花屋喰種   作:みぞれアイス

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幕間第7話 林檎婆と花娘5

 数年の月日が流れ、17区は完全にキエの支配下となっていた。喰種達は17区の主たる『罠師』と『罠師の弟子』を恐れ、もはや17区を喰場にしようとする喰種は現れない。

 

 そして、花子はキエ無しでも様々な活動を行うようになっていた。

 花子は新たに『神楽坂弥生(かぐらざかヤヨイ)』と名を変え、他にもキエの知らない独自ルートで幾つもの偽名を作っている。

 

 キエが花子を新進気鋭の喰種達が集う15区に潜入させたところ、全ての喰種を皆殺しにし15区の頂点へと立った。

 かつての夢であった『花屋になること』もいつの間にか叶えており、もはや花子を止められる者はいないだろう。

 

 キエ達を狙い続けていたビッグマダムは、逆に花子から狙われることになった。

 キエを殺すために放った刺客は花子に捕らえられ、逆にビッグマダムの資産を奪うための情報源へと変わる。

 

 ビッグマダムは順当に資産を奪われていき、ついにはポッと出の成金喰種に資産水準を抜かれた。

 喰種社交界で序列3位に転落したビッグマダムは(くだん)の成金喰種を排除しようとしたが、その喰種は異常な程に強く、ビッグマダムは花子だけでなくその喰種からも資産を奪われる結果になってしまう。

 

 そして……キエはその成金喰種に花子と似た気配を感じた。

 

(ああ、花子は自分で考え、自分で『悪』を成すことができるようになったわけだ……)

 

 キエは持ちうる全てを教え尽くした。ゆえに、もはやキエが教えることは何もない……。

 

(もう充分かね。アタシゃ花子の前から消えるとしよう……)

 

 

「本当に良いんですかー? 15区なら安全に暮らせますよ?」

「ああ、もう良いのさ。そもそもアタシゃもっと早く殺される予定だったんだ……だが、アタシの想定を超える勢いでアンタは強くなりすぎた。変な弱点こそできちまったようだが、それを差し引いてもアンタは最強の喰種さね。誰もがビビって手を出してこなくなる位にね……」

 

 その日、キエは花子もとい弥生へ別れを告げた。

 

 もはやキエは弥生に対して優位性を持たない。キエのできる事の多くは弥生も可能になっただけでなく、キエにはできない武力のゴリ押しも弥生ならできる。

 

 ならば、切り捨てられる前に自らを切り捨てるのみ。

 

「だから、アタシゃ自分で幕を引く。持ってる資産は全部アンタにやった。この家に爆弾も仕掛け終えた。そしてワザとバレるように人間を殺し、ハトを呼び寄せた。足手纏いが居たのなら、自分が有利になるように切り捨てる。それは例え仲の良い者でも。そうだろう、神楽坂弥生?」

 

 事実、17区でキエが『バレるように起こした捕食事件』によって、『真戸』『亜門』という名の捜査官が17区の調査に乗り出していた。

 

 そして、現場の近くに居たとされるキエにも疑いがかかっている。なら弥生はどうするべきか。

 

「むー、しょうがないですねー……」

 

 ここでキエを消してしまうのは容易い。だが……。

 

「ククク……アンタに喰われないかどうかが唯一の不安だったが、アンタはちゃんと理解できたようだね? ここでアタシが行方不明になるのと、ハトの手によって死んだと世間に広まるののどちらが良いかを」

 

 キエはそう告げるが、弥生が懸念していたのは別。

 

 わざわざ捜査官の手柄にするくらいなら、自らが捕食したい。

 だが、弥生はキエの仕掛けた爆弾の『種類』が分からない。

 

 爆弾がキエを殺した瞬間に爆発するタイプだった場合、面倒なことになるのは明らかだ。

 

「……分かりました。ではキエさん、今までありがとうございましたっ!」

「じゃあね、地獄で待ってるよ」

 

 ゆえに、弥生はキエを囮にし、その間に姿を眩ませる選択をする。

 弥生がキエの自宅を去っていくのを見届けると、キエは捜査官達の元へ……。

 

 

─────行かなかったっ……!!

 

 

 

(ククク……バァ───カ!! アタシがそう大人しく死ぬわけ無ェだろおい!! アンタに喰われずアンタから離れるためさね!!)

 

 キエは隠していた僅かな荷物を持つと、前もって呼んでいたタクシーに乗り込み……携帯電話を使って自宅に設置した時限爆弾のスイッチを起動した。

 

 

 

「失礼、同志ワナシですか?」

 

 成田空港に着いたキエは、空港内でロシア人の男から声を掛けられていた。彼こそキエが待っていた人物である。

 

「やぁ、待っていたよ同志」

 

 飛行機に乗る際、搭乗者は『ゲート』を潜らなくてはならない。だがそれこそが最大の難関であった。

 民間には『金属探知ゲート』として知られているゲートは、実際のところ喰種か人かを判別する『Rcゲート』の機能も兼ねているゆえに、喰種はゲートを通過することができない。

 

 よって、喰種であるキエが飛行機に乗るには、ゲートを回避しなくてはならないのだ。

 

「こちらです。ここを抜ければゲートを回避してモスクワ行きの飛行機に乗れます」

「あぁ、ありが……」

 

 男に連れられ、関係者専用の通用口を抜けていく。そして出た先には……。

 

 

 

「こんにちは村松さん。ほら、どうだい亜門くん。私の勘もバカにならないだろう? 村松キエは喰種だった」

 

─────痩せこけた死神のような男……喰種対策局捜査官の『真戸呉緒』が立っていた。隣に新人の捜査官『亜門鋼太朗』を連れて。

 

「ど、どういう事だい!?」

「アンタは用済みなのさ元同志。同志Цветы(ツヴェティ)に頼りすぎたな?」

 

 男がキエを見る目は酷く冷たかった。それはまるでシベリア送りになった売国奴を見る目だ。

 

「同志ツヴェティは愚かで傲慢だ。だが強大な力で全て捻じ伏せる。ゆえに見過ごすしか無かったが……お前はどうだ? お前は同志ツヴェティの力を利用して肥え太り、そのザマは唾棄すべきブルジョアジーとなんら変わらん」

 

 弥生にはあらゆる武器が効かず、近付けば必ず感知され、敵対者は行方不明になる。そして弥生はロシアンマフィアの知らない闇ルートを独自に開拓しており、ロシアンマフィアを以てしても制御不能の存在であった。

 

 そんな弥生をキエは利用し、膨大な資産を積み上げた。

 しかし、虐げられていた者が力を得たことで、今まで培ってきた『プロレタリアートの心』を失い、どこまでも増長してしまう。

 

 キエは最早ブルジョアジー以外の何者でもない。今まで消されなかったのは最強の存在(ヤヨイ)が隣にいたためであったが、弥生から離れた今、キエを守る者は何も無い。

 

「よって同志ツヴェティの庇護から外れた今、お前は粛清の対象となった。だが始末するのは彼等だ」

 

 キエへ直接手を下さなかった理由は単純で、CCGに賄賂として売ったほうが良かったからに他ならない。

 ロシアンマフィアにとって、喰種の死体は『もはや供給不足ではない』。それよりも欲しいのはCCGの持っている『クインケ鋼の技術』だった。

 

 CCGの持つ重要情報を引き出すには、相応の対価が必要となる。『17区全域を支配する狡猾で凶悪な喰種』の情報は、まさしく『うってつけ』である。

 

 クインケ鋼の情報はキエの身柄が生死問わずCCGに送られた時点で交換となるため、まだマフィア達はクインケ鋼の情報は受け取っていない。

 だが、CCGが裏切る事は無いと確信できる。

 

 CCGは対喰種においては大ベテランであるが、『人間』に対しては警察よりも脆弱だ。裏切ったなら捜査官達の家族を攫ってもいいし、CCGの支部を爆破しても良いだろう。

 

「ま、待っておくれ!! アタシを見捨て……」

до() свидания(スビダーニャ)(さようなら)」

 

 マフィアの男は元来た道を引き返して去っていく。もはやこの場にキエを助けてくれる存在は誰も居ない。

 

「さぁ亜門くん、アップルヘッドは17区全域を縄張りにする極めて凶悪な個体だ。油断せず戦いたまえ。ところで『つべてぃ』とはロシア語でよくある人名なのかい?」

「はい真戸さん!! えっと……確か『花』という意味ですので、おそらくコードネームかと」

「ふむ、ありがとう亜門くん。それじゃあ速やかに喰種(クズ)を始末するとしよう」

 

 真戸と亜門はクインケを構えながらキエへ近付いていく。もはやキエは何年も戦っていないため、捜査官と対峙して勝つ自信が無かった。

 

「かっ、勘弁しておくれぇ……こ、殺すのだけは……そ、そうだ、あのマフィア共の情報を伝える。15区の喰種の情報も!! だから見逃しておくれ!」

 

 キエはかつての仲間達を売ろうとするが、捜査官達は無言のまま近付いてくる。

 

─────だが……若い方の捜査官(亜門鋼太朗)は、どこか気まずそうな顔をしていた。

 

「(……行ける!)ゆ、許し……死ねやボケエエェッ!!」

 

 懐に隠し持っていたサイレンサー付きM1895を亜門に目掛けて撃ち、真戸へは赫子を突き出す。

 流れるように行われた一連の動きはまさに達人。亜門の眉間に風穴が空き、真戸の胸元に赫子が突き刺さる光景をキエは思い描くが……。

 

「油断したね亜門君? この手の喰種は赫子だけじゃなく、このように拳銃を所持していることもあるんだ」

 

 銃弾はベテラン捜査官たる真戸の持つ『三日月型の剣』によって防がれ、返す刀の一閃によりキエの赫子は切断された。

 

「すみません真戸さんッ!!」

 

 即座に亜門は持ち直し、キエの胸元に槍を放つ。赫子が切断されたばかりのキエは即座に赫子を出し直すことができず、胸元に槍が突き刺さる結果に終わる。

 

「ア……アガっ……」

「さぁ亜門くん、早く『ワッパ』を付けたまえ」

「はいっ!」

 

 亜門は即座に槍を引き抜くと、倒れ伏すキエの両手首へ『Rc抑制剤を注入する棘のついた手錠』を取り付けた。

 

「ご苦労。それじゃあこのクズを車まで運んでくれるかな?」

「わかりました!」

 

 

 こうして、キエの国外逃亡は失敗に終わったのである。

 

 

 その後コクリアに収監されたキエは、ロシアンマフィアの情報と『村松花子』もとい『神楽坂弥生』の情報を吐いた。

 

 キエが吐いた情報を報告したところ、CCGは異例の速さで討伐隊を編成し15区に向かう。

 

 

 だが、CCGの討伐隊が15区の『高円寺』に乗り込んだ時、もはや神楽坂弥生はどこにも居なかった。

 そして、住んでいたマンションや、弥生が勤務していた花屋からも情報を得られなかった。

 

 高円寺の花屋に勤務していた従業員は、弥生を含めた全ての家が(もぬけ)の殻となっており、花屋には個人情報を含めたあらゆる資料が消滅していた。

 

 なお、キエの吐いたロシアンマフィアの拠点には爆弾が仕掛けられていたため、突入した警察やCCG職員及び近隣住民が犠牲となった。

 これ以外にも、キエが自宅を爆破した事によって17区の住宅地でも大きな被害が出ており、CCGと警察はこれら事件の後処理に追われることとなる。

 

 マスコミは連続爆破事件として大々的に報道を行い、内外から足を引っ張られていたCCGと警察は、当然爆破事件の犯人を突き止めるための情報は手に入らなかった。

 

 余談だが、神楽坂弥生という名前を上層部へ報告した際、何故か局長はガッツポーズをしながら喜び、真戸達を褒め称えた。そして、討伐隊が失敗に終わった時、頭を抱えながら涙を流したという。

 

 真戸達はなぜ局長が『神楽坂弥生』にそこまで拘っているのか分からない。きっと知ることもないのだろう。




 革 命 的 粛 清 
残当。仕方ないね。

これでアップルヘッド編は終わりです。次からはまた時系列が変わります。

■原作との変更点
・アップルヘッドがコクリアへ
諸事情によりドナートさんがコクリアの情報源として使い物にならなくなるので代役です。

・ビッグマダムがカオリやロウから資産奪われ放題
オークション編のアオギリ人数と、VSジューゾー戦に変化が発生します。

■おまけ・キエを捕まえた後の二人
鋼門太朗「……真戸さん、出ていった奴は捕まえなくて良いんですか?」
まどっち「彼は人間だ」
鋼門太朗「喰種幇助では?」
まどっち「上の通達で彼は善意の通報者という事になっている。深入りは止めたほうが良い」
鋼門太朗「今回アップルヘッドが国外逃亡を図っている情報を我々に伝えてきたのは准特等捜査官の……」
まどっち「おっと亜門くん、それ以上はいけないよ。我々は何も知らない、良いね?」
鋼門太朗「……ハイ」
まどっち「亜門くん……悔しいと思うなら君はもっと功績を重ね、昇進し、喰種だけでなく組織の腐敗と戦いたまえ」
鋼門太朗「……ハイッ!!」
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