無敵系中ボスが過去にしがみつく話   作:竜田竜朗

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チュートリアル
新しい世界へ①


浜辺で足下だけを海につけて歩くと、バシャバシャと水が跳ねる音がする。今この場にはそんな音だけが響いていた。ただしここは海辺ではない。遥か昔、街と呼ばれていた場所だ。現在は「廃墟の」と形容される。以前、世界地図で海沿いだったこの街は世界の終わりの日、海に飲み干された。長い時間をかけてやっとこの辺りの海水は引いたのだ。

 

「……」

 

ボロボロのシャツにボロボロの革ジャンにボロボロのジーパンにボロボロのスニーカーという、まさにサバイバルしてきましたと言わんばかりの格好で廃墟の街を歩いている青年がいる。青年は瓦礫や息絶えた魚の死骸、はたまたかつての住民達の忘れ形見。なんだったのか考えるまでもない腐った肉片などを一瞥し、歩みを続けていた。

 

「ンー、なんにもねえ」

 

どこの街に行っても大体これくらいは荒れている。海水の臭いが染み付いていて、どこもかしこも磯臭く、それを耐えて歩いて見ても、使い物にならないものが転がっているばかりだ。海に侵食されなかった場所はもう回りきってしまったし、まだ海水の引かない場所を隈なく探索するのならばまた何十年と待たなければならないだろう。

だからと言って困ることはない。確かに以前であれば食料やまだ使えそうな便利な何かを探し、なくなれば不安に駆られていた。だが、今は飲まずとも食わずとも生きていけるのだ。今回の探索も、彼にとっては娯楽でしかない。

ここで新しい暇つぶしの道具、本やゲームを見つけたかったのだが、街は完全に水没していたため見つけることは叶わなかった。未知に胸を踊らせ何もないと知って落胆する、というのも久し振りの出来事なので来たことに後悔はない。

 

さてまだ探索を続けるか、それともまた放浪を再開するか。どちらも似たものか。なんて歩きながら考えていたその矢先。

 

「ゴルオオオオオ!!」

 

何の前触れもなく。一匹の獣が彼の背後から飛びかかった。鋭利な牙と爪。皮を破って通常の二倍ほどに膨れ上がった脚の筋肉。真っ赤な目。それはかつて犬と呼ばれていた動物。

それが彼の首を噛み切ろうとして────

 

パスッ

 

という音ともに、犬は頭の中心から左右真っ二つに割れた。

 

「……一応やっとくか」

 

そう呟くが、真っ二つに割れた獣の死骸に背を向けたまま歩みを止めない。しかし、変化があったのはその死骸の方。体を地にこすらせながら、まるで彼の背中に吸い込まれるように移動した。そして浮き上がり、彼の背中に触れた。その瞬間、彼の背の接触面が黒く歪み、それが獣の死骸を吸い込んで行く。瞬く間に死骸は彼の体の中へと消え去った。

 

「使えねえ」

 

足を止めることなく、吐き捨てるように言った。彼が行ったのは文字通り吸収だ。この世に存在するありとあらゆるもの吸い込むことができて、その性質、能力、魔力、記憶、感情、全てを自らのものとする。

つまり彼は吸い込んだ獣の出生も、記憶も、魔力も、殺された瞬間の痛みすらも自分のものとした。そしてその結果、獣はここに訪れたばかりだと知った。ここの情報は何も持っていない。だから使えないと断言した。たかが魔物一体の誕生から死亡までの記憶を体験して感傷に浸るほど高い感受性は、もう持ち合わせていない。

 

「……」

 

気配を感じたので、足を止めて振り返る。視線の先に映るのは、先ほど殺害した獣と同じ生き物。それが二十ほど。揃いも揃って彼を威嚇し、横一列に並んでいる。それを目視で確認した時には両翼から前進し、囲むようにして距離を詰め出していた。これは群れで獲物を狩る時の定石。

 

「一体くらい、なんか知ってるかな」

 

そう期待した瞬間、獣は右翼から動き出し、その後左翼から、そして真ん中。時間差を用いて、それでも隙を作らない全方位からの攻撃。

この連帯に仲間を失ったこともあった。獣のこの動きは、間違いなく獲物を狩り殺す。

 

しかし、なす術がないのは昔の話だ。

 

全ての獣は彼に爪、牙を突き立てる。しかしそれは彼に刺さることはなく、その部位から彼に呑まれる。それは塵が掃除機に吸われるように、惑星がブラックホールに呑まれるように。

 

「……マジで使えねえ」

 

結局、ここでの収穫はなにもなかった。いつものようにただただ使えない獣を喰らい、果てしない寿命を延ばし、力をつけて、ただそれだけだった。

 

『……主』

『なんだ』

 

心の中から自分を呼ぶ声に対して、同じく心の中で簡潔に返す。

 

『また来てるぞ、彼奴等』

『知ってる』

 

ここ最近、ここから20kmほど離れたかつての港に、別の世界から何者かが来ている。一週間ほど港に滞在し、帰っていくのだ。何をしているのかは分からない、興味もない。

 

『……そろそろ、様子を見に行ってはどうじゃ?繕えば向こうに入れてもらえるかもしれんぞ』

『今更どういうツラして新世界に行けっつーんだ。それに理由がない』

 

絶対安全圏、新世界。魔物に襲われることなく、はるか古のように人と人が平和に共存している世界。果たしてそんな場所に自分の入る余地はあるのだろうか。

 

『考えている事はわかる。懸念もその通りじゃ、が、このままこちら側を捜索しても、きっと主の望むものは手に入らないと思うぞよ』

『向こうにならあると?』

『それはどうかの。主の望むものを向こうが持っているのなら、わざわざ年に一度こっちへ来ることもないが……向こうが持ってないとしても、あるかもしれない』

『持ってないからないってわけじゃないってか』

『そゆことよ』

 

しかし遥か昔からの言い伝えによれば、今新世界に住む者たちはこの地球が荒れる前に地球から逃げ出した者達だと聞く。ならば今自分がひたすらに求めて止まない奇跡。「神の術」を持っているとは思えない。そればかりか、「魔術」すら向こうは持っていないのではないだろうか。

 

『遺跡は知る限り全て回った。水没してる場所には遺跡などないじゃろ』

『……』

 

彼の内側に住み着く彼女の言い分もわかる。しかし、イマイチ乗り気にはなれなかった。

 

『……主、気持ちはわかるが、彼女は』

『わかったよ。どの道、いずれ行かなきゃならない場所だ』

『そうじゃ。丁寧なもてなしをもらったならば、新世界ごと壊してしまえば良い。もしそれで主が生き絶えるのならば、それはそれでいいじゃろ』

 

それもそうだと返して、彼は港へと足を向けて、その場から跳ぶ。二十メートルほど跳躍して水没していたのにも関わらず、崩壊していないビルの屋上へ降り立ち、そこからさらに跳躍。これの繰り返しだ。

 

そうして、20kmほど離れた港へは30分足らずで到着する。

 

「あれか」

 

今やどこからが陸なのか判別のつかなくなった港には、五隻ほどの潜水艦が停泊していた。その周辺には五十人前後の人。それらが持ってきていたのであろうテントなどを張り、仮設基地の組み立てをしているところだった。

 

「軍人ってやつか」

 

記憶にはある。国防等を担う戦士達だ。生きる事と戦う事を切り離せないこっちの世界では意味不明な概念ではあるが、それだけ向こうの世界は平和ということだろう。

彼は港の倉庫の上から、魔術で光学迷彩を発動させつつ観察していた。

 

『どう付け入るのじゃ、主』

『どうもなにも普通に挨拶して入れてくれって言えばいいんじゃねえのか』

『や、流石に軽率すぎるぞ、敵とみなして襲われたらどうするのじゃ?』

『攻撃が痛かったら黙らせる。そうでもなかったら会話だ。見てた感じ魔力はあるが、俺以下、というか魔獣以下だ。もちろん神聖は持ち合わせてない』

 

相手にならないから大丈夫だろうとタカをくくり、光学迷彩を解除。倉庫から飛び降りて、徒歩で近づく。

 

『あ、ちょま主!』

「誰だ!」

 

心の内側の声も虚しく、着地時のゴンという音で、彼に視線が集まる。

 

「新世界の奴らだよな。俺はこっちのもんだ」

 

一斉に銃口を向けられる。彼も一時期銃を扱っていたため、知識は持ち合わせているが、彼らが持っている銃は彼も見たことがない。向こうのオリジナルのものだろう。

 

「人、だと……」

「いやあり得ない。こっちに人など……まさか」

「アバターじゃないのか……くっ、今日の極術師は」

「深淵だがまだ来ていない。明日からだ……待て、動くな」

「はいはい」

 

歩いて近寄っていたが、どうにも警戒が厳しいようで止められる。心の中では当たり前じゃろ。なんて聞こえてきた。

 

「どうやって入った……?センサーには反応がなかった」

「センサー……?知らねえよ」

「……今、上の者に指示を仰ぐ。待っててくれ」

「注文多いな」

『だから軽率だと言ったのじゃ』

 

棒立ちの状態でそのまま三分ほど待たされる。軍人の内の一人が、大掛かりな箱から受話器を取り出し何か会話をしていた。恐らくは彼らの言う上の者と会話をしているのだろう。

 

『あれ、こういう時って手を挙げてた方がいいんだっけか?』

『知らぬわ。大人しくしとけばいいじゃろ』

 

体内ではあまりにも緊張感のない会話が繰り広げられていた。

 

「お前、なんでここに来た?」

「新世界に連れてってほしい」

「……他に仲間は?」

「居ない。多分この世界に人は俺しか居ない」

 

一人残らず殺したから。とは言えない。

 

「アバターではないんだな?」

「他の生物になりきるあいつのことか?なら違う」

『と言ってももはや人とも言い方がの』

『黙れ狐』

 

余計なことは言えない。まずは自分が無害である事を示すのが一番手っ取り早いはずだ。

そうしてしばらく待っていると、少し離れた位置から叫び声が聞こえた。

 

「隊長!!来ました!ポイント1にウォッチドッグです!」

「っ!?警報機は鳴ってないぞ!?」

 

慌てつつも戦闘態勢に入る軍隊達。素早く、無駄のない動きだ。

 

「隊長、どうやらセンサーが感知不能なほどの魔力を検出したらしく、そのまま壊れております」

「今はそんなことはいい。まずは安全を確保するのが先だ」

 

言いながら、懐から小型の無線機を取り出す。

 

「ワンからシックス、ポイント2の位置へ!セブンからイレブンはポイント3。トゥエルブはこいつを見張れ!残りは全てポイント1へ!」

 

隊長の声とともに、部隊は迅速に動き出す。動き出した者たちと、この場に攻め入っている犬の魔物達の動きを彼は全て把握している。魔力を形として持って動く生物全ては気配として探知できるからだ。

それを感じ取って彼らが如何に無駄のない動きで迎撃に当たっているのか分かる。だが同時にこれは少々手こずるかもしれないという予感もあった。

 

『もうしばらく待ちじゃの』

『だろうな、本当に間が悪い』

 

ちなみに、本来であれば彼らの持つ防御システムが作動して、ここまでの騒ぎにならなかった。その防御システムを起動させるためのセンサーを壊したのが誰かとは言うまでもない。

 

「ポイント2、数が多すぎる!守れそうにない!」

「ポイント3もだ!」

「ちっ、ポイント1から何人か援護に回れ!」

 

やはりというか、想像通り苦戦しているようだ。隊長の持つ無線機から、悲鳴混じりの報告が聞こえる。

 

『ウォッチドッグって犬のことか』

『のようじゃの。だとしたら鉛玉は相性悪かろうて。しかし四十か、多いの』

 

死人こそ出ていないものの、不規則な銃声からして、素早く避けるウォッチドッグに弾を当てられないようだ。知能の高いウォッチドッグ達は、恐らく彼らの弾が切れるまで避け続けるだろう。弾倉を変えるなどの無防備を晒しているうちに首を搔き切る。そういう手段に出るはずだ。ここで彼らが死ぬのを待ち、こちらへ来た時にまとめて潰し、隊長に命の恩人となるのもいいが、待つのにはそろそろ飽きて来た。

 

「で、俺まだこのままか?手伝うか?」

 

無線を持ってどう采配するか思考する隊長にそう問いかける。

 

「くっ……力を貸してくれ」

 

多少の苦悩はあったようだが、交戦の許可は下りた。賢明な判断だ。人の命はなににも変えられない。だから。

 

「ン」

 

返事をした瞬間。戦闘は終わる。大凡四十体。犬の魔獣、彼ら風に言うなればウォッチドッグは、一体の例外も残さずその場で動きを止める。まるで金縛りにあったかのようだ。

 

「……助かった……のか?」

「なんなんだこれは……」

 

ウォッチドッグと戦闘をしていた兵達は、今のこの状況を理解できていないらしい。

かく言う隊長も、ここから戦場は見えないが、当然止んだ銃声からして、事態をある程度は把握したようだ。

 

「全部死んではいない。殺していいなら全部殺すが。生け捕りにするならこのまま運ぶ。なんかやってんだろ、あんたら」

「……っ……俺たちはウォッチドッグの目を回収したい。できるか?」

「眼球は潰さず殺せばいいのか。ほらよ」

 

間髪開けずにウォッチドッグ達の首が落ちる。比喩ではなく、文字通り首が胴から離れてその場に転がったのだ。ドパドパと首から流れ出る赤い血を見て、兵達は我を取り戻す。理屈はわからないが脅威は去ったと。

次々と隊長へと無線が入る。敵は胴と首が離れて沈黙したと。全ポイントの報告を聞き終えたのち、青ざめた顔で彼を見て、口を開く。

 

「……お前はなんなんだ?」

「人だ。名前は根本亮だ」

『嘘つけ。……あ、ちょ、主!?まっ……』

 

無言で心の中の狐を心の闇に沈めた。ともかく、こうして、この場で亮は兵達の信頼を勝ち取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結論から言って新世界に魔術はあり、国民のほぼ全てが魔術を扱える。亮は野営地にて保護という名の監視下に置かれた。

 

「ンじゃあれか、そのセンサーとかいうのは犬……ウォッチドッグの眼球を機械に繋げて視界内を範囲として、それに映った魔力に応じて警報をならすんだな」

 

ウォッチドッグと呼称される魔物は、その目を通じて魔力を見定める。当然ウォッチドッグを取り込んだ亮はウォッチドッグの見え方を知っている。彼らには魔力を持つものを見ると、その対象の魔力量に応じた靄が見えるのだ。

試しにそれを使って目の前の隊長を見てみると、とても薄い靄が見えた。もはやお察しである。

 

「あぁ、そういうことだ。だが装置がどういうわけか壊れていた。君を感知して壊れたみたいだな」

「気がつかなかった。悪い」

 

深夜。軍の張ったテントに囲まれるようにして、亮は隊長と食事をしていた。さっさと目的地である新世界に連れて行って欲しいところだったが、彼らには任務があるらしく、それを手伝って欲しいとのこと。それが終われば新世界に連れて行ってくれるそうだ。

 

つまりは審査。どれ程の力があるか。新世界を荒らす心の持ち主か。その辺を見定めたいのだろうと亮は考える。

 

「気にするな。こうして直った上に、研究対象も綺麗な状態で手に入れることができた。技術部の連中も満足だろう。」

 

隊長、現在のコードネームはゼロ。彼は、亮を恐れることなく会話をしてくれている。理由を尋ねたら、「君がその気になれば全員死ぬ。なら、この部隊の恩人とは気兼ねなく話して礼を伝えてから死ぬ」との事だ。全員殺してしまうと自分は入れないだろうと伝えると、なら安心だと笑っていた。

 

「……ン、美味いなこれ」

「それは焼き鳥だ。鳥肉を焼いたものだな。お気に召したのならなによりだよ」

 

こちらの世界、つまり旧世界で食料といえば缶詰や魔物を調理したものばかり。お世辞にも美味いとはいえない。その上、食事を摂る必要のなくなった亮は、ここ何十年か食事をしていない。久し振りの美味しい食事に感動を覚えた。

 

「本当なら君とは一杯やりたいところだが、生憎と仕事中でね」

「一杯やる……酒か」

「こっちにもあるのか?」

「前はな」

 

知識として、酒は知っている。亮は舐めた事しかないが、酒蔵を守り続け、そして死んでしまった人がいた。死して守り通したのは天晴だった。もっとも、何十年後か再びその地を訪れた時は、酒蔵など跡形もなくなっていたが。

 

「隊長、よくあんなのと話ができるな……」

「よせ、聞こえているかもしれないぞ」

 

耳をすまさずともそんな声が聞こえてきた。やはり亮は新世界の人間からすれば得体の知れない何かなのだろう。

 

「……うちの部下の口が悪くてすまない」

「気にしてない。あいつらは、自分たちがこっちに来た本当の理由について知らないみたいだからな」

「っ!?」

 

一瞬にして隊長の顔が強張る。驚きと絶望感溢れる顔だ。どうやらポーカーフェイスは苦手らしい。

 

「あぁ、そっちについても気にするな。責めてなんかいない」

「……なんのことだろうか」

「あんたは俺が来た時に、なぜここに来たのか尋ねていた。だが他の奴らは人がいることに困惑していた。つまりあんたはこの世界に人がいることを知っていたんだ」

 

とことんポーカーフェイスが苦手なようだ。血の気が引いているのがよくわかる。

 

「ついでにこうして、俺が新世界に行くことを拒否しない。危険だから近づくなと言われているだけでなら、こんなに近くに置かないだろう。なら、俺の殺害か、連行か、はたまた聞きたいことがあるか。まぁなんでもいい」

「君が危険だからこそ近くに置いて監視するというのは?」

「部下の士気がダダ下がりになってる。それ見てもなお俺を置いとく理由としては自己保身だ。俺とこうやって話すのもあんただけだしな。だが俺にはあんたがンなことする奴に見えない」

「……」

 

そこまで聞いて、隊長は顔を伏せる。が、それはどうにも見抜かれて絶望している雰囲気ではなかった。それを補填するように。

 

「くっ…………くっ、ふっ、ふははははははははははははは!」

 

声をあげて笑い出した。

 

「さすが!さすがは我らが王だ!旧世界の魔人すら読むとは!」

「……知ってんのかよ」

 

魔人。それは、魔力を取り込み過ぎて不老不死と化したバケモノの総称。

 

「はーぁ、読まれたと思った直後は絶望したよ。これで私は今月の給料なしだ!ふははははははっ!」

「どういうことだ」

「君がこれに気付くのに何日かかるかっていう賭けだよ。今日中に気づいたと言い出したら王の勝ち。私は気が付いても黙って最終日に切り出すと言った。勝てれば今月給料二倍!あぁ、惜しいことをした」

「おい、出会ってすらいない相手を賭けの対象に使うなよ」

 

しかし向こうは王政か。なんて今まで欠片もなかった新世界の情報を手にする。

 

「いや、すまない。ぷっ……よしっ!あぁ魔人、頼むからここの兵達は食さないでくれよ?全員私の大切な部下だ」

「どうでもいいが聞こえてねえのかこれ。お前の大切な部下に」

「大丈夫だ。君が語り出した瞬間に音を遮断する魔術を発動させた」

 

胸元の勲章を指差してそういった。なるほど、それにそういう魔術がオンオフ可能な状態で施されているのだろう。

 

「便利だな」

「あぁ、重宝させてもらっている」

 

魔術があるのは理解できたが、まさか機械化できているとは。これなら多少は目的のための手掛かりを期待できそうだ。

 

「さて審査は合格だ!今すぐ新世界に連れていってもいいがどうする?」

「お前らはやることは?」

「まだある。貴重な研究対象、ウォッチドッグの回収だ。あれをあと30持って帰らなければならない」

「ならそれに付き合う。さっさと新世界に行ってもいいが、時間ならたっぷりある」

「さすが、不老不死は言うことが違う」

 

ゼロはボトルの水を掲げた。亮の記憶によれば、これは乾杯の合図のはずだ。それに倣い、飲む必要のない水が入ったボトルを掲げる。

 

「水ですまないが、乾杯」

「ン、乾杯」

 

人との戯れも悪くはない。体の中の狐としか何百年と会話はしてこなかったからか。この乾杯は、とても新鮮なものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜間警備部隊を残して全員が就寝した頃、亮はセンサーを壊さないように漏れ出る魔力を抑えながら、一人海辺へ来ていた。月が綺麗に見える夜だった。

寄せては返す波の音だけがこの世界で唯一の音である。そう感じてしまうほどの、静かな空間だ。

 

『はぁ、ようやっと出てこれたわ』

『もう何十年か埋まっててもよかったんだぞ』

『やじゃよ。主の闇に触れとると、どうしようもなく浸って居たくなる』

 

鼻で笑いながら浜辺に腰を下ろし、片膝を立ててただただ月を眺める。

 

『相変わらず綺麗なだけの月じゃの。腹立たしいくらいになにも変わらんわ』

『月が嫌いなのは相変わらずだな』

『主もじゃろ。嫌いな癖して見すぎじゃ』

 

睡眠を取る必要がなくなった亮にとって、昼も夜も関係がない。眼球に世界を映せば最適な明るさとして認識する便利な機能を持った眼球のせいで、光も闇も等しい明るさだ。目を閉じたところで映るのは瞼の裏側。かつてのように、瞼の裏側に心地いい闇が映るわけではない。

 

『たまには睡眠をとってみたらどうじゃ?』

『寝方を忘れた』

『主、わらわに嘘は通じぬよ。ただ浸りたくないだけじゃろうて』

『ン、悪かった』

 

一心同体の存在に嘘はつけない。体の中の狐は自分なのだから。

 

『いいんじゃ。新しい世界が、新しい希望が目の前にあって、それに向かって新しい一歩を踏み出した自分を許せないだけじゃろ』

『……』

 

申し訳ないとも思う。狐は敢えて自分を語ってくれている。

 

『約束を破り、一人前に進むことを自分が許せない。きっと彼女なら主が踏み出し幸せになることを望んでいる。けれどそんなことは関係ない。ただ自分が許せない。どれほど綺麗言を並べても、自分自身を誤魔化せない。だから主は────』

 

狐は残酷だが、優しい。

 

『わかってる。あいつはもう俺の前には現れない。表面上納得するようにしているだけだ。この一歩は俺自身のための一歩だ。俺の目標を達成する。そのために新世界に進む。約束を破り、罪悪感に見舞われて、苦しんで、自分自身を殺したいほどに憎む。その覚悟を決めた』

『ん、ならよいのじゃ。ただ主、忘れないでほしい。妾はいつでも主と共にある。主が妾を救ってくれたように、妾も主を救いたい』

『わかってるよ。お前も俺だ。まぁなんだ、ありがとうな』

 

狐が優しく笑って、心の奥に引っ込むのを感じた。後は覚悟を決めるだけだ。これから一層、自分は苦しむ。だけど、もうこれしか残されていないのだ。安寧の地に行き、そこで手がかりを見つけるしかない。たとえ彼女との約束を違えることになろうとも。

 

「真衣、ごめん」

 

小さな呟きが、自分の耳に入った。それがどうしようもなく、苦しかった。

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