無敵系中ボスが過去にしがみつく話   作:竜田竜朗

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大変お待たせしましたorz


右腕の代償②

夕食を温め直し、冷凍保存しておいた白米を解凍して由紀に出した。後、食べ終わってもそのまま食器は置いといてくれとだけ伝えて、亮は自室を経由してからベランダへと向かった。出るなり灰皿の前でタバコを取り出し、火をつける。

と、そのタイミングで図ったように仕事用の携帯電話が着信を告げた。今後の方針についての連絡だろうというのは明らかだ。だからさっさと電話に出る。

 

「俺だ」

『つい先程清掃を終えた。そこで得られた情報を元に今後について話をしたい』

 

返事はせず、代わりにタバコを吸って吐くことで続きを促した。

 

『奴らの次の目的はドリフター久坂陽吾……だが、奴らがニーナ・ヴァルバットを殺害されて黙っているとも思えん。恩師を仇を取るために世界を敵に回す連中だからな』

「そういう奴らだからこそ、誰かが欠けようと目的に対して真っ直ぐ突き進む事もある」

『……誘い出す手は使わない方がいいと?』

「あぁ」

 

今回、敵は攻め込まれる事を前提に手を打っている節がある。

リニアの線路や各地で起こした爆破、宮里紀子の暗殺、そして宮里由紀を呼び寄せた事でその確信を強めた。

 

敵は極術師に自分を見つけさせ潰そうとしている。

 

力の誇示、それとも会話をしたいのか。中身はどうか知らないが、わざわざ目立つことをして、火種は大きく起こしているあたり、殺したいだけではなさそう。

亮には、どうにも「弱者でも工夫次第で強者に勝てる」ことを示したがっている様に感じた。

 

「元絶対零度、紀子に対しては合理的に戦ったが、由紀に対してやった事は非合理の塊だ」

『確かに、暗殺とは言えないか』

 

極論、暗殺するなら通り魔の様に油断している所をザクッとやるのが正解だ。紀子に対して家ごと爆破するという手を使った様に、不意をつく攻撃が正解。

わざわざ呼び寄せて時間をかけて嬲ってしまったがためにこんな事態に陥る。

深夜の道を極術師一人に歩かせるだけで目立つのだから、殺してしまえば尚のこと、潜伏地点まで割れる。暗殺どころか自分の居場所さえ露見させてしまう愚行。そんなもの分かっていると仮定すれば。

敵は新世界に対して極術師の暗殺を隠すこと嫌がっている。

 

自分達が極術師を殺害したことを公にし、そして各個撃破していく采配。

 

極術師は絶対ではない事を示し、世間の混乱を招く事が目的だろう。

 

「誘い出すなんてして察知されれば、向こうは来ないだろうな。極術師をきちんと理解しているからこそ、他の条件を自分に有利な物にして戦おうとするハズだ」

 

だからと言っても極術師は極術師。顔を合わせてゴングの音ともに戦いを始めてしまえば、普通は勝てない。だからこそ、工夫で倒そうとしている。弱者が強者に勝てるとすれば搦手しか無いものだ。

 

『だから、罠を張って悠長に構えてしまえば……』

「他の極術師が死ぬかもな」

 

もちろんこれはただの予想。煽って誘えばすんなり来てくれる可能性もなくはない。向こうが仲間想いだったら充分有り得る話だ。全員そうではないだろうが、この件それ自体が仲間のための復讐なのだからその仲間──ニーナの死体でも雑に扱ってやれば怒り狂って出てくるかもしれない。

遺体の肉片や血液取り込み体を生成して屍姦やら解剖やら、彼女の尊厳を踏み躙ったムービーでも送り付けてやれば間違いなく出てきそうである。

もちろん死者の尊厳を踏み躙ることをナナシは許可しないだろうが。

 

『……分かった。情報が入り次第君に連絡しよう。絶対零度には君から伝えてくれ』

「ン」

 

短く返事をして了解の意を示す。

 

『それにしても、今回は随分と散らかしたな』

 

それで終わりだと思ったら、ナナシは別の話題を切り出した。

 

「何の話だ」

『ニーナ・ヴァルバットの遺体は原型を留めていなかった』

「だから何が言いたい?」

『清掃班が愚痴を吐いていたぞ』

「それが仕事だろって伝えとけ」

 

向こうも向こうでかなりの金額を受け取っているはずだ。業務内容に違いは無いのだから文句を言われる筋合いはないと思う。そんなことはナナシも分かっているハズで。

 

『…………なぁ、彼女はいい子だった』

 

その彼女がニーナで無いことは直ぐにわかった。無理やりにでもナナシはこの話題を持ち出したかったらしい。

 

「手のかかる印象しかない」

 

二十年近く前、けれど亮はそれを昨日のように思い返せる。

 

仕方なくこの世界に足を踏み入れた少女に戦いを、身を守る術を、必要になる心構えを教えたこと。

少女はいくつかの修羅場を乗り越え、その果てに大切な人を見つけたこと。

そして最後には自分の大切な者を救い、闇の底から這い上がり、幸せを掴んだことを。

 

『そうだったな。ここの訓練所で君が彼女の額を小突いてる姿は印象的だった』

「昔の話だ」

『あぁ、昔の話だ。もう二度と戻らない。お互い、それを忘れていないなら構わない。ではな』

 

と、亮の返事を待たずに通話が切れた。どうやら、彼女は心配してくれていたようだ。余りにもらしくない殺し方をした事に違和感でも覚えたんだろう。

 

夜空に溶けていくただ紫煙を眺める。思考はない。昔の仲間の死に心を痛め塞ぎ込むほどデリケートな神経を持っていない。作り出した味覚に染み渡るタバコの苦くコクのある風味を味わっているだけだ。

 

「……ふっ」

 

ふと鼻で笑った。なぜか漏れ出た笑みだったが、これはせっかく闇の底から這い上がったのにも関わらず、結局、闇に足を掬われた宮里紀子を哀れんだものだ。

 

──また失った

 

なんていう心の奥底の呟きは、まるで関係ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ、美味しい……悔しい……」

 

左手で箸を持ち、器用に腕一本で食事をする由紀は、レンジで温められたコロッケが自分の作った物より美味しいことに悔しさを覚えていた。このコロッケは彼の手作りらしいので、この分だと戦闘力以外の部分でも負けている可能性が高い。

 

「(……それにしても、この家どうなってんの?)」

 

広いリビングを見渡してながら考える。マンションの一室にしては広すぎるし、リビングから通じる一人一人に分け与えられた部屋は5部屋もある。亮、愛菜、八代、優衣、由紀の五人で丁度ピッタリの数。まぁおよそ普通のマンションの構造ではない。しかし、だからと言ってワンフロア丸々くり貫いて作ったにしては小さい様な気もしなくはないが。

 

まぁそんなことより問題は住んでいる者達が問題だ。

 

彼は言うまでもないが、同じ極術師の愛菜に、愛菜と同じクラス、自分と同じ学校に通っている七尾優衣。そして狐の耳と尻尾を持った銀髪幼女。

前者二人の関係性なんて同じ学校くらいしか思い浮かばないのだが、それでも二人は対等に、愛菜に至っては学校では見たことがないくらい元気に接していた。自分とは違った方向で接しずらいとか言われていたハズだったが、あんな元気な姿を学校で見せれば一躍人気者になれるだろう。

優衣はそもそもあまり接点がないのでよく分からないが、少なくとも彼があれだけ好意的に接している点からただ者ではない事だけが明確に分かる。

 

そして銀髪狐耳幼女。何だそれは。

 

異世界に転生したとか、ここだけ時空が歪められているとか、そう言われた方が納得できる。

 

「(……ただ、魔物の頂点がどうとか言ってたわね……)」

 

最近聞き慣れた魔物という単語のおかげで彼女の存在に現実味が帯びる。外界遠征時の巨人といい、確かに魔物と言われれば有り得そうな気はしなくもない。

ただ、そんな存在がなぜこの新世界に居るのかは分からないが。

 

「(何にせよ、情報が足りな──)」

 

頭の中で思考を放棄しようとした瞬間だった。ガチャッと音を立てて五部屋の内真ん中辺りのドアが開く。さっきその部屋に入っていったのは──その回答は姿を見ればそのままだ。

 

「ういぃー」

 

八代だ。なんか変な声を上げてはいるが、別にもうそんなのは気にならない。

 

「ういぃー」

 

同じ様な声、というか、音を出しながら八代を頭の上に乗せている巨大な骨が浮遊している光景に全て持っていかれた。

 

「???」

 

驚きの言葉よりも疑問符が並ぶ。自分の体格程の、宙に浮かぶ狐の顔の骨だけの存在の上に、干された布団の様に寝転ぶ狐耳の銀髪幼女というこの世の物とは思えない光景は、取り敢えず語彙力を喪失させるほどのインパクトを持っていた。

 

「ん?青いのまだ食っとったか」

「……え、えぇ」

 

コロッケを飲み込んでから何とか返事を絞り出す。ただそれ以上の言葉は紡げない。

 

「どりんくどりんくー」

 

頭真っ白な由紀にはお構いなく、八代はキッチンの大きな冷蔵庫に向かい、上段を戸を開いて中からペットボトル容器のコーヒーを取り出した。

そのまま由紀の対面に移動し、椅子に腰を降ろした。

 

ちなみに、ペットボトル取り出す動作以外は狐の顔の骨が行っていた。しかも八代が椅子に座った直後、八代の頭に狐の顔の骨が触れたと思ったら、それより小さいはずの八代の頭の中に掃除機に吸われるが如く消えていった。

普通に生活していたらお目にかかる事の無い一連の流れに対する、やっと出てきた由紀の感想は「意味わかんない」だ。

 

「味はどうじゃ?」

「お、美味しいわ」

「そらよかったのじゃ」

 

気を使ってくれているのか、ありきたりな言葉から会話が切り出される。

 

「……」

「……」

 

が、直ぐに沈黙が場を支配した。向こうも向こうで会話の切り口を探しているのだろうか。ならばあの返しは無かったかな、なんて思いつつも残された米を箸だけで丁寧に食べていく。それを見てか、八代もペットボトルの蓋を開けてコーヒーを飲み始めた。

銀髪狐耳幼女がペットボトルのブラックコーヒーを飲んでいく様は、何だかファンタジーな世界観をぶち壊していく。

 

「あーそのなんじゃ」

 

煮え切らない様相で、再び八代が切り出す。

 

「何か聞きたい事とかある?」

 

現在の由紀にとっては超絶回答に困る切り出しだった。そんなものありまくるに決まってんだろとツッコミを入れたくなるものだ。

 

この家はどういう構成?

 

あなたと彼の関係は?

 

優衣はどうしてここにいる?

 

片手で数え切れはしない質問の山。だが、それよりも由紀は、最初に一つだけ、聞きたいことがあった。

 

「彼は、なに?」

 

今更、ちょっと特別な人間なんて枠には収まりきらない。彼はああいう存在だと認識するには構わないが、それでも何か明確に定義付けされているなら、それを知りたい。

 

「ふむ、魔人──ともちと違うが、そうじゃの、魔人という存在じゃ」

「……聞いたことないわ」

 

魔術を扱う人間。なんて単純な言葉遊びではなさそうだ。

 

「お主ら風にいう、エーテル。それが骨の髄まで染み渡り、細胞の一つ一つがエーテル細胞となり、魔力を絞り出し、エーテルの結合……というより、食らう特性を体現した人間」

 

食らう特性。それは何度も目の前で見せられたものだ。

 

「じゃが主は行き過ぎた。肉は持たず、魔力その物が体という概念に当て嵌る」

「……体は持たない?」

「違うの。言っとるじゃろ、体があるとすれば主の持つ魔力。体が無いとすれば最早魔力そのもの。魔人とは違うと言ったのは、そーゆーことじゃ。単に、もう人の枠を超えた完璧な存在じゃからの」

 

まさにファンタジーだ。由紀の頭では理解しきれない。取り敢えず、生物を超えた存在、辺りに一度落とし込む。

 

「……人間の行き着く先が彼ってこと?」

 

そして沸いた疑問がコレだ。エーテル細胞が全身に回り、肉体を失うほどになれば彼になるということは、人類が行き着く先であるかもしれないという疑問。

 

「ちゃう」

 

が、即否定。

 

「良くて魔人止まりじゃろ。主の様になれるはずはない」

 

その癖して、明確な理由は示さない。恐らく、あまり話していいものでは無い物なのだろう。彼の根幹に関わる話なのかもしれない。聞けば戻れなくなる。

そういう警告に感じた。だから由紀は。

 

「教えて」

 

聞き出す。

 

「……」

 

案の定、八代は言葉を詰まらせた。

 

「……彼だけ、私の事を知っているのに、不公平──ううん、違う。知りたいの」

 

理屈じゃなく、知りたかった。彼について聞くことで、ここに来る前に与えられた選択に対する答えが出る。そんな気がした。

 

「……まぁ、いいじゃろ。ダメだったら記憶を消せばいいだけじゃ。長くなるぞ」

「構わないわ」

 

息を吐いて、八代は始めた。

 

「一万年以上も昔、旧世界に残った人々が居た」

 

新世界のでは、地球に落ちた隕石のせいで残った人々は全滅したと言い伝えられている。自分の認識はまずそこから違うのだと切り替える。

 

「飢え、魔物、自然災害、あらゆる不幸に見舞われても生き抜いてきた人々はやがて魔術を手に入れる」

 

ある日突然、人が魔術を使えるようになった、新世界の歴史とそこは同じ。

 

「最初の、火を操る魔術師、水を操る魔術師。二人は人類の希望として称えられた」

 

火と水。その二つを自在に操る者が居たら、確かに担ぎ上げられるだろう。由紀にも想像はついた。

 

「……ここで、青いのは「神」について知っているか?」

「神……?イメージはつくわ。八百万とかそういうのでしょ?」

「…………まぁそれで良いわ。こっからぶっ飛ぶぞ?二人はやがて神となる」

「……」

 

予告すればいいってもんじゃない。意味がわからない。

 

「妾も理屈はわからんし、多分そんなもんないんじゃろ。ただ居た。それが現実じゃ」

 

無理やりにでも落とし込む。嘘は無いのは間違いないだろうから。

 

「神となった火の魔術師は炎神と呼ばれ、水の魔術師は水神と呼ばれた。神となった二人の力は、人には及ばん。そういう存在になり、そして、人々は彼らと共に成長してゆく事となる」

 

世界は彼らを中心に栄えていく。魔物が居るような環境で、絶対的な存在が居ればそれについて回っていく。この新世界が王によって統治されている様な、そういう風景が浮かんだ。

 

「それからどれほどの時間が流れたは分からんが、主が産まれた」

 

彼が生まれたのはそういう時代。由紀はさっきまでの前提を頭に入れつつ、八代の言葉により一層耳を傾ける。

 

「主は生まれながらにして高い魔力との親和性があり、幼いながらにして尋常ならざる魔力を持っていた。齢五つで魔人となる程にはの」

 

才能があった。そういうことだ。

 

「そして、仲間にも恵まれた。皆で力を合わせ、時には喧嘩をし、生きて行った。裕福ではなかったが、不幸ではなかった。そういう生活じゃ」

 

力はあっても向こうではごく普通な生活。向こうの基準での普通が由紀には分からなかったが、特筆することはないのだろう。特筆することのない、当たり前の生活を送れていた。

 

「そして、主は、大切な者を守ろうとして世界の頂点の片割れ、炎神を敵に回した。経緯はすまんの、主の許可が無ければ言いたくない」

 

のじゃ口調を消してまで言い切った。彼女に無理やり聞き出すのは野暮なのだろう。気になりはしたが、頷く。

 

「そして主はたった一人で世界の片割れと戦う。もちろん勝てるわけなどあるはずもない。明確に戦いの火蓋が切り落とされてから、数秒で主は敗北した」

 

数秒。もはやそれは戦いにすらなっていない数字。

 

「……でもそれなら彼は」

「うむ。けれど主には一つだけ反則技があったのじゃよ」

「反則技?」

 

現在の彼は存在そのものが反則だがどういうことか。

 

「体の何かを犠牲に、一時間だけ時間を巻き戻せる」

「っ!?」

 

言葉を失った。なんだそれはと思うが口には出せない。そんな力があれば負けようが無いはずだ。

 

「じゃがの、そんな反則技があっても勝つことは不可能」

「なんでよ?相手が何するか分かっているなら、手の打ちようはいくらでもあるじゃない」

 

たとえ、相手が強くとも、何をしてくるのかが事前に分かっていてるなら、対処のしようはある。逃げようと思えば逃げることだってできるはずだ。

 

「そうじゃの……あれはなんと言えばいいか……」

 

唸る顎に手を当てて考え始めた。炎を操る神の攻撃と言えば、辺り一面を焼け野原にするとかだろうか。なんて予想したが。

 

「触れた瞬間即終了、銀河の端から端まで音速で駆け抜け続けられ、障害物がまるで意味をなさない攻撃をどう避ける?」

「?」

 

スケールが違った。

 

「ゆっくり整理するかの。直径は10cmほどの球体。新世界でも見ることのできる火球をイメージするのじゃ。速度は大体音と同速。次に物理法則を一度追っ払って考えよ。神が「根本亮を浄化する」と定めて放たれた物じゃから、その目標のためなら他の全ては無視する」

「無視するって……」

「……これは炎神後、水神と戦った時に妾も見た現象じゃが、炎神と同じ火球の様な水球は、宇宙空間でも普通に追尾して来おったし、手頃なデブリを盾にしたが、それをすり抜けて来おった。妾の持っていた力を使い、存在の確認されている異世界とこの世界を結ぶ狭間に飛ばしたが、ご丁寧に空間を歪めて出て来おった。まぁ、そういう力じゃ」

「……」

 

スケールが違った。もうこの感想しか出てこない。軍隊と同じ戦力とか、人類の頂点とか、極術師の存在なんかが霞んで消えてしまう話。

物理法則に縛られている身では絶対に届かない。そういう戦い。

 

「そういう、人の身では越えられない者を神と称し、神の術を神術と呼ぶ」

 

──神術

極術とは比べ物にならない力。この世の法則を無視する力。

 

「……話を戻すかの。恐らく、神術と思われる、主の時間を巻き戻す力を用いても、炎神は越えられんかった。当たり前じゃ、一時間巻き戻した所で物理法則に則った動きしかできん主には炎神に傷一つ与えることも叶わん」

 

誰だってそうだろう。恐らく、人の身である限り、勝てる存在ではない。そんなことは由紀にでも理解できた。人の身では届かない存在だから神なのだ。

 

「じゃが。主は諦めんかった」

「そんな存在を前に?」

「うむ、諦めない。万なぞ当たり前、兆ですら足りんし京でも微妙、垓でちょうど良いか?まぁ、それだけやり直した。終わってない。何度でも戦えると。それでも、そのまま主が炎神を超えることはなかった」

 

何度やり直しても、結果が変わることなんてありえない。それが人と神の差だ。下手な鉄砲は数打ちゃ当たるが、当たったところで意味が無いのだから。

 

「(……終わってないって……だから彼は)」

 

自分と相対した時、彼はそう言っていた。「こんなもんじゃない。まだ立てる、動ける、終わってない。僅かでも希望があるなら踏み出せるだろ」と。

アレは、彼自身の経験から出ている言葉だった。

 

「彼は……」

「何故、か?んなもん簡単なことじゃろ」

 

抱いた疑問。何故彼は諦めず戦い続けたのか。八代は簡単だと前置きして。

 

「守りたいものがあるからじゃ」

「……っ」

 

当たり前のことを言った。

 

「守りたいものがあり、それを守るためならなんでもする。ほら、よく言うじゃろ」

 

古くから使い回された言葉だ。「あなたを守るためなら何でもできる」という、聞きすぎて耳にタコができてしまいそうなテンプレの台詞。

亮は、ただそれを実行しただけに過ぎない。

 

ただ、そうだとするならば、何故彼はこんな所にいるのか。

 

「こっからが本番じゃな。何回も同じ時を繰り返した主は奇跡を起こした。自分の大切な人を守りたい。その想いが奇跡を起こす」

「……奇跡」

 

漢字に起こして二文字。音にして読めば三文字。ただしその言葉が内包するものは酷く曖昧で、説明することは難しい。

 

「妾もどうしてか分からんが、恐らくはたった一人のために時間を巻き戻し続けた──言い換えれば、たった一人を信仰し続けた主が起こした奇跡は、信仰対象の神格化じゃった」

「神格化って言うことは、神になったってこと?炎神と水神……だったかしら」

 

人々の希望として神になった二人と同じように、亮が想い続けた大切な人が神となったということか。

 

「そうじゃの。じゃが、その想いは余りにも強すぎた」

「強すぎた……?」

 

件の炎神と水神、それよりも強いと言われても、そんなもの想像はつかない。

 

「お主は神について八百万ならと言うとったが、そういう矮小な存在からは程遠い、唯一神。炎神やら水神とは順序が逆じゃの。世界があり、その中で神の位を得て術を振るう存在ではない。ヤツが、「七尾真衣」がおるから世界がある」

「七尾……真衣……」

 

七尾優衣。ついさっき睡眠についた彼女と同じ姓。ここまで来ればわかる。彼女は神となった七尾真衣の関係者。亮が彼女を溺愛している理由なんて、恐らくその辺で十分だろう。

 

「主が奇跡を起こしたその時、ヤツは神となった。なんなら、今までの世界は消し飛び、ヤツが神となったその日に世界が再誕したと言っても過言ではないの」

「……けど、それなら、彼の望みは全て」

「ならんよ。いや、もしかしたらなる方法はあったのかもしれんな。じゃが、そんな事にはならなかった。炎神に浄化され続けた主は、神に炎神を超えるためだけの力を与えられ、魔人の特性を用いて炎神を食らうた。じゃから、一人になった」

 

彼女があるから世界がある。そんな神がなぜ?と、由紀は思った。炎神や水神ですらこの世の理を無視した所業を成すなら、その上を行く神ならなんでもできるんだろう。

 

「……これは憶測じゃが。神はこの世の未来すら見通すんじゃろ。神の心など妾には分からんが、主が進むこの道の先に、神が──引いては主が幸せになれる世界が待っているハズじゃ」

「そうね、全てを見通せて、その七尾真衣って人が自分の望んだ未来を手に入れようとしているなら……」

 

つまり、過去に彼の前で起こった出来事はいくら変えようと、彼の望んだ結末を得られない。そして、それを成す方法は未来にあるのだと。

 

「じゃが、コレも結局、神が主を愛している場合に限るがの」

「……」

 

全ては、文字通り神のみぞ知るというわけだ。

 

「じゃから、主はそれを信じておる。そうじゃないと困る。それを前提に生きておる。さて、それからじゃが。神は二度と主の前に現れることはなかった」

「……だから、彼は一人になったと」

「そうじゃ。炎神を食らい、意識を失った主は、炎神を信ずるもの達に攫われ、拘束され、何度も何度も体を切断された」

 

今まで信じていた神を殺めた存在を、許せるハズはなかったのだろう。

 

「その度に回復し、そして主の頭の中には炎神がこれまでの人生で築き上げた全て──記憶、想い、感情、感覚、神としての力もじゃな。文字通り全てを手に入れたがために、主は壊れていく。自分の体が何度も切られ、回復していくその痛みがどうでも良くなる程にはの」

 

体を切断される恐怖。由紀がつい最近味わった、もう二度と体験したくないアレ。どうやら、彼もそれは経験済みらしい。

 

「主は、炎神がこれまでどんな想いで人々の期待を背負い、成長し、神と呼ばれ……恋人と離れ、心を痛めながらも皆のためだと涙を流しながら人を浄化していったのか知った──いや、体験した。もちろんじゃが、生身の人間がそんな物に耐えきれるわけが無い」

 

想像がつくようなものでは無いのだろう。

 

「やがて心が壊れた主は、手当り次第に人を食らう。いつしか主の記憶には、自分で自分を殺した自分の中の自分が自分を殺し自分はその自分に食われ──と、まぁ、狂う。理性は消し飛び、手当り次第、それこそ世界を破壊する程度には暴れ回る……ハズじゃった」

 

そうはならないから、今この世界がある。

 

「七尾真衣と会いたい。あの頃に戻りたい。その意思が、主に理性を取り戻させた」

 

何となくだが、八代のその言葉で理解した。彼の生き地獄を。

 

「心が折れ、砕け、自分自身を恨む声が自分の中から幾億と聞こえようとも、主の中のその想いが心の底から溢れ出て、理性を取り戻させる。強すぎる想いを持った者に理性を消されそうになろうとも、主は、自分のその想いだけで取り戻す」

 

まさに愛の力。なんて茶化す気にもなれない。

 

「たとえ死の淵に立たされようと、愛しているから生き返る。いつかきっと、どうすればいいか分からないけどどうにかなるかもだから生き返る。想いが消えないから自分も消えない。コレを……呪いと呼ばず何と呼ぶ?」

 

きっと、彼はこの呪いおかげで今の状態に出来上がったんだろう。無敵の体も、冷えきった心も、無数の人々の意志を大切な人の元へ、という意思で抑え込んでいるから。だから体が無くなろうとも自分が潰えない。

 

「ありがとう、八代ちゃん」

「……」

 

正直、理解は及んでいない。真っ当な人間なら長ったらしい設定だ、なんて一蹴する。それができない理由は、目の前の銀髪狐耳幼女が一滴の涙を流しつつ俯いているからだ。

 

心を痛め、誰かの過去を想って涙を流す女の子を前に、設定だ、なんて言えない。

 

「いいんじゃよ。ここに住むならお主も家族じゃ。主に人生を壊された青いのにこんな事言うのもなんじゃが……知ったからには、どうか、主を見てやって欲しい」

 

なんとも図々しいお願いがあったものだとも思う。

 

「主に敵意を抱くなとは言わん。憎んだって構わん。ただ、一度間違えてしまって、それを間違いだと正す者もおらず、一人間違えたまま戻れなくなった主を、見てやってくれ」

 

そう言って、八代は小さく頭を下げ、そのままペットボトルを持って部屋の中へと戻って行った。

 

「そっか……」

 

静寂を取り戻したリビングで、由紀がポツリと呟いた。

 

「だから彼は、私に選択肢を与えたのね」

 

母親を生き返らせる選択肢を由紀に提示したこと。それは全知全能を気取ってるわけでも、増してや意地悪でも無い。ただ、復讐の果てに独りぼっちにならなくていいと言ってくれていた。

彼はきっと否定するだろうが、八代の話を聞いてしまったら、もうこうとしか思えなかった。独りぼっちの先駆者が、自分のようにならなくていいぞと言ってくれている。

 

「なら、私の選択は決まってんじゃない」

 

ご馳走様と手を合わせてから、由紀は立ち上がった。彼に回答を出す時が来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は朝の三時半。

もう後一時間半で偽りの日が昇り始める。この世界はそういう風に設定されている。このホワイト地区でも上から数えた方が早い高さを誇るタワーマンションの最上階のベランダで、亮は六本目のタバコに火を付けた。

壁に背を預け、設定された夜空の星々を眺める。実際の夜空をコピーしたこの精密な映像は、亮の大好きな天蓋その物だった。

 

今日は月が設定されていない。それだけで良い。

 

「答えが出たか」

「…………えぇ」

 

夜空からは目を逸らさず、亮は火を付けたばかりのタバコを体内へ取り込んだ。

 

「私は、復讐を成し遂げる」

「……」

 

由紀から出た、意外な言葉。亮は黙ってその続きを待つ。

 

「お母さんと、由美は死んだ。だから私は、二人を殺した奴を殺す」

 

チラリと横に並んだ由紀を見れば、その瞳に迷いはなかった。そして亮にはそれが解せなかった。

 

「……なんでだ。お前は……支えが、居場所が欲しかったんだろ」

「随分知ったようなこと言うわね。それもあなたの力かしら?」

 

ここに来る前、亮が選択肢を与えた時とは立場が逆。由紀は余裕そうな笑みを浮かべながら返した。

 

「魔術を使えば知れるが、ンなことはしていない。ただ、お前を見ればそんなのすぐわかる」

 

世間からは絶対零度のフィルターを通されて見られた。だから気に置ける友人なんていない。宮里由美の件に際し亮と相対した時は一人だった。母親の死後廃園で戦った時も一人だった。そしてニーナの元にも一人で向かった。

自分の心の内を吐露できる存在を彼女は持ち合わせて居ない。そんな事は明白だ。

ならば必要なのは心の支えになる居場所。一部の例外を除き、家族というものは最も大切な居場所のはずだ。それを失い、一人もがき続けているからこそ、亮には分かる。

 

人は、寂しいのは嫌だ。

 

そんな、単純な事実だ。

 

「そうね、あなたの想像通りだと思う。だからこそ、よ。私は、やっと居心地のいい居場所を見つけられたかもしれないから」

「……」

 

まともに会話をしだしたのがついさっきだと言うのに、コイツは一体何を言ってるんだと純粋に思った。

 

「あなたの与えてくれるズルをしても、私はきっと、一人になる」

 

母親が老衰か何かで死んだ後は──なんて話じゃない。

 

「お母さんもね、私の事、分かってくれていなかったのよ」

 

母親であろうと、同じ絶対零度を操る者だとしても、悩みまで同じものではない。

 

「いつか、絶対に。お母さんはいつもそうやって言葉を濁してきた。子供の頃から私が変えたかったのは「今」だったのに。もちろんお母さんが間違ってるわけじゃないわ。だって、その今には絶対零度の称号を無視してまで手を差し出せる人なんていなかったもの」

 

圧倒的な力の称号に恐れを抱かぬ者なんていない。まして理解者なんて早々簡単に現れるものじゃない。

 

「……私が好きになった人は、絶対零度なんて称号があっても、その前にただ女の子だろって言ってくれたけど、本当はそれも悔しかった」

 

言葉にしてみれば、なんて我儘なんだろうと自分で浅ましくなる。

 

「私は絶対零度。宮里由紀。この称号は、私が極術師である証で、プライド。私はこの証を抱えて生きてきたのに、それを否定された気分だった。誰かに手を差し伸べて貰いたかったのに、彼は絶対零度を抜いた私しか見ていなかった事が嫌だなんて」

 

後にも先にも、鈴木数馬という存在以外で絶対零度の称号を気にしないものなんて現れないだろうとは思う。とても貴重で、運命の出会いとかそういう類のものだろう。ただ由紀は、彼とは進む道を違える。

 

「あなたに由美を奪われて、犯罪者達にお母さんを……殺されて、そして色んな人に心配。いえ、見世物にされた……私は、世界が憎い。きっと……あなたもそうなんでしょ」

 

亮は由紀の言葉に反応しない。知った様な口を利いて欲しくないなんて理由じゃなく、その通りだからだ。

 

「憎くて堪らない世界の裏側は、そんな人達で溢れ返ってる」

 

目の前の彼。彼と同じ様に表の世界を冷えきった目で見てきた愛菜。みんなのためなんて理由で全てを奪われた彼のために涙を流す八代。それに、きっと母親を殺した人達も多分そう。

 

由紀が知る限りこう。みな、今のこの世界が嫌いな者達ばかりだ。

 

「だから私は、ここに居たい」

 

そう言い終えた由紀に対して、亮はかける言葉が見当たらなかった。彼女の選択は、世界に負けたと白旗を上げる行為だ。

 

陽の光は眩しいから、当たらない場所へ。

手を取り合うために手を伸ばすのに疲れてしまったから、手を降ろす。

 

亮は宮里紀子が大切にしていた宮里由紀がこちら側に来る事を早々容認できはしない。彼女の意思が無駄になってしまうから。

 

ただ、それでも。痛くて、苦しいから逃げたい。

 

そう思う由紀の嘆きを無視する事はできない。立ち向かうことを諦めて、逃げたいと思う者に無理やり前を向かせるのは好きじゃないから。

 

「分かった。ここは、お前の居場所だ」

 

だから、認めるしかない。

 

「……ありがとう」

 

言って、由紀は亮に左手を差し出した。

 

「ン」

 

それを握り返す。由紀の顔は少し綻んだ。

 

「……あなた、手も冷たいのね」

「悪いか」

「別に……あなた…………りょ……亮さんらしいわねって」

「……」

 

名前で呼ぶ。まぁ随分といきなり頑張ったらしい。ここは自分も彼女に名前を呼び返してやるのが筋だろう。だがそんなことより。

 

「恥ずかしがってるとこ悪いがお前ちょっと血生臭いぞ」

「うぇっ!?」

 

当たり前だ。止血はしたが数時間前には右腕を切り落とされたばかりなのだから。そろそろ血液の生臭さが目立ち出す。

 

「しゃ、シャワー借りるわね!」

 

元気よく、由紀は自室から浴室へと駆けて行った。

 

「はぁ、うるさいのが増えたな」

 

やれやれと首を振る──事は無い。これは独り言ではないから。

 

「そだね」

「そじゃの!」

「楽しみだね」

 

ぞろぞろぞろぞろと愛菜、八代、優衣が自室から出てきた。どうせここで話をすることになるだろうと全員ベランダ付近で聞き耳立ててスタンバってたのだ。

 

「由紀ちゃんをからかい倒す台詞も見つかったし、これで暫くはパシりに使えそう」

「りょ……亮さん……かーっ!初々しいの!」

「……二人とも怖い」

 

熱烈の歓迎が明日……というより、今日から始まるのが目に見えてきた。二人は人の弱味に漬け込むのが大好きな性悪なのだ。

 

「……程々にしとけよ」

 

言いながら七本目のタバコを取り出した。

 

「ねぇ、義兄さん」

 

火をつける前に、優衣が口を開いた。

 

「なんだ?」

「由紀さん……着替えあるのかな?」

 

あるわけがない。

 

「あー、私の服貸しとけばいいでしょ?」

 

と、愛菜が亮に確認を取るが。

 

「お前の服じゃ入らねえだろ。バストサイズ的に」

「はーイビリ甲斐のある後輩が入ってきたもんだよ」

「情けねえ先輩がいたもんだ」

 

哀れなものである。

 

「そしたら私の服も入らないし……どうしよう?」

 

優衣が困ったように尋ねた。愛菜の様に見苦しい事も言わない優しい女の子だった。

 

「……選択肢は二つだ。俺の中にある女物の服を体内から生成して出すか、同じ服を着てもらうかだ」

「普通、両者とも嫌だよね」

 

夜道は普通に歩いてきてしまったが、後者は服の袖もぶった切れているので少なくとも今日の買い物には使えない。必然的に前者が一番合理的になるわけだが。

 

「服のサイズ分かんねえぞ」

「そらそうじゃの」

「仕方ない。愛菜、聞いてこい」

「え、それ私に振る?敗北を知ってイビるとか性格悪い事言った私に振る?オーバーキル?」

 

結局、この後に優衣が聞きに行って、一先ずは事なきを得た。

それでも、先行きに不安が残るのは仕方のない事だ。




話が、進まねえ……
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