ナナシからの情報を元に少し本気で咲輝の魔力を探したところ、割と直ぐに見付けられたのでここまでやってきた訳だが、鈴木数馬が地に伏して居るところを見るに、ちょうどいいタイミングで来れたようだ。
「魔人、亮。やはり最後に立ち塞がるのはお前か」
「一応、これでも安定装置の守護が本当の仕事なんでな」
「だから安定装置は傷一つつかない。お前という絶対的な守護者がいる限り、触れることすら叶わない」
帝はそう言って事実を確認する。過去に安定装置を破壊しようとした者は二人居た。
その両方共、魔人によって潰されている。全て帝が王の時に起こった事だ。当然、帝は亮の力を目の当たりにしている。
「じゃ早々に諦めて再び死ね」
「そういうわけにはいかない。力しか持たないお前には負けられない」
言って。帝が手のひらを亮へと向け、直後、七つの魔力の塊が手から一つずつ、球体となって亮へと高速で飛んでいく。
確かに。今の数馬では荷が重いだろう。白いその球体は一つ一つに極術師一人分の魔力とほぼ同等の力が宿っている。威力で言えば鉛玉の比ではない。一つでただの人間を原型留めず消しされるほどの力。
「……」
だがしかし、それらは当然のように亮に触れれば飲まれて消える。
「食らったな?魔人」
「……ン?」
帝はとてつもない魔力の塊が通じないのを見て、絶望するどころかそう笑ってみせた。理由は簡単だ、元々、あの塊は亮に食らわせるためにあったから。それを証明するように。
──ボンッ!
と、空気の詰まった瓶の栓を抜いた様な音が響き。亮が消し飛んだ。
「よしっ……」
帝の先には白い煙だけが残っていた。爆発した魔力の残りだ。色は魔球と同じ白で香りはない。このタチの悪い爆弾はかつて存在した極術師の魔術だ。
威力は申し分ない。亮の体内で爆発したのにも関わらず、近くにあって試験管のガラスが砕け散り、入っていた液体と臓器を撒き散らしている。およそ、人が受けていい爆発では無い。増してや体内で起こっていい爆発でも無い。
「なるほど、考えたな」
音が聞こえて。白の煙がスッと流され代わりに亮が先程と全く同じ場所に立っていた。
「外から攻撃してダメなら内側から破壊してやりゃいい。悪くない発想だ。素直に驚いた」
「……そう言う割には、驚いている様には見えんが」
「驚いた時には四散していたからな、仕方ないだろ」
そうおどける。どう見ても爆発四散した者の取る態度では無かった。
「ちなみに、今の術は死んだボマーから拝借したのか?」
「貴様に話してやる義理はない」
「それもそうか、お前を殺した後に食らって確かめてやろう」
亮の言葉の直後、帝の視界が、ズレた。
「(なんだ……?)」
と、思っている間に、視界は床に埋め尽くされる。下を向いたつもりは全くない。更に床が迫る。そう思った時に、全てを理解した。
理解させてくれたのは、激痛。
「……!」
声が出ない。当然だ。
首から上が落ちているのだから。喉に空気が通らなければ声は出ない。
「さて、お前の魔力は何回再生すれば枯渇する?」
激痛に頭が侵されていても、どうやら聞いてそれを処理する機能は残っているらしい。亮のその呟きに、帝は恐怖──ではなく、魔力が残り続ける限り戦える事に歓喜した。だから、頭だけとなったその顔で、魔人に対して笑みを作って見せた。
「笑ってられるなら、期待してやろう」
一瞬だけ視界が暗転し、転がった首から上の感覚がなくなった。しかし次の瞬間には、正しい位置に頭があった。なるほどこれかと帝は亮が再生した理由を理解した。魔力が有り続ける限り、何度だって再生できる。
取り敢えず、何百何千何万何億と殺せば亮も死ぬ。勝利条件の一つにそれを付け加えた。
「さぁ、黒鎌帝。お前がこれまでの人生で積み上げてきた全てを総動員して奇跡でも起こし、俺を殺してみせろ」
「言われずとも」
互いに一撃ずつ加え終わった後ではある。それでも、これが開戦の合図だった。
まず帝が動く。先程数馬にやったように、人の目には追えない速度で亮へと近付いた。その勢いのままに腕を引いて亮の胸元に掌底を叩き込む。
当てる瞬間、亮の顔を盗み見れば、目でこちらを見ていた。どうやらこの速度でも彼は見切って来れるらしい。けれどカウンターを合わせてくる様子もない。
──バンッ!
強烈な音が出ているだけはある。亮の体は大きく後ろへ流されていく。ただし、吹き飛ぶとかそういうのではなく、床の上を滑って行く様な感じではあった。
それよりも当てた部分が亮に取り込まれなかった事に違和感を抱いた。何か裏がある様な気はする。なので一旦帝は攻撃を中止し、次に口を開いた。
「この力を得て分かった。魔人、お前が本当に、心の底からこの世界に関心を持っていない事を」
それは、帝から亮へ対する失望の言葉だった。
「これほどの、いや、これ以上の力を持ちながら貴様は世界の者たちを守ろうとはしない。あまつさえ手に掛ける側に立っている」
故に批難する。世界のみんなを守れる力を持っていて、それでいて旧世界の者たちを全滅させた事を。
「深淵を救い、共に生活する姿を見て、貴様にも人の心があると思っていた。だが違う。人の心があればそもそも人を殺す事はしない。貴様には仇なす者を殺す覚悟しかないのだ。私は違う、私には世界に住む全ての者を守る覚悟がある!」
言って、再び帝の姿が消える。今度はそれに合わせて亮も動いた。
突貫してくる帝の背後に回り込むように、彼も高速で移動した。けれどやはり攻撃の意思はなく、ただ二人の位置が入れ替わっただけに留まる。
「確かに、お前はたくさんの人のために人を捨てる覚悟を持って、ンでもって実行して、ここに立ってるんだろう」
ついで、亮が言葉を発した。それで居ても帝は間髪開けずに亮へと追撃。
「お前は大切な新世界の頂点という立場を捨て、新世界を救おうとしている」
亮が言葉を紡いでいる間にも帝の攻撃は止まらない。
一度最初の攻撃を紙一重で交わすも、拳と蹴りの連続攻撃が続く。競技の様に形はない。ただ人の目に追えない速度で人の身に余る攻撃が続く。そして亮はそれをいなして、けれど言葉を止めない。
「俺は、全く関係ない人々と、俺を信じて疑わなかった人々の想いを踏みにじって自分のためだけにここに立ってる。お前とは比べ物にならねえよ」
上下関係の話ではない。ただ性質の違いを述べただけだ。方や誰がために。方や己がために。どちらの想いが尊重されて然るべきかなんて、比べるまでもない。
「分かって!!お前はまだ私の前に立ち塞がるのか!!」
言葉の最後に、容赦のない右拳によるアッパーが亮にヒットして、亮の体が宙に浮き上がり、天井に叩きつけられる。
当たった衝撃で天井がベコッと音を立ててへこむほどだ、常人ならば首から先が飛ぶどころか消し飛ぶ威力。
帝は新しい力を十分に使いこなしていた。
確かにこれほどの力であれば、安定装置を守る障壁も破壊できるかもしれない。
「……言ってるだろ、奇跡でも起こして俺を殺してみせろと」
だが、それでも尚、亮は一切表情を変えることは無かった。右手で天井に触り、勢いを完全に押し殺していた。そのまま何事もなかったように後方へ飛んで帝と距離を取り。
「それじゃまだ俺は殺せないぞ」
「ちっ……」
帝の舌打ちに次いで、亮が右腕を真っ直ぐ前へ伸ばした。ようやく、彼が自発的に動いた。
「お前の意志は、覚悟は、想いは、まだまだそんなもんじゃないはずだ」
言って、伸ばした腕が黒く歪み始める。
「……まずい」
帝は、戦いに精通した者ではない。殺気を感じるとか、魔力を感じるとか、そういう第六感を持ち合わせてはいない。
なのに、その黒い歪みを見て鳥肌が立った。それは本能が全力で警戒しているというサインだった。
だから間髪入れずに出せる限りの爆発する魔球を亮に向けて放った。数えるのも億劫になる程には多い。歯向かうものを数と力の暴力で押し潰さんとする魔球の数々は亮に当たり──だが遅い。無数の魔球は、亮の右腕から出てきた何かに喰われた。
「コイツは、世界を欺き自分の身を挺して人々を守ろうとするお前の相手に相応しい」
それは、蛇だった。
「────!!」
音が出ていたのなら。キシャァーとか、蛇らしい声が聞こえていたはずだ。右腕の蛇はそう言う風に大きな口を開けて居るのだから。だが音は無い。「まぁ別に声なんて要らねえだろ」といった適当な感じに亮が出したからだ。
「蛇……?」
「九之枝の一つ、大蛇。かつて、大切な人を守るために大切な人達に蔑まれる事を選び、優しい嘘を貫き通した蛇だ。ってもお前には分からないか」
大蛇は肩口からではなく、亮の脇腹より少し上からを胴を現している。余りにも不格好ではあるが、5m前後のぶっとい蛇が腕の様に生えているのを見れば生理的嫌悪感を感じるだけなので気にすることは無い。
大蛇の体が毒々しい紫色である事も拍車を掛けている。
「まさか、これほどの存在を……」
およそ、人の体に収まっていたとは思えない。この蛇から発せられる魔力は空気を震わせている。比喩ではない。文字通り、蛇の周りだけ空気が震え、まるで陽炎の様に揺らいでいる。
「コイツも弱くはない。だからお前に勝利条件と報酬を設けてやろう。もしコイツを行動不能にさせたなら、無条件でお前の下についてやる」
「なに……?」
それは破格の取引だった。いつ終わるのか分からない戦いに身を投じなくて済む。力の差はあるだろう。けれど予備動作なしで魔人となった自分の首を切り落としてくる者を殺し続けるよりは勝算がある。
なにより勝利した暁には彼が味方になる。
自分よりも強い、というか旧世界も含めて世界で最も強い男が自分の所業を手伝ってくれる。それに、彼がついてくれるなら間違いなく深淵もおまけで付いてくるだろう。彼女の居場所が彼の居るところだからだ。
絶対有利な取引。メリットしかない。それに彼は約束を違えることはない。彼の性格上、そんなくだらない事はしない。そういう者だ。そこまで全て確認した上で。
「いいや、私の勝利条件は変わらないよ」
そう回答する。絶対有利な勝利条件を放棄する。
「そうか」
対する亮も、その回答には大して驚きもせず──
蛇が動く。音もなく、その巨大な体が地を這ってうねりながら帝の元に、突っ込んでいく。途中で行先の試験管を破壊しながら進んでいく。一応かなり大きな装置で床に埋め込まれているものなのだが、それすら意に介さず進んで行くあたり威力は保証されていた。
真正面から受け止めるのはまずい。そう判断した帝は右へ大きく跳ぶ。当然それに合わせて追従してくるが、予想通り。そのまま亮の背後に回り込むように再び跳ぶ。
「ン?……あぁ」
取り敢えず何をされるのか、亮は察したようだ。
このまま大蛇が追従していけば、右腕から大蛇を出している亮は巻き付かれる。それを避けるために亮が真上に一度飛び上がる。
「そこだっ!」
もちろん、それは帝が誘発させた事だ。亮が両足を地から話した瞬間に飛び掛る。空中であれば直ぐに避けられる限りではないと予想したから。
──バンッ!
と、掌底が命中する。
ただし、それは亮にではなく大蛇の胴体に。
「くっ!?」
「蛇が素早く動けないと思ったか」
紫色の胴体の向こう側からそんな声が聞こえる。隙を突いた一撃は意味を為していなかった。大蛇の方にも効いている様子はない。ゴムのように弾力性のある皮膚が衝撃を吸収している様に感じた。
一撃を受けても大蛇は怯むこと無く宙でグルっと帝を中心に回り始める。
「ガッ!」
気づいた時にはもう遅い。尋常じゃない力で体が締め付けられる。いくつもの骨が折れていくのを痛みで感じる。肺が潰されて呼吸ができない。
「(なにか……なにか……!)」
だが思考はできた。そう、亮の言うように、こんなもんじゃない。まだ意志は潰えない。たかが大蛇の締め付け如きに潰される想いじゃない。
「(そうだ、食らう……魔人の象徴と言える力……!)」
それを用い、大蛇を食らう事でここから脱せる。更には大蛇の力も我が物となる。
「(……だが…………いいのか?)」
ボマーの細胞を使った時とは訳が違う。食らえば、性質も記憶も何もかもを手に入れ、自分の力にする。
「(それは、自分が散々嫌った犠牲ではないのか……?)」
食らうという事は、誰かを犠牲にして自分の糧にすることでは無いのか。そう自分に問掛ける。食らうと言っても食事ではない。力を得ることだけを目的に誰かの人生を奪うのが「食らう」という事だ。
それをして、手にした勝利を自分は誇れるのか?
「っ……」
悠長に考えている間に視界が暗転した。もはや体の全てが潰れている。至る所から血が吹き出し、けれど何度も回復し続けその分殺されている。
迷っている暇はない。迷えば迷うだけ無駄に魔力を消費する。
「(仕方……ない、のか……)」
あまり乗り気ではない。けれどこのまま無惨に終わるわけにもいかない。
新世界を変える。誰も、誰かの犠牲にならなくていい世界を作る。その目的の第一歩である安定装置の破壊を成しえずして倒れられない。
そう覚悟を決めてから始める。具体的なやり方は分からないが、爆発する魔球もイメージするだけで出せた。食らうことも要領は同じだろう。幸い目の前で実演してくれているので、ただそれをなぞる。
体が黒く歪み、歪んだ黒で触れているものを取り込むイメージ。目を閉じて、大蛇を巻き込み、引き込み、一体化する。
成果はすぐに現れた。
目を閉じた暗闇の中に、全く誰か分からない人々の顔が思い浮かんだ。具体的に何人かとか、どういう人達か、というのは分からない。分からないが、自分はその者たちと楽しく遊んでいたり、この居場所を守ってくれと頼まれた。もちろん帝自身には全くそんな記憶はない。
ただ、これはあの大蛇の記憶なのだと確信した。
次いで、「自分は彼らを守る」という強い意志が湧いてくる。だがその意志とほぼ同じタイミングで守りたかった人々に攻撃される映像が、一人称で再生された。
これも仕方ない事だと笑って、けれどとてつもなく悲しくて、辛くて。
そして、最後の最後に帝を襲ったのは絶望。
通りがかりの革ジャンの男に自身を含めた全てを奪われた、その絶望。全ての悲劇を、自分が彼らの敵となることで回避したはずなのに。そのために自分はアレだけ辛い思いをしたのに、なのに、ただの通り魔に全て台無しにされた。
「……あぁ、なんか悪いな」
奪い尽くした後に、大した関心もなくそう呟いた亮の姿が、帝に憎悪の感情を植え付け──
──ブツン!とその想いと光景が弾き飛んだ。
何が起こったと困惑する間もなく、残された黒だけの世界に声が響いた。
『誰の許可得て妾の楽園に入って来とる』
酷く冷たい少女の声で帝は思わず目を開く。
「(……今のは……)」
背筋に寒気が残っている。あれは明確な殺意だった。王であった帝はこれまでに本気の殺意を向けられたことは何度もあったが、それらが可愛らしく思えるような殺気。目を開けて亮を見据えても、その肌を貫く様な殺気は感じない。
つまりアレは亮の中に居る誰かから発せられた物だ。常識的に考えれば人の中に誰かいるとか有り得ない話だが、彼と相対する時に関しては常識の枠を取り払わないといけない。
ちなみに、その誰かは『どこが楽園だって?』『ヴァルハラと読むんじゃよ!』『人の頭で頭の悪いこと言ってんな』『なんかカオスじゃの』なんて亮とくだらない漫才を繰り広げていた。そんな事はこの戦いが始まる前から始まっていて、現在進行形で続いているのだが帝にそれを知る術はない。
それはさておき、思考が戻ってきた帝か次に気が付いたことは、大蛇が消えていた事だった。自分の体を押し潰していた大蛇から解放されており、そればかりか亮の右肩からは正常に、正しい腕が生えている。
あのままではただ死を待つだけだったのに。亮はあのまま同じ事を続けていれば勝利できたのに。だからこそ酷く不気味だった。彼にどういう意図があるのか図れない。元々何考えてのか分からない存在だったが、こうして相対すればそれが顕著に現れる。
「どういうつもりだ。なぜ引っ込めた。まさか今更心変わりというわけでもあるまい」
帝がそう問い質すと。
「……もういい。なんつーかお前、なに満足してんだ?」
「満足……?まさか。私はまだ安定装置を壊していない。満足など」
「だからもういい。お前の、自分で理解できてない蛇足に付き合っていられるほど暇じゃない」
言って、亮は右手に槍を握る。体から出現させたわけではない。ただ「思った」から出たのだ。
「悪しき者よ、聖なる神の力の前に死ね」
形はただの槍。創作物で雑魚が持っているような何の変哲もない槍。ただし、白く透き通って神々しい輝きを放っていなければの話だ。
「聖なる神……?貴様が?笑わせる」
「これは聖なる神の業だ。ンでお前はソレを使う俺の敵。ならお前は悪しき者で俺が聖なる神だ」
亮の言葉は酷く滑稽な屁理屈にしか聞こえなかった。およそ、相手に納得させる気は無い。無茶苦茶で理不尽。けれどそれだって仕方ない。それが事実であり、世界の理なのだから。
「ならばその神の力とやらをっ!?」
帝が言い切る前に、帝の体が吹き飛ぶ。試験管の二つ貫いて帝の隠し部屋に通じる扉にぶち当たり、それでも勢いは止まらず扉を破壊して更に奥へ。
「(勢いが……止まらない!?)」
理解不能な点は明確だ。自分は何をされたのかが分からない。あの槍で貫かれたわけではない。亮に殴られたとか蹴られたとか、風に流されているとかでもない。見えない何かに押されているわけでもない。
よく分からないし理解できないが物理法則を無視して吹っ飛んでる。
わかったのはそれだけだった。気が付けば隠し部屋の扉の前まで飛んできてしまっている。ここで初めて、帝は焦り始める。
「(まずい、まずい、まずい!このままでは……!)」
このままこの扉を突き破って更にその奥にある機械に触れてしまえば……その時は、本当に自分は何も為し得ずしかもただ失うだけの結果に終わってしまう。
「っおおおおおおおっ!」
床に向かって手を伸ばし、コンクリートの床に思い切り手を埋める。痛みに悶えている場合ではない。コンクリートを引き剥がしながら何とか飛ぶ勢いを押し殺していく。ガリガリガリガリと音を立てて、爪が剥がれ指が折れ、再生させながらまた剥がれて折れる。
結果、隠し部屋に到達する直前で止まることができた。
「っ……」
引かない痛みを気に掛けながらも床から両手を引き抜いて──
──バキッ!
と、背後から亮に首を折られる。視界が暗転し、激痛の中で体が放り投げられるのを感じた。
「(まずい……ダメだ、それは……)」
彼女が、鈴木数馬ではなく根本亮に見つかってしまうのだけはまずかった。
やがて首もあるべき方向に戻り、視界も戻る。
「まぁ、生きてるわな」
次いで、亮の呟きが聞こえる。そう、この帝の隠し部屋の中には彼女が、宝石 姫咲輝が居る。心臓の移植に使う大型装置の中に、彼女は眠っている。
「…………ふっ……満足か……確かに、お前の言う通りなのかもしれない」
諦めて言葉を紡ぐ。どうやら今自分は亮に踏まれているらしく、体がピクリとも動かせない。食らおうとしても先程の冷たい声の者に止められてしまうだろう。手詰まり。だから、言葉で戦う。
「もう、私は本当にやりたかった事を果たしてしまった。咲輝を、宝姫の呪いから解放してやれた」
「……前の部屋にあった試験管の中身は、宝姫咲輝の新しい心臓か」
「あぁ、私は世間から身を隠し、この装置の改良と咲輝に移植しても拒絶を起こさない心臓を作った。シェイカー博士の力も借りたが……」
咲輝がまるまるま収まっている、ポットの様な装置に付いているディスプレイに目を移せば、バイタルサインも安定を示している。もう咲輝には新しい心臓が移植されており、後は彼女の覚醒を待つだけの様だ。
「わざわざ鈴木数馬に隠した理由は?」
「一応、この移植にも危険は伴う。全てを伝えてしまえば、「宝姫の呪いがあろうと咲輝を守り通してみせる」と押し切られてしまいそうだった。それに、あんなに警戒されているのに一から十まで信用されるとも思えん。現に彼はここに来た」
彼は向こうの部屋でノビてはいるが、普通、魔人の存在を知ればここまで、しかも一人で来るなんて有り得ない。以前、宮里紀子も言っていた様に、彼にはよく分からない魅力がある。無謀と紙一重の勇気。そしてそれを無謀とは全く思わせない何か。無条件で信用させてしまうような、そういうよく分からない性質。
もしかしたら帝もそれを感じ取って、だからこんな嘘を吐いたのかもしれない。
「……そうか」
亮はポツリと呟いて。右手を黒く歪ませた。
「な……にをするつもりだ」
次いで、話していた帝から装置の中の咲輝を見据える。
『エグいこと考えるのぅ……』
心の中で八代がドン引きしてるのが伝わってくる。だからといって彼女が亮のする事に反対はしない。二人はそういう関係だ。
「爆弾」
亮の右手に球体が現れる。
「取り敢えずコレを投げる。あぁ、威力はお墨付きだ。お前がさっき使ってたヤツと同等だからな」
「……貴様……まさか」
右手で転がし始める。野球のボールを手に馴染ませるような気軽さで、生物をダメにする球体を弄ぶ。
「分かってると思うが、魔人でも痛いのは痛い。だが死にはしないから安心しろ」
一通り馴染んだところで球体を握りしめ、今度は帝を見据えながら口を開く。
「まぁ、人間は間違いなく死ぬがな」
その言葉で、帝は予想した最悪の展開に確信を持った。
「やめろ!その子には!咲輝には関係がない!!」
「爆発の条件は同じだ。念じれば爆発する」
淡々と、宝姫咲輝の死亡条件が告げられた。それは同時にそのまま帝の敗北条件となる。
「よせぇ!その子に罪はない!ただの人だ!私に脅されて協力しているだけだ!!やめろ!」
帝はただ叫ぶ。どれだけ体に力を入れても動けない。もうそれしか方法がない。
「そうか、ならあれだ、これも安定装置を破壊しようとする、世界の平和を乱そうとした者へ協力した罰だ。世界平和っていう絶対正義の前に死ね」
言って、ポイっと。空き缶を捨てる様に、放り投げた。
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
帝の叫び声は、爆音に掻き消される。ボオオン!と空気を焼き、衝撃が振り撒かれる。亮ですら体内で爆発すればああやって消し飛んだ威力。それが、ガラス一枚隔たれたただの人間の目の前で爆発した。
もう何も語らずともどうなるかなんて明確だ。
『嫉妬というか、腹いせにしてはタチ悪うない?』
『自覚はある。だが別にいいだろ』
黒い煙が蔓延する空間で、亮は八代と会話をしている。無実の、ただ今回の事件に巻き込まれただけの被害者を殺し終えた後とは思えない気軽さ。
何故なら何の罪もない者を殺めることには慣れているからだ。彼の周りにいる者達は時々勘違いするが、元々彼はそういう「クソ」な者なのだ。
理由はもう一つある。
『宝姫咲輝も死んでないしな』
やがて黒煙が晴れていく。爆発のせいで排気扇がフル稼働し、スプリンクラーが放出されている。新世界の技術に掛かればこの程度では直ぐに消化も終えてしまう。
ともかく、晴れた視界の先には、先程足元で喋っていた黒鎌帝が咲輝のポットの前に居た。
「そうだ、その奇跡を待ってた」
帝と、咲輝が収まっているポットを取り囲む様に、白っぽく透き通る壁があった。蜃気楼の様にゆらゆらと揺らめいては居るが、壁は壁。それも魔術なんて低俗な物じゃない。
黒鎌帝は、咲輝を守りたい一心に奇跡を起こした。
──神術
彼はその境地に辿り着いた。
「……魔人、亮。やはり貴様はこの新世界に来るべきではなかった。父は間違っていた。コイツは救われるべき存在ではない」
白の蜃気楼はポットを囲ったまま、そこから枝分かれする様に帝だけを囲っていく。
発現したばかりの神術を帝は手慣れたように扱っている。元々魔人という物にも直ぐに慣れた帝だ。戦いのセンスというのは保有しているのだろう。
何はともあれ、ここからが本当の戦い。無限の魔力では、魔人では亮と同じ土俵には立てない。しかし神術は違う。帝は今間違いなく亮と同じ土俵に立った。この力であれば亮は殺せる。不死身のディザスターはこれで終われる。
「行くぞぉ!魔じ──」
──だが、聖なる槍が黒鎌帝を貫いた。
「大した量にはならないが、プラス収支で終われたか」
亮の右手にあった槍が帝を貫いている。貫通はしていない。出血もない。傷だってついていない。けれど槍は蜃気楼ごと帝を貫いている。
「昨日と今日で合わせれば上々の収穫だ、ありがとう」
謝辞と共に、帝を貫いていた槍が独りでに引き抜かれ亮の体へと呑まれていく。
帝はそのまま地に伏した。
「…………咲輝には……手を……」
「安心しろ、もう興味ねえよ」
「……そう……か……くくっ……せい……ぎ……」
腰を落として左手で帝に触れる。後はもう食らうだけ。
「お前が王として輝く姿を見たかった……すまなかった」
「……伝えておこう」
「……ふっ、助かる」
それを遺言として、音もなく、一瞬で帝は亮の体に呑まれて消えた。
そして亮の存在しない頭には黒鎌帝の人生の、想いの全てが再生される。これまで彼が積み上げてきた物と、意志は、亮の中に溶けて行く。
『……ふむ、マジでこやつの第一目的は宝姫の呪いを外すことにあったか』
『ン、だからまぁ、殺した俺が言うのもなんだが、満足して死んだんだからいいだろ』
『本当に主が言うことじゃねえのじゃ』
もちろん亮が知れば八代も知る。
『結局、帝がやりたかったのは咲輝の解放と今の王を安定装置の傀儡にさせない事だろ。後者は成されなかったが、前者は達成させられた。ンでコイツはその段階で満足してた。本当は、新世界の事なんかより、自分の大事な人が健やかに生きていて欲しかっただけだ』
食らってわかる。黒鎌帝の気持ち。ただ後者の達成には王としての想いが混ざってこんな面倒臭い方法になってしまって、そして自分の死を招いた。
『コイツも馬鹿だからな。宝姫咲輝も、黒鎌正義も、そんなことよりただ笑って傍に居てくれればそれだけでいいのによ』
二人の気持ちなんて分からない。だが、帝の記憶の中に焼き付いている二人の笑顔を見れば、そうだと思える。
「まぁ、お疲れ」
いつもの様に。食らった者が積み上げてきた人生に適当な感想を残して、亮はその場を後にした。
一件落着ということで数話日常パートを挟んで次の章へと向かう予定です。
イチャイチャパートに需要があるのかは怪しいところではありますが。