし! これならすぐに形にできると思いますよ? 基礎理論はもう覚えていますので、一ヶ月以内でひとまずの形にはできるかと」
ニムラは資料に目を通すと、にっこりと微笑んだ。
「おおっ! すごいですねっ! それじゃあお願いの内容なんですけど……」
カオリはニムラ達に依頼の内容を告げる。
「……ブフッ! キジマさんをそんなことに? ……面白い採用ッ! いやぁ、レザーフェイスさんって
「ふふふ、ありがとー!」
ニムラはカオリの提案が気に入ったのか、カオリをはやし立てる。カオリもどこか嬉しそうな様子だ。
「くくくっ……それじゃあ準備できたら
ニムラは札束の詰まったカバンをカオリに手渡す。カオリは中身を確認すらせずに、店の出入り口へと歩いていく。
「はーい、ありがとうございまーす。それでは宗太さん、連絡待ってますねー」
カオリは今後のことに思いを馳せ、楽しそうに店を出た。
「ひとまずファーストコンタクトはなんとかなりましたね。案外単純な方で良かった良かった」
「ねぇ……聞きたいんだけどさ、宗ちゃんってマジでレザーフェイスさんを『
強い血酒で痛みを紛らわせながら、イトリは自陣営にカオリを引き込むことに難色を示す。
「いえいえ、引き込むと言っても同盟みたいな形にしようと思ってます。きっとクラウンとは仲良くしてくれますよ? それに……例え仲違いしても、『
「それが大富豪なら良いけどネェ……ワタシ、レザーフェイスちゃんはババ抜きのジョーカーだと思うわ。最後まで持ってたら死ぬわよォ?」
ニムラは楽しそうにポーズを取るが、ニコは肩をすくめる。
「でもしょうがないんですって。あの計画は東京中を巻き込む作戦。レザーフェイスが作戦完了まで待ってくれると思います? 間違いなく計画をブッ壊しにきますよ? それなら多少危険を犯しても、不可侵を約束してもらわないと……それにさっきので分かりました。レザーフェイスは物語に出てくる『悪魔』や『邪神』みたいなモンですね。契約して貢ぎ物さえ与えておけば大人しいんです。僕らの希望になりうる『
「そんな上手く行くかねぇ……」
イトリにとって、カオリの存在はドラクエの『パルプンテ』のようなものだ。利益を齎すが何をしでかすか分からない頭のイカれた狂人……そんなカオリをニムラが制御できるか疑問に思っていた。
「それにですね……いい加減15区の連中は表舞台に出てきてくれないと困るんですよ。いつまでもCCGからコソコソ逃げ回ってるせいでレートすら付いていない都市伝説の喰種……このままじゃ『ゾーマ』になるのは僕らじゃなくて彼女達になってしまう……その前にぜひとも彼女達には『バラモス』として僕らの囮になってもらいましょう。なぁに、ちょっくらおだてれば『舞台の上で』大暴れしてくれますよ」
ニムラは計画を練る。15区の喰種達を表舞台に引きずり出すためには、どうすれば一番効率が良いかを……。
「そういえば『
ニムラはニヤリと口元を歪めた。
「王は『
──────────
所変わってここは20区の喫茶店『あんていく』。
「おっ、今日はリオちゃんが居るぞ。ラッキーだな」
「あぁ、ロマちゃんも可愛い系ではあるんだが……なんつーかな、リオちゃんの儚い感じが良いんだよな。元気っ子も悪くないんだが、お淑やか系なリオちゃんはグッとくるモンがあるんだよな」
「わかる。ああいう子を嫁にしてぇよなぁ……」
客としてやって来た二人組の喰種は、リオについて小声で語り合う。
「でもあの子の家、15区らしいぞ?」
「それマジ? てことはあの子ヒューマン?」
15区、それはたった一人の喰種が支配する場所。そこに居を構える喰種は、20区でも有名だ。
「いや、喰種だろ? てことはよ……リオちゃんのオヤジかお袋って、多分レザーフェイスなんだよなぁ……付き合ったとしても実家へ挨拶に行ったら帰ってこれなさそう……」
「それな。ちなみにリオちゃんがレザーフェイスの可能性」
「あるわけねぇだろ、15区の噂何年前からあると思ってんだ。そしたらリオちゃん何歳になんだよ? どうみてもリオちゃんは14か15歳くらいだろ常識的に考えて」
「……レザフェ合法ロリ説」
「マジかよお前天才だな。それじゃリオちゃんが仕事終わったら尾行よろ。生きてたら話教えてくれ」
客達は小声で談笑するも……。
「あの、ご注文は……」
リオはすぐ近くにいたため、バッチリ聞こえていた。
「あぁ、コーヒーLサイズ、アイスでね?」
「俺も。でもミルクやガムシロは入れないでくれよ? この前ロマちゃんにやられたしな」
客達も喰種である。水とコーヒー豆しか摂取できないため、砂糖やミルクは飲めないのだ。
「はい。アイスコーヒーLを二つですね! ……それと、あんまりうちの事は探らないで下さい……お客様が晩御飯に出てきたら、僕は悲しいですよ……?」
リオは悲しそうに目をふせる。その姿に、客達は胸かキュンとするのを感じた。
「あ、あぁ……ごめんよリオちゃん……冗談だ」
「そうそう、ちょーっとしたジョークさ。すまん、だからそんな悲しそうにしないでくれ……罪悪感がヤバい」
「……もう、命は大切にして下さいねっ!」
どこか拗ねた様な声色で、リオは客達に忠告する。そんなリオを見て、客は思う。
可愛いと。
「……うっは! リオっちマジガール!! 面白すぎて
ロマは陰からゲラゲラと嗤う。ここにリオが男だと知るものは、ロマしか居ない。
真実を知るロマにとって、リオは作業を代わりにやってくれる良い子に留まらず、愉悦を提供してくれる愉快な
──────────
「それにしても、今回は良かったなリオ」
従業員用休憩室にて、ニシキがそう呟く。
「えっと、どうしたんですか?」
「……あー、リオが『あの人』に連れていかれた後ってよ、いつも大怪我して休んでただろ? だから今回もしばらく休みになると思ってたんだよ。あの人に逆らうのが無理なのは分かってるけどよ……まだ小せぇのに大変だなってな……だからよ……」
ニシキは悲しそうな顔でリオを見た。
「なんか思い詰めてるだろ。俺に話してみろよ?」
リオはビクっと反応する。その様子に、ニシキは予想通りリオが何かに悩んでいることを確信した。
「……やっぱりな。確かにリオ、お前は強い。だけどあの人と比べりゃそうでも無いだろ? お前のねーちゃんは相手の事情なんざ無視して、全部を踏み潰して行くようなバケモンだ。まさに俺達とはスケールが違う……だからあの人に話したくても話せないことがあるんだよな? 確かに俺は頼りねぇかもだが、こちとら上井大学に通ってるんだぜ? 学力なら俺が上だ。あの人にはできないアプローチもできるんじゃねぇかな」
ニシキに優しく言われ、少しずつリオは話し出す。
「もうすぐ……全てが片付きます。結局ジェイルという喰種は見つからなかったけど、姉さんが協力してくれる事になりました……キジマを呼び出し、直接キジマから兄さんを奪い返します……でも……姉さんが居れば大丈夫だとは思ってるんですけど……怖いんです……怖いのはキジマと戦うこともそうですけど、変わり果てた僕を……果たして兄さんが受け入れてくれるかも不安なんです……!」
リオは自身の肩を抱き締めた。
「……分かってるんです。人を殺すのが怖いなんてただのエゴ……だって、僕はそれを食べてるんだから……姉さんはキジマを殺さない方法なんて言ってたけど、あんなの僕でも嘘だって分かります。姉さんはきっと僕にキジマを殺させる……キジマと戦うのが怖い……僕自身の手でキジマを殺すのが怖いんです……!!」
瞳から涙が流れ出す。その口からは取り留めも無く言葉が飛び出し、ニシキへと飛来していく。
「どんどん僕が僕じゃなくなっていく感じがするんです……姉さんに染められて、だんだん兄さんの声すら思い出せなくなっていく自分が怖いんです……このまま行ったら……僕はあんていくに戻ってこれるのかすら分からないんです……っ!」
泣きじゃくるリオの頭を、ニシキは優しくさすった。
「ったく……カネキとは年齢も性別も違うけどよ、ホント良く似てやがる……背負い過ぎだリオ、もっと力抜けよ。お前の兄貴が帰ってきたらさ、しばらく15区じゃなくて『
カオリの事を考えてしまい、ニシキは思わず身震いする。その様子は少し情けないが、御蔭でリオは少し涙が引いた。
「これは芳村の爺さんの受け売りだけどよ……『あんていくは泣いてる奴を見捨てたりしねぇ』。だからよ、終わったらまた働きに来いよな? クソトーカは受験で全然来ねえし、帆糸はクソドジだし、カネキはどっか行っちまったし、古間さん達ばっかりに押し付けるのも悪ィしな。だから、ちゃんと戻って来いよ」
優しく髪を撫でるニシキに、リオはしっかりと頷いた。
そこには穏やかな空気が流れているが……。
「はいはーい! 休憩交代でー……あーっ! 先輩、彼女がいるのにリオっちに浮気ですかぁ? 女の敵ー! 鬼畜眼鏡ー! ルックスだけSSSレートー!」
休憩の交代を告げに来たロマが、その空気をぶち壊した。
「帆糸ォ! 俺がせっかく人生相談に乗ってやってんのに茶化しやがってクソアマァ!! 誰が鬼畜眼鏡だ!! こちとら
「ギエピー!! リオっちヘールプ! 先輩が怒ったぁ~!」
「あ、あはは……」
あんていくでの日々は緩やかに過ぎていく……終わりの日に少しずつ近付きながら……。
鬼 畜 眼 鏡
BLゲー。貴未さん一筋の西尾先輩にはきっと関係ないよねっ?
「先輩は気付いてないみたいっすけど……実はリオっち男なんだよなぁ」
人工喰種化技術はめでたくニムラさんに渡りました。
原作でもどこかのタイミングでニムラさんへ技術が渡るのですが、本作ではこのタイミングで渡します。
■本作で出てきた他ゲーム用語
・パルプンテ
→何が起こるか分からない呪文。
・バラモスとゾーマ
→魔王バラモス。ラスボス……かと思いきやバラモスを倒した後に真の大魔王ゾーマが現れ、魔王討伐の勝利に喜ぶ人々を絶望に陥れる。
■オリジナルクインケ『サカモト』について
元になった喰種やその討伐に至る話は暫く後の投稿になりますので、ひとまずは『カオリを撃ち抜いた羽赫の氷属性クインケ』ということだけ。
さぁ、次回はいよいよキジマさんとの最終決戦へ!