無敵系中ボスが過去にしがみつく話   作:竜田竜朗

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世界の成れの果て

「ゲホッ……はぁ、はぁ……」

 

男はただひたすら走る。この豪雨の中の森林を全力で駆け抜けるのは余りにも体力を消耗する。それは大量の魔力を持ち、常人の何百倍もの力を手に入れた彼とて例外ではない。

一月程度であれば走り続けるのは容易だ。それくらいであれば飲まずとも食わずとも無問題。骨の髄までエーテルが浸透し、細胞の一つ一つがエーテル細胞となったこの体。常人とはかけ離れたスペックを持っているのだ。車を持ち上げて投げたり、軽くジャンプしただけで5m飛んだりと、化物と呼ばれるくらいの運動能力を有している。

そういう生物は、この世界では「魔人」と呼ばれる。世界に数えきれるほどしか誕生しなかった。そしていつも魔人は仲間の希望であり、敵にとっての絶望であった。

 

そしてその魔人は今、最強の絶望に追われていた。

 

パンッ!と、風船が割れるような破裂音が響いた直後、背後から電柱ほどの太さの紫色の光線が彼の右腕を消し去った。

 

「が……っ」

 

突然の痛みに肺の空気がまとめて抜けた。痛みで叫ぶことなど忘れてしまう。

けれど彼の足は止まらなかった。いや、そんな痛みでも止められなかった。

足を止めてアレに追いつかれるくらいならば、この痛みに耐えている方がマシだと本能が告げている。

それに、気がつけば彼の右腕からは新しい右腕が生えていた。これこそ魔人の真髄。常人には真似できない再生能力だ。体のどこが消しとばされようとも、元に戻る。大量の魔力が枯渇されるまで、永遠と。

 

「(どこだ、どこにいる……今の攻撃は後ろからならもう近くに……)」

 

思考する。恐怖の対象を視認したい気持ちを抑え思考することで位置を割り出す。この速度でこれだけ走り続け、足止めがあったのにも関わらずもう追いつかれーーーー

そこまで思考して、足を止めた。足を止めてしまった。冷静なった。頭が冴え出した。自分の今の状況を振り返った。

 

「あ……」

 

アレに追われ始めた三ヶ月前。自分達は十人いた。仲間だ。この地獄の世界を長い間共に生き抜いて来た仲間がいた。

その仲間達は一人また一人と、アレを足止めすると言って策を講じて、それ以来戻ることがなかった。

その事実を今更思い出した。逃げることに、足を進めることだけに無我夢中になってしまった。

今の自分が一人であることを今思い出した。だから。

 

「もう、逃げなくていいのか」

 

背後から、声が聞こえた。

 

「(追いつかれた……いや、もういい)」

 

覚悟を決めて振り返る。アレと相対し戦うことを今決めた。

無敵の生物とか、そんなことはもう関係ない。

 

「みんなは……みんなはどうした」

「……それは、俺に確認取らなきゃ判断できない事か?お前は魔人の癖して自分が捨てたものを捨てたか分からなくなるのか」

 

ソレは、青年の姿をしていた。この豪雨の中、傘もさしていないのに体を濡らすことなく、ただ歩いてこちらへ近づいて来る。

 

「答えろ……」

「ンー、まぁ回答してやる。一抹の希望を幻想し、策を講じて、偶然すら味方につけて、自分の限界を超えた力を発揮し、最後まで戦った。全てはお前に希望を繋ぐためだ。また笑ってみんなで生き抜くためにな」

 

もう、言われなくても分かった。この目の前の人でなしが何をしたのか。

 

「最後はお前だ。持ってるもの、譲れない物、仲間の想い。積み上げてきたもの全てを総動員して、奇跡でも起こして俺を殺してみせろ」

 

言われなくても。彼はそれに向かって走り出す。ぬかるんだ地面だろうともはや関係ない。明確な殺意を持って、自分から全てを奪っていったものに攻撃する。

 

「うおおおおおおおおおッ!!!」

 

叫んで、力を込めて、それに対して拳を振るう。今までその拳で幾人もの敵を倒し仲間を守ってきた。鉄にすら穴を開ける、鋭く重い拳。

それに想いを乗せる。怒り、恨み、悲しみ、嘆き、後悔、そしてなによりコレを倒して未来を取り戻すという意志。

自分の今持つ全てを乗せた拳は、目の前のソレの顔面を的確に捉えた。

パァン!と甲高い衝撃音。遅れて拳を当てた衝撃で、ソレの背後の木々がなぎ倒され、反動で足元がぬかるんだ地に少し沈む。

 

渾身の一撃だった。この一撃なら、かつてこの地を支配していた炎神や水神をも葬れると確信するほどの一撃だった。

 

だから、彼は膝をついた。

 

「おいどうした、まだ一撃だろ。まだまだそんなんじゃ終われないだろ。お前の想いは。まだ奇跡すら起きてない」

 

ソレは、自分の積み上げてきた物全てを込めた一撃を受けても、傷一つ受けなかった。そればかりか、当たった衝撃でこちらの右腕が砕けた。その上まだやれるとこちらを励ます始末。

 

「は……」

 

知っていた。話には聞いていた。無敵の存在だと。

一応ソレは魔人らしい。炎神と水神を喰らい、魔物の王達である九之枝をも喰らったと聞いた。

全て風の噂だった。それでも魔人は魔人、自分より強い程度、そんな認識だった。甘かった。これはもうそういう次元に止まった存在ではなかった。

 

「はぁ……あんまこういう手は使いたくないんだが」

 

呆れたようなため息の後に、そんな呟きが聞こえた。その直後、顔を掴まれ無理やりその場に立たせられる。不思議な感じがした。魔人というスペックのおかげで、力比べで負けることは一度もなかった。掴まれてわかる。コレにはどれだけ力を出しても勝てる気がしない。

このまま、頭を砕かれ、再生できずに終わるのか。そう諦めながら、ソレの顔が視界に入り、目を見開いた。

 

「ほら、これでやる気も起きるだろ」

 

ソレの声が変わっていた。声だけじゃない。顔もだ。それも、自分がよく知っているもの。

 

「……お前が……」

 

それは、自分が魔人なんかになる前に失い、魔人になった今でも、一番大切だった者の顔。

そして思い出す。目の前のソレは、喰らった者の顔と記憶と性質を受け継ぐ力を持つことを。

 

「お前がっ!」

 

ある日突然居なくなった、自分にとってかけがえのなかった者。

その者の顔が、今自分の目の前にある。

 

それは、つまり。

 

「お前がやったのかああああああああああああああああああ!!」

 

目の前のソレが。自分の一番大切な者を奪っていたのだ。

仲間たちだけじゃない。彼女さえもソレは奪っていた。ソレは自分の全てを奪っていた。その事実が許せなかった。人と人が協力して生きていくべき荒廃した世界で、ソレは自分から全てを奪っていったのだ。だから。

 

大切な者達を想う心が奇跡を起こした。

 

「────っ!」

 

足でソレを蹴り飛ばした。さっきの一撃でビクともしなかったソレが、確かに掴んでいた手を離して下がった。

 

「クソガアアアアアアアアア」

 

逃さず追撃する。ぬかるんだ地を蹴飛ばし、その衝撃で地にクレーターを作り高速を超えて、音速でソレに接近し、殴る。

 

──パンッ!

と、軽快な音が命中と同時に響いた。だが一発じゃすまない。何度も何度も殴りつけ、最後に一発、おおきく振りかぶって一発。

 

「……」

 

その最後の一発で大きく後ろに殴り飛ばされるソレが、冷たい視線を彼に送っていた。

彼はそれに気が付かず、高速で飛ばされるソレに再び音速で近付き、その勢いに任せて蹴りつける。

 

「はぁ、はぁ……まだだ、こんなんじゃ済まさねぇ」

 

言葉を発しながら、両手に魔力を集中させる。大量の魔力を抱える魔人ならでは攻撃だ。濃度の高い魔力が圧縮されれば、それだけで戦略兵器並みの破壊をもたらす爆弾になる。

それを二つ作り上げた。絵の具で白色に塗りたくったような、そういう白色の球体だ。

彼はソレが居るであろう場所に投げ込む。

 

────バッ

と、そこまで聞こえて音が消えた。同時に熱線が皮膚を焼き始めた。コンマ何秒か遅れて、投げ込んだ方向から音もなく土が盛り上がり木々が消し飛んでいく。

彼は地を蹴り音速で下がる。十キロほど後退し、爆発を眺めた。

雨ということもあり、熱が雨を蒸発させ巨大な雲を作っていた。いくら魔人と言えど、あの破壊を正面から受け止めるのは無理だ。下がって良かったと判断し、考える。

 

「次にアイツはどう出る……それに対してどう動いて殺す……?」

 

アレはどうせまだ終わらない。だが大きく後退したことで、多少思考する時間はあるはずだ。

アレが仮に魔人ならば、生きて居たとしても傷を治すのに時間が掛かる。その隙を突き、塵芥残さず消して殺せば──

直後、立ち込めた雲が強烈な風に吹き飛ばされた。

 

「くっ……」

 

遅れて木々や土が飛んでくる。まるで先程の爆発の再現のようだ。飛んでくる大木を拳で叩き割り、五感を済ませて無事であろうソレの襲撃に備える。

あれだけの爆発に耐え、その上であれほどの暴風を起こしていた。どうやったのかわからないが、少なくともそれだけの元気はあるのだろう。ならば今すぐこの場に飛んできたっておかしくない。

 

「……」

 

辺りに気を張る。草の微かな揺れから空気の振動までが伝わる。溢れ出る復讐心は今すぐ追撃を加えろと訴えるが、それを理性で抑える。

どれだけの時間そうしていたのか分からない。長かったような気はするし、短かったような気もする。

それも終わる。

 

「案外冷静なんだな」

 

ソレは普通に歩いてきた。気を張っていた彼を嘲笑うかのように。今更そんな事に腹を立てはしない。眼を見張るべきはソレの状態だ。

傷一つない。あれだけ怒涛の攻撃を真正面から受けたのにも関わらずだ。

 

「全て紙一重で避けたのか」

「ンー、全部そこそこ痛かったぞ。最後の爆発なんか、火傷するかと思った」

 

ソレの言葉を聞いて悲観することはない。むしろ喜ぶべきだ。無敵の存在が痛いと言ったのだ。つまり、何十何百何千だろうと続けて入ればいずれ死ぬ。

それに、ソレは今彼女の顔をしていない。ならば、顔を殴れる。

次の手はどうするかと思考を加速させる。が。

 

「もう無理そうだな」

「なに……?」

 

意味が理解できなかった。無理とはなんだ。まだ自分はやれるし、ソレだってまだ戦えるように見える。まだまだ終わらない。自分のこの気持ちに蹴りはついていないし、こんなところで終わらせるつもりもない。

 

「お前はもう奇跡を起こせそうにないってことだ。冷静になってるしな」

「……言いたいことはそれだけか。こちとらその声を聞いてるだけで腹立たしい」

「なら言葉は要らないな」

 

二人が交わした会話はこれが最後だった。拳で語り合うとか、そういうのも要らない。ただ彼が想いをぶつけ、ソレが砕くだけ。

 

「うおらっ!」

 

今度は音速を超えた速度でソレに接近する。衝突するだけで猟奇殺人が起きるほどの速度だ。知覚する前に死亡する様な、そういう理不尽な攻撃。

人を想う気持ちが奇跡を起こした、魔人の捨て身の攻撃。たとえここで息絶えようとも、ソレを道連れにすることができるのなら構わない。

 

────

音が消えた。一瞬のうちに決すると思われた戦いは、意外にも長かった。

 

「…………?」

 

視界の動きが突然停止した。先ほどまでは未体験な景色を映し出したはずだ。それがピタリと止まった。

 

「……ぐっ……」

 

遅れて全身に痛みが走った。

 

「……が…すぎ……ろ」

 

途切れ途切れで音が聞こえた。目を開こうとするが感覚がない。そうして初めて実感する。これはおそらく速度に耐えられず手足と耳が引きちぎれ、眼球が潰れて全身の骨が折れている。

頭は魔人の特性ゆえかすぐに回復したのかもしれない。詳しい状況は全くわからないが、まだ辛うじて痛みを感じるくらいには頭が動いている。

そして直後に体から痛みが引いて、全身が元に戻っていくのが分かる。瞳を閉じる。もう力を使い果たした。眼球が回復し、瞳を開ければ復讐を達成できているはずだ。

 

だが思い出す。

達成されているのならば、さっきの音はなんだ?

 

「あ……」

 

声が出るようになった。瞳を開ける事への恐怖で息が漏れた。

 

「まぁいい、さよならだ」

 

その言葉を聞いた直後、自分の体から何かが引き抜かれた痛みと、何かに吸い込まれる感覚がした。足から徐々に感覚が失われ、冷たくも優しい、矛盾した理解不能な感覚に包まれる。

目を開けられない。開けてしまえば無情な現実に心が壊れてしまいそうだったから、この感覚に身を任せた。

 

「悪い……会えるといいな」

 

どこからか、そんな言葉を聞いて、彼の人生はそこで幕を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

そうして、世界の果てが誕生した。

 

「終わった」

 

自分を除いた最後の人を食らった魔人は小さく呟いた。なんとなく大の字になってその場に倒れ込む。

全身を覆う魔力の膜のおかげで、この雨の中でも濡れることも泥を被ることもない。

 

「世界征服達成か。なんの感慨も湧かないな」

 

ありとあらゆる集落を壊して回った。地球の隅々まで移動して、人の魔力を感じては手当たり次第殺害し、この体に取り込んできた。

 

『最後の主人公も、奇跡を起こすに足りん存在だったようじゃの』

 

語りかけてきたのは、自分の心の中に居る狐の魔物。かつては九之枝(コノエ)と呼ばれた強力な九体の魔物の内の頂点に位置していた。

今ではソレと一心同体と言える存在になっていて、ソレと考えを常に共有し、それでいてソレに内側から語り掛ける奇妙な状態になっている。

 

「仲間を殿に置いた時点で期待はしてなかったがな。主人公なら誰一人として見捨てずに護り通した上で俺を殺せずとも説得くらいすんだろ」

 

ソレをできない時点で、彼は目的達成のための素材になる可能性は薄かった。最後の激情には少し期待したが、最後の最後で心が折れていた。

それではダメだ。

 

『主の求める物がデカすぎるだけな気もするんじゃが……それはさておき、これからどうするんじゃ?』

「要らない確認してんなよ。決まってんだろ次は魔物だ。魔物だって感情はある。なら、諦めない気持ちや仲間を想う気持ち、生き残りたい本能が奇跡を起こす事だってある」

 

ソレが求めているのはそういう奇跡だ。ソレは想いが力になり奇跡を起こす事を知っている。魔術よりも奇怪で、この世の法則すらぶち壊すような神の術になる事を。

ソレは神の術を求め続け、気がつけば一人になっていた。

 

『……』

「その心配もいらない。覚悟の上だ」

 

狐が言葉として表さずに伝えた思いにそう回答して、ソレは起き上がる。

 

『まだ、まだ彷徨うのか?』

「それ以外に選択肢なんてないだろ」

『うむ……』

 

ソレの体は不老にして不死だ。これまでに何度も自殺というものを試みた。

マグマに飛び込んでみても、熱いという感情すら湧いてこないで終わったし、宇宙に行ってみても、宇宙遊泳を楽しむくらいで終わった。

だから、自分はこの世界で奇跡を探す以外に選択肢はない。

 

「さて、行くか」

 

旧世界にて最後の一人となった、元は人だった魔人が歩き出す。死ぬため、あるいは自分の目標を叶え、自分の全てを取り戻すために。

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