彼らには、とっても心強い家族や、とっても頼りになる恋人が居るんです。
扉から、ゆっくりとカオリが歩いてくる。
「ふふふ……ふふふふふ……! まずは窓から逃げるのを禁止するよー」
カオリは
これにより、ヤモリ達は窓から逃げる選択肢が断たれた。
「霧嶋さんを倒せたんだねー! おめでとー! 頑張ったんだねー! だけど『あーちゃん』? キミだっていつから飛べる鳥になったのかなー? ていうかさ、霧嶋さんは戦える
アヤトの動きが止まる。その背後に響く声は、最も出会いたくない存在であった。
「レザーフェイスっ……」
「はい、レザーフェイスさんだよー? 14区の
『霧嶋アヤト』。カオリが『あーちゃん』と呼ぶ喰種である。アヤトは1年前、無謀にも単身14区へ乗り込み、カオリに呆気なく敗北。14区の質の低迷に悩んでいたカオリは、アヤトを殺さない代わりに、14区の活性化をやらせていた。いわゆるパシリである。
なお、カオリは『アヤト』としか名前を知らないため、アヤトがトーカの弟であることはさっきまで知らなかった。
「そして……久しぶりだね『ヤクモちゃん』。確かに勝手を振る舞うのは強者の権利なのかもね。だけど、私と遊ぶ約束から何年も逃げるばっかりのツレないヤクモちゃんは、いつ強者になったの? 今はあの時よりも……もっと
「僕の顔……あぁ……なんで……どうして……20区に……」
何度も体を捕食され、顔の皮膚を剥がされ、部下の皮膚を貼り付けられ……。
少しずつ力を取り戻したとはいえ、ヤモリは当時よりも弱くなっている。勝ち目が無いのは明らかであった。
「やめろ……来るな……もう顔を剥がされるのは嫌だ……!」
トラウマがフラッシュバックし、ヤモリの心は折れ始めた。
「ふふふ、ヤクモちゃんは相変わらず面白いね! ところで……『ニコさん』がなんであーちゃんやヤクモちゃんと一緒にいるのかなー?」
オカマのニコ。14区の酒場『Helter Skelter』に良く出没し、同じく『Helter Skelter』へ頻繁に通うカオリとは顔馴染みである。
「まあニコさんは別にいいや。それでさ、金木さんをどっかに連れて行きたいんだよね?
「アラ、なぜかしらぁ? レザーフェイスちゃんは隻眼のボウヤを助けに来たんじゃないの?」
ニコはカオリがカネキを助けに来たと思っていたが、予想とは異なる発言をしたカオリを不思議に思った。
「
カオリはマスクの底から、深淵の様な赫眼でニコを見据えた。
「ニコさんが金木さんを連れて行こうが、私にはどうでもいい。むしろこれからする食事の邪魔だからどこか行ってほしいな? これからあーちゃんとヤクモちゃんをご飯にするんだから……」
部屋の温度が下がっていく。
そんな中、ニコは一歩カオリへ踏み出す。
「でもねぇレザーフェイスちゃん? ヤモリとアヤトちゃんは大事な仲間で、貴重な戦力なのよン? アナタに食べられちゃ困るのよね」
カオリは追加で尾赫を出し、下半身を覆っていく。それはまるで根っこのようであった。
「ねぇニコさん、聞くね? あなたは『ヘルスケの常連さん』かな? それとも『ご飯の仲間』どっちかな?」
カオリは甲赫を追加し、体に巻き付けていく。カオリの全身は赫子で覆われ、まるで一本の木を彷彿とさせた。
「そっかー……ニコさんは答えてくれない感じかなー? じゃあ後で聞くね? まずは……ヤクモちゃんへご挨拶っ」
刹那、カオリの
だが、ニコが咄嗟にヤモリの前へ立ちはだかり、身代わりとなって貫かれた。
「ご……るぱ……っ!」
「ニコ……ッ!!」
「ふーん……」
腹に風穴が空き、倒れ伏すニコを、カオリは冷めた目で眺めた。
「ニコさんは『
カオリの肩甲骨から
「いただきます」
蔓から無数の牙が生え、ニコの腕を、足を食い荒らして行く。
野太い悲鳴が店の中に反響した……。
「普段なら赫子で丸呑みにするんですけど、ニコさんは『
両手足から
「あーちゃんもヤクモちゃんも逃げずに待てて偉いねー。まぁ、逃げ場なんてどこにも無いんだけどね? さあ遊ぼうか! でも、ヤクモちゃんはすぐ逃げちゃうから……」
いつの間にかカオリの尾赫がヤモリの足に絡みついていた。
「あぁ、嫌だ! やめろ! やめろおおおおおお!!」
ヤモリは半狂乱になりながらもカオリの尾赫へ鱗赫を突き刺そうとするが、尾赫には傷一つつかない。
「まずは足を潰すね」
刃のように薄くなった赫子が、ヤモリの足を切り落とした。ヤモリの泣き叫ぶ声をバックに、カオリの赫子は切り落としたヤモリの足を食べていく。
「よし、これでだいじょーぶ! そうそう、『ヘルスケ』でヤクモちゃん用にとーっても楽しい遊びを教えて貰ったんだよね! 上手にできたら見逃してあげるね。ねぇヤクモちゃん……『1000引く7は?』」
1000から7を引いていき、それを口に出すこと。それはかつてヤモリが喰種捜査官から受けた拷問である。
正気を失わないように、ジワジワとなぶり殺していくためのワードである。
「ヤクモちゃん、今度こそご飯になる? もう一回聞くよ? 『1000引く7は』?」
尾赫がヤモリの脇腹を食いちぎり、甲赫はヤモリの首筋へと向かう……。
「きゅ……993! 986!」
狂ったようにヤモリは数を数えていく。カオリは楽しそうにそれをながめると、大きく頷いた。
「うんうん! こんな難しい引き算ができるヤクモちゃん賢いよー! ヤクモちゃんに数学を教えてくれた『ゴーマサさん?』って人に感謝するんだよー? さて……と。おまたせあーちゃん!
ニコとヤモリの返り血に染まったエプロンをたなびかせ、カオリはアヤトと対峙する。
─────だが、その間には……先程まで気絶していたトーカが立ちふさがった。
「……ねぇ霧嶋さん。何のつもりかなー?」
トーカは『アヤトを背に』立っていた。
「馬鹿トーカ! 何のマネだ!?」
それは『カオリ
「黙ってろ馬鹿アヤト!!」
トーカは15区の怪物がどれほど危険か知っている。万に一つの勝ち目すら無いことも。
「レザーフェイスさんとアヤトの間に何があったのかは知りません……ですけど、アヤトは見逃してくれませんか?」
「ハァ!? やめろ馬鹿姉ッ!!」
喧嘩別れし、再会した今も罵倒し合う仲。しかし、父と母がCCGに殺された今、トーカの家族はアヤトしか居ない。
「店長との約束があるんですよね? だから、アヤトは見逃してください」
トーカの脳裏には、水路でヒナミが流した涙と、かつての父の姿が思い描かれていた。それは、家族を失う痛みと、家族がいる温み。
「ごめんねー霧嶋さん。芳村さんと約束したのは『20区の喰種を食べたり殺したりしないこと』なんだよねー。あーちゃんは14区の子。見逃す理由にならないよー?」
たった一人の家族を守るため、非力な女子高生は一人立ち上がった……!
「アヤトは私の弟……私は20区の喰種。20区の喰種である私の弟もまた『20区の喰種』です!!」
それは暴論……あまりにも無茶苦茶であった。だが、カオリには有効であったようだ。
「んー……? 霧嶋さんの弟なら、20区? でもあーちゃんは20区の喰種では無いハズなんだけど……? んー……難しい事は苦手なんだけどなー……あーもう分っかんないよー!」
しかしカオリ、ここで閃きが脳裏を走る。それは挑発、アヤトから仕掛けてくるのであれば、反撃の大義名分が立つ。
「ふふふ……じゃあこっちから手を出すのはやめてあげる。でもあーちゃんはそれで良いのかなー? おねーちゃんに守られて震えるだけのあーちゃんにはこの言葉を送るよ……『弱い奴に何が守れる。誰が救える。力が無きゃ奪われるばっかりだ』」
アヤトの顔が屈辱に歪む。その言葉は、先程自らがトーカへ投げかけた言葉だった。
その後も挑発を重ねるカオリ。アヤトは俯いたまま黙っている。握られた手からは、血が滴り落ちる。
……しかし、かつて14区に居た頃、力の差を嫌というほど思い知っているアヤトはカオリに手を出せない。
「……なんにもしてこないんだねー? あーちゃんにはガッカリだよ。それじゃ、ヤクモちゃんで遊ぶから、あーちゃんはおねーちゃんの背に隠れてればいいよー……んー。ニコさん、また邪魔するのかなー?」
傷を治し、手足を再生させて起き上がったニコは、ヤモリを守るように立ちふさがる。
「悪いわねぇレザーフェイスちゃん。今アナタに好き勝手されるとこっちの計画が台無しなのよン……ヤモリ、アヤトちゃん! 私が合図したら眼帯ちゃんを連れてさっさと逃げなさい! ここはアタシが引き受けるわ!」
ヤモリのピンチに、ヤモリを愛するオカマ『ニコ』が立ち上がった。
「ふふふ……どうやってヤクモちゃんを逃がすのかなー? 窓は塞いだし、ドアは私の後ろ。床を壊そうとしても私の赫子の方が速くヤクモちゃんを貫けるよー? それに、『ヘルスケ』で言ってましたよね? ニコさんは弱い喰種だから、男の人に体を売って生活してるって。赫包のニオイもあんまりしませんし、大人しくしててくださいなー?」
ニコから漂う赫包のニオイは薄く、強者であるようには感じない。しかし、ニコは妖しく笑っていた。
「ウフフ……レザーフェイスちゃん……こんな言葉を知らないかしら……? 『ホモは嘘つき』なのよンッ!」
それはまさに一瞬。ニコは
カオリの甲赫と尾赫の混ざりあった檻は砕け、人が通れる穴ができていた。
「……ん? あれ? なんでニコさんが
自慢の甲赫を割られた事に驚いたのか、思わずカオリの思考が停止した。
「今よ!!」
「はっぴゃくろくじゅ……!? ニコ、すまねぇ! アヤトくんはソイツを宜しく」
「あぁ!!」
アヤトがカネキを担ぎ、足を再生させたヤモリと共に窓から逃げようとする。
「カネキ!? させるか止まれアヤ……あぐッ……!」
トーカがアヤトに向けて羽赫を飛ばすが、それを迎撃するようにアヤトも羽赫を飛ばす。
既に満身創痍のトーカと無傷のアヤト。結果は明らかであり、再びトーカは血に沈んだ。
「……ハッ!? ヤクモちゃーん? 逃がさないよー!」
カオリは逃げるヤモリへ向け、大量の尾赫を伸ばすが、赫者となったニコが鱗赫を展開して尾赫を弾いていく。
ニコの鱗赫は相性の悪い尾赫と幾度もぶつかり合い、砕け散った。
だが、ヤモリへの攻撃を防ぐ事はできた。アヤトとヤモリはカネキを連れ、全力で逃走を行っていた。足の遅いカオリでは、もはや捕まえることはできない。
「あらー……逃げちゃいましたねー。あーちゃんもヤクモちゃんも逃げ足だけは凄いですからねー。しょうがないのでニコさんを食べちゃいましょー。ニオイを偽装できる喰種がいるなんて知らなかったので油断しましたけど、もうニコさんの赫子じゃ私の赫子を壊せませんよー?」
カオリの赫子に『特殊な赫子』が混ざっていく……。
「……その前に、ちょっと話を聞いてくれないかしら?」
ニコは鱗赫を展開し、今まで気付かれずに放置されていた万丈とその部下達を気絶させた。
「さて……これでアタシ達の話を盗み聞きする悪い子はいないわね。さっきのレザーフェイスちゃんに対する返事は『Helter Skelterの諜報員』よ。アタシはタダの常連じゃないのよン。イトリのバーにはレザーフェイスちゃんも使ってるように、情報が集まるでしょ? その情報を仕入れているのが、諜報員の一人であるア・タ・シ。アタシの所属は今も昔も『Helter Skelter』。だから、アタシの所属する組織は『アオギリの
「あおぎりのき?」
アオギリの樹という聞き慣れない単語に、カオリは首を傾げる。
「ヤモリやアヤトちゃんが今居る組織よン。さっきは彼等がいる手前、レザーフェイスちゃんと敵対しちゃったけど、アタシだって本当は敵対したくないのよン。でもアタシの今の仕事って潜入捜査だからゴメンナサイね? お詫びに良いこと教えてアゲルわ! 彼らがいるアオギリの情報。構成員とかイ・ロ・イ・ロ」
ニコは、『アオギリの樹』の活動予定、主要な幹部など、持っている情報を全てカオリに提供した。
「ほぉー、助かりましたニコさん! それにしても『タタラ』って人は炎の赫子ですかぁ……先に知っておいて良かったです。うーん……なら、私も何人か仲間を作っておいたほうが良いのかもしれませんねぇ、炎の赫子を相手にするのはちょっと私だとしんどいですから……それじゃあ、ニコさんにはお礼に……いただきます」
カオリの赫子がニコの脇腹へ食らいつき、ニコの
「アガァッ!!? レ、レザーフェイスちゃん……!?」
ニコは情報を渡したことで許されたと思っていた。確かにカオリはニコを許したが、完全に捕食しないほど許したわけではなかった。
「ニコさんの理由は分かったけど、あーちゃんとヤクモちゃんを食べ損なってるのに変わりはないんですよー? 流石に食べないわけには行きませんよー? ごちそうさまでした。赫者の赫包、体が熱くなってきますよー!」
「ホント……クレイジーね……レザーフェイス……いえ、花村カオリちゃん……」
ニコはヨロヨロと立ち上がると、ヤモリ達との合流場所へ歩いていった。
見 捨 て ら れ る カ ネ キ
忘 れ 去 ら れ た バ ン ジ ョ ー
原作におけるニコさんの強さは未知数ですが『Helter Skelter』の主要メンツですし赫者にはなってんじゃないかなぁと。
ニコさんの所属する組織の正式名称は『Helter Skelter』ではありませんが、カオリ相手には『Helter Skelter』と言った方が通じる上に好感度も良いので、そのように言っています。
もともとの文では主人公がアヤトさんへ挑発するとき、かなり酷い言い方をしていたのですが、どう考えても【アンチ・ヘイト】のタグが必要になってしまいそうなので『その後も挑発を重ねるカオリ』という表現に変更。
それと……こんな話書いてますが、原作のヤモリさんもアヤトさんも好きなんですよ?本当ですよ?