「今から約四時間前、君の自宅で大きな爆発があった。その後、小規模な戦闘があり、警察官が駆けつけた時には……宮里紀子が遺体で見つかった」
ナナシが沈痛な面持ちで事実を宮里由紀に伝えている。
由紀の方は脳の処理が追いついていなかった。
「ホワイト地区、第三病院に搬送されたが、もう手の施しようは無かったそうだ」
「…………うそ」
喉からやっと出たのは二文字の言葉だ。そして一言出たのなら、言葉は止まらない。
「だって、だってお母さんよ?そんなことで死んじゃうわけないわ。それにあそこは住宅街のど真ん中!他の誰かがすぐに」
「日が沈み切る前なんてタイミングで魔術による爆破。複数人による襲撃。彼女の遺体はエプロン姿だった。対処のしようはない。戦いの火蓋は爆破で切られた。普通の人間は爆発があったらそこから離れるものだ」
「っ……!」
返す言葉が無かった。確かに自分の家のセキュリティがフル稼働するのは夜だけだ。昼間に稼働させていたら、些細なことでアラートが鳴ってしまう。
それにナナシの言う通り、普通、爆発があったら離れるのが先だ。きっと敵はそういう事を知った上でその時間に襲撃したのだろう。
そうだ。自分の命が危険さらされる可能性があったなら、人はそれから身を守るものなのだ。
堂々と攻撃されている誰かの前に立てるヤツなんて、普通はいないのだ。
「行かなきゃ」
「待て!」
ナナシが声を上げるもそれを振り切り、由紀はその場から駆け出した。長い敷地を越え、門での手続きも行わず、外壁を氷の足場を作ることで飛び越える。
ここからホワイト地区まではかなり距離がある。時速600km以上で走るリニアですら1時間以上掛かるのだから当然だ。何か移動手段を見つけなければならない。
「(……リニアもテロのせいで使えない……どうすれば……)」
頭をフル回転させてはいるが最適な解答が浮かばない。これが他の極術師なら別の手段も取れただろうなんて一瞬無いもの強請りするが、そんなこと言ったって仕方ない。
取り敢えず進まなくては。立ち止まっていても解決はしない。そう決めて、まずは駅の方へと走り出す。リニアが運行しているという一抹の希望にかけ──そういえば携帯電話で運行情報を確認すればいいんだと閃いて、一度立ち止まり懐から携帯電話を取り出す。
「(……やっぱり、全線運休。これじゃ……)」
手詰まり。リニアが使えないなら残る選択肢はタクシー等の乗り物になるわけだが、片道約5時間以上、往復すれば10時間以上の運行をしてくれるタクシーが直ぐに捕まるかどうかは怪しい。
どうすればいいか、再び悩み始めたその直後、一般の車からは到底聞こえない様な甲高いモーター音が響いて、それが次第に近くなり、自分の真横でソレが止まった。
何事かと車道に目を向ければ、見たことのない平べったい車がいた。荷物なんかほとんど載りそうにないコックピットに目を向ければ、そこには知った顔があった。
「乗れ、絶対零度」
窓を開けて助手席を親指で指したのは、先ほど別れたはずのナナシ。どうやらこの見たことの無い車で追い掛けてきたらしい。
「総司令……ありがとうございます」
礼を述べて直ぐに乗り込む。普通の車で無いことは見る限り明らか。タクシー等を捕まえて向かうよりよっぽど早く到着できそうな雰囲気だ。
「しょっ……と」
余りにも座りにくい。二人乗りなのはもちろんの事だが、普通の車よりも体の位置がシートに固定されていて、お世辞にも快適とは言い難い。それも速さの代償と思えば気にはならなかった。
「シートベルトは締めたな。行くぞ」
ナナシの掛け声と共に車が甲高い音を上げて急加速する。
加速Gの強烈な負荷が体にかかった。
「これは……」
レーシングカーなんて安直な表現じゃ足りない光景だった。前方の窓ガラスには現実の景色ではなく、カメラで拾っているものなのか映像が映し出されていた。しかもその映像の中では物体の向こう側にある物すら認識して、その情報を映し出している。
そのためか、たとえ赤信号でも通行する車がいないと分かれば突っ切っていく。
速度だってこんな普通の一般道で300kmを超えていた。
「そ、総司令、これは?」
「車の運転を補助するAIの上限を見定め、市販車にどこまで運用させればいいのかを決めるための、云わばプロトタイプだ。もっとも、もうここまでくると補助の領域をすっ飛ばしているがな」
言って、ナナシがハンドルから手を離す。ピピッという警告音が響いたが、それも一回だけ。勝手に自動操縦モードに切り替わり、夜の街を平均250kmで駆け抜けていく。
時刻は21時半を過ぎた頃。この世界は多くの会社や店が19時には閉まる交通量はそれほど多くはなく、疎ら。渋滞に引っかかるようなことも無さそうだ。
「ハイウェイは使うが二時間はかかる。それまでゆっくり休んでおけ」
はてさて、その時間計算だとハイウェイでは一体時速何キロで走るというのか。しかし好都合だ。日付が変わる前にはホワイト地区に到着できるらしい。
「……あの、犯人は。犯人は分からないんですか」
帰るという問題はクリアできた。そしたら次の問題が由紀の脳裏にチラついて、堪らずそれを尋ねる。
「あぁ。しかし、魔力の残滓を照合すれば犯人はすぐ特定できるだろう。警察に任せておけ」
「……」
彼女の言う通り、この件は国が対応する物だろう。いち個人が犯人を特定し、罰を下すものでは無い。
「犯人を逮捕した段階できちんと伝えよう。法による裁きだって正しく下される。だから君はこれからの心配だけしていろ」
フロントガラスに移された映像の景色が高速で流れていくのを見つめながら、確かに彼女の言う通りだと納得させる。だが、どうにも納得できないことが一つだけあった。
「…………もし、もし犯人がこの世界で表沙汰にできない人だったら、どうするの?」
考えられる中で、最も最悪の結果が頭をよぎってしまった。母親を殺められる人物なんてそう多くはない。以前より衰えたと言っても自分と同等以上の魔力量。そして自分以上に術をコントロールしている。そんな母親を殺害できたのだから──ハッキリ言ってしまえば「ディザスター」が絡んでいる。由紀はそう踏んでいた。
そしてそのディザスターは新世界の表にできない闇の部分だと、自分で言っていた。ならば、もしディザスターが噛んでいるなら、この件は──
「そいつは関係ない。そう言って信じてもらえるか?」
由紀の懸念を見抜くような言い方だった。
「……知って、いるんですか。アレを」
だから思わずそう尋ねた。もし彼女がディザスターを知っているとすれば、それは本当にアレがこの国に存在することを認めていることになる。
「良くな」
「なら」
「やめておけ。今ここで私を攻撃しても、そいつについて話せる事は少ない」
魔術で脅してでも情報を引き出す。それすらも止められてしまった。
「まだこの件に奴は関わっていない。これは奴の為じゃなく、君のために言っている」
「……そんなこと言われても」
「信じられないだろうが、信じろ」
暗に、あの存在を追うなと言っている事は聞いて取れた。はいそうですかと納得できる話ではないが、取り敢えず今は「分かり、ました」と答える。まずは病院に生き、母親の生死について確かめることが先決だ。
それを確認してから追う。それでもまだ遅くはない。
「(……お母さん)」
いつの間にかハイウェイを走っていた。人の目で追えないくらいの速度で景色が流れていく。
休めと言われても、この状況じゃ眠ることはできなさそうだ。
「やっ」
「ン」
ブルー地区の軍事基地から駅とは違う方向に、数ブロック離れた位置で愛菜は亮と合流した。深夜とは言えない時間だが、日の落ちた時間に目付きの悪い革ジャンの男が電信柱に寄っかかって缶コーヒーを飲んでいる様は、シンプルに不審者であったが、愛菜は敢えて口にしない。
「なんか大変な事になってる?」
「みたいだな。だがまぁ、今回は俺らでやる事は無いだろ」
一言かわしてから二人は並んで夜道を歩き出した。取り敢えず向かうのは駅だ。レンタカー屋が駅近くにあるのを把握しているので、そこで借りてからホワイト地区の最寄りのレンタカー屋に返却する算段。
この時間なら愛菜は闇の中を高速で移動できるし、亮も当然の事ながら飛んで行ってもいいのだが、急いで移動する必要は無い。
「へえ。なんかヤバい組織が暴走したとかじゃないんだ」
「ヤバいかもしれないが、世間が知っちまったからな」
「なるほど、世間様に何とかしてもらわなきゃってことだね」
ナナシ率いる組織は国が公表できない問題を解決する事が仕事である。逆を言うならば、一度陽の光を浴びてしまった事件には手出しできない。亮が動くならば半日も経たずに今回の問題を片付ける事は出来るが、ここまで騒ぎになってしまっている以上、そういうわけにもいかないのだ。
「やーでも、なんか激動の一日だったなぁ。日帰りで旧世界に行くなんて思わなかった」
「あぁ、俺も二往復する事になるとは思わなかった」
「やっぱ途中で居なかったんだ」
黒鎌帝の件を片付けに一度戻った。愛菜に彼の件を伝えていないが、わざわざ話すような事でもない。
「優衣ちゃん、どうしてるかな」
「キッチンにさえ立たなければ、優衣は完璧な存在だからな。きちんとやってるだろ」
「……もう何も突っ込まないけど、牛丼の定期券を渡したから美味しく食べてるかなって」
朝家を出る前に渡した牛丼のタダ券。きちんと使って牛丼という完全食を食べているか、そしてその感想を聞きたくてうずうずしている愛菜。対して亮の表情には陰りがさした。
「ンなもん渡してたのか」
「うん!」
しかし食べ物を何も用意していなかったので、ある意味助かったのかもしれない。
「私、気付いたんだ。毎日牛丼食べるにはどうしたらいいかって」
「突然なに意味わかんねえこと言ってんだ」
素直に感謝をと思ったが、だいぶ雲行きが怪しくなってきた。
「優衣ちゃんが牛丼大好きになったら、毎日亮が作ってくれるんじゃないかって」
「馬鹿なこと言ってんな。いくら優衣が食べたいと言っても、ちゃんと栄養バランスを考えてきちんとした食事を」
「わぁ、亮の口から栄養バランスなんて言葉が出てくるとか大丈夫かなこの世界」
この世で最も栄養バランスから縁がなく、そんなもの全く気にした事がなかった者の発言とは思えなかった。
なんて、会話を亮の心の中で聞きながら。
『……今日も世界は平和じゃの』
八代は新世界で起こってるテロに関して二人が無関心過ぎるなんてツッコミも言えなかった。
「到着したぞ」
ホワイト地区第三病院に、ナナシと由紀が到着した。やかましい車の音が近隣住民あるいは入院患者に対して果てしなく迷惑な物であること間違いないので、由紀を降ろすなりナナシは早々に消えていった。これも車の中で打ち合わせていた事なので由紀に驚きはない。
そんな事よりも、早く母親に会いたい。その一心で夜間の緊急用の入り口から中に入り、人を呼び出した。
「……宮里さんの親族の方ですか」
出てきた看護師に問われ、首を縦に振る。
「先生が来ます。少々お待ちください」
「そんな、早くお母さんに」
と抗議の声を上げたところで、白衣の男性がこちらに歩いてきた。中年の男性でありながらも落ち着いた髪型で髭ひとつない清潔な姿は、やり手の医者という印象を与えた。
「宮里さん、こちらへ」
挨拶もなく、そういって医者は再び由紀に背を向けた。着いて来い。その言に従って、歩いていく。
通常窓口と違い、緊急の方は床、壁紙、天井の全てが無機質な白だ。もちろん目を凝らして見れば汚れ等はあるが、装飾品や電光掲示板ひとつ無い、足音だけがよく響く廊下は気が滅入る。
時間にして30秒にも満たない。大きな扉の前に辿り着いた。
「どうぞ」
医者が扉を開け、由紀を中に入れ、扉の近くで待機した。彼は後ろに控え、見守るだけらしい。
部屋の中は明るく、冷えていた。寒気すら感じる気温ではあるが、由紀には低温は気にならない。無機質な白の壁紙と廊下には無かった手術道具や機械の数々がより一層そんな寒気を強く感じさせる。
しかしもうそんな事はどうだっていい。
「おかあさん」
近寄る。中央のベッドの上にいる母親の元へ。一歩一歩踏み出す足は重かった。踏み出す事になる足音がやたら大きく感じられた。
だがそれでも踏み出す。きっと、近くに寄らないと返事が聞こえないから。
そして、見た。
ただ静かに、永久の眠りに着いている母親の顔を。
「おかあ……さん」
顔を触った。冷たく、硬い。人の肌から感じられるはずの温度が感じられず、ハリのあった肌は硬化し、土色にすら見える。
十秒、それ以上かもしれない。どれほど時間が経ったかは分からないが、そのタイミングで、やっと、理解した。
さっきまで、いや、今この瞬間までは心のどこかで現実を受け入れていなかった。母親なら、この新世界なら、死すら覆してしまうんじゃないかと。実は昏倒状態とか、いつかいつもの日常に戻るための条件が残されている状態なんじゃないかと、心のどこかで思っていた。
そんな都合のいい現実はないと知って。
「(あ、わた……し……もう、独りだ……)」
自分が、独りになったと理解した。
由美は居ない。アレに殺されてしまった。
母親は居ない。誰かに殺されてしまった。
「…………ぁ」
くらっと視界が暗転した。同時に平衡感覚が無くなって左側に倒れ込む。
「っ、宮里さん!」
付き添いに来ていた医者の声を聞いて、そして、意識を失った。
由紀が目を覚ました時、そこは病院のベッドの上だった。起きてから直ぐに看護師が来て、それから直ぐに昨日とは別の医師が自分の元に来て、話を聞いた。
と言っても一番聞きたい母親の話ではなく、自分が疲労と精神的なショックで倒れたという説明だけ。
だから話のほとんどは聞き流した。
自分の体のことなんて、自分が一番知っている。これはただの気の持ちようなのだ。
「(……どこに行こう……)」
病院の個室でベットに腰を下ろして、悩んだ。
「とりあえず、シャワー行こ……」
看護師の話によれば、二個下のフロアに無料のシャワー室があるらしい。取り敢えずそこで一度体の気持ち悪さを流したかった。フラフラとした足取りでエレベーターへと向かう。
途中、他の入院患者に挨拶をされたが、それに返答するような元気はなかった。
エレベーターを呼び、ボタンを押して扉を閉める。幸いエレベーターの中は一人だった。他の人が乗ってきても、まともに挨拶を返せるような気力はない。
エレベーターを降り、シャワーを借りたい述べを伝える。自分の事は通していてくれていたようで、担当の人は何も言わずに通してくれた。
狭い個室のシャワールームに入り、脱衣場で上着を無造作に放り捨て──
ヒラリと一枚の紙切れが舞った。
「……?」
拾い上げて中身を見て、思い出す。
「……ディザスター……」
汚れ、掠れてはいるが、そこに記されている数字はなんとなく読める。
手掛かりはここにあった。
「(あぁ、そうだ。コイツだ……)」
由紀の目が見開かれていく。生気を失っていた瞳に、力が宿っていく。
「(コイツだ、コイツが全ての元凶なんだ……)」
ただし、瞳に宿る力は前向きな物ではない。憎しみ、恨み、その辺りの負の感情。まとめて復讐心なんて呼んだりするもの。
「コイツを、殺せば」
何かが変わる。
論理なんて投げ捨てた謎理論で、由紀の体には力が湧き上がった。
「会社でボーナスが出る。20万円貰う。ちょうだい」
「ほいじゃ。んで妾の出番じゃの……ふむ、ペットが急死……ショックで一回休み…………うおおおおおわらわー!!」
「……あ、私もボーナスだ。20万円、やった」
なんてボードゲームに興じる三人の音をBGMに、亮は食材の有無を確認しつつ、魔力の手で風呂場とトイレの清掃をしていた。複数の家事も彼にかかれば簡単に終わってしまうものなのだ。
「(トイレットペーパーと酢……後でタバコ買うついでに買ってくるか)」
もう少し物品が足りていなかったらスーパーマーケットに買いに行く所だが、それほどではない。
「ねぇさっきから優衣ちゃんいいマス止まりすぎじゃない?」
「そうじゃぞ、妾なんかもう40万の借金じゃと言うのに……」
「何でだろうね」
神直々の創作物なんだからそりゃ運だって良いもんだろと思いつつ、掃除機でも掛けようとしたその時。
体内の携帯電話が鳴った。ようやく仕事かと思ったが、鳴っているのはプライベートの方の携帯電話。こちらの電話は今そこで仲良く遊んでる三人以外からかかる事はない。鳴るとしたら心当たりは一つだ。
「もしもし」
だから臆することなく電話を取った。
『…………正直、繋がるとは思ってなかった』
宮里由紀の低く、怒気を孕んだ声が電話口から聞こえる。
「そうかよ。ンで、俺はどこ行けばいい?」
それも含んで直接会って話した方がいいだろう。このタイミングだ、電話でやり取りしていい内容ではないに決まっている。
『……ホワイト地区、廃墟の遊園地』
「ン、わかった」
またそこかよというツッコミは心の奥底に押し止めておく。
『すぐ来て』
その言葉を最後に、ブチッと電話が切れた。
「はぁ」
ため息をついてから携帯電話を体内へ戻す。
まぁコンビニに行くついでだと思えばいいかと割り切って、ボードゲームに興じる三人へ声かける。
「ちょっと、買い物行ってくる」
「妾も行く!」
「コンビニだから何も買ってやんねえから来るな」
「あーい!」
八代は大人しく引いてくれて助かった。愛菜と優衣もまだボードゲームの最中なので、行きたいとせがむ事もない。
いってきますと声をかければ三人はいってらっしゃいと返してくれる。
時間は昼を過ぎた頃だ。あまり長く彼女と話していると夕食の準備に遅れてしまう。
「(さっさと、済ませるか)」
どうせ、宮里紀子、母親との事だろう。
「(さて、宮里由紀は奇跡でも起こして俺を越えられるかな)」
少々の期待を寄せつつ、亮は家を後にした。
話が一向に進まず申し訳ありませんorz
なんか最近やたら病院に行く機会が多く、自分で書いてて複雑ですわ……