「あ、亮お帰りなさい」
暘谷を取り込み、目標までの新しい一歩を踏み出し、帰宅した亮を迎えたのは愛菜だ。ドライヤーで髪を乾かしながらテレビを見ていた。
この時間まで彼女が起きているのは珍しい事ではないが、髪を乾かしているのは珍しい。
「ただいま。お前今風呂出たのか」
「うん。さっきまでちょっと用があってね」
さっきまでとは。時刻は深夜一時半だ。こんな時間にさっきまで用とは。それに風呂。少し思考してハッと思い当たる。
亮は感慨深く頷いた。
「そうかそうか。お前にもついに……俺の事は気にせず朝まで遊んでてよかったんだぞ」
「……ん?あー、そういうことじゃなくて、学校の人を助けてきたの」
「なんだ」
てっきり彼氏でもできて云々していたのかと思ったが、全然違うらしい。まぁ愛菜は生殖器官も性欲も、ついで言えば亮が与えるまで痛覚すらなかったのだ。そういう行為に及ぶ事はないのだろう。
「や、彼氏とか無いから。亮がいるしね」
「俺は気にせず作ってみればいい。大切な人が居ると世界観変わるぞ」
いつだって自分が守っていられるわけじゃない。自分は彼女のために自分の全てを捨てられるわけじゃない。自分の全てを捨ててでも守ってくれる相手を見つけて欲しいと思う。
「んー、ほんといらないよ。私は亮が居ればいい。他の有象無象は要らないよ」
ドライヤーを止めて、片付けながら言葉を繋ぐ。
「私は亮が差し出してくれた手を忘れてない」
きっと、初めてあったあの日を言っているのだろう。死体の山を背景に蹲る少女に手を差し出した。亮もその記憶を忘れてはいない。
「使命とか、そういうのじゃなくて、私はいつだって亮の側にいたいし、亮を守るためならなんだってできる。そう思ってるよ」
笑顔で言い切る愛菜。その言葉にきっと揺るぎはなく、本心だ。心からそう思っている。だから不安になる。その笑顔を失う可能性がこの世にはいつだって付き纏っているから。当たり前に続いていく日常に終わりがある事を誰よりも理解しているから。
「……飯食ったか」
「んーん、これから作ろうと思ってた」
「風呂出た後で悪いけど、牛丼でも食い行くか」
「うんっ!」
あの日もこうして手を差し出した。八年そこらの、自分にとっては最近の記憶が、とても懐かしく思えた。
『まだ弄んどるのか』
食事を終え帰宅し、愛菜が自室で眠りについた頃、亮はベランダで夜景を眺めながらタバコを吸い、先程暘谷から奪い取ったペンダントを弄んでいた。
『お前も俺ならわかるだろ。これの大切さが』
『まぁの』
亮と真衣、それと年の近い男女二人ずつ。彼が苦楽を共にし、大切と言えるもの達だ。あの荒れ果てた世界で魔物と戦い、人と戦い、死んでいった。今ではこのペンダントだけがあの頃の証明。いつだって過去に戻りたいと望んで止まない、彼の形ある目標。
『じゃが』
『記憶通り。その日に無くしたというか消え去った。どっかの誰かさんのせいでな』
『……しょーじきすまんかったと思ってる』
このペンダントはかつて神だった狐と対峙した際、狐に「浄化」され消えたものだ。
『もういいって前も言っただろ。その分、俺だってお前の大切なものも、そもそもお前自身をもらったわけだからな』
『うんむ。ならその言葉に甘ておくとする』
吐き出す煙が、夜空へ溶けていくのを目で追う。
『あいつ、何考えてんだろな』
『あそこまで神へ上り詰めた存在は、いくら神だった妾でも想像できぬよ』
彼女は亮のせいで唯一無二の神へと登り詰めた。個体としての神ではなく、人が「神」と呼んで真っ先に思い浮かぶ、不安定な神として。実体を持たない神、人が知覚できない、なんでもできる神だ。
そんな彼女ならば、わざわざ誰かにペンダントや聖光を託さずとも、直接自分に渡してくれればいい。その過程でもし彼女の姿を瞳に映せるなら、それだけで生きる活力になるのに。
『それができないのか。やらないのか。なんにせよ神術や神聖さを持つものを集め、主が神術を取り戻すまではお預けなのかもしれんの』
『先が長え』
灰を灰皿に落として再び口をつける。
『炎神の聖火、水神の聖水、暘谷の聖光、妾の聖移。はて、主はどれだけ神に近いだけの化け物になるのか』
『神だろうが悪魔だろうが化け物だろうが、事をなせば全部無かったことになる。どうでもいい』
『ん、それでこそ主じゃの』
目的のためには手段を選ばず、どんなことだろうと彼はやって来た。折れそうな心をたった一つの想いで繋ぎ止め、そうしてここにいる。狐はそんな彼をどうしようもなく、好いていた。
『あ、お前自身をもらったってなんか良い響きじゃない?』
『黙れ』
『んまーた主はそうやって照れて……あ、ちょ、呑まれ……そう言えばなんか久し振りな気があ、いやごめんなさ』
うるさい狐を心の闇に沈め、ペンダントの仕掛けを起動し、開く。
これを作るのにはとても長い手間をかけた。カメラを修理し写真を現像して、たまたま拾った本の手順に従って一から作った。鉱物はみんなで集めたし、加工も手間暇かけた。
「(……くそっ)」
写真に映る自分達。戦いのない平和な瞬間を切り取った一枚。そこに映る笑顔の自分。それが今の自分を嘲笑っているように見える。写真の自分は何も知らないだろう。これから大切なものを全て失うことを。だが知らないから笑っていられる。それが羨ましくて、妬ましくて。ペンダントを閉じてタバコを灰皿へ捨て、ベランダから部屋へ戻り、寝れないくせにベッドへ転がった。
また今日も眠れない夜だ。
安定装置は王の打ち出す政策の保管や手助けを主な仕事としているが、新世界の安定のためという名目で、王が思いつか無いような提案をすることがあり、その全ては経済のみならず、倫理的にも配慮されており、人々の信頼を集めた。
だが、それはあくまで公開できる範囲内での話。安定装置にはそれに近しい者しか知り得ぬ事実がある。これは極一部の限られた人間にしか知らされてはいけない事実であり、知る人は知る事実。そして知る者はそれを守り、また別の者はそれを壊そうとする。
亮は最初にそれを知ってこの世界を俯瞰して見た時、そもそも安定装置自体の存在がとても歪に思えた。どうやら安定装置の役割は一定の安定ではなく、振り子幅のある安定らしい。
ズレなく物の生産と消費を安定させ続けるのではなく、生産が多い日があれば生産の少ない日もある。しかし長い目で見ればプラスとマイナスは0に収束する。そういった結果論の安定。
それを経済だけではなく、世の中の治安にすら当て嵌る。
まぁつまりそれがなんだというと。
『レッド地区の売人を刈り取る時がきた』
犯罪者はある程度の期間、好き勝手できる。だが時期が来れば刈られる。それが公開できない事実の片鱗だ。そんなものが表沙汰になれば世間から安定装置への信頼が消えて無くなる。
刈り取るのが魔人亮と深淵愛菜の仕事だ。問題を大事にせず、確実にこなし、王や安定装置の望む形に収束させる。亡き恩師の後を継いだ亮と、元々そういう用途で生み出された愛菜には、今更そういう行いには何の躊躇いもない。
実のところ、恩師に愛菜を普通の人間として育てて欲しいと言われた亮は、愛菜が仕事をすることには反対していた。それで新世界は一度滅亡の瀬戸際にあった時期もあったのだが、愛菜本人の意志もあり事は落ち着いている。
「放置してた奴らか」
夕食を終え、リビングでのんびりしていた亮と愛菜は、ナナシからの通話をスピーカーモードで聞いていた。
『そうだ。人数は七人。騒ぎも遺体も残さずこの世から消してくれ』
「どっちが行った方がいい?」
この程度の内容であれば愛菜でもこなせる。
『問わない』
「じゃあ私が」
簡潔な回答に間髪入れず愛菜が志願する。
「ダメだ。俺の方が早く終わる」
「亮はこの前行ったからいいよ。私もたまには動かないと鈍っちゃうし」
「それならそれでいいだろ」
「やだよ。適度な運動が健康の秘訣」
「じゃ体育でもがんばってろ」
「緊張感を持つことは将来役に立つと思う」
「なら選らばれた論文大会の代表を辞退するな」
「世界の平和のために貢献したい!」
「誰だお前」
どちらが行くかで揉める二人。ナナシとして心底どっちでもいい。どうせこなすだろう。
『あー、なら二人で行ったらどうだ。深淵は魔人の影に入ればいいだろう』
「ナイスアイデア!さっすがナナシ!」
「余計なことを……」
『両者共、無線の準備をしろ』
亮は体に取り込んであるため、無線は勝手に受信する。愛菜は懐から闇を使って無線を取り出し耳にはめる。
『今回は敵の中に上位術師がいる。肉体強化、主に脚部だ。逃げられる可能性は万が一にある』
「そのための無線か」
確実に案件をこなすために無線を使うことがある。傍受される可能性を考慮して、いつもは携帯電話でのやり取りになってはいるが、今回はそれだけこなさなければいけないものなのだろう。
『奴らを放っておきすぎたらしい。麻薬だけなら良かったが、少々問題になるものを開発してしまった』
「なんだ」
麻薬だけでも随分問題な代物だとは思うが、そういうものはある種必要なものなのだ。善悪をつけるための必要悪。二代前の王は根絶したかったらしいが、結局残ってしまっている程度には必要なもの。
『媚薬だ』
「……は?」
思わぬ名称が飛び出した。
『性的な興奮を誘発させる薬。注射して血液と共に流す。これは非常にまずい』
「あー、昨日の」
愛菜は心当たりがあるそうだ。
「なにかあったのか」
「昨日帰り遅かったじゃん?それの関係だったんだ」
「友達を助けたってそれのことだったのか」
後手に回ってるらしい。既に流通が始まっているのか。
「ンで、お前は?」
「舐めプして注射されたけどなんもなかったよ」
「……そうか」
『それなら話が早い。大元を絶ってさっさと流通を止める。媚薬なんていう男の夢みたいな薬だからな。回るのが早すぎる』
確かに止めておくべきものだろう。麻薬と聞くと抵抗感を感じる者は多いし、副作用も広く認知されている。しかし媚薬となると話は違う。真新しい薬は認知度が低いし、媚薬と言われれば麻薬より抵抗感はないはずだ。もし広がれば、これから未来を担う若者達のモラル低下に繋がる。
「わかった。それの製造場所は?」
『レッド地区の倉庫街。ちょうど奴らが集まっているはずだ。詳しい場所は移動しながら指示する』
「ン。なら早速行くか」
「うん!久し振りに亮と二人ですな!」
「そうだな。まぁすぐ終わるだろう」
携帯電話を閉じて、ソファから立ち上がり玄関から二人で外へ。
「入れ。さっさと向かう」
「ん」
答えて、愛菜は亮の影へと沈んで行く。本当に便利なものだ。闇と一言で言ってしまえば、曖昧で基準がわからない。実際は影のみならずトンネルや日の光の入らない部屋などいくらでもある。ある一定の暗闇でないと入らないと愛菜は言う。その区別は感覚によるものらしい。
夜の街は完全に彼女のテリトリーだ。一度入られればどこから出てくるのか全くわからない。
「行くか」
いつもの様に姿を消してからその場で跳ねて、手すりを蹴って屋上まで飛び上がる。その後は膝を曲げてからさらに高く飛び上がる。新世界の天井付近まで飛んでから、手を下に向け魔力を放出することで浮遊する。そのままレッド地区まで一気に飛行する。本来ホワイト地区からレッド地区へ行くにはセントラルを突っ切って行く。当然時間もかなりかかる。
だが、魔人には大した距離ではない。ステルス機並みの飛行速度で空を駆けるのだから。
レッド地区倉庫街の一角に薬品の製造場がある。基本的に倉庫街には運送会社や保管庫などが多くあるのだが、作った薬品の保管庫も担うとの名目で製造場も作られたらしい。その時点でかなりキナ臭い話ではあるが、裏が取れたのはつい最近なのだ。なにせ薬品の運輸もそこで行うため、製造して即出荷の形を取るからである。
「積み込みはそれでラストか?」
「はい!」
たとえ深夜でも彼らの仕事は終わらない。裏で違法な薬を使ってるとは言え、基本的にはそんなことも知らずに表の仕事をしているものがほとんどなのだ。
「あ、この箱は?」
「それもだ」
試供品と記された段ボールもトラックに積み込み、彼らの仕事はひと段落する。
「よーし、これで上がりだ。後は時間潰してていいぞ」
リーダーの声で各々休憩室へと戻っていく。薬品の運輸場の割には、どうも通常の運送会社のような雰囲気。
「衛生どこ行った」
「知らね」
その向かい側の建物の屋上に、魔人と深淵は腰を下ろしてその光景を眺めていた。
「ナナシ、爆破でいいんだな」
『事故を装ってな。地下の連中は皆殺しだ』
「あそこに見える積み込みのリーダー的なのが上位術師だっけ?」
『そうだ』
先程入れていた試供品と記されたものが件の薬だろう。彼はその箱の中身がただの試供品ではないと知っているはずだ。
『逃すなよ。製造法を知っている可能性もある』
「わかってる」
無線での通信を終え、二人は立ち上がる。
「手筈通り。お前がやって俺が爆破だ」
「あいさー」
言って、愛菜は夜の闇に沈んでいき、亮は姿を消す。
それから亮はその場から飛び上がって倉庫へと侵入する。何人かが休憩室に入っているので、影があるとはいえ透明な亮に気がつくものは居ない。そのまま倉庫区画を通って、地図にあったブレイカー室へと足を運ぶ。
「(これか)」
拳で殴りつけてブレイカーを全てオフにしていく。所々から困惑の声が聞こえてきたが、誰かが誤って電気を落としただけだろうとブレイカー室に来る気配はない。全く平和ボケというのもここまで来るとお笑いものだ。
「愛菜、行けるか」
「楽勝」
電気が消えるということは闇が訪れるということだ。愛菜は最短ルートで影の中を移動し、地下の研究施設移動する。話に聞いていた通り、この時間の研究施設には裏の者ばかりが揃っていた。
卑しく笑いながら衛生も何もない格好で薬品を混ぜるものから、クマのできた瞳でパソコンに張り付く者。大凡まともに薬品製造業務に携わっているとは思えない。
「(んー、地下は上のブレイカーじゃ電気落ちないのか)」
予想は外れて地下は通常通り通電していた。ここから闇に沈み込み殺害という常套手段は取れないらしい。
地下の見取り図は入手できていない。ブレイカー室を探す。なんていう手間はかけられない。であるならば。
「速戦即決」
闇から六本の小型のナイフを取り出し、片手三本ずつ持ってなんの躊躇いなく部屋に入る。気配を消すとか、足音を立てないとか、そんなまどろっこい事はしない。
「なっ、深え」
いち早く彼女に気付いた者は、懐から拳銃を取り出そうとしたが、それよりも早く、愛菜はカーボンナイフを投げる。鋭い切れ味で且つ軽量。寸分の狂いなくナイフは男の頭に突き刺さり絶命する。
「後五人全員いる」
機械的な冷たい声で人数を確認する。間髪開けずにもう片手で別の者へナイフを投げる。再び狂いなくナイフは胸元へ命中する。
「隠れろ!」
誰かの声で男達はデスクの下や壁に張り付き始める。なるほどこういう修羅場も潜ってきているようだ。対応が早い。だが、隠れるという行為は深淵には悪手。それは知らないらしい。
男達は各々懐から拳銃を取り出して迎撃の体制を取る。腕だけ出して威嚇射撃をして時間を稼ぐ。
「……居ない?」
頭を出して深淵の位置を確認した。が、先程まで彼女が居た場所には誰も居ない。この状況で侵入者を見失ってしまった。
「どこに……っ!?」
その瞬間、喉元が掻き切られた。
「ま……さか」
気がつく。自分の影が、デスクの影と重なっていることに。
「残り三」
無機質な彼女の声に誰もが冷や汗を流した。闇と重ねれば殺される。そんな恐怖に全員が怯える。
そして、緊張感に包まれたまま静寂が訪れ、その時がくる。
────パチン
と、軽快な音が響いて。
「亮、ナイス」
声が聞こえて。
辺りが闇に包まれた。
「助かったよぅ!」
「なんか時間かかってたからな」
誰も居なくなった研究施設にそんな二人の会話だけがある。六人は皆ナイフで急所を切られ刺され絶命して居た。血を流す遺体が六つもある空間で、彼女の快活な声はとても異質だった。
「んー、全然電気消えてなかったからさ」
「やっぱ俺だけでよかったじゃないか」
「まぁまぁ、終わりよければそれでいいって」
遺体からナイフを回収し、二人でアルコール薬品を遺体に垂らしていく。
「んじゃ、先に出てるね」
闇に沈んで愛菜は先に研究施設を抜けて製造場から離れる。流石の深淵と言えど生身で爆風に耐える事はできないからだ。亮はその場でタバコに火をつけて、吸って吐き出しつつ、辺りを捜索。
「これか」
ノートパソコンの画面に媚薬の製造法が映し出されていた。残念ながら亮にはそのデータが外部に持ち出されたどうかわからない。だが分かることといえば、このノートパソコンを物理的に砕いて仕舞えばこのデータは誰も見ることができないということだ。
ガシャッと音を立ててノートパソコンは見えない魔力の手によってクシャクシャに丸められる。
「これでいいか」
加熱用に使っていただろうガスの元栓を開けてゴムホースを引っ剥がす。そのままタバコをガスへと放り投げ。
製造場は爆炎に包まれた。
「ぐっ……うぅ……」
辛うじて生きながらえた最後の一人は、全身に火傷を負いながら這いながら製造場から離れようとしていた。新しい薬の開発に成功し、これからだと言うところでこのザマだ。自分はなんとか身体強化で爆風に耐えることができたが、これでは中の者達は全滅だろう。
いったい誰が。事故だとしたらなんと言う体たらく。
「ちく……しょう」
やなりあの馬鹿どもはダメだ。もっと大きい企業にあの製造法を売り込んで、それから。
なんて、考えて。頭を掴まれた。
「ぐ、がああああああああああああああああああああああああ」
炎が体を包む。詳しいことはわからないが自分の体が燃えているのはわかる。命の危機に際して魔術が自動で働く。驚異的な身体能力で手から逃れようとするも、そんな自分の最後の力すら、自分の頭を掴む手の力には届かない。
「ああああついぃ……」
次第に悲鳴をあげる力すら抜けていく。意識が消えかけたところで、頭を掴んでいた手の感覚ががなくなる。ついでに自分が投げ飛ばされたことに気がつく。
自分が飛ばされる先の光景を見て絶望する。赤く燃え上がる炎。真っ黒に焦げた同僚達。
彼も仲間入りした。
「画して未来の若人達の倫理は守られましたまる」
「おう」
亮と愛菜は家に帰り、遅めの夕食をとっていた。テレビでは先程の火災が報道されていた。あれは予定通り事故と処理されるらしい。その辺りの手回しは本当に早い。
「やっぱり二人で何かするのはいいね」
「……そうだな」
元々、彼女はそういう用途で生み出された。
シリアルナンバーMA70E。今はなき「アバターオブダークネス」の成功に限りなく近い失敗作。亮は彼女が仕事を終えるたびに後悔している。これでは恩師、笹塚未菜との約束を果たせていないのではないかと。
「……亮、前も言ったけどさ、私はやりたいからやってるんだ」
そんな彼の心情を読んだように、箸を置いて言葉を紡ぐ。
「あの場所から亮に救ってもらって、当たり前の生活をさせてもらってる。人を殺すのが好きなわけじゃない。けど、私にはその才能があって、それが亮の負担を少しでも軽減できるのなら、私はやりたい」
それは何度も聞いている彼女の言葉。
「亮が私に道を示して、導いて、私を理解してくれて、心の支えになってくれてるから、私もそうしたい。私も亮を理解して、いつか。私は亮にとってなくてはならない存在になりたい。ただそれだけだよ」
何度同じことを言うのだと呆れるのは簡単だ。ただし、誰よりもさみしがり屋な亮にはそんなことはできない。自分に寄り添おうとしてくれるものに、そう言えない。
「ン、ありがとう」
「ん、どういたしまして」
二人の日常はいつだってそんな感じだ。二人だけの日常はいつまでも続く。そう思っていた。
「……あ……あぁ」
愛菜は絶望する。目の前の光景が理解できない。天才と揶揄される彼女でも状況判断が追いつかない。
なぜなら。
「ん、おぉ、黒いのか。おかえり、じゃったか」
白い狐耳の幼女が、最愛の彼の膝の上に座っていたからだ。
「なんじゃわれええええええええええええええええええええ!」
二人だけの日常が続くと思っていた。なんか一人増えた。