巨人達はまるでゾンビの様に立ち尽くしている。50体前後の巨人が棒立ちしている様はある種のホラーだ。元々巨人達は20mほどの高さで色白な肌をしている。身体のあちこちに傷が入っていてるため、ゾンビのような風貌ではあるが、こうも立ち尽くしているとそれが際立つ。
ゾンビが出てくるゲームに例えるなら、それはプレイヤーの到着を待っているような。そういう雰囲気だった。
その静寂は、唐突に終わる。
──ブシャ!
と、巨人の一体の頭が弾け飛び、ゴロンと、頭が地を転がった。
「……」
巨人より上。その位置にプレイヤーは、魔人は浮かんだまま、冷たくゾンビ共を見下ろしていた。
『ふむ、神聖持ちは……向こうの瓦礫の辺りかの』
『出てくるまで遊んでりゃいい』
どうせ大した神聖は持ち合わせていない。精々、新世界で宗教をしていた暘谷に届くかと言ったところだ。ならばここに屯している有象無象共を転がして遊んでいれば、その内大切な仲間の仇と出てくるだろう。怒り狂って居ても構わない。亮としては前者が望ましいが、知能の低い巨人に何を期待してもたかが知れている。
「ボオオオオオオオオ!」
と、巨人のどれかが亮を見て雄叫びを上げた。それを聞いてか、離れたところにいて亮に気が付かなかった者達も一斉に亮の方を向いた。
『妾は?』
『アイツらの高さで撃ってみろ。拠点まで貫きかねない』
『へーい』
八代は八代で抜けているところがある。先程の鳥の時もそうだが、新世界内部では放てない威力で撃てるためかテンション上がり気味である事も加味すると、一旦落ち着かせた方がいい。
それにしても、一度は心の底から大切にしたいと思っていた魔物達を、己の快楽のために塵芥にしようとする辺り、彼女もだいぶ自分なのだなと思う。
『たまには身体を動かすか』
このまま魔力だけで殲滅してもいいが、八代に毒されたのかそういう気分だった。
『そんなもんどこにあるんじゃか』
八代のツッコミを聞き流して、適当な一体の巨人に狙いを定める。ここから見ている限り、ナナシが懸念するほどこの巨人共は強くない。保有する魔力も平均的な巨人の物である。統率が取れているという点だけは異常ではあるが。
神聖を使う必要もないし、あの刀を持ち出す必要も無い。亮は掌を黒く歪め、そこから何処にでもあるただの魔刀を取り出した。
刀身80cm、柄は20cm。一般的な物より少し長いかもしれない。刀身は黒紫色に輝いている。これは魔刀と呼ばれる型には当然のことで、使用者の魔力を吸い続ける性質がある。使用者が流すのではなく、刀の方が勝手に吸い続ける。
魔力を吸わせていれば、詳しい原理は分からないがシンプルに切れ味が上がる。
製作者曰く「魔剣とかの類にはお馴染みだろ?」との事だったが、魔人くらいの魔力保有量でないと五分間と握っていられない刀に馴染みもクソもあるかとツッコんだ記憶がある。それも掛け替えのない大切な思い出だ。
まぁともかく、そういう思い出の品を握り締め、標的に向かって突撃する。
音を置き去りにするほどの速度での降下。もちろん、ただの巨人にそれを見切ってカウンターを合わせる、なんて芸当はできない。20mの巨人の太い首に刀が当たり──その寸前に急停止、腕を振って首が取れた所で落下する前に頭を蹴っ飛ばし、次の標的の元へ飛んだ。
尋常じゃない踏力で蹴られた頭は、一応原型を留めたまま大地に打ち付けられ、その勢いでブチッと嫌な音を出す。
そんなものには目もくれず、次の標的に──到達する前に右拳が迫ってきた。見えていたのかたまたまか。ともかく眼前に巨大な拳が迫る。当たったところでダメージなどないが、せっかく身体を動かしているのだからと左手を開いて正面に突き出す。そのまま掌から右手に握る魔刀と同じ物を五本ほど出現させ、巨人の拳に刺さらせる。
巨人が悲鳴を上げて体勢を崩す前に五本の魔刀を切り離して一本だけ握り締め、引き抜きながら身体を上に捻って巨人の腕に乗る。そのまま流れで左手の魔刀を巨人のこめかみに投げ付け、絶命させる。巨人の身体がグラッと揺れて右斜め後方に傾き始めたので、力が抜けて腕が降ろされる前に蹴って額の魔刀を回収し、左手で握り締める。
『飽きてきた』
『はっや』
ここからはもう段々亮の動きが適当になった。ただただ巨人を切りつけていく。辛うじてまだ避ける気力は残っていたので、飛んで避けるとかはするのだが、もう覇気が籠っていない。最終的に迫る拳も刀の峰で叩き落とすという力技で回避するようになり、合計で16ほど沈めたところで。
『いやもういいや』
の、一言。まずドーム状に全ての巨人を包む透明な魔力の壁を展開。そして、その壁をどんどん中心へと狭めていく。当の本人は飛んで壁の外へ。
あとはただの地獄だ。減って40前後になった巨人達は魔力の壁に押し込められていく。中心へと。段々と、少しずつ人口密度が上がっていく。三十秒程で巨人達は全員が密着し始めた。
──ァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!
と、阿鼻叫喚の地獄がその恐ろしさを見せる。バキ、ゴリ、ブシャッと骨と肉と血の音が混ざる。魔力の壁に圧迫され、プレスされていく。骨が折れ、圧迫され、飛び出た骨が他の巨人を貫き、それでも圧迫され、潰れ、肉も弾け──ただただそれを繰り返していく。
『こういうのなんつー遊びじゃっけ?おしくらまんじゅう?』
『ンな物騒なおしくらまんじゅうがあってたまるか』
地獄を作り出した張本人は二本の魔刀を体内に取り込み、代わりにタバコを取り出して一服休憩としていた。絶叫と人体の弾ける音をBGMにしていても、タバコの味は変わらない。
『もうちょいじゃの』
もうほとんどが魔力の壁の内側を赤く染めている。悲鳴よりも血肉を潰す音と骨が折れる音の方が大きくなってきたところで。
「やっと来たか」
吸殻を体内に取り込んでから空を見上げ、口を歪めた。
「収穫としては上々。こっからどれだけいい餌になるかはやり方次第か」
──ゴオオオオオオオ!
と、雄叫びが響いて、亮の真上に、全身コケまみれの巨人が高速で降ってくる。
か、まずは軽く蹴り飛ばした。空から降ってきたコケまみれの巨人、コケの巨人を空へと蹴り飛ばす。
さすが神聖持ちというだけはあるのか、ダメージを負ってはいるものの、それだけで外傷は無いようだ。完全に潰れきっている巨人達に同じ物を当てれば、 それだけで絶命しているはずの威力だ。
ともかくコケの巨人は吹っ飛ばされても空中で体勢を変え、木々を踏み潰して着地した。
そこでコケの巨人を改めて観察する。
身長は60mほど。先程の巨人達の三倍の大きさ。どういう訳か全身はコケに覆われている。水中で生活でもしていたのか。
まぁ、亮には心当たりがあった。
『どう思う?』
『わざわざ聞くことでもなかろうて……相対して分かった事じゃが、十中八九、聖人様とやらの果てじゃの。戦った時に爪でも剥がれて雨風に流れたか』
元々の彼の住処は山奥で、食らったのも彼を信仰していた者達の住む山の村だったが、どうやらここまで流されてきたらしい。
しかし大体予想は付いた。今回の巨人達は神聖を持つこのコケの巨人を勝手に信仰し、着いてきていたのだろう。自分達と同じ姿で形は大きく神聖を持つ。これの傍に居れば安全だと本能で思ってしまったのか。それも後で食らっていけば分かることではあるが。
『来るぞ』
『ン』
八代の警告の直後、コケの巨人は拳を握り締め、天高く振り上げた。その動作は架空世界の巨大な生物と同じく、とてもゆっくりとした物だった。
「ッオオオオオオオオオ!!!」
雄叫びが響いて。
────ゴォオ!
と、風を切る音が遅れて聞こえた。巨人は予備動作とは打って変わり、とてつもない速度で亮目掛けて突っ込んでいき、超高速で亮目掛けて拳を振り下ろした。物理的な力で言えば、下手な魔人より上のものだろう。これほど単純な暴力による破壊は中々お目にかかれるものじゃない。確かにこれは、神による破壊と形容しても相違はない。
だが、それほどの力にしては辺りの被害は少なかった。
コケの巨人の目には、全く理解不能な光景が映っていた。
まず粉々に砕けた鉄の塊。
「一応、新世界のシェルターと同じ強度なんだがな」
コケの巨人には言葉の意味がわからなかったが、問題は言葉を平然と紡いで居られる事だ。
「やっぱり、普通に強いなコイツ」
粉々に砕けた鉄の塊の先には、悠々と左手で巨人の拳を受け止めている亮がいた。顔色一つ変えず、ゴムボールを片手て受け取る様な気楽さで、亮は破壊の拳を受け止めていた。
コケの巨人が驚く間に、バキバキバキバキ!と軽快な音が聞こえた。何かとコケの巨人が視線をズラせば、亮の背後の木々達が、見えない力で浮き上がっているところだった。音の正体は木々の根が折れる音だった。
「そら、受け取れ」
言葉についで、浮き上がっていた木々がコケの巨人に向かって一直線に飛んで行く。大木の本数は二桁じゃ足りない。三桁に届くかどうかそれくらいの数。
「ボオオオオオオオオオウ!」
間髪開けず、亮の左手に全体重を乗っけ、その反動を用いてコケの巨人は後方へと大きく飛び上がった。
飛ばされた木々達は目標を見失い、遥か上空へと消え去る。コケの巨人の方は飛んでいった先の池へと着地し、しかしぬかるんでいたのか足を滑らせて転倒した。その衝撃で水しぶきが上がり、軽く雨が降ったように辺りが濡れる。
『妾以外の九之枝共と同等くらいかの。しかもドジっ子属性も持ち合わせていると……全くいつこんなのが産まれたのか』
少なくとも、亮が旧世界に居た四十年前には見かけなかった。そもそも聖人様と呼ばれていた者は神術を扱える神。亮に食われたので、元々神聖な物だったとしてもこれほどの神聖を蓄えているのも不自然だ。巨人に信仰される程度には神聖を元々蓄えていて、四十年の間にこれほどまでに成長した。
四十年前にこれほどの存在があればまず自分が気付く。
『こやつ、ここでは倒さず放置しておれば、暘谷と同じく、それなりに神聖な存在になりえそうじゃの』
八代の言う通りだ。四十年でこれだけの神聖を得られるのならば、もう四十年、もっと時間をかけてもいい。かつての八代やそれ以上、たとえば炎神や水神クラスにまで成長できるかもしれない。そしてそれを食らえば、それだけで目的が達成できる可能性はある。
『かもな。だが、コイツはここで終わらせる』
『ほう、その心は』
ここで刈り取るのは合理的ではない。八代に分かって亮に分からないなんて言うことは無い。それでもここで摘み取る選択を取る理由。もちろん、八代には分かる。亮に取り込まれている八代には亮の考えが、心が分かる。二人は一心同体なのだ。それでも八代はそう問うた。
『コイツはもうこの時点で新世界を破壊できる。海底に行っても死なないしシェルターをぶち破って虐殺できるほどの力を持ってる』
それだけであれば、構わなかった。たとえ新世界の何千万人が息絶えたとしても、亮には何の関係もない。しかし。
『愛菜をこっちで生活させるわけにはいかない。約束したからな』
恩師の最後の願いが、新世界の崩落を許さない。愛菜という鎖に繋がれている今、新世界を破壊させるわけにはいかない。
『俺にはいくらでも時間はある。愛菜が息絶える時間くらい待ってやるさ』
人の一生の長さ程度、亮からすればほんの一部にしかならない。彼の偉人達の創作物の神が言うような、人の一生は自分にとって一瞬とは言わない。時間の流れの重さは変わらない。だが、あと数十年程度、愛菜が笑って暮らせるような環境を守ることくらいやってみせる。
『であれば』
『ン、殺す』
転倒していたコケの巨人も起き上がり、遠くから殺意溢れる目で亮を睨んでいる。簡単に拳を止められた事で恐怖しているかと思えばそうでもない。どうやら知能が低くとも、負けられない理由を持ち合わせているらしい。
「ヴォオオオオオオオオオ!!」
コケの巨人が走り出した。明確な殺意を持って、目に見える暴力を用い全力で亮を殺しにかかる。一歩一歩踏み抜く度に大地が震えた。木々が振動で傾き、あるいは倒壊する。
亮との距離を縮め、まずコケの巨人は走りながらに大岩を蹴っ飛ばした。2mほどの大きさの大岩が飛んでくる。それだけで人にとっては脅威だ。大抵の魔物だってコレに当たれば即死する。
「……」
だが亮は動かない。棒立ちのまま、その脅威を受ける。大岩が亮に触れ、当然のように飲まれて消えた。
「ヴルルルウオッ!」
直後。大岩が意味をなさないことを知った上で、コケの巨人は大地を蹴って飛び上がり、空中でクルッと頭を下へ。亮へ向かって急降下する。右拳を握り、腕を手前に引いた。
なんとも読みやすい攻撃だ。全体重と重力加速に物を言わせた暴力。だが高速で動けるもの者でなければ避けることはできない。拳から避けたところで巨人その物に触れてしまえば圧殺される。破壊の規模だってどれだけの物になるか。
コレをここで殺す選択はやはり正解だと改めて感じた。新世界では手に余る。
「八代」
『かしこまった』
亮の呼び掛けに八代が答え、間髪入れず亮の体から一匹の狐の骨の顔が現れる。骨は口を大きく開き、濃縮された魔力のレーザーを放った。かつての神聖さを薄れ、禍々しい輝きを放つレーザーは黒く、ある種の美しさを持つ。
だが見惚れてはいけない。それは純粋な魔力による破壊なのだ。
──パァン!
と、破裂音にも似た発射音に続いて、コケの巨人の右拳から肩にかけてが消し飛ばされた。
「グルアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
コケの巨人の悲痛な叫びは彼方まで木霊する。あまりの痛みに、流石のコケの巨人でも叫びを上げることしか──できないわけではない。
『んー、まーじぃ?』
八代の驚きの言葉が亮の頭の中に反響した。しかし驚くのも無理はない。コケの巨人は右拳から肩までがキレイさっぱり消し飛ばされたのに生きていて、さらに諦めず左拳を突き出して来たのだ。
八代は驚きのあまり、狐の顔の骨の方に指示を出すのを忘れていたらしく、亮とコケの巨人の間で浮遊していた骨の顔は、コケの巨人の左拳をモロに受けてしまった。
『アウチ』
まるで感情の籠っていない三文字を呟き、殴られた衝撃で一直線に超高速で亮の方まで飛んで行き、直撃し、そのまま亮の体に呑まれて消えた。
『おかえり』
『たでーま』
『あれなんか主達仲良くない?』
別に骨の方も自分の体に居るから仲がいいも何も。なんて言い返そうとしたが、コケの巨人のせいでそれどころではなかった。
「……ン?……やばいかこれ」
とある物を感じ取り、亮は久し振りに「危険」を認識した。すぐさま大地を蹴ってコケの巨人の拳が届く前に、600mほど飛び上がる。地上では大地が揺れて大きなクレーターが出来上がり、衝撃で木々が倒壊し始める。
だが本来、これほどの力を持ってしても単純な物理攻撃は亮に対して一切通用しない。魔人の「食らう」力の前には核爆弾ですら意味をなさないのだ。だからこの攻撃もそのまま受けてもなんの問題もないはずだった。触れた位置からそのまま亮の体に取り込まれるのだから。
それでも亮は今、コケの巨人の攻撃を避けた。理由は簡単だ。
『八代、お前が中途半端な攻撃したせいであのデカいの、拳に神聖を乗せ出したぞ』
『ははははは!天晴じゃの!』
『笑ってる場合か』
今のコケの巨人の攻撃は、亮を殺せる。幼子が大人を殺すのに何回拳を叩き込めばいいのかは分からないが、拳を叩き込んだところで意味をなさない先程までとは大違いだ。
「……殺せなくなるのも時間の問題か」
この場合、問題になってくるのは攻撃だけではない。上手く神聖を使いだしたのならば、防御面でも相当な力になっているはずだ。完璧に防御に対して神聖を使っている場合、亮でも物理、魔力を用いた攻撃でコケの巨人を倒すことはできない。
神聖には神聖を。神術を使う羽目になってしまう。
『八代、全部出せ』
『あいあい』
取り敢えず。山どころかその気になればこの惑星そのものを簡単に消し飛ばす八代の家族を八体出させる。微かではあるが神聖が乗る八代達、九尾の狐の攻撃であれば、コケの巨人を殺害できると踏んだからだ。
『きちんと加減しろよ』
『わかっとるのじゃ』
八代は八体の家族に指示して地上のコケの巨人に対して、いつものビームを発射させる。全力全開で放ってしまうと、避けられた場合に地球というこの星自体を破壊することになってしまうので、いつものように威力は抑えさせる。
────!!
音はない。そういう速度で。それくらいの魔力の圧で。先程とは比べ物にならない程には「強い」ビームが放たれる。
しかしこの程度であるなら、避けられても地盤を貫ぬく程度に終わるだろう。酷くて数年に及ぶ竜巻の発生や大津波や大地震や季節外れの大雪などの天変地異程度で済ませられる程度の威力。
『あれま』
『防がれたか』
地上では八つのビームを掌で受け止めるコケの巨人が居た。亮がやったのと同じように、顔色一つ変えることなく掌で受け止めのは意趣返しのつもりか。
『仕方ない』
八代達の攻撃で止められないのならば、もうこれは多くの神聖を使った攻撃や、神術を使うしかない。こうなる前に仕留め切るのが最適解ではあったが、迷いにも似た様子見の時間を作ってしまった自分に非がある。
『方法はいくつもあるが、どうするかな』
聖火や聖水で浄化しきるならば弱らせる必要がある。巨人を浄化するのに消費する神聖が多過ぎるからだ。かと言って弱らせるのにそれらを使ってしまうと、今のように学習し、耐性ができあがる可能性がある。
コレを撃破するには、スリップダメージではなく一撃で終わらせる必要がある。
『槍というのはどうじゃ?』
『そう思ったとこだ』
する必要のない意見のすり合わせをし、コケの巨人の最後を決めた。
それでも最小の神聖でコケの巨人を殺すには、少々弱らせる必要がある。幸い、まだ防御に神聖を全振りできているわけではなさそうなので、新世界では使えない手で弱らせていくことにする。
「ゴ?」
突如、コケの巨人は後ろに体が引っ張られた。何かに吸われるような感覚。だが体が持っていかれるほどではない。別にこれくらいの竜巻か何かなら旧世界にはよくあることで──と、コケの巨人の足が大地から離れた。驚く間もなく体がとある一点に吸われていく。では一体何に吸われているのか。
──ゴオオオオオオオオオオオ!
と、黒く禍々しい輝きを放つ竜巻だ。どう見ても普通のそれじゃない。これだけ大量に砂や木々、瓦礫やら魔物やらを巻き上げて居るのに、竜巻そのものは以前黒く輝くだけだった。
誰がどう見てもヤバイと思える脅威。逃れようともがくも、生憎コケの巨人は空中を蹴って移動する方法を持ち合わせていない。奮闘も虚しく、コケの巨人は黒い竜巻に吸い込まれた。
竜巻の中は魔力の刃が永遠と中の物を切り裂き続ける。吸引型のシュレッダーの様なものだと亮は考えている。たとえどんなものだろうと一度この中に入ってしまえば文字通り粉々になる。これ単体でいくつもの集落を細切れにした実績はある。恐らくこれをもう一つか二つ作っておけば新世界も終わらせられる。
つまりそういう攻撃。亮にとっては片手間で作り出せるが、この世の基準で言えば戦略兵器に準ずるもの。
だがそれでも、神聖を持つ者を終わらせられるとは思っていない。
なので、ついで右手を眼下のシュレッダーへ向ける。
「これで終わってくれればいいんだが」
呟いて。右の掌に竜巻と同じく黒く禍々しい魔力が一瞬のうちに集まる。半径60mほどの球体が出来上がった。余りにも異常な光景だ。黒い竜巻の隣に黒い球体。になったところで、一気に小さく収束される。
大きさにして僅か2cmの黒い玉。亮はそれを竜巻へと放り込んだ。
『生きてたらどうするんじゃ?』
『傷を負いつつもピンピンしてるなら同じことをもう2.3回やればいい。無傷なら仕方ない、神聖を用いた戦いだ』
なんて話をしている間に、黒い玉が竜巻に到着し。
────!
と、柱が出来上がった。天くらい貫く、かつて八代に当てたものを遥かに凌駕する黒の柱。
『あぁ、妾のトラウマが……』
『……』
狼狽える八代は放っておき、黒の柱の威力を感じて確認する。亮が亮たる所以、魔力が物を食らう速度。それをそのままに濃度の高い魔力として放つ。魔力が物を食らう。その極地。もう少し気合い入れて作ればこの惑星そのものを食らう事だってできる。
威力はこれで申し分ない。これ以上は被害を拡大させないように展開させている魔力の壁の方がやられる。これが限界。地球という亮にとって狭いステージで戦う上での限界。もしこれに耐えられるとしたら。
「ヴオオオオオオオオオオおおおおおおおおお!!」
耐えている。そして、間違いなく悲鳴が人の声に変わっていく。
「惜しいな」
黒の柱の中で、耐えて、生きている人を認識し、同時にダメそうなのも把握する。だから地上まで降下して、足を地につける。
「まぁいい」
歩いて黒の柱に近寄っていく。柱の前に立ち、黒の柱を止める。
黒が晴れて、亮を睨み付けるコケの巨人が立っていた。だが、目に力は篭っていても身体はボロボロだ。60mの身体が、その傷の多さを見やすくしている。皮膚が剥がれ、肉がえぐれ、右目が外れ、指は半分も失われていた。
だが、それでもコケの巨人は立っている。
あの日の恨みか、それとも──
まぁ、そんなことはどうでもいい。亮の右肩から少し上、宙に真っ白な純白の槍が現れる。
「聖なる槍に貫かれて死ね」
その槍がコケの巨人の頭に向かって飛んでいき、貫いた。音はない。そして外傷もない。ただ誰がどう見ても、白く透き通った純白の槍は巨人を貫いている。
そして、コケの巨人はゆっくりと瞳を閉じて、その場に倒れ込んだ。
『かつて自分が使っていた槍に殺される。哀れじゃの』
『哀れがどうのってお前も大概だろうが』
『誰のせいじゃったかなぁ……』
後は向こうに積載している血と骨と肉の山とコケの巨人を回収して、仕事は終わりだ。
『結局、どれも大したこと無かったの』
『何言ってんだ、これからが本番だ』
明日は愛菜がこの地に足を踏み入れる。彼女を守りきる。それだけがこの外界遠征での本題だ。
『そうじゃったの』
新世界の方でも、明日には事態が動き出すかもしれない。鈴木数馬という主人公が、どれだけ成長できるかは黒鎌帝に掛かっている。
全てはあの頃に戻るために。
『まぁ、とりあえず今はこの残ったゴミを回収だ。コイツらもうるせえし』
『せやの』
心の奥底で泣き叫ぶ、かつて旧世界の山の村でひっそりと暮らしていた女の子と聖人様と慕われ信仰された神の想いを無視して、亮は食事に勤しむのだった。
いつか投稿しようとちまちま書いてる外伝の話を軽く盛り込みつつ、戦闘回でした。もうあと5話あるかないかでこの章は終了予定です