花屋喰種   作:みぞれアイス

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幕間第4話 林檎婆と花娘2

 花子はキエの自宅にて、左手にはリモコン、右手には最新の『手書き機能付き電子辞書』を持って映画を見ていた。

 キエから渡されたDVDやVHS(ビデオテープ)で映画を見ながら、良く分からない言葉や字幕があれば動画を止め、電子辞書で調べる。

 これをほぼ朝から夜まで行うのが、花子のライフスタイルだ。端から見れば遊んでいるようにしか見えないが、これにはれっきとした理由がある。

 

 人間社会に紛れるなら、人間を知ることが最重要だ。そして、それは人と接するリスクを犯さなくとも手に入る……それこそが映画。映画には様々な意思を持った人間が登場し、その立ち振る舞いを学ぶ事ができる……とキエは判断し、人間初心者である花子への学習材料とした。

 

 だか、映画に出てくる登場人物は得てして尖った価値観を持っており、所謂『普通の人間』とは異なる。

 それはキエが普段見ている映画に問題があった。キエは所謂恋愛系や日常系といった映画は一切見ず、アクションやサスペンス、ホラーといったジャンルを好んで視聴する。

 

 その様な映画から『人間』を学ぶとどうなるのか。

 

 登場人物達は息を吸うように人を騙し、殺す。巨額の富を悪事によって築きながら、どこまでも善人を騙る。他者の絶望を踏みにじり、自らの幸福を享受する。時には喰種をも超える動きを見せ、自らの欲望(おもい)を貫く……。

 

 だがそれでいい。それこそがキエの狙いだ。自らが悪事によって財を成しているキエにとって、自らの仕事を肩代わりできる者こそが理想である。

 

 そんな生活を続け、花子は少しずつ学んでいく。人間とは、喰種以上に悪辣な生き物であるが、それを表に出さない生き物であると……。

 

 無垢と狂気の蕾は、キエの思惑通りに悪の花へと育っていった。

 

 

 

 

「人間社会に紛れて生きる以上、身バレは即ち死を意味する事は分かってるね? よって、人間を狩る時は『見られないこと』と『発覚を遅らせること』と『足が付かないこと』の三つを重視する必要があるのさね」

 

 キエの言葉に花子は深く頷く。それは父からも言われていた事だ。

 

「これらを成し得る一番簡単で安全な方法は『自殺者から肉を貰う事』。アタシは今までこの方法で肉を得てきた……ただしこのやり方は問題がある。アンタも喰種なら分かってるだろうけど、死んでから時間の経った肉は味が落ちる」

 

 花子は首を傾げる。花子も花子の父も、津軽の奥地で殺したての人間を食べてきた喰種であるため、不味い人肉の味を知らない。

 

─────だが、不味い肉の味は知っている。

 

「んー……自殺者の肉は『壁』みたいな味がするんですかー?」

「壁……? 壁ってのが何の事か分からないが、まぁ多分そんな味さね。さて、アタシは若かった頃の様にタダで新鮮な肉が食べたい。そしてアンタが最初に持ってきた肉は、今まで食べてきたどんな肉よりも美味しかった。ゆえに、これからの食料調達はアンタに任せようと思ってる」

 

 喰種にとって、食料調達は大きな問題だ。人間由来の食物を摂取できねば喰種は飢えて死ぬ。されど人間は手厚く保護されており、入手は難しい。

 人間の肉は、需要に対して供給が圧倒的に不足している。それゆえ喰種の世界には他者を排除する喰場(なわばり)があり、大金を払って人肉を食べる『喰種レストラン』がある。

 

「はーい。でも、キエさんの分は少なくなっちゃいますよー? 私はその場で食べれば良いですけど、キエさんの分はクーラーボックスに入る分までですよー?」

 

 クーラーボックス一つ分の肉があれば、数ヶ月は餓えずに生存が可能だ。ゆえに、花子の『少なくなる』という言葉の意味が分からず─────

 

─────ふと、キエは花子が最初に肉を持ってきた日のセリフを思い出した。

 

 あの時花子は言っていた。男女二人組の合計四人分の肉だと……。

 クーラーボックスに入っていた肉は人間一人分……ならば、残り三人分の肉は……?

 

「ちょっと聞きたいんだけど、アンタって普段どのくらいの間隔で食べるんだい?」

「今までは毎日食べてましたよー? ここ数日はお勉強だけの日々だったので、今はとってもお腹が空いてまーす……」

 

 喰種は一度食事をすれば、1ヶ月近くは補給する必要がない。

 だが、花子はほぼ毎日食事をしていた……!

 

「毎日……狩りの腕前は期待して良さそうね。今回はアタシもついて行くから、しっかりとアタシに教えておくれよ」

「わかりましたっ! 最近になってできるようになった『とっておき』をお見せしましょー! でも、その前に用意して欲しいモノがありますよー?」

 

──────────

 

 深夜、フルフェイスのヘルメットとフード付きのローブを纏った花子は、花子と同じ服装をしたキエに語りかける。

 

「ひとつ、仲間や自分の本名を言わないこと。ふたつ、普段しない格好をすること。みっつ、顔は髪の毛ごと隠すこと。さいご、仲間以外の目撃者は全員消す。これがおとーさん直伝『狩りの心得』です! なので……えーっと……なんて呼べば良いですか?」

 

 キエが喰種の時に使う名前を知らないため、花子はキエに名を尋ねた。その心遣いに、キエはヘルメットの中で笑みを浮かべる。

 

「ククク、アンタの父親は中々分かってるじゃないか。それすらできていない馬鹿共の多いこと多いこと……殆どの喰種は脳味噌シザーマンみたいな連中ばかりで嫌になっちまうさね。ふむ……アタシの事は『罠師』と呼びな、アンタの事は……『小僧』と呼ぼうかね」

「わかりました罠師さん! ……ところで、シザーマンってなんですか?」

 

 花子は途中で出てきた言葉の意味がわからず、キエに聞き返した。

 

「ああ、ちょっとしたネット用語さね。これは後でパソコンを教えるときに教えるから今は気にしなくていいわよ? ところで、アンタはどうやって獲物を見つけるんだい? ここらは下調べなんかしてないだろうに」

 

 今いる場所は21区。17区の東に位置する区域である。当然キエの喰場でなく、獲物の下調べすらしていない。

 

「ニオイで見つけます。見つけたら、痕跡を残さず行方不明にさせます」

「うーん……それが難しいんだけど、アンタはできるんだろうね……期待してるよ」

 

 二人は人気(ひとけ)の無い路地裏を進んで行く。キエは、果たしてこんな場所に人間が来るのかと疑問に思いつつも、花子の後を歩く。

 

─────そして、見つけた。だがそれは人間ではなく……。

 

「あぁん? テメェら喰種か……手下の募集はしてねぇ。失せろ」

 

 ガラの悪そうな男女数名が、花子達を睨みつけていた。どうみても喰種である。

 

「小僧、こいつらは喰種じゃないのかい?」

「はい。『あーるしー細胞』のニオイは大した事が無いので、()()()()()()です」

「……?」

 

 花子の言っている事がキエには理解できない。だが、話し合っている間にも喰種達は花子へと歩いてくる。

 

「聞こえねェのかコラ! 失せろって言……」

 

 男の言葉は続かなかった。花子のローブから伸びた『細長いナニカ』が、男の首を切り落としていたからだ。

 

「アニキっ! テメェ良ぶもッ!?」

 

 だが、花子の攻撃は終わらない。腕からはいくつもの『細長いナニカ』が伸び、喰種達の首筋目掛け飛来する。

 

 21区の西側を喰場にしていた彼等は、瞬く間に首無しの死体へと変貌した。

 

「……ん、首無しで動く相手は無し……っと。終わりましたよー」

「なるほど。先に喰場の主から片付けるって事だったのね」

 

 喰場の主を排除すれば、しばらくは喰種の邪魔が入ることは無い。ゆえに喰種達を先に殺したのだとキエは理解した。

 

─────否、理由はそれだけではない。

 

「違いますよー? 人間を食べる前に、喰種を食べるんですよー! 先に美味しいモノを食べちゃうと、後味が悪くなっちゃうじゃ無いですかー」

「…………えっ、喰種を食べる……?」

 

 まさか喰種を食べるとは考えていなかったキエは、もはや普段の事と言わんばかりの花子に絶句した。

 

「はい。喰種を食べることで『あーるしー細胞』が強くなって、赫子は強くなります。確かに喰種はあんまり美味しくないですけど、好き嫌いは良くないですからねー」

 

 喰種を食べると喰種としての血が強くなる。だが、この情報は所謂迷信だと思われてきた。共食いを行う喰種は総じて気が狂っており、狂っているがゆえに強いだけであると……。

 

「それ、迷信や噂話の(たぐい)じゃなかったのかい?」

「んー……おとーさんも村の喰種(ひと)達も知ってましたよー? まぁ村では禁忌扱いされてましたけどねー。東京では知られてないんですか?」

 

 だが、真実はその逆……!

 

「(もしやオニヤマダやフクロウはこれを知っていた……? だから喰種を襲っていたと……)どこの村さね?」

「名前の無い村ですよー。地図でいうと青森の左上ですねー」

 

 そう言われてキエが浮かぶのは、とある人間の歌手……何も無い田舎に憧れ、東京へ出る歌。

 

「青森の左上……なるほど。13区に山は買えないわよ?」

「……?」

 

 だが、花子は理解できなかった。喰種の潜む秘境の村では人間の歌など知る由も無い。CDどころか回覧板や紙芝居や牛すら居ないのだ……!

 

「……それで、罠師さんも食べますかー?」

「アタシは要らないわ。もう強さを求めるような歳じゃ無いもの。後40年早く知ってたら食べたかもしれないけどねぇ……」

 

 キエは自身の赫子をしっかりと運用できる。よって、近接格闘一辺倒や赫子不現症の雑魚よりは強い喰種ではあるし、キエ自身もそう思っている。17区の極一部ではあるが自身の喰場を持っていることからも、それは明らかだ。

 

 しかし、キエはもう老いた。齢は60を超え、身体能力は大幅に衰えている。今更強さを求めたところで、老いゆく体とプラスマイナスの境界線を踊るだけだ……。

 ならば、強くなる機会は成長期たる若き喰種に譲り、自らはただ見守るべきだと判断した。

 

「はーい。それじゃぁ……いただきます」

 

 花子はローブの袖口から無数の『牙の生えたナニカ』を生やし、喰種の死体を食らっていく。

 

 

 その様子に、キエは思い当たる情報があった。

 

 

「その赫子、まさか……? アンタ、普段戦うときに『木の様な姿』か『大きな花』に変わるかい?」

 

 

─────刹那、空気が凍る。

 

 

「……どうして?」

 

 花子から漂うは濃密な殺気。並の喰種ならば即座に失禁し、意識を彼方へと放り投げただろう。

 

 だが、キエは動じない。キエは自身より遥かに強い相手に『力以外』を使って渡り歩いてきた。

 

 かつては『うろんの母』と名乗った小娘を相手に。最近なら『オニヤマダ』や『フクロウ』を相手に。そして『クロックムッシュ』や『ビッグマダム』に……!

 東京の名だたる覇者達を相手に、キエは生き残ってきた。殺気どころか、赫子を目の前に突きつけられた事すらある。傷付けられた事も一度や二度ではない。顔を剥がれた事さえある。

 

─────だが、キエは生き残った。生き残ってきたのだ。ゆえに、キエはまっすぐ花子を見据え言葉を紡ぐ。

 

「やれやれ……アンタの情報、インターネットに上がってるよ。幸い新種の植物だと思われてるからまだ良いけどね……で、どっちだい?」

 

 震えそうになる体を気合いで停止させ、自らが優位であると思わせる。

 

 そして、キエは勝った。

 

「……両方です。強い相手の時は、赫子を纏って戦います……花は『今までと違う赫子』を最近纏えるようになって、その赫子を使ったら花になれました……」

 

 花子の殺気は霧散し、その背には困惑と恐怖の感情が揺らめいていた。

 山場を乗り越えた事を理解したキエは、花子へインターネットの情報を教える。

 

「アンタ、後楽園ゆうえんちの近くで人間を殺した後に喰種を殺したね? そん時の人間が、カメラで録画してた。そして、そのカメラを拾った別の人間がインターネットにその動画を公開したのさ。それが一つ。もう一つは24区に入り込んだ人間が、『赫者』になったアンタを映してたのさ」

 

 身バレした……その事実が花子を襲う。脳裏には青メガネが無数の部下を引き連れてくる姿が描かれ、恐怖の感情が花子を襲う。

 

「安心すると良いさね。変身中の瞬間さえ撮られなきゃ、アンタは『新種の植物』としか認識されないよ。まだ完全に身バレしたワケじゃないから、アンタを追放したりはしないさ」

 

─────安堵っ……! 圧倒的安堵っ……!!

 

 ひとまずは大丈夫だという事実に、花子の精神は平静を取り戻していく。

 

「今のアンタは人間を知らない。でもアタシの元でなら人間を知り、より強く成れる。アタシは強力な武力を得て安心できる。……これからも宜しく頼むよ、小僧」

「はいっ! 宜しくお願いしますっ!! まずは私の狩りで直すべきところを教えて下さい!」

 

 

 後日、2つの家族がまるごと行方不明になる事件が発覚する。

 だが……警察は夜逃げと判断し、簡易的な捜査を行っただけで捜査を打ち切った。

 

 キエの知恵と花子の能力……互いの長所を活かした犯行は、まさしく完全犯罪。誰一人として喰種が起こした事件だと気付くものはいなかった。

 

──────────

 

 キエの元で生活を続ける花子は、少しずつ『人間』を知っていく。だが、見て覚えられる知識には限界がある。実際に触れてみないと分からない事もある……。

 

「言葉や人間についてはだいぶ覚えたかい? それじゃあ次の段階に進もうかねぇ……花子、アタシの寝室にある『パソコン』やアタシが持ち歩いてる『ケータイ』は分かるかしら?」

「えっと……『ケータイ』は外でも電話できるモノですよね! 『パソコン』はテレビと似てるけど違うモノですよねー? 使い方は良く分かんないです……『めかにっく』という仕事の人達が使えば、何でもできる凄いモノなのは映画で知りましたけど」

 

 銀行のセキュリティーを破壊する。何か操作するだけで自分の預金残高が増える。精巧な贋札を設計する。銃や爆弾を注文する。相手の情報を遠隔から入手する……映画に出てきた『パソコン使い』達は、室内に居ながら世界中を飛び回っていた。

 

「うむ。映画で分かっているとは思うけど、人間に紛れて生きるならパソコンとケータイさえ使えれば何とかなる。とはいえ、パソコンとケータイは性能がドンドン変わるから、常に意識しておく必要があるさね。特にケータイにゃ要注意だよ」

 

 そう呟くと、キエは忌々しそうに顔を歪める。

 

「ケータイなんて、家の外でも離れた相手に連絡できるくらいの道具だったのに、ちょっと前にゃ『カメラ付きケータイ』なんていう恐ろしいモノが出たし、つい最近は『(シャ)メール』なんていう機能が付いたブツが出やがった……この恐ろしさが分かるかい?」

 

 花子はケータイが恐ろしいモノである理由が分からず、首を傾げた。

 

「良いかい? アタシみたいに賢く人間に紛れて生きる喰種は、現行犯でも無い限りハトやサツに捕まることなんか無いんさね。仮に現場が見つかっても、今までは目撃者を即ブッ殺しゃバレるこたぁ無かったのよ。せいぜい気をつけるのは監視カメラくらいだった……だけどね、この『カメラ付きケータイ』や『写メ』が出てからは話が違う。例え目撃者をブッ殺したとしても、もしケータイに写真が残ってたら身バレする。例えソイツのカメラ付きケータイをブッ壊したとしても、誰かに写メを送信されていたなら、もうお終いさね」

 

 キエは大きく溜め息を吐いた。日に日に進化するケータイは、果たしてどこまで行くのか不安で仕方がなかった。

 

 やがては高画質な『動画』が送れるケータイが出るのではないか?

 いずれはテレビのように中継すらできるんじゃないか?

 

 キエは自分が若い頃を思い返す。監視カメラどころかポケベルすら無かった当時と比べ、今はなんと喰種にとって生きにくい世界だろうか。

 この世界は間違っている。そうキエが思い、叫んだところで、現実は変わらない。それでも尚、生きていくしかないのだ。

 

「まずはパソコンについて教えようかねぇ。とはいえパソコンは使っていくウチに慣れていくモノだから、とやかく言う事はないね。まずは使い方と、情報の良く集まる場所。それと情報を調べるときに使う場所を教えてあげるわね」

 

 キエはWindowsXPを起動し、基本的な操作方法を教えていく……インターネット、検索エンジンと検索方法、IPと住所特定……利便性と危険性、それらを花子は覚えていった。

 

「さて、それじゃあ次は人間達が情報を共有する場所……ハッキングから今晩のおかずまで手広く情報を共有しあう『大型掲示板群』について教えるよ」

 

 キエは手慣れた手付きでリンクを辿り、一つの掲示板を表示する。

 

「……グール・未確認生物掲示板?」

「そう。アタシが知る中で、CCGの次に喰種に詳しい場所さね。アンタの情報もここにあった」

 

 キエは複数ある項目の中から、一つのスレッドをクリックした。




 携 帯 電 話 最 強 伝 説 
当時、携帯の進歩は凄まじいものでした。その分値段もしましたし、誰もが持ってるワケじゃありませんでした。

それが約15年後の今じゃ誰もが持ち歩いてるんだもんなぁ……スペックも当時のパソコンより圧倒的に上ですし、写メどころか動画配信すらできちゃうもんなぁ……。

ちなみに、PCや携帯電話に詳しい婆さんなんて実在すんの?と思う方がいるかもしれませんが……実在します。
当時、キエさんと同じくらいの年齢のおばあさんから私は2chを教わったゾ。


さぁ、パソコンを起動したのなら……
次回は掲示板回です!
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