無敵系中ボスが過去にしがみつく話   作:竜田竜朗

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文が抜けてたので再投稿。お騒がせしました。


外界遠征④

陽さ傾き始めている。オレンジ掛かった光が広大な旧世界を照らしていた。

海面に光が反射し、煌びやかだがどこか哀愁を漂わせる。新世界ではお目にかかれない光景ではあるが、携帯電話を取り出してシャッターを切る余裕はない。

 

「来るぜ!」

 

リフレクターの声が廃墟の港に響き渡る。沖から少し離れた所でマグナスと共に海面を睨みつけ、右手に持った剣を構え──

 

ザッバアァァァァァン!

と音を立てて海面を割いて何かが顔を出した。

 

海の大蛇。そう形容するのが妥当だろう。灰色の鱗に覆われた細長い体が、海面から30mほど空に向かって伸びていき、やがて陸にいる新世界の者達に顔を向け。

 

「ギュルルルルルルルルルル!」

 

と、頭の中まで響き渡るような甲高い叫びを上げた。海の大蛇と陸の者達との間には300mほどの距離があるにも関わらず、頭痛すら引き起こしてくる音だった。

ただその音に怯んでいる暇はなく、海の大蛇は大きな口を開け、水を発射してきた。とても細い水の線が海面を走って陸の方へと向かっていく。水圧による切断、水圧カッターと呼ばれる新世界の兵器に近いそれが、海を裂いて彼らに襲いかかる。

 

「マグナス!」

「承知した」

 

リフレクターに呼ばれ、マグナスは右手を真っ直ぐ前へかざす。二人ともコレを避けきれない訳では無いのだが、援護として後ろに控えている兵士達もそうだとは限らないからだ。

 

「はっ!」

 

マグナスの右掌から業火が放たれる。ただし、ただの炎ではない。いつものように焼き尽くす炎では海の大蛇が放った水圧カッターを止めることは出来ない。

目には目を、圧力には圧力を。という事でマグナスは熱線を放った。水圧カッターよりかは少し太い、真っ赤な、真っ直ぐに飛んでいく熱線。鉄すら溶かして切断する高温高圧の熱線が水圧カッターに真っ向からぶつかり──

 

──ボンッ!

と爆音を響かせ熱波が走る。火は水を蒸発させるが、この圧力同士のぶつかり合いは蒸発程度では済まなかった。爆ぜて、人の身に触れれば火傷では済まないレベルの熱波が広がり、音よりも速くそれが広がって──

そんな事はマグナスも分かっているので、だから彼は正面を左手で払った。熱波に対してそれよりも強い熱波を当てる。人智を超えた魔物の攻撃に対する炎の魔術の応酬は、極術師の名に相応しいものだった。

 

「っこりゃ……あんた一人で十分なんじゃね?」

 

目の前の無茶苦茶な光景にリフレクターが思わず口にする。

 

「消費する魔力量が多い。そう何度も使える手では無い」

 

マグナスは端的に否定した。

考えてみれば午前中から夕方の現在まで、途中で休憩を挟む事はあれど戦い続けている。マグナスはリフレクターとは違って武器はない。魔術で炎を扱う攻撃手段しか持ち合わせていないのだ。いくら新世界で頂点の魔力量を持っていると言えど限界はある。

 

「今の手も使えて後四回ほどだ」

「じゅーぶんだろ。その頃には……おっ、やっと来たか!」

 

振り返ればドリフターこと久坂陽吾が宙に浮かんでこちらへ来た。少し遅れて絶対零度、宮里由紀の姿も見えた。

 

「おまたせ!二人とも連れてきたよ!」

 

陽吾が宙に浮いたまま制止しリフレクターに告げる。

 

「二人って……深淵はどうした?」

「ここです。よいしょっと」

 

そう言いながら、宙に浮く陽吾の影から愛菜が顔からゆっくりと姿を現していく。そんな光景をリフレクターは興味深そうに見つめながら口を開く。

 

「さっき戦ってる時も思った……なんかホラー映画のクリーチャーみたいだな!」

「……ありがとうございます?」

 

褒められているのか怪しいところではあるが、リフレクターの目はなんだかキラキラ輝いていたので悪意は無さそうだった。

 

「そこ二人!呑気に話してる場合じゃないでしょ!」

 

走りながらも、まるで学校のクラス委員長の様に注意するのは宮里由紀。遅れてきた理由はシンプル。陽吾や愛菜と違い、彼女は人ならざる移動方法を持ち合わせていないため、走ってきたのである。

 

「おっせえぞ絶対零度!」

「悪かったわね、こっちは空中浮遊とか影に入るとかはできないのよ!」

 

リフレクターの言葉にそう返しつつ──

 

「全員備えろ」

 

呑気に会話をしている場合ではない。マグナスの言葉に即反応し、海の方へ意識を向ける。

 

「ギュオオオオオオオオオオオッ!」

 

と、海の大蛇、海蛇が雄叫びを上げる。先程の水圧カッターかと全員身構えるが、どうやら違う様で、海蛇は雄叫びの後に口を閉じた。

 

「……チャンスじゃない?今のうちに」

「いや違う……」

 

由紀は何もして来ないなら攻勢に転じるチャンスだと訴えかけようとしたが、マグナスがそれを即座に否定し。

 

「来るぞ!」

 

いつもの落ち着き払った様相を捨て、叫ぶ。その剣幕にただ事じゃないのは分かったが、他の者達には何が何やら……しかしその意味は直ぐにわかった。

 

──ゴゴゴゴゴゴゴッ!

と、激しい地鳴りの様な音が海から聞こえ、海から大きな波が見えたからだ。

離れたところから規模を増して迫ってきている。まだかなり距離があるのだが、それでも10m以上大波になっている事は見て取れる。

陸ごと自分らを飲み込もうとしているのは明白だった。

 

「久坂君ならあの波どれだけ抑えられる?」

 

由紀が陽吾に尋ねる。

 

「ごめんね宮里さん、ちょっと無理かな……」

「いいわ。私も無理だもの」

 

流石に極術師とて自然災害その物を抑え込むことはできない。二人でも精々被害を抑える程度が限界だ。

 

「まっ、そりゃそうだよな……軍隊どもは下がれ!あの規模の波じゃ守り通せねえ!」

 

二人の会話を聞いていたリフレクターが後方の部隊に向かって叫ぶ。

 

「総員撤退!装備は捨て置け!!」

 

間髪開けずに後方からそんな叫びが聞こえる。むしろアレを見て、戦う意志をみせていた部隊がどうかしている様な気はする。流石は外界遠征専門の部隊と言ったところかと愛菜は感心した。

と、そんなことを考えている間にも皆各々、津波への対策を講じていた。

 

「マグナスさん、潜水艦どうしよう?」

 

陽吾が不安そうにマグナスに尋ねた。

 

「久坂陽吾、潜水艦を持ち上げることは可能か?」

「できることはできるけど、身を守れなくなっちゃうかも」

「ならば潜水艦を頼む。君は私が守ろう」

 

言って、マグナスが陽吾の前に立ち、津波に対して堂々と構える。

そして、その背中に勇気を貰った陽吾は、津波から自分の身を守ることを放棄し、持ちうる力を全力で注ぎ、150mを超える潜水艦を魔術で持ち上げた。

海底の水圧にすら耐えうる鋼の塊が、天高く舞い上がる。

 

「ふーっ。気合い入ってんな陽吾。ちょいと俺も使わせてもらうぜ」

 

言いながら、リフレクターはその場にピョンピョンと跳ね始めた。軽快にステップを踏んでいる様に見えるが、これは彼にとっての助走の様なものだ。

 

「さん、に、いち……っと」

 

──ダンッ!

と、地を蹴っ飛ばす豪快な音を立てて、リフレクターが遥か上空へと飛び上がった。目にも止まらぬ早さで上昇するリフレクターは、そのまま陽吾が持ち上げた潜水艦の上へと着地する。

 

「危ないよーっ!」

「聞こえねぇーよ!」

 

危うく念力のバランスを崩しかけたが、何とか保ち、リフレクターも上手くバランスを取って落ちずにいる。

 

「わー、みんな無茶苦茶するなぁ……」

 

力の制限を差し引いても、愛菜にはこういった物理法則内での大技はない。逃げ場がないのなら別の世界に逃げればいいなんていう反則技なら持ち合わせているが、真っ向から自然現象に立ち向かうほどの火力はない。

 

「よっこいしょっと」

 

大人しく自分の影へと消える。一定の暗さがないと出てこられないが、どの道、日が沈まない限り自分の出番はないので、しばらくは闇の世界で大人しくしている事にする。

 

残りの一人、由紀は目を閉じてからこれからやることをイメージしていた。言葉にすればなんてことはない、自分を攫わんとする波だけを凍らせるだけだ。なんてことはないが難しい。だが、それくらいできなくては。

 

「絶対零度の名にかけて」

 

元々、氷の矢を作って放つとか、氷の壁を作るとか、そういう小手先の魔術ではない。先祖の逸話に拠れば氷を身に纏い、触れた物を凍らせる。幾十もの暴徒達を一瞬で行動不能にした。そういった所業から畏怖を込めて「絶対零度」と呼ばれたらしい。

 

ならば、自分もできなくては。せめて自分に触れた物全てくらいは凍らせなくては。でなくては、絶対零度ではないし──(ディザスター)には届かない。

 

「(いつだったか、お母さんが言っていた、想いは力になるって言葉。その言葉があったからこそ、お母さんはお父さんと結ばれたって……なら、この想いもきっと届く)」

 

強くなりたい。その想いが力となり、いつも以上に冷たい冷気が迸る。由紀の足元は一瞬で氷の床へと変わり、由紀の周りの空気すら震え始めた。

 

「絶対零度!!」

 

波はもう目の前だとリフレクターが叫ぶ。

コンクリートの大地すら巻き込んで、ありとあらゆる物を飲み干さんとする大津波が陸ごと極術師達を襲撃した。地を抉り、鉄やコンクリート、樹木、様々な物が入り乱れたこの津波は正しく災害。これに飲まれれば流されるだけでは済まない。人間なんかが飲まれれば恐らくは原型を留めないほどにはもみくちゃにミキサーされること間違いなし。

その大津波が由紀を飲み込み。

 

──天空めがけて伸びる氷の柱が現れた。

 

「なんじゃそりゃ……」

 

空からその様子を眺めていたリフレクターが驚嘆の言葉を呟く。10m以上の高さの氷の柱は、津波に飲まれても変わらず立っていた。由紀を内包したその柱は災害に襲われても、青白く透き通り、夕日に照れされ輝きながら、ブレることなくそびえ立つ。

揺るがない氷のオブジェクトは、絶対零度の名に恥じない造形物だった。

 

そしてその直後。

 

──ゴオオオオオオオッ!

と、爆音とともに、氷の柱とは離れたところで火柱が立った。

 

「うっへ、あっちもあっちでやべえな」

 

言うまでもなくマグナスの仕業である。由紀が自分に迫る津波を凍らせるならば、マグナスは津波を蒸発させている。やはり水を蒸発させ続けていれば爆発が少々起きるが、よく目を凝らしてみれば炎の柱は何重にも発生していてそれら全てを火で打ち消している。

 

氷と炎の極められた魔術は自然災害にも通用した。

 

それから迫る波に耐えに切り、そのまま返す波も防いだ。実際の波ならば、再び大きい波が来るのだろうが、海の大蛇のこれが魔術なのか波はそれで終わった。

 

終わってみれば被害はさして大きくない。陸はかなりぐちゃぐちゃになっているが、だからといって陸が海に飲まれたわけではなく、津波も拠点にまでは届いていない。

見た目ほど酷いものでは無かった。これなら何度使われても同じ要領で防げるだろう。

 

「しかしまぁ、こりゃ持久戦になりそうだわ……よっ」

 

リフレクターがそう言って、やれやれと首を横に振り、陽吾の持ち上げる潜水艦から飛び降りた。

 

この戦い、こちら側から与えられる決定打がなく、敵は攻撃を終えれば海の中へと潜って行ってしまう。上手い具合にカウンターを当てる事が勝利への道ではあるが、海蛇に届いて、且つダメージを与えられるほどの力を持つのはマグナスだけだろう。そしてそのマグナスとて魔力を使い切る前に海蛇を倒せるという訳でもない。

 

こう聞けば「負け」という印象が強くはなるが、交代交代で海蛇を抑える手段が見つかればマグナスを休ませる択も生まれるし、夜になれば愛菜が動ける。ついでにまだ試されてはいないが現代兵器という手段も有しているため、可能性としてはまだ負けてはいない。

 

「怖気付いたか、リフレクター」

「おいその冗談はつまんねえぜマグナス。むしろ燃えてきたとこだ」

 

剣を構え、その剣先を海蛇へと向けた。

 

「こんなに斬りごたえのありそうな奴を斬れるんだ。燃えねえ方がおかしいぜ」

「……ふん。絶対零度、陽吾、リフレクターに続くぞ」

 

マグナスの声に皆が続く。ブラスター、ドリフター、リフレクター、絶対零度の四人が力を合わせて旧世界の魔物に挑む。

 

決してコンビネーションがいい訳では無い。ただ互いの邪魔をしないように戦っているだけ。けれど、それでもこの戦いを拠点の屋上から眺めていたナナシは後世に語り継がれるべき戦いだと思っていた。

 

「……暗黒の闇夜が恋しいぜ!…………ん、ないかな」

 

若干一名足りないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから二時間と少し、夜空の星々の輝きが目立つくらいには暗くなってきた頃、亮は泳いで新世界から旧世界に戻り、図体がでかいだけの海の大蛇の脇を姿を隠して通り抜け、ナナシのいる拠点の屋上に辿り着いた。着くや否やナナシに「戻った」と一言挨拶して、いつもの様にタバコを吸いながら愛菜を見守っていた。わざわざ必要のない呼吸をして、タバコを味わうだけの亮に痺れを切らしたのか。

 

「あれはなんだ?」

 

と、ナナシがそう会話を切り出した。

 

「海中で育った海蛇。多分魔力に適応力がありすぎて、ンで食いすぎてデカくなった」

 

亮は淡々と答える。てっきり黒鎌帝の話でもされるかと思ったが、そういうわけではなさそうだ。

 

魔物のあれほどの進化は旧世界基準でも珍しい事ではあるが、百年に一度は現れるくらいだ。かつて魔物の中でも特別とされた「九之枝」達には、体の大きさだけなら並べるかもしれないが、力で言うならば遠く及ばない。

 

「……大した理由もなくあの大きさか」

「新世界でもそうだろ、生まれながらにして極術師のやつ。努力を重ねれば極術師になれるやつ。死に物狂いで努力しても下位術師止まりなやつ」

 

別に特別なんかじゃない。どこにでもある生まれながらの差だと伝えた。

 

「あれは大量に食事をすれば巨大な化け物になる才能を秘めていたと」

「そういう事だ」

 

新世界の者から見れば、あの大きさは才能とかそういうレベルじゃないと思いたいだろう。亮だって昔はああいう存在は災害の一種だと思っていたが、長い間生きたせいで割と規格外はポンポン産まれてくる物だと知った。

食らって見れば悩みだって持ってるし、自分の才能を嘆く者もいた。周りから理解されないだけの存在だ。その点で言えばも極術師と同じ様なもの。新世界の一般人の枠から飛び出たのが極術師ならば、アレは魔物の枠から飛び出ただけの存在だ。

 

「……彼らは勝てるか?」

「もちろん」

 

亮が即答する。

 

「極術師達が協力して、二日間くらいぶっ通しで戦い続ければ海蛇も死ぬ。どれだけの被害が出るかは分からないけどな」

 

ただそれは勝てるか負けるかの二択の話であり、勝てるから直ぐに終わるかと言うとそうじゃない。現実の戦争というのはそういう物だ。

 

ちょっと苦戦はするが何か明確な決定打を見つけて反撃に移り、協力して弱点を攻撃して終了。

 

そんな都合の良い話はない。

数人の犠牲で百年に一度の魔物を撃破できるのならば随分と安い出費だ。

 

「……どうにも、そういう訳にはいかなくてな」

 

そう言ってナナシが自分の携帯電話の画面を亮へと向けた。顔を動かしてその画面を見る。

 

「ン?……あぁ」

 

画面に映っていた物を見て、亮は納得した。

 

「確かに外界がどうのなんて言ってられる状況じゃなさそうだが……それは何時のことだ?」

「三十分前だ」

「……そりゃなんとも計画的な事だな」

 

大体の事態は把握できた。外界遠征はあの海蛇を撃退次第中止、即刻新世界に戻るべきだろう。

 

「インターセプターの壊滅と黒鎌帝の死、そして極術師の不在を少々甘く見積り過ぎた」

 

予め、極術師の不在とインターセプターという監視、追跡に長けた組織の完全壊滅、極術師の不在により起こりうる被害予想は立てられていた。それも安定装置という新世界の核が直々に弾き出した予想だ。

それを大幅に上回る良くない現実が今、携帯電話の液晶に映し出されていた。

 

「安定装置の計算ミス……いや、偽りの結果を提示した線もあるか」

「……感情まで計算したとしたら、か」

 

ナナシの言葉を受けて、亮も呟く。

 

「偽りの結果を提示することで黒鎌帝とインターセプターの排除を行わせる。もしこの結果を提示すれば我々が感情で排除を渋ると計算して」

「やっぱ機械が感情を知るとロクな事にならねえな。使う側が使う物に対して疑心暗鬼になってる時点でもう……何にせよ安定装置を信用し過ぎた弊害だ」

 

言葉を終えてからタバコの最後の一口を吸って手のひらから吸殻を体内に取り込み、海上から顔を出している海蛇を見据えた。

 

「……安定装置の件は後回しだ。今は早急に新世界に戻り、それをどうにかしなければなるまい」

 

携帯電話を懐にしまいながら亮に向かって口を開く。

 

「魔人、仕事だ。即刻あの海蛇を退けろ」

「ン、分かった」

 

ナナシの要求に亮は即答し、右手を握り締める。

 

「私は先に下へ向かう」

「あぁ」

 

右拳を握ったまま空に向かって振り上げ、手を解く。

ナナシは何か小さく紫色に輝く光の玉が天へと昇っていくのを見た。彼女には魔力を感じるとか、そういう能力はない。けれど空に昇っていく光球がヤバい物というのは見て取れた。だから安心して屋上から建物中へと続くドアに向かって再び歩き出すのだった。

 

屋上に残った亮は、タバコの最後の一口を吸ってから吸殻を屋上から放り投げ、口を開く。

 

「こうも立て続けに理不尽な目に遭うとは」

 

夜空の星々に紫色の小さな光の玉が消えていくのを確認しつつ、亮が呟く。思い出すのは今海蛇と戦っている少女と、かつて共に仕事をした女性の事だ。

 

「ツイてないな、宮里家……いや、宮里由紀は」

 

直後、夜空が紫色の空へと変貌した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その場にいる誰もが息と動きを止めた。時間が停止したとか、そういう話ではない。抽象的ではあるが、理由を言うなら視界の色が変わったからだ。強烈ではないが驚くほどの紫色の光が視界に入り、やがて黒と星の輝きだけだった空がその光と同じ色に変わった。

 

その直後、音もなく空から光が落ちてくる。

それは雷。

新世界にはないが、旧世界であった現象だと知っている。空から電撃が降ってくるとか、そういう抽象的な伝わり方ではあるが、新世界の者でも知識として保有する者は居る。極術師達も外界遠征に際して知識としてこの現象は知っていた。

ただ、それがこんなにも突然、空から落ちてくる物だとは誰一人思って居なかったが。

 

──ズドン!

という音は、稲妻と思われる紫色のそれが海蛇に直撃してから聞こえた。

 

「……」

「ちぃっ……」

「きゃっ……」

「わあああ!」

 

特に驚かないマグナスに、落雷の衝撃による大地の揺れで膝を着くリフレクター、コケる由紀に大パニックの陽吾。生まれて初めて、しかもこんな至近距離で体験する雷を体験すれば、こんな反応になるのも当たり前だ。

 

「(あぁ、私の活躍の場が奪われた……)」

 

当然の様に愛菜はこの落雷が誰の犯行か理解している。馴染みのある魔力が空を覆っている時点で察せない方が難しい。

そんなことより心配になるのは、この一撃でマグナスか由紀に亮が今ここにいるのを知られてしまう事。ナナシの指示とかであればフォローしてくれる分、安心だが、時々彼は頭良いくせに思考放棄して行動を取るところがあるので不安になる。しかしまぁなるようになるかと嘆息した時には、もう空が元の色を取り戻していた。

 

「……これで、終わっちまったのか……?」

 

リフレクターがポツリと呟いた。

 

「みたい……だね」

 

陽吾が肯定する。

 

海上には、長い胴体を浮かべた海蛇が力なく倒れ込んでいた。灰色の鱗と青黒い胴体は焦げて真っ黒になっていて、もう動く様子はない。

 

「こんなあっさり……」

 

自然災害。完全に管理されている新世界にはない現象。それが、こんなにもあっさと化物の命を奪っていく。戸惑いと嬉しさと恐怖。その三つが由紀の心を占めていた。

 

「災害……ディザスターってやつか?」

 

ポツリとリフレクターが呟いた。

 

「朝のお話のこと?」

 

陽吾がリフレクターに尋ねる。

 

「そういうわけじゃねえけど、雷ってのは災害って奴だろ?割と身近にあるもんなんだなって」

 

この雷が人為的な物だと理解しているのは愛菜だけ。リフレクターの言うことは全く持って正しいなと肝を冷やす。もう今日だけで何度目か分からない。

 

「……」

 

チラッと隣の由紀の顔を盗み見れば、未だに驚いているような顔だった。はたして気付いたのか、それとも突然の自然災害(人為的)に驚いているのか。愛菜には人の心の内を読み透かす能力など無いので、どちらかは分からない。

 

「……とりあえず、戻りましょうか」

 

影から出てきた愛菜が、凍った空気にそう言い放った。全く活躍できなかったが、わざわざ彼が出張らなきゃいけない理由が何かあったのだろう。ならばナナシから何か連絡があるかもしれない。

 

愛菜の言葉に全員頷き、拠点へと歩を進める。さすがに愛菜以外の者達の足取りは重い。ずっと戦いっぱなしで魔力を大きく消耗しているし、戦っている間は集中するものだ。およそ新世界では得られない経験だろう。

 

「ったく深淵は出番なしかよ。何するのか気になってたんだけど」

「いやーすいません。まさか私もこんなオチが付くとは思ってませんでしたから」

 

リフレクターもまだそういう軽口を言う程度には余裕があったらしい。

 

「……っつ」

「宮里さん、歩ける?」

「えぇ、大丈夫よ久坂君。少し疲れただけ」

「そっか。僕もさすがに疲れちゃった。早く戻ってゆっくりしようね」

「そうね」

 

なんて陽吾と由紀はお互いに励ましあっていた。今回、二人はかなりの大立ち回りをしていたがために魔力の消費が激しい。常人ならばとっくに枯れ果てている所だが、まぁそこは彼等が極術師たる所以だ。

 

「ふむ……」

 

中でも、全員に気を回して守りながらも攻撃さえ行っていたマグナスはケロりとしている。最も魔力を多く持っているだけはあるが、それにしたって顔に出ていないのは、彼が仏の教えに忠実な身だからか。

 

なんにせよ、彼等は勝利した。終わり方はアレだが全員生き残った上で外界の巨大な魔物を退けた。

 

外界遠征の初日を飾るに相応しい舞台だった。

 

そしてこれが、今回の外界遠征の最後の戦いになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

極術師一行の帰還を、軍隊達が礼節を持って祝福していた。いつ魔物に襲われるか分からないレーザーの囲いの外でだ。

それを見て極術師達は安堵の表情を浮かべる。長い戦いを終え、ようやく腰を落ち着けることが出来ると。

 

部隊長らしき者が代表して声をかけ、休んでくれと伝える。その頃にはレーザーの解除班が既に囲いを外し終えた。さぁそれでは各々休息をと歩き出したその時。

 

 

──パッパッパッ

と、小さな音が三回響いた。この場の誰もが動きを止めた。会話の最中に響いたその音はとても小さかったが、明確に彼らの話を中断したのだ。音で会話を邪魔したとか、そういう子供の嫌がらせの様な低次元の物ではない。

 

部隊の三人の頭から血飛沫を撒き散らす形で。

 

「っ!?」

 

音源に向けて全員が戦闘体制に入る。この場に、この事態をすぐ理解できない者はいない。揃って「誰が、何をした」のか理解してる。だからこそ誰もが銃口と武器を彼女に突き付けるだけに留まった。

 

一応、仲間として釈明を聞かなければならない。

 

「深淵、どういうことだよ?」

 

リフレクターが、犯人である、根本愛菜に剣を向けてそう尋ねた。

 

「どういうことって」

「彼らは仲間よ。なのになんで撃ったの!?返答次第じゃただじゃ」

「いやですから」

 

片手をブンブン振って誤解を解こうと口を開く。右手に拳銃を持ったままなので危ないことこの上ない。

 

「貴様ら、何をしている」

 

が、その言葉は拠点から歩いてきたナナシに遮られた。

 

「総司令っ!深淵が」

「見れば分かる。武器を降ろせ」

「深淵!銃を」

「違う!武器を降ろすのは貴様らだ」

 

ナナシが愛菜を擁護したことに誰もが困惑した。たった一人マグナスを除いてだが。

 

「貴様らは深淵が味方を撃ち殺したと言いたいわけだ。尋ねよう、どこに味方がいる?」

 

ナナシはそう言って愛菜が撃ち抜いた者を見ろと顎で指す。

 

「私には、魔物が撃ち抜かれたようにしか見えないのだが?」

 

そこには、体をドロドロと溶かしていく人の形だった何かがいた。

 

「アバター……」

 

誰かがポツリと呟いた。

 

「そういう事だ。我らの仲間、相澤と小松と片倉の三人はもう既に死んでいた」

 

ナナシは淡々と事実を口にする。それに反論する者は誰もいなかった。

 

アバターの話は外界遠征に出張るこの部隊に所属していれば、必ず聞く話だった。粘着質のスライムの様な黒い何かが死んだ者、或いは死にかけの者を殺し、体を溶かしてそれと全く同じ存在になる。

記憶は死亡直前の物になっており、DNAの配列すら変わらない。だから生体認証だってすり抜けるし、生活だって成り代わられる前と同じ。どこの誰かの情報提供かは分からないが、寿命だって変わらないらしい。

 

ただ死亡した時に全てが判明する。今目の前でドロドロの何かに溶けていく三人の様に、死亡した時にその者がアバターだったと分かる。

今まで人間だと疑いもせず過ごしていた大切な人が、亡くなり、弔う瞬間になって初めて人ではなかったと理解する。

 

「くっそ!」

 

誰かが言った。仲間の死と、それに気付けなかった自分への悪態。それはこの場でショックを受けている者たちの心そのもの。

そんな状況を見兼ねてか、ナナシはしばらく間を置いてから愛菜に向かって口を開く。

 

「深淵、よくやってくれた。お前が気付かなければ、私達は三人をアバターだと疑うことなく過ごしてしまっていただろう」

 

小さく腰を折り曲げ、感謝を示してから続ける。

 

「それは三人の尊厳を踏み躙ることだ。これから歩むはずだった道のりを、得体の知れない魔物に歩ませるところだった。この場の者と、亡くなった三人に代わって感謝しよう」

「ん……あ、いえはい。受け取っておきます」

 

全員が沈痛な面持ちなのは変わらないが、それでも代表としてナナシが愛菜に頭を下げたことで、少しずつ顔を上げる者が現れた。愛菜の行いが間違いではなかっただけで、三人の死は覆しようの無い事実ではあるが、この場にいる者達は自分の命と仲間の命を失う覚悟で来ている。

一分後には皆が涙を堪えながら顔を上げた。

 

ただ一人、宮里由紀を除いて。

「(あれ、なんで皆こんな簡単に諦められるの……?)」

 

皆が拠点へと引き上げていく中、由紀だけは、その場に立ち止まっていた。

 

「(……よく分からない事はあったけれど、上手くいったって喜んでた……それに、アバターって言ったって、その人と全く同じ記憶を持ってて……何かされるわけじゃないのに……)」

 

考え事が止まらない。クルクルと次から次へと言葉が思い浮かぶ。

 

「(でも……本人じゃないのなら……ううんでも記憶はあって……)」

 

自分の中の矛盾が渦巻いていく。

この場にいる彼らが、アバターになったあの三人の死を受け入れている事に引っかかり続ける。目眩すら催しそうな思考のループ。

 

「(あれ……アバターじゃ、ダメ……なの?)」

 

一旦そこで思考が落ち着きかけ──

 

「絶対零度。お前の件とコレは関係ない」

 

だがナナシの声によって抑えられた。

 

「……っ」

 

言葉が詰まる。「お前の件」と彼女はあっさり言った。宮里由美がアバターだと知っているのは、ごく一部の者に限られるはずだったが。

 

「気にするな。私から言えるのはそれだけだ」

 

そう言い切って離れて行ったナナシを追求する気にはなれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「予定変更だ。これから直ぐに帰還する」

 

拠点の会議室に集められてすぐ、ナナシにそう言われた。

 

「各地区で爆破テロが発生。主要な交通機関であるリニアのラインがやられた。暴動も複数の地区で起きている。特にレッドとイエローは規模が大きい」

 

だから極術師達は帰還しろという達し。一同がそれに反論することは無かった。新しい土地を開拓する外界遠征よりも新世界の内情の方が大切というのは共通見解だから。

 

それから直ぐに帰還の準備を整え出発する。疲労困憊な極術師達の足取りは重かったが、さすがにそうも言っていられない状況だった。

急ピッチで潜水艦の出発準備を整え、ものの三十分で潜水を開始する。それからまた一時間と掛からずに新世界へと帰還。

 

当初予定されていた帰還式なんてものは無い。「各々、成すべきことをしてくれ」とナナシから一言だけあって、それで解散となった。自警団のリフレクターは誰よりも早くその場から離れ、空を飛んでイエロー地区へと向かっていった。続いてマグナスや陽吾も、それぞれの魔術を使って、それぞれのやるべき事がある地へと帰っていく。

 

「愛菜ちゃん、私達も」

「絶対零度、残れ。深淵、ゲートに迎えが来てる」

「は〜い。宮里さん、お先に失礼します」

 

同じホワイト地区の極術師である愛菜に声をかけたが、それはナナシに遮られる。元から一緒に帰る気なんてサラサラなかった愛菜には有難いことだった。

 

そうして由紀は愛菜を見送った後、ナナシの「着いてこい」との言葉に従う。

なにか特別な場所ではなく、外に出ただけだった。だが人払いされているのか、人は見当たらない。

潜水艦から荷物を運び出している兵士達の声や物音が遠くから聞こえてくるだけで、姿がない。ナナシは「ここでいいか」と呟き、由紀の方へ振り返った。

 

「いいか、宮里由紀。手短に言う。気を確かに持って聞け」

 

いつもの様に真剣なナナシの目に少々気圧されつつも、「なに?」と答えた。

それから、数秒の間があって──

 

 

 

「元極術師、宮里紀子が没した」

 

 

 

そう言葉を連ねたナナシに対して、由紀は。

 

「…………は?」

 

言って、首を傾げた。

 

 

宮里由紀の道は、まだまだ狂っていく。

 

 

 




次回から新章ですかね
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