「……ゆ、い?」
「そうですよ、義兄さん」
何が何だかわからない。年の功とでも言うべきか、亮はある程度の超常現象やら理不尽ならば鼻で笑える自信があるくらいには経験を積んできた身だ。たとえ天地がひっくり返ったところで慌てるようなことはない。
が、何百年も前にこの世から消えた最愛の女性の生き写しが目の前に突然現れるなんて現象を前にすると違う。それが自分の事を兄と呼んだのだ。
「驚くのは無理もないです、私はつい昨日、この世に生まれたのですから」
その言葉である程度を把握する。この世界で最も位の高い神が創造したのだろう。ならば、無条件で信用する。
「……大体わかった」
神からの贈り物。そんなところだ。亮には文字通りこの世のすべてを理解する神の思考はわからない。が、世界でただ一人、彼女を信仰する自分はその神からの贈り物を捨てる理由はない。
「さすがやな魔人。俺様にはなんなのかさっぱりやで」
「意思意向を理解しようとしても無駄だからな。あいつが望むならそのまま従ってやる」
今も大切にポケットにしまっているロケットと同じだ。彼女が自分に託したのなら受け取る。そもそも受け取らないという選択肢を彼は持ち合わせていないのだ。
「優衣……は、何をするために?」
「特に教えられてはいません。自分の意思で生きていれば姉さんの思うがままに進みます。それが運命と言うものです」
世界の全てを統べる神を以ってすればそんなところだ。運命に逆らうなんてことは有り得ない。自分の運命を知り、抗ったとしても抗うことまでが織り込み済みなのだ。何を思考し、行動に移したとしても神はその過程から結末を知っている。だからこそ最高位の神なのだ。
「ン、ならこれからよろしく頼む、優衣」
「よろしくお願いします、義兄さん」
二人が仲良く挨拶を交わすところを、王は目をぱちくりさせながら見ていた。やがて耐え切れなくなり口を開く。
「いやいや、飲み込み早すぎね?」
「言われてもな……」
「俺ですらちょっとは考えたぞ?神に反逆してやろうかなぁとか。でも、まぁ色々考えてたけど、そのもの言い聞いてるとそん辺ぜーんぶ神は知ってるってことなんよな?」
「まぁ、そういうことだ」
七尾優衣という神からの贈り物を、言われた通り魔人に渡すか渡すまいか考えた。だが考えるだけ無駄だと思考を放棄した。その事すら運命だった。もしはない。それが運命というわけだ。
「まったく、あの神様も可愛い顔してやることがエゲツない」
「……真衣を見たのか?」
「おう、そこの嬢ちゃんと同じ顔を……おい待て魔人なんだその殺気はちょマジシャレになっとらん!」
なぜ自分には姿形を見せないくせに暘谷然り別の人間には姿を現わすのか。別に実態じゃなくても、幻でも、その姿を見て声を交わすだけでこれまでの全てが報われるのに。
「あ、あの義兄さん、まだ他に話すことあるから、やめよ?」
「わかった」
「うごぉぅ……威圧感だけで殺されるかと思った……つーか、なに。その嬢ちゃんの言うことならなんでも聞いちゃうん?シスコン?」
「なに当たり前のこと聞いてんだ?」
「……魔人のキャラのブレ方がパネェ。マジパネェっす」
愛する彼女と同じ外見、同じ声。たとえ創作物としても自分を慕ってくれる妹であるならば、それはもう。ただの保護対象である。
「……えーと、私は取り敢えず姉さんに作られたっていうことで、一つだけ神術を与えられました」
神術を扱うものはごく僅かでも神聖さを感じられるものだが、今優衣から神聖さを感じない。また既存の概念に縛られない話か。と、亮は彼女の言葉に意識を傾ける。
「物を直すことができます。再聖と呼んでください」
「……修理屋さん?」
「王様の言う通りです。外からの影響で壊れたものを直します」
これはなんともエゲツないものが出てきたと亮は思う。いくつか神術というものを見て来たわけだが、その中でも上の方のエゲツなさだ。
「便利そうやな。部品とかなくても直せるんやろ?」
「はい」
わざとスケールの小さい話をしているのだろう。彼もその神術のトチ狂った本質はわかっているはずだ。亮が睨むような視線を送ると、王はため息をついてから表情を変えて話し始める。
「……対象の時間を巻き戻すって解釈でいいのか?」
「それはどちらかと言うと……義兄さんのもの、です」
「なに……?」
「まぁ、今は使えないけどな。そんなことはいい。優衣のそれは壊れたものを在るべき形に戻す。それでいいか」
「はい、多分、義兄さんが考えてるので合ってると思います」
生き物は生まれた瞬間に終わりが決められている。遺伝子情報に刻まれた寿命という死は、再聖では生き返らない。それは正しく死んだからだ。しかし、もし事故などの外的要因で死亡した場合、再聖は適用される。それは寿命という在るべき形で死亡していないからだ。
「……永久機関でも作れそう小並感」
「それどころか……まぁいい」
彼女も自分たちと等しく、この世を滅ぼす可能性が高いが、きっとそれに気づいているだろうし、語る必要はないだろう。
「そんなことより、魔人。お前が時間を巻き戻せるってなんだ?」
「……今使えない物を語る必要あるか?」
「あるな。そんなもの持ってたってどこにも記録はないし、伝えられていない」
「使えたら。そもそもこんな世界に居ねえよ」
それだけ言って、亮は席を立つ。これ以上の長居は無用だ。
「それが。お前が神聖さを求め続ける理由か」
「……そんなとこだ」
「……駅まで送る。着いてこい」
その必要はないと言いたいところだが、優衣を連れたまま来た道を戻るわけにはいかないだろう。ここの入場、退場は厳しく管理されているのだから。
「あぁ、頼むよ」
そういえばあの同居人どもには彼女のことをなんて説明すればいいのだろうか。果てしなく面倒臭いことが最後に残ってるのが、少々の憂鬱だった。
「「……」」
亮と優衣が帰宅して早々。八代と愛菜は固まっていた。それはそうだ、二人とも七尾優衣という存在の外観を知っているのだから。
「……七尾さんがなんでぇ?」
「主?ついに拗らせて作って来たん?」
二人の反応に、むしろ亮の方も一瞬処理に困った。
「八代の方はいいとして、愛菜はなんで知ってる?いやまぁいい、取り敢えず座って話す」
「お邪魔します」
二人で靴を脱ぎ室内へ。そのままリビングのソファに四人で腰を下ろし、会話を始める。
「まず、神からの贈り物でここに住むことになった……七尾優衣だ。二人とも頼むぞ」
「ふぁっ?贈り物?え?」
「……そういうことかの」
八代は全て悟ったようだが、愛菜の方は未だに錯乱している。
「義兄さん、根本さん……愛菜さんはクラスメイトなんです」
「そう!ついこの前の修学旅行も一緒に行ったし」
「それはまぁ、私って言うことになってるんですけど、そういうことです」
「……なるほど」
別の人とすり替わったのか、もしくは七尾優衣という存在をこの世界に組み込んだことで、過去が改竄された結果なのか。どちらにせよ、この世界で七尾優衣という存在は元々あったという形になっているらしい。
「それがなんで?え?」
「わかった、詳しく話す」
愛菜には詳しく神術や神の類について語っていない。この世界においては大して必要ない知識ばかりだったし、そういう超常にはあまり関わらせたくなかった。神術や神は等しく理不尽だ。知っていたところで対処のしようはないものなのだから。
しかしこうも神が生活に関わってくるとなると話は違う。だから神や神術の仕組みについて粗方話す。彼女という存在がどういうものなのか、だけでない。これまで自分がなぜ神聖さという曖昧なものを求めて来たのか。それを、しっかりと。
「頭で考えちゃダメなん感じなんだね。んで、亮も昔はそういうものが使えて、それをもう一度使うために今まで生きて来たと」
「そういうことだ」
きちんと理解しているようでなによりだ。まぁこれで愛菜も神術について詳しく知る数少ない存在となってしまった。これまで以上に彼女を守ろうと誓ったところで。
「八代ちゃん」
「うむ」
二人が顔を合わせて頷き。
「「ならそいつ殺す」」
世界が暗転する。訪れたのは一寸の光も差さない闇だった。
「……なんのつもりだ」
反射的に亮は聖光を展開することで世界に光を差す。状況はわかる。愛菜が世界から迫害されないために、使用させないようにしてきた深淵の力の一部。それによってもたらされる闇の世界。そこに今いる。
「や、今更何を考えてこんなもの寄越したのかなって」
「主、もう何年経った。主が全てを失った日から。それが今さら?しかも紛い物を寄越すなんて、神はそこまで偉いのかの」
二人にとって亮が何よりも大切だから。だから、彼を苦しめる要因は全て排除する。たとえ本人に止められようともだ。
「優衣、自分の身を守れるか」
「……ごめんなさい、義兄さん、まさかこんなことに」
「気にすんな。まぁこんなことになるだろうとは思ってた」
予想の範囲内だ。彼女達が自分のことをどれだけ大切に思っているかなんて、痛いほどわかっている。
「愛菜、ここでの行いは全て現実世界に影響しない。闇の中の異世界。それでいいんだったな」
「……うん」
「八代、さすがのお前でも今死んだら生き返らない。間違いないな」
「うむ」
なら。と、一度目を閉じて、開く。
「かなり遅めの反抗期、まぁ保護者として躾けてやろう」
闇の果てで意図せず始まった。世界を壊せる者達の戦いだ。
「今まで生活でいいじゃん、神が何考えてるか知らないけど、亮は絶対その子に誰かを重ねる。そしたら、また苦しいだけでしょ」
「妾はよく知っとるからの」
「いいから、早くしろよ」
言った直後、八代の黒い光線が暗闇で輝いた。互いに互いを思う無意味な戦いの火蓋は落とされた。
短めですが、次回長いです。