無敵系中ボスが過去にしがみつく話   作:竜田竜朗

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スタートライン

それは雨降る夜。夜中にトイレに行きたくて目を覚ました。出すもの出して自室に向かっている時、ガタンと物音を聞いた。

音は父と母の部屋から聞こえた。不審に思ってそちらに向かうと、扉が半開きになっていた。どうしたのか不安になって扉の近くに寄ると。

 

「手を汚す君を糾弾するつもりはない。君はその立ち位置を強要されているだけだからだ」

「でもそこにしがみつく理由はないでしょう。私達の計画に協力してくれないかしら。そうしたら、こんな巫山戯た世界を変えられるわ」

「お前らの思いはよく分かった、素晴らしい物だとは思う。だが」

 

父と母と、聞き覚えのない声がした。お客さんかと思ったが、そういう雰囲気ではない。ただ、子供の危険察知能力はそこまで高くはない。知らない声がしたとしても、父と母が招き入れたのだから、危険があると思っていない。

だから、お客さんと揉めないでと父と母に伝えたくて部屋の扉に手をかけた。

 

「別にンなもんどうだっていいんだよ」

 

──ボキッ

と、軽快な音が聞こえた。軽快ながらも気味が悪い。そんな、よく分からない音。

同時に。よく分からない現実が視界に広がった。

 

「……えっ?」

 

視界には、あってはならない方向に首が曲がって倒れ込む父と母。そして、フードに顔を隠した見知らぬ誰かが居た。

 

「……子供か。気が付かなかった……魔力無さすぎんだろ」

 

淡々と告げられる意味不明の言葉。いや、言葉の意味は分かっても、視界に広がる光景のせいで言葉が頭に入らない。

ただ、フードに顔を隠している革ジャンの男の冷たい視線が、やけに印象的だった。

 

「悪いな、忘れとけ」

 

声が聞こえて、次の瞬間に視界が暗転した。頭が何かに触られている。

直後、意識が途絶えた。何が起こったのか全く理解できないまま終わった。

 

これは本来、自分が持っているはずのない記憶。消された記憶。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ……」

 

双海寧音と宝姫咲輝と三人で遊園地に行った翌日、鈴木数馬は日が昇り切る前に目を覚ましてしまった。

原因は先程の夢だ。つい最近、死んで、生き返ってからこの夢をよく見るようになった。生き返らせてくれた人に聞いたら、「再聖」のせいで封を切っちゃったと言っていた。

これは万年赤点の自分でも理由は分かる。あの日の革ジャンの男に魔術かなんかで記憶を操作され、それが生き返った時に戻ってきたのだろう。

 

「くそっ……なんだってんだ……」

 

今更、そんな事実を思い出してもどうしようもない。両親の死は十一年前の話だ。もう心傷は癒えているし、今の生活に不自由しているわけでもない。

 

ただ、この前のデパート襲撃事件の際に、アレと同じ瞳を見た。

七尾真衣。神と名乗り、その名に恥じない奇跡を自分の目の前で見せ、その奇跡で自分を生き返らせた者──と瓜二つの外見で、死者を生き返らせた不思議な術を扱う少女と、根本愛菜という新世界に五人しか存在しない極術師の二人と親しくしていた男。

自分の両親を殺した男と、デパートで見た男が同一人物である可能性は、現実的に考えると無い。十一年の歳月があるのだ。ほとんど体に変化がないのはおかしな話。

 

考えていても仕方ない。ともかく今はこのムカムカした気分を払いたい。せっかく昨日は楽しい気分だったのにと思いつつ、洗面所で顔を洗う。

冷たい水が目を覚ましてくれる。目が覚めて頭が冴えれば、この後やるべきことが見えてくる。

 

「……昨日は本当に不自然な点が多かった」

 

まず午前中。何なのか全くわからない組織からの襲撃、そのあとのマグナスによる救援。最後には行った先のデパートでの爆発事件。

間違いなく宝姫咲輝の周りで起こっている。だが最後の爆発事件に関しては、一概に咲輝が狙われたとは言えない。大きな騒ぎにはなっていたが、だったらデパートの中で爆発させた方がいいし、外に誘い出したかったのならばあの後なんの音沙汰も無かったのは不自然だ。

 

そしてなにより、マグナスが出てこいと言ったあの瞬間。何かあるようには見えなかった。人影は無かったし、マグナスの言葉に反応を示しても居ない。

 

「……あーもうわかんねえ!」

 

頭を抱え興奮するも、鏡に映るその姿を見たらなんだかアホらしくなって、冷静に考える。

こうやって悩んで迷っていたら、取り返しのつかないことになるというのは、宮里由美の件で学んだ事だ。何か行動を起こさなければ。と思うものの、具体的な案は浮かんでこなかった。

 

「とりあえず、行ってみるか」

 

まずは昨日の午前中、最初に襲われた地点、言ってしまえば咲輝の家まで向かうことにする。さすがにこんな早朝から起こすつもりは無い。ただ昨日襲われた現場を見てみるだけだ。何かあるとも思えないが、ここで悩んでいるよりはいい気がした。

 

そうと決まればと寝間着から普段着へ着替える。財布をケツポケットに、携帯電話をズボンの左ポケットにツッコミ、それだけで準備が完了する。

履きなれたスニーカーを履いて、扉を開き──

 

「ったぁ!?」

 

半開きになったドアの向こうから、そんな声が聞こえた。しかもなんだかつい最近聞き慣れ始めている声の様な気がする。とりあえずゆっくりと扉を開き、声の主を確認すると。

 

「さ、咲輝!?」

「……お、おはようございます、鈴木様……」

 

恐らく先程のドアがヒットしたのであろう額を抑えて、半分涙目な咲輝が居た。

 

「あ、悪い、気が付かなくて……大丈夫か?」

「……はい、問題ありません」

「でも、赤くなってるし……ちょっと触るぞ」

「へっ……!?」

 

額とはいえ、女性の顔に腫れを作ったかもしれない。なんて言うのは容認できない。確認する意味合いも込めて、数馬は優しく咲輝の額を撫でた。

 

「腫れては居なさそうだけど……念の為冷やしとくか」

「だ、大丈夫です鈴木様!」

 

首を振って数馬からの提案を拒否した。冷やさなきゃいけないのは額じゃなくて頭になってしまいそう。

 

「そっか。痛んだりしたらすぐ言ってくれよ」

「はい、ご心配をお掛けします」

 

冷静さを取り戻し、ペコリとお辞儀する咲輝。彼女の動作は礼儀正しいお堅い物ではあるが、その動作を滑らかにこなす。会ったばかりの頃はお嬢様感が滲み出すぎているせいで仲良くできるか不安であったが、今ではその懸念が馬鹿らしくなるくらいの仲になっている。

 

「それで、こんな朝早くからどうしたんだ?」

 

それくらいの仲になっているとは言えど、朝の五時半に予定もなく会う間柄でもない。多分、付き合いたてのカップルでも朝の五時半に押し掛けるのは困惑される奴である。

 

「そうでした、鈴木様、こちらを見てください」

 

言って、咲輝は携帯電話の画面を数馬の方へ向けた。

 

「……えーと、咲輝?画面、暗いままになってる」

「えっ、も、申し訳ありません!」

 

あたふたしながら携帯電話を操作し始める咲輝。最近の携帯のロックは魔力認証タイプが主流。手に持てばそれだけで画面のロックは解除されるのだが、なんだか上手くできていないようだ。

 

「(まっ、咲輝は一人で居ることが多かったみたいだし、仕方ないことなのかもな)」

 

いつも慣れている動作も、誰か他の人となると全く別物になるなんていうのは、よく聞く話だ。

 

「お待たせ致しました!こちらをご覧下さい!」

 

今度は問題なく見えている。これはメールか何かだろうか。四行ほどの文字列があるだけで、何か重大なメールというわけでは無さそうで──

 

「……っ!?」

 

文章を良く読むと重大なメールだった。しかも今後の予定が埋まりきってしまうような、そういうメール。

内容はこうだ。

 

『咲輝、今回君の周りで起きている件について話がしたい。翌朝、ホワイト地区の廃墟となった遊園地へ来て頂けるだろうか。もちろん一人では不安だろう、信頼の置ける人物を連れて来てくれて構わない。久し振りに君の顔を見れる事を楽しみにしている。 黒鎌帝より』

 

 

全て読み切ると、もう頭がクラクラしてきた。廃墟の遊園地、黒鎌帝、この二つの単語でもうお腹いっぱいで気持ち悪い具合だ。

 

廃墟の遊園地は、数馬が一度死んだ場所。

黒鎌帝は既に死亡している一代前の王の名前。つい最近、王族について調べたから知っていた事だが、その死亡したはずの王の名前がそこに乗っていて、かつ咲輝と知り合いな様子が文章から読み取れる。

 

「咲輝、これを見せてくれたってことは」

 

真剣な顔で数馬は咲輝に問う。それに対して、咲輝は数馬の目を真っ直ぐ見据えて口を開いた。

 

「……鈴木数馬様、あなた様を危険に晒してしまう事、そして、あなた様に大切な事を伝えていないのを承知して、お願い申し上げます」

 

大切な事を伝えていないと咲輝ははっきりいった。黒鎌帝との関係や、宝姫の心臓の話だろう。そんなことは数馬でも予想が着く。そして、それは新世界そのものの裏に関わる事だろう。

数馬は知っている。新世界は深く暗い闇を持つ事を。

 

神の存在、廃墟の遊園地、外界の魔物アバターによる極術師のクローン、そのクローンを誰にも気付かれることなく誘拐か殺害かをした誰か。

そして、十一年前に両親を殺害したあの男。記憶を弄るなんて極術師は存在しない。

 

およそ、一介の下位術師が関わっていい世界じゃない。

 

「私と一緒に来て頂けませんか」

 

言って、咲輝が頭を下げる。それを見て数馬は──

 

「おう、任せろ」

 

当然、頷く。

断る理由ならいくつもある。関われば命に関わる。受けるメリットなんて何も無い。

 

知り合いが自分を信じて助けを求めた。それだけで、鈴木数馬は命を賭けられる。

 

「じゃ、早速行こうぜ」

「はいっ!」

 

扉に鍵をかけ、数馬と咲輝は歩き出す。敵の本拠地に向かうとは思えない歩みだし。およそ暗い闇に向かっている様には見えない。

 

 

 

 

 

そんな事を思いながら、亮は数馬の住む学生寮の屋上から二人を監視していた。

 

「……どうなることやら」

 

いざとなれば手を出さなきゃいけないのだろうか。とも思いつつ、亮も二人の追跡を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

廃墟の遊園地。かつてはホワイト地区にただ一つの遊園地として栄えていた。

だが新しい遊園地が建つことと、保有するアトラクション等の数が少ない事から潰れる事が決まった。

かと言って早々に更地にして何か建てるような計画もなく、規模が規模なため解体業者がそう簡単に決まることはなく、とりあえず国が土地を買い取ってそのままになってる。一応、来年か再来年には解体作業が始まるとの話もあるが──

つい最近までは、インターセプターと呼ばれる組織がその遊園地の一部を拠点として使用していた。彼らは国の一部のお偉いさん方が秘密裏に組織した者達であり、主に表沙汰にできない事件や人物の追跡や調査等を担っていた。

だが組織のトップが行方不明になり、今回の騒動に至る。

 

行方不明になった件は数馬も知っている。何せ当事者なのだから。

 

「(……またここに来ることになるなんてな)」

 

前回は夜に来ていたので、不気味とだけ感じていた。しかし今見ると違った感想抱く。

 

錆び付いたジェットコースターのゴンドラ。メリーゴーランドの黄ばんだ白馬。朽ち果てた看板。椅子も机もなくなった食堂。

諸々が朝の柔らかい日差しに照らされ、哀愁を漂わせている。

 

「……こちらです」

 

咲輝はそんな遊園地には目もくれず、ただ一点に向かって歩いていた。

 

「場所が分かるのか?」

「……はい、以前、教わっています」

 

どういうことかと疑問に思いながらも、それが伝えられない大切な事なのだろうと理解して咲輝に着いていく。

 

三分ほどで咲輝は足を止めた。正面にあるのは劇場の様だ。建物の上部には大きな電光掲示板があって、その右側に「本日の演目」と書かれた看板がある。

所々傷んではいるが、新世界には強風や大雨なんて存在しないため、比較的綺麗な外観を保っている。

 

「参りましょう」

 

そう告げて咲輝は劇場の中へ進んで行く。自動ドアは開いていた。電源が入っていないため、自動で開くことは無いから、誰かが手で開いたのだろう。確かに、人が通ったような形跡はある。

 

ドアを潜ってから受付を抜け、舞台の方へ進む。舞台は床、壁、天井が真っ白だった。恐らく全てがスクリーンになっているのだろう。どういう劇をやっていたのかは分からないが、臨場感溢れるものになっていたに違いない。

 

「あれ、咲輝どうした?」

 

数馬が辺りを見渡していると、観覧席の最前列辺りで咲輝がしゃがみこんでいるのを発見した。

 

「確かこの辺りに……ありました」

 

咲輝がそういうと、カチッと何かを押し込んだような音がした。

 

「なんだ?今の」

「少し待っていてください、今、道を開きます」

 

言って、咲輝は今度は壇上へ上がる。それから壁の中央を探すように触り始めた。

 

「えっと……はっけん!」

 

なんだか楽しそうな咲輝の声が聞こえて、再びカチッと音がする。

今回はそれだけでなく、遅れてゴッ!という音がした。

 

「なんだなんだ?」

 

何が何だか分からない数馬は困惑する。いきなり白い床と壁をまさぐり始めて、廃墟であるはずの施設で異音を耳にすれば当然だ。

 

「鈴木様、後ろをご覧下さい」

 

咲輝に促されるまま振り返る。パッと見ただけでは分からなかったが、確かに、変化があった。入口の辺りに、下に向かう階段のようなものが出現している。一定の手順を踏むことで現れるのだろう。それが咲輝の行っていたよく分からない行動の理由。

 

「そこを降りていけばいいんだな」

「はい、その通りです」

 

数馬の確認に咲輝が頷き、数馬は階段の前で咲輝が壇上から降りて来るのを待つ。階段はかなり地下深くにまで繋がっているのか、現在の位置からでは底が見えない。

こうなってくると、先程までの廃墟への哀愁なんてものは消え去った。この先に何が待っているのかという緊張感が勝る。

 

「鈴木様、こちらの階段を降りてしまえば、もう後戻りはできません」

 

数馬の傍に来た咲輝が忠告を始める。ゲームならばここがセーブポイントだろう。引き返す事は出来ない。新世界の闇にもう一歩踏み込む事になる。そして踏み入れたらもう後戻りはできない。

 

「鈴木数馬様、本当に、着いてきて頂けますか?」

「もちろんだ」

 

これはゲームではない。セーブなんて出来ない。それでも数馬は間髪空けずに「はい」を選ぶ。

 

「……ありがとうございます。では」

 

咲輝が最初に階段へ踏み入り、それに数馬が続く。この先にあるのは非日常。本来触れる必要もなく、見ることの無い闇。それでも二人一緒であるならば、暗い闇の中でも進んで行ける。

咲輝も数馬も、ただそんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

階段を降りきると、暗くてよく分からない部屋に出た。携帯電話のライトの機能を使って辺りを見渡すと、楽屋か何かだったのか、椅子や机、鏡に劇で使っていたのだろう小道具の詰まった箱などがある。

楽屋にしては出入口に大仰な仕掛けがあるのはどうなのだろう──それは置いておき、更に扉を発見した。

ただ、その扉だけはここの風景に合っていない。なんというか、後から取って付けられた様だ。

 

「なんか、やたら焦らすなぁ……」

「も、申し訳ありません。この次の部屋が最後ですから」

「えっ、なんで咲輝が謝って……ていうかそんな事知ってんの!?」

 

先程のスイッチといい、なんだか知りすぎな気がする。が、まぁそれも伝えられないことの内に入っているのだろうと──

 

「昔はよくこの楽屋に来ていたので」

「……そうか」

 

特に入っていなかったらしい。普通に教えて貰えた。どういう理由で彼女が関係者以外立ち入り禁止な区画に出入りしていたのかは不明だが、これが最後だと咲輝は迷いなく言いきった。この扉の向こうに、何かが居る。

 

「この扉、どうやって開くんだ?」

「少々お待ちください」

 

数馬の質問にそう返して、咲輝が扉に近付くと。

──ピピッ

という電子音と共に、扉が開いた。

 

「電源が、生きているのか……」

「ここだけ特別に。です」

 

ここまで来てやっと実感が湧いた。自分が体験してきた新世界の闇と遜色ない闇がここにはある。

それから咲輝が先陣を切って歩き出す。扉の向こうは暗くて良く見えない。それでも咲輝は迷いなく一歩を踏み出して──

 

 

パチッ。と、電気がついた。

 

「っ!?」

「きゃっ!?」

 

突然の光に目がついていかない。頭が痛くなるほどではないが、一瞬視界がホワイトアウトする。

しかし、暗闇に居た時間もそう長い訳では無い。視界は直ぐに回復していき、そしてそこで数馬は異様な光景を目にした。

 

「なんだ、ここ」

 

そこには、机と反対側を向いている椅子があるだけだった。あれだけの騒ぎを起こし、黒鎌帝を名乗る者なのだから、パソコンやら書類だらけの部屋だと思っていた。それが実際は何もない。

およそ人が住めるような環境でもない。部屋は楽屋よりいっそう寒いし、ベットだって見当たらない。

 

「驚くようなことでもあるまい。地位と名誉を失った者にはこれくらいが相応しい」

 

声が聞こえた。前方。反対側を向いている椅子。そこからだ。

 

「よく来てくれた、咲輝」

 

椅子がクルリとこちらを向く。

 

「あんた……本当にまさか」

「お久しぶりでございます。黒鎌帝様」

 

その顔を見たことがないものなんて、新世界には早々居ない。

 

「本当に久しい。大きくなったね」

 

歴代で最も無能と言われた元新世界の王が、そこに居た。

 

「……どういう、事だ」

 

六年前に死んだはずの王が生きていて、しかもこんな所にいて、二人が知り合いで──全く意味がわからない。

 

「どういう事だと?それを聞きたいのはこちらだ」

 

なぜか、数馬は明確な敵意を向けられた。背筋が震える。王がなんの力も持たない存在だというのは数馬も知っている。だが、この圧力はなんだ。

絶対に勝てない不変の存在。そういう圧力を感じる。どこぞの神とはまた違った圧力。それに潰されそうで、身動きが取れなくて。

 

「全く、寄りによって男を連れてくるとは。咲輝、今日、私はこの男をぶん殴ればいいのかな」

「あ、あの帝様!?それはどういう」

「自分が面倒を見ていた子が男を連れてきたのだよ。育て親として取り敢えずで一発殴っておくのが礼儀というものでは無いかね?」

「ち、ちち違います帝様!!鈴木様とはそういう関係ではありません!!」

「しかし、私は信頼しているものならば連れてきていいと言った。別に一人でなくとも構わないのだがね。それでも君が一人の男を選んで連れてきたと言うことは──」

「わー!わー!わー!!」

 

状況が全く呑み込めない。

 

「(……俺は新世界の闇の底に来たのでは???)」

 

自分のいる位置が全く掴み取れない。出発前とか、そこの扉を入る前の覚悟とかが虚しくなってくる。

 

「さて、楽しいお話は後にして、早いところ本題に入ろうか」

 

言って、帝のまとう空気が変わる。明確に変化する。一気に空気が重くなり、咲輝も数馬も、表情が強ばる。

これが王。たとえ歴代で最も無能だと世界に言われようとも、彼の本質は王だ。

 

「まず、咲輝とそこの君──名前を教えて貰えるかな」

「……鈴木数馬だ」

「…………そうか、君が。分かった、咲輝、数馬君、二人に約束して貰いたい。ここで聞いたことは誰にも話さないで欲しいと」

 

まるで。子供に内緒話を始めるような、そういう感じ。

 

「もし話したら?」

「私が困る」

「口を割ったら殺すとか」

「それは私の見る目がなかっただけだ。咲輝と、咲輝が信頼すると連れてきた者を、私は信じている」

 

理屈は通らない。そんなもので本来は人を信じるには値しない。ましてやついさっき会った者に対して向ける言葉ではない。

それでも、それが出来てしまうのも彼が王たる所以か。

 

「よろしいかな?」

「もちろんでございます」

「……分かった」

 

帝の確認に、二人は頷く。

 

「まず私の目的は安定装置の破壊だ」

「「っ!?」」

 

端的に。有り得ない事実が伝えられた。

安定装置は、もうこの新世界を運営していくに、なくてはならないものである。この世のありとあらゆるものを精査するに必要。

安定装置が無ければ早い内に新世界は滅びるとさえ言われている。それだけこの世は安定装置に頼りきりだ。

そう聞くとあまりいい物には見えなくなってはくるが、安定装置があるからこそ稼働してから大きな不況など、世界中の物が不幸になるようなことが無い。

 

世の中を少しでもより良く安定していられる装置。そのキャッチコピーに違わない成果を見せている。

 

「そのために、咲輝の力が必要なのだ。だからこうして交渉し、力を借りたいと思っている。……いや、居たのだ」

 

二人が知り合いならば、最初からあんな風に襲う必要なんてない。どういう事かと問いかけるまでもなく、帝が続ける。

 

「私は自分の死を偽装し、安定装置破壊のためにとある組織を使ったのだが、その組織がトップを失ったことで裏切った。ちょうどこの廃園を拠点にしていた者なんだがね」

「(……すげえ心当たりある)」

 

脳裏に、鼻歌まじで人一人を消し飛ばした女の子が浮かんだ。

 

「私の邪魔をしたいのか、はたまた私のために動いてくれているのか分からない。だが咲輝を拉致しようと動いてしまっていた。護衛は信頼のおける者に頼んでいた。心当たりがあるだろう」

 

マグナス・スローンの事だろうと考えた。確かに、護衛として彼の右に出る者は居ないだろう。新世界の頂点なのだから。

 

「暴走した者達はやっと落ち着いた。だからこうして咲輝を呼び出し、交渉を──いや、そんなことよりもまずは咲輝、君はもう狙われない。それを伝えよう。本当に申し訳ない」

帝が頭を下げる。心が籠っているかとか、偽りはないかとか、考えるまでもなく、帝は謝っていた。

 

「頭を上げてください、帝様。あなたは人に頭を下げてはいけません」

「……私はもう王ではない。私が頭を下げたところで、私を信じて着いて来てくれた者の尊厳を踏み躙る事は無いのだよ」

 

全てを失った。地位と名誉と、自分が守りたいもの全て。だが数馬はそれが引っかかった。

 

「……あんたは自分に無能のレッテルを貼った安定装置を破壊したいのか」

「違う。もう二度と、誰かが誰かの犠牲にならなくていい世界を作るためだ」

「……どういうことだ」

 

意味がわからない。そういう世界にしなくていいために安定装置がある物だと、数馬は、いや、新世界に生きる全ての者が思っているだろう。

 

「安定装置は、長期的に安定を約束する。たとえ、今を生きる者を踏み躙ってでも。世界にプラスがあれば、それと等しいマイナスを作ることで安定する。逆にマイナスがあれば、プラスを作ることで安定する」

 

少しを間をあけて、帝は補足した。

 

「たとえばそう、寂しくて辛くて、それでやっと居場所を得られた極術師のクローンなんていい例だ」

「……そういうことかよ……」

 

その話を受けて、今自分が新世界の闇に両足を突っ込んでいる事を再認識する。

宮里由美。極術師宮里由紀のクローンで何者かによって拉致され行方のわからない女の子。由紀や自分と一緒に、これから新世界で生きていく覚悟を決めて、前を向いた女の子。それが今ここで出るとは思わなかった。

 

「……けれど、安定装置は所詮機械です」

 

咲輝が最もな言葉を紡ぐ。ただの大きなコンピュータであることは、もちろん新世界の者が把握している。セントラルタワーの地下に存在している事も併せて公開されているのだ。

 

「安定装置を壊すことだけならば誰にでもできる。電子上での破壊は難しいが、物理的に、ハンマーでも持っていれば子供でも壊せるだろう」

 

ならばわざわざこんな大それた事をしなくても──

 

「守る者が問題だ。安定装置の守護者が、この新世界の闇の頂点が」

「……闇の、頂点?」

 

王ではないかと思った。表も裏も王が管理しているのではないかと。

なにせ極術師のクローンなんて者さえ知っているのだ。世間に公開できるはずもない闇。

 

「魔人、と呼ばれる存在がある。たとえこの新世界の全ての人間が一致団結し、力を合わせて全員で襲いかかろうと傷一つ負うことなく、缶コーヒー片手に全員虐殺できる化け物が」

「スケールがデカすぎてよく分からないんだが」

「そうだな……クローンだろうと極術師絶対零度。それを一瞬で無力化できる存在がソレだ」

 

言われて。分かる。

 

「咲輝、それを抑えるために。君の心臓を貸してほしい」

 

話の全貌をやっと把握する。咲輝が話せないと言った大切な事。それが、今回の件の全て。

 

「私と共に、今の新世界を壊してくれ」

 

かつて。この新世界を心から愛し、人々の頂点から全てを守ろうとして、それを奪われた男。彼の復讐劇。

数馬はそのスタート地点に、今立った。

 




あともう一話鈴木パートです
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