根本愛菜は世界で五人しかいない極術師のうちの一人であり、深淵の異名を持つ黒髪ロングの文武両道の超絶美少女である。というのが世間の認知である。
ホワイト地区の第一高校に通い、学年で一位を争うほどの優秀さを持っているが、その自身と身内は世界の闇とも言えるほどに真っ黒。それを知る者は新世界の裏側という深淵に呑み込まれる。それでも彼女が学校に通えるのは魔人亮という、その気になれば新世界に喧嘩を売っても、缶コーヒーを飲み終えるより先に新世界を破壊できる化け物の後ろ盾があるからだ。
もちろんその事を知る者は一部の人間に限られるし、仮にたまたま知ってしまったらその者がどうなるかは明らかだ。
「あっ、根本さん、おはよう」
「ん、おはようございます」
登校中に話しかけてきたクラスメイトと歩速を合わせる。面倒なので無視して行きたいところだが、これからまだ半年も同じクラスで過ごすクラスメイトだ。無下に扱い嫌な奴のレッテルを貼られるわけにはいかない。
「そろそろ健康診断だね」
「そうですね。うっかりしてて体重が心配なとこです……」
「えー、でも根本さんスタイルいいじゃん」
こういう振られ方は死ぬほど面倒臭いという心の声を抑える。
「スタイルいい?それ私の胸見て言えますか」
「え、あ、あはは……」
遺伝か知らないが全く腹立たしい限りである。どれだけ栄養を補給し、健康な生活を送ってもそれらの上限は全て遺伝子に決められている。それは科学者達が発見している事実だが、公にはされていない。
それをすると経済のみならず、人の価値観そのものを変えてしまうからだ。
それを知る愛菜としてはいくら努力したところで、栄養全てが胸に回らず腹回りに回る事を知っているので腹立たしいことこの上ない。
「いいですか、Aカップの45kgとDカップの45kgは違うんですよ。知ってます?」
「ご、ごめんねホント」
「そこで謝られると私の立つ瀬がないんですが」
いい具合に嫌な奴のレッテルを回避できた気はする。やはり過の偉人達のライトノベルという文化は素晴らしい。男性のみならず、女性も学ぶべきだ。あれには波風立たぬあしらい方や、それこそ人がこうあるべきという理想像が練りに練り込まれている。
「あ、あーそうだ今朝のテレビで根本さんの名前出てたね」
「ニュースのやつですね。個人情報保護って言葉をメディアって知らないんですかね」
確かに、極術という人が扱える範囲を超えた物を持つ者への恐怖を克服するには知ることが一番だ。人は知らないことが一番怖い。だから公開し、知れば人は恐れない。
「極術師は大変だね。私みたいな下位術師には言う機会なんてなさそうな文句だよ」
本当に面倒だ。こうして自分を卑下するくせにその通りだと言うとこちらが性格悪いという扱いになる。これも上から極、上位、下位なんて露骨な格付けのせいだろう。
「そんな私は……あ、あれ加瀬さんじゃないですか」
「あ、ほんとだ。加瀬くーん!」
前を歩く学年一のイケメンに彼女を送る。彼の元に駆け寄る姿を見て、やっと解放されたと安堵する。
「(ああいうののどこがいいのかわっかんないなぁ)」
上位術師ではあるが、どこぞの魔人と比較すると力はない。
顔はかっこいいだろうが、どこぞの魔人と比較すると風格がない。
気が利くのかもしれないが、どこぞの魔人と比較すると────
「(やっぱ亮がいいな、うん)」
百歩譲って亮を抜くとすれば、後方で友人とバカやってるクラスメイトのヒーローの方がまだ見所はある。見所があるというだけで、個人的には嫌いなタイプではあるが。
「違うんだ飛鳥!あれは不慮の事故で」
「どこの世界に轢かれそうな女子助けてその子の胸揉みしだく野郎がいるのよ!狙ってコケたんでしょ!」
「まさか段差があるとは思ってなくて」
「あんたはいつもいつも……」
「和馬のラッキースケベ値はカンストしてるから仕方ない」
「双海も何納得してんの!助けてもらった手前こんなのに胸揉まれても文句言えない子の身になって見なさい!」
どうやら朝から女の子を助けてラッキースケベを発動してきたらしい。その上女子二人に囲まれての登校だ。関わり合いになりたくないものだ。
愛菜に過の偉人が残した小説に許せないものがあるとすれば、それは主人公と言われる類の連中だ。あの辺りは見ていると、なにかこう、胸に嫌な感情が溜まる。けれど読んでしまうくらいに面白いから気にしないようにはしているのだが。
「……主人公か」
もしこの世に主人公がいて、それが色んなものを結果的に救えるのなら、なぜ彼を救ってあげないのだろう。何千年と一人で苦しみ続ける彼に手を差し伸べないのだろう。
彼が幾人も人を殺してきたから?救いようのないヤツだから?
「んー」
考えてももちろん答えは出ないが、そうだとしたら、自分は彼を死ぬまで支えよう。そして、彼が目的を果たした時、笑って彼がどこかの女性の元に行くのを見送ろう。それができたら多分、いい女というものになれるはずだ。
仕事用の携帯が電話を受信した。ポケットから取り出し、通話する。この電話に連絡をかけてくるのはナナシしかいない。世界は荒れていないと言ってた割には短いスパンだと思う。
「なんだ」
『シェイカーが呼んでる。好きなタイミングに行ってこい』
「またか」
この世界に来た当時、亮の健康診断を担当した軍の医者の娘だ。シェイカーという研究者としての名前を世襲し、医者としてではなく研究者として活動している。彼女も新世界で表に出せない、こちら側の人間だ。
「宅配便出すついでに行く。二時間で前後で着く」
『伝えておこう』
それだけ残して通話が切れた。ここから彼女の研究所があるブルー地区の軍基地には車だと一時間半かかるが、宅配便の事務所に一度赴くのでそれくらいの時間だ。
梱包された本を持って家を出て、地下駐車場で自分の車に乗り込む。車は三十九年前から変わらない。笹塚未菜が乗っていたものだ。
「やべ、顔」
こんな真昼間から青年の顔でこんな化石みたいなスーパーカーを乗り回していると、間違いなく注目を浴びる。服をスーツに、顔を風格のある六十代前後の男性のものへ変えてから車を発進させる。
不老不死の弊害というか、最近は近所の目も考えなくてはいけない。近くに大型のデパートがあるので、そこで三十九前と同じ顔の青年を見たら違和感を覚えるだろう。だから愛菜とも近所のデパートではなく、ちょっと足を伸ばして別のスーパーに行ったりもしているし、顔を変えたりと小細工をしていたりする。
「行くか」
パドルを叩き、ブレーキを離して車を発進させる。ブルー地区までドライブと思えば、少しは楽しめるかもしれない。
空は青く澄み渡り、一面に広がる草原は生き生きとして風になびかれている。のどかな風景と形容するのが一番しっくりくるだろう。ただし、次々と何も無い空間から現れる、迷彩服を身にまとって黒光りする銃器を構えてる男や、キャタピラで走行し魔術を込めた大砲を発射する戦車が居なければの話ではあるが。
遥か上空から眺められれば違うかもしれないが、身長176cmの亮が見渡す限りでは兵士、兵士、兵士、戦車。おおよそ一人を相手に用意するべき戦力ではないだろう。これが上位術士辺りまでならオーバーキルだの過剰戦力の範疇だ。が、言わずどもがな相対しているのは魔人であるため戦力としては矮小すぎる。というより、戦力外だ。
「よくここまで用意できるもんだな。これなんだ、仮想空間だったか?コンピュータだろ」
『しかも一人一人に本人に限りなく本物に近い思考回路を搭載してある。奴らは自ら考えて動き、お前を殺害しようとして来るぞ』
「最近のゲームってすごいんだな」
生きるために致命的な自我を失うなど脳に障害を持つ者。年齢を重ね物事を判断出来なくなった者。はたまた精神疾患によって現実世界を生きていく気力を失くした者。本来、仮想空間の技術はそういう者の居場所、または症状を改善させるために開発されていた。
人の考えとはえげつないもので、こういう応用の利くものは直ぐに転用されるものだ。
その一例が亮が今行っている戦闘シミュレーション。
戦闘シミュレーション自体は既に仮想空間内で行われた事はある。しかし、その時の仮想の敵は予め組み込まれた機械的な動きしかできず、「リアルな戦争ゲーム」という枠組みに収まるという中途半端なデキであった。それくらいであれば昨今は金さえかければ家庭で遊ぶことが出来る。そして次に焦点を当てたのが、実際の兵士の思考回路を備えたNPCを用意するという、突飛な内容だった。AIというものは、当然ではあるが人間の思考に近づけようとすればするだけ複雑になり、さらに大きなデータ容量を必要とする。ついでに膨大な時間がかかる。反復して学習させる必要があることに加え、人の思考というものはあまりにも非効率的だからだ。だから完成は一年二年程度で済む話ではない。前例もないので、過去のものを最適化して。なんてこともできない。
ではなぜこんなことができているのかというと、安定装置のデータを使ったからだ。安定装置は過去の外界遠征での戦闘データに加え、犯罪者の心理や肉体のデータ、さらには世界中の監視ネットワークから情報を得ている。それらのデータを拝借し、より人の思考に近い仮想人というものを作り上げた。
『それでは戦闘を始めるが、秒殺はやめてくれ。無敵でいいが物理的に倒してくれ。爆殺等の範囲攻撃はやめてくれ。空間を湾曲するようなものもだ』
「じゃあどう戦えばいい」
『殴る、蹴る、斬るという物理的な攻撃だ』
「そういやあったなそんなの」
『だが一挙動は光速を越えないでくれよ。処理が追いつかん』
「注文多いな」
最近は大気中のエーテルを使ったり、魔力を操って見えない手を作ったりなどして確実に対象だけを最小の被害でどうこうする手法ばかりだったので、その手の攻撃を忘れていた。
『3カウントで始める』
カウントが始まるも亮が構えることはない。突然始まり砲撃されようが鉛玉を浴びせられようが痛みはないし体になんら影響を与えることはない。
「全砲撃て!」
上から砲撃が、正面からは鉛玉が。それぞれ耳を突くような音を立てて発射される。
「はぁ」
全ての攻撃はエーテルを多く含んだ魔弾だろう。比重を増した上に、物によっては魔術がかけられている。外界遠征くらいしか使い道のない、そもそも人に向けて撃つべきじゃない代物だ。
「面倒くせえ」
これらを回避するにはいくつも手段はあるが、それをするとこの戦闘そのものが終わるものが多い。それに範囲攻撃をするなとのお達しなので、防ぐついでに全滅させることはできない。
ならば回避はいいやと考え、そのまま直撃をもらう。
『ふむ。当たればセントラルタワーが更地になるくらいの火力はあるんだがな』
砲弾が直撃し、地面は深いクレーターになるも亮は平然と歩いている。間を開かずに砲撃をくらい、どちらかというと地面の方が先になくなりそうだ。
「よっ……」
深すぎるクレーターから上空へと飛び上がるが、それを見計らっていたかのように真上からこちらへ落下してくる砲弾が行く手を阻む。
右手から取り込んでいた刀を取り出し、それを砲弾に向かって放り投げた。刃先が砲弾を上手く切り裂く。当然、切り裂いたところで砲弾が爆発しなくなるわけではない。上空で爆発するが、その爆風を受けることで急速に落下する。
「硬いな」
落下しながら爆風で先に落下してきた刀を手に取り、刃こぼれしているのを見て言う。
『そうだろう。上位の硬化の魔術が込められている魔弾だ。まだ実地では使われていない、対大型魔物用のものだよ』
「言っとくがこれじゃ足りねえぞ」
『……え』
自信作だったのか、シェイカーの素っ頓狂な声がした。
刃こぼれした刀に魔力を流し、仕込んである発火の魔術を起動。それを適当な戦車の砲口に放り投げ、一台が爆発した。中の者、それと随伴兵は戦闘不能だろう。何人か巻き込む形になっているが、一応同じ土俵で戦っているので許してほしいところだ。
ちなみに、シェイカーとしてはそんなことより自信作が大して使えないかもしれないという現実に苦悩している。
「それだと、多分……直撃させたとして砲弾二百は必要だ」
そう言い放ちつつ、左手に愛銃を持つ。依然として兵達は空に舞う亮に向かって弾幕を張っているが、その射線を見極め全ての弾丸をすり抜ける位置に拳銃を構え発砲する。放たれた弾丸は全ての弾丸をすり抜け、兵士一人の胸を撃ち抜いた。
その後着地し、同じ要領で六発撃ち込みそれら全てを急所に当てて殺害。一々クレーターを作られ高低差ができあがるのが面倒なので、また新しい刀を生成しそれで砲弾を切り裂き、威力を分散させることで大地への爆発を抑えつつ、拳銃で敵を沈めて行く。
その後、ある程度距離を詰めたところで一方的な殺戮が始まる。刀と銃を体の中にしまい、一人一人拳や足で沈めて行く。
距離を詰められ味方を巻き込めないがために、置物と化した戦車も同様だ。時には戦車を持ち上げ別の戦車に向かって放り投げることで数を減らす。そういう同じことの繰り返しで、もはや何かのデータ収集としては旨味のない戦いになってしまった。
『……あー、もういい。終わらせろ』
「ン、わかった」
シェイカーの許可が降りる。やっと退屈な流れ作業も終了ということだ。だから、亮の背から狐の顔の骨が現れる。真っ白で健康的な狐の顔の骨はやがて彼の体から離れ、浮遊する。そのまま口が開いたかと思うと、紫色に輝き、そこから半径10cmの紫色の光線が放たれた。それが物に触れると跡形もなく消し飛ぶ。兵も戦車も例外なくだ。
しかし、亮は失念していた。その光線は大地に向かって本気で撃てば、地球を貫通して裏側に出るほどの出力を持った魔術であることを。
彼に取り込まれ、神聖さを彼に盗られたとは言え、九尾の妖狐と崇められ恐れられたかつて神だった狐の力だということを。
『まずい魔人それやめろ』
そしてここが、仮想空間ということを。
────プツン
と、音を立てて、視界が黒へ。
『処理落ちだ。接続を外すぞ』
声が聞こえた後に、亮の視界に光が戻る。そこはもう仮想空間の中ではなく現実世界。天井、壁紙、共に白に統一された研究施設だ。
体の感触を確かめた後に、神経を接続するために剥き出しにしていた頭皮を復活させ、ついでに接続のためにわざわざ構成した自分の脳をエーテルへ分解させる。
「悪かったな」
「まぁいい。さっきので必要データと、貴様の言う狐とやらの力の一端は取れた」
「ンで、結論は」
今回の実験はただの戦闘データ収集ではない。もちろん、安定装置の記録データを用いた兵達の行動がきちんとインプットされているかというのもあるが、本当の目的は違う。
「無理だ。君のような魔人が新世界に対して攻撃を仕掛けた場合、新世界は抵抗しても抵抗にならず全滅する」
亮以外の魔人が生まれた場合のシミュレーション。だからわざわざ加減して戦ってもらった。が、それでも遠く及ばない。兵が恐怖で敵前逃亡という事態を抜いたとて及ばない。
「やはり君が新世界の敵に回るのは避けたいところだな」
「こっちに危害を加えないなら敵になるつもりはない」
亮とて新世界を敵に回し、目的への達成を遅らせるつもりはない。その目的だけが彼の全てであるからだ。
「これで今回の実験は終わりだ」
「帰っていいか」
「あぁ。だが、その前に渡しておくものがある」
シェイカーは懐から一枚のマイクロSDを取り出し、それを亮へ渡した。
「それは?」
「君が欲しい情報」
「っ……」
すぐさま携帯電話にそれを差し込み、SDに記録されているPDFファイルを開く。ファイルのタイトルには「神術の提唱とその一例」とあった。
それを速読し、全ての情報を刻み込む。
「……満足したか」
「足りないだろうが。助かる。少なくとも神聖さは持ってそうだ」
早足で動く。やっと、手がかりが一つ見つかった。何年か振りに心が躍る。
「また連絡する」
「頼む」
シェイカーに見送られ、地下研究所から抜け出し、駐車場へ。車に乗り込み基地を抜け、仕事用の携帯電話でナナシへ通話をする。
『なんだ』
「問題を起こすから隠蔽を頼む」
『……具体的に』
電話の向こうからザワザワと声が聞こえた。サポート陣が狼狽えているのだろう。なにせ、魔人が問題を起こすと言っているのだから。
「光巾とかいう宗教あるだろ」
『あぁ』
「そのトップを殺す」
『はぁ…………わかった。くれぐれも罪のない人には……そいつにも罪はないが、死人は最小限にしてくれ』
「わかってる」
そうは言っても、果たして久し振りの手がかりを前にどうなるからわからないが。
『時間は?』
「夜。愛菜には黙ってろ」
『了解した。彼女には適当な仕事で君を駆り出すと伝えておく』
通話を終え、今後の予定について考える。
「とりあえず、夕飯か」
その日の夕食が少し豪華で、愛菜に心配されたのは言うまでもない。