宇宙なんてものが生まれる前。世界には闇しかなかった。だがある日、神は「光あれ」と言った。光が生まれ、そして今日まで至る。我々の生みの親は光である。というのが光巾の考え方だろう。だから光の神を信仰するべき。信仰していれば救われる。そんなところだ。
その考え方は古く昔からあるようだが、最近になって現在の主教がとある魔術を習得し、教徒を多く獲得した。
それこそが亮の求める神の術、改めて神術「聖光」だ。その光の大きな特徴は影を生み出さない。この世の理から外れた術だ。だが真に恐ろしいのは、その光を浴びていると「心が安らぐ」こと。温かい気持ちが胸の奥から湧いてきて、これからの活力になったり、前を向いて歩き出すことができる。それが多くの教徒を獲得した大きな理由だろう。
「……ンー、薄そう」
携帯電話で光巾のホームページを見ていて思った。新世界では最低限の生活が保障されているので、神に縋ることはやらなくても生きていける部類に入る。旧世界はもちろんあんな世界だったがために、主な代表で言えば「炎神」や「水神」を信仰し、集落に入れてもらい、神から恵みを受けることは生活するに必要なことだった。
だから信仰者が多くとも、現在「聖光」やそれを操る主教、
それでも食う理由は、待っていても増える可能性は少なく、これ以上世間で大きく認知されるとやりづらくなるからだ。無いだろうが国教になった場合、殺すに殺せない。
『じゃが、下手に待って暘谷が逝き、他の誰かに聖光が移るよりかは今のうちに刈り取った方がいいじゃろ』
内側から狐が語りかける。
『……それに、聖光がもし、万が一、あの黒いのに手をかけたら』
『それもそうか』
狐が言う黒いのとは、深淵、愛菜のことだ。愛菜が操る深淵は笹塚のそれとは違い、大幅に強化されてはいるが影を生み出さない光の前には弱い。この世界で数少ない深淵へのアンチだ。
人は人を守れない。
そう心から思っている亮としては、自分が守るべき対象がやられる可能性のある物は刈り取っておきたいものだ。
『それに。もし、暘谷とやらが神格化したら手間かかるじゃろ』
『確かに。神が使う聖光はもう相手したく無い』
やれないことはないが、周りへの被害は大災害並みになる。信仰の度合いに寄るが、最悪の場合は新世界そのものが物理的に破壊される戦いになるかもしれない。
それほどの戦いをして勝利しても、恐らく神聖さは足りないだろう。足りるのならば狐を取り込んだ段階で既に目的は達成されている。
『ん、そろそろ時間ではないか』
深夜23時50分。後十分で暘谷が教会で祈りを捧げる時間だ。光がどうたら言う割に一日の最初の祈りは夜明けではなくこんな時間とは。なんて思いつつ、タバコを取り出して火をつける。
『悠長にしとる場合か』
『祈りは三十分。しかも一人だ。一服する時間くらいある』
と言っても、肺すらない自分には喫煙というもの自体に一服という表現が適切かどうかわからない。ただそれを言い出すとこの世のありとあらゆる行為が無為に帰すので、それに何か言われることはない。
三分ほどタバコを味わった後、吸い殻を手から取り込み分解する。
「ンし、行くか」
五歩踏み出して、高層ビルから落下する。姿を透明化し、手から透明な魔力を放出して減速することで着地での音と衝撃を殺す。チラホラと歩く人を見かけるが、透明になっている彼に気付くものはいなかった。
「(下もか……まぁ、当たり前か)」
先程は屋上からこの高層ビルへ侵入できるか確認していた。案の定、上も下も施錠されていた。暘谷が祈りを捧げる聖像はこのビルの八階にある。どちらも施錠されているのならば最も近い地上から進むのが楽だ。なにせこのビルは最上階が七十階になっているのだから。
このままドアを破壊して進んでもいいが、被害は最小限と言われてる手前そういうわけにもいかない。仕方なく、体を液体化させる。
体がドロドロと溶けていき、やがて体が完全に液体となってから扉の隙間を通り中へ侵入する。
「(センサーの類はない、な。カメラも熱源タイプではない。よし)」
見つかって騒ぎになるのは本意ではない。なってもいいが今後の動きに支障をきたす。
安全を確保してから体を元へ戻し、エレベーターへ向かって歩き出す。警備員の巡回があるためかエレベーターは十五台ある内の二台だけ生きている。
魔力の反応を見る限り現在この建物には亮を抜いて二人いる。一人の貧弱な魔力の持ち主が恐らく警備員。一定の場所から動かずかなり上のフロアにいる。もう一人、平均的な人より少し魔力を持つ者が暘谷だろう。予想通り八階を歩いている。警備員がもしエレベーターのカメラを見ていたら問題だ。一度体を液体化させ、エレベーターの乗り込み口からエレベーターの下へ出る。エレベーター自体は警備員のいる上のフロアで停止しているので、そこから一気に八階へと飛び上がり、また体を液体化させてフロアへ出る。
エレベーターを出ると、そこは既に教会だった。なぜ高層ビルの中に教会があるのかと思う。五メートル近い聖像もあるとすれば本当に意味がわからない。
「(趣味悪いな)」
黄金色の聖像だけでなく、掛け軸やら壁や天井の装飾も黄金色だ。携帯から送信されたメッセージを表示する電光掲示板の文字も金色に装飾されている。
光を浴びて前へ向く元気が出ました。
暘谷様のお言葉でもう少し仕事を頑張ってみようと思いました。
転職の決心がつきました。
彼女には振られましたけど、めげずに頑張ろうと思います。
子供の頃の気持ちを思い出せました。ありがとうございます。
こんなに少額の会費で本当にいいんでしょうか。
読んでいてまぁ心の支えになってはいるんだなと思う。先に調べていたので知ってはいるが、会費はもはや子供のお小遣いで払えるレベル。暘谷が直々に相談を受けたり、心の荒んでいる者に聖光を浴びせたりと素晴らしい善行だった。人によっては暘谷を神聖視する者もいるらしいが、ここから祈りを捧げる暘谷を見ても神聖さは大して感じられない。
自分の勘が鈍っているのか、大した信仰されていないのか。可能性としては後者が最も高い。
「(どれでもいいか。どのみち食らう)」
そう思って、暘谷に攻撃しようと決めたその時。
「まぁ待て、そこの御仁よ」
正座をして祈りを捧げていた暘谷が言った。間違いなく、姿気配を隠している亮に対してだ。
「なんだ気付いていたのか」
「姿や気配を消せても光には照らされるものだ」
「なるほど、流石は神に選ばれた聖光使いだ」
並べられている長椅子に腰を下ろし、暘谷を見据える。暘谷は未だ聖像に向かったまま動かない。
「説教を聞きに来たわけでもあるまい。祈りは終わる。暫し待たれよ」
誰か助けを呼ぶ様子もない。死ぬ前の最後の祈りとして待っててやろうと攻撃の意思を止める。そうすると狐から文句が来たが、たまにはこういう遊びもいいだろうと宥めた。
それから十分程度の時間が流れた。その間、亮も聖像を眺めて小さく笑っていた。
あぁ、見覚えある顔だなと。
「お待たせした。して、私を殺してなんとする」
「別に。その力をもらうだけだ」
その言葉を聞いて、暘谷はようやく立ち上がり亮へと向き直る。
「賊とも違う。お主からは強い信念や決意を感じる。金儲けや名声ではない」
「それが、アンタが主教たる所以か。人を見る目があり、正義の心やらを持っている」
「私は神より授かりしこの力で、ただ一人でも多くの人を助けたいだけだ」
「どこぞの王みたいな発想だな」
「その通りだ。私は、王に憧れていたからな」
そう言って暘谷は聖像を見上げた。
「かつて、私が幼かった頃の王は言っていた。私は無力だ。この地位にいても、幸せにできない者がいる。その者は誰より苦しんでいるのに、私は居場所を提供することしかできないと。そんな者を生まないために、君たち一人一人が困っている人を助けられる者になってほしい」
二代前の、亮が世話になった王のことだろう。
「なんて謙虚なんだと私は感銘を受けた。幼いながらにしてこの方のようになりたいと思った。誰かを助けたい。その意思を持って私は歩み続けた。その結果が今の私だ」
確かに王は亮の目から見ても聖人君子だ。他人の幸せを自分に幸せなどと宣うだけのことはある。そんな王に憧れ努力し続けてきたのが彼なのだろう。
「ただの上位術師だった私に、導きの光を授けてくれた神を愛している。こうして私はなりたい自分になれているのだから」
その言葉に、亮の眉間に一瞬皺が寄る。
「君が覚悟してここにいることはわかっている。だが、人を殺めてまで成し遂げるべき理想など、そんなものは間違っている!」
暘谷は手を掲げた。それに呼応して、眩い光が走る。
神術「聖光」
そのまま、ただの、聖なる光。影を作らないその光を浴びたものは暖かい気持ちに包まれる。敵意を消し去り、前を向いて歩む勇気を与えてくれる。素晴らしい術だと思う。彼は戦わずして勝利できるのだ。
浴びたものはきっと、賊だろうと話し合いを始めるだろう。
私が間違っていた。すまなかった。いやいいのだ、わかってくれたならば。さぁ共に手を取ろう。そうすれば明日も怖くない。大丈夫、私達が側にいる。自信を持って踏み出そう。そして歩むことに疲れたらまたここに来ればいい。話せば楽になる。もしかしたら協力してあげられるかもしれない。
まぁ、そんなとこだろう。ちなみにこれは当然のことだが。
「何遊んでる」
自分の意思を持って。自分の歩んだ道に納得している者に対しては効かない。
「なに……!?」
ーーーーゴッ!
と、高速で殴りかかってきた亮に慄く。それはそうだ。神の聖なる光を浴びながら攻撃してくるものなど居ないと思っていたから。
そのまま殴り倒して終わりだと思っていたが、事態は違った。亮の岩石を砕く程度の威力に加減された拳は、暘谷に触れるも傷一つつけるに至らなかったのだ。
「どーりで魔力で殺せないわけだ」
暘谷が話をしている間、亮はいつもの魔力による殺害を試みていた。だがいざ彼に触れると魔力が霧散し、エーテルへと還る。
「……このペンダントが私を守ってくれている」
「そいつは……」
暘谷の胸元で輝くペンダント。とてもよく、見覚えがあるものだった。
「私が聖光を手に入れた時、共に神から託されたものだ」
「……」
「この聖像のお方が夢の中で私に授けてくれた。これが私の身を守るものだと。神の加護が込められたペンダントだ」
「……」
「君がどれだけ私に敵意を抱こうと、私は君を止めてみせる。君の攻撃を耐えて、君を許してみせる」
暘谷の語りを亮は聞いてなどいない。そんな他人の理想などどうでもいい。
「一つ聞く。本当にそのペンダントはその聖像になってる者からもらったんだな」
「まさしく彼女は神だ」
「あぁ、そうか」
思わず笑みが溢れる。いや、笑うしかない。
「くっ……」
「……なにがおかしい」
肩を震わせる亮に、暘谷は気味の悪さを感じた。本来、自分はそういう者と向き合うべき存在だというのに。
「そうか、そういうことか。まだお前は……本当に……なぁ暘谷。そのペンダント誰のか知ってるか」
「なに……?これは神の物に決まっているだろう」
「ペンダントの裏に親指を押し当てて魔力を流してみろ」
気味の悪さを感じつつ、暘谷は言われるがままにペンダントの裏に親指を押し当てて魔力を流した。直後、カチッと音がした。ペンダントの仕掛けが起動し、表側が開いたのだ。そこには切り取られた写真がある。
それを見て暘谷は亮の顔を見る。暘谷の顔はみるみると青ざめていった。
「まさか……これは……」
「それは俺のだ。何百年と前に無くしたもんだけど……なっ!」
高速を超えた。音速でも足りない。そんな速度で亮は距離を詰める。そして、その速度のまま。
「返してもらう」
ただ殴りつける。別に神の加護を砕くほどの思いを乗せたわけではない。神の加護による絶対不可侵の聖域を打ち破るほどの想いの力で奇跡を起こしたわけではない。そんなものを彼は持っていないし、これから持つこともないだろう。
ではなぜ砕いたのか。なんてことはない。神の加護を上回るただの力を彼は持っていた。それだけだ。
「な、なっガッ!?」
威力は神の加護とやらに殺されたものの、それでも亮の拳は暘谷の頬を捉え、吹き飛ばす程度の威力はあった。
「せ、聖像に傷が!?」
丈夫な体なのだろうか、それともまだ何かしらの魔術が働いているのか、亮の一撃を受けてもまだ意識はあるらしい。
「……あああああああああああ神よ……」
「そっちか」
どうやら自分が受けたダメージよりも、敬愛する神を象った聖像に傷が入ったことの方が彼にダメージを与えているらしい。
「……なるほどな、狂信者は自分よりも信仰対象の方が大切。対象が壊れると信仰者の精神の方に大きなダメージか。覚えとけよ、神様」
自分に言い聞かせるようにそう口にする。
ふん、と鼻を鳴らすような声が心から聞こえた。
「なんてことだ……なんてなんでなんてなんでなんて」
暘谷の呪詛にも似た嘆きの言葉が、しばらく部屋を満たす。その間亮はと言うと、先ほどからの変貌っぷりにドン引きしつつ、暘谷へと歩いて近寄る。
「なにが神だよ……」
亮の言葉に暘谷の呪詛が止まる。
「さ、時間だ」
「っ……!?や、やめろ!私を殺めれば今悩んでいる者達はどうなる!?誰が導いてやればいい!」
「それはそいつらの人生だろ。赤の他人がどうなろうが知ったことじゃない」
歩みを止めない。
「わ、私なら君を救ってやれる!」
「アホくせえ。あぁそうだ、一つ教えといてやる。その聖像の人物を神だと言ったな」
止められるわけがない。これはもう単に手がかりのうちの一つというわけじゃなくなった。
「その子は神なんかじゃない。焼き魚が好きで、可愛いものが好きで、編み物が好きで、ブラコンなだけの女の子だ。それくらい知ってから死ね」
そして、魔人の両手が暘谷へ伸びた。左手で暘谷の首からペンダントを奪い取り、右手で暘谷の頭を掴み。それで、この戦いは終わった。
暘谷を食らった直後、亮の頭の中に暘谷の記憶がインプットされる。彼の生まれてから殺されるまでの一生が。喜び、悲しみ、痛み、快楽、何もかも全てだ。
そう、暘谷の神との邂逅も。
「……真衣、ありがとう。もう二度と無くしたりしないから」
ペンダントを体内へは取り込まず、手に持ったままエレベーターへと向かう。何百年と生きてきた。だけどやっと、ゲームで例えるなら達成率が1%進んだ。そんな気分だった。