冴木は走った。『愛しのトオル』を迎えにいくために。
冴木の上司であるアヤトは、ナキ達と合流する様に命じたが、彼にとってはナキよりもムツキが優先である。
「邪魔ッ!! トオルトオルトオルゥゥゥウウウ!!」
ゆえに冴木は走る。進路途中にいた喰種を思いっきり突き飛ばし、壁にめり込ませながら……。
「…………」
突き飛ばされた喰種は、めり込んだ壁から体をひきはがす。
その喰種はスキンヘッドにサングラスの男……パーシーであった。
パーシーは静かに埃を払うも、顔はピクピクと痙攣している。どうやらかなり怒っているようだ。
─────ゆえに……。
「…………!!」
パーシーは走った。レディ・マイヤーズに『オナホー』と呼ばれていた男を殺すために。
そんなことを冴木は知る由も無く、冴木はムツキを求めて走り続けるが、パーシーに追いつかれる事は無い。
パーシーは甲赫の喰種であり、甲赫とは他の赫子より重く、走るのにやや不向きだ。片や冴木は鱗赫であり、赫子は羽赫の次に軽い。
とはいえ身体能力はパーシーの方が高いため、パーシーは離される事無く冴木を追い続ける。
管理棟を走り回る二人の男。ついに冴木は管理棟のモニタールームへと飛び込んでいく。
パーシーはニヤリと嗤う。なぜなら今モニタールームの中にはマユがいる。
自分を越え、7区のNo.2に君臨しているマユの前には、トルソーなどまさに使い捨てオナホールのように死ぬだろうと確信していたが……。
─────トルソーは傷を負いながらもドアから出てきた。その肩に『ムッチャン』を担いで……。
「…………!?」
まさか冴木が無事に出てくるとは思いもしていなかったため、パーシーは呆気に取られてしまう。
「…………!!」
冴木は『ムッチャン』を抱えて出てきた……それはつまり、モニタールームの中にクインクスがいるということ。
その事実に気付いたパーシーは、慌ててモニタールームの中に入るが……。
「……パーシー、オナホーを追ってた?」
─────どこか唖然とした雰囲気のマユが問いかけてきた。
パーシーが深く頷くと、マユは困ったように肩を竦める。
「今、商品の『ムッチャン』を奪われた。オナホーから取り返しておいて」
パーシーは周りを見回す。そこには泡を吹いて気絶する『シラギン』と、同じく唖然とする『サイコ』のみ。
この程度の相手にマユが負けるワケが無いと確信したパーシーは、マユに敬礼してから再び冴木を追いかけ始めた。
──────────
瓜江はトルソーを追いかけるものの、管理棟の付近で見失っていた。
(不味い……時間が経てば経つほど喰種は逃げていく。折角今はレザーフェイスのおかげでライバルが殆ど居ない入れ食い状態……にも拘らず俺の功績は未だゼロ……せめてトルソーは捕まえてやる……!)
瓜江は焦っていた。誰よりも功績を求め、誰よりも上を目指す彼にとって、功績無しの現状はとても許容できるモノではなかった……。
(少し遠回りになるが、管理棟に行ってみるか。監視カメラのモニターから喰種を探せるかもしれない……)
管理棟へ足を踏み入れたその時、瓜江の耳に聞き慣れた声が届く。
「このっ……離せぇっ……ッ!!」
「さぁ行こう! 愛の逃避行だよトオルゥ!!」
(ムツキの声……? それと……トルソーか!)
瓜江は声の響く方へ走る。すると、奥からムツキを抱えたトルソーが走ってきた。
─────凄まじい形相でやってくるスキンヘッドのサングラスを後ろに引き連れて。
「(どういう状況だ!?)ムツキ!」
「瓜江くん!! 助けて!!」
「あの時のハト!? ど、どうしよう!」
トルソーは瓜江の出現により、足を止めてしまう。それはつまりトルソーがスキンヘッドの男……パーシーに追いつかれる事を意味する。
「トオル、ちょっとここで待ってテベェィッ!?」
追い付かれたトルソーは鉄材の様な甲赫に真横からぶん殴られ、轟音と共に壁を破壊しながら吹き飛んでいった。
「(トルソーが一撃だと!?)ムツキ、こいつは?」
「ナッツクラッカーの仲間! 15区の喰種だよ!! それよりも今、才子ちゃんが一人でナッツクラッカーと戦ってるんだ! シラズくんは気絶してるから、早く俺達で助けにいかないと!!」
ムツキは管理棟に向かって走り出そうとするが、瓜江がムツキを止める。
「(15区の喰種!! 功績は計り知れない!! こいつをさっさと駆逐して、ナッツクラッカーも俺が駆逐だ!)待てムツキ、このハゲ頭が通してくれると思うか?」
スキンヘッドの男は、両手に巨大な四角い赫子を構えている。その大きさゆえ、脇を通り抜けていくのは厳しいだろう。
瓜江は赫子を展開し、相手の出方に備える。
「ムツキ、さっさとこいつを片付けてシラズ達の援護に向かうぞ」
「うん! 俺も後ろからサポ……えっ?」
ムツキが瓜江と共に前に出ようとした途端、瓜江の姿が消え、そこにはパーシーがいた。それと同時にムツキの後方にて、壁が大きな音を立てて崩れ落ちる。
今の一瞬で、パーシーは瓜江を蹴飛ばしていた……!
「が……ごほっ……!(馬鹿な、見えなかった……Sレートのオロチより強いじゃねぇか……!)」
クインクスはかつてトルソーと交戦したとき、乱入してきた『オロチ』と交戦した。
その時もこのように蹴られたが、今ほどダメージは無かったし、オロチの蹴りは何とか視認できた。
「(ナッツクラッカー相手に使いたかったがやむを得ないか……)ムツキ、俺は今から『新しく解放したフレーム』を使う」
「フレーム3だね。無理はしないで」
クインクスは赫包を制御するために、5段階のフレームを持つ。
通常はレベル2。これは赫子の約40パーセントを解放するフレームである。
レベル3、レベル4と上げていくたび、赫子の出力は20パーセントずつ上がっていくが、副作用も存在する。
ムツキはこの時、瓜江のフレームは2であり、3に上げると思っていたが……。
(いや、4だ!)
瓜江は既にフレームを3にしていた。ゆえに、解放されるフレームは4……!
「ぁ゛……ぐ、ぐ……」
フレームを解放した途端、瓜江に膨大なナニカが押し寄せる。
「ぐ……ぐっひひひ!! たのしー!!(こんにちは!)なんだこれぇ! 頭の中が俺でいっぱいだァ!! これがフレーム4!? つええ俺つええ! だって、俺すぎる!!」
フレーム4には大きなデメリットがある。それは急速に増大するRc細胞の暴走だ。これに近いモノとして、共食いを繰り返した喰種特有の狂乱状態がある。
両者の共通点は、増大したRc細胞を制御できないことであり、解決法は二つ。
Rc細胞の値を減らすか、増大したRc細胞を体に馴染ませるか。
(…………!)
そして、この様子をパーシーは良く知っている。
それは、共食いの魔境14区。
あらゆる喰種が捕食される15区と異なり、互いが互いを喰らいあう14区には狂乱状態となっている喰種が極めて多く……それゆえに隠れることを知らず、准特等捜査官『キジマ式』が率いる班に駆逐される。
「ふ、フレーム4!? 瓜江くん! それは無茶だ!!」
慌てふためくムツキに対し、パーシーは大きく溜め息を吐いた。
力と引き換えに理性を無くし、より上位の者や理性ある下位の者に捕食される。それが14区の世界。
そして、パーシーにできる救済は、愚かな狂人を殺し、捕食する事だ。
「…………」
ふわりとパーシーは跳躍し、瓜江目掛けて鉄塊を振り下ろす。
だが、ムツキには消えたようにしか見えないパーシーの動きを、瓜江は正確に捉えていた。
「……!」
瓜江は肥大化した甲赫を振るい、パーシーの甲赫を弾く。硬質なノイズが迸り、瓜江の赫子にヒビが入るが、構うことなく瓜江は攻撃を続ける。
「こ れ な ら ッ !! ヒャハハハァァアアア!! 貰ィギッ!!?」
ヒビを即座に修復し、パーシーへ攻撃を続ける瓜江。だが……瓜江の甲赫は右腕に纏わせているモノ1つのみ。対するパーシーは甲赫を両腕に纏わせている。
単純計算で手数は瓜江の2倍。瓜江が一度突き刺す度に、パーシーは二度殴りつける。
互いに足を止めてのインファイト。殴って相手の肉を削り、斬られて自分の肉が削られる。
「…………!!」
そんな戦いが、パーシーは大好きだ。パーシーはロウの下僕になる前、その見た目に違わずストリートのチンピラとして日々を過ごしてきた。
戦いは常にインファイト。こっちが倒れる前に、いかに早く相手を殴り倒すかだ。
だが、ロウの下僕になってからその戦いはできなくなった。なぜならパーシーよりも強い者達は、誰もインファイトをしないからだ。
遠距離戦、中距離戦、間合いを意識しながらの近接戦……。
戦いを楽しむのではなく、いかに効率良く戦うかが重視される環境。ストレスが積もっていくも、インファイトをさせてくれる相手はおらず、解消する術は無い。
そんな中訪れた、瓜江との戦い。強さは自分が少し強いくらいで、互いに近距離戦しかできない存在。
「……!…………!!」
例え瓜江の攻撃で自身の肉が吹き飛び、周囲に鮮血の花が咲き乱れようとも、パーシーは殴り続けた。
それはまさに
「…………?」
ふとパーシーは違和感を感じ、自分の体を見下ろす。
パーシーの気付かぬ内に、背中にナイフ型のクインケが突き刺さっていた。
「…………」
そう。この場に居たのは瓜江だけではない。ムツキも居たのだ。
ムツキはパーシーの背後に忍び寄り、クインケをパーシーに突き刺していた。
「…………!」
遊びすぎた……自戒の後、瓜江をムツキ目掛けて投げつける。
「うわぁっ!?」
瓜江をぶつけられたムツキはパーシーから離されてしまう。パーシーはそれを確認した後、ナイフを引き抜いてから投げ捨て、自らの体へ意識を向ける。
─────ボロボロだったパーシーの体は、みるみる傷が癒えていく。
片や、瓜江は既にボロボロだ。
「なんでぇ……こんなに強いのに……! 痛い、もう殴らないで! なぜおればかりが……びんぼうくじを…………! おれは……ただ証明したいしたいしたあああああ!! 痛いよぉぉ!! 助けて父さん!! 俺を見ろよ!! 僕は主席だ! 黒磐や大坪や椎名じゃない!! なんであいつらなんだ……こんなに頑張ってるのに体が痛い、痛いよおおぉぉぉ……ささきもしらずもくろいわも……むつきもよねばやしもまども……みんなおれが邪魔なんだ。おまえらなんかなんかなんかなんか……しね、みんな死ね。体が痛いから死ね死ね死ね死ね……みんな死んじまぁぁぁあああああ!!! だったら俺の本気を見せてやるよハゲ野郎ッ!!!」
ボロボロになった瓜江は、泣きじゃくりながら譫言の様に狂った言葉を紡ぎ……。
─────小箱から注射器を取り出し、自らの胸に突き刺した。
「瓜江くん! 『それ』をフレーム4で使っちゃ駄目だ!! フレームアウトしちゃうよ!!」
薬液を注入した瓜江は僅かに痙攣し……スクっと起きあがり……。
「…………?」
「……こんにちは! おはよう! ありがとう!!」
─────元気に挨拶をしながら、瓜江はパーシーへ飛びかかった。
「…………!?」
パーシーは迎撃をしようとしたが、
その変幻自在な動きにパーシーはついていけず、瓜江の展開するブレード状の赫子に胸を貫かれた。
「…………!!」
「ばぶるるるるる……おはよう! おやすみなさい!! おやすみなさい!! おやすみなさい!! おやすみなさい!!」
だが瓜江は止まらない。パーシーの胸へ何度も何度も赫子を刺突し、パーシーの赫包を破壊していく。
突然の事態についていけなかったパーシーは、瓜江の猛攻撃によって赫包が全損。混乱の中生命活動を停止した。
「……う、瓜江くん……もう喰種は死んでるよ! もう戦わなくて良いんだ!!」
「おやすみなさい!! おやすみなさい!! おやすみなさい!! おやすみなさい!!」
ムツキの声が聞こえていないのか、瓜江は攻撃を続ける。
やがてパーシーがミンチの様な姿になったとき、瓜江の動きが止まった。
「……瓜江……くん?」
「…………」
「─────こ ん ち に は !」
瓜江はムツキに駆けより、ムツキの鳩尾へ赫子を突き刺した。
「おぶっ……! も、戻ってきて瓜江くん……!!」
ムツキは小箱から注射器を取り出し、瓜江の肩甲骨に突き刺した。
ムツキが使った注射器は『瓜江が使ったもの』と違い、通常のRc抑制剤だ。
Rc細胞が抑制された結果、瓜江の動きが止まる。
「おはよ……ぉ、おおまエも……ぼくが邪魔なンダろ? ぼくよりもあいつらをえらぶんだろう?」
だがそれでも、ムツキの事を認識できていないようだ。
「こふっ……じゃ、邪魔なんかじゃないよ……もう、大丈夫だよ……ひとりぼっちは……っ……つらいもんね…………ごぼっ……! くるしい……もんね……」
だが、ムツキは怯むことなく瓜江を抱き締めた。
「大丈夫……おれが……いるよ……」
「……え、あれ? む……つき……」
ムツキのまさに命懸けの呼び掛けにより、瓜江の暴走状態は治まっていく。ふとその時、瓜江の鼻腔に、普通の血液とは異なる血のニオイが漂ってきた。
「血……にしては……ケガの……あ……ああ…………」
「瓜江くん?」
瓜江はそのニオイの正体を理解した。
「(生理……)おんな……だったのか……」
「…………」
瓜江に看破されてしまったことにより、ムツキは悲しそうに目を伏せる。
「…………」
「みんなには内緒にしてね、瓜江くん」
気を失った瓜江を、ムツキは優しく抱きしめた。
──────────
才子の助けを呼ぶ通信を聞き、ラビットの追跡を止め管理棟へ来たアキラは、自分の部下二人が血溜まりの中に倒れているのを発見した。
「瓜江! ムツキ!! …………よかった。まだ息はある! 本部、こちら真戸。動ける程度に回復できた者は、至急管理棟へ来てくれ。瓜江とムツキが負傷している!」
『こちら和修。瓜江達の交戦相手は?』
「ナッツクラッカーに同行していたスキンヘッドの男、駆逐済みです」
『15区の喰種か! よくやった、至急医療班を向かわせる。真戸上等は
今すぐ。それはつまり応急手当もするなということ。
「くっ……すまん」
「だ、大丈夫です……瓜江くんの手当は済ませてあります」
その時、気絶していると思われていたムツキが起き上がった。
「ムツキ! だがお前の傷が……!」
「いえ、大丈夫です。俺は
ムツキは小箱から二種類の注射器を取り出し、尾骶骨付近に突き刺す。
薬液が体を巡ると、ムツキの傷はみるみる塞がっていく。
「……ムツキ、何を使った?」
「瓜江くんがラボから持ち出した『Rc促進剤』と『手術用鎮痛剤』です。俺達クインクスなら、これが最も有効でしょう?」
「なっ……!? 馬鹿者! ラボからの無許可持ち出しは規律違反だ!! それに体への危険性を考えろッ!!」
「─────ま、多少はね?」
ムツキの口調がいつもと違う……それに気付いたアキラは大きく飛び退き、背負っていたCRc狙撃銃を構えた。
「貴様、本当にムツキか?」
「……だ、大丈夫です。なんとか自分は見失ってません。でも、ナッツクラッカーを倒し終わったら……Rc抑制剤を注入していただけると助かります……
ムツキは瓜江の小箱からRc抑制剤と手術用鎮痛剤を自分の小箱に移してから、モニタールームの方向へ走る。その口調はやはりおかしくなっており、アキラはどこか嫌な予感がした。
15 区 の 喰 種 か !(歓喜)
「これで降格はないな!ないよね?(震え声)」
■独自解釈要素
・Rc促進剤
Rc抑制剤があるなら、これも作られているはず。という独自解釈。本作では無理矢理フレームを上昇させる効果としています。
・フレームアウトによる人格変化
原作ではオッガイを除けば瓜江さんしかフレームアウトしてないので詳細は不明ですが、本作ではフレームアウトに近付けば近付く程、埋め込まれたクインケの元になった喰種の性格が表層に現れやすくなると解釈しています。
今回は瓜江さんが狂人化し、ムツキさんが野獣化してるのがこれにあたります。
■クインクスの持ち物
・瓜江
刀型クインケ
・ムツキ
ナイフ型クインケ
手術用鎮痛剤
Rc抑制剤
・才子
ハンマー型クインケ
手術用鎮痛剤
Rc抑制剤
Rc促進剤
・シラズ
ライフル型クインケ
手術用鎮痛剤
Rc抑制剤
Rc促進剤