無敵系中ボスが過去にしがみつく話   作:竜田竜朗

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外界遠征①

人の手が入らなければ緑は増え続けるものである。だから旧世界はかつてそこに住んでいた者たちの遺構を消し去るように自然で溢れかえっているのだ。

そんなものは新世界の拠点から出て旧世界を見て回れば簡単にわかることである。

 

だからこの光景は異質だった。

 

木々が生い茂る森の中に存在するのに、緑一つ介在しない。生命が枯渇した大地。段々緑が少なって、気が付けば砂漠。というのはあるが、ここはそういうのでもない。どこまでも続く様な長い森があって、けれどそれが突然枯れた大地になっている。

旧世界のどこを見ても、ここ以外にこの景色は存在しない。

 

一際際立っているのが、その大地に無造作に突き立てられたかのような六本の十字架だ。大体の等間隔で、物によっては斜めに傾いて、それでもしっかりと枯れた大地に突き刺さっていた。これらは石造りや木製でもなく、鉄で作られていた。なのに言って錆びている様子もない。

 

この十字架達が何のためにあるのかは、十字架に人の名前が彫られているのを見れば一目瞭然だろう。

 

つまりここは墓地。

現在、新世界で一部の者のみが認知する魔人亮が一人になる前の家族達を弔う場所。

 

そしてその十字架の一つに、腰を降ろして、片膝を立て、亮は座り込んでいた。

彼の足元には十数本のタバコの吸殻があって、今また火を付け、吸い込んで、吐き出している。

 

「……」

 

昨日の朝、巨人を葬ってからここに到着してからずっとこのままだった。一言も声を出さず、ただ座り込んで虚空を見つめ、吸いたくなったらタバコに火をつけ、また虚空を見つめる。日が沈み、日が昇り、それを意に介さない。

そして時間が経って、またタバコが消費された。立てた右膝に腕を置いていて、もう火がフィルターまで達したのを見て、そのまま吸殻から手を離した。

 

「……時間か」

 

呟いて、ゆっくりと立ち上がり、振り返る。

 

「次来る事があったら、その時は、真衣と一緒に来ます。けれど、最善はもう一度あの時間に。今度は、俺が師匠を守ってみせます。じゃあ、行ってきます」

 

そう声を出して、「七尾真輝(ななお まき)」と彫られた十字架から離れていく。

 

『もう良いのか』

『あぁ。悪いな、退屈だったろ』

 

心の中で八代が話しかけてくる。ここに来る前に言った通りに、八代は一言も話さずにただ待っていてくれた。

 

『いんや、主の中には何万以上の人と何千万以上の魔物の記憶があるからの。それらの人生を追体験していれば、時間なんて勝手に潰れてくれる』

『ン、退屈してないのならよかった』

『それに今回は早かったからの。長い時は九十年ほどこのままだったりしたじゃろ。それに比べれば一瞬みたいなもんじゃ』

『そうだったな』

 

と、答えた頃には枯れた大地を抜け出していた。これから新世界の拠点に戻る訳だが、そろそろ極術師達が到着する時間になっていた。ここから拠点までは大体の200kmほど離れた位置にある。愛菜達はあと10分少々で到着するだろう。歩いて行くわけには行かないので、取り敢えず天高く飛び上がる。

方角に間違いが無いことを再認識してから、足で空を蹴る。

 

────ボン!!

と、爆音に似た何かが響いて。その場から亮が消失した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新世界から旧世界へ向かう潜水艦の中の空気は重かった。兵士は昨日の内に現地入りしているため、潜水艦の操縦士を除けば極術師の五人だけが広い船員室に座っている状況である。

極術師の貸切と言えば聞こえはいいが、接点は基本それだけ。愛菜だって久坂陽吾とリフレクターは初めて見た。マグナスは一昨日少し話をしただけだ。唯一、宮里由紀とはそこそこ話をした事があるが、一緒に遊びに行くとか、そういう仲でもない。

 

「(しかもなんかめっちゃ機嫌悪そうだし)」

 

王が出発式で言っていたように、由紀はどこかおかしい。元々取っ付きにくそうな雰囲気ではあるが、それがいつもより増している。

 

「(……あれ、かな……私にはわかんないからな……)」

 

女性の機嫌が悪くなる一因を聞いたことがあるが、自分には決して訪れない現象であるがために想像する事しか出来ない。

 

「(うん、そっとしておいてあげよう)」

 

愛菜は知らない。そういう中途半端な気遣いが余計なお世話だと言うことを。

そして、由紀が機嫌が悪い理由はそういう単純な話ではなく、昨日の亮とのやり取りであることを。

 

「みんな、少しいいかしら」

 

愛菜がそう決心した矢先に、静寂を破ったのは以外にも由紀だった。

声を上げた由紀に視線が集まる。

 

「ディザスター。という名前に聞き覚えは?」

 

由紀の質問を聞いて、まず反応しないで隠し通した自分を褒めてやりたかった。声を上げないのはもちろん、眉ひとつ動かさずに居られたのは勲章物だと自分で讃える。

 

「口開いたから何かと思えば。御伽噺だろ」

 

真っ先に答えたのはリフレクターだ。やれやれと言った様子でジェスチャーも加えて首を振っている。

 

「僕も見たことは無いかな。ただ、そういうのが居るかもしれない。そういう話は聞いたことあるよ」

 

続いてドリフター、久坂陽吾が回答した。

と、そのタイミングまで愛菜は高速で思考を巡らせていた。

ディザスターというのは間違いなく亮の事だ。当然、知らない者に知られるのはまずい。どういう訳かマグナスは亮と話をしながら帰ってきたが、だからって極術師全員に知られていいわけがない。この場はシラを切る必要がある。

 

「……私も、です。ホワイト地区に居るという話は聞きますが、荒唐無稽な噂話ばかりが先行していて、確かに御伽噺の様だなと」

 

いい具合に誤魔化せたはずだ。そして次に問題になるのはマグナス。彼も闇の組織に身を置いてはいる。間違いなくディザスターの名は聞いたことがあるだろう。亮とイコールで結び付けるのは、一度でも亮と相対したのなら分かるはず。

もしここで、マグナスが話してしまう事があれば最悪、この場で全員と戦わなければいけないことも念頭におく。

 

「……マグナス・スローン、あなたは?」

「ない。皆と同じく、話だけだ」

 

外には出さないが緊張が解れる。ここでマグナスも自分に続いてくれたのは本当に助かった。

 

「とか言うお前はどうなんだよ」

 

そして、リフレクターが話を盛り返した。まぁ、恐らく由紀も実態は掴めていないだろうと腹を括り──

「昨日、会って、話をして、やられたわ」

「え……」

 

想定外の言葉に声が漏れてしまった。

 

「根本さん?」

「……いえ、驚いてしまって。私もホワイト地区に住んでいるので、まさか実在するなんて……」

 

あの野郎マジでホイホイ顔を出してんじゃねえよと叫び散らかしたい衝動を抑える。マグナスに顔を出したことだけでも一応困惑しているのである。それが続いて由紀にも……しかもやられたとは。

 

「だ、大丈夫だったの?」

 

心配そうな顔で陽吾が尋ねる。

 

「見ての通りよ。特に興味無さそうに……見逃された」

「(記憶くらい消しといてよ心臓に悪いよ……!)」

 

心の中で文句を言いつつ、一応心配そうな表情は作っておく。

 

「襲われた心当たりは?なんかあんだろ?」

「………逆、ね、私から攻撃した」

 

リフレクターの問いに由紀が答える。愛菜の方はその言葉を聞いて少々むっとするが、なんとか心のうちに留める。由紀程度の存在が彼に傷を付けることなど有り得ないわけだが、分かっていても思うところはある。

 

「復讐か」

「っ……」

 

突然のマグナスの言葉に由紀はたじろいだ。

 

「君のクローンがディザスターに殺されたというのは、一番噂されている話だ」

 

鋭い目付きでマグナスが言葉を続けていく。まるで諭すような声色で、それかマグナスが寺の出自だという事を思い出させる。

 

「君と君のクローンの間に何があったのかは知らない。だが、その恨みを戦場に持っていくな。恨みに身を任せるような戦いをしていては、死ぬぞ」

 

マグナスの警告に由紀は言葉を失った。理解して貰えない悲しさとか、苛立ちたとかではなく。

ただマグナスの言葉が最もで、正しくて、それは理解出来ていて。

 

「……それもそうね、ごめんなさい」

 

今は、ただそう言ってその場を終わらせることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

それからしばらくして旧世界に到着し、今回は何事もなく浮上した。先行して旧世界に到着した部隊の活躍と、昨日の八代の働きが効いている。元々海の近くというのは魔物の数が少ない。天候が荒れればすぐに水没してしまうし、陸上の魔物では海中の魚を取るメリットがないからだ。

それに八代が沢山ブッ放したおかげでこの辺りを餌場にしていた鳥達のほとんどが消えた。いくら魔物の繁殖速度が早いと言えど、一日で回復する事は無い。

だから割と拍子抜けと言った感じで、極術師達は拠点に入ることが出来た。

ちなみに持ってきた荷物などは、潜水艦の所まで迎えに来た兵士が持って行ってくれた。

 

その後数名の兵士に2階の小会議室へ案内される。どうやら大会議室の方では兵士達のブリーフィングがある様だった。

中では既に総司令官、ナナシがスクリーンに今回の作戦概要を表示した状態で待機している。全員揃うなり、早々にナナシが口を開いた。

 

「手早く済ませよう」

 

衛星からの映像で、昨日亮が吐き捨てた三体の巨人の居る地点が映し出された。

 

「ここから徒歩で二十分ほど北上した地点だ。まずはここへ行き」

 

ついで、巨人を上から見た映像に切り替わる。

 

「この五人で三体の巨人を討伐してもらう」

 

確かに三体の巨人がその場に佇んでいた。三体が動く気配ない。ただこうして見ていると、立ったまま死んでいるようにすら感じる。

 

「こいつらは新種か何かか?」

 

まず質問したのはリフレクターだ。

 

「いいや。以前から観測されてはいるが、この近辺に現れたのは初めてだ」

「……何か目的があるのかな?」

 

続いて陽吾が声を上げる。

 

「ここにいる者たちは一度は外界遠征を経験しているから分かると思うが、魔物達に目的などない。強いて言うなら食欲と言ったところか。 ともかく巨人の出現の原因は不明だ」

 

目的があったとして、人の言語を話さない魔物の目的など理解できるはずもない。先程拠点に戻ってきた彼ならば知っているかもしれないが。そう考えるも素直に彼が伝えるとも思えないので保留にする。何にせよやることは変わらないのだ。

 

「巨人討伐後はこちらへ戻って結界の張替えを行う。君達は兵士と共に結界交換の間、無防備になる兵と拠点防衛だ」

 

どちらも仕事の内容として分かりやすい。倒す、守る。その二種類。

愛菜の魔術、深淵の特性からすれば「守る」という行為は難しいのだが、マグナスに由紀に陽吾と広範囲をカバーできる魔術師が居る。

今の由紀にそこまで気が回るのかは分からないが、まぁ取り敢えずマグナスが居れ誰も傷つく事無く終えられるだろう。よっぽど死にたがりな者でなければマグナスが守ってくれる。前回、宝姫咲輝を守った時の気合いの入りようを見れば、彼がどれだけ「罪のない人を守る意思」を持っているのかは分かる。

 

「現状こちらで把握している巨人の武器は、やはりあの体だ。体躯の通りとてつもない力を持っている。その上見た目の癖に動きは素早い。振り下ろす拳は大岩くらいなら砕く。一撃も貰うな、死ぬぞ」

 

今もどこかで見ているであろうと誰かさんは、その何百倍以上の力を持った一撃を片手で止めていた訳だが、当然それができるのはその誰かさんだけである。

 

「弱点は頭部。小さくはあるが脳を持っている。そこを狙え。深淵、リフレクター、君たちの武器ならば貫けるだろう」

「ん」

「オーケー」

 

愛菜が小さく頷いて、リフレクターが右手を軽く上げて返事をした。愛菜も正直なところリフレクターという者がどんな戦い方をするのかは知らない。名の通り跳ね返るとは聞いたことがあるが、同時に動いて剣を振るうというのも聞いた。攻撃手段が魔術でなく刃物などの武器である様だ。

 

「極術師同士、協力して……とは言わないが、くれぐれも味方を攻撃するな。さて質問はあるか?」

 

ナナシがそう尋ねるも、声を上げる者はいなかった。

 

「ならばゆけ。旧世界の木偶の坊に新世界の頂点を見せ付けて来い」

 

その言葉を聞いて、一番ドア側にいた陽吾から順に小会議室を後にして行く。

一番最後に愛菜も続いて行こうとして。

 

「深淵」

 

だがナナシに呼び止められた。

 

「なに?」

「言伝を預かっている。一応見てる、だそうだ」

「……そっか、ん、わかった」

 

どうやら彼はもう近くに居るようだ。この外界遠征、自分の深淵としての力は十全に使えないが、制約の範囲内でも十分戦える。彼が見ているのだとしたら、無様な姿は見せられない。そう思うと、この退屈な行事にも、少しやる気が湧いてくるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

拠点を出れば直ぐに兵士達に見送られた。リフレクターだけ結界を出る前に兵士から武器である剣を受け取っていたので、少し後ろから着いてきている。誰一人待つとかしない辺り、チームワークは期待できない。愛菜としても、下手に協力だので行動が制限されるよりかは良い。元々協力プレイに向いてる魔術でもない。

それに、日頃戦闘を行う事があっても一人で戦うか、亮という万能過ぎるサポーターに一方的に手伝ってもらうことしかないのだ。彼との場合は協力と言うよりかは介護されていると言った方が良い。

 

「深淵」

「なんですか?」

 

ふと先を歩いていたマグナスに声をかけられた。

 

「日が出ていると戦いにくいと聞いた。相手はかなりの大きさだ、戦えるのか?」

 

暗に戦力になるのか?という問いに聞こえるが、マグナスの表情からその線はなさそうだ。本当に心配そうな顔をしている。敵対していない限り、そういう貶すとかいう行為はしないのだろう。

 

「はい。むしろ大きい相手であれば、影ができます。その点では戦いやすい相手だと思ってますよ」

「そうか、ならばいい。要らぬ心配をした」

「いいえ、気を使ってくれてありがとうございます」

 

ニコッと完璧な作り笑いで礼を述べた。

 

「と、当然だ……」

 

そっぽを向いてマグナスが答える。どこからか「残酷な奴だ」という聞き慣れた声が聞こえた気がした。

 

「このメンバーだと頼もしいなぁ。僕、外界の魔物ってやっぱり怖いんだけど、これなら安心して戦えそうだよ。宮里さんもそう思うよね?」

「……えぇ、そうね。私も頑張らないと。みんなに遅れをとるわけには行かないわ」

 

陽吾と由紀もそんな会話をしていた。潜水艦内でマグナスに諭され、由紀も少しは調子を取り戻した様子。後は陽吾の明るく緩い雰囲気が気持ちを和らげているのだろう。酷く謙虚な事を言ってはいるが、魔術だけで言えば陽吾の魔術、念力はかなり強い部類になる。彼の逸話には動かなくなった列車を動かしたという物がある。

念力は上位術師でも人一人動かすのが限度と言われているのだ。陽吾の持つ魔力の量がもっと多くなれば、亮の魔力の壁の様にもっと強力なものになるだろうと、愛菜は考えている。

 

もちろん汎用性で考えるのならば、由紀の魔術も侮れない。いつでもどこでも好きな時に空気中の水分を凍らせ、魔力でその氷の性質を弄れる。やたら滑るとか、硬いとか、そういう操作だ。地味に聞こえるが侮れるわけがない。よっぽど力がなければ彼女の作る氷は砕けないし、足場を凍らされればまともに動けない。もちろん動けなければ足元から凍りついて、やがては氷のオブジェクトに成り果てる。

 

今一度価値観を訂正していかなければならない。意思一つで惑星を貫くビームを放ったり、この地球から文明を消し去る神の御業を使ったり、片手で地球を割れる者達の価値観に合わせていてはいけないのだ。

 

「そろそろだぞー」

 

しばらく歩いて居ると、少し後ろからリフレクターの声がした。言われてさらに警戒を強める。映像で巨人は微動だにしていなかったが、今もそうだとは限らない。

久しぶりの魔物との戦いに緊張感も湧いてくる。

 

「見えたわ」

 

少し声を落として由紀が言う。木々に隠れてはいるが、確かにもう少し先に肌色の巨体を確認できた。

 

「さ、作戦とか作る!?」

 

興奮気味に、それでも小声で陽吾がジェスチャー交えに発言。

 

「あ、でしたら私が。影さえ作ってくれれば頭に行って刃物刺してきます」

「……物騒な事をすごい平然と言うわね……」

「魔物にかける慈悲はありません」

 

と、陽吾、由紀、愛菜の三人で各々アイディアを上げる。一応協力して見ようという志ではある。それに相手を闇に落とすことが出来ないのだから、やれることと言えばそういう不意打ちが主になる。魔力コントロールで多少は防御力を持ってはいるが、流石にあの巨体から繰り出される拳に直撃してしまうと死ぬ。なので大立ち回りなんてできるはずもないのだ。

 

「……案は出たか?私にもできることがあるなら手伝おう」

 

話を聞いていたマグナスもそう言って会話に混ざってくる。なんなら彼一人でどうにかなりそうな気はするのだが、コミュニケーション能力を持っているからだろう。協力してくれそうな雰囲気だ。

 

「そうね……まずは私が氷を上空に作って……」

 

と、由紀が頭の中で練り上げた作戦を伝えようとしたその時。

 

「策なんて要らねえだろ!やるだけやっちまおうぜ」

 

と、声を上げてリフレクターが飛び出して行った。

 

「えぇ……」

「アレでよく自警団のトップに立てるものだな」

 

愛菜が白い目をしつつ、マグナスが呆れる。

 

「っしゃあ!」

 

まず、リフレクターは走りながら並び立つ木に向かって飛んでいき、それに思い切りぶつかった。傍から見ればただ木に向かって衝突している間抜けにしか見えないのだが、当たった瞬間、リフレクター自身がまるでピンボールの様に弾かれた。

そしてまた別の木に当たってまた弾かれる。そして次の行き先は開けた大地に立ち尽くす巨人の元だった。

 

「うおおらぁっ!」

 

右手に携えた剣を構えて、未だに立ち尽くしていた巨人の胴体を切り付ける。

そのまま巨人の横をすり抜けて反対側の木にぶつかり、そしてまた弾かれ戻ってくる。

 

「わぁ、すっごい速いね」

「リフレクターって……そういう?」

「光とか音とか、そういう全く関係ないわね」

「……まあ、反射していると言えば反射はしているが……いや、どちらかと言うと反発か?」

 

取り敢えず極術師達の魔術の命名がかなり適当だということがよくわかった。

誰が付けているのかは分からないが、センスのなさが垣間見える。

 

「グボオオオオオオオ!」

「うぉっ!?」

 

反対側の木に当たって戻ってきて、もう一度斬りつけようとした所、やっと動き出した巨人が雄叫びを上げていた。

 

「うるさ」

 

声はかなり大きく、それでいて低いので響き、空気が震える。人の恐怖を煽るようなそういう音だった。

 

「しかしどうする?これではもう不意打ちも何も無いだろう」

「そうみたいね……はぁ、まったく」

 

しかしまぁたかが雄叫び如きビビる極術師ではなかった。

 

「おいお前ら!見てないで助けに来いよ!」

 

雄叫びにビビったのか一撃も当てずにこちらへ戻ってきたリフレクターがそう抗議した。勝手に突っ込んでったのはお前だろと声は出していないが、そういう視線がリフレクターに集まる。

 

「……仕方あるまい。みな巨人の元へ向かうぞ、森の中では分が悪い」

 

あの巨体が森に突っ込んできた場合、倒壊する大木が凶器になってしまう。愛菜としてはその方が影ができて助かるのだが、まぁ多数決ということで仕方ない。先に駆け出した彼らに続いて飛び出すことにする。

 

「わわっ、来たよ!」

 

陽吾が声を上げた。先程リフレクターに切られた一体がその巨体に似合わず小走りでこちらに向かってきている。ダンダンと地を揺らしながら走ってくる巨体はもうそれだけで必殺の力を持っている。

 

「あれは任せて!」

 

由紀は一旦その場に止まって巨人の行先を氷漬けにした。ツルッと転けさせる寸法だ──ったのだが。

 

凍った部分に足を乗せた途端、巨人は両足をしっかりと氷の足場に付けて、その上を滑って行った。

 

「えええええええ!?」

 

由紀が素っ頓狂な声を上げる。ワックスがけした床を滑る子供の様な事を始めた巨人、そりゃまぁ声を出すのも無理はないというものだ。

 

「ダメじゃねえかよ!」

「ま、まさかあんな事されるなんて思わないでしょ!!」

 

リフレクターに咎められ、そう返す由紀。誰一人として氷の上を滑るとは思わなかったため、あまり強く言う者は居ない。取り敢えずこのまま前進すると距離を縮めるだけなので全員足を止める。

 

「マグナスさん!」

「任された!」

 

あの巨人を止める手立ては愛菜には浮かばなかったため、何とかしてくれそうなマグナスにお願いする。

好きな人のお願いという事でマグナスもやる気満々な様子だ。右腕を後ろに引き、右手に魔術で業火を溜める。二呼吸ほどで腕ごと前に突き出した。

 

「はあああっ!」

 

──バアアアアン!

と、空気が爆ぜる音が響く。開けた草のない大地に業火が真っ直ぐ巨人に向かって飛んで行った。

 

「す、すごい」

 

思わず陽吾が声を上げた。確かに尋常じゃない火力だ。巨人は炎を避ける手立てを持たず、業火に身が包まれる。当然足も止まった。

 

「っし俺らも負けてられねえな!陽吾!念力で俺を巨人に向かってぶっ飛ばしてくれっ!」

「わ、わかった!」

 

炎に見惚れる陽吾にリフレクターがそう声をかけ、陽吾もそれに応じる。念力でリフレクターを包んで、思い切り巨人目掛けてリフレクターを飛ばす。リフレクターは一直線に、それでいて超高速で巨人の元へ飛んで行った。

 

「いい速さだ!」

 

言いながら業火に焼かれる巨人の顔面を切り付ける。そのまま反対側に飛んで行って。

 

「陽吾!」

「うんっ!」

 

その直後、リフレクターはあるはずのない木にぶつかった。タネは簡単だ、陽吾が念力で倒木をリフレクターの行先にセットしていた。そしてリフレクターはまた反発してもう一度業火に包まれた巨人を切り付けた。

 

「絶対零度!!」

「わかったわ!」

 

今度は由紀に合図を送る。先程までは巨人の思わぬ行動にパニクって居たが、ちゃんと自分のやることを把握した。

リフレクターの行先に氷の壁を作る。そうすることでもう一度リフレクターは反発して巨人に切りかかる。

 

「っしゃ乗ってきたぜ!!」

 

そのまま連続で巨人を挟んで往復し、その度に切りつけていく。中々いい感じのコンビネーションになっていた。

 

「どうなることかと思ったが、中々いいコンビネーションであるな……よし、私達も…………深淵?」

 

マグナスは感心しながら三人の連携を眺めていたが、途中で愛菜が居ないことに気がついた。

 

「む?」

 

辺りを見回すも見当たらない。一体どこに行ったのかと思っていると。

 

「グオオオオオオオオ……」

 

と、少し離れた位置にいた巨人の一体がその場に倒れ込んだ。

 

「っ!?一体誰が……」

 

呟くも、その答えは倒れ込んだ巨人の後頭部にあった。

 

「よっこら」

 

愛菜がそんな事を言いながら巨人の後頭部から飛び降りていた。見れば、両手に血にまみれたナイフを持っている。

 

「あ、気付かれた」

 

もう一体の残っていた巨人が愛菜の方に近寄っていく。それを見て取り敢えず全力で走ってマグナス達の元へ戻っていく。

 

「宮里さーん!!」

「……しゃがみなさい!」

 

愛菜に声をかけられ、由紀は自身の右手に先端を尖らせた氷の槍を出現させた。それを槍投げの要領で投げる。多少放物線を描きながらも愛菜を追う巨人の顔にまで飛んで当たった。

 

「グボオオ!?」

 

思っきり右目を貫いていた。たまらず足を止めて痛みに震えている。

 

「これで終いだ!」

 

リフレクターの方もやっと刃物が首の左半分をぶった切っていた。先程から何度もそこを狙っていたのだが、巨人の生命活動に必要な神経は少ないらしく、やっとそれを切れた事で全身が黒く焦げた巨人が倒れ込む。もう声を上げる元気も無いようだ。

 

「残りはあれだけか」

 

マグナスが呟いた。視線は右目に刺さった氷の矢を引き抜いて血を流す巨人のみとなった。

 

「これくらいの敵ならもう適当に済ませちまえばいいじゃねえか」

「……敵だけに?」

「久坂君、それは寒いわ」

「絶対零度の宮里さんでも寒いんですね」

「……頼む、仲がいいのは結構だが真面目にやって欲しい」

 

新世界の頂点を四人が死ぬほど下らないギャグを繰り広げている。取り敢えずマグナスは頭を抱えるしかなかった。

 

「じゃ、あんまり活躍できていない僕が……っ、来るよ!」

 

陽吾の声で全員の意識が最後の巨人へ。そして全員驚愕する。

 

「ガ……グ……ボ」

 

突如。巨人の右腕が黒く歪み、血なのかそれとも別の液体なのか、よく分からない気泡の様な何かが現れ始めた。

 

「(……あれって)」

 

気泡の方はよく分からないが、あの黒く歪む感覚は愛菜には見覚えがあった。どっかの誰かさんが体の中から物を取り出す時に見る物だ。

 

「散れ!何か来るぞ!」

 

マグナスの声で全員別々の方向に走り始める。リフレクターが左、マグナスが右、由紀は後退して陽吾は念力で自身を浮かせて上へと言った具合だ。出遅れた愛菜どれに着いていこうか一瞬悩み。

 

「あ、入れてください」

「え?お、おう」

 

走るのが面倒だったのでリフレクターに許可を貰って彼の影に入る。

 

そうこうしている間に巨人の気泡が収まって、その直後。

 

「宮里さんっ!」

 

上にいた陽吾が声を上げた。30mか、それだけ離れていた巨人の右腕が、由紀に向かって、伸びた。

移動したとかそういうのではなく、まるでゴムのように右腕が由紀に向かって一直線に伸びたのだ。しかも速度は先程のリフレクターの比ではない。人の肉眼でギリギリ捉えられるか、そういう速度。

 

「(しまっ……)」

 

条件反射で氷の壁を展開していくも、間に合わない。もう巨大な拳が目と鼻の先にある。

 

──バリン!

と、強い音が響いて。

 

「……ぇ」

 

それでも、由紀に衝撃は伝わってこない。頭の中は真っ白になったまま、取り敢えずその場に固まる。

 

「良かった!間に合ったんだね!」

 

陽吾の声がして、視界の情報を頭で処理すると、自分が作ったと思われる氷の壁が出現していた。それが巨人の拳を受け止めきっており、先程の音は拳が氷を叩いた音だと推測できる。

 

「(……どういう……こと?)」

 

しかし納得できない。間違いなく間に合っていなかった。加えるならば条件反射であれほどの力を抑えられる氷の壁は作れない。そしてなにより。

 

目の前のこの氷からは自分の魔力が感じられない。

 

何となくではあるが、自分の作った氷は自分で作ったと感じられるものだ。作った事を覚えているとかではなく、慣れ親しんだような、そういう感覚があるもの。目の前の氷の壁からはそれを感じられない。自分の作る氷より、もっと固く、もっと異質な感覚がする。

 

だが身に覚えがあった。この、酷く冷たい感覚には。

 

「(これは……)」

 

昨日の朝、やっと見つけた妹の仇。その存在を思い出して。

 

──ゴオオオォォォォ……

と、呻き声の様な巨人の声が聞こえ、その直後にバタンと倒れる音が聞こえた。

 

「……どういうことだよアレ」

 

リフレクターが呟いた。彼の視線の先には由紀の元まで腕を伸ばしきったまま、その場に倒れ込む巨人の姿があった。

死んでいるのは見て分かる。だが死亡する原因も分からない。誰もあの巨人に攻撃した訳では無いからだ。

 

「取り敢えず、終わった、のかな」

 

陽吾が呟いて、取り敢えず戦いの終わりに実感が湧いた。

 

ただ誰も最後の巨人が何をしたのかだけ理解出来ていない。

 

「(……あんにゃろう)」

 

たった一人、リフレクターの影の中に居る愛菜を除いて。

 

 

 

 

 

 

『あるじぃ……』

『反省はしている』

 

少し離れた森で、犯人はその光景を眺めていた。




別に極術師が弱いわけじゃありませんよと言うことだけお伝え致します。
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