結局、思い返したとて変わることはない。あの裏切りは今の狐、八代ですら許すことはできないし、決意を新たに、なんてことも無い。いつものように、これは意味を持たない回想だった。
『ふむ、しかしいつ思い返しても主はクソ野郎じゃの』
「(返す言葉もない)」
否定はしない。だか同時に後悔もしていない。あの場で最も自分に利のある行動だと思っているからだ。もしかしたらもっと他に、完璧と言えるような最善策があったのかもしれないが、そんなものを提示してくれる者など居ない。それに、過去を変えることなんてできやしない。だから思考する意味もない。
『じゃが。主がああしたからこそ今がある。全てがうまくいくやり方があったのかもしれんが。妾はあまり戻りたいとも思わんの』
「(なんでだ。お前、あの場を気に入ってたんだろ)」
『わかっておるくせに聞くのか?』
今のこの、八代が亮の内側に居る状態において二人の考えは常に共有される。だから本当ならばこのやりとりにすら何の意味もない。ある種の自問自答のようなものだからだ。
『……まぁそうじゃの……妾が渇望して止まなかった居場所があるから、かの』
居場所。それは問答無用で自分が居ていい場所。帰る場所。
『ないなら作ればいい。そして作るのは力ある者の務め。妾は、そう思って信じとった。じゃが』
最初はかつての亮とその仲間達のようになりたかった。そのために炎神や水神など、神格化の先達者と同じようになろうとした。
『主に取り込まれ、主や炎神の記憶を見て知った。居場所を作るのは力ある者の務めなどではない。どれだけ力があろうとも作れる者にしか作れぬ。才能やら運命やら努力じゃ得られない物がなければいけないのじゃ』
寂しそうに語る。自分が信じて積み上げてきた全てが、運命とか才能とかいう理不尽の前に粉々に砕け散る。その絶望に傷付けられた心の傷は、未だに癒えていないのだ。
『逆に、才能やら運命やらさえあれば居場所を得ることができる。水神の記憶からそれを知った。居場所がほしくて努力してるわけではないのに、気が付けば獲得してる者ども。妾はそれがどーにも納得できんのじゃよ』
知らない努力があるのかもしれない。本当は、こんな感情はただの嫉妬だとわかっている。わかっていても、アレに作れて自分に作れないのがとても腹立たしい。そしてそれを理解してしまえばもう戻れない。
『もう妾は神として、誰かのためになんて思わん。自分を殺してまで積み上げたとて、手に入るのは脆く弱い偽物だったからの。偽物を貫き通せば本物になると言うが、自分で納得できなければ意味がない。だから妾は主の側に居たい。傷を舐め合うだけの悲しい関係で構わない。妾は妾のために主の味方で居たい。この場で皆と家族であること、それがきっと、妾にとって一番幸せなことだもん』
居場所が、もっと言うならば家族が欲しかった。たださみしがり屋な狐はただそれだけだった。だがそれは手に入れるのがとても難しく、一度失ってしまえばもう二度と手に入るかはわからない。手に入ったから無くしたくない。ただそれだけだった。
『主は……どう思う?』
答えなんてわかってるくせに、本当に心配そうに尋ねてくる、亮はその質問を鼻で笑ってから回答する。
「(俺の本当の居場所はあそこだけだ。アレを取り戻すためだけに生きてる。ここはホームステイ先みたいなもんだ。居心地は良くても本当に帰るべき場所じゃない)」
どうせ、いつかはこの居心地のいい場所も消えて無くなる。失いたくないのに失うとわかってる場所を居場所にするなんて、心の弱い自分にはもうできなかった。
『そっか……ん、主はそうじゃったの』
亮の言葉を聞いて、八代は噛みしめるように心で頷いていた。いつものノリが戻ってきたところで八代は言葉を紡ぐ。
『……主ってツンデレというかもうヤンデレの枠に……あ、ちょ主でもこれ久し振りに良さみが無きにしも』
自分の心の奥深くに八代を沈めて黙らせる。なんだか久し振りなやり取りだった。初めはこの行い自体にも抵抗があったが、なんだかもう今更だ。きっと、八代は自分にとって良き理解者なのだろう。きっと、普通に生活している人は絶対に持ち得ない存在だ。それを考えれば自分がどれだけ恵まれているのかはわかる。
結局、自分が強欲なだけなのかもしれない。
亮はもう一本タバコを取り出して火をつける。今日も眠ることはできないが、寂しくはない気がした。
『影ながらの護衛だ』
「珍しいな」
あれから十日後、外界遠征まであと一週間の所でナナシから唐突に連絡があった。
基本的に殺しやら窃盗やら、過の偉人達の創作物の中に出てくるようなThe・暗部みたいな仕事ばかりなのだ。それもそのはず、殺す側が守る側になるというのは今後の活動に支障をきたす。
速戦即決一撃離脱が当たり前な暗殺者が守る側を務めると言うのは、手の内を明かすだけリスキーな仕事だ。守る側にいると言うことは、襲撃者を逃がすこともある。追撃して守る者から離れるわけにはいかないからだ。そして逃がすと言うことは相手に情報を与えるというのと。
暗殺者が手の内を明かすなんて三流以下である。それを知っていてやらせるということは、それだけこの案件は重要なのだろう。
『だがそうでもない。内容は二十七年前と同じだ』
「……宝姫家か。だが
仕事として護衛し、その何年かあと、忘れかけていたところに亡くなった人物を思い出す。彼女は中々に興味深い物を持っていたので、割と面倒臭い護衛だったのを覚えている。
『その娘、
「娘……マジかよ」
どこまでも人間不信だった彼女に子供とは。わからないものである。
「まぁ、そこはいいが、いつどこからどこまで何から守ればいい」
『それを伝える前に、まず「インターセプター」を覚えているか?』
「情報収集、尾行で食ってる同業だろ。ちょっと前にリーダーが拠点にしてる廃園で突然、消息不明になったとかいう……ン?」
自分の発した言葉に一瞬だけ疑問を感じた。
『どうかしたか?』
「いや、なんでもない」
記憶から再び、存在しない頭の中で自分の発した言葉をリピートするが、今度は違和感など見つからない。拠点の廃園で消息不明になった事の何がおかしいのだろう、と首をかしげる。
ついに頭やら感性やらが狂ってきたのかと思うが、それはいつものことだし、なによりナナシが何も反応していないのだ。おかしな点などないのだろう。
『そのインターセプターだが、正式に次のリーダーが決まった。そしてその最初の仕事が宝姫咲輝の誘拐だ』
「ずいぶん過激になったもんだ」
伝説の情報屋なんて呼ばれていて、それ以上でもそれ以下でもなかった連中が誘拐を実行する。これがどれだけ思い切った行動なのかは語るまでもない。
『宝姫家の秘密に隠された秘密。そこに手が届いてしまったらしい。多少過激にもなろう』
「どっから漏れた。一応、そっちの方は第一級の機密情報なんだろ」
『現在調査中だ。一級の情報を閲覧できる端末は限られている。記録を洗っていけば引っかかるだろう。……問題はその記録を洗うとこにあるわけだが』
完全にネットワークから遮断されていて、他の閲覧機との互換性もない。ナナシ達のアジトにあるものも含めて合計四つの閲覧機で各々使用履歴を見ていかねばならない。ホワイトからセントラルにブルーにレッドと地区を跨いで行くのは、亮ならまだしも身体能力は一般人のナナシには面倒な話だ。
「こっちの所属で閲覧権限を持ってるのはあんただけだったな」
『あぁ、私が全て回り、誰が閲覧したのか判明するまで時間を稼いでもらいたい』
「連中を捕まえて割らせればいいだろ」
『それができればいいが、奴らは今姿を眩ませている。足取りを追う意味を込めてのアクセス履歴調査だ』
なんだか面倒なことになっている。だが宝姫の持つ物を考えれば、慎重に敵の足取りを掴んでから一気に潰すのが一番だろう。下手に取り逃がし、忘れてた頃にやられた。となるのは組織の名折れもいいところだ。
「わかった。あんたからの連絡があるまでって事だな」
『そういうことだ。連中はなんとしてでも宝姫咲姫を生かしたまま連れて帰ろうとするだろう。そうでなければ、心臓が価値を失うからな』
「知ってる。こっちはいつでも動けるが、いいのか」
『今日までは王直属の命としてマグナスが任を請け負っている。明日からは外界遠征の準備で手が離せなくなるそうだ』
「そういうことか。まぁわかった。切るぞ」
通話を終え懐にしまい、椅子に深く腰をかけ直してから再び頭の中で「宝姫」という一族を振り返る。
宝姫は代々、最初に産まれる子供が間違いなく女の子になる。そして胸の右側に心臓があって、心臓には煌めく宝石がある。なぜかはわからない。原理は不明だが、ダイヤだかパールだかアメジストだか、ともかく何かが入っている。それも普通に流通するものではなく、かなりの大きさなのだ。
そのせいで宝姫家はよく狙われる。情報を隠蔽しようにも、噂が広がりに広がりすぎてもうこれはある意味の一般常識レベルだ。今更隠しようもないし、なにより「誰かが誰かのために生きる」事が当たり前の世界で誰かを殺して金を手に入れようとする者は少ない。
居たとして、いざ実行できるほどの準備をし、実行する者は宝姫の持つ宝石の売却価格と準備費用とが釣り合わない事を知っている。この新世界において宝石とはそこまで価値を持たないし、なにより隔離されたこの世界では犯行がバレる可能性の方が高いからだ。
ではなぜインターセプターは宝姫を誘拐し、心臓を摘出しようとしているのか。その回答は簡単だ、世間に伝わっている情報が間違っているからだ。
宝姫の者は心臓を持たない。まずそこから違う。胸の右側に埋まっているのは心臓ではなくそのまんま宝石。しかもただの宝石ではなく、術式が埋め込まれたエーテルの結晶。
問題はその術式だ。
それは血が流れ続ける限り、魔力を生み出し続ける。
魔力を消費して術を発動させるというこの世の法則からズレた魔術。
これは遠回しに魔力を永遠に作る事ができると意味している。そしてそれは、この新世界を征服できるという事を意味している。
魔術はもちろん、魔力で動く物を全て、無尽蔵に使えるのだ。
極術師を上回る魔力というものは、この世界で最強を意味する。
この情報が新世界に回れば、世界が混沌に陥るのは想像に難くない。魔術が使えない女性を拉致してその宝石を扱えれば最強になれる。手っ取り早く、簡単な方法。いくら新世界が「誰しもが誰かのために生きる」のが当たり前だとしても、これはその志すら鼻で笑うような、そういう情報。
だからこそ守る必要がある。というのが新世界において、知る人ぞ知る共通見解。
「(あんま意味ねえ気もするけどな)」
ちなみに二十七年前、亮はその真実を知ったが、自分には用がなさそうなのであまり関係なかった。
別にこれ以上の魔力はいらないし、この世の法則から外れている魔術も、この世の法則から外れているだけで神術でもなんでもなかったからだ。むしろアレは神術で生み出された物だった。宝石に価値はない。必要なのは原石とそれを加工する物だ。
「とりあえず晩飯なににしよう」
特売だった卵を使ってエッグコロッケもいい。なんて献立を考える亮だった。
────トントン
夕食を取り終え、自室で読書をしていると、扉がノックされた。読んでいた推理小説が現在、クライマックスに入ってていいところなのだが、仕方なくページ数を記憶してから閉じ、返事をして入室を待つ。
「話は聞かせてもらった!!」
「のじゃ!!」
「うるせえ」
愛菜と八代、うるさい二人だった。
「明日、護衛っていうか尾行っていうか、そういうやつなんでしょ?」
「……余計な事を」
間違いなくこの二人が入ると静かに影ながら護衛とか無理である。魔術的に愛菜が最も尾行、影ながらの行動に向いているはずなのだが、性格のせいでプラスマイナスゼロといった具合。
「八代はともかく、愛菜は学校だろ」
「のんのん。建校記念日でお休み。よって、三連休」
「ン、そうだったか」
しかしながら、もし二人が大人しく黙って居られると言うのなら同行も悪い話じゃない。基本的に一対一の殺し合いならまず負けることはないが、誰かを守りながらとなると話は違う。自分以外の存在に敗北条件が追加された途端、不変の勝利は揺らぐ。そんな曖昧なものだから、より成功率を上げるために彼女達が居るのは案外悪いことではない。
「……騒ぐなよ」
「「サーイエッサー!」」
いや、普通に悪いことかもしれないと拭えない不安に溜息をつく亮だった。
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