花屋喰種   作:みぞれアイス

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自分の中でも賛否あるアップルヘッド編、始まりますっ!
独自解釈のしすぎで最早独自設定と化したアップルヘッドさんが無学の少女に色々教えてくれます。


幕間第3話 林檎婆と花娘1

 上京したての喰種少女は1年以上もの時間をかけ、『鬼の面を付けた喰種』……もといオニヤマダから受けた傷を癒し、長らく不随になっていた下半身を取り戻した。とはいえ全ての傷が塞がっている訳ではなく、至るところに裂傷が残っている。

 しかし、そんな矢先に今度は『青髪で眼鏡の喰種っぽい人間』こと青メガネに不意打ちで肩を撃ち抜かれ、再び重症に苛まれる日々を送ることになった。

 

 普通の喰種ならば死ぬ程の傷を2度受けた少女は、再生のために無数の地下喰種と『Rc細胞壁』を喰らっていく。

 

 禁忌(ともぐい)には代償が伴う。共食いによるRc細胞が異常活性する痛み、欠損した体が発する痛み、それらは容易く少女の脳髄(りせい)を削る。

 

 少女は二種の赫子を持ち、Rc細胞の精密操作が通常の喰種よりも得意といった才能があった。幼少期の頃より共食いをしていたため、共食いへの耐性もある。

 

 それでもなお、限界を遥かに超えた共食いには耐えられなかった。

 

 削れる心、再生と共に変質していく身体……残ったのは原初の夢─────花になること。

 

 

 いつしかそこに少女の姿は無く、『巨大な真紅の花』が、地下の奥底にひっそりと咲いていた。そして、その花に呼応するかのごとく、24区の至る場所で『大きな白い花』も咲くようになった。

 

 

──────────

 

 

 少女が長き眠りから目を覚ましたとき、少女が感じたのは『身体が作り変わったような気分』だった。

 

 寝る前より背や胸がかなり大きくなっている……ような気がするし、力が以前よりも(みなぎ)っている気がする。そして何より……。

 

()ぅっ……体中ジンジンする……」

 

 こればかりは気の所為ではなく、今までとは比べ物にならないほど五感が強化されている……あまりにも鋭敏になった感覚は、少女の脳へ大量の情報を叩き込んでおり、酷い目眩を引き起こしていた。

 

 理由はわかっている。急激に増えたRc細胞に身体が馴染んでいない時の症状だ。

 

─────ゆえに、少女は以前からやっている方法で対処する。

 

「くぅぅ……っ!! あぁぁぁぁぁああああああッッ!!」

 

 少女は持ちうる全てのRc細胞を意識しながら、全力で体中に巡らせた。

 急速なRc細胞の循環により、鋭敏な感覚が更に研ぎ澄まされていく……ただでさえ限界を迎えていた情報量が更に増大したことで、神経はガリガリと削れ、視界は激しく明滅を繰り返す。

 

 それでも少女は循環を止めない。やがて多すぎる情報量に感覚が麻痺したのか、Rc細胞が身体に馴染んだのか、幾許か気分が楽になるものの……。

 

「……こふっ」

 

─────膨大な情報量に身体が耐えられなかったゆえか、体中から血が溢れ出していた。

 

「うーん、今までより出血が酷いなぁ……まぁ治るけど……ん?」

 

 循環を通常通りに戻すことで破壊と再生の天秤は再生に傾き、体の傷はふさがっていく。溢れ出ていた血は止まり、血を吹き出していた裂傷も消える。

 そして、先程まで脳髄を激しく揺さぶっていた情報量の洪水も、増えたRc細胞が身体に馴染んだ今は自分で制御できるようになっていたが……。

 

「あれ……? 『なまはげ』と『青メガネ』から付けられた傷が消えてない!! な、なんで!?」

 

 右肩から腕、そして下腹部……そこには大きな傷痕が消えずに残っている。

 

 それは通常の喰種ならばそのまま死に至る様な重傷であった。治るのに数年の時間を費やした……つまり、癒えるまでに時間が掛かり過ぎた。

 

 ゆえに、傷が完全に癒えるより早く、少女の身体に『通常状態』として定着してしまったのである。

 

「……うーん、触っても痛くないし、脆くなってるワケでもないし……まぁいいや!」

 

 とはいえ、それを少女が知る由もない。自身の美にそこまで気を使っていない少女は気にすることをやめた。理由を考えても分からないからである。

 

「というか、なんで全裸で寝てたんだっけー? ……考えても思い出せないし、まずは何か着る物無いかなー」

 

 気持ちを切り替えた少女は服を求め、地下を彷徨う……だが結局手に入ったのは『ボロボロの布一枚』と『ひび割れた能面』だけ。幸い襤褸布(ボロぬの)はタオルケットほどのサイズがあるので、かろうじて服の代わりにはなる。

 襤褸布の中央に赫子で穴を穿ち、その穴に頭を通せば、ポンチョのような服の完成だ。

 

「よし! 次は今日がいつなのか調べなきゃ。確か1999年の……何月だったかな?」

 

 ひび割れた能面に襤褸のポンチョを纏った少女は、端から見れば亡霊にしか見えない。気弱な者が今の少女を見れば、きっと腰を抜かすだろう。

 

─────だが、地下には人どころか()()()()()()()()()。少女は無人の地下を進み、地上へ続く道を歩いていった。

 

──────────

 

 真夜中、地上に出た少女は驚いた。なんと今は2002年。ここ3年近くの記憶が欠落していた。

 だが、それと同時に少女は理解する。自身に感じる違和感は気のせいでは無く『自身の身体は記憶よりも3年分成長している』という事を。

 

 ならば早速違和感を消すために実践有るのみ。出会った喰種を襲ってみたところ、相手の喰種は為す術なく死んだ。

 

 自身が14歳の頃よりも数倍の『手数』『射程距離』『重量』『頑丈さ』を兼ね備えている事を理解し、少女のテンションは上昇していく。

……なお、自身の赫子があまりにも重いため、足の速さが半分以下になっているが、そんなのは些細な事だ。

 

「行ける! この強くなった体なら、今度こそ……『なまはげ』と『青メガネ』を殺せる! まずは『なまはげ』だッ!!」

 

 

 

 いざ仇敵を殺すとき! と意気込みながら情報収集を試みたところ、なまはげこと『オニヤマダ』はいつの間にか殺されていた事がわかった。

 

 

 

「ほ、本当だ! オニヤマダは『白鳩(ハト)』に殺されたんだ!! ヒッ……う、嘘じゃない!! だから殺さな゛ッ!?」

「はと……? しまった、聞く前に殺しちゃった」

 

 少女は死体の肉を食べ終えた後、別の喰種を探し『ハト』という存在について聞く。

 

「なるほど……『はと』っていうのは『捜査官』のことで、『捜査官』っていうのは『喰種を狩る特殊な武器を持った人間』のことなんだね。うーん……それじゃあ『青メガネ』は捜査官ってことかなー? 教えてくれてありがと! いただきます」

 

 だが、いくら喰種と戦う人間といえど、あのオニヤマダが人間に敗北するとは思えない。圧倒的強者たる(なまはげ)が、たかが人間風情に狩られるのかと少女は疑問に思っていた……。

 

─────だが、その疑問は翌日には解決した。

 

 オニヤマダ並の強さを持つ『フクロウ』と呼ばれる喰種が、『青メガネ』を始めとした捜査官達と戦っている現場に遭遇したからだ。

 

 フクロウの戦いはすぐに終わったものの、少女は人間の可能性に恐怖した。

 

 数年前に自身を不意打ちした青メガネは、白兵戦においても強かった。そして、青メガネには少し劣るものの、オニヤマダの赫子から作られた武器を持った捜査官もまた、常人とは比べ物にならぬ程の強さを持っていた。

 

「また地下に……ううん、それじゃ駄目。今のままじゃやられる。捜査官っぽい人間は、思い返せば今までも不意打ちで何人か殺して来たけど、『青メガネ』や『なまはげを殺した変な髪型の捜査官』くらいの強さを持った人間が真っ向から来たら駄目かもしれない…………そっか、だから『人間を知り、人間に紛れる』必要があるんだ……!」

 

 少女はかつて父が言っていた事を思い出す。可能であるならば、人間を理解し、人間に紛れて生きたほうが良いと……。

 少女は、人に紛れて生きる必要性が分からなかった。そこまでして人間を理解する必要は無いと考えていた。

 

 だが、今ならば分かる……人間は大半の喰種よりも危険であると。

 

 捜査官(にんげん)は身体能力こそ喰種に劣るが、狩った喰種の赫子から作られた武器を持ち、多彩な攻撃手段を持っている。

 事実、青メガネは『少女の甲赫でできたランス』を左手に持ちつつ、右手で様々な武器を使い捨てにしながら『フクロウ』と渡り合っていた。青メガネの攻撃はまさしく千変万化……少女が青メガネを倒す自信を失うのも無理は無い。

 

 青メガネを始めとした捜査官達は、喰種を狩れば狩るほどに武器と手数が増えていく。そして、狩った喰種の強さに応じて、武器はどんどん強くなる。

 

 片や喰種達の大半は、赫子を使えず身体能力だけで戦う者。羽赫にも拘わらず接近戦をする者。赫子のリーチを活かせずインファイトになってしまう者。それらよりはマシでも、ほぼパターン化された戦闘手法しか取れない者……どれも容易く狩れる相手ばかり。

 

 ゆえに、少女は決心した。

 

「探そう……人間に紛れ込む達人を」

 

 少女はあてもなく夜の街へ繰り出す。探し求めるは老いた喰種。人間の世界に紛れ、人間を知り、長く生き続ける技術を持つ者を……。

 

──────────

 

 夜に紛れ、日が登れば下水に潜る。そんなまさしく浮浪者のごとき日々を続け、すっかり肌寒い風が吹き荒ぶ季節……ついに少女は目的に合致する人物(グール)を見つけ出した。

 

「こんばんは」

「……喰種がなんの用だい? ここはアタシの喰場(シマ)さね。物乞いなら失せな、薄汚い小娘」

 

 夜闇の中、老婆のような喰種へ声をかけるが、老婆から帰ってきた言葉は拒絶。

 それも仕方の無い事だ。少女の衣服は雑巾と遜色の無い襤褸切れであり、一目で最下層の住民だと分かる有様であった。

 

「私は貴女に用があってきました。私を貴女の仲間に加えてくれませんか? これは手土産です」

 

 少女は持っていた鞄を老婆に見せる。そこには幾つかの貴金属や宝飾品が入っていた。

 

「誰かの使いっぱしりかい? 生憎だがアタシと関わってもロクな事にはならんよ。それと……クロックムッシュとビッグマダム、この蛆虫共は肥溜めとファックするのがお似合いだと思わないかい?」

 

 老婆はニヤリと嗤うが、少女は老婆の言っている事が分からない。

 

「いえ、私は私しか居ませんよー? それと……ごめんなさい、後ろの方はなんて言ったのか分からないです……んー、私の知り合いにクロックムッシュ、ビッグマダム、コエダメ、ファックという名前の喰種は居ないですよー」

 

 少女の返答に苦笑いしつつも、少女が敵対勢力の関係者で無い事を老婆は理解した。

 

「……尾行されてないだろうね」

「勿論です。そもそもまだ発覚してないですよー」

 

 襤褸を纏った少女は自信たっぷりに告げる。人間社会に紛れない喰種は、金銭ではなく肉でやり取りをする。ならば人間社会に溶け込んだ喰種なら、金銭での取引をすればいい。そう思ったがゆえの貴金属……。

 だが、老婆は肩をすくめ、首を横に振る。

 

「……これだけでアンタを信用するなんざ無理だよ。そもそも、ここをどこだと思ってんだい? この『東京17区』に庭付きの一軒家を構えるアタシが、闇ルートで売っ払って数百万程度にしかならないモノで心動くと思ってんのかい? それにアタシゃ……ブルジョアの敵さね」

 

 交渉は決裂─────と思いきや、老婆は少女に告げる。

 

「お待ち、断るつもりは無いよ。このアタシの傘下に入りたいって意気込みは理解した。明日、今と同じ時間に『人間一体分の肉』と『激痛を受ける覚悟』を持ってきな」

「はーい。ではまた明日お会いしましょー」

 

 少女は鞄を老婆に預けたまま去ろうとする。

 

「ちょっと! 鞄忘れてるよ!」

「いーえ、それは貴女のモノですよー。どうせ明日渡すのなら、今渡しても変わりません。むしろ嵩張(かさば)るので持ってて下さーい」

 

 数百万の貴金属は、襤褸を纏った少女には大金のハズだ。

 

 老婆は約束を反古にし、そのまま持ち去るかもしれない。

 

─────だが、預けた。そんな少女の覚悟に、老婆はニヤリと笑う。

 

「ククク!! 良いだろう。アンタの思い、受け取っとくよ! アンタが狩りから生きて帰れたら話を聞いてやる」

 

 振り返る事無く去っていく少女を、老婆は楽しそうに見つめていた。

 

──────────

 

 翌日の夜。大きなクーラーボックスを肩に掛け、少女は昨夜と同じ場所へやってきた。

 

「その小汚いクーラーボックスが食料かい?」

「はい。()()()()()()()()()()()()よー」

 

 少女の言葉に、老婆はニヤリと笑う。『選んだ』……それは『一人分まるごと』の場合使われない言葉……つまり少女が持ってきた肉は『複数人』であることを意味する。

 

「ほう、厳選した人間の数と種類は?」

「70歳くらいの男女2人と40歳くらいの男女2人です。寝静まってからこっそり家に忍び込んで、家族を丸ごと捌きました。騒がれる前に始末し、血も残してないので、警察にも捜査官にもバレてないと思いますよー」

 

 人間四人分の肉……それは老婆ですら手に入れることが難しい程の量である。

 

 そもそも、老婆はこの少女が一夜のうちに人間一体分の肉を確保できるとは思っていなかった。

 

 だが、少女は一晩で人間を四人も狩ってきた。それも世間に発覚することなく……。

 

「ちなみに狩ってきた場所はどこだい?」

「えっと……近くにあった駅にはこんな字が書いてありました」

 

 少女は地面に文字を書く。ひどく汚いその文字は……。

 

「どれどれ……あぁ、これは『高島平(たかしまだいら)』と読むのさね。そこで狩ってくる分には問題ないね。だが、そこで狩りをしたなら他の喰種が襲ってこなかったかい? 高島平は鼻の利く喰種が喰場にしていたハズさね」

 

 老婆が喰場とするのは17区の一部地域であり、19区にある高島平は自身の喰場では無い。

 

「そうですね。この箱から漏れた血のニオイに誘われたのか、たくさん来ましたよー」

「なら逃げ切れたって感……」

「─────殺しましたよ、全員」

 

 老婆は驚愕に目を見開く。高島平を喰場にする喰種達は、誰もがレートA以上の凶暴性を持つ者達だ。20区と19区の境で、魔猿(まえん)やブラックドーベル等の強大な喰種と(シノギ)を削りあってきた強者達である。

 

 だが、目の前の少女はこれといった外傷が無い。それはつまり、高島平にすむ喰種達を無傷で皆殺しにしてきたということを意味する……!

 

「……たった一人でアイツらを皆殺しにできるなら……アンタはアタシよか強い。それなのにアタシの下につきたいってのはどういうことだい? アンタならわざわざ人間のフリなんざしなくても飯にゃ困らないだろうに」

 

 老婆は強い喰種ではない。強い喰種たる少女が、わざわざ弱小喰種たる自身に与する理由が老婆は分からない。強ければ単独でも餓える事は無いのだ。

 

「……いいえ、私じゃ弱い喰種相手には勝てても、捜査官には勝てないかもしれません。私は捜査官の事を何も知りません。人間について何も分かりません。だからお願いします、私に『人間』を教えてください。人に紛れて生きる方法を……『人間』を教えて下さい」

 

─────老婆の抱いた感情は、恐怖と歓喜。

 自身を容易く殺しうる存在を手下にする事は、相応の危険を伴う……だが、強大な力を持つ者が仲間になるなら、その恩恵もまた絶大だ。

 

「……分かった。アタシはアンタを歓迎しよう」

「んー? 『痛みを受ける覚悟』は要らないんですか? 良いですよー? 痛みに耐える練習も必要ですし」

「……やっていいんだね? アンタほど強い喰種なら、アレをやるつもりは無いんだけど」

 

 むしろ痛みに逆上して襲ってくるかもしれない。そんな不安が老婆の脳裏をよぎる。

 

 だが、少女はニッコリと微笑んだ。

 

「お願いします」

 

──────────

 

「さてと……では始めようか」

 

 老婆の家の地下室にて、少女は拘束台に縛り付けられていた。

 

「アタシは『悪魔のいけにえ』って映画が好きでね。それに出てくる『レザーフェイス』はアタシと似てて好きなのさ……アタシやレザーフェイスは醜い顔を隠すために、他人の顔の皮膚を剥がし、ソレを被る。アンタとアタシじゃ歳が違いすぎるから、被るのは無理だろうね……でも、アタシは顔をコレクションするのも好きなのさ。ほら、分かるだろう?」

 

 老婆が見つめるは地下室の壁面。そこには何人もの『顔』が飾られている。

 

「勿論捜査官(ハト)共の捜査を攪乱するためのマスクに使うこともあるけどね……さてと、アタシも喰種の顔を剥ぐのは初めなんだけど……ナイフは無理みたいねぇ」

「赫子を使えば良いんじゃないですか?」

 

 少女の提案を、老婆は鼻で笑う。

 

「ハッ、赫子がそんな器用に動かせるわけ無いさね。それに、赫子で顔を抉られるとね……アタシみたいになるよ?」

 

 老婆は自らの顔に手を触れ─────

 

─────ズルリと顔の皮膚を剥がした。

 

「赫子で付けられた傷はそうそう治るモンじゃない。アタシの顔は赫子によって抉られ、ついぞ治らなかった……まぁ、再生能力が高けりゃ治るんだろうけど、アタシゃ大して強くないからねぇ……」

 

 老婆の顔は皮膚の大半が消え失せており、出来損ないの人体模型を彷彿とさせる。

 

「……?」

 

 その姿に、少女は疑問を抱く。老婆から感じる赫子のニオイは鱗赫。再生能力が高い鱗赫なら、その程度は治るのではと思っていた。

 

 だが、それは少女の勘違いである。そもそも、喰種は自然治癒能力こそ高いが、それを再生能力まで高めることのできる喰種は少ないのだ。

 

 むしろ、鱗赫ですらない少女が高い再生能力を持っていることがおかしいのである。

 

「んー、赫子の操作は苦手ですか? なら……自分でやりますねー」

「へ……? ちょっ!!?」

 

─────老婆が止める間もなく、少女は細い尾赫を生やし、自らの顎に突き刺した……!

 

「あッ、アンタ何やってんだいッ!?」

「だいじょーぶですよー。私なら再生しますからー」

 

 血飛沫をまき散らしながら少女は自らの顔に切れ込みを入れていく。黒いシミが彩られた拘束台は、少女の深紅によって朱く染まっていく……。

 

「……い、痛くないのかい?」

「んー、とっても痛いですけどー……赫包抉られた時に比べればマシかなーって」

 

 老婆の言ってる事が少女に理解できぬように、少女の言ってる事もまた、老婆にとっては理解できなかった。

 

 同じ喰種であるハズなのに、まるで違う。

 

 喰種は血の通った生き物だ。では目の前で自殺にも見えるダイナミック自傷行為に及ぶ少女は……?

 

─────まるで植物のようだと、老婆は感じた。

 

 喰種(どうぶつ)として大切な何かが大きく欠落し、そこに植物(いぶつ)が咲くかの様な歪な存在……。

 

 そんな少女は自らの顔を切り裂き続け、肉から皮膚を剥離する。老婆はその光景に心奪われていく。

 

「ククク……赫包を欠損したら普通死ぬんだけどねぇ……アンタ色々狂ってるわよ。そもそも、その赫子も意味分かんないわ。見た感じ尾赫っぽいけど、そんなに細い尾赫は見たこと無いし、赫子ってそこまで器用に動かせるモノじゃないハズなんだけどねぇ?」

 

 鮮血の赤が傷に咲き、拘束台の上には深紅の花弁が舞う。

 とめどなく咲く深紅の花は、やがて拘束台から溢れ、床へと散華する。

 

(悍ましいのに……なんと美しいのかしら)

 

 老婆は決して善人ではない。幾人もの人間を捕まえ、生きたまま顔を剥いできた。

 食べるためではなく、愉悦を満たす為の殺人。老婆の本質は残虐である……故にこそ、老婆はこの光景に魅了された。

 

──────────

 

「おーわりっ!」

 

 少女は自らの顔を完全に剥がしきると、拘束台の枷を引きちぎりながら起き上がった。

 

 少女の顔は表皮が消失し、人体模型そっくりの顔からは鮮血がボタボタと流れ落ちていく。

 

「……アンタ、それで大丈夫なのかい? 凄い血が出てるし……アタシの素顔より酷いわよ?」

「問題ありませんよー? 3年前(このまえ)は今程じゃ無かったんですけど、今は……はい! このとーりっ!!」

 

 少女は3年間眠っていた間に、自身のRc細胞をより意識的に操作できるようになっていた故に、自身のRc細胞が一定値を下回らない限り修復は思いのままだ。

 

 まるで合成映像の如く少女の顔は再生し、髪の毛すら元の長さに戻っていき、元の綺麗な顔に戻った。

 

 

「本当に喰種(おなじいきもの)なのか疑問だねぇ……でも、これで晴れてアタシの家族だよ! さぁ、自己紹介といこうかね。アタシゃ『村松キエ』だよ。とは言っても本当の名前じゃ無いがね。アンタの名前は?」

 

 少女は父親が付けてくれた名前を告げる。

 

「……そうかい。その名前はアンタの心に仕舞っときな。その名前はいつか教えたくなる相手ができる時まで使うことは無いからねぇ」

 

 老婆もとい『村松キエ』の告げる内容が理解できず、少女は首を傾げた。

 

「その顔、理由が分かってないね? ……人間には『戸籍』っていう『人間であることの証明』があるのさね。人間の証明ができなきゃ喰種だと疑われる。だからアンタは『人間であることの証明を手に入れる』必要があるのさ」

 

 喰種は戸籍が作れない。しかし、人間に紛れて生きるには戸籍が必要である。

 

「アンタのその名前は、戸籍登録されているのかい? 例え登録されていたとして、その戸籍が捜査官(ハト)警察(サツ)に偽物だとバレている可能性は無いかい? だからアンタは新しい名前を名乗るんだよ。ちゃんと『人間』として戸籍に登録されている名前をね」

 

 ゆえに、キエは少女に新たな名を与える。

 

「まぁそうさね……やり方は色々あるんだが、今回は『村松キエの親戚』としての戸籍を偽造す(つく)るかねぇ……とりあえず、アンタの名前はこれから『村松花子』だよ」

「分かりました、私は村松花子です。これから宜しくお願いします、キエさん!」

 

 こうして、喰種の少女は『村松花子(むらまつハナコ)』という名を手に入れた。




 急 成 長 
3年間、いわゆる『竜状態のハイセ』と似たような状態でした。
以前に書いた『10年くらい前からグールイーターが地下に咲くようになった』はこの時からです。

この頃の名前は花子ちゃんです。アップルヘッド編では『カオリ』という名称は一切出てきません。


そしてアップルヘッドさん登場です!
おそらく原作において最高齢喰種のお婆ちゃんに、カオリの師匠として登場して貰いました。ここから悪事を学んでもらいます。

アップルヘッドは原作において真戸呉緒と亜門鋼太朗の馴れ初めを紹介するためだけに存在したチョイ役のおばあさんです。

しかし、原作における『健康診断の血液検査を偽造』『68歳まで生存』『完璧な人間マスクの作成』等の手腕を鑑みると、「原作キャラの中で一番人間社会に溶け込む能力を持っているのでは?」……といった独自解釈によって知識面が大幅強化……というか最早独自設定だよぉ。

アップルヘッド編……もとい、お勉強編は全5話となります!
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