無敵系中ボスが過去にしがみつく話   作:竜田竜朗

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強制敗北イベント
純粋悪


鈴木数馬との会話が終わったその夜、亮達はいつもの様に四人で夕食をとっていた。面子はもちろん、亮、八代、愛菜、由紀の四人だ。この場にあともう一人居ないことに違和感を抱くものは誰もいない。いつか亮が取り出した席は存在していないし、彼女に使わせていた部屋はもぬけの殻だ。

 

「あ、亮お醤油取って」

「ン」

「あんがとぅ〜」

 

愛菜は醤油差しに醤油を継ぎ足し、置いてから真ん中の皿から刺身を一枚取り、醤油に浸して口へ入れる。

 

「あ、ちょっと愛菜ちゃんそれ私のサーモン……」

「へっ、名前でも書いとけってんだ!」

「無茶言わないでよ!!」

 

と、愛菜と由紀は仲がいいんだか悪いんだか分からないやり取りをしている。

まだ由紀がこの家に来てから一週間と経過していないのだが、とても馴染んでいるように見えた。

 

「……やっぱイカじゃなー、イカじゃよなー……うまうま」

「「あっ、それ私のイカ!」」

 

残った二枚のイカを掻っ攫っていく八代に、すかさず二人からツッコミが入り、口論が始まり──

とまぁ、いつも通り賑やかな食卓は、今日もいつも通りに進んでいく。

 

「そういえば亮、葛葉十花(くずはとおか)とかいう人のところにはいつ行くの?ていうか、何処にいるのか知ってるの?」

 

そんないつも通りの時間を、愛菜の質問が壊した。

 

「皆目見当もつかないが、飯食って洗い物したら行くつもりだ」

「んー前後の文脈がおかしいんだよなぁ……」

 

居場所について見当つかないのに向かうとはどういう事だという話だ。

 

「もう、神術を発動させるための神聖を温存する必要が無いからな。聖移で向かう」

「あぁそっか。便利な術が使い放題だもんね」

 

葛葉十花に関する情報なんて名前だけだが、それだけあれば向かえる。それが神の力という物だ。

 

「そしたら、もうすぐだね。亮が居なくなっちゃうの」

 

という愛菜の言葉に、空気が凍った。

 

「ン……まぁな」

 

愛菜、八代、由紀の三人が手を止める中、亮は特に気にする様子はなく粗食し、言葉を紡いだ。肯定する以外にかける言葉なんて、今はなかった。

 

「相変わらず冷たいなぁ……」

「ンなこと言われてもな」

 

口を膨らませて怒りをアピールする愛菜に対しても、亮はいつもと態度を変えることなどない。

 

「……今すぐ行くわけじゃない。その時が来たら、話せばいいだろ」

「うわぁてきとー……」

 

なんて愛菜から白い目で見られる。

 

「仕方ないだろ。言いたい事なんて、その時になんなきゃ出てこねえよ」

 

なんて言ってその視線をかわした。

 

「ふ〜んだ。後で後悔しても知らないもんね!」

「そこは大丈夫だ」

「まっ、長年の夢が叶うんなら」

「違えよ。今話そうが後にしようがどうしようが、離れ離れになりゃどうせ後悔する。もっと早くそうしておけば良かったなんて後悔は、着いて回るもんだ」

「……亮が言うと重みが違うね」

「そうかよ」

 

どうせ後悔する。それは無数の経験から出た解答だ。自分は大切な人達とは何も言わず別れてしまったし、別れさせもした。食らい殺した者達のほとんどは「こうしておけば良かった」と後悔している。遅いか早いかなんて問題じゃないし、そもそも「こうしておけば」なんて言うのはただの建前だ。

 

それらは「生きたい」から生まれた言葉。

 

生きてこうしたかったという想いを、もう死ぬのが分かっていてどうしようも無いから「こうしておけばよかった」なんて後悔する。

別に今回、亮も愛菜も死ぬわけじゃないが、二人一緒に居ることで訪れるハズだった未来は死ぬ。だからその時にならなきゃ言葉なんて心からの生まれない。

 

「ご馳走様」

 

亮と愛菜が生み出した空気を壊したのは由紀だった。見てみれば彼女の茶碗にご飯は残っていない。隻腕ということもあり、食事のペースは遅いのだがそんな彼女が食事を終えてしまう程度には手が止まっていたらしい。

 

「……あ、待って由紀ちゃん」

 

席を立とうとした由紀を愛菜が止める。

 

「……なにかしら?」

 

いつも通りの表情で由紀が首を傾げる。それを見て、愛菜は尋ねた。

 

「なんで私が楽しみにとっといたカツオの刺身盗ったの……?」

「ふん、名前でも書いときなさい」

「書いてあったでしょ!?」

「えっ、嘘でしょ!?」

 

なんていつものやり取りが、いつもの空気を生み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この世界なんて壊れればいい。

 

そう思う者は沢山いる。時々そう思ってしまう者はもっといる。一度でもそう思ってしまった人は人類のほぼ全てだろう。

 

けれど、いついかなる時も、無意識の中でも、夢の中ですら思っている者は何人いるだろうか。

 

それはこの世界には二人いる。

 

片方はその気になればこの世界を壊せる魔人。正しさの前に自分の居場所を奪われ、間違えた結果、旧世界を滅亡させたが新世界を滅ぼしては自分の願いが叶わないと分かっているため、ただ理性でそれを成さないだけ。

 

そして、もう片方はそんな彼とは違う弱々しい存在。

 

これはそんな彼女、葛葉十花の短く、夢も希望もない、しょうもないお話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

──こひゅー、こひゅー

と、ただ呼吸する音だけが部屋に繰り返し響いている。なんだか間抜けな音だが、酸素マスクをつけている状態で呼吸しているため、こんな間抜けな音を出し続けるのもしょうがない。これが無ければ直ぐに苦しくなってしまう。

 

患っている病がなんだったかは知らない。教えてもらった時はまだ漢字で一から十を書いていた時だったから理解もできていなかったし、今となってはどうでもよかった。

もう自分の腕すら満足に動かせる体じゃなくなってしまった。漢字の読み書きなんてもうかれこれ七年近くやっていない。バーチャル技術を用いれば学習もできるが、そんなことをするだけ無駄だ。

 

昔は良かった。

 

両親から出来損ないと罵られ、殴られて蹴られて、それでも食事にはありつけた。

 

学校では虐められ、けれど相談する相手はいなく、そもそも家があの環境だから自分が虐められている自覚なんてない。そんなことばかりの学校生活だったけれど、学校の先生が挨拶をしてくれた。

 

この病を患ってからは直ぐに入院する事になった。両親は保険金がどうとか言っていたが、その時には何のことだがさっぱりわからなかった。

現代の科学でも手の施しようがないらしい体だが、延命だけはできた。

 

入院してからが一番幸せだった。

優しい看護師さんが色んな事を教えてくれて、携帯電話を持ってきてくれて、そのお陰で色んな勉強をすることが出来た。看護師さんはあまり長い時間傍に居てはくれなかったから、短い時間の中で色んなことを話して、そしてまた次の日を楽しみにしていた。

 

ただ、幸せは長く続かなかった。容態が悪化し、だんだん身体が動かなくなっていき、ついに声を出すことすらできなくなった。

それから色んな物事を理解するのに時間はかからなかった。会話ができないからか、看護師さんは必要な事をしたら直ぐに離れて言ってしまう。伝えたいことが沢山あるのに聞いてはくれなかった。そりゃ当たり前だ、話せないのだから。

それだけじゃない。今までコミユニケーションを取っていてくれたのは、話せたからだ。話して、動いていたから会話をしてくれた。だが会話ができず、もう勉強をしたってまるで意味をなさないのなら。わざわざ忙しい時間を割く必要は無い。自分は患者であり、看護師さんは看護師であり、ただそれだけの関係なんだと理解した。理解したから、行かないでと手を伸ばすことを辞めた。

 

全てを理解してから色んな物を憎んだ。家族を、学校の生徒を、看護師を、国を、この世の在り方そのものを。そして何より、どれだけ絶望しても力がなく、自分の命を自分で断つ勇気すら湧かない自分の事を。

 

明くる日も明くる日もただひたすらに憎しみを積もらせた。

 

ただ、それももうそろそろ終わりだ。

 

「(……あたま、痛い……こういう時は寝るに限る)」

 

ゆっくりと目を閉じて眠ろうとする。体調のせいか、或いは体力が少ないせいか、両方か。一日の三分の二以上は睡眠に費やしている。終わりの日はこうやって眠るようにいけるのだろうか。なんて事を考え、目を瞑る。いっそこのまま二度と目が覚めなければいいとすら思えて──

 

 

 

 

 

「コイツがそうか」

 

酷く冷たい声に目を開いた。ただもう見開き切る程の力はない。ただゆっくり、弱々しく、うっすら開くだけだ。だからボヤける。ゆらゆら揺れる視界に映る者は、この世の物とは思えなかった。来ている服が黒せいか、死神か何かにも見えた。

 

「…………」

「……喋れないほど衰弱してんのか」

 

頷くことはない。そんな力はないし、何より突然現れた者の問に答える必要などないからだ。

 

「頭の中で言葉を描け」

 

いきなり命令される筋合いなどまるでないわけだが、久し振りの日常のスパイスだと思い、言われるがままに伝えたいことを頭に描く。

 

『だれ』

 

だが多く語るつもりは満更なく、簡潔に済ませる。

 

「お前を救いに来た」

 

十花の質問に酷く胡散臭い回答が返ってきた。

瞬きの間に目の前に居て、口を開けば「救いに来た」と。まぁ宗教勧誘の演出なら随分手が込んでると褒め称えられるだろう。というのが十花の感想だ。

 

『なに?わたしを治してやるってこと?はっ、冗談言わないで』

「誰もンなこと言ってねえだろ。本当に、心の底からお前がそれを望んでいるならそうしてやってもいいが、多分違うだろ」

『は?』

 

国語の点数低いだろてめえ。というのが率直な感想だ。病に苦しんでいる人を目の前にして「救う」と言い放ち。だけど治すわけじゃないと。これが宗教勧誘なら、神に祈りを捧げるなんて面倒なことしてまで救ってもらう気は無いと言うのだが、そういう雰囲気でもなかった。

 

「やりたい事があんだろ」

 

という男の問いに対し、心の中で笑ってから。

 

『そうね。学校に行って、友達や彼氏を作って、些細な事で一喜一憂して生きたい』

 

と、冗談を垂れる。反吐が出てきそうな文字列。そんな物を望んじゃいない。それを望んでいた時期も昔はあったが、今となっては黒歴史の様なものだ。自分がそう思っていたことが恥ずかしく、恨めしい。

そう、今彼女の望みはただ一つ──

 

『この世界を、全てをぶっ壊したい』

 

と、混じり気のない、純度100%、心から出た気持ちが男に伝わる。伝えようとは思っていなかった。ただ溢れんばかりのその憎しみが、彼女の意に反して伝わってしまった。ただそれだけだ。

 

「珍しいなお前」

『人の心の奥底から出た言葉を聞いて、感想が珍しい、ね』

「あぁ珍しい。心の奥底にあるものが悪意だ。性善説だとか性悪説だとか、ンなしょうもない話をするつもりはないが、人は基本的に愛だとかそういう物を受け取ったからこそ変質し、歪み、悪になる。だがお前は違う。だから珍しい」

 

途中で彼の話は聞き流した。というよりも、聞き取れないという表現が正しい。どうにも長い間耳を傾け言葉の意味を理解する事ができない。それほどまでに衰弱している。

そんな様子を見てか、男は伝え方を変えた。

 

『もう一度言ってやる救いに来た』

『……頭、気持ち悪い……まぁいいわ、それでなに、私の望む力でもくれるわけ?』

 

世界を壊したいなんて望みを叶えられるのは、力だけだ。地位や権力でも壊せるかもしれないが、時間が無い。

 

『それが望みならそうしてやる。だが忘れるな、別にお前のそれを治すわけじゃない。力を渡すことで死期はズレるかもしれないが、かと言ってお前が後一ヶ月以上生きることはない』

 

サラリとお前はあと一ヶ月しか生きられないと宣言されたが、そんなことよりもこの男がどういうつもりなのかがさっぱりと分からない。

 

『そこはどうでもいい。それで、力を渡すから、なにかしろって?』

『いや、渡した後はお前の好きにすりゃいい』

『意味わかんない』

 

十花は困惑し始めた。目の前の男の言う事が心の底から意味不明だった。

現代の科学ですら延命が精一杯の病を抱えた者に対して、治しはしないが世界を壊せるほどの力を与える。力を手に入れたら好きにすればいい。

 

全くもって目的が見えない。

 

『何度も言ってんだろ、好きにすりゃいい。できるかどうかは自己責任だが』

『……本当にそんな力を』

 

と、そこまで考えを紡いだところで、男との念話が切れる。

その代わりに。

 

「あがっ!?」

 

十花が声を上げた。理由は簡単だ。見えない何かが全身に刺さったから。

縫い針なんかよりも細い針の様な何かが、把握しきれない数、体に突き刺さっている。頭、顔、腕、手、胸、脚、足、背──ありとあらゆるところに痛みが走る。

激痛のあまりに全身が震える。もし満足に動く身体だったら、痛みで身を捩らせ、ベットから転げ落ちているところだろう。

 

「(なっ……に……これっ!?)」

 

痛みの次に感じた──いや、聞いたのは声だった。

 

──いたい

その言葉は、十花の声じゃない。何処の誰かも分からない、誰かの声。そんな声を皮切りに、沢山の悲鳴が脳内に響き渡る。

 

老若男女問わない無数の声が十花の頭を埋め尽くした。いたいつらいくるしいどうしてこんなことにしにたいころせ──まぁ一々聞き取るのも億劫になるくらいの、そういう言葉だ。

その言葉の数々には、生への執着やら痛みからの逃避行やら様々な想いが盛り込まれている。そんな中でも一番強い想いは、「理不尽な現実への憎しみ」だ。

どういう過程があったのかは分からない。けれどただどうしようも無い憎しみの塊があった。

 

「……はぁっ……げほっ……」

 

どれだけ時間が経っただろう。十花にはとても長いように感じた。けれど、やっと戻ってきた。憎しみの想いの中から、自分の想いを掴み取って戻ってきた。

 

「気分は?」

 

ようやく目の焦点が合ってきた十花に対して、亮が言葉を投げかける。十花は口元の酸素マスクを右手でひっぺがした後に。

 

「……サイアクよ。殺す気?」

 

と、増悪を込めた目で男を──亮を睨みながら、言った。

 

「……ならいい」

 

二言目には反応もせず、亮は懐に手を入れてタバコを取り出す。いつもの様に指の先端に火を灯して、タバコに火をつけた。

そんな光景を見つつ、十花は──

 

自分のだけの力で上体を起こし。

 

「……ここ、禁煙よ」

 

なんて警告するが。

 

「直にそんな事は関係なくなる」

 

という亮の言葉の直後、ジリリリリリリッ!と、火災報知機がけたましい音をあげ、続いてスプリンクラーが起動した。そんな事を予め知っていた亮は、見えない魔力の手でタバコに水が掛からないようにしていた。

 

「……ホントにサイアク」

 

が、当然十花はそんな芸当は使えない。スプリンクラーから放たれる大量の水に濡れ、服がベッタリと肌に吸い付いている。手を動かして濡れた布団を退けてから床に立った。

七年ぶりに自分の力だけで立ったが、そこに感動はない。あるのは──

 

「どうしました……!……あれ、葛葉さん……どうして……」

 

乱雑にドアを開けた看護師が見たのは、立てるはずもないくらいには衰弱していた十花が、自分の足で立ち、生気のない顔でこちらを見ている姿。

それと、タバコを咥えながら壁に寄りかかり、こちらをチラッと一瞥してはさも当然の様に窓の方にタバコの煙を吐き出す亮。

 

「あなたそれで気遣ってるつもりなの?バカなの?」

「お前ホント口悪いな」

「うるさい」

 

スプリンクラーが水を放つ中、そんな会話をしている二人。どこからどう見ても異常だった。

 

「く、葛葉さんその人は……」

「それで、あなたがくれた力っていうのは?」

「ただ強いだけだ」

「あぁそう」

 

看護師の言葉は二人ともガン無視。そして会話が終わるや否や、十花は看護師の元に歩いていく。ぺちゃぺちゃと素足が水溜まりを踏む音がした。それも丁度スプリンクラーが水を放つのを辞めたからだ。

いい加減声が聞こえないからと亮が完全に煙と熱を認識させないようにしたから。

 

「な、何が何だか分からないけど、良かったわね葛葉さ──」

 

それが、その看護師の遺言となった。

 

──ダンッ!!

と、空気が破裂するような音ともに、看護師の体が後方へと吹き飛ぶ。そのまま壁にぶち当たり、血肉の弾ける音ともに壁を凹ませ有り得ない方向に首がねじ曲がった。

 

「……くだらない」

 

と、看護師を叩くために伸ばした腕を下ろし、死体を見て十花は吐き捨てた。

 

「本当にくだらない力。これだけしかやれることないじゃない」

「少しだけ寿命を伸ばした上でそれだけの力を使わせてやってんだ。その言い草はないだろ」

「……もっとまとめてどうにかできる力を寄越しなさいよ。プチプチプチプチ潰していくのは性にあわないの」

「死にかけが何贅沢言ってんだ」

 

鼻で笑って回答した直後に、十花が目にも止まらぬ早さで亮に近付いてきた。彼にとってはまぁ考えられる範囲内の行動だ。彼女は「取り敢えず世界が憎い」から手当り次第に攻撃しているだけなのだから。

 

──ダンッ!

という爆音にも近いような音が響く。しかし、それだけだ。

 

「……チッ」

 

舌打ちしたのは十花。殺すつもりで放った右拳は亮に触れることなく、見えない魔力の壁に阻まれた。檻の中の動物を見るように十花を眺めながらタバコを吸い、煙は十花の居ない窓側へと吐き出した。

 

「そんな気を使うくらいなら大人しく死んでくれてもいいじゃない」

「お前がどれだけ手を尽くそうとお前の方が先に死ぬ。それに悪いが、生きる理由ができたから殺されてやる訳にはいかないんだ」

「あぁそう」

 

拳を下ろして、亮に背を向ける。殺せない上にこっちを攻撃する気がないのならもう興味はない。

 

「まぁ後は好きにしてくれ。じゃあな」

「……」

 

タバコを体内へと取り込んだ亮はそのまま聖移で家へと帰っていく。十花は亮の方を向いては居ないが、彼が消え去ったのは分かる。

 

「くふっ、あっはは……あはは!」

 

だからという訳でもないが、十花は三年ぶりに声を出して笑った。

深夜の時間に、そんな笑い声が響くのが普通なわけが無い。どうかしたんだと戸惑いながらも、物好きな患者達が十花の病室に入ろうと近付くが、廊下の壁にぶち当たり色々撒き散らしている死体を見て、半狂乱で逃げ去っていく。

 

事態が大きくなるのにさほど時間は掛からなかった。

 

気が付けば病院の外には警察車両がサイレンを鳴らして集まっていたし、病院の中もドタドタと走り回る様な音で溢れ返っている。

 

「始めましょう」

 

一通り事態は把握した。だから十花は窓を開けて淵に足をかけ、立つ。夜風が気持ちいい──という感想すら抱かない。ただ興奮していた。

わざわざ沢山の人間が死にに来てくれた。正直自分のこの体がどれだけやれるか分からないけれど、人一人くらいなら容易く潰せる力があって、目の前に沢山の人が居るなら片っ端から殺す。やれるかどうかじゃない。やれるからやりたい。全人類滅亡なんて夢は掲げない。たとえ途中で拘束されようと、志半ばで息絶えようと構わない。ただ、一人でも多く殺したい。

 

長い間、培ってきた想いを解放する時は──

 

病院の四階の窓から飛び降りて──始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

亮は戻ってくるなり平然と台所に立って自分のマグカップにコーヒーを注いでいた。つい二、三分前に赤黒い光景を見てきたばかりではあるが、それで飲み物が喉を通らなくなるほど豊かな感受性は持ち合わせていない。

マグカップに注いだコーヒーはいい具合に湯気を立てていて、人であればチビチビとしか飲めくらいの熱さだったが、そのくらいの熱さは慣れたものだ。

 

「随分早いわね。三十分も経ってないわよ」

 

浴室に行くところだったのか、寝巻きを持った由紀が部屋から出てきた。

 

「そこまで難しい話しじゃなかったからな」

「……人を救うって、簡単な話?」

「そんなのは人による」

 

どうしようもない孤独を抱えた人間相手なら長い話ではあるが、何も人が苦しむ理由はそういう心情的なものばかりでは無い。

例えば借金で首が回らなくなった人間等はお金を与えてやれば解決するし、病を抱えて生きたいと思う人間がなら病を治してやれば解決する。

 

「何を解決すれば救われる相手だったのか、聞いていい?」

「……簡単だ、自分の手で復讐がしたくて、終わりたい」

「私とは、違うのよね」

 

復讐。そんな単語から似ている者かと思ったが、終わりたいという欲望は由紀には無いものだ。

 

「そうだな。お前とは世界の見え方が、多分違う」

「見え方……?」

 

曖昧な表現に、由紀は首を傾げる。

 

「元々幸せか不幸か、から生じた違いだ。元々世界の暗い部分しか見てなかった。生まれ落ちて物心着く頃には不幸だった。愛なんて受けたことがなく、害を与えられるのが基本で、それが不幸なんだとすら知らない。ただ普通に接してれるだけで幸せだと思うくらいには根が狂ってる」

「……価値観が違うってことね」

 

その気持ちは分からないが、想像はついた。幸せの基準点が低いなんて簡単な言葉でまとめられる心ではないだろうが。

 

「病に侵され、治療はできないが延命はできるから無駄に生きながらえさせられた。日に日に動かなくなっていく体、追いつかなくなっていく思考回路、誰かが助けてくれるなんてこれっぽっちも思っちゃいない。だいたい八年くらいか、そういう日々を過ごした」

「……」

 

傍から見れば不幸の塊。それが由紀の抱いた印象。

 

「害するもの皆死ねばいい。そういう極端な想いが募っていくのを止めてくれるやつは誰もいなかった」

「……じゃあ、その人を救う方法は」

「世界への復讐と、自分の死だ。狂い続けた想いの果てなんて、だいたいその辺に着地する」

 

自分もそうだった。ただ自分は幸いな事に無駄に長く生きた結果活路が開けたわけだが、彼女は違う。

 

「……あんまし、お前は気に召さないだろうな」

「……そうね。無意味に人が人を殺しているなんて、指をくわえて見ていられる話じゃない……じゃない、けど……」

 

一度、絶望を経験した身として、気持ちは分からなくはない。たまたま気持ちを汲んでくれる人がいたから、自分の中で理由を見つけたから今はこうして理性を保っていられる。

けれど、それが無かったら?自分もそうなっていた可能性だってある。それでも無関係な人を殺すなんて良くないのは当たり前だ。

 

「まぁ、止めたいなら好きにすりゃいい。俺も聖移でどこの病院に行ったのかさっぱりわかんねえから、居場所は自分で突き止めてくれ」

「……止めていいものなの?」

 

復讐を果たせないじゃないか。という心配が浮かんだ。

 

「死ぬことも目的の一つなんだ。いいんだ」

「……復讐をしている最中でも、終われればそれでいいってこと?」

「好きなことして死ぬなら本望とかいうだろ」

「…………そうね」

 

言ってる意味はわかるが理解はできない。価値観の相違というやつだ。

 

「ちなみに、あなたがその子に与えた力は?」

 

話題を逸らすのにその質問をなげかけた。失敗前提だったとしても、たくさんの人を殺めるなら相当な力のはずだと思った。もし相対することになった際に参考として尋ねたのだが。

 

「魔人の力だ」

 

聞かなきゃ良かったと少し後悔した。




なんか大袈裟なキャラが出ましたが、これで退場です
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