無敵系中ボスが過去にしがみつく話   作:竜田竜朗

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八代①

「じゃ、行ってくるね」

「ン」

 

三年に一度の修学旅行は二年時の夏前に行われる。ホワイト地区の山岳部にある林間学校が宿泊先だ。闇に身を置く極術使いの深淵と言えど、一応身分は学生。特に予定がない限りは彼女も学校行事には参加する。もちろんなにか非常事態があれば断念せざるを得ないが、亮の方針として、基本的には学業を優先させる事になっている。彼女を働かせる条件としてナナシ達へ通したものだ。極術使いのクローンでも人間らしく生きてほしい。同情心ではない。丸っきりないと言えば嘘になるが、本命はそこではない。

 

かつて、自分をこの世界で生きていけるようにと育ててくれた恩師が、自分にやってくれたように。だがそれ以上に恩師が残した言に従うという、使命にも似た感情。

 

「あ、私がいないからってご飯抜いたりしちゃダメだよ。ちゃんと三食きちんと食べるんだよ」

「わかってるよ。気にしないで友達としっかり楽しんで来い」

「心配なの!」

「だから気にすんなって」

 

しかし、これだとどちらが親なのか分からないなと自分でも思う。

 

「一日三食なんか食べるよ。えーとなんだ、あれ、政府のオススメ摂取量?通りに」

「そこまでしろとは言ってないけど……まぁでもそうだね、それくらいがむしろ丁度いいかもね」

「ちょうどいいってどう言うことだよ」

「そりゃ、亮は私がいないと何も食べないじゃん。だからきっちりしてる方がちょうどいいよ」

 

食事をすることには何の意味もないが、わかったと言った方が彼女は早く行ってくれるだろう。

 

「じゃもう行くけど絶対だよ」

「わかったよ。いってこい」

「うん、いってきます」

 

玄関で彼女を見送り、ソファに座りテレビをつける。テレビではついこの間行われていた健康診断の格付け結果が出ていた。本当に個人情報保護のない事である。

相変わらず順位の変動はなく、ブラスター、深淵、絶対零度の順。炎、闇、氷。深淵の場違い感が否めない。閃光辺りと並べば絵にはなるが、あれは少ない魔力量で最大限の動きを目指した物理特化の人間だ。物理法則やら物体の法則を無視する深淵とは別種。

 

「(絶対零度は宮里由紀だったか)」

 

愛菜の通う高校、ホワイト地区第一高校の一つ上の学年に属しているとは聞いている。なんでも他の極術師と違い、絶対零度程度ではなんの実験にもならないとの事で、彼女は新世界の裏側に足を突っ込んでいない。

確かナナシも宮里由紀を使うくらいならマグナス・スローンの方が何倍も価値があると言っていた。まぁ、どれもこれも所詮は人が辿り着ける領域のものでしかない。マグナスだろうが愛菜だろうが宮里だろうが、魔人亮や、それこそ体の中の狐の手にかかれば赤子の手を捻るようなものだ。テレビの電源を落とし、タバコを吸うためにベランダへ向かった。

いつものようにタバコを咥えて指から火を出し、着火させる。

 

「暇だな」

 

愛菜が居なくなる。別にこれ自体は日頃彼女が学校に行っている時と同じ状態ではあるが、二泊三日。つまりは二日後の夕方にならないと帰ってこない状況は今回が初めてだ。

 

「(仕事があるわけでもないしな……)」

 

心の中でボヤく。こういう時に仕事があれば情報収集等の準備も含め、ゆっくりやればかなり時間を潰すことが出来るが、今は取り組まなければならない仕事もない。世界が至って平和であるのはとても良いことではあるが、他にやることがないので亮としてはもう少し荒れた世であってほしいと思う。

 

『主』

『なんだ狐』

『言わずともわかろう』

 

自分と自分の会話だから彼女の言いたいことは理解できる。だから、亮は心の中で頷いた。暘谷を食らい、聖光という神術を手に入れたからだろう。亮の心情としては、まぁ、やっと今この瞬間という時がきたか。程度の事だ。いつか来るとは思っていたし、来たことに驚きはない。

 

『うんむ』

 

亮の心を完全に理解し、許可が降りたと認識した狐は、動く。

亮の身体が黒く歪み出す。海に様々な要因を揃えた場合に発生する渦巻。それが彼の身体から発生しているイメージだ。そうして渦の中心から静かに手が伸びる。やがてもう片方の手が、腕、頭。浮き上がるようにそれらが出現し、最後に脚が抜けた所で渦が収まる。そうして、人の皮を被ったかつての神が降臨した。

 

「くふふ、久し振りの現世ぞー!!妾は帰ってき」

「うるせえよ白髪ギツネ」

 

両腕をあげて、体全体を使って台詞を吐いたのは今出てきたばかりの旧神。見た目は140cmほどの身長の少女ではあるが、彼女の頭部から生えた白く縦に長い耳。背面の腰のあたりから大きく伸びる九本の尾が普通の少女ではないことをアピールしている。

巫女服に通ずる白と赤の袴。こっちの世界では完全なコスプレだ。狐巫女服。こちらの世界では創作物のお約束キャラと言っても過言ではない。

 

「なんじゃ、ノリが悪いのう主。というか、仮にも神前ぞ。手を合わせて妾を信仰し給えよ」

「お前を信仰した途端、お前の言うことを聞かなきゃいけなくなるだろ」

 

世界にエーテルが溢れ、旧世界にて神聖が意味を持ち始め、それがやがて神となるのは一部の人間のみが知りうる事実だ。が、恐らくその一部の人間でも知らないであろう事。それは、一度人が神を信仰するとその神の恩恵を得る代わりに、その神に絶対服従を誓わなくてはならない。それは魔人である亮も例外ではない。力ではどうにもならない神が制定したこの世のルールだ。

 

「……ンなことより、マジでもういいのか」

「うんむ。伊達に主の魔力を貪り食っていた訳では無いよ」

「貪り食ってた自覚あったのか。……ンじゃお前もう帰れ」

「……ふぁっ?」

 

突然出たそんな言葉に、狐はコクっと首を傾げた。

 

「お前を取り込んだのは、あの時ただ力が必要だったからだ。傷を癒すのに取り込みっぱなしにしたのはその返しみたいなもんだ。それが終わったんなら、早くあの社に帰れ。別にもうなんも困りゃしないだろ。こっちも、お前の有無は誤差すら生まない。あの件を通してわかってると思うが、邪魔にならばいつでも消すぞ」

 

ただ淡々と伝える亮。言外に邪魔とまで言っているのは、誰が聞いてもわかるだろう。

 

「……妾はもう不要か?」

「おう、あの時は助かった」

 

狐が敢えて確認し、亮が即答する。

 

「……出て行けと?」

「おう」

 

また確認して、即答される。

 

「……やだ。やだ、絶対やだ」

「……は?」

 

いつもの口調を忘れて、涙を流し始める狐。

 

「やだ。絶対やだ。帰らない。主の中にずっといる」

「いや、だから……っと」

 

亮が口を開いた瞬間、狐が亮に飛びかかった。

 

「入れろぉぉぉぉ!妾を中に入れろぉぉぉぉ!」

「……はぁ……」

 

タンタンタンと両拳で亮の胸板を叩いて泣き叫ぶ。もうなんか九尾の狐として威厳とかそういう格的なものが消し飛んでいた。

 

「やだもう向こう誰もいないから寂しいもんー!!戻るなら主も、亮も来るの。来て。一緒じゃなきゃやだ」

「……さっきまで神前がどうとか言ってたヤツの言葉かこれ」

「知らない。神様返上する」

 

魔力を持った八体の狐を喰らい、社に放り込まれ魔除として信仰され、やっと成り上がった神としての地位を返上してまで一緒にいたいらしい。

無理矢理彼女を帰すことは容易い。どれだけ暴れられようが力で押さえつけた上で運んで置いてくればいいだけなのだ。以前の神としての狐であれば一筋縄ではいかない、難しい話だが、神聖さを亮に吸われ、九尾の狐である彼女を黙らせるのは容易い。

だが、亮はそれをしなかった。

 

「……わかったよ。じゃこれからは今までの話はなしだ」

「一緒にいていいの?」

「ン」

 

パァァァァっと笑顔が咲く。彼女の中身は亮と同じく相当歳を食ってるため、年相応の笑顔。とは言えないが、その外見相応の笑顔だった。

 

「主、では今度から妾は主のなんだ……ペット?ペットってやつになるぞよ」

「愛玩動物か」

「その、あいがんどうぶつ、というのが何かは分からぬがペットよ。よって、主には名前をいただきたいのじゃ」

「……狐?」

「それ以外の!」

 

亮にその発想はなかった。今まで彼女は一心同体。完全に心を通じあわせてきた仲だから。自分で自分に名前をつけるなど意味のわからないことをしたことはない。

だから彼女に名前をつけるなど、想像したこともなかったのだ。

 

「ン……」

「なんか悩まれてると、愛されてる感が出てよいものよ!」

「フォックス」

「主、こう言った直後に安直な名前を付けられるのは照れ隠しと解釈してよいのか!?」

「ンなわけあるか。逆に聞くが名前つけろとか唐突言われて付けられるもんか普通」

「うむむ、確かに言われてみると……」

 

今回は愛菜のように参考になるようなものがあるわけじゃない。変な社に住んでただけの狐の神だ。人類のほぼすべてと言っていいくらいの知識を保有する亮ではあるが、名付けというものは知識よりも才能の方を必要とするものだった。

 

「神と狐を併せてゴックスとか?」

「雌の名前の最初の一音をゴから開始させ且つ安直すぎる名前をつけるその勇気に妾は敬意を評するわ!」

「そう言われてもな……本気で思い浮かばないんだ」

「くぅ、なんだこの歯痒い感じは……」

 

目頭を押さえて亮の回答を待つ狐。旧世界で初めて会った時、彼女は神で、神としか呼ばれていなかった。名前という概念を彼女は知らない。とても楽しみで、すぐつけられるもの。すぐ終わるのに時間がかかるのは、なんだかむず痒い。

 

「あー、じゃあれだ、やしろでどうだ」

「やしろ……字は?」

「お前が居たとこの社でもいいが、音的にやしろがしっくりきたな。字はなんでもいい」

「そうか、では八の代わりと書いて八代にしようかの」

「……そうか」

 

彼女なりに自身を除いた八匹に思い入れがあるのだろう。八匹の代わりに。悪くないと思った。

 

「なら八代。あの時は悪かった」

 

しっかり八代の目を見て、亮は謝罪をした。

 

「あの日のこと……かの」

「あぁ。俺はあの時、お前達を騙し、水神とやりあって。あの瞬間、間違いなくお前が消えようとも気にしてなかった」

 

人と魔物の共生を願って、それに勤めていた八代。彼女や、彼女を慕う魔物達を騙し、旧世界のツートップの片方にぶつけた。その結果がコレだ。八代は慕うもの達を失い、つい先ほどまで自分の形すら失っていた。

 

「うんむ。そういうつもりだったというのは、主の中に入ってよう伝わった。けれどの、主。謝るのは、妾の方じゃ」

 

糾弾されることはあれど謝られる道理はないはずだ。

 

「……理由は?」

「妾は唯一、主の全てを知っておる。主がその一生でどれだけ苦しくて悲しくて、寂しい人生を送ってきたか、全て。魔物だけではない。救われるべきはもっと他にいた」

「……」

「妾は、何もできぬ。主に対して慰めの言葉を送っても、それは全て意味がないことを誰よりも理解しておる。主のその苦しみは、主が最も会いたい存在にしか柔らげることはできぬ。全てを知りながら何もできない。九尾の狐だとか、神だとか、そうは言っても人一人救えぬ。妾は主に救ってもらったと言うのにの」

 

八代と離れ、言葉で想いを受け取る。自分ではなく他人の言葉が突き刺さる。

 

「人は人を救えない。主がそう思ってるその言葉の意味。妾はよく理解できるぞ。けれどの、妾は主に救われた。諦める。自分のために生きるという選択肢をもらった。だから……なんじゃ」

 

うーんと考え、まとめ、言葉を紡ぐ。

 

「妾は自分のために主を救いたい。あれじゃ。主が黒いのに対してそう思ってるようにの」

「……そうか、ありがとうな」

 

贖罪。償い。使命。そんな崇高な目的ではなく、そうできたら自分が嬉しい。そのために行動する。そんなところだ。

 

「それに。こうして主を助けていれば好感度が上がる可能性もなきにしも」

「あらずだ。来世から出直してこい」

「え、来世ならわんちゃんあるん?はまじ?」

「言葉の綾だ。マジで黙ってろ」

 

何が悲しくて年齢三桁声の動物と添い遂げなければならないのか。それを言ったら自分もそうだが、せめて人類がいい。

 

「つーれないのー」

 

頬を膨らませて、体を傾けて亮の膝に頭を置く。

 

「……なにしてる」

「んー、いや、いいもんじゃなと。触れ合いというのは、なんというか、ありきたりじゃが……暖かい」

「……」

 

鼻で笑って八代を押し退け立ち上がる。

 

「どこか行くのか?」

「タバコ」

「お?ん?照れ隠しか?そう受け取っちゃってよいのか?」

「黙れ八代」

「くっ、肉声で罵倒されるのも中々新鮮じゃなの!」

「……うぜぇ」

 

こうして、旧世界にいた時以来、二人は顔を見て会話をするようになった。旧世界の魔物の神の一柱と、それらを平らげた魔人。そんな二人きりの二日間が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新世界のどこかで主人公を見守る誰かが気がついた。

 

「ん?」

「どうしたんだ」

「ごめん、なんでもないよ。早く行こう」

「おう。おーい、双海!飛鳥!正輝!お前ら早すぎるぞ」

 

学校の林間学校。バスに乗り込むために学校からターミナルまでの道のりで、ふと足を止めたのは異変に気が付いたからだ。

 

「がんばれ、亮」

 

彼女はいつだって応援している。たとえこの先、彼が努力し仲間と築き上げて行くだろう生き様の全ては結果に結びつかないことを知っていても。この世で唯一神の知る運命を壊して奇跡を起こせるのがそこにいる彼だけだとしても。

それでもただ彼を応援する。彼をただ愛しているから。

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