「ただいま」
「ただいま~」
帰って来た時はただいま。欠かすことの許されない言葉は自然と重なった。
「あ、おかえりなさい、義兄さん、愛菜ちゃん」
「主おかえりじゃ。ついでに黒いのもの」
「むっ、ついでってなにさ」
洗面所から出てきた優衣と、リビングから出てきた八代。二人ともわざわざ玄関まで出迎えてくれた。
「ちょうどいい、三人に話すことがある。リビングまで行くぞ」
明日の早朝に一人で外界に向かうことを、早いところ伝えなくてはならない。
家を出る時間を朝の四時と考えているので、もう後六時間ほどしか残されていないのだから。
「あ、先行ってて」
「ン」
なにやら愛菜は靴を脱ぐのに戸惑っていた。見てみるとこれまで家になかった靴のようだ。
外界遠征用に新調したのだろう。かなり丈夫そうだ。確かにあそこは好き放題に崩落している。新世界の舗装されている道路と比較するまでもない。
「主よ、コーヒーを入れておるから座っとるのじゃ」
「ン、気が利くな。ありがとう」
促されてソファーに腰を降ろす。つい直前まで八代はテレビでも見ていたのか番組が流されている。
「……マグナスか」
外界遠征を控えているのか、極術師、マグナス・スローンの特番だった。
「義兄さんがデパートの屋上で会ってたって人だよね」
「あぁ」
寝巻きに着替えてきた優衣が亮の隣に腰を降ろし、一緒に番組を見始める。
番組ではマグナスがこれまでの人生で成し遂げた偉業が語られている。犯罪者を抑え込むとかベタな物から、学校で子供に魔術の扱い方や扱う上での心の持ちよう。あるいは仏の教えやら。
極術師の名に恥じぬ程度に、マグナス・スローンは新世界の英雄らしい。
「……なんだか、似てるね」
ポツリと優衣が呟いた。
「誰にだ?」
「ほら、え──」
「できあがったぞ」
優衣の言葉を遮るように言って、八代が後ろのキッチンからマグカップの乗ったお盆を持って来た。
「なんの話じゃ?」
「んーん、なんでもないよ」
優衣はそう話を切り上げたが、まぁ、亮には誰と似ていると言おうとしていたのか、予想はつく。
──炎神
そう言おうとしたのだろう。八代もどうせ聞こえていて邪魔したに違いない。
確かに、未だにあの存在は自分の中で大きな者である。もしアレが今目の前に現れたとしたら、体の中を這い回る何万人以上の記憶、想いを上回るレベルで喜ぶだろう。
一度殺した程度じゃ満足できるはずもない。もう何万回か殺してやりたいと思っている。しかし何万回殺したところで気分が晴れることもないだろうが。
それはともかく、優衣の言い分は分かる。
炎を扱う点といい、あの正義感といい、外見は似つかないが成長途中の炎神はこんなのでしたと言われても違和感はない。
「ほい主。んでこっちが白いのの」
「ン」
「ありがとう、八代ちゃん」
「黒いのはまだかの?」
「お待たせ〜」
八代がコーヒーをそれぞれに配膳しているところで愛菜もリビングに到着した。
「私ここ座る」
「そう言うと思っとった」
すぐ様、優衣と反対側の亮の隣に腰おろし、八代もそう言って机に愛菜のマグカップを置いた。その後に亮達の座るソファーとLの字になっているもう一つのソファーに座る。八代がここで愚図り出さないのは、話の内容が気になっているからだろうか。
八代が容れてくれたコーヒーに口をつけてから、本題を切り出すことにした。
「帰ってきて早速だが、明日の早朝に、先に俺だけ旧世界に向かうことになった」
「亮だけ先に?」
「それはどうして?」
愛菜、優衣が問い掛ける。
「なんでも、極術師が束になっても殲滅し切れない魔物が出たらしい」
「……割とそんなのいっぱい居そうな気はするんじゃが」
「海蛇や怪鳥のレベルじゃない、巨人でだ」
「ふむ、それは妙な話じゃの」
海蛇、怪鳥などの、ほとんど絶滅させた大型の魔物であれば、自分が出張ることになるのは分かる。
海蛇ならば大きな体からは想像のつかない機動力に、水圧カッター。
怪鳥ならば同じく大きさと機動力からの、エアカッター。
およそ極術師程度では太刀打ちできない。かつて人が居た時も、それらの相手は魔人の担当になっていたことがほとんどだ。
だが今回はそういうのではなく、巨人。
「巨人ってなに?」
「言葉のまんまだ。人型の身長でいうなら20mほどのヤツ」
「なにそれキモい」
「とは言ってもペラい連中じゃからな。黒いのでも頭部にナイフを五本ほど刺してやれば殺せる程度の奴じゃよ」
「いや、高さ20mの頭にナイフを刺し込むその手間よ……」
別にできないことは無いだろうが、闇に落とす事ができないのだから手間であるのだろう。
「ンで、その巨人がかなりの数で新世界の拠点に現れたらしい」
「先に行って殲滅して来いってことじゃの」
「そんなとこだ」
八代は理解が早くて助かるなと思いつつ、更に言葉を続けて行く。
「一通り終わったら、別途指示があるらしい。愛菜、お前と合流できるかどうかは分からない」
「えぇ、なんか一気にやる気なくなってきたぁ……」
ソファに深く寄りかかる愛菜。亮と共に行動できなくなるということは、恐らく他の極術師達と行動することになるだろう。愛菜は基本的にチームプレイというものが苦手なので、それもやる気を損なわせている原因になる。
「ンでた。めちゃくちゃ不安だからこいつを持ってろ」
言って、亮は愛菜に何かを差し出した。
「なにこれ?ペンダント?」
「っ!?主それは」
「……」
亮が差し出したのは、現在彼が最も大切にしているロケット。かつての、無くしたはずの宝物。
「それに魔力を流せば、ここの蓋が外れる。ピンチになったらそうしてみろ。たとえどこに居ようと助けに行く」
「……どうやって?」
「それを体の中に入れて二度と無くさないように色々やった。蓋が開けば分かる。ンで、それを頼りに聖移を使えば、消費する神聖を最低限に移動できる。はずだ」
聖移は、術者が願えばどこにだって行ける。座標を参照とか、そういう細かい人間の理由なんて関係なく。本来ならば人を思い浮かべるだけでその者の場所に行けるのだが、その場合に消費される神聖は多い。信仰され続ける神であるならば、そんなものはどうでもいいのだが、亮の場合はそうは行かず。
だから、体に入れ、自分の一部として扱えるそのロケットを愛菜に託す。そうすることで、聖移で飛ぶ時に、「自分の体」を移動先にできる。それならば消費される神聖は少ないと考えた。
「正直、お前と同じくらい大切な物だ。絶対無くすなよ」
「んー?ここは物と同じであることを嘆くの?それともそんな大事な物を渡してくれた事を喜ぶの?」
亮がそういうものの、愛菜は少々複雑な気分だった。
「愛菜ちゃん、義兄さんが姉さんに関係あるもので同じくらいって言ってるんだから、それはもう」
「やめてくれ優衣」
「おぉっと。これはデレ期ってやつが来たのかな!」
「没収するぞ」
「はいツン入りまし……いたいたいたいたいたい!」
見えない魔力の手が愛菜の頭をグリグリと押し付ける。そんなことをしながら、当の本人はコーヒーを啜る。
「……妾もそういうのほしい……」
「八代ちゃんも見えない何かに頭グリグリされたいの?」
「白いのってもしかしなくても頭悪いん?」
「あ、二人にとってはそういうのもご褒美なのかなって」
「マジでごめんなさいごめんなさい!」
五日ぶりの何気ないやり取り。そして明日からもまたしばらく起こりえないこのやり取り。自分の帰ってくるべき居場所の暖かさを再認識しつつ、亮はコーヒーの味を噛み締めていた。
「……なんだよ」
深夜一時。いつものようにベランダでタバコを吸って、考え事をしている亮のところに、八代がやってきた。
「すっかり失念しとったんじゃが、妾どうすりゃいいん?」
「好きにすりゃいい」
一緒に持ってきているコーヒーを口に着けてから、さらに言葉を続ける。
「着いてきてもいいし、行かないでこの家を守ってくれていてもいい」
「うーむ、主はどうした方が良いと思うんじゃ?」
「……どっちでも……」
「マジでどうでも良さそうじゃの……」
一緒に着いてきたところで、大した役割がある訳では無い。残ったところでもそうだ。何かあった時に残っておいた方がというのもあるかもしれないが、この家には大して大事な物があるわけでもないし、極術師が居なくなった後に起こると思われる騒ぎだって、このマンションをどうこうしようというのも無いだろう。
致命的に八代にはやることがなかった。
「んー、どうしようかの……」
その点は八代自身もよく分かっているようで、悩んでいるようだ。
八代は、かつて魔物を束ねようとしていただけあって合理的な選択を探すことができる。今回は逆にその経験が仇になっているようだ。
適材適所として自分にも何かやるべきことがあれば悩む必要は無いが、外界に着いて行っても亮が居るからやることはない。かと言って残ってもやることはない。だから悩む。
「はぁ、分かった。ンじゃ着いてこい」
「!あいわかった!」
ので。こういうのが一番手っ取り早い。
のだが、なんだか言い方のせいか隠されていた耳と尻尾が現れて、尻尾に至っては物凄い速度で振られていた。
「あるじあるじ!入る!」
「分かったけど尻尾どうにかしろ」
魔力の壁を作っていなければ、危うく灰皿が吹き飛んで近隣に迷惑をかけるところだった。
「うん!」
「……ほら、来い」
体勢を変えるとかはせず、八代を近寄らせ、頭を触る。
「外界遠征中は頼むぞ」
「任せれよう!」
満面の笑みで受け入れる。およそ、これから食われようとする狐の顔ではない。ただ嬉しさだけが顔に現れている。
「……まぁ、やっぱりあそこに戻る時は、お前と一緒じゃなきゃな」
「っ!?主のデレ期が──」
面倒な事になる前にさっさと八代を体内に取り込む。掃除機に吸われる塵芥の如く、八代は亮の体の中へと消えていった。
『……わっふい!』
『やべえ、もう二度としないと誓ったはずの後悔が』
何はともあれ、これで準備は整った。亮と八代。旧世界という地獄に残った二人は、今日改めて新世界から地獄へ戻る。
慣れ親しんだ地獄だ。今更存在を脅かすような物はない。だが、それでも思い出に押し潰されそうになるあの場所には、二人で行くのがちょうどいい。
「タバコ……買いに行かないとか」
体の中で残り少なくなってきたタバコの本数を懸念しつつ、亮はもう一本タバコを取り出して、火をつけた。
朝四時。新世界を覆うディスプレイが朝の陽射しを映し出す。優しい陽の光が夜の闇を払っていく。ホワイト地区の高級住宅街にはこの時間に出歩く者などほとんど居ない。先んじて外界遠征に向かう亮は、そういう街並みを歩いていた。
目的地は近場のコンビニだった。どれだけ滞在するかは不明なので、向こうで吸うためのタバコを買いに向かっていた。それからいつもの様に姿を消して朝の街を飛んでブルーの軍事基地まで向かう予定である。
その手筈が、歩き初めて四分で潰えた。
「あなたが、ディザスター?」
マンションを出て2つ目の路地を右へ。それからしばらく進んで左に曲がったところで、そう声を掛けられた。
日が昇らない時間から何となくこの地区内で動き回る者が居るのは感じていたが、その正体がそこで分かった。
「朝っぱらから物騒だな。極術師、絶対零度の宮里由紀。何の用だ」
「……何の用か言われないと分からないかしら」
このやり取りには激しいデジャブを──というかほとんど同じことがあったわけだが、昨日と違うのはマグナスではなく由紀であって殺気を漲らせている点。
彼女がここに来た理由は十中八九、彼女のクローンの事だろう。そんな事は分かりきっているが、二点ほど問題がある。
なんで彼女が自分の存在を嗅ぎ付けたのかが分からない。
そしてどこまで自分のことを知られているのかが分からない。
別に自分の身を案じているわけではなく、彼女は愛菜と同じ学校に通う者だ。もし愛菜との関係性まで知られている場合、鈴木数馬などを介して愛菜にまで被害が及ぶ可能性がある。
『……立て続けに、極術師に所在を知られるのはまずいよな』
『確認するまでもなかろうて。つーか妾的にはマグナスとやらと昨晩会っていたこともまずいと思うんじゃがな』
八代の言う通りである。昨晩マグナスに愛菜と近い関係にあると知られただけでもかなり致命的なのに、どういうわけか由紀にも知られている。マグナスと彼女に繋がりがあるとは考えにくいので、別口から彼女は亮を特定したのだろう。
相変わらずガバガバな新世界の情報統制に辟易しつつ──亮の足元が凍った。
「随分と丁寧な挨拶だな」
「答えて!なんであの子を殺したの!?」
由紀の怒声と共に、足元の氷がどんどん亮の体を覆い尽くしていく。氷の強度も侵食の速さも、母親、宮里紀子の全盛期以上だった。それと、不思議なことに前回彼女の家で見た時と魔力の質が違う。普段の彼女の魔力であれば家にいた時点で存在を認知できたが、彼女は何かが違う。
しかしながら、そんな事は大した問題ではなく、その程度では亮に傷一つ与えられない。
「仕事だ」
と、端的に。それでいて完璧に答えた。詳しい理由は様々あれど、亮が明確に実行に移す理由はその一言でしかない。
「ふざけないで!!」
それが由紀の逆鱗に触れた。氷の侵食が膝あたりで止まるのと同時に、由紀の肩より少し上、その辺りから先端を鋭く尖らせた氷の矢が現れる。矢尻を頂点としてその底面の平たい部分に掌を当て、押し込む事で亮へと飛ばした。
足元を氷漬けにし、身動きが取れない相手に殺意溢れる矢を放つ。
表の世界で誰一人殺したことがない宮里由紀が、明確な殺意を持って凶器を亮へと放った。
──が当然、それは亮に触れると同時に飲まれて消えた。
「っ!?」
「全く知らない何の関係もない赤の他人を殺すのに、仕事とか誰でもよかったとか、そういうふざけた理由以外あるか?」
「開き直るな!」
『ごもっとも』
『うるせえよ』
驚愕も消し飛ばすような亮の言い分を聞いて、我に返った由紀は亮の足元の氷をさらに成長させ、やがて亮は下半身が丸々氷に飲み込まれる。氷の成長からするに、このまま全身を凍りつかせる算段だろう。絶対零度というレッテルらしい殺し方だ。
最も、亮の知る宮里由紀はここまで人を殺せる攻撃はしなかったハズだ。
「……まぁいいか」
呟く。彼女の内にどういう心境の変化があったのかは知らない。だが、それもどうでもいい事だ。
下半身の氷も体に取り込み、聞くことを聞いてさっさとここから去る事にする。相手にするだけ無駄だ。彼女はただ怒りのままに攻撃して来ている。復讐のために来ているのだろうが、その打ち止め方も見えていない。
ただこの場で亮を殺せれば全て解決するものだと思っている。
「っ……」
特に大した動作もなく、氷が消えたのを見て由紀は慄く。
熱で溶かされたのならわかる。
力技で砕かれたでも納得は出来ないが理解できる。
しかしどれにも当てはまらず、氷はまるで掃除機で吸い取られたかのように消えた。
「終わりだ」
「まだ──っ!?」
続いて亮からの終了宣言。由紀の体が突然動かなくなる。だが体が動かなくなるだけならば魔術を使えばいいだけだと氷の矢を展開するが、先程と同じ様に亮の体に吸い込まれ消えた。
「お前の攻撃は俺には効かず。身動きも封じられ、そして俺はいつでもお前を殺せる」
端的に事実だけを並べていく。これから行う取引の下準備だ。
「だが俺はお前を殺さないし、だからと言って金銭やらを要求するつもりもない」
そこで亮は初めて振り返った。ゆっくりと由紀へと向き直る。
「……」
初めて近くで見る亮の顔。鋭い目付きではあるが、どこか少し覇気を失ったくすんだ瞳。別に良くも悪くもない顔立ち。探せばどこかしらに居そうな、由紀としてはそういう印象を抱いた。
「いくつか質問答えろ。それでこの件は水に流す。まぁその後にお前がもう一戦始めるかどうかは別だがな」
「復讐に来た相手に、取引を持ち掛けるって言うの」
どこまでも舐めた態度に、由紀の怒りは募る。
「そうだな。無理やりお前の頭を覗いてもいいが、それだって手間だ。いくつか質問するから答えてくれればいい」
そう言いながら歩いて由紀の近くへ寄る。
「誰が──」
「まずどこから俺の居場所を知った」
「……話すと思う?」
「それもそうだな。ならばこうしよう、人質として」
そこで。由紀は亮の瞳を覗き込んだ。
「宮里紀子がどうなってもいいか?」
そう言った亮に、由紀はここで初めて恐怖を感じた。
瞳の、その冷たい目に。人質が居るぞと優位に立つ者の目ではない。極術師を完封しているこの状態で、何かに絶望している様な目だ。
「(こいつ何を考えているの……?)」
凡そ。その瞳には自分を映しているようには見えない。母親を人質に取ったと言ってはいるが、それもまるで自分にはいくつも手札があって、その中から適当に弾き出したと言っている様に聞こえる。
まぁこれでいいんじゃないか的な言い回しで母親が人質に取られている事に腹が立たないわけではないが、今は不気味さが勝る。
「ンでどうする。答えないなら今この場で宮里紀子を殺すが」
「……笑わせないで。お母さんは家に居る。今から向かうなら時間が掛かるわ。その間に逃がせないと思うの?」
まず昔極術師であった母親を殺せる確証もない。由紀としては未だに母親より強い自信はない。それにいくら目の前の存在が化け物だったとしても、彼が数キロ先にある家まで行く間に連絡を取る事だって可能だ。
「できないと思うか?」
だがそんな希望も、亮のこの一言に砕かれた。
脅しに屈するのは癪だと思う。ましてや相手は妹の敵だ。そんな者の脅しなんて意地でものりたくないはない。そう思っているのに。
「……シェイカー博士。彼女の遺品の中に、あなたの存在が記されていた。最初は、なんの冗談かと思ったわ」
嘲笑う様に口元を歪め、由紀は言葉を続けていく。
「知ってから直ぐに、死人から電話がかかってきた。今日この時間、街中を歩く革ジャンの男が居たら、それが敵だって」
「死人?黒鎌帝か?」
「……」
沈黙してはいるが正解なのだろう。この時間に家を出たことを知っているのは、家の者とナナシしか居ない。ナナシは今回の件、黒鎌帝との繋がりがあるだろうから、ナナシ経由で帝に繋がり、それから由紀に伝わったのだと考える。
そんな意味の無い事をする理由が心の底から分からないが。
次の問題は、自分と愛菜達との繋がりがバレているかどうかだ。というか、これが最も大切なことだ。亮は小バエに何万刺されても問題ないが、愛菜に関しては違う。
「分かった。ンで次の質問だ、お前はどこまで俺の事を知っている?」
「……さぁ。あの子を殺したこの新世界の闇だって事しか」
本当かどうかは定かではないが、家を出た時に見つかっていたわけではないのであれば大丈夫だろう。何せ彼女は最初から亮を見つけていた訳では無い。
本当についさっき目撃したから声をかけられた。革ジャンっていう特徴だけで判別していたようだから。
しかし保険をかけておく必要はある。脅しとも取れるかもしれないが。
「そうか。なら一つお願いしておこう」
亮は手を背中に回し、そこから紙とボールペンを生成して、由紀にはあたかも後ろのポケットから出したように見せかける。その紙にボールペンで何かを書き出した。
「何か聞きたいこと、殺したいから来いとか、そういう事があればこの電話に掛けてこい。答えられる範疇の事なら答えるし、戦いたいなら言ってくれれば戦ってやる。だから、これ以上俺の身辺を嗅ぎ回るな」
そう言って、ここで由紀の拘束を解いた。突然体に自由がきくようになって由紀は驚くが、紙を差し出され、それを受け取る。
確かにそこには携帯の電話番号が記されていた。
「……そっちは由美を攫ったくせしてこっちには」
「お願いだと言ったはずだ。調べたければ調べればいい。だがお前の目の前にいるのは新世界で絶対に明かされてはいけない者だ。もしそれを嗅ぎ回って闇を解き明かそうとするならばどうなるか分かるか、という話だ。別にお前だけならいいかもしれないが、お前の周りには沢山の人がいて、その一人一人に支えられていることを忘れるな」
由紀は今自分が何を相手にしているのかをハッキリと理解した。
得体の知れない闇だ。入学式で初めて深淵、根本愛菜を目撃した時と同じ──その何十倍も濃い闇。体に纏わり着くことなく、ただすり抜けていく闇。
「その場の勢いで復讐なんてするな。綿密に計画を立てて、自分の気の済む終わり方を探して、憎悪を込めて実行しろ。でないと、終わりが来ないからな」
「お説教ってわけ?」
「アドバイスだ。何があったのか知らないが、お前は自分を見失ってんだろ」
「っ……」
そうでなければ、彼女の魔力の質がここまで変わることは無い。
魔力というものは基本、人のDNAに寄って構成される。血液と何ら変わらない。確かに人のDNAは変化していくが、それでも元の物から大きく逸れることは無い。本来は大して変わる事の無いもの。
であれば、亮の知る限りここまで大きく変わる要因、それは間違いなく心だ。
健全な肉体に健全な心が宿るという様に、健全な心に健全な魔力が宿る。
今まで由紀の魔力は健全なそれだった。
だが今はどこか──感性で言うならばマイナス。負の面を大きく含んだような感じ。この感覚を亮はよく知っている。大抵自分に殺されそうな物が最後の気力で振り絞る魔力と似たものだった。絶望に支配され、ヤケクソで攻撃してくる時のそれ。
自分の価値観を狂わせられた時のような、そういう魔力の質を由紀から感じる。
「八つ当たりで復讐を急ぐなよ。そんなんで復讐に成功しても、満足できねえぞ」
「……アンタに私の何が分かる!」
「何もわからない。知りたいとも思わない」
「さっきから本当にコイツは……!」
由紀に苛立ちが募っている。ここまで彼女の心が揺れ動く理由は何か。興味はない。それもそうだ、年頃の女の子がここまで心を揺れ動かし、自分が妹として迎えた子が殺された時以上のマイナス感情。
『フラれたか』
『……あれじゃの、多分、鈴木数馬に助けを求めに行ったら宝姫咲輝と一緒に居たってやつじゃの』
そんなことだろうと予想した。まぁ確かにそりゃ絶望する。
あの一件からずっと妹の敵を調べ続け、自分の心の痛みと戦い続け、取り戻そうと力を振り絞り続け、でも辿り着いた先には殺されたという絶望があって、そして志を共にしていた、大好きな男は他の女の子と仲良くしていたと。
『……うわぁ、しんど』
八代が心の中でポツリと呟いた。まぁ仰る通りである。
「なんだ、そういうことだから俺は行く」
「なっ、待ちなさい!まだ終わって──」
突如。由紀は意識を手放した。首を絞められたとか、そういう物ではなく、プツリと糸がちぎれるように意識が途絶えた。
もちろん、亮の仕業だ。脳を操作する魔術で意識を途絶えさせただけ。
倒れ込む由紀には柔らかい魔力の壁を作ってクッションにし、そのまま壁に乗りかからせた。
「早いところタバコ買いに行かなきゃな」
『そうじゃの、あまりゆっくりもしてられん』
特に何事も無かったように歩き出す。目的地はとりあえずコンビニだ。
仕事が終わった事に大歓喜し、積みPCゲーの消化作業がすごい