ホワイト地区の第三公園には、新世界建造に携わった者達を埋葬した巨大な古墳がある。今の自分たちの生活は彼らが居なければなかったものなので、感謝しよう。まぁそういう道徳の教科書を二ページほど埋められる程度には昔から世間に認知されている場所だ。
実際のところは少々の空き地と、有刺鉄線に囲われた山形の古墳があるだけなので、昼間に幼子を連れてきたママさん方くらいしか人はこない。街灯に照らされる事もないため夜には人など居らず、住宅街の隅の方に追いやられているので酔い潰れたサラリーマンがベンチで寝ていることもない。
ともかく、街灯も月の光にも照らされないこんな場所に、スーツ姿の女性が歩いていた。
「……」
コツ、コツ、コツと一定のリズムでヒールが地を叩く音だけが第三公園を支配する。古墳に向かって歩くその姿を誰かが見たら、気味の悪さを覚えるだろう。間違いなく異質だ。
やがて彼女は有刺鉄線の柵に辿り着き、上着のポケットから一枚のICカードを取り出した。それを網にかざすと、どこからかピピッという音が聞こえた。
そのまま彼女が網に触れると、その部分だけがまるでそもそも存在していなかったかのように消える。それに対して特に驚くような事はなく、古墳の中へ侵入していく。
さらに歩いて進んでいくと、小さな墓石があった。墓石に先ほどと同じICカードをかざすと、今度はその墓石が消失する。墓石があった場所には下に降りる階段があった。女性はその階段をゆっくりと降っていく。
「測定。確認。ノーネーム」
機械的な音声が光のない空間に響き渡った。それも特に気に留めず、さらに下へ。降り切った後に彼女を待っていたのは鉄格子だった。鉄格子に近付いて、鉄格子の向こう誰かに声をかける。
「アバターをどこに送った」
「……」
返事はない。
「お前が深淵のクローンを作るためにアバターを使ったのはわかっている。MA70Eの体細胞にアバターを掛け合わせていたことも」
「………十年ぶりの挨拶がそれか、名前のない女」
低い男性の声が返ってきた。
「答えろ。お前がそこから出られるのが早まるかもしれないぞ」
「……誰が出るか」
その声は震えていた。
「あんな化け物が混じった世界に誰が出るか!俺をこんな体にしやがった奴がいる世界になんか出るわけねえだろお!」
四肢を失い、胴と顔だけになった男が叫ぶ。
「娯楽をくれ、食べ物をくれ、手足をくれ、光をくれ。もういっそ殺してくれ。気ぐらい狂わせてくれ。なんだ、なんなんだこの体は……」
震える声に生気はない。生きる気力を失い、もう何も持たない男はそれでも生かされていた。死ぬことを許されず、気が狂うことも許されない。そんな体に変えられた。
「……話せば魔人に掛け合ってやろう」
「本当か……?」
縋るような、そんな声が聞こえた。
「本当だ。それだけ今回の件は大切なことなんだ。だから答えろ。アバターをどこへ送った」
「先に保証しろ!俺を殺してくれるかどうか!」
「答えぬ限り交渉はしない」
「なら俺は言わねえぞ」
「なら諦めて帰ろうか」
このやり取りに駆け引きなどあり得ない。男には切れるカードなど一枚しかないのだから。
「クソッ!!このクソッタレ共が!」
叫んで理不尽を嘆く。そんなことをしても何も意味はないと分かっていてもだ。
「……俺の下に着いていた奴のとこだ」
「お前の下にいた連中は全て魔人が処理した」
「へ、藍進は生きているだろ」
「シェイカーのことか……チッ」
シェイカーと呼ばれる、今はブルー地区の基地で医療、研究を担う彼女を思い出す。どの情報を探っても彼の下にシェイカーが居たなんて記録はなかった。
だが不思議な事ではない。記録の改竄なんてのは裏の仕事に従事していた者ならば当たり前の事なのだから。
「……奴は深淵じゃなく、別の極術師のコピーに興味を持っていた。きっともう目的を果たしてるかもな。言っとくがマグナスじゃねえぞ。あいつを研究対象にしてる組織なんていくつもあるからな」
「絶対零度だろう」
「ご明察だ。それで、話は終わりか?なら早く確認しろ」
男に急かされ、ナナシは懐から携帯電話を取り出した。
「魔人か、私だ」
『なんだ、仕事か』
電話越しでも面倒臭そうなというのが伝わる。
「君に一つ聞きたいことがある」
『なんだ……おい八代!お前また油揚げ食っただろ!味噌汁に使うってこの前言ったばっかだろ』
つまみ食いしたのだろうか誰かを叱る声がした。しかし、あの魔人から油揚げがどうの言われると拍子抜けする。
「……掛け直すか?」
『ン?あぁいや、悪い、でなんだ』
「魔人化した者を殺す方法あるか?」
『別の魔人が食らうか、神術で浄化するか。何百年かかるか分からないが、何も食らわずに時間経過するかだ』
事情を知らない側ならば、その質問は遠回しに自分を殺す方法を聞いているに他ならないのだが、電話の向こうの魔人はそんなことを気に留めることなく答えた。
「ふむ……なら、君が魔人化させたあの男を殺したいのだが」
『あいつか。俺ならいつでも殺せる』
「ならば頼んだ」
『飯食ったら行く』
こうして、鉄格子の向こうの男の死はとてもスムーズに決まった。
「……どうなんだ?」
「しばらくしたら魔人が来る。殺してくれるそうだ」
「あいつが……ふ、ふはっ……あぁ。やっと終われるか」
軽く笑う彼を見て、ナナシは背を向ける。もう、彼に話すことも聞くこともない。階段を登ろうとした時。
「……ナナシ、お前はいつ死ぬんだ?」
鉄格子の向こうの男が尋ねる。
「友との約束を成し遂げるまで、死なんさ」
それだけ答えて階段を一段一段上がる。今年で八十になる女性とは思えない足取りだ。一度死んだあの日から変わらないこの姿で、彼女は今日も仕事に従事した。
「直ぐにシェイカーを調査しろ」
電話口で部下たちに伝える。今日も裏方の者たちは忙しい。
神術の提唱とその一例
世界の理を改変させる術。もしくは、既存の魔術に限りなく似てはいるが、この世の理を無視する特殊な効果を内包する術。どちらも共通して言えることは、この世の理を無視するという点にある。
魔人から口頭で伝えられた内容であるがゆえに確証はないが、事例として「対象に応じて燃やす。もしくは癒す聖火」や「対象に応じて溶かす。もしくは癒す聖水」。「生物に希望を与え影を生まない聖光」。聖火、聖水を観測したことはないが、聖光は現在、光巾と呼ばれた宗教団体の主教、暘谷が操るとされる。
魔人が言うに、旧世界の方で聖光を操る神が居たという。その者は他の生物に対し強制的に己を信仰させていたらしい。魔人は神の仕組みについてあまり語らないため、それがどれほどの効力を持つのかわからないが、魔人を以ってして「かなりダルい」と言わしめるほどである。
神術について詳しく知るには、暘谷や魔人に聞き出す、もしくは脳を探るしかないと思われる。
従って──
王はそこまで論文のデータを読み、PCを閉じた。腕を組み目を閉じて考える。これから自分の起こす行動にミスはないか。どうなるか。ありとあらゆるシミュレーションをして、起こさない時のものと比較する。メリットデメリットに点数付けをして、起こりうるイリーガルも考慮して、そうしてようやく一つの答えに行き着く。
「あー……んんんー……まぁ、面倒くせえからええか」
それは唐突な呼び出しだった。携帯電話に見知らぬ番号から着信がきた。一応知り合い全ての番号は把握している。万が一の情報流出に備えて登録はしていないが、数字の羅列が誰なのか合わせて覚えることは難しいことじゃない。そしてこちらの番号を把握している人物も限られている。
まぁ、つまり。
「……面倒くせえ気配がする」
愛菜は現在学校で、特に連絡がないということは彼女の身になにかあったというわけではないだろう。そして名無しの仲介役は非通知による発信だ。これは番号を明記しているため違う。
嫌な予感を感じながらも電話に出る。開口一番に誰だ、と、投げかけた。その後。
「あー、もしもし、俺俺、王様。キングキング。ちょっとさ、王居まで来てくんね?」
「……」
「おいちょっと聞いてる魔人。王の命令、勅命。来いよ、後でな」
そのままプツリと切れた。意図せず。国王の携帯電話の番号を手に入れた。
「……これ、プライベートの方の電話じゃねえか」
出かける、帰宅時間はわからない。と、愛菜へメールを送信し、亮は単身、セントラルへと向かった。八代が自分も共に着いて行くとグズっていたが、スーパーで買い込んだ油揚げを差し出すと渋々引いた。全く現金な狐である。
ホワイトからセントラルまで電車を乗り継いで行くと、かなり時間のかかる距離ではあるが、ホワイト地区中心からセントラル地区中心へのリニアモーターカーが出ている。適当にタクシーを捕まえて駅へ行き、適当に座席を買う。当然ではあるが、座席を購入するのにそこそこの金額が必要となる。亮の見た目くらいの年齢の人ならば、多少時間をかけても半額以下の普通電車を利用したり、格安の深夜バスを利用したりするのが普通だ。
なのに平然と紙幣の最高金額を二枚入れ、しかも手ぶらで乗車する亮はだいぶ浮いていた。おそらく仕事で利用しているのだろう、スーツ姿の大人の何人かが怪訝そうな顔で亮を盗み見たりしていた。
「ン?絶対零度……違うか」
通路を通る少女がかの極術師、絶対零度の宮里由紀に見えたが、本人より十センチほど身長が低い上に。
「(……なんでこんなとこに魔物いるんだ)」
絶対零度の魔力と同じ質の魔力とアバター独特の魔力を感じ取った。間違いなくアレは魔物である。何かの実験の成果か何かはわからない。
「(まぁ面倒だしいいか)」
首を突っ込む必要はない。そんな仕事を受けていないし興味もない。放置したことでこの列車が停止するとかであれば話は変わるが、そうでないならどうでもいい。
しばらく待っていると発車のアナウンスが入る。どうやら特に問題はなく出発のようだ。携帯電話でネットサーフィンして適当に時間を潰していると、やがて動き出し、甲高いモーター音と風を切る音が聞こえてきた。
しばらくしてから携帯電話を閉じて窓に肘を着き、景色を眺める。前にこれに乗ったのは七年ほど前になる。あの時はまだ大人しかった愛菜が、おっかなびっくりで窓の景色を覗いては顔をそらしたり、目を輝かせていたりしていた。
「(どこで育て方間違えたんだろうなぁ)」
今後の教育方針を見直す必要があるかもしれない。なんて、そんな親心溢れる魔人だった。
亮は王居に到着する前に、人目につかないところでそれらしいスーツの男性の顔と格好にする。ついでパスケースに少し前に王から貰った来客用の通行証入れ、紐を首から垂らす。
入り口の警備員に呼び止められるも、王居に入るための通行証を見て王への来客として通行を許す。やがて建物の入り口に到着すると、携帯電話に着信があった。
「……もしも」
『入ったら二階の通路の突き当たりの部屋にカモン』
ツーツーと通話が切れる。全く言いたいことだけ言う王である。しかし用をさっさと済ませて帰宅したい身としては、下手に長引かせられるよりかは幾分もマシと言うものだ。
言われた通りに建物に入り、赤い洋風の玄関で靴を脱ぎ、客用のスリッパを履いて二階へ上がる。従業員か清掃員か、分からないがその者は不審そうに亮を見るも、首からぶら下げた特別なゲストカードと身だしなみを見て直ぐに警戒心を消していた。なんともガバガバな警備だと心の中で笑った。
「らっしゃーい」
ドアの前でノックをしようとしたが、その前に室内から現国王の声がした。
なんとなく腹立たしい気もするが、現国王がこんな性格なのは今に始まったことではないのだ。
「よく来たな、まぁ座っちくり」
身長156cm。16歳。新世界の歴史上、最年少の王は茶化すように言いつつ、椅子を指した。
室内はシンプルな会議場のような場所で、長いテーブルと高そうなデスクチェア、テーブルの上にはプロジェクターが置かれている。
亮は言われた通りに椅子に座り、テーブルを挟んで対面の王へと言葉を投げる。
「ンで用件は?さっさと帰って晩飯作らないといけねえんだ」
新世界の王相手に無礼な言葉遣いなことこの上ないが、別にそれはもう今更である。
「おぉぅ、なんか理由が主夫だな……まぁ落ち着けよ。今週のチャンプ読んだ?うち、販売の一日前に届くから読んでもええよん」
「……」
「おけ、さっさと本題に行こう」
おちゃらけてた王だったが、その言葉で纏う空気が一変する。
「お前に会わせたい奴がいるんだ。というか、正確には面倒を見て欲しい奴がいる」
「面倒……?」
王から押し付けられる人間がどんなものかはわからないが、旧神に深淵。これ以上他の特殊な人物を家に入れるとなると、神経的にキャパオーバーかもしれない。
「入ってええぞ」
扉が開き、白い服の小柄な女の子が入ってきた。亮は目を見開き、その姿を捉えて離さない。離せなかった。離せるわけがなかった。
その姿は、自分の記憶の中に輝き続けてる姿で、もう二度と見ることができない姿だったから。
「……真……衣……?」
それが。その姿が、今、目の前にある。
「七尾優衣です。こんにちは、義兄さん」
魔人に、義理の妹ができた。
なんか、すっごい評価とお気に入りをいただきました。みなさん押す数字間違えてないか心配ですが、ありがとうございます。この作品は言ってしまえば自慰作品ではありますが、お付き合い頂けて幸いです
誤字報告してくださった方々、本当に助かります。拙い上に誤字とか救いようなく恥ずかしい限りです……