アカデミーの新人は本来なら寮に住む事を強制されるのだが、本人達の希望とキジマ准特等の承認により、自宅からの通勤を許可されている。
カオル達は昼にアカデミー生として勉学に励み、夜は喰種として喰種や人を喰らう生活を送る必要がある関係上、CCGの独身寮に住むことはできないのだ。
「CCGに入って半年、案外バレないものね……うーん……ニムラのおかげとは言いたくないんだけど……ニムラがあれこれ便宜を図ってくれてるのも事実なのよねぇ……」
15区にある『花村』と表札の書かれた家の中、シーナは肉を頬張っている。
椎名と大坪の名義で借りた格安のアパートはあるが、それはあくまでも辻褄合わせの物件であり、基本的な生活はこの家で行っていた。
「んー? ニムちゃんはシーナちゃんを『びー』の追っ手から撒くためにやったんだし、許してあげてもいいんじゃないかなー? それに、来年の4月からは一緒に行動するわけだし」
「まぁ……結果的に『
それがニムラの善意であったとしても、受けた苦痛が無くなったワケではない。
シーナは今もなお、ニムラの事を苦手としていた。
「うーん……というわけなんだけどさ、ニムちゃんはどう反論する?」
カオルは
その電話の待ち受け画面には『通話中 ニムちゃん』と表示されていた。
「え、これニムラに繋がってんの……?」
『あはは……どうもリゼさん……お久しぶりです』
探し続けていた『
元々の計画として、15区陣営はニムラの最終兵器こと『竜』の出現と同時に切り捨てる予定であった。
だが、『竜』の1体になる
(リゼさんとレザーフェイスの仲は良好……どうする……最後まで
「そろそろニムちゃんとお話しする機会を作った方が良いと思ったからねー。それじゃシーナちゃん、私はちょっと出掛けてくるから、そのまま話してて良いよー」
カオルは手を振り、部屋を後にする。
カオルが居なくなったことで、ニムラはシーナへカオルよりもこちらに付くように誘導するが……。
「は? ニムラがVを支配できたとして、私がVに入るワケ無いでしょ馬鹿なの? まぁ、ニムラがレザーフェイスを殺せたなら考えるけど」
Vが来ても返り討ちしてくれる上に、大量に肉が摂取できる
ニムラの遠回しな勧誘が、シーナに届くことはなかった。
──────────
「お姉ちゃん、僕も何かしたいな」
捕食と調整の日々を送っていたリオは、どこか退屈を感じていた。
共食いの痛みも、日に日に赫子が強くなる感覚も、体を弄られる快楽の日々も、繰り返せばマンネリになっていく。
リオは戦いや仕事といった、新たな刺激を求めていた。
「うーん、私は捜査官の仕事があるから、リオちゃんは単独で色々荒事をやってもらう形でも良い?」
「いいよっ! むしろ空を飛べる僕一人の方が、色々やりやすいかな? ……でも、僕だけだと喰種を見つけるのは難しいかも……それに痕跡も残しちゃうし……」
リオはカオリの尾赫を使えるが、カオリ程変幻自在には操れない。どうしても赫子痕が残ってしまう。
「だいじょーぶ! むしろリオちゃんには痕跡を残して貰うよー! それに、探索で使える良いモノをあげるね?」
カオリはこの前入手した赫包を冷蔵庫から取り出すと、手近にあった植木鉢に入れ、その上から園芸用の土をかけた。
「……何してるの?」
「まず、私から花を生やしまーす」
カオリは自身に『特殊な赫子でできた小さな赤い薔薇』を生やし、それを引き抜く。
「そして、これを植木鉢に移し替えまーす。この花は私達以外の喰種がいる方向を向くから、これで探しやすくなるはずだよー?」
赫子の花、それが何の役に立つのかリオには分からない。
「ふっふー! これは帆糸さんとライダーちゃんと薔薇メイドさんに
この花はカオリと同等の感知能力を持っている。
感知の苦手なリオにとって、この花は非常に有用なモノであった。
「でも、花を維持するには肥料と水が必要だから注意してね! 肥料は赫包をあげてね? 水は血をあげてね? 血は人間のでも喰種のでも良いよー」
一輪の薔薇の植木鉢を抱えた少女(♂)は、非常に愛らしく微笑んだ。
「ありがとうお姉ちゃん! これなら僕も喰種を発見できるっ!」
「それじゃあリオちゃんにやってもらう事だけど、とにかく世間に『フレディの恐怖』をバラまいて。やり方はリオちゃんの自由で良いよ? 都内だろうと近くの県だろうと構わない。好きに殺して、好きに食べておいで? 痕跡も残しちゃえ。でも……ちゃんと帰ってきてね?」
自由な殺戮……かつてのリオならば否定したであろう。
しかし、今のリオにとって……それは紛れもない娯楽であった。
「うんっ! いっぱい殺してくるね!」
「期待してるね、関東中にエルム街の悪夢をバラ撒いてきてよっ!」
こうして、飛翔する喰種『フレディ』が野に放たれた。
特定の行動範囲を持たず、駆けつけても空へ逃げるフレディの殺戮は、CCGにとって極めて厄介な存在となる。
とはいえ、フレディの攻撃対象は人間よりも喰種や建築物が多かったことから、積極的に人間を襲う『アオギリの樹』よりも後回しにされた。
だが、20区の戦いでフレディに仲間を殺された捜査官は多い。
そして、フレディは死者こそ出していないが、建造物破壊の余波で民間人に多くの怪我人を出している。
そんなフレディを後回しにする上層部の決定に、不満を漏らす捜査官は少なくない。
アオギリの樹による多数の捕食及び拉致。
頻繁に行われるフレディの喰種殺しと器物損壊。
去年に東京北東部で出没が確認されて以降、沈黙を続けるフレディ以外の15区陣営。
増え続ける行方不明者。
東京に、災厄の種が芽生え始めていた。
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「今日でお前達への教練も終わりか……寂しくなるな」
2015年3月、トカゲ教官はしみじみと呟いた。
「そうですねー。でも、ごーまささんが教えてくれた事は忘れませんよ? 来月からはキジマさんと楽しく喰種を尋問しまーす」
「そういうことじゃねぇよ……お前等が来月から楽しく喰種共をいたぶると考えりゃあ、羨ましくもなるってもんだ。こちとら来月からはお前等無しの教練だ……」
アカデミーにおいて拷問をする機会は無いゆえに、教官は拷問ができない。
だが、カオル達は違う。来月からはいくらでも拷問ができる……教官はそれが羨ましかった。
「ハァ……教え甲斐の無ぇゴミ共に教練すんのは退屈通り越して苦痛だよ全く……その点、金髪は馬鹿だが飲み込み自体は悪くなかったし、茶髪は文句無しの満点だったな」
教官はカオル達を痛めつける事こそ一度もできなかったが、そのことに不満は無い。
教官にとって、自身を尊重し、拷問話を楽しそうに聞いてくれた事こそが、何よりも楽しく、そして嬉しかった。
そして、来月から担当になる生徒は、自身を恐れるか侮蔑する者、拷問話に嫌そうな顔をする者ばかり……。
そんな連中だけを相手にしていくのかと考えると、教官は今から憂鬱であった。
「はぁー、『
「……? 教官、ムツキなる方はどなたです?」
教官から聞き慣れない名前が出てきたことに、シーナはすかさず質問を投げかける。
「お、言ってなかったか?
「むー、ごーまささんは酷いなー。まるで私達が拷問狂いみたいな言い方ですよー?」
カラカラと笑う教官に、カオルは少し不満そうな顔をするが……。
「えっ、カオルは間違いなく拷問狂よね? 私は違いますけど」
「おめぇもだよ茶髪。金髪程じゃねぇにしても、おめぇも充分キジマ班のイカれ女だよ」
カオルと同類扱いされた事に、シーナもまた不服そうな顔をするが、15区に住む喰種でイカれてない者など存在しないのである。
カオル程でないにしろ、シーナも15区に染まった喰種であり、紛れもなく拷問狂の類であった。
「っと、話がズレたな……六月は『クインクス』に配属だから、もしかするとお前等と合同で捜査する事もあるだろうよ? なにせクインクスは『アオギリ』や『15区』といった極めて凶悪な喰種と戦うための部隊だからな。六月と合同捜査するときにゃ、俺が教えた尋問術のお手本を見せてやってくれよ?」
教官にとって、手の掛からない優等生であったカオルとシーナは気にかける
だが六月だけは、教官が気にかける必要と価値の双方を持っていた。
「はーい。その『むつき』さん? って人と一緒に捜査する事があったら、尋問に誘ってあげますねー」
「キジマ准特等にも伝えておきます。『六月さんは優秀な尋問の素質を持つ』と」
カオル達の心強い言葉に、教官はニヤリと微笑む。
「おう、六月の上司になるヤツは『真戸の娘』と『佐々木二等』でな。真戸の娘は両親と違って喰種に甘く、佐々木二等は言うまでも無いな。尋問の機会があったとしても、アイツらの下じゃ尋問がヌル過ぎてストレスを溜めるだろうから、一緒の時は気にかけてやってくれ」
そう告げる教官は、まるで娘の事を想うかのようであった。
「元気でやれよ。
「はーい!」
「はい。トカゲ教官もお元気で」
──────────
4月、アカデミーを1年で卒業したカオル達は、当初の希望通りキジマ班へと配属された。
「おはようございます、
「待ったぁ!」
上司と部下の関係には相応しく無い言葉を紡ごうとしたキジマの口を、カオルは慌てて塞ぐ。
「キジマさん、私のことは『カオルさん』って呼んでくださいねー? それと、敬った話し方も禁止ですよ? ここではキジマさんが上司なんですからね?」
「……おはようカオルさん、そしてシーナさん。私はキジマ……よろしく頼むよ」
キジマは恭しく挨拶をするが、シーナは首を横に振る。
「カオルはともかく、私は『シーナ』と呼び捨てにしてください」
「ふむ。ではシーナ、よろしく頼むよ」
キジマとシーナは力強く握手を交わし、カオルはそれを楽しそうに眺めるが……。
「あのー、大坪さんもリサさんも僕のこと無視してません?」
ニムラが苦笑いを浮かべながら声をあげる。
「してませんよ? 私はこれからご一緒するキジマ准特等へ挨拶をしているだけです。旧多一等には後日ご挨拶に伺いますので」
「いやいや、今してよリサさん!? 僕暇、今とっても暇だから! それに、僕らフォーマンセルで活動だから!! 僕をハブらないで!?」
露骨にニムラを避けるシーナ。やはり一度できた溝は中々埋まらなかったようだ。
「旧多くん、確かに今は4人で行動だが、旧多くんが上等捜査官になればカオルさんとペアを組んで貰うと思うから、シーナと行動する機会は減るんじゃないかい?」
「そうそう、キジマさんにはニムちゃんを推薦して貰ってるから、功績を集めればすぐに上等捜査官になれると思いますよー? そしたら私と二人で頑張ろうねっ!」
そんなニムラへ追い打ちをかけるかの如く、キジマ達は将来的にニムラとシーナが別行動になる可能性を示唆する。
「えっ……マジでキジマさんとリサさんで組むんですか?」
ニムラはシーナと組むつもりだったようだが、キジマは首を横に振る。
「旧多くん……この中の4人を強さ順に並び替えると、カオリさん、シーナ、私、旧多くんだろう? 強い方が弱い方のフォローに入った方が良いのは分かるかい? それに、私とカオルさんが組むと近距離二人になってしまう。遠近で一人ずつの方がバランスが良いだろう?」
「ちょっと待ってください! え!? 僕が一番雑魚なんですか!?」
─────ニムラは実力を隠している。
ニムラの実力は、ともすればCCG最強の特等捜査官『有馬貴将』に優るとも劣らない。
だが、それを知る者は誰も居ない……それはキジマやカオリも同様である。
「そういえば、旧多一等が小さい時、剣術の筋が良いと誉められていました。なので、今は雑魚かもしれませんが、鍛え直せば輝くかと」
シーナは過去のニムラを知っているため、少しフォローをする……が、やはりシーナも今のニムラを知らないので、現時点での実力は低いと思っていた。
「ちゃ、ちゃんと他の連中に僕の実力みせときゃ良かったぁぁああああッ!? 違う! 僕、実は結構強い方だから!? ほら、能ある鷹ってやつ!!」
「クヒヒ!! 私も昔は強かったさ。今はジェイルにやられた傷でこのザマだがね」
「ふふふっ、ドンマイだよニムちゃん!」
ニムラは真実を語ったのだが、誰にも信じて貰えなかった。
「後々旧多一等に私の
「うーん……キジマさんは『ドリームブルーレイ』だから、ニムちゃんは移植しても佐々木さん位にしかならないだろうし……キジマさんを超えるのは無理じゃないかなー?」
とりつく島もない言葉の数々に、ニムラはガクリと肩を落とすが、すぐにニヤリと笑い出す。
「フ、フフフ……良いでしょう! 僕はリサさんの赫子で、最強だと証明してみせましょうッ! 愛の力でッ!! ……近い内に移植をお願いするので、ランサーの予定を確認しといて下さい」
「うん。ろーちゃんには連絡しとくねー」
「はいはい。せいぜい私がキジマさんやカオルに取られないよう頑張ってね」
地球の中心で愛を叫ぶニムラだが、対するシーナは投げやりに答えた。
「キヒヒヒ!! 私は旧多君の青春を応援しているよ? それじゃあ早速
本来であれば、新人をいきなり実戦に投入することはない。
だが、キジマとニムラはカオル達の『本当の実力』を知っている。
ゆえに、共食いが横行する狂気の14区といえど、この四人が
2015年度における初日喰種討伐を達成した班は、有馬班とキジマ班の二つ。
その中でもキジマ班は、最低品質の装備で二体のAレート喰種を駆逐したことで注目を集めた。
15区及び周辺区域を担当するキジマ班……無名の捨て駒班だと思われていた彼らの大金星は、CCGの士気を高めていく。
─────例えそれらの全てが、
1 5 区 キ ジ マ 班
主な仕事は15区のパトロール。とはいえ15区に喰種は出現しないので、基本的に隣の区もパトロールする。
■今回出てきたオリジナル用語
・ドリームブルーレイ
カオリ達による人工喰種の識別名称。
名前付けのルールは『使用素材』+『品質』。
つまりドリームブルーレイは『リオ赫子』+『最高品質』となります。
この名称については後々語ります。
・CRc狙撃銃
原作:reにおける ハイセ VS オロチと化した先輩 のときに真戸暁さんが使う武器。
原作では上記の時にしか使われなかった武器ですが、本作においてはCRcガスに匹敵するレベルで重要な武器になります。