拭えない苛立ちが募り、いっそこの世界を壊してやろうかと思ったのは、あれから四本目のタバコを吸い切り箱の中が空になった時である。創造の前には破壊があるとは言うが、それで自分の望む未来を創造できるならこれほど悩むことではなかっただろう。壊すことは得意分野なのだから。
相変わらず過の偉人達の言葉は理解できない。物事をポジティブに考えるのは恐らくいい事なのだろうが、それが先行して物事の本質から目を逸らし、希望論を展開する。そういうのは好きじゃない。
努力は報われるというのもそうだ。それは基本的に報われた者が言う言葉だし、報われなかった者が言うのは負け惜しみの様なもの。他の事に活かせたからよかったという結果論に基づいた言葉なのかもしれないが、本当に果たしたかった物を果たせなかったくせに。と思う。
この思考は結局、世の中前向きに生きて幸せを掴もうとする者達への当てつけであると思い、鼻で笑った。選ばれなかったから拗ねてるだけだ。
「主、お帰りなさいじゃ」
八代がベランダに出てきた。図った様なタイミングだ。
「……なんだよ」
「うむ、なんとなくの」
なんとなくで、彼女は亮の憂いを察した。彼が突然、些細なきっかけで拗ねることくらい、今まで数え切れないほどあった。それを体感してきたからこそ彼女はなんとなくで彼の前に現れた。
「野生の勘ってやつか」
「まだ妾に野生があるとは思わんが、そんなことはどうでもいいんじゃよ。こういう時でないと主への好感度アップができないと思うての」
「あぁそうかよ」
色々と台無しな気もするが、彼女のこれは平常運転だ。いつも通りすぎて返す言葉もない。
「……本当のところは、必要のない睡眠に興じとったら、ふと思い出してしまっての。主と共に浸りたくなったわけじゃよ。これも主が昼間に思い出させるからじゃ。責任とりなさいよねってやつじゃ」
「それは俺の知ったことじゃない。歳食いすぎたババアのヒステリに付き合うのは趣味じゃないんだがな」
「えぇ、それ主が言うん?」
「…………確かにな」
思い返せば、自分がこうなった時、八代はいつだって彼に言葉をかけた。それは自問自答の様で意味などまるで持たない。彼女が言おうと言うまいと、彼の行動になんら影響は与えない。
無駄と知って長い間、年増のヒステリに付き合って居たのは彼女の方だった。
「そういうわけじゃから、まぁ、なんじゃ……」
八代は亮に近寄って彼の服の裾を掴み、俯いたまま口を開いた。
「寂しいから、主の、中に、入りたい」
そう弱々しく願った八代の言葉を聞いて、亮は屈んで八代と目を合わせる。
「このまま取り込んでも、以前のようにはならないかもしれないぞ」
「……聖移を用いる。そうすることで妾は主の中で意識を移動させられた。じゃが、すまぬ忘れてくれ」
気を使ったのは明らかだ。神術の使用には神聖さを消費する。本来、神術を扱える者は人々から信仰された結果、神術を扱えるようになる。その上で信仰され続けるので神聖さの消費など気にする必要はないのだが、亮の場合は違う。
彼は神聖さを持ち合わせている者を喰らうことでしか神聖さを手に入れられない。消費を気にしなければならない。加えて物質の移動ならば大したことはないが、形のないものは大きく消費する。
つまり、下らないネガティブに付き合うと目的への達成が大きく遅れるということだ。
当然、無駄なことに付き合う理由なんてない。
「ン、わかった」
そう言って、亮は両腕で八代を抱き寄せた。
「主……!?なんで」
「ほら、こういう時じゃないと好感度アップはできないんだろ」
「……そじゃの」
なんとバカバカしく、無駄なことだろうと八代は思う。そうまでしなくても、彼に対する好感度などとうの昔に振り切れている。
彼の腕に抱かれて、感じ慣れていた冷たくも優しい感覚に見舞われる。冷たく沈んでいく。思い出すと胸が張り裂けそうで、絶望に視界が覆われる様な過去に埋もれていく。
これは、人々から魔物の中でも強力とされた九之枝と呼ばれる九体の魔物のうちの頂点。九尾の狐と恐れられ、敬われた魔物と、全てを失った後の魔人の、無駄な回想。