無敵系中ボスが過去にしがみつく話   作:竜田竜朗

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やっと50話!
どん亀投稿ペースにお付き合い頂いてる方々には最大限の感謝を
これからも多分こんなもんですがよろしくお願いいたします


折れた心

ホワイト地区でもっとも大きく、そして現在は封鎖されている白露橋。珍しい石造りの橋だが、目立った装飾が施されているわけではない。ホワイト地区らしく白を基調とした造りも相まって、酷く地味な印象がある。

だがそれは昼の話で、日が落ち切った夜は違う。新世界の天が映し出す月明かりが無骨な橋を照らし、それが哀愁の様な寂しさを醸し出していた。それだけならマニアの集まるスポットになっていただろう。封鎖された橋の先にある大きな時計台と、その下にある廃墟の学校と寮が無ければだが。

 

200年前、「緋刃事件」呼ばれる大虐殺があって以降、白露橋の手前までが大きな柵で塞がれている。この柵は廃墟の遊園地を囲うちゃちな物とは違い、触れれば感電。かなり痛い思いをするタイプの物だ。これだけ厳重な理由は、鎮魂のためと言われている。

 

「大分前に社会科見学で来て以来、だったかしら」

 

既に宮里由紀は柵の向こう側。つまりは踏み入れてはいけない区域にいる。当然監視カメラ等のセキュリティはあるはずだが、アラートの鳴る気配はない。最も、今の彼女にとってそれは些細な問題だ。

 

敵から送られてきた座標データと画像によれば、この橋であることは間違いない。後はあの橋の内部への入口を見つけるだけだ。

 

だけなのだが、肝心の入口が分からない。

 

「……ううん?」

 

データを観察しながら唸って考える。「裏」と橋の画像に文字が入っていた。裏とは果たしてなんの事か。

 

「(ホワイト地区の白露橋の裏……?何かの暗喩?いえ、でも橋に矢印が付いてるから、はしの裏……しは?……意味わかんないわね…………単純に)」

 

まさかそんな簡単なわけないだろと思いつつも、他に思い浮かばなかったのでまず川へ飛び降りる。途中で氷の床を作ってテンポよく飛び降りていき、最後に川へ着地──する瞬間に足場を凍らせる。そのまま川を凍らせながら歩いて行き、やがて橋の真下に到着した。

 

「……まぁそんなわけ」

 

言いながら上を向く。流石に夜だから真っ黒で何も見えなかったので、携帯電話のライト機能を使って照らす。

 

「あるのね……」

 

人一人どころか、車が三台くらいまとめて入れそうな穴があった。「裏」を暗号か何かだと思っていたのが恥ずかしいレベルの単純さだった。穴があったら入りたいなんて一瞬思ったが、そこにあったしこれから入るところだ。

 

しょうもない考えは置いておき、氷の階段を作って侵入しようと魔術を発動させ──ようとした瞬間、足場から何か音がした。

 

──ゴゴゴゴゴッ

と、小さく、けれど確実に地を鳴らす音が響いた。その振動はやがて足元の氷からも伝わってきた。

 

「っ!?」

 

膝を着いて振動に備え、いつでも魔術を発動できる様に頭を切り替える。氷を砕いて今立っている足場が上昇し始めたからだ。一体どんな仕掛けだと作った者に文句を言ってやりたいところだが、確か改造途中で捨てられた橋だということを思い出して、これはその時に放置されたリフトだと思い至る。今は川の水で見えていないだけなのだろう。

 

それはつまり、敵に存在を悟られている事を表していた。

 

「(……やってやろうじゃない)」

 

冷静に考えて、母親を殺めた者のアジトに誘われるがまま堂々と正面から行くなんていうのは自殺行為に等しい。時期を改めるとか、仲間を連れてくるとか、そういう選択肢を取るべきだ。

或いは魔力の完全回復を待ってからこの白露橋その物をぶっ壊す選択肢もある。今の彼女ならそれをやれるくらいの力はある。

 

そして、そんな事は自分でもわかっている。

 

それでもこの無謀をやめられないのは、収まらない怒りによって生み出された、痛めつけて殺してやるという願望のせい。

 

独りで、仇を、徹底的に痛めつけ、命乞いを聞き、その上で殺す。

 

そうすれば、そうすればきっと──その続きは、自分には分からなかったが、まぁそれはいい。

 

リフトが上昇し終え、橋の内部に進入した。中は真っ暗だと思っていたが、意外な事に小さな明かりがいくつもついていて、わざわざ携帯のライトで照らす必要はなかった。

建設資材等は全て撤去されているらしく、広い。リフトが上昇仕切った先が橋内部の通路だった事もある。

 

「どこかしらね」

 

いくつか仕切りで区切られていたり、扉のついているところは部屋か何かか。虱潰しではかなり時間がかかってしまいそうだ。何か手掛かりが欲しいと思った矢先。

 

『はぁ〜い!よ〜こそオレっちの秘密基地へ!』

 

天井に埋め込まれたスピーカーから、電話口で聞いたあの声が響いた。やはり向こうにはこっちの位置は筒抜けらしい。

 

『いやァ〜助かっちゃったよわざわざ来てくれてあんがとね』

「ならさっさとあなた自身でおもてなしするものじゃないかしら?」

『はっ!極術師でも最弱のヤツにオレっちが直接出るわけないじゃ〜ん!ちょっと自惚れ過ぎなんじゃねェ?』

 

本当にいちいち癪にさわるやつだと舌打ちをする。

 

『怒んなってオレっちの居る場所教えてやっから!ほら、その通路、テメェの向いてる方向に進んで!音声ナビゲェ〜ションしてやっから!』

 

姿が見えないのも相まって、気味の悪いナビゲーションが始まった。これまで癪に触るとか、そういう感想ばかりだったが、この廃墟という空間においては不気味という感覚が強い。

間違いなく罠だと思ってるからこそそう感じるのだろうか。

 

「(罠だとして、それを乗り越えれば隙ができるはず)」

 

リフトの起動、このスピーカーから聞こえてくる音声、相手がここにいる事は間違いない。ならば向こうは罠を張ってその先にいるに違いない。都合のいい解釈かもしれないが、驚異を排除できる設備の先に居ることが安全な物だ。

 

指示されるがままに通路を進んでいく。本来稼働するはずだったオートウォークを早足で歩く

 

『もぉちょいよ〜』

 

酷く耳障りなナビゲーションは続いていたが。

 

『スタァップ!止まって左向けひだりぃ!』

「チッ……」

 

一分と少し歩いたところで、そんな声が響いた。言われるがままに左を向けば、そこには一枚の扉があった。他の扉と別に何ら違いはない。目立った装飾もない。少し魔術で攻撃してやれば壊せそうな扉。これならば何かあっても魔術さえ使えれば出られる。

 

『ほらいらっしゃいませェ〜ってね』

 

扉が開いた。どうやら電動で開閉するタイプの様だ。

 

「(……魔力は少ないけど……)」

 

出し惜しみはしない。由紀は扉の先に入る前に魔術を使う。

ディザスターとの戦いの時には劣るが、それでも近付いたもの全てを凍りつかせる冷気を放つ。まず床が氷で装飾された。これならばあの電動の扉を凍てつかせることができるため、扉のロックを掛けさせないで済む。つまり、退路の確保は完璧ということだ。

 

『ひゃぁ〜おっかねェー!ほら、早くしろよ』

 

適当な感想がスピーカーから聞こえた。向こうがコレに慄いている様子はないが。しかしこれならば例え何が来ても問題ないだろう。覚悟を決めて扉へ入る。

 

『ニイィ……マジで来たよこいつ……』

 

扉の向こうは広い部屋になっていた。恐らくはホールか何かだったのだろう。

だが、部屋に散りばめられたよく分からない機械の数々と、向かって左側にある大型の機械風なベッドが病院の手術室の様な様相を呈している。

 

「どこ!!早く出てきなさい!」

 

由紀が怒鳴り声を上げた。中に人影はない。辺りを警戒しつつも更に中へと足を踏み入れ────

 

 

魔術が止まった。

 

「っ!?」

 

自分を守っていた冷気が失せる。

 

「これは……」

 

どういうこと、と言葉を紡ぐ前に。

 

──パンッ!

と何かが破裂する音が響いて。

 

「っ……そ……」

 

突然、意識が薄れ初め──

 

「ニイィ……イッエエエエイ!」

 

嬉しそうな声が背後から聞こえ、由紀は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「げっぼ……」

 

宮里由紀は息が詰まって目を醒ました。液体を口に流し込まれたからというのはすぐに理解できたが、自分の状況を理解するのは少し遅れてからだった。

 

「体が……」

 

拘束されていた。先程見たベッドの上に自分が横たわっている。だが体が動かないのはそれだけが理由ではない。手足、どころか体全体の感覚がやたら鈍い。薬物か何かの類か。けれど、膨大な魔力を持つ自分にそんな物が効くはずがない。状況の理解はできるが納得がいかない。

 

「おっはよ」

 

考えている間に声がして、それがあのスピーカーの声だと気が付いた。やがて足音がして、そのスピーカーの声の主が由紀の顔を覗き込むように姿を現した。

 

「アンタは……」

 

見たことがある。しかも学校と、そしてニュースサイトでだ。彼女は確か今日というか昨日、人質になっていたはずだ。

 

「ニイィ……オレっちはニーナ。二ーノじゃねェよ」

「……姉妹?」

「そっ。ただ向こうはオレっちと違っておりこーさんになっちったみたいだけどォ〜」

「お利口……?学校にはほとんど来ていないけれど」

「そーゆー話じゃないんよ」

 

一瞬、どこか寂しそうに言ったのが引っかかったが、さして興味はわかなかった。

 

「私をどうするつもり?」

「んあ、殺すけど」

 

さも当然のように断言された。

 

「(……まぁ、もういいわ……お母さんや由美の元に行けるなら、もう)」

 

どうせ、このまま復讐を成しえたとしても独りで生きていくだけ。現状は変わらない。復讐からは何も得られない。そんな事は分かっていた。分かっていても、やめることができなかった。これはその報いみたいなものだろう。

 

だから黙って受け入れる。死ぬなら死ぬで、もういい。

 

この世に希望などありはしないのだから。

 

「極術師は全員ぶち殺すんだけど、てめえは特別に嬲り殺しにしたげる。宮里紀子の娘だからね」

「……そういえば、聞いていなかったわね。なんでアンタはお母さんをやったの」

「復讐」

「っ……」

 

それは、自分がニーナを殺してやりたいと思う理由と全く同じ物だった。

 

「てめえは知らないみたいだけどさ、てめえの母親は清廉潔白ってわけじゃないんだわ。世界の裏側で人を殺してきた。そして、あたし達の大事な先生を殺した。だから殺してやった」

 

冷たい目で由紀を見下しながらニーナは続けていく。

 

「他の極術師達も殺す。ボスや兄貴がダメでなんで、他の奴らは極術師なんてみんなからチヤホヤされる立ち位置になれる?」

 

そこで初めて、由紀は目の前の悪趣味な少女が狂う理由を見つけた。

 

「別にあたしはいいよ。どーせただの下位術師だし。でもね、ボスや兄貴達は違う。今の極術師達なんかよりぜーぜん強い。けど危険だから。だから上位術師なんて適当な位置に放り込まれて。それで床下だから他の人に避けられる」

 

床下出身の者への差別。そういうのがあるとは由紀も聞いていた。ただ社会問題として取り上げられることは一度もなかったし、由紀もどこか他人事のように思っていた。まさか他人事のように思っていた連中に大切な人を奪われる事になるとは夢にも思っていなかったが。

 

「……こんな世界は一回ぶっ壊さなきゃダメ。平和を維持するにするためにあたし達が犠牲にならなきゃいけないんだから。だからぶっ壊す」

 

ニーナの瞳に、強い意志の力が宿ったのを由紀は見た。

 

「(……コイツも、一緒……)」

 

目の前の存在も、この世の理不尽に絶望し、だけど行動することで変えてやると覚悟を決めた自分の先駆者。同じ痛みを知る者。

 

「手始めにあんた。あたしはあんた達の血族を絶対に許さないから」

 

言って、ニーナの瞳に笑みが浮かぶ。

 

「二ヒィ……楽に死ねると思ってたんならざァ〜んねん!」

 

元の口調に戻り、言いながらベッドに近くのキャスター付きの小さい道具箱から一本のナイフを取り出した。

 

「……」

「意識ははっきりしてるっしょ?飲ませた薬のおかげで元気になってるはずだから感謝しな〜」

 

彼女の言う通り、眠気は吹き飛んでいた。ここに来る前からそもそも疲れが溜まっていたか、それすら吹き飛んでいる。覚醒する切っ掛けになった、飲まされた液体はそういう類の薬だったのだろう。

 

「リタイヤが早いとおもんないからねェ、痛みで意識が吹き飛ぶなんて甘えは許されないかんねェ」

 

ニーナが柄の頂点についているボタンに触れると、ナイフに赤みが走る。見る限り熱。流行りの高周波を流し込んだナイフか、或いは自分の知らないビックリドッキリ最新技術か。何にせよ切れ味はバッチリなことだけが分かった。

ニーナは笑いながら由紀の右側へと回り込み──

 

「ほいっちょ」

 

気さくな掛け声とともに、ナイフが掌に突き刺さった。

 

「っぐ……がああああああああっ!!!」

 

激痛が走る。目の前が真っ赤な見えるくらいのよく分からない痛み。これまで理解したことが無いような、熱さと痛み。

しかも薬のせいかやたらと感覚が研ぎ澄まされている。痛みであやふやになるはずの感覚が残ってしまっている。ナイフが具体的に何処に刺さってどこが熱いのかがハッキリと分かる。

 

「ニヒヒッ……」

 

不気味な笑い声……いや、悪魔の笑い声と共に、刺さったナイフが抜かれる。

 

「あっ……が……」

 

痛い。痛いけど目が冴える。目を瞑って痛みを受け入れる選択肢がない。

 

「二ヒィィ……さァてさっさとこっち側だけは終わらせっかねェ!タイムリミットもうけないとなが〜く続けちゃいそうだし!」

 

何か言っているが理解できない──ことは無い。激痛の中でも聴覚が冴え渡ってしまっている。彼女の行動を目で終えてしまう。

 

「……けて……」

 

ポツリと、由紀の口から言葉が漏れた。

そして、一度言ってしまえば、もうダメだった。

 

「たすけて……かずまあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

恐怖が心を埋め尽くし、視界は涙で何も見えていない。けれど、頭ではヒーローの姿が描かれていた。あの時、掴んでくれた右手をもう一度掴んでくれると信じている。また、助けてくれると信じてる。

 

それは、余りにも身勝手な願いだと言うことはわかっている。

 

そして、ゆっくりとナイフが振り下ろされ。

 

「ニイイイイイイィィィィィ!」

 

続いてニーナの不気味な声が聞こえて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──ブチッ

と、由紀の視界から右腕が消えた後、そんな音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

それが、自分の右腕が肩から切り離された音だと理解して。

 

 

 

 

「──────────────────────────────────────────────────────」

 

五十音じゃ表せない悲鳴が部屋の中に響き渡る。

ヒーローは助けに来なかった。だからこんなにも簡単に、あっさり、由紀の右腕は床に転がる。

 

「ヒイイイッヒイイイィィィ!!いいよ!いいよ!宮里由紀ぃ!極術師の!この世の頂点の一人のその顔ォ!!悲鳴ィ!!さいっこぉー!!」

 

悪魔の下品な笑い声と由紀の絶叫が部屋を支配した。

 

「さぁてさぁてさぁぁぁぁてえええっ!!お次はお料理と行こうかなぁァァっ!」

 

由紀の右腕を拾い、その場で断面を下に向け、適当に血を撒き散らしてから近くにあった何かの機械に入れ、スイッチを押した。ブゥーという稼働音から機械の正体が電子レンジだと言うのは想像に難くないが、今の由紀にはそんな想像力を発揮できるはずもない。

 

「っとぉぅ。オレっちとした事がすっかり止血を忘れてた。極術師が出血多量で死んじまうなぁんてのも面白いっちゃおもしろ──」

 

 

 

 

──ボゴンッ!

 

と、ニーナの独り言を遮って、扉が一直線に吹き飛んでいた。幸い扉から離れた位置にいるため、飛んできた扉に当たることは無かったが、さすがに意味不明な状況に。

 

「んあ?」

 

と、声を上げて入口へ向く。

 

「変な悲鳴が聞こえたから来てみれば。天下の極術師が無様だな」

 

この惨状を目にしながらも、つまらなさそうに言葉を紡いで魔人が降臨した。

 

「なんだてめェ?オレっちの楽しい解体ショーを邪魔すんなよ」

「なんだオレっちって……今どきそんな一人称キャラ流行んねえだろ」

 

この場に全く合わない、緊張感のない言葉。

 

「あぁ……助けに来たんだろぉ?けど〜ざァんねん!ご覧の通りもう二度と普通の生活送れなさそーな具合にさせちゃいましたぁ〜!」

 

由紀を見せびらかすように両手を広げて不気味に口を歪めるニーナ。

由紀は彼女に嫌悪感を覚えていたが、残念ながら亮には頭の痛い子にしか見えない。こういう方向に狂った人物なんて時々いるものだ。

 

「別にそれはどうでもいい」

「……反応うっすいなァつまんね!つーか、コイツ助けに来たんじゃねーんかよ!」

「それは後で確認しなきゃな。ンで、お前がニーナ・ヴァルバットでいいのか」

「ちっ……こいつほんとつまんねぇよォ、空気読めよォ……」

「合ってるっぽいか」

 

と、亮の言葉の直後。

 

──ダンッ!!

と、轟音を立てて部屋の奥側の壁が崩れた。

 

「え…………は?」

「……ン?ズレた」

 

突然崩れた壁に驚くニーナと、攻撃した位置が思っていた場所と違うことに驚く亮。

 

「な、なんでェ……?魔術はこの部屋じゃ使えないはずなのに……」

 

魔力除去装置はこの部屋に余すことなく放射されている。一つや二つじゃない。六つの魔力除去装置によって極術師すら封殺する完璧な部屋だった。そのハズだった。

 

「なるほどな、どうりでさっきから肉体の維持に違和感があるわけだ」

「んあ?あ?」

 

感触を確かめるためか、手を開いて閉じたり、まるでピッチャーがボールを投げる前に確認しているかの様な動作。その最中。

 

──ダンダンダン!

と三発の銃声が部屋に響き渡る。言うまでもなく、発砲したのはニーナ。懐から拳銃を取り出して撃ったのだ。

なんだか本調子では無さそうな、隙だらけだったから撃った。間違いではない。僅かでも隙があれば殺しにかかるのは、命のやり取りをする戦いにおいて当然の選択だ。

 

「二ヒィ……ちょーしにのるからそんな事になるんだ」

 

甘いヤツと嘲笑う。それに対して亮は。

 

「そうだな」

 

と、今度は足の感触を確かめながら賛同した。銃弾によって開いた頭の風穴三つも綺麗に塞がる。

 

「…………まさかてめェ……」

 

そこまできて、ようやく、ニーナは悟る。

 

あの時も、こんな光景を見た。

 

「てめェ……あの時の!」

「ン」

 

コクっと頷く。

 

「二ヒィ……てめェは一番最後って決めてたけど、ノコノコやって来てくれたんなら仕方ねェよな!!」

 

一度由紀のベッドにナイフを置き、近くの机の上に置いてあった別のナイフを持ち、拳銃を亮へと向け、メインの魔力除去装置と同じ波長の電磁波を流す。

宮里紀子すら完封したソレで魔術を封じ。

 

「うおおおおらぁっ!」

 

と、ナイフを頭部に刺してからボタンを押す。ナイフからバチバチバチと弾ける音ともに高圧の電撃が走った。人体なら内側から焼け焦げるほどの威力。

それが亮の体の内に走った──が。

 

「鬱陶しい」

 

右手でニーナを押し返した。なんて事ない、彼女の胸に手を押し当てて押しただけだ。どこかに吹っ飛ぶとか、そういうこともない。子供が友達とジャれている時に「やめろよ〜」とやる様な、そういう感覚のソレ。押し出され、ニーナは後ろに仰け反る。

 

「…………へっ?」

 

理解が追いつかない。どう考えてもコレは鬱陶しいで済むせられる代物ではない。理解が追いつかないから体も硬直する。コイツはヤバいとようやく分かった。

 

「さて、どうしてやるかな」

 

顎に手を当てて何かを考えているようだった。体を動けるような状況にあるはずが無いのに。

 

「………………ニィッヒヒッ!……あーやばいどうしよう……ごめんなさい助けてください」

 

だから出てきたのは命乞いだった。

いつも大人しい人は絶体絶命のピンチに際した時、発狂したり頭がおかしくなる事が多いのだが、いつも狂ってる人はむしろ冷静になるらしい。

 

「すげえなお前。ここまでやって謝って許してもらえるとか思ってんのか」

「いいえ、大人しくします。捕まって罪を償います。ですからお願いします殺さないでください」

 

冷や汗を流しながら許しを乞うニーナに対して。

 

「俺の目的は、さっき言ったお前の作った魔力除去装置の完全抹消だ。設計図の入った電子媒体はどこだ」

 

と、本来の目的のために聞き出す。さすがにこの状況で下手な嘘をつけるほどのキモはないだろう。

 

「そ、そこのパソコンです!!流出を恐れてコピーは取ってません!!制作もここでやっていました!」

「ホントだな?」

「はい!本当で──」

 

それがニーナの遺言になった。

ニーナは亮に首を掴まれてから投げ飛ばされ勢いよく後頭部から天井に叩き付けられる。ギャグ漫画の様に頭が天井に突き刺さって──なんてことは無い。ボキッと音を立てて首が折れ、折れた脊椎が皮膚を突破っている。顔は少し膨らみのある胸の少し上の方にくっついていた。

それを観察する暇もなく、重力によってニーナだった物が天井から落下する。亮の目の前に、ドサッと。

 

「……さて」

 

行く手を阻むニーナだった物を、由紀が転がっているベッドとは逆の方向にある、ニーナが指さしたパソコン、つまり右側に向かって、左足で蹴っ飛ばした。

どんな肉体強化魔術を扱う者よりも強い一撃がニーナだった物を水平に飛ばし、パソコンにあたって双方が衝撃でバラバラになる。

 

物理的にパソコンを破壊できたのを確認してから、次はベッドで痛みに震える由紀を見て悩んだ。

 

「たい……ぐっ……あっ…………」

「どうするかなコイツ。ほっとくと死ぬのは目に見えてるわけだが」

 

拘束されているせいで身動きは取れていないが、由紀は痛みで体をよじらせていた。右腕があった場所からは止めどなく血液が流れているので、あと数分で静かになるだろう。

極術師だってただの人間だ。病や痛みに耐性はあれど流石に失血死はする。

 

「死んだ方が鈴木数馬の成長に繋がるが……上司の判断を仰ぐとするか」

 

生かすか殺すかはナナシの判断に委ねるとすると決め、聞いてる間に死なれるとアレなので由紀の右側へ周る。

 

「……た、たすけて……」

 

自分が妹の仇と知って頼んでいるのかどうかは分からないが、仇と意気込んで戦いを挑んできた彼女の面影はない。ただ痛みに震え泣すがる女の子がそこに居た。

別に何の感慨も浮かばなかった。こういう状態の女の子は何度も見てきたし、この状況を作ってきたし、そのままトドメだって刺して来たし、喰らいもした。

表情は一つとして変えず、由紀の右腕があった場所に左手で触れる。

 

「っえ……」

 

痛みが引いた訳ではない。だが、出血が止まった。剥き出しの断面は黒くツルツルした何かに覆われ、先程まであった熱くて、痛い感覚がない。困惑する由紀をよそに、亮はナナシへと電話をかける。

 

「俺だ」

『済んだか?』

「済んだのは済んだが、ちょっと面倒を抱えた」

『面倒……?』

「絶対零度が死にかけてる。助けた方がいいか?」

『助けろ。迷うな』

「…………それもそうか」

 

鈴木数馬の成長を促すというのは、自分の都合だったと今更思い出す。そして自分の所属する組織は新世界を良くするための存在だ。組織の者としては目の前で何も悪いことをしていないのに理不尽な目に遭って死にそうな者がいたら助けるのが当たり前なのだ。

というより人として人命救助は義務なのだが──

 

「だが、右腕がない」

『そんな「金がない」みたいな感覚で言うな。ったくどういうリアクションを取ればいいんだ。普通、右腕を切断された者を見て冷静に助けていいかどうかなんて聞くものか』

「そう言われてもな……とりあえず止血は済んでいる。落ちた右腕は……」

 

探してみるも見当たらない。止血していないのだから近くにあると踏んで──不自然な電子レンジが目に入ってそれかと戸を開けて中から由紀の右腕を取る。

 

「あぁ、もう使い物にならないなこれ」

 

レンジで温められいい具合の柔らかさになってしまった右腕はそのまま放っておく。こういうことするサイコの事だから、後で由紀に食べさせようとか考えていたのだろう。腕は二の腕あたりしかまともに食べたられるところがないから別の部位の方がいい。なんて余計な事は言わない。

 

「絶対零度はどうする?」

 

亮の言葉に、ナナシは唸った。この事態、捨て置けと一蹴できない。ここまで心的ショックを負った後に右腕を失うなんていう不幸の連続。もう由紀はまともに生活していく事なんてできないだろう。彼女は自らの気持ちを切り替えられる可能性のあった復讐に失敗したのだから。

 

『私が彼女と話をしよう』

 

だからナナシが名乗りを上げた。救うことなんてできやしないが、道を示すことは出来るかもしれないから。

 

『しかし彼女にここを知られるのはまだまずい。ふむ、シェイカーの遺した家でも使うか』

「シェイカーの……帝の記憶にあるホワイト地区の物置家でいいのか」

『合っている。そこで二時間後に落ち会おう』

「ン、分かった」

『くれぐれも一般人に見つかるなよ。面倒どころの騒ぎじゃなくなる』

 

深夜に右腕を失った女の子を抱えた青年が居た、なんて怪談話にもならない。

 

「わかってる。そんなヘマはしない」

 

言って通話を終える。それから由紀を運ぶために彼女を拘束している物を手で引きちぎって破壊した。それから距離を取り、彼女が立ち上がるのを待つ。

由紀は立ち上がる際、おもむろにベッドの脇に置かれていたニーナのナイフを手で持って。

 

「うああああああああっ!!」

 

亮へと切りかかった。

 

「ンだよ、随分な礼だな」

 

それに対して亮は特に何もすることなく受け入れる。切れ味のいいナイフに斜めに切り裂かれる。

 

「な……んで……なんで!なんでなんでなんでなんでアンタが私を助けるのよっ!」

「仕事とそのついで」

 

質問に対しては簡潔に回答した。

 

「また……くっ!元はと言えば!!あんたが由美を殺してそこから全てがおかしくなったのよ!!」

 

泣いて、叫びながら、何度も何度も刃物で亮を切り付ける。斬り方に型なんてない。右腕を失い、さらに痛みで感覚も麻痺し、重心が狂ってるせいでそもそもロクに振れてすらいない。由紀はただこの痛みと苦しみを刃物にのせ、この不幸の元凶を切り付けているだけだった。

 

「アンタが居なければ由美も……お母さんも死ななかった!アンタが居なければ私は右腕を失わなかった!アンタが居なければ私は……私はっ!!」

 

切りつけた回数が三十を越えた時、由紀の左手から刃物がスルリと落ちた。

もう限界だった。こんなにも想いをぶつけても、目の前の化物は無表情で由紀を見ている。

 

「…………」

「……何とか……言ったら……言いなさいよ……」

 

体を前に曲げて、落ちた刃物を左手で広い上げ──しかし落ちる。だがもう一度掴み、今度こそ持ち上げた。

 

「アンタが……死ぬまで……切り続けてやる……何度だって、私はアンタを殺してやる……」

 

再び、由紀は左手の刃物を振り上げ、亮に向かって振り下ろした。

 

「はぁ……」

 

そして、ここでやっと亮が口を開いた。

 

「謝る……気に……なった?」

「時間的に、タバコ一本吸ってる間は待ってやるから早く諦めてくれ」

「……………………あ?」

 

亮は右手で胸ポケットからタバコを一本取り出して、口にくわえ、人差し指に火を灯してそれでタバコに火をつけた。

あまりにもスムーズで、迷いのないその一連の流れ。今までの由紀の言葉と、刃物で切りつけられているという現実を完全に無視した行動。

 

舐められているとか、もうそういう次元じゃない。「ハエが一匹居るけどまぁいいかタバコ吸おう」くらいな、そういうイメージ。

 

「っ……こ……こ……このおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

怒りが、憎しみが、殺意が、由紀に力を与えた。

もうダメだった。目の前のこいつは生かしておいてはいけない。生きていることそのものが罪で、これを生かしていて大丈夫な世界が間違っている。

そんな使命感も添えつつ、ありったけの力で許されざる者の顔を切り付け──

 

ピタッと何の音もせず、刃物が動きを止めた。

 

「…………タバコに当たるだろ。切るとこ考えろ」

 

彼の右頭部から振り下ろした。確かにそのまま斜めに下ろせばタバコに当たる。現に刃は亮の右目辺りを斬り裂いた状態で停止している。

 

「あ……っ……」

 

からんとナイフが転げ落ちた。無理だと体が感じて心が折れてしまったから。

膝から崩れ落ちて、顔は下を向く。

 

「ンで、気は済んで……はいないだろうが、お前の憎しみは分かった」

 

やっと落ち着いたとタバコを吐いてから言葉を続ける。

 

「だが、残念な事にお前が今から死ぬまでの間、不眠不休で俺を攻撃し続けてもお前じゃ俺は殺せない」

 

これは覆しようの無い事実だ。人一人の一生を費やして死ぬ存在ならとうの昔に死んでいる。

 

「理解して一旦この場は収めてくれ」

「……ふざけないで」

 

言い返す言葉に力はない。このまま去ればもう二度と会うことはないだろう。

だがナナシと約束した以上、じゃあなと踵を返すわけにはいかなかった。

 

「悪いが、かなり真面目に。言っただろ、お前の憎しみは分かった。だから、お前には知る権利がある、と俺は思ってる」

「知る……権利……?」

「確かに、宮里由美を終わらせたのは俺だ。だが、前も言っただろ。仕事だと。これからその上司に会う。だから来い。ンで、それからお前の復讐の仕方を決めろ」

 

上司。それはつまり、コレに由美を殺すことを指示したもの。つまりは、復讐相手に内の一人。それに会うことができる。

 

「奇跡でも起こして俺を殺せたとして、それでお前の復讐は終わらないと言ってるんだ」

 

相変わらず、彼の言葉は胡散臭い。自分を全く脅威として見ていないから、こういう言葉が出てくるんだろう。ただもう苛立ちは湧いてこなかった。それが無駄だと知ってしまったから。

 

「……分かったわ」

 

だから頷いた。このまま大人しく家に帰ったとしても、きっと状況が好転することなんてないのは分かっていたから。生き残ってしまったからには、きっともう自分には復讐の選択肢しかない。

 

「ン、それでいい。動けるか?動けないなら回復させる」

「…………いいえ。って言ったら、おぶって運んでくれるのかしら?」

 

なんて軽口を叩いて自分を鼓舞する。

 

「いや」

 

否定して由紀に近付き、右手を彼女の頭へと伸ばした。

 

「っ……」

 

恐怖でビクッと震えた。

 

「…………回復させるって言っただろ」

「……分かりなさいよ」

 

どうやら彼に対してはもう本能で怯えてしまっているらしい。今まで彼自身の体で何かされたことは無い。毎回毎回、魔力その物にやられていたのだから、それより強いと思われる体が近付けば怖いのも当たり前だ。

 

「……なによコレ……」

 

触れられた瞬間に効果が現れる。まず疲労が吹き飛んだ。ダルいとか動かないとか、そういうレベルを超越した疲労が一瞬で消え去る。体の違和感も消え、外界遠征に出る前くらいの体調に戻った。

 

「間に合うから分かんねえから急ぐぞ」

「え……えぇ」

 

二人で出口へと向かって歩き出した。

 

これから先に待っているのは新世界の深淵。その事を、ハッキリと自覚したまま。

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