花言葉は悪意、謙遜、優秀さ。
マダムAにとって『隻眼の喰種』及び『レザーフェイス』という組み合わせは、強烈に
だが、マダム
そして、ジューゾーの出品と同時に『今なら大丈夫』という確信めいたモノが脳裏をよぎる。その直後、マダムAは大ホールから飛び出した。かつて自身にトラウマを植え付けた『眼帯』と『レザーフェイス』から一刻も早く逃げるために。
「あああやっぱり……嫌な予感が当たった……ハトが来てたじゃないの……!」
大ホールの廊下から外を見ると、そこにはいくつもの『捜査官の死体』が転がっている。
「ハトが死んでるのはレディ・ロウの仕業かしら? 全部死んでる……と考えるのは楽観的過ぎよね。なら、まだ生き残りのハトが居ると仮定すると……見つからないルートは……窓を割って逃げる、エントランスから出る、控え室の裏口から出る、もしくはその他……」
マダムAはそれぞれの脱出経路をシミュレートするが、直感に響く答えは出てこない。
「駄目ね……窓を割った時に音が出る。ああもう、なんでこの窓嵌め込み式なのよ! エントランスは間違いなくハトがいるだろうし、裏口も怪しいわ……他の可能性……レザーフェイスの近くに行く? 確かにハトには殺されないだろうけど、レザーフェイスに喰われるわね……後は、後は……」
─────その時、突如マダムAの背後に何者かの影が現れる。
「誰ッ!? ……あら、確かアナタ……『スケアクロウ』だったかしら?」
それは『へのへのもへじ』が描かれた布袋を被った和服の男。戦闘能力もなく、喋ることもできず、食事をしている姿すら見たことがない。ただのカカシ……そんな男だった。
「……□△○……□△○……」
声にならない声を上げつつ、スケアクロウは天井を指さす。
「天井……?」
マダムAも天井を見上げる。そこには空調用の排気口があるだけだか……。
「……ッ! 空調のダクトね!! そこから逃げれば!!」
マダムAの発言に、スケアクロウは深く頷く。
「よっしゃ、やったろうじゃないのよ! ……あら、ドライバー持ってるのね? 準備が良いわね! ついでに肩車して下さるかしら?」
スケアクロウからドライバーを受け取り、肩に跨がる。
「ちょっと待ってなさいよ…………よし、取れたわ!」
マダムAはダクトの蓋を外すと、ダクトの中に潜り込む。
「ほら、早く手を伸ばしなさい! アナタも逃げますわよ!」
「……□△○!? ……□△○」
マダムAはスケアクロウを見捨てる事無く、ダクトの中へと引き上げた。だが、何故かスケアクロウはやや不満そうな気配を出している。
「……何スネてるのよ、もしかしてオークションを最後まで見たかったのかしら? どうせ私達に買える金額じゃないから無理無理、諦めなさい。残っててもハトかレザーフェイスに殺されるだけよ……さてと、ちょっとそっちにズレて下さる?」
引き上げたスケアクロウをズラすと、内側からダクトのネジをしめ直す。
「ネジの向きが逆だから、いつかはバレるでしょうけど、発覚までは時間が稼げるわ! さぁ、行きますわよスケアクロウ!」
力無き二人組は、静かにダクトの中を進む。そしてついに、外へと続く排気口が見えたが……。
「大芝上等、本当に私達8人だけで裏口を張るんですか?」
「仕方ねぇだろ、レザーフェイスに仲間達が殆ど殺されてんだ。これ以上人を割けんぞい」
排気口の向こう側に、捜査官達が待機していた。
(くっ……これじゃあ出られないわ!)
万事休すの状況であったが、すぐに状況は好転する。
「なんだ? 裏口からバイクのエンジン音がするぞ? お前等ついてこい……おい! そこのおボッ!?」
大芝は仲間を引き連れて裏口へと走り……小さい悲鳴の後、声が途絶える。
(死んだ? ピエロの構成員が倒したのかしら? ……っ、誰かこっちに来る!!)
一つの足音がマダムA達の潜む排気口へと近付き……。
─────バギッという音を立て、排気口の蓋が無理矢理引き抜かれた。
「ッギヒィッ!? スケアクロウ! アナタだけでも逃げ……」
「あ、だいじょーぶですよー? 捜査官さんはみんな殺しましたよー?」
パニックに陥ったマダムAに、排気口の蓋を破壊した主は優しく語りかける。語りかけた後、声の主は再びバイクのエンジンをかけ始めたようだ。
「……っあ、お、お仲間でしたのね……た、助かりましたわ……」
マダムAとスケアクロウは、ゆっくりと排気口から外へ出る。どうやらここは裏口の駐車場だったようだ。
「どなたか存じませんが助かり……あ……あれ、レザ……」
マダムAは固まる。フルフェイスヘルメットで顔は分からないが、黄色いエプロンをつけたその姿は……。
「しばらく捜査官さんは来ないから、逃げるなら今のうちですよー。じゃあね、マダムエー。それと
─────バイクで走り去る声の主は、紛れもなくレザーフェイスだった。
「……ハッ!? 私も逃げなきゃ! スケアク……あれ?」
正気を取り戻したマダムAは、スケアクロウの姿を探すが、そこには一枚の紙切れが落ちているだけであった。
『オレはよわいから先ににげるね。助けてくれてありがとうマダムエー。スケアクロウより』
「……スケアクロウって人間だったの? でもニオイは間違いなく喰種だった……嘉納センセの言ってた『フロッピー』ってヤツかしら? ……って、そんな事より逃げなきゃ! 私だって弱いのにぃー!!」
マダムAは慌てて夜の街へと走り出す。悪運の申し子マダムA。喰種レストラン、嘉納地下研究所に続き、今回も無事五体満足で生還を果たしたのであった。
──────────
蛇腹剣のような銀色の鱗赫を持つ喰種達が平子達を襲う。捜査官達の間合いよりも広い攻撃距離を持つ喰種達は、付かず離れず赫子を振るっており……。
「ちィッ! 接近してこねぇ鱗赫の喰種は面倒臭ぇな。ところで平子上等、こいつらの赫子は……」
下口は薙刀型のクインケで相手の蛇腹剣を破壊しつつ、敵の
「ええ、ペニーワイズの赫子と酷似しています。人工喰種の可能性がありますね」
「やっぱりか胸糞悪い。だがレートはAってとこか? ホンモノよりは劣るようだな……っとォ!!」
下口は敵の一体へ強く踏み込み、剣を一閃する。
大きく斬られた傷口は、少しずつではあるが着実に再生する。終わらない戦闘に、下口のイライラは少しずつ募っていくが……。
「下口上等、落ち着いて下さい。腰の
平子は一度の踏み込みで二度刀を振り、腰と首を切断する。
赫包が無くなったことで再生力が失われ、首を飛ばされた事で『シルバーディスク』は生命活動を停止した。
赫包を失えば喰種は緩やかに生命活動を停止していくが、今は一刻も早く敵を片付けて真戸達を追いかけたい状況である。平子達は少しずつ敵を殺していく。
だが……。
『うーん、やっぱり平子班相手にソレじゃ難しいですかねぇ……それじゃあ『シルバーディスク爆発』でお願いしまぁす!』
「退避」
次も爆発するであろうと踏んでいた平子達は、即座に物陰へと隠れた。
『ふんふん、二度目の爆発は無効……仕様変更が必要と……それじゃ、追加行きますよぉ?』
「……クソが! このふざけた声の野郎を止めないと駄目なんじゃないか?」
下口の言うとおり、更に喰種達がやってくるようだ。
『アッハ! そうですねぇ……皆さんには最後まで性能テストに付き合って頂くつもりですよぉ? 次は『グラトニーディスク突撃』でお願いしまぁす!』
「下口上等、相手がどこから指示を出しているのか分からない上に、これ以上隊を分けると各個撃破される危険があります」
赤紫色の触手のような鱗赫を持つ喰種達が、煙の向こうから飛び出してくる。
だが『グラトニーディスク』は『シルバーディスク』よりも近寄ってきてから攻撃をしてきたため、下口達は喰種達を難なく両断するが……。
「刃の位置をズラされた? ッお前ら気をつけろ!」
敵は急所を避け、更に突っ込んでくる。
下口が咄嗟に叫んだ通り、斬られた喰種達は即座に切断面がくっつき、再び下口達を襲う。
「ぐっ……!?」
「がぁっ……!?」
グラトニーディスク達による不意打ちともいえる攻撃に、とうとう平子班から脱落者が出た。
「……負傷した
「はい!」
平子班のメンバーは平子、伊東、黒磐、道端、梅野、根津の6人。その内の半分が戦線を離脱したことで、下口に緊張が走る。
「おいおい平子上等、俺達4人でなんとかなるのか?」
「ええ、伊東と黒磐は優秀ですから」
先程より戦局はやや不利になったものの、なんとか渡り合えると平子は判断した。
「ハッ、なら良いけどなッ!! ところでアイツらの赫子って、佐々木一等の赫子じゃないか?」
『そのとおり! 佐々木一等と同じ赫子です! その再生能力は佐々木一等で良く知っているでしょう?』
謎の声は愉しそうに解説をする。
「だが佐々木一等よりは弱いんだろう? ならばこの下口が負ける道理は無い」
下口は鋭く踏み込むと、敵喰種の腰を素早く両断した。
下口は平子ほどでは無いが、実力のある捜査官である。でなければ有馬特等の後継者ともいえる平子や、クインケの扱いに優れ、クインクスを纏めるアキラと肩を並べる事などできない。
『おや……? どうやら僕は貴方達をオロチやトルソー程度の雑魚に手こずる方々と認識していたのですが、少々侮っていたようですね……なら最後のテストにしましょうか……『グラトニーディスク爆発』『フラワーブルーレイ突撃』でお願いしまぁす!』
「読めてんだよ馬鹿が!」
両断した喰種を急いで蹴飛ばし、物陰へと飛び込む。
轟音と共に喰種達は爆発し、その向こうからゆっくりと3体の喰種が歩いてくるが……。
─────煙の奥からやってきたのは『木のような赫子を背中に生やす喰種』が1体、『巨木の根に似た赫子を尾骶骨付近から生やす喰種』が2体……。
「おいおい冗談じゃねぇよ!? その赫子は20区の時の……ッ!!」
それは紛れもなく、レザーフェイスの赫子であった。
「……おい平子上等、行けるか?」
「伊東と黒磐は下がれ。こいつらは恐らくハイセより強い」
平子と下口は一歩前に、伊東と黒磐は一歩後ろに下がり……。
「強度はどんなもんだッ!」
下口は背中に括り付けていた『
「チッ、人工喰種だろうとQバレットは効かねぇってか。相変わらず頑丈だな糞が!! なら……」
下口は腰に付けていた缶を喰種達に投げつける。下口が投げた缶、その中身はCRcガスである。
下口は20区の戦いにおいて、15区の喰種達による蹂躙の真っ只中にいた捜査官であった。
吐かないように、気絶しないように、ただ恐怖に震えながら、フレディの水晶に身を刻まれ、有馬特等の救援に心から感謝した。それと同時に、彼は自身の弱さを恥じた。
だが、キジマ班のように15区へ攻めていける勇気は無い。真戸アキラのように病的な程に強さを渇望する根気もない。平子のように優れた身体能力もない。
ゆえに下口が取った策は『いつ15区の喰種が来ても対応できる装備をする事』であった。
20区戦で、15区の喰種達に最も効果があったのは有馬特等が使ったCRcガスだった。
ゆえに、下口はいつもクインケラボに頭を下げ、自分の班へ多めにCRcガスを配備してくれるように頼んでいたのだ。
缶は赤色の煙を噴きだし、喰種達の赫子が崩壊していく。
「これでどうだよクソッたれェ!!」
すかさず下口が繰り出した
「次はテメェだ!!」
下口は振り返り尾赫の一体を切りつけるが……下口は見誤った。
「……ガハァッ!!?」
20区戦でのレザーフェイスは、誰よりも早くCRcガスから立ち直っていた。
そして、人工喰種たちもまた……極めて早い復帰ができることを……。
「下口上等!」
「ただじゃ……やられねぇよ!!」
根のような赫子に貫かれながらも、下口はもう一度尾赫の1体へ剣を振り下ろす。
平子も即座にもう一体の喰種へと走り、腰と首を両断した。
『ありゃー。やっぱりCRcガスはエグいですねー。それじゃ『フラワーブルーレイ爆発』で』
「おらァッ!!」
「下口上等、何をっ?」
自身はもう助からない。ゆえに下口は最後の力を振り絞り、平子を柱の向こうへと投げ飛ばす。
「平子ォ! 後は任せ……」
─────轟音と共に、3体の『フラワーブルーレイ』から爆炎が吹き荒れる。
謎の根と爆発による不意打ちを受けた下口班は、下口以外のメンバーを全て失っていた。自身が死んでも、嘆く部下はもう居ない。
ゆえに下口は自らの身を犠牲に、平子の命を救ったのだ。
(CRcガスはCCGを変える最高の武器だ。頼んだぞ平子上等……部下と仲良くな)
下口はニカッと笑い、炎の中に呑み込まれていった。
『下口上等の健闘に拍手! サンキューノッブ!!』
ブツッという音と共に、謎の声は途切れる。
平子は下口が居た場所に深く頭を下げ、両手を合わせた。
「下口上等、貴方の活躍は無駄にしません……行くぞ、仲間達の死を無駄にしないためにも。梅野と根津は撤退して治療に専念しろ」
平子達は顔を歪めながらも、第二中央棟へと走る。
──────────
『オークションは終わったけど、これから皆を落札者に譲り渡すから、突入はもうちょっと待ってて欲しいなー』
第二中央棟はまるでジャングルだ。樹木のような赫子が通路を覆い尽くしており、それらへ触れずに通ることは不可能と言って良い。
『通り抜けるのはオススメしないよー? 体がもげちゃうからねー』
「なら破壊すればいい」
アキラは背骨のような蛇腹剣『フエグチ・改』を振るうが……。
『さっきみたいな弱い強度にはしてないんだよー?』
「瓜江は下がれ。
「はい」
瓜江が大きく下がったのを確認し、アキラは赫子の壁にCRcガスを投げつけた。
それと同時に、アキラと鈴屋班のメンバーはクインケを樹木型赫子に叩きつけていく。
『うげ、しーあーるしーガス……でもあーるしー細胞をしっかり回せば緩和できるって学んだんだよー? しーあーるしーガス、やぶれたりー!』
赫子の壁にヒビこそ入るものの、破壊するまでにはかなりの時間を要しそうだ。
「ヒビが入ったならいずれは破壊できる。クインケを壊さない程度に攻撃を続けるぞ!」
アキラ達はクインケを振るい続けるが、赫子の破壊は遅々として進まない。そして、ついにタイムリミットがやってきた。
『それじゃ、私は用があるからこれで失礼するね? せいぜいアオギリやお客さんと遊んでてよ』
その言葉と共に、第二中央棟を覆っていた樹木が引いていく。
つまり……レザーフェイスは完全に射程圏外まで逃げたと考えて良いだろう。
「……行くぞ」
言いたいことはいくつもある。だが、それらを全て飲み込んで、アキラはハイセ達との合流を優先した。
「(逃げるな! 俺達と戦えレザーフェイス!)……了解」
瓜江は功績を逃した事を内心で悔しがるが、今の自分ではレザーフェイスに太刀打ちできないことくらい理解している。
それでもなお、父の幻影が強敵と戦うことを求めていた……。
下 口 殉 職
原作よりもかなり強い下口さんですが、真戸班や平子班と方を並べるくらいなら、下口さんは結構優秀なんじゃないかという独自解釈です。
薙刀は原作のロゼ編で使っています。
なお、元茨橋班でロゼ編の時に下口班へ再編成された女の子二人組は、カオリの先制不意打ちで殉職しています。
スケアクロウから喰種のニオイがするのは、原作でもお馴染み。無印の頃に丸手さんへ言ってましたが、死んだ喰種の服を使うことでニオイを誤魔化してました。