「はぁ……はぁ……」
時間は少し戻る。数馬は今しがた殴り飛ばした葛葉十花が瓦礫に埋もれたのを見て、肩の力を抜いた。戦いは激しかった。十花は目にも止まらぬ速さで動き、拳を振ってくる。それだけじゃない、瓦礫や車、果てには人の死体まで持って投げるなどの遠距離攻撃。およそ常人には出せない攻撃の数々だった。一度敗北したあの黒鎌帝を彷彿とさせた。
それでも鈴木数馬は、勝利した。
全ての攻撃を目で見てかわし、やつれた少女には過剰すぎる攻撃を当て続け、駅の建物に殴り飛ばしてその衝撃で建物を瓦解させる事で、瓦礫で押し潰した。
死んだかどうかは分からないが、あれだけの威力だ。少なくともしばらく出てこないだろうと踏んで、数馬は。
「……ちくしょう……」
膝を折る。勝つには勝った、自分は生きている。だが、この戦いにおける勝利報酬は存在しなかった。勝利を収めても、これから十花に殺されるハズだった人達を守れたのだとしても、数馬は双海寧音を失った。
小学校からの付き合い。面倒見が良くて、いつも冷静で、頭が良くて、自分を気にかけてくれていた彼女。「所詮数馬」とか変なこと言ってくる割には、いつもそばにいてくれて──
「なんで……なんで寧音がこんな目にッ!!」
余りにもタイミングが良すぎた。人を殺し回っていた者はグリーン地区に居たと聞いていたから、対岸の火事だと。警戒はしなくちゃいけないけれど、過敏になるのは良くないと思っていた。
だがそんなことは無かった。図られたように、寧音は殺された。
そう、なるべくしてなった。計算されていた様に。
「…………ま……さか……」
一度、疑心暗鬼に陥ってしまえば、もう抜け出せない。
「これも……計算されてたかもしれないのか……?」
ずっと引っかかってはいた。安定装置が生み出した悲劇の数々。数馬はいくつかそれを見てきたし、もしかしたら関係ないと思っていた事件も実は関係あるかもしれない。
それを示すように、由紀は言っていた。
『数馬、この新世界はね、王様と安定装置と、これから会う彼によって管理されてるのよ。由美も、安定装置の指示で殺された』
新世界を平和にする。一人でも多くの人を幸せにするために、極小数なら平気で不幸にする事を決定する装置。そしてそれを実行する者。
確かに安定装置が完成してから、人々の生活水準は上がったらしい。特に作動した黒鎌帝の代からは人々は平等に幸せになったとテレビでもやっていた。
人々の所得の平均が上がったとか、そういう指標の上では。
『私はこの世界を許せない。けれど同時に、仕方ない事なのかもしれないって、今は思ってる』
由紀はそう笑っていた。
「もし……由紀の言っているほどに、新世界が安定装置によって管理されているなら、この件も安定装置は全部知っていた。つーか、こうなるように仕組んでいた……?」
それなら、しかし、だとしたら、
「……そうだよ。そもそもおかしいだろ……由美を殺した奴はあんなに強いのに、なんでアイツを止めなかった?被害だって最小限に食い止められたはずだ」
つまり、見過ごされた。国はこれだけ多くの人が殺されるのを良しとした。それは何故だ。それは。
「安定装置が弾き出したっつーことかよ……くそっ!」
怒りが湧き上がってくる。考えれば考えるほど、この件は仕組まれた事である様にすら思えてくる。それから、次の自分の行動を考え行動に移すまでに、大した時間はかからなかった。
数馬は立ち上がる。
「(……ごめん、寧音。俺、行ってくる)」
これが敵討ち──復讐なのかは分からない。けれど、もうこう考えてしまった以上、ただ膝を着いて待っているなんてできなかった。
──ダンッ!!
と、数馬の足が地を蹴る音が響いた。あっという間に空高く飛び上がる。それから建物の屋上へと着地し、また飛び上がって、これを繰り返す。
目指すはセントラルタワーだ。移動しながら、ふと思う。
「(……意図的に不幸が生み出されるくらいなら。きっと、俺の父ちゃんや母ちゃんもこう考えたんだろうな)」
そして計画がバレて、彼に殺された。それがあの晩の出来事だろうと踏んでいる。
今も、自分が安定装置を破壊しようと画策している事がバレたら、殺されるかもしれない。その時に出てくるのは、恐らく彼だろう。その時、自分は彼を打ち倒して安定装置を破壊できるか。なんて思ってから、自分の持っている力について考える。
「(……なんなんだ、これ)」
視界に、白く透明な三角形を二つ上下に重ね合わせた様な図形がこびり付いている。というのも、目を瞑ろうが開いていようがその図形がずっと見えるのだ。
不安になって高層ビルのガラスを覗いて、ガラスに反射した自分の顔を見る。
確かに、自分の瞳には六芒星の様な模様が映っていた。まるでその模様のコンタクトレンズでも入れたような雰囲気だが、もちろん数馬にそんな趣味はない。
「(……何が何だかわっかんねぇけど……これがある内なら……)」
さっき葛葉十花を殴り飛ばしたこの力。どういう物なのかは数馬にも理解できていない。ただ、双海寧音を殺めた十花をどうにかしたいと強く想ってから、ずっとコレが付いていた。神の力なのかと思ったが、七尾真衣が見せたああいう雰囲気──神聖さは全く感じられなかった。
何が何だか分からない。けれど、これさえあれば、もしかしたら帝が「新世界の闇の頂点」と呼んだ存在と互角に戦えるかもしれない。
「(もちろん、そんな事やってみなきゃ分かんねえけどな)」
絶対ではない。それでもチャレンジする価値はある。
──ドンッ!
と、コンクリートを抉る音を立てて、数馬は新世界の夜の中を突き進む。
目標は安定装置の破壊。それだけだ。
寒い。というのが第一印象になるだろう。安定装置を保管するためだけに用意された、セントラルタワーの地下深くにあるこの空間は、安定装置の冷却のためだけに異常に冷やされている。
一体誰がコンピュータの増設やら管理やらを行っているのかと考えながら、亮は壁に背を預けてボーッとエレベーターの方を見つめていた。
到着してからそこそこ時間は経っていたが、まだ鈴木数馬はこの部屋に入ってきそうにはない。
なのでもう一度、改めてこの空間について観察する。横30m奥行き25m高さ9mという、下手なプレハブの家より大きいコンピュータ。それが安定装置。亮が初めて見た四十年前よりも、その規模は増している。
それがこの部屋のど真ん中に配置されていて、壁やエレベーターからは100mほどの距離がある。とすると部屋の大きさの自体は250m×250mくらいか。一部屋にしては大きすぎるサイズだが。
「……ン、そろそろか」
ポツリと呟く。たった今、上の方が静かになった。
セキュリティやら警備やらとかち合っていた誰かさんが、ようやく全ての脅威を排除し終えたらしい。
ここまで来るのも時間の問題だろう……と、考えたが。
「……そういやあのエレベーターの仕掛け、知ってるのごく一部だったっけか……」
特定の順番でボタンを押さなければ、このフロアに来ることが出来ない。これを知っているのは王族やナナシ。後は亮でも知らない連中ばかりだ。果たして一体どのようにして数馬はここに辿り着くのか。なんて期待して。
──ガゴオオオオオン!!!
と、爆音に近い音がエレベーターから聞こえてきた。
「……なるほどな。エレベーターを落としてきたか」
地下にあるのを知っていて、エレベーターを落としたのかどうかは知らないが、数馬は無事に地下にまで到達した。
──ガンッ!!
と、先程よりかは少し小さい音を立てて、エレベーターのドアが乱暴に飛んでくる。余りにも速い速度で、かつ真っ直ぐに水平に飛んで行った。その行く先にあるのは安定装置だ。
「(……これ位置の問題どうにかしろよ)」
と、心の中で愚痴を垂れて亮は飛んでいるエレベーターのドアの軌道上に移動し高速移動し、体に取り込む。そしてそのまま正面に居る存在へと視線を向け、声を掛けた。
「昨日ぶりだな」
「……」
見間違いもない。鈴木数馬がエレベーターを背にして立っていた。
その瞳に、謎の模様を携えている。
「……ン?」
数馬から動く気配はなく。だからこそゆっくり観察していると、その異常さに気が付いた。
「(元々魔力が少ないと思ってたが……消えてんな。それにこの感覚は……なんだ?)」
僅かにあったハズの魔力がない。その代わりと言わんばかりに、亮の知らない何かが数馬から流れ出ている。魔力でも神聖でもない何かだ。
「(……食らえねえし)」
そして、その流れ出している何かに対して、空気中の魔力を移動させて吸収を試みるも失敗。そこには何も無いよと言わんばかりに空気だけを食らった。
「……アンタが待ってる様な気はしてた。でも言わせてもらう。そこを退いてくれないか?」
「断る」
数馬からの問いに対してそれに返答しつつ、その未知なる力について思考をフル回転させる。亮としては数馬が何を思ってこの場に現れ、安定装置の破壊に至ったかに興味はない。
長く生きすぎた亮の知らない力がある。もう興味はその一点に注がれている。
そりゃそうだ、知り尽くしたこの世界で、亮の知らない力が存在する。神聖すら食らい尽くす亮の魔力で食らえないものがある。
これに興味が湧かない訳がなかった。
「そっか……なら、無理矢理にでも退いてもらうぜ」
言って、数馬は左足を前に出し、少しだけ腰を落とした。どうやら詳しく力の原理を把握する時間は無さそうだ。
「端からそのつもりだろ。お前のその特別な力で奇跡でも起こして、俺を越えて見せろ」
殺して見せろとは言わない。死ねない理由ができてしまったからだ。それでも、亮はいつもの様に期待はしている。
「……言われなくともッ!」
──ゴンッ!!
という音は遅れて聞こえてきた。その音よりも先に、この新世界で戦ってきたどんな者よりも強い、数馬の右拳が亮に──触れる寸でのところで亮の展開する魔力の壁にぶち当たる。
「ちっ……」
数馬が呻く様に舌打ちをして、今度は左拳を魔力の壁に向かって放った。
再び魔力の壁に強烈な一撃が加わり──砕ける。
「……」
さほど強度を強くしてはいないとはいえ、滅多に破られる事の無い魔力の壁の崩壊。けれど別に驚きはしない。
「っ……!」
全くもって表情に変化のない亮の表情を盗み見て、巨大な壁を破壊したはずの数馬の表情が強ばる。余りにも底が読めない。自惚れではなく、自分の最初の攻撃はあの帝よりも強い攻撃だったと思っている。それを受けても壊れない壁。もう一撃当ててやっと壊れた。強固な壁を壊されたにも関わらず変わらない表情。
「(けど……もうここまで来て立ち止まる訳には行かねぇんだ!!)」
その一心で踏み込んだ。前にステップを踏んで、亮の懐へ潜る。左足を前に出し、右足を下げる姿勢を取ってから、右腕を引く。
形は荒い。格闘技に精通している者からしたら、「舐めてんのか」と言われるような姿勢。だが、人の目には追えない動作速度で全てをカバーできる。雑だろうがなんだろうが、音より早い速度で打ち出され、未知なる力で強化された拳の威力が有無を言わさない。
だがまぁ、当然、亮はその動作を目で追っていた。まるで、飛び回る虫を目で追って観察するような目で、数馬の動きを見ていた。
「(……くっ……)」
分かっていても、今更下がることなんてできない。既に重心を前に出したところだ。気付くのが遅すぎたとは思う。こんなにもはっきり目で追われているのなら、カウンターを合わせられるだろう。
止まれないし、ほとんどなる様になれと、ガムシャラに拳を振った。力を込めて、目の前の者を十花の様にぶっ飛ばすつもりで拳を振って──
──ダンッ!!!
と、音を立てて。
「………えっ……?」
亮の胸から上が消し飛んだ。
吹っ飛んだとかではなく、文字通り消えた。右拳には間違いなく彼の顔面を捉えた感触があって、だから今の自分の攻撃で亮が消し飛んだのが明確に分かった。
「……あ……っ……え……?」
そのまま、五秒ほど狼狽える。理解が追いつかない。あんなに無表情で、目で見て追われて、それでいて攻撃を真っ向から受けた。ばかりかクリーンヒットして、胸から上が消し飛んで。まるで実感がわかない。
本当にこれで終わりなのかと思った矢先──異常に気付く。
胸から上が消失するほどの威力の攻撃を受けて、なぜ胴体は当然の様に直立不動なのか。
その疑問に至った時にはもう遅かった。
見えない魔力の手が、数馬を殴りつける。
「ごふっ……!」
理解が出来ないまま、数馬はエレベーター前まで殴り飛ばされた。ゼロに近かった二人の間合いはリセットされる。
「いっつ……なにが……がっ!?」
地に伏した数馬を次に襲ったのは謎の重み。何かにのしかかられている訳ではなく、体全体を押さえつけられているかのような──平たく言ってしまえば重力だった。数馬には相変わらず理解できない重力操作の魔術。それによって数馬の周囲だけ重力が5倍ほどにされている。
突然の出来事に対応できず、伏せたまま顔だけ安定装置の方に目を向ければ。
「ン……マジでなんだコレ」
と、さも当たり前のように亮がそこにいた。
「どういう力か、マジで分かんねえ……が」
数馬の垂れ流す空気中の何かを自発的に食らうことはできなかった。だから明確にこちらを攻撃する意志がある物ならと試しに食らってみたところ、今回は取り込めた。しかしどういう原理か吸収はできなかった。正確には食らってはいるが、食らった何かと魔力が拒絶反応を起こしている。
例えるなら「腹に入れたら腐ってて腹を壊した」みたいな感じだ。ただし、受ける影響は嘔吐感や腹痛ではなく、まるで全身を内側からグチャグチャに引き裂かれる様な感覚だが。
結局その感覚も食らった力を放出する事で消えたが、正攻法でこの力を自分の物にするのは無理そうで。
「まぁ、体に良くなさそうだ」
そんな常人なら到底耐えられないような感覚に対して、適当な感想を述べる。
「(効いてない……のか?)」
増幅した重力に慣れ始め、同時に思考も正常な物へと変わっていく。目の前の脅威は未だに未知数だ。さっきの攻撃だってやり過ぎたかと思うくらいだったのだが、彼は平気な顔して立っている。
「(……もっと、もっと気合い入れてやらねえとな)」
だが数馬とて力を出し尽くした訳じゃない。加減をした訳じゃないが、全力ではない。だからと体に力を入れ、5倍にまで増幅された重力の中、立ち上がり。
「うおおおおおおっ!!」
そのまま地を蹴る。真っ直ぐ亮に向かって突っ込む。ある点を境に急激に重力が弱まり、予定より上に飛んで行ってしまう……が、それはそれで好都合。別に数馬は亮を打ち倒すことが目的ではない。あくまで目的は安定装置の破壊。
つまり、このまま亮を飛び越え上から安定装置に落下して破壊できれば良い。
まぁ、当然、そんな事がまかり通るほど甘い相手では無いのだが。
「慌てんな」
声と共に紫色に輝く閃光が走った。稲妻とか呼ばれるそういう類の物だ。それが数馬目掛けて飛んでいく。光の速度で飛んで来るソレを避ける手段は数馬にはなかった。
「うぐっ!?」
尋常じゃない熱量と、神経への痺れが姿勢を崩した。だがそれだけでは数馬の動きを完全に停止させる程ではなかった──のだが、再び、見えない魔力の手が数馬を元の位置へと殴り飛ばす。
悲鳴を上げる暇すら与えられない。体の痺れのせいで、高所から落下した衝撃も酷く曖昧に感じた。
「その力はなんだ。どこで手に入れた?」
定位置で、亮が淡白に尋ねる。端からそれにしか用がないと言わんばかりで。現にその通りだ。
「……知る……か。さっき気が付いたら、持ってた」
痺れから回復しないから体が動かない。ただ頭だけは回っていたので、あるがままに返答する。
「気が付いたら?兆しは?」
「知るかよ。ただ……寧音が、殺されて……殺したやつを倒さなくちゃ……いけなくて……」
「(……双海寧音……デパートで愛菜と買い物してた奴か)」
数馬の幼馴染だと記憶している。愛菜がそんなことを言っていた。幼馴染の死をきっかけに、眠れる特別な力が覚醒した。何ともまぁテンプレな話だが、ふと時系列を整理して考える。
葛葉十花がやられたのは、一時間と少し前。ならば、それより少し前に双海寧音が殺されたのだと見ていい。だとしたら。
「…………お前、死んだ幼馴染を放ってここに来たのか?」
「……別に、放っておいたわけじゃない」
亮の質問に対して、数馬ははっきりと答えた。体の痺れも消えてきた頃合だった。
「寧音の死が、安定装置によって計算されてた事なんだとしたら……力のある今!どうにかしなくちゃいけねえだろ!」
叫んで、それによって力を入れて、立ち上がる。
「……」
「安定装置の起こした悲劇、アンタならもちろん知ってるよな?ならほっとける訳ねえだろ!こんな意図的に起こされた悲劇、見逃せるわけねえだろ!!」
全力で訴えかける数馬。正論だった。だからこそ、亮の癇に障る。
「お前……相当狂ってんな……」
呆れというか失望というか、中々感じる事の無い嫌悪感が生まれる。
「本当にムカつくっつーか、腹立たしいっつーか。お前あれだろ、誰かの犠牲を乗り越えて成長するを地で行くタイプだろ」
メンタル面に関しては自分以上の化物だと認める。認めざるを得ない。
亮には、大切な人の死を乗り越えて前を向くことなどできない。ましてや直前で幼馴染が死んだにも関わらず、二度とその不幸を起こしてはいけないなんて考えられない。
「何言ってんだよ……誰かが、仕組まれて不幸になるなんて……んなことダメに決まってんだろ!!」
「……ン、マジで無理だ。愛菜が嫌悪する理由が分かった」
根っからの主人公気質。誰かが困っているなら助けずには居られない。不幸が起きると分かっているなら止めざるを得ない。仲間の死はとても悲しいが、乗り越えて前を向かなきゃいけない。
創作物の主人公の綺麗事を体現した様な存在。
きっと理想的で完璧な人間。その上。
「……その力は、少なくともこの地球には存在していない力だ。魔術でもない、神術でもない。お前だけの、オンリーワンの力だ」
純度100%の自分専用。この世の神でもない、運命の枠組みからも外れた何かから託された奇跡。選ばれた者だけの力。
「ンな物を元から持ってるのかどうか知らねえが……マジでふざけんな」
亮は再び重力操作で数馬を押し潰そうとする。
「ぐっ……」
だが、殺しはしない。
「なぁ、俺は何て言われてここに来たか、知ってるか?お前を止めろと言われたんだ」
先程のナナシとの通話の事だ。
「あいつが殺せと言わなきゃ俺は誰も殺さない。食らえと言わなきゃ食らわない。止めろだと?今まで散々安定装置の秘密を握った奴は殺させたくせに、お前に関しては止めろと言われた」
どんな裏があるか知らないが、これは異例の指示だ。これはつまり、数馬には新世界でまだやる事があると意味している。この理解不能の力を新世界が欲しているのかどうかもしれない。だが、理解不能なら殺しておくべきだ。
安定装置の計算から外れかねない力なんて、無くていいに決まっている。
なのに、新世界は、この世の運命は鈴木数馬を生かそうとしている。
「……まぁ、もういい」
彼の力には興味はある。だが、このままでは苛立ちのままに彼を殺してしまいそうだった。
なので、さっさと止めることにする。
「その力、貰うぞ」
扱うは神の力。何が何だか分からないが、この世界にあるなら、神の力が届かないわけが無い。その理屈で「聖移」を発動させる。
神の力で、数馬の持つ力の所有権を自分へ移す。悪い言い方をすれば、奪う。
「……チッ」
さっきの激痛が走り、それと同時に平伏した数馬の目からあの模様が消えていく。
「ぐっ……くっ……そ……」
力を失った数馬は、そのまま気を失った。この意味不明な力がなければ、数馬はただの人間なのだ。
「マジで痛え……」
受け入れ難い痛みに耐える。確か太陽に突っ込んで自殺を図った時もこんなんだったなと思い返しつつ、けれど気は紛れない。
だが、人は痛みには慣れるものだ。熱いものは熱いが、居るうちに慣れてくる。それと同じ感覚で、その力を馴染ませていく。
「…………」
痛いのは痛い。けれど慣れない道理はない。体が引き裂かれるような感覚がしても、別に体はないのだから引き裂かれることは無い。それに、一度慣れてしまえば、それで終わりなのだ。後はその力の原理を理解すればいい。扱えるようになれば完璧だ。
そんな中、ふと、思考に何かが走った。
「………………オール……ヴェール……」
言葉の意味は分からない。だが、思い浮かんだその名前は記憶に刻み込む。これから先のキーワードになっているかもしれない。なんて予感があった。
それから暫くして痛みには慣れた。それからの動きは早い。寝ている数馬の元へ歩み寄り、「聖移」を使って数馬の家へと数馬を移動させる。この力がなければ、もう数馬は一人でここに来ることは無いだろう。仲間を引連れやってくる可能性もあるが、それはまたその時だ。きっとその時には自分の出番は無いだろう。
「安定装置……か」
振り返って、バカデカいコンピューターを眺める。これのせいで幾つもの不幸が生まれたのは、数馬の言う通り間違いない。ただ、これが無い新世界は果たして平和なのか。
亮が来る前のこの新世界はどうだったのかあまり知らないが、こんな物が必要とされるくらいには荒れていたのだろう。彼の偉人達の時代と違い、「国」という物が一つしかないのだから、行く行く崩壊していたのかもしれない。
「……まぁ、どうでもいいか」
どうせ、もうこの世界は用済みなのだから。
ちなみに次回作の伏線にもならない伏線でした。んな事より放ったらかしなのどうにかしろよというお言葉はごもっともです……一応メイン話完結後にちまちまやっていく予定です。マグナスと愛菜とか、亮の過去編とかですね。
その辺は読む人いなさそうではありますが、いつも通り自己満で……