無敵系中ボスが過去にしがみつく話   作:竜田竜朗

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右腕の代償④

技術が発展していくことで、人力よりも効率のいい生産方式が出来上がり、やがて人の労力など必要なくなる。

 

その最たる例が工場のライン作業だろう。ただひたすらに同じことを繰り返していくだけの作業。昔は色々と問題もあったが、今現在、その障害は取り除かれたと言っていいくらいに機械が進化した。

そう、人がライン作業をする必要のない世界になった。機械はミスをせず、正確で、効率的に、人間の倍の速度で作業をこなす。

 

それでも、このブルー地区にあるこの工場は人が作業をしていた。理由は簡単だ、人の働き口がないからだ。

 

人の力は機械のメンテナンスへ以降するだけ、なんて言われていたが、蓋を開けてみれば自己修復機能でどうにかなったり、何の知識も持たない人は修理などまるでできない。

 

極端な話。機械に対する知識が浅く、経験もなく、ただ体力だけは有り余っている人材。そういう者が働くのに、ライン作業というものは数少ない働き口だった。

 

そして、そういう者は床下に沢山いて、だから彼等が新世界に戻ってきた際、働く場所はこういう工場だった。

 

「……轟さん! ニーナさんと連絡が取れないって本当ですか!?」

 

今日の勤務を終えた労働者の一人が事務所のドアを開けるなり、デスクで作業をする隠田轟(おんだ ごう)に対して叫ぶ様に尋ねた。

 

「聞いちまったかよ」

 

作業を止めることなく、轟はため息をつきながら返す。

 

「……お前も、知ってんだろ?昨日は作戦の第二段階の実行日だったんだぜ?誰にやられたかなんて、考えるまでもねーだろよ」

「………極……術師」

 

この世界で魔術を極めた──化物の別名。ただどうやら心まで化物なんだと再認識する。

 

「あの魔術を無効化する装置を持ってしても、ダメなんですか」

「そういうことだろうよ、ニーナがやられたってことァな」

「そんな……」

 

あの装置の効力は彼等もよく知っている。だからこそアレは希望だった。大した魔術を持たない自分達が、極術師と同じ土俵に立つための──言い換えれば、相手を自分達の土俵にまで叩き落とす舞台装置。それもどうやら極術師には効かないらしい。

 

と、彼等は事の顛末を知らないがためにそう思い込んでいる。本当に効かなかったのはその先に居る者で、極術師にはバリバリ効いていたのだがそんな事は知る由もない。

 

「ビビっちまったか?なら降りろよ」

 

轟は彼を冷たく突き放した。

 

「いいか、オレらァな、いつまで経っても床下出身だっつーだけで爪弾きにするこの世界が許せねえから立ち上がったんだ」

「っ……」

 

ここにいる者達はみなそういう経験をした。ここはそういう者達の集まりだ。

 

「ニーナは大切な仲間──いや、オレらにとっちゃ家族だ。でもなァ、だからこそ、泣き喚いて立ち止まるわけにゃいかねぇんだ」

 

ここで立ち止まれば、それこそニーナの意思を裏切ることになる。たとえ無謀だとしても、世界を敵に回し、歴史の教科書に犯罪者として名前を残されることになろうと。

 

「復讐を成し遂げ、この世界は間違っていると思い知らせてやんだよ」

「轟さん……」

 

彼の覚悟、それはコレが始まる前にも見たはずだ。そうだ、忘れていた。

 

「そうでした。何も成せぬまま、ただ生まれた不幸を嘆くことしかできないなら、抗って死ぬ。俺も、そう誓ったハズでした」

「……」

 

轟は少年の目を黙って見据えた。時間にして2秒か3秒か。まぁ大した時間ではない。大して時間もかけず、彼の覚悟は見て取れた。

 

「うし、そうと決まりゃオレらはオレらのやることを」

 

 

──カシャッ

と、轟の言葉を遮り、音を立ててスライド式の自動ドアが開いた。

 

「ニヒッ……あんま変わってないね」

 

そのドアから、気味の悪い笑顔を浮かべた少女が入ってくる。

 

「おひさ」

 

再会の挨拶を三文字で終わらせて。

 

「……いまさら、どのツラ下げて来てんだァ?二ーノ」

 

轟の顔には、再会の喜びと、裏切り者に対する怒り、二つの感情が浮かんでいた。

 

「まぁまぁ、あたしもお姉ちゃんと話したいことあったし」

 

対する二ーノはおどけた顔で腰まで伸びた長い銀髪の髪を指で弄んでいる。

 

「突然来るなりワガママなヤローだな。まァいいぜ、オレも聞きたいことと伝えてぇことがたくさんあんだ。来いよ。オレ達のアジトに招待してやらァ」

「ニヒッ、そうこなくちゃ」

 

諸々はその後だと轟が二ーノと、先程まで話していた彼の三人で移動し始める。

 

もし、彼が生き延びる選択があったとしたら、ここ。このままこの工場で会話をしていたのなら、もうしばらくは長生きできただろう。

 

これで、新世界の闇の底の者が、彼のアジトに気が付いたのだから。

 

ついで──

 

 

 

 

 

「んぁ?なんだこれ?」

 

自室で、今では珍しい紙が机に置かれていることに気付いた。拾い上げ、内容を読む。

 

 

おにーちゃん、19時までに帰ってなかったらあたしの位置情報がマップに出るから、迎えに来て〜♡にひっ!

 

かわいいかわいい二ーノより

 

 

「…………だああああっくそ!!アイツなにしてんだよっ!」

 

鈴木数馬という、特大級の爆弾がそこに現れることもなかったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

由紀はようやく考えることを辞めた。

 

帰宅し、湯船に浸かり、夕食をとり、愛菜と八代の盛大な喧嘩が始まり、巻き込まれて自分も闇の世界に連れていかれ、その中で無数の黒紫に輝く光線が走り回り、最後には空間が引きさかれ元の世界に戻ってきて、亮が愛菜にゲンコツを食らわせ八代が亮の体へと飲まれるというよく分からない事があった。

 

それらはおそらく考えても自分の理解の追いつくところではないので、見なかった事にし、自室で落ち着いて、作戦行動を起こす23時まで後5分のところまで考えて。

ようやく思考が止まったのだ。

 

「お母さんを殺した奴を一人残らず殺す」

 

全ての思考をこの一言で片付ける。言葉にしてはっきりと固まる。相手を許せるかとか、向こうにも何か事情があって──等々考えてみたが、いかなる理由があるにせよ、それが許す理由にはならなかった。

 

自分が人を殺す理由はそれで十分だと再認識して──

 

「行くぞ」

 

ノックもなしに部屋の扉を開けて、亮が簡潔に伝えた。

 

「えぇ」

 

ベッドから腰を上げて答える。今の由紀の瞳は、冷たく、凍っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナナシから送られてきたデータによれば、ホワイト地区北東部、ブルー地区に近い位置に敵の幹部と思われる者のアジトになっている、倉庫がある。

ブルー地区からホワイト地区に運ばれてきた企業向けの荷物を一時保管するための倉庫だ。他の倉庫との決定的な違いは、基本的に夜に荷物の搬入搬出がないこと。言い換えるなら、深夜はここに人はいない。いくつもの監視カメラと赤外線センサー等の並程度の警備セキュリティだけが生きている。

 

その警備セキュリティも全く脅威じゃない。赤外線センサーに人が触れたら警察に通報がいくとか、監視カメラに見られたら警察に通報がいく。などの一般的なセキュリティ。どこぞの宝石の少女の家のようにガンカメラなどはない。

 

まぁつまり、忍び込むなら空から忍び込めばいいというやつだ。

 

「コレ見ろ」

 

亮が倉庫の屋根に到達するなり、口を開いた。それとほぼ同時に屋根に着地した由紀からすれば、一呼吸くらい入れさせてくれと言いたいが、悠長にしている場合じゃないのと確かだ。

なので、言われた通り亮が示す携帯電話の画像を見る。

 

「この男がお前の復讐先。お前の母親を殺した連中の一人だと思われる……爆発の魔術を扱うやつだ」

「……爆発」

 

家が爆発したという話は聞いていた。この男がそれをやったと亮は言いたいわけかと納得し、それなら復讐の対象になる。

画像を目を凝らして見れば、体格はかなり大柄な様だ。背景に写っている他の人と比較してかなり大きい。身長は190cm前後か……と一通り復讐相手の特徴を頭に叩き込む。

 

「タイムリミットは朝の3時までだ。それ以上続くようなら俺がやる」

「……待ってよ、あと三時間、ここの見取り図も何もわかんないままじゃ進めようもないのだけど」

 

当然だが、由紀は裏の仕事なんかした事は無い。この倉庫が一体どういうセキュリティで、どういう構造をしているかなんて皆目検討もつかないのだ。

 

「ンー……まぁ、これも勉強代ってことにしとくか」

「?」

 

少し悩んだ素振りをみせたが、直ぐにそう呟いた。何事かと由紀は首を傾げる。

 

「先に言っとく。コレはお前の復讐だ。基本お前一人でやれ。死にかけたり、状況を見て詰んだと思ったら割って入る。いいな?」

「え、えぇ……もちろんよ」

 

そんな物は言われるまでもない。最初からそのつもりだ。しかし今ここで言うタイミングか、なんて思いつつ。

 

「ンじゃ──こいつをこの建物の中のセキュリティルームへ」

 

その言葉を聞いた直後──

 

 

「っ…………へ?」

 

由紀は建物の中に居た。

 

「……えっ?はっ?へ?」

 

状況がまるで理解できなかった。倉庫の屋根の上で夜風に吹かれていたはずが、気が付けば空調の冷たい風に吹かれている。瞬きの間にとか、そういうのではく、まるで最初からここにいた様な感覚。

 

「(瞬間移動の魔術……?)」

 

聞いた事すらない。そんな物があれば極術師なんて霞むほどの術だった。

 

実際は、「聖移」による位置関係の操作だが、もちろん由紀にはそんなことは分からない。

この規模ならセキュリティルームくらいあるだろうという予想の元に発動した神術だった。発動した本人は、由紀が消えたことでやはりあったかという安堵と、やはり座標も存在の有無も分からず、「親しみ」もない位置に移動させるには必要な神聖が多いなと後悔していた。

 

「まっ、気を取り直して」

 

彼の無茶苦茶は今に始まったことじゃない。多分、この程度で驚いてはいけないんだと頭を切り替え、目の前にある巨大なディスプレイに目を向ける。

 

「監視カメラの映像と……うん、こっちは見取り図ね」

 

巨大なディスプレイの脇の方にこの建物の見取り図があって、それに監視カメラが設置されているであろう場所に赤いマーキングと番号が施されている。

ディスプレイ正面には監視カメラの映像が分割して表示されており、各画面の左上に番号が振られていることから、見取り図のカメラと対応した物だと理解する。

 

「なんだか色々ゴチャゴチャしててよく見えないわね……」

 

ディスプレイ一面に約60もの映像が分割して映し出されているのだ。これでは何が何だか分からない。せめて4つの映像を4分割くらいになってくれればと適当にキーボードを触れば、ディスプレイの映像が切り替わった。狙い通りの4分割ではなく、8分割になってしまったが、まぁこれはこれでいい。

画面の数が小さくなったせいか、各映像から音が聞こえるようになった。というのも、地を蹴って走る音がスピーカーから聞こえたからだ。

 

「(やっぱり、ここで間違いないのね)」

 

外から見た時は真っ暗だったこの倉庫。それでも足音が聞こえるという事は、中に人が居るということだ。しかし、走る様な音ということは、自分の侵入がバレてしまったのだろうか?なんて不安を抱え──その直後。

 

 

 

 

 

 

『ちょおおい!!二ーノさん何歩いてんの!?』

 

スピーカーから聞こえたのは、静まり返った工場には違和感しかない少年の叫びに近い声だった。

 

「……ま、さか……」

 

聞き覚えはある。ここ最近まで、ずっと聞きたかった声。

目を凝らしてディスプレイを凝視する。見間違いようはなかった。

 

『ニヒッ……とか笑ってる場合じゃないしんどい……お兄ちゃんおんぶぅ〜』

『だからお兄ちゃんたまには外に出て運動しろって言ったでしょぉぉぉ!!』

 

彼は今、どこかの通路を女の子の手を引いて走っているところだった。女の子の方は二ーノ・ヴァルバット。どうやらまた攫われたのか──まぁそんな事はどうでもいい。

 

彼女の手を引いて通路を疾走する、鈴木数馬。その存在が問題だ。

 

「……そう、彼女は二度助けるのね」

 

嫌味ったらしい、嫉妬の言葉が漏れた。厚かましいことこの上ないと自覚はしている。なんで私の時は一度しか助けてくれなかったんだろう、というワガママの様な感情さえ理解している。

 

「……」

 

二人が走っているカメラを見取り図で確認すれば、二人の行き先がわかる。もちろん出口だ。そして改めて見取り図を見れば、もう時期、二人がこの扉の向こう側の通路を通り抜ける事まで分かった。どうやらこの部屋は入口から近い部屋らしい。

 

「(今、私がここを飛び出して、通路に立っていれば、数馬は私を見てくれる)」

 

由紀、なんでここに?その腕は?どうした、何があった──助けて──当たり前だ。俺はどうすればいい?

 

なんて情景が頭に浮かぶ。助けを求めれば、彼は自分のために動いてくれる。何をしてもらえばいいかなんて丸っきりわからない。けれど、彼なら何とかしてくれる。そんな気がする。

 

──タッタッタッ

と、足音が近づいてきた。カメラからじゃない。後ろからだ。どんどん、どんどんハッキリとした音になり、由紀の耳に伝わる。大きくなればなるほど、その足音が心を揺らす。

そして、由紀は。

 

 

──タッタッタッ……

 

 

 

 

 

 

 

 

という足音を、見送った。

 

 

「数馬、あなたはどうかそのままでいて。あなたの手の届かない問題は、私がどうにかするから」

 

彼とはもう道を違えた。彼の差し出す手を取るための手は、もう由紀には存在しない。由紀には、血に汚れた手を掴む手しか残っていない。

 

『外出たらタクって帰りましょー』

『そうだ!俺行きもタクシーだったからな!?帰ったらタクシー代請求すっからな!?』

『ニヒッ……妹にお金をせがむお兄ちゃんって……ニヒヒッ……』

『うっせえお前は妹じゃねぇっつーの!!』

 

相変わらず賑やかな彼。本当に、こんなところでそんな楽しそうでどうするんだと心の中でツッコんだ。やがてその声が完全に聞こえなくなって、再び視線をディスプレイに戻し、映像のチャンネルを切り替えていって。

 

「……みっけ」

 

やはりと言うべきか、通路を抜けた先にある荷物置き場。ここが倉庫だと象徴する広いスペースに、目的の男がいた。ここを出て、数馬達と反対の方向に向かえばいい。

 

『こっちだ!こっちに逃げたぞ!』

 

数馬達を追いかけているのだろう三人の男の姿がカメラに映った。彼等はもうすぐこの部屋の前を通過し、数馬達を追って外に出るだろう。つまりは見送るのが正解。

そうすれば中に一人だけとなった彼と闘える。数で有利を取られるのはまずい。この前の魔力除去装置を彼等が持っていたとしたら、術によるアドバンテージはなくなり、数の暴力でやられる可能性があるからだ。だが。

 

 

由紀は部屋を飛び出して、三人の男達の行く手を阻んだ。

 

「なっ!?」

 

男の一人が声を上げて動揺する。冷気を身にまとって、本来人がいるはずのないセキュリティルームから人が出てきたからだ。しかも、ただの人じゃない。

彼等はよく知っている。写真や映像で何度も彼女の姿を見てきた。

 

「ぜ、絶対零度……」

「なんでそこから……」

 

二人は困惑しながら口を開いていた。有り得ないという現実逃避がまず頭の中を支配し──

 

「落ち着け!」

 

その内の一人が声を張り上げ、懐から一丁の拳銃を取り出し、由紀へと向けた。

 

「俺達の目的、忘れたか!」

 

ついで、鼓舞するように叫ぶ。

 

「もく……てき……っ!」

「あぁ、そうだ!」

 

声を張った者は、先程、轟に自分のやるべきを事を思い出させてもらった男だった。もし、あの件がなければ自分も突然現れた絶対零度という化物に動揺していたかもしれない。

 

「……みろよ、あいつ片腕」

 

一人が、ダラりと垂らさがった由紀の右袖を見て言った。

 

「あぁ、ニーナさんがやってくれたんだ。大丈夫、通用するんだ。俺達でも」

 

勇気が湧く。たとえ負けてしまったのだとしても、ただの下位術師だった彼女ですら極術師の右腕を持っていった。なら自分達三人で、たとえ負けることになったとしても、何か一つ、絶対零度に傷を負わせ、後は轟に任せる事になろうとも──

 

 

 

 

「うるさい」

 

そして戦いは終わる。

 

気がつけば、三人の手足は凍り付いていた。

 

「っそ……だ……」

 

おかしい。と、誰かが思った。彼女についての報告書を読んだ限り、現絶対零度はその名が勿体ない程度には攻撃のバリエーションがなく、まして人を凍らす経験すらないと聞いていた。

 

「手が……体がっ!?」

 

なのに、今、手足から体の感覚が消えている。どころか、消えていく感覚が段々とましていく。

 

「あ……ああああああああああああああああああ!!??」

 

凍る。凍っていく。痛いくらい冷たい感覚があって、それは直ぐに消えてを繰り返し、体が動かなくなっていく。

 

「や、やめ……やめろぉ……」

 

一人の悲鳴が、恐怖を伝達していく。手足から徐々に走っていく氷が、想いを凍らせ生存本能を呼び覚ます。

 

「ぐっ……この……バケモノッ!!」

 

悪態をついてみせるが、残念ながらそれは言葉のチョイスを誤っていた。

 

「黙って死になさい」

 

由紀の言葉の直後──男は氷に包まれた。

 

「あ、あぁ……」

「おい、裕貴!裕貴!くっそぉ……」

 

今しがた氷漬けになった者の名前が裕貴らしい。彼等は物語に登場するモブキャラなんかじゃない。一人一人人生があって、積み重ねてきた想いがある普通の人だ。

 

だが、それも今の由紀には関係ない。

 

「アンタ達がどんな想いで私の前に居るのかは知らないわ。ただ間違いなく言えることがある」

 

残り二人。彼等もその裕貴とやらと辿る道は一緒だ。

 

「どんな想いでも、お母さんを殺して、私の右腕を奪った。それは許せない。たとえその場にいた者じゃなくとも。ただそれだけよ」

 

彼等が最後に見た光景は、月と星の明かりだけが光源のこの通路で、その名に恥じないくらいに冷たい目をした絶対零度の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、いてぇいてぇ」

 

思い切りぶん殴られた左頬がまだ痛む。見た限り、大した魔術を使っていたようには見えなかったが、生身の右拳があそこまで痛いものだとは。なんて思いながら、倉庫の散らかった荷物を元あった場所に戻していく。

 

「……よかったなァ、二ーノ」

 

作業をしながら思い出すのは、命を捨てる覚悟で二ーノを取り戻しに来た少年の事だ。

 

『その自分勝手な自称妹が迎えに来いって言ったから来ただけだ!!邪魔するってんならお前らぶっ飛ばしてでも連れて帰る!』

 

なんて言葉を、三人の男に銃口を向けられた状態で、普通の高校生が言えるだろうか。自分じゃない他人、床下出身の不登校少女のために、そんな言葉を吐ける者が果たして何人いるだろうか。

 

「(なァニーナ。あいつは復讐以外の道を見つけて元気にやってたぜ。ったく、羨ましいよなァオイ)」

 

思わず笑みが零れた。あの妹分は自分達とは違う道を辿っていることが嬉しかった。復讐に縛られず、自分の居場所を見つけられた彼女が羨ましいのは否定しないが、それでも幸せで居てくれることが嬉しい。

 

それは、自分にはできなかったこと。どうしても、自分達の面倒を見てくれた恩師の死の復讐を成し遂げたいと誓った自分には選べなかった道。

 

「……あァ、今日はいい日だぜったく」

 

最後の荷物を戻し、辺りに荷物のない拓けたスペースに移動してから大きく声を上げた。

ちなみに、わざわざ移動した理由。それは。

 

「…………」

 

今しがた、この場所に入って来て、冷たい目でこちらを見据える絶対零度を確認するためだ。

 

二人の位置関係は距離にして50mと言ったところ。ちょうどいい距離だ。お互いに即殺する方法のない距離。

 

「どうした絶対零度?てめえも復讐か?」

 

なんて言葉を轟がかける。が、由紀の瞳に揺らぎはない。

 

「はっ、だんまりたァ寂しいねぇ」

 

なんてふざけた態度を取る。くだらない会話を挟んでいるのは、何も精神攻撃がしたいからではない。理由は一つ、隙を作らなければ勝てないからだ。なぜそう断言できるかは簡単。

 

今、手元に武器がない。

 

紀子と戦った時に使った爆発の魔術を封じ込めた弾丸も、銃も無い。だからくだらない会話で時間を稼ぎつつ、あの三人の内一人でも戻ってくるか、もしくは向こうの冷静さを欠かせた後、威力は低いがこの辺りの荷物に魔術を使って爆破させ、逃げて事務所にある武器を取りに行かなければならない。

 

「(仕掛けだって動いちゃいねぇ……せめて端っこにあるスイッチさえ押せりゃ……)」

 

積み上げた荷物と荷物の間をくぐりぬけ、右後方のボタンを押して天井に仕込んだ爆弾を起爆させる。そうすることで撹乱できるし、運良く鉄骨が降り注いで潰してくれれば御の字だ。

 

「一つ聞かせなさい」

「あ?」

 

内心ガッツポーズ。見事食いついてきた。

 

「あなたが私の家を爆破したって聞いたけど」

 

言いながら、由紀が歩いて近寄ってくる。まずいと思い、彼女の歩みと同じペースで後ろに下がる。

 

「……ニーナから聞いたか?」

「質問にだけ答えればいい」

「はっ、右腕と引き換えに手に入れたのがその情報とニーナの命ってとこかよ」

「もう一度言うわよ、質問にだけ答えればいい」

 

にしても、と、轟は今更になって慄いている。あの平和ボケした極術師、宮里由紀がこれほどまでに殺気を漲らせる者だったかと。五人の極術師の中で、唯一後ろめたい話を聞いた事の無い陽向の極術師。詳しく調べてみれば母親が意地でも娘に関わらせないよう尽くした結果らしいが。

 

「そうだ。見たかよ、ものの見事に吹っ飛んでただろ?」

「……そう」

「やり方を教えてやろうか」

 

助かったと一瞬だけ気を弛める。由紀が前に進み、こっちが後ろに下がれたことで──荷物に触れられる。

 

「こうやんだよ!!」

 

小さい、恐らくマグカップほどの精密機器を梱包したダンボールを両手で掴む。そして即座にそれに爆発の術を込める。爆破までの時間は3秒。できるだけ火力は高めに設定。

それを由紀の前方目掛け片手で放り投げる。あまり彼女の近くに落としてしまえば、凍らされる可能性があるからだ。

爆発してくれさえすればいい。そうすれば彼女の視界を塞げる。その後に仕掛けを発動させ、向こうが混乱しているうちに銃を回収できる──が。

 

──ゴオオオオオオオオッ!

 

と、由紀の体から冷気が放たれた。

 

「ぐっ!?」

 

轟の体を冷たい暴風が襲う。

距離は縮まっていない。これはつまり、50m先の轟にすら届く強烈な冷気。もちろん、さっきの爆発物は凍ってしまった。

 

「(ん……だよこりゃ!?)」

 

氷の矢ではない。そんな甘っちょろい武器なんかではない。生きる生物全てを氷漬けにする殺意の篭った冷たい攻撃。正しく、これは災害だった。

 

「(話と違う……どころじゃねぇ……)」

 

これは、手の打ちようがない攻撃だ。たとえ銃があろうと、こんな災害級の攻撃には意味をなさない。

 

「……腕がっ……」

 

顔を隠していた腕の感覚が消えた。気づいてみれば脚の感覚も消えている。目線を移せば服ごと凍り付いていた。

 

「ハハッ!なるほどなァ、てめえも復讐のために強くなったか!?あァ!?」

 

どうやら、自分達はとんでもない逸材を覚醒させてしまったらしい。

現絶対零度は、前絶対零度に比べて弱い。その認識はたった今崩された。

 

「見くびってたぜ絶対零度!てめえもあいつと同じ目をして人を殺しやがるんだなァ!」

 

轟の記憶に刻まれたあの男の瞳。それと同じ瞳を持つ由紀に、彼は言葉をぶつける。

 

「てめえはもう人じゃねぇ!!あいつと……あのディザスターと同じ化物だ!!」

 

由紀の瞳に揺らぎはない。ただし、これは死にかけの人間の言葉だと関心を持たないわけではない。

 

「その通りよ。私はそっちを選んだから」

「けっ、そうかよ」

「えぇ。それじゃあ、次は地獄で会いましょ」

 

直後、冷風は勢いを増す。人が生きることのできない、極限の領域へと。

 

「(……すまねえボス……)」

 

轟が最後に心配したのは、自分達の兄貴分。彼が一人でやっていけるかどうか。それだけが心残りだった。だが、その思考すら段々と薄れ──

 

「せん……せい……」

 

意識を手放す寸前。脳裏に浮かんだのは、あの頃だ。

 

つまんない人生に、笑い方を教えてくれた一人の男。自分達が先生と慕った彼は、何も成し遂げられなかった自分をどう思うだろうか。それすらも薄れだして──

 

「(……ニヒッ…………んて……な)」

 

教えてもらった笑い方は、最後まで自分には似合っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

倉庫の温度は随分と冷えた。そりゃこれだけ氷ばかりの空間になってしまえばそれも当然だろう。冷気が漂っているせいか、この空間は余計静かに感じる。

ただただ静かな世界。そしてそれは同時に、由紀にとって復讐を一つ達成した事を意味している。

 

「ぶっ……ふっ……」

 

そんな静寂を引き裂いたのは、他でもない、由紀だった。何かが爆発したように、由紀はまず吹きだした。

 

そして一度そうなってしまえば。

 

「あははは……」

 

何か感情が溢れてくる。その感情のままに、止まらない。

 

「あはっ!アハハハハハハハハハッ!ハハハハハハ──あたっ!?」

 

バシッ!と音を立てて、狂気の笑いは見えない何かが由紀の頭を叩いた事で中断された。こんなことできる者は一人しかおらず、それが後ろに居ることは直ぐにわかった。

 

「な、なにすのよ!」

 

振り返って、当然のように後ろに立っている亮に抗議の言葉を上げた。

対する亮は。

 

「逃げんな」

 

と、一言だけ声を出した。

 

「逃げんなって……私は」

 

その言葉はどういうわけか、由紀の心に強く打ち込まれる。

 

「怖いんだろ」

「っ……」

 

何を言っている。殺したい奴を殺して、復讐を遂げて、それに対して歓喜極まっただけで──なんて、言い訳はできない。

 

「ビビって当たり前だ。お前は取り返しのつかない事をしたからな。だが、それは受け入れろ。笑って逃げんな、狂って誤魔化すな。お前はお前のした事をもっと真正面から受け止めるべきだ」

 

でないと。と間を開けて。

 

「そうじゃないと、何がしたかったのか、わかんなくなる」

 

ほんの一瞬だけ、そう言った亮の瞳に、慈しむような、何かが宿っていた気がした。

 

「亮さんは、分かる?私の、この、気持ち」

 

彼の瞳の変化を信じて、由紀は縋るように尋ねる。

 

「わかんねえよ。経験からこうだろとは言えるが、人に全く同じ気持ちなんてない。俺は食らった人間の心は分かっても、食らってない人間の心は知らない」

 

否定する。何人もの人の感情を手に入れた彼だからこそ、由紀の気持ちは分からないと言う。

 

「その想いを抱え続けろ。後悔と、達成感と、罪悪感と、戸惑いと……諸々、言葉にできない想いすらも抱え続けろ」

 

それは、どこまで果てしない道なのだろう。たとえどんな理由があろうと、許されることの無い人殺しという罪。だがこの世界において、自分は彼等を殺す事を許されてしまった。

いっそ裁かれてしまえば楽になる。そう考えてしまうくらいには、言葉にできないこの気持ち。これを、こんなものを彼は抱えて生きろという。

 

「ソレは誰か他人が背負えるもんじゃない。自分一人で抱えていくしかない。だけどな」

 

亮の手が、垂れ下がった由紀の左手を掴む。そうされて初めてわかった。いつの間にか自分の左手は震えていたこと。

 

「大丈夫だ、お前は一人じゃない」

 

掴まれて、そう言われて、左手の震えは止まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、亮は残ってやることがあると自分を倉庫の外まで送ったあと、一人倉庫の中へと戻っていった。帰り道は最寄りの駅まで歩いてき、二台ほどしか止まっていないタクシーの先頭車両に乗り込んで住所を伝えて出発した。

会計の時は帰り際に亮から渡されたカードで済ませる。運転手はICチップの会計じゃないことを不思議がっていたが、まぁもちろん詮索されるようなことは無かった。

到着してからは教えてもらった通り、マンションのロックを解除してエレベーターに乗り、最上階。降りて、新しい家のロックを解除し──愛菜と優衣の二人が寝ていることを考えて、ゆっくり扉を開け──

 

「ん、由紀ちゃんおかえり〜」

 

ちょうどトイレから愛菜が出てきたところだった。由紀に気付くなり挨拶される。もう深夜三時前。寝ていても不思議じゃない時間だ。なんて思った矢先。

 

「おかえり由紀さん、怪我とか無いみたいだね、よかった」

 

優衣が奥から出てきた。彼女まで起きているなんて。と慄く。リビングからテレビの音が聞こえてきているあたり、二人は今たまたま起きたとか、そういうわけじゃなさそうだった。起きていてくれたのか、なんて考えた直後。

 

「遅いぞ」

 

と、リビングからこちらに向かってきたのは亮だった。

 

「あなた残ってたはずじゃ……」

「用事は終わったから飛んで帰ってきた。お前より早く着いた……つーか遅くないか?なんかあったか?」

 

どう考えても亮が早いだけなのだが、もうそうツッコミを入れる気力もないので首を振って否定した。

 

「ン、何事も無かったのならいい。おかえり」

 

本当は、タクシーに乗る前に、適当な公園で考え事をしていた。

内容は、これでいいのか。なんていう、考えても結論のわかりきっている自問自答だ。

 

いいわけがない。だが同時に良かったとも思っている。終わりのない思考のループ。こんな事をした自分に、帰れる場所があるかどうか。ただひたすらに悩んでいた。もちろん答えなんて出なくて、そうしてようやく駅に向かって再び歩き出した。

 

思えば、結論はその瞬間に出ていた。

 

帰る場所は、あった。

 

 

 

「えぇ、ただいま!」

 

復讐だろうとなんだろうと、人を殺すことはいけない。間違っているのはわかる。決して正しくはなく、糾弾され罰せられるべき事だ。ましてや人を殺めたうえでいつもの日常に戻るなど許されることではない。

 

けれど、間違っていても、正しくなくても、罰せられるべきでも。

 

ここはみんなが許してくれる。このモンスターハウスは、心まで化物になった自分を受け入れてくれる。

 

 

だから、ここは、自分の──宮里由紀の居場所だ。




またしても投稿が遅れましたorz
気がつけばお気に入り数が444としおり数が200!なんかこんなこと言ってると減ってしまいそうですが個人的に嬉しかったので改めて感謝を。

ようやく学園のタグを回収する時が来ました(震え声)
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