無敵系中ボスが過去にしがみつく話   作:竜田竜朗

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新しい生活①

王との会話を終えて亮は笹塚と共に建物を出た。彼らが居たのは新世界の最北端。ブルー地区と呼ばれる土地の軍事基地だ。レッド、ブルー、グリーン、イエロー、ホワイト、セントラルの六つの地区に分けられているこの世界で、ブルー地区は唯一軍事基地を保有している。それがまた社会問題になっていたりはするが……

 

建物を出て亮はすぐに足を止めた。

 

「空に……陽の光?」

 

青い空が広がっていて、眩しい陽の光に照らされた。ここは仮にも隔離世界と称される、外とは隔絶された空間だ。陽の光は愚か、空すら見えないはずだ。

 

「空はホログラフィックだ。あるように見せかけているだけに過ぎないよ。陽の光は本物。太陽光を吸収、拡散して照射しているんだ」

「ホログラフか。どんな規模だよ」

 

ホログラフィックという技術は知っているが、新世界の内部まるまるをしかも本物の空と錯覚させる程度には高度なホログラフィック技術。それに加えて太陽光の照射。これは遥か昔の人々が構築したというのがまた驚きだ。

 

「雨は蒸留した海水や、旧世界で雨が降った時に溜めた物を使って降らせる。次に雨が降るのは五日後だったか」

「そうか、人工的に降らせるわけだから予め世間には伝えてあるのか」

「あぁ、旧世界が滅びる前は人工衛星を使い不確定な予報を立てていたみたいだが、こちらでは天気予報というものは存在しない」

 

便利な世界だ。壊れかけのものなら何度も使って来たが、傘と言われる雨を凌ぐ道具も、この世界なら常に持ち歩いたりする必要はないのだろう。雨が降る時間、量は予め伝えられ確定しているのだから。

 

「歩きながら話そうか」

 

深淵がそう切り出し、頷いて肩を並べ歩き始める。

 

「天気といえば、旧世界の天候は随分荒れるみたいだな」

「場所によるが、雪降った後に晴れて雨降って気温が四十度前後になったり、砂漠だった場所に雪が降るとか。まぁ色々ある」

「とても快適とは言い難いな」

 

昔は苦労した。濡れないために屋根のついた場所を探したり、壊れていない傘を探し回ったり。今では全くそんなものは必要なくなった。

 

「と、この基地を抜ける前に一箇所に寄る場所がある」

「なんだ」

「内部の病院だよ。健康診断をして、その記録を王へ提出しなくてはな。でなければ君の戸籍情報は完成しない」

 

知識だけは有している健康診断という概念。間違いなく必要なく、結果など想像したくなかった。が、郷に入っては郷に従えという。わかったと返事をして、大人しく笹塚の後についていくことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

案の定、問題だらけだった。

 

身長はいい。176cm。一般の男性の平均的な身体だ。だが、体重から狂い始めた。

16kg。彼は体重を16kgしか持ち合わせていなかった。体重計の故障が疑われ、四回ほど計り直すも結果は変わらず。魔術を使うなと言われるも、使ってなどいない。確かに魔術というかエーテルの作用でこうなったのは間違い無い。笹塚が間に入ることでなんとか記録には16kgと記す。

次は血圧だが、測定値は0。流れていない。これまた二回ほど測り直したが、結果は変わらず。医師の方は笹塚と顔を合わせて頷いて、その結果を記した。もう大体わかって来たようである。

視力、聴力検査は異常な値を示した。もちろんいい意味ではあるが、良すぎて測定不能なレベル。もう笹塚の介入も必要ない。あるがままを記入する。

X線検査の結果、彼の体の中は空洞。何も映らなかった。心電図も同様だ。一応聴診器を体に当ててはみるが、静寂が支配していた。

尿検査に移ろうとしたところ、彼は排出物を出さない体で、これは検査できず。その他諸々、検査不能なためもはや何の診断なのかわからなかった。備考のところに「これは人間の健康診断です」と嫌みたらしく書かれる程度には異常だった。

最後に魔力量の検査が行われた。これは箱型の装置に入り検査する。中にはウォッチドッグの眼球を用いた測定器があり、これで受診者の姿を映すことにより、測定する。ウォッチドックの目を通じて映った受診者の体の靄の量と濃度に応じて、機械が格付けをするのだ。

……一応、亮は止めた。やめた方がいいと言ったが、まぁそういうわけにもいかず。

 

案の定、機械が壊れた。

 

映るには映ったが、機械側が判別するための処理を終えることができなかったのだ。医者曰く無限大の値が永遠と計算され続けてるらしい。よって、最後の検査も測定不可で終了。

まともな検査結果は身長しかなかった。

 

もっとも、身長の方も伸縮自在なので何の意味もない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん、シェイカーには悪いことをしたな」

「やっぱやる意味ないだろあれ」

 

あれは人間の健康診断である。魔人の健康が測れるわけがない。そもそも健康も何もそういう概念がない。

 

「君にこちらで波風立てない振る舞い方を教えてやろう。やれと言われたら一応やっとけ。だ」

「真摯とかそういうのは」

「必要ない」

 

こっちの世界の人々が平和ボケする理由がわかって来た気がする。

 

「さて、これに乗りたまえ」

 

基地内の病院を出て、しばらく歩いたところで駐車場に辿り着く。数台車が停まっていたが、笹塚は迷うことなく黒く平べったい車の前に行き立ち止まり、そう言った。

 

「おぉ、車か。しかもスーパーカーとかいう奴に似てるな。傷ついてない奴初めて見た」

「ふふん、これは私の自慢の一台でな」

 

相変わらず知識として車がガソリンを用いて動くのは知っていた。が、亮達にはそれを補給し走らせる意味がほとんどなかった。それはそうだ、草木が鬱蒼と茂り、倒壊したビルがたくさんある。車を走らせられるほどのスペースがほとんどない。

だから、車は基本的に投擲物だったり盾だったりした。

 

「本当は過の偉人達が乗り回していたガソリン車に乗りたいんだが、車に原油を使うほどこちらの世界にエネルギーは余っていないんだ」

 

笹塚は心底残念そうに俯いたが、気を取り直したようで顔を上げた。ドアノブに手を当て解錠し、亮に助手席に座るよう促す。シートに腰を下ろしてシートベルトの締め方をレクチャーし、発進の準備が完了する。

 

「行こう」

 

車が動き出す。音はほとんどない。モーターの駆動音とロードノイズくらい。ただ違和感があるとすれば、電力に混じって魔力、というよりエーテルがあることだろうか。

なるほど、エーテルと結合した電気ならば少ない電力でも大きな電力になる。

 

なんて思考していると、基地のゲート目の前に到着。笹塚と守衛が話をし、ゲートが開かれた。それから五分ほど舗装されてはいるが両脇は木々が生えていて、森の中のような雰囲気の通りを走る。そしてやっとその空間から抜け出し。

 

「……すげえな」

 

亮の視界に映っているのは、壊れていない建物の数々だった。綺麗にの整った建物がいくつもある。壊れた箇所なんて一切見つからない。それに、何人もの人が歩いている。立ち止まって談笑する者。友人と並んで歩く者。

辺りを警戒することもなく、ただただ生活しているその光景が、とても、凄かった。

 

「……それはよかった」

 

笹塚はその一言以降、口を開かずに車を走らせていた。目を輝かせて新世界を車窓から眺める魔人は、外見相応の少年に感じられた。いつもならばお気に入りの音楽を流しながらドライブするところだが、あんな顔をする彼の邪魔をするほど無粋ではない。笹塚はただただ車を走らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ン?」

 

亮は車が地下の駐車場へ入ろうとした時に、自分が笹塚の車に乗せられていたことを思い出した。

 

「随分と夢中になっていたな」

「……あぁ、向こうで拾った雑誌とか写真でどんなものかは知ってた。だけど、実際に見るのとは違う」

 

美しい景色だけを切り取った雑誌とは違う。あの雑誌に映っていた景色と、ここまで移動するのに見てきた景色を比較すれば、単純な美しさでは雑誌の景色に軍配が上がるだろう。だが、そうじゃない。清濁合わさったこの現実の光景は、美しいとかそうではなく、リアルだった。

 

「車を走らせ続けた甲斐があったというものだよ。さぁ、降りよう」

 

車庫入れを済ませ、亮に促す。二人はシートベルトを外して車から降りる。最後に笹塚がドアノブに触り施錠も完了だ。

 

「こっちだ」

 

地下に笹塚の声が反響する。入庫前の景色と照らし合わせて考えてみると、ここはどうやら大きなマンションの地下駐車場らしい。ということは上のマンションのどの部屋かが彼女の部屋ということか。

エレベーターの使い方を教えてもらいながら、彼女の部屋があるというフロア、二十のボタンを押す。二十階建て中、二十階に住んでいるということは、先程の王との話と合わせて考えると彼女はかなり働いて稼いでいるということか。

 

エレベーターが二十階に到着し、エレベーターを出て左を向く。そうして目の前に扉があった。エレベーターから十歩足らず。他に通路は見当たらず、扉も視認できる限りでは一つしかない。

 

「そこの扉がそうだ。このフロアには私の部屋しかないから安心してくれ。ちなみに下のフロアが職場だ」

「へぇ」

 

感動は薄い。この世の価値観というものがわからないからだ。

現在二人はホワイト地区にいる。もっとも人口の多い地区で、その分住宅が並ぶ。そして二人のいるマンションは国に認められた人しか購入できないという、特殊な物件だ。一般人からすればそこに住んでいるというだけで、畏怖か尊敬の対象になる。

 

「先に鍵の開け方を教えておく。間違っても壊すなよ」

「わかってる」

 

ドアの真横に鍵穴とディスプレイ、指を置くための装置があった。指紋認証システムだろうか。

笹塚が自分の指を当てた後、ディスプレイに様々な情報が映し出される。ピッピッと音が鳴り、亮に自分の指をかざすよう指示する。

 

「これは魔力の質を検知するタイプの物だ」

「あぁ、なるほど」

 

指紋情報による認証システムは使い古されており、一般化されていった。技術も熟知されている。だから、空き巣等の犯罪を行う者は自然とそのシステムを潜り抜ける方法を身につけた。よって高いセキュリティを望むのなら別の方法を使わなくてはいけない。その答えが魔力の質による認証システムというものだ。

この世界に魔力を持たない人間はいない。多かれ少なかれ魔力を持っている。そして魔力というものは遺伝子配列のように人によって確実に異なる。双子であっても。なぜかは解明されていないが、今のところ同じ質の魔力というのは二つとないという。しかも人の成長によっても変わらない、指紋と同じ永遠のものだからという理由。

 

「…………あれ」

「……魔力を認識できていないみたいだな」

 

画面にもう一度かざしてくださいとの表示が出て、何度か試してみるが結果は変わらなかった。

 

「さて、どうしたものか」

 

笹塚が唸って考える中、亮は別の方法を思いつく。

 

「これならどうだ」

 

その方法で指をかざすと、登録完了の文字が出た。そのまま続けて解錠の手順を踏み、きちんと登録できていることを確認した。

 

「一体何をし……その姿はなんだ?」

 

笹塚が改めて亮の顔を見ると、そこには亮とは全く違う人が存在した。

 

「菅原詠一ってやつらしいな。旧世界の住民だ。取り込んだ人間の一人だよ」

「……取り込んだ人間に化けたと言うのか」

「お前らで言うとこの、アバターの力だ」

 

アバター。原型は真っ黒に染まったゲル状の生物だ。それ単体では基本的に脅威にはならない。戦闘には火炎放射器などの物理攻撃以外の手段を取る必要があるが、移動が遅くすぐに逃げられる。

しかし、もし逃げることができずアバターに接触してしまうと、体を飲み込まれ消化される。その後アバターは消化した生物をコピー、記憶も含めて細胞レベルで対象になりきる。即席のクローンとでも言えるか。その後はその生物が取るべき行動をとり成長し、その生物として死んでいく。都市伝説のドッペルゲンガーのような存在だ。

 

「……そうか、その性質を利用して物の出し入れを」

「それはまた違ったりするが、まぁそう言うことだ」

 

恐ろしい。彼は唯一この世界で完全犯罪をいとも簡単に行える存在だろう。殺された人間になりきれるのだから。連れてくることが本当に正解だったのか、気が気ではない。

 

「間違ってもこの世界で使おうとは思ってない。安心してくれ」

「あぁ、くれぐれも頼むぞ」

「ン」

 

そう返事をして、彼の顔が真っ黒に染まり、すぐさま元どおりとなる。

 

「さて、家に入ろうか。と、その前に君にこの家でのルールを伝えよう」

「ルール?」

「法ではない。しかし破ってはならない我が家のルールだ」

 

家族間のルールというやつだろうか。

 

「家を出るときはたとえ中に人がおらずも、いってきます。同様に誰も居なくても、帰ってきたときは、ただいま。そして自分が家に居る時に人が帰ってきたときは、おかえりなさいだ。見送る時はいってらっしゃ。忘れるな」

 

それは、笹塚が亮を家族として迎え入れるということだった。どこかむず痒い感覚がする。亮にとって家族とは、遥か昔に失った旧世界での仲間たち以外はあり得ない。それに、いまさら家族なんかを欲しがるのは許されないことだと思っている。

だから、笹塚の申し出は嬉しくはあるが苦しくもあった。今だけだ、ごっことしてこれを承諾する。どうせ目標を成し遂げれば全て無かったことになるのだ。別にいいだろう。

 

「わかった。忘れないようにする」

「そうか、ならば」

 

笹塚は先に玄関へ一歩踏み出し、振り返って亮を見る。

 

「おかえり、亮」

「ン、ただいま」

 

こうして、深淵、笹塚未菜と魔人、根本亮の生活が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

笹塚の家は一人で暮らすにはあまりにも広すぎる。それはそうだ、高級マンションのワンフロアが丸々が彼女の家なのだから。ダイニングキッチンでバーのカウンターのような作り。大きなテーブルをコの字で囲うようにソファがあり、あまりにも大きいテレビがある。どうやって入れたのか甚だ疑問なサイズのテレビだ。玄関からは入らないだろう。

 

トイレ、風呂も当然あり、浴槽の方は人がまんま寝っ転がっても余るくらいの広さがある。ついでテレビとクーラーがついていた。

部屋は五部屋あり、それぞれかなり大きいサイズ。一室が和室で一番大きく、残り四部屋は洋室。五部屋全てはベランダからも繋がっており、ベランダも大きい。灰皿が置かれていて、その周辺だけ汚れが少々目立っていた。

 

「私が使っているのは端の和室だ。後はどこも洋室だが、君の好きな部屋を選べ」

「なら、端の洋室にする」

「わかった。ベット、テレビは既に備え付けられている。後君の服は……」

「必要ない。体に何着も入ってる」

 

破れたとしても再構成できる。新しいものを買う必要はないのだ。

 

「だとしても、人として生活するならばその力は使わないでおくべきだ。それに魔術はなるべく使わない。魔術ではないという言い訳は聞かんぞ」

「……わかったよ。だが俺には金がない」

「それくらい私が出してやる、安心しろ、金ならある」

 

取り込んだ本の中の一冊、「男なら一度は言ってみたい台詞集」に書かれていた台詞を聞けるとは思っていなかった。

 

「他にも生活に必要だと思うものがあれば言ってくれ」

「今はまだわからないが、出てきたらお願いする」

「ふふっ、それもそうか。一服したら行こう。それまで部屋で好きにしていてくれ」

 

そう言って笹塚はベランダへ向かう。ベランダで吸うのだろう。旧世界での家族一人も愛煙家だった。それに憧れて吸ってみたいと思っていた時期があった。

今度一本もらえないだろうかと考えつつ、自室を見て見る。そこそこのサイズのテレビに大きなベット。膝を置けるオフィスチェアに学習机。押入れも十分なスペースがある。よっぽど物を置かない限りは快適に過ごせるだろう。

 

「待たせた。行こうか」

 

部屋を見ているとベランダから笹塚がそう伝えた。頷いて回答し、玄関へ向かい、靴を履いて外へ出る。

遅れて笹塚が出てきて、そこで施錠の仕方も教わる。

 

「君にまずはデパートというものを教えてやろう」

 

車を使うのかと思ったが徒歩だった。デパートというのは亮も旧世界でよくお世話になったものだ。原型が残されているデパートは様々な人に荒らされていたが、それでも取り残しの物を取って生き抜いてきた。

荒らされず、きちんと物が並んでいるデパートはきっと活気に溢れているのだろう。旧世界の場合はどちらかというと占拠している連中からの殺気の方が溢れていたため、戦場にならないデパートというのは楽しみである。

 

「あぁ、そうだ。君にいくつか伝えておきたかったことがある」

「わかってる。そっちの言葉は守るし、盗みもしないぞ」

「そうか。ならよかった。ならあと一つ、伝えておきたいことがある」

 

それは、おおよそ街中を歩きながら伝える台詞ではなかった。人の生き死にに対して冷めた考え方をする亮であっても、それはわかる。

 

「私はあと半年と三日で死ぬ。それまでに私の元で常識を学んでくれ」

「…………は?」

 

怒涛の半年が始まる。

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