無敵系中ボスが過去にしがみつく話   作:竜田竜朗

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右腕の代償③

らしくない夢だと笑われそうと思いながらも、由紀は今見ている夢がとても楽しかった。

圧倒的な力で持って、母親を殺した顔も知らない、黒いシルエットだけの者達を氷の氷像へと変えていく。顔は分からないが、「絶望」の表現をした氷像を氷の弓で撃ち抜き砕くために、狙いを絞り──ユサユサと体が揺らされる。

 

揺らすな。穿てない。復讐が、成せない。

 

きっとこれは、自分の中に残った理性が的を絞らせんとしているだけなのだ。

目を瞑って、心を落ち着かせろ。自分にそう言い聞かせ──

 

──だが。

 

「おはようでござんす」

「……」

 

目の前にいたのは、皮を持たない動物の顔だった。まぁつまり、骨である。

由紀が昨日も見たはずの、浮遊する巨大な狐の顔の骨が由紀の体を揺さぶり朝一番の挨拶を告げている。なんてことは無い、この家では日常のワンシーンとしてありがちな物だ。

 

ただ、この家ではありがちなだけで間違いなく他の家でこのモーニングコールはない。

 

よって。

 

「…………おはようでござ」

「ギャァァァァァァァァァァ!!!!」

 

目が覚めてものの数秒で眠気は吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、おはようでござ……ございます……」

 

物凄くげっそりとした顔で由紀がリビングにやってきた。起きて早々にホラー映画に出てきそうなものを見たのだから仕方ない事なのだ。

 

「おはようじゃ、青いの」

 

ソファーでテレビを眺めながら寛いでいる八代から挨拶があり。

 

「ン、おはよう。寝起きに元気だなお前」

「えぇ、だけどもう元気を使い果たしたわ……」

 

次いで亮からも来た。彼が真面目にボケているのか皮肉なのか分からないので、由紀は取り敢えず皮肉を返しておく。

そのタイミングでキッチンからまな板を包丁で叩く音が聞こえた。目をやれば愛菜が料理をしているところだった。

 

「愛菜ちゃん、なに作ってるの?」

「冷やし中華が猛烈に食べたくて気が狂いそうとかいいながら起きて来たから自分で作らせてる」

「えぇぇ……」

 

たまにある。牛丼は当然の事だがチャーハンだったり刺身だったりと、突然何か衝動的に食べたくなっては自分で作ったり亮に作らせたり。

 

「朝から冷やし中華っていうのも、なんか新鮮ね」

「何言ってる時間見ろ」

「時間……」

 

視線を上にやって時計を探す。それ自体は直ぐに見つかった。最近では珍しい、現在時刻のみを示す電波時計ではなく、アナログな針で示すタイプで一瞬読み取りが遅れたが。

 

「12時……すっかり眠りこけてたのね」

 

まぁ今朝の4時に寝て12時の起床なら、睡眠時間だけで言えば健康的な物だろう。ただ毎晩22時には布団に入り、6時に起床を徹底していたのだ。なんだかいけないことをしている気分になるのは、彼女がまだ優等生な証だ。

 

「飯食ったらお前の買い物行くから、身なりは整えとけよ」

 

なんて言いながら、亮は机の上に置いてある黒いブックカバーのかかった単行本を手に取って開き、読み始めた。

 

「も、もちろんよ」

 

いつもの、肩まですらっと伸ばした黒髪ではなく、寝癖で跳ねまくりボサボサと形容していい髪型では外を歩くのに適しているとは言えないだろう。まぁ、このまま出た方が里由紀だと周りに知られることは無さそうだが。

 

「……ねぇ」

 

と、由紀が別の話題を切り出そうとしたその直後。

 

『──番組の内容を変更致しまして、特別放送をお送り致します』

 

と、八代見ていたテレビからよく通る声の男性アナウンサーが画面に映し出された。

 

「えぇ……妾昼ドラ観たかったのに……」

 

口を膨らませて画面に抗議しているが、その想いが届くことは無い。

 

『一昨日の夕方、爆発の起こった一軒家が、元極術師の宮里紀子さんの自宅であることが先日の夕方に判明しました』

 

どうやら由紀の現実の方の件が予定より早く、騒々しくなってきている様だ。

 

『そして、我々の取材班が事件現場付近で、娘の現極術師、宮里由紀さんの姿を確認しましたが、我々の取材に応じることはなく、静かにその場を後にされました』

「…………コイツら……」

 

思わず声に出た。あれほど全力で走らされたのを「静かに」等とどういう神経かと疑いたくなる。

 

『何か情報がありましたら、公式サイトから情報提供をお待ちしております。続きまして、今回の一連の事件の流れを専門家の──』

 

リニアの線路の爆破事件と関連付けて、この手の事件に詳しい専門家がつらつらと言葉を並べていた。昨日立て篭り事件を起こしていた者が床下出身である事から、今回のテロは床下の者達が──なんて、ちょっと考えれば誰でもわかりそうな事を話している。

最も、今回の件は帝の時よりも遥かに簡単な全容だ。過去の事件には目を向けず、「床下出身の者が動機は知らないがテロを起こしている」で片付けられる。

 

「主、チャンネル変えてよい?」

「よいぞ」

 

本を読みながら八代の質問に回答する。

 

「ん」

 

対して面白くなかったんだろうが、事が事なだけに八代も気を使って確認してくれた。大して得られる情報は無さそうなので、好きな番組を観せることにする。

 

「……」

 

由紀は険しい顔でテレビを睨みつけたままだ。画面が切り替わっても表情が変わらない辺り、こうやって人の不幸をネタにしている連中に怒りを抱いているのだ。

だが、こっち側に来たからには連中に怒り心酔して目を曇らせて貰う訳にはいかない。自分達の仕事は、アレらを守ることにあるのだから。

だから少しだけ話題を切り替えることにする。

 

「お前結局腕はいいのか?不便ではあるだろ、飯食う時とか」

「えっ……うーん……そうなんだけど……」

 

寝る前に食事した時に不便である事は実感を持って知ることができた。器を抑える手が欠けただけで想像以上に食べにくい。

本当なら今すぐにでも病院に行って義手の手配をした方がいいのだろう。この時代、義手なら半日もあれば適したものが作れるし、後頭部付近に埋め込まれている性能のいいメインチップのおかげで体の違和感を最小限に抑える良い物になるはずだ。

 

だから今すぐ作りに行こうか、とはならない。

 

そして、その理由はハッキリ出ない。

 

「うーん……」

「復讐の決意の証明か?」

「……そう、なのかしら?もしかしたら復讐の理由を別口でこじつけてるのかもしれない」

 

お前達のせいで右腕を失った。実際その通りなのだが、治してしまえばそのための激情が薄れてしまう──かもしれない。治してみなければそれは分からない。

そこまで考えて、如何に自分が浅ましいのかと思い至る。そうまでして他人を殺す理由が欲しいのだ。

 

「……少なくとも、この復讐を終えるまではこのままでいたいの」

「そうか。まぁ、任せる」

 

亮は追求しなかった。片腕がないことに不便は感じるが、別に生きていけないことは無いなんて言うのはよく知っているからだ。

由紀が歪な理由を抱えていたとしても、構いはしない。

 

どうせ、間違っているのだから。

 

「……そろそろ、優衣を起こしてくる」

「え、あ、わかったわ」

 

本を閉じ、机に置いてから優衣の部屋へ入って行ったのを確認。では自分は髪の毛でも整えるかと洗面所に足を向け──

 

「(何を読んでいたのかしら)」

 

ふと疑問が沸いた。このご時世に紙媒体の本。しかも随分綺麗なブックカバーをかけている。彼の偉人達の時代の有名な文学か何かだろうか。価値観が狂っている彼が読む本なんて気になって仕方ない。

狂人を唸らせる文学があるとしたら、どれだけ人の心を穿って捉えた物なのかと気になって、タイトルを見るべく最初の一ページを開いた。

 

 

 

 

 

 

 

【ねぇ義兄さんお姉ちゃんと一緒じゃダメですか?〜僕達の片側二車線な関係〜】

 

「……」

 

身震いがした。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから優衣を起こしてきた亮に冷ややかな目を向けつつも、優衣がまだ眠たそうに目をこすっていたので何かあった訳では無さそうなので一安心し、そのタイミングで愛菜が冷やし中華を人数分、皿に盛って持ってきた。

 

「一回じゃ持ってけないよ〜」

 

と愛菜が言えば、八代と優衣の二人がキッチンに行って残りの皿を全てソファではなく、食事をとる時用の机に並べ──そこで椅子が一脚足りないことに気付いた。

 

「主、妾向こうでテレビ見ながら食っとる!」

「ン、テレビに夢中になってこぼすなよ」

「もちのろんじゃ」

 

八代は箸と冷やし中華を持ってソファへ。気を使ったんだろう。昨日自分は由紀と踏み込んだ話もした事だしと。

 

各々席に着き、いただきますと言ってから食べ始める。こういうところまでしっかりしているんだなと、由紀は関心しつつ冷やし中華に口をつけた。

 

「……美味しいわ」

「ん、よかった。カラシが強いかなぁなんて思ったんだけど」

「初めて食べた味だけど、私はこれも好きよ」

 

なんて極術師二人は仲が良さそうだ。それから優衣も美味しいと言って、愛菜がありがとうと微笑む。

 

「亮は?」

「美味いぞ。だが、この味付けだとチャーシューが欲しくなるな。今度買ってくるからまた頼む」

「うんっ!任せといて!」

 

パァァと花咲くように笑った愛菜の顔を見て、由紀は改めて愛菜への認識を崩す。

別人なんて言葉が適当だ。少なくとも、由紀はこんな笑顔の愛菜を見たことがない。外界遠征の時ですら、学校と同じ、全てに関心が無いような冷たい瞳をしていたのに、この家の中ではこれだ。

本当に彼女に取ってはこの居場所が全てなんだろう。そしてそれ以外に関心がない。一体どういう風に育てられたのか、何となく気になった。

 

「あれ、由紀さん、手が止まってるけど苦手なものとかあった?」

 

少し考え込んでるうちに手が止まってしまったらしい。優衣が心配そうに顔を覗き込んできた。

 

「ううん、そうじゃないのよ……その……よく私に合うサイズの服なんてあったわね。と思って」

「……あぁ」

 

亮がチラッと他二人に目配せすれば、各々頷いてくれた。ここは任せろという亮の意思はきちんと伝わった。亮から生成された服だと知って着ることを嫌がれば少し面倒。二人の見解はそれで一致しているのだ。

ならばここは適当に嘘ついて取り繕うのが吉。

幾万の人々の記憶を持つ亮は完璧な言い訳を弾き出した。

 

「愛菜が見栄張って買ってきて結局使ってなかった奴があってな」

「うおいちょっと待てや」

 

残念ながらサイズの合わない女性物の服を置いておく合理的な理由なんてない。愛菜のプライドを犠牲するのが最も効率的に選択だった。

 

「見栄……?…………あっ」

「あっ、じゃないよ!」

「いいのよ愛菜ちゃん。大丈夫よ、所詮胸なんて女の武器の一つでしかないわ。あなたには他にいくつも武器があるじゃない」

「あ、殺意が」

 

ふつふつと由紀への殺意が湧き上がった。が。

 

「愛菜ちゃん、義兄さんは小さい方が好きだから大丈夫だよ」

「「っ!?」」

 

突然の優衣の爆弾発言に由紀と愛菜がバッと亮に視線を送る。

そんな突然の性癖の暴露を受けながらも、亮は涼しい顔で麺を啜り、必要のない咀嚼を終えてから口を開いた。

 

「違うぞ、優衣。俺が好きなのはアイツや……優衣の胸だ。順序が逆だな。たとえお前がCから由紀と同じDに成長したとしてもだ」

「あぅ……」

 

なんかシリアスに発言してはいるがこれは胸の大きさの話である。空気の読めないマジレスではあるが、優衣は満更ではなかった。

 

「主、これ絶対内心ビビりながら言ってる奴じゃな」

 

テレビの方を向きながら、ボソッと呟いた八代の言葉を亮は聞き逃さない。

 

『Aは口開くな』

 

残酷な言葉は魔術を使って直接八代の頭の中に叩き込む。

 

「人権侵害じゃー!!」

 

と、一人叫び始めた。不信に思われて当たり前の事だが。

 

「なんか、よくあるやり取りに全部持ってかれた……」

「……このタイミングで初めて名前呼んでもらうって……複雑なのだけど……」

「ぅ……」

 

三者三様にそれどころじゃなかったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食事を終え、一度各々が自室に戻り外出準備を済ませる。まず刺し当たった問題として、由紀の服装とどうやって顔を隠すかだ。愛菜もそうだが由紀も極術師のレッテルがあるので、メディアへの露出が多い。そのため顔が割れている。

二人とも一部の界隈のアイドル的な存在ですらあるので、並んで歩いて且つ由紀に右腕が無いことまで露呈すれば、ちょっとした記者会見状態になってしまう。

先程テレビで特番を組まれていた事から、王からの言葉がなくともこの世の殆どの者は極術師が外界遠征から戻っていると知っているハズだ。

 

なのでそこを突く。

 

まさか件の有名人が片腕無くして堂々と真昼間の街中を歩くなんて思わないだろう作戦。

ただしある程度顔を隠さなきゃいけないので、愛菜から適当にアクセサリーを借りた。元々部屋に置いてあった鏡で違和感がないかを確認してから戸を開けて、リビングでお披露目とする。

 

「待たせたわね」

 

堂々と出る。完璧な変装だ。これなら文句もないだろうと自信満々な由紀を待っていたのは──

 

「……なんじゃこの既視感……」

「や、それは……」

「あはは……」

「はぁ……」

 

呆れと苦笑と溜息と。好意的な好意的な意見は一切出てこなかった。

 

「どっからどう見ても不審者だから出直して来い」

「な、なんでよ!完璧な変装じゃ」

「あぁ完璧な不審者への変装だ。なんだサングラスにマスクって。有名人ですって自白してるようなもんだろ」

「だって、テレビとか見れば身分を隠す時とかみんなこんな感じじゃない」

「だからその格好すりゃ身分隠してるって事だろ」

「…………あ」

 

想像以上に間抜けだった。どうやら由紀()変装の意味を履き違えているらしい。

 

「(血は争えんの)」

 

二十年と少し前にもこんな光景を見た。

 

「じゃ、じゃあどうすれば……」

「そのままでよかろうよ。あれじゃ、青いのに幻影の類の魔術でもかければ良いのじゃ」

 

亮が解決案を提示する前に、八代がもっとも手っ取り早い策を示した。

 

「……まぁ、それでいいか」

 

幻影の類の魔術なんていくらでもある。対象に魔術をかけることで、周囲からの認識をズラすものが、このケースには適しているだろう。ただし、これは神術の様に無茶苦茶な性能はない。カメラに捉えられれば正しく宮里由紀として認識されてしまう。

店に入り、もしカメラの映像と常時睨めっこしている警備員が居たとしたらバレてしまうが、どの道明日には極術師の帰還が正式に報じられるのだ。買い物中に騒ぎ立てられる事にならなければいい。

 

「……そういう魔術があるなら先に言ってくれればいいのに……」

 

ボソッと由紀が呟いたが、その通りである。

 

「悪いな。まぁだからマスクとサングラスは外していけ」

「そうするわ。愛菜ちゃん、ありがとう」

「う、ううん、いいよ。私も何も気にしないでサングラス貸しちゃったし」

 

むしろなんで貸したのと問い詰めたいくらいだったが。

マスクをゴミ箱に捨て、サングラスはリビングのテーブルに置いておき、これで準備が整った。

 

「気を取り直して行こっか」

「「「ん(ン)」」」

 

優衣の声掛けに、三人が揃えて返した。息ぴったりな頷きを聞いて、由紀は。

 

「…………ん」

 

本当に小さく、ボソッと真似するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「無理すんな」

「やめて何も言わないで恥ずかしいっ!!」

 

新世界の闇の頂点は、空気の読めなさも頂点だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正直なところ、これから行くデパートが営業していないかもしれないという一抹の不安はあった。世間はリニアの線路の爆破事件でピリピリしてはいるが、残念ながら一般企業は線路の爆破くらいじゃ止まれないらしい。

「止まったら死ぬ」くらいにはカツカツな企業は安定装置によって管理された社会でも沢山ある。

というよりも、経済を円滑に回すためにはそういう企業が大半を占めてくれている方が効率的な物だからだ。永遠に走り続けて体力がなくなればパッと消える。世界がより良くなるためには必要な犠牲だ。

 

亮の家から最も近い、この前立て篭りテロのあったデパートもその例に漏れない。ホワイト地区の高級住宅街の中にある巨大なデパートこそ「止まったら死ぬ」いい例だ。

 

そんなデパートに入ってすぐ、亮が口を開いた。

 

「由紀、会計は取り敢えず愛菜に任せろ」

「そこまでしてもらう訳には」

「あれだよ由紀ちゃん。お会計なんてしたら一発で由紀ちゃんが買い物したってバレちゃうじゃん」

「あ、それもそうね」

 

人の生活の全てを管理できるチップが当たり前な世界の弊害だ。いくら銀行等を通して会計されるとは言え、店側にも取り引き履歴が残ってしまうのは間違いない。アルバイトか何かの店員がたまたまその履歴を見て、今日中にSNSで発信するなどしてしまえば──まぁナナシに怒鳴られる事は間違いないだろう。

 

「私達は由紀ちゃんよりお金あるし気にしないで」

「お言葉に甘えさせてもらうとするわ。その代わり、今度何かでお返しさせてよね」

「ん、期待しないで待ってるよ」

 

愛菜と由紀はすっかり打ち解けている様だ。二人が並んで先頭に立ち、デパートの中を進んで行く。その後ろを亮、優衣、八代の三人が歩いていた。

事件が起きているという事と相まってか、デパートの中はいつもより空いていた。三人並んで歩いても特に迷惑をかけることもなさそうだ。

 

「愛菜ちゃん、本当に義兄さんみたいになってきたね」

 

唐突に、優衣が切り出してきた。

 

「……優衣、その冗談は面白くないぞ」

「冗談じゃないよ。身内と、それ以外。こんな極端な線引きできるのは、義兄さんと愛菜ちゃん以外、私は知らないから」

「てことは、由紀はもう愛菜にとって身内認定されたって言いたいのか?それは早すぎんだろ」

 

本音で語り始めて一日と経っていない。なのに身内だと断言できる様ないい子じゃないのは亮が良く知っている。

 

「そうかな。この世界が嫌いで、義兄さんのそばに居るなら、それだけで愛菜ちゃんにとっては身内認定されちゃうような気がするよ」

「……」

 

愛菜とて、何も抱えずにこうなったわけじゃない。彼女も、諦めた結果こうして生きている。由紀が世界を嫌い、諦めた結果こちら側に来たのと同じ様に、愛菜もこの世界を諦めている。

 

「……まぁ、優衣(お前)がそう言うならそうなんだろうな。ここ数年は愛菜の頭の中を覗いてないから、俺には分かんね」

 

人の考えや気持ちの移ろいなんてコロコロ変わるものだ。幾万の人の人生を抱える亮だからこそ分かる。

 

人は幼いうちに、自分の心に一本の棒を築く。それはコンパスの針のようなものだ。自分を取り巻く環境で針はあちらこちらへと動いていく。そして、生きる意味やら譲れないものやら、そういう物を手に入れ、自分の行く先を決めたならば、針は中々動かない。

 

愛菜がそういう物を持っているのかどうか、亮には分からない。コンパスを奪わなければ、そんなものは分からない。

 

「亮は──」

「主〜、妾もなんか服買って良い?」

 

優衣の言葉は八代に遮られた。全く気の利くペットだなと鼻で笑ってから。

 

「いいぞ、好きなの選んで来い」

「よしゃ白いの行くぞ!黒いの達と服選びじゃ」

「ん、義兄さん先行ってるね」

「ン」

 

先導する愛菜達の元に二人が駆け寄っていくのを、亮は後ろから眺めていた。

 

「(なぁ、俺が進んでいく先に、ホントにお前は待っててくれるのかな)」

 

揺るがない心のコンパスを持ってしても、自分の行先なんて、自分には分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一通り日用品の買い出しは済んだ。五人も居れば荷物だって一人ひと袋ずつ持って歩いていけば問題ない。あの服が良かったとか、気になる小物があったとか、女性四人は楽しそうに会話をしながら歩いている。

魔術をかけてやった甲斐もあってか、特に問題もない。友達五人、もしくは家族五人で楽しいショッピングだったと言えよう。

 

幸せな日常回だ。自分達が変わることがないなら、永遠にこういう日常が続いてくれても構わないと思えてしまうくらいには、平和で幸せな日常。

 

──ブーッ、ブーッ

と、電話が鳴れば、現実は幸せな世界だけじゃないと教えてくれる。

 

亮は両手に抱えた荷物を見えない魔力の手で握り、右手を革ジャンの内ポケットに入れて体内から携帯電話を取り出した。手に取ったのは、仕事用の電話だ。

 

「音は漏れない。要件を」

 

必要事項だけを端的に伝えた。電話口の先の相手も、要件も大体わかっている。だからこれだけでいい。

 

『敵の幹部、隠田 轟(おんだ ごう)の居場所が割れた。詳細な位置情報は後ほどメールで送る。本命は居ないようだが、そいつは爆発物の扱いと、爆発魔術を持っている。間違いなく、元絶対零度の暗殺に関わっているだろう』

 

電話の相手、ナナシは必要なことだけを並べて伝えてくる。亮はそれら全てを存在しない頭の中に叩き込む。

 

『倉庫に隠れているようだが、出入りは現段階で四人ほど確認している。魔人、まだ絶対零度一人で行かせるには荷が重い。お前だけついていけ』

「わかった」

 

元々そのつもりだ。今の彼女を単騎で向かわせたら死ぬだけだろう。刺し違えられるかどうかも怪しい。

 

それからもう少しナナシから情報を貰い、用が済めばすぐに通話を終えた。

 

それから亮は前方を歩く由紀の名前を呼び、立ち止まらせる。

 

「由紀、取り敢えず一人見つかった。今晩行くぞ」

「っ!」

 

由紀の顔が強ばる。想像より早くその時が来たことに慄いているのか。まぁそれはどっちでもいい。

 

「……えぇ、了解」

 

所詮、早いか遅いかの違いだ。やることに変わりはない。

 

 

楽しい日常は一旦終わり、復讐の鎖で装飾された殺し合いの時が再び始まる。

 

 

宮里由紀の復讐は、ここから再スタートする。




コンパスはいいものですわよってジニアさんも言ってた

次回、やっとこさ戦闘に移ります
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