病院への足取りは思っていたよりも軽い。笹塚はもう死んでいるかもしれないし、まだ虫の息で生きているかもしれない。最後に何か話しをしたいことはしたいが、いまいち激情が湧いてこなかった。大切な者を亡くし過ぎた弊害か。それでも心配なのは心配という、自分でもよくわからない感覚だった。
「ホワイト地区中央病院に」
適当にタクシーを捕まえて目的地を伝える。走って行ってもよかったが、昼間にそれは目立ちすぎる。まぁ、そんなことを考える程度には冷静だった。
後部座席に座り、頬杖をつく。
「…………そういや、最後に何か頼みがあるとか言ってたな」
どんなことだろうと聞いてやろう。
激情が湧かずとも、彼女には自分をこちらの世界で適応できるようにと育ててくれた恩がある事に変わりはない。大抵の大切な人は最後の言葉など伝えずに逝ってしまう。そういう世界で生きてきた。だから、それくらい聞いてやろう。
「(ンー、また、なくすのか)」
そう思うと、感じ慣れた痛みが胸に走った。だが、車窓から流れる街並みを見ていると、その痛みもすぐに流れ去っていく。それを感じて、亮は呆れるように笑った。
病院に着いてすぐに看護師に笹塚の部屋番号を聞く。どうやら、普通の部屋ではなく特別な部屋に彼女はいるらしい。自分は同行できないのでこの通りに進んでくれ、との説明に頷き足を進める。
関係者以外立ち入り禁止の扉の横の装置に、教えられた暗証番号を入力して解錠し中へ。階段を降りて進んでいくと、壁に背を預けた名前の知らないスーツ姿の女性がいた。
「やぁ、魔人。君は人を生き返らせることができるか」
「……人じゃなく、魔人としてなら」
名乗りもしない唐突な質問。だがこの場にいるということは、笹塚の関係者だろう。それに自分が魔人ということは、一部の人間しか知り得ない事実。ならば彼女はその一部の側の人間だ。だから、ただ回答する。
人を生き返らせるのは試したことはないが、自分の魔力を流し込み、全細胞にエーテルを浸透させれば魔物はできた。同じ要領でできるだろう。心臓を動かし、脳を動かす。魔力を補給できるならば無限の生を与えることができる。流石にそこまでは言わない。どんな扱いされるか分かったものではない。
「そうか。もし彼女が望めばその時は……いや、なんでもない」
「友人として死んで欲しくないか」
亮の指摘に女性は鼻で笑い、顎で病室を指して口を開く。
「……そんなとこだ。さぁ、行ってこい。未菜が待ってる」
彼女の脇を通り抜けようとした亮は彼女の前で一度足を止め、顔を動かさず口頭で伝える。
「そうだ、あんたのとこで働きたい。面接を希望する」
「合格だ。早く行け」
今度こそ、亮は彼女の元へ歩き出す。
「……おぉ、来たか」
病室に足を踏み入れると、案外元気そうな笹塚の声が返ってきた。顔色は悪いが、それ以外は見た目では元気そうだった。
「あんた、話せるのか」
「気分的には問題ないが、体の具合として死ぬ寸前らしいな」
笑ってみせる笹塚。亮はベットの隣の椅子に腰を下ろした。
部屋は殺伐としていた。地下だから窓など無く、白い壁と天井が色の全てで、アルコールの匂いが支配している。
「やっとその時だ。私は産まれた時からこのタイミングで死ぬようにされている」
きっと彼女には、もう自分があと何時間何分何秒生きていられるのか分かっているのだろう。とうの昔覚悟は決めていて、だから達観した様な笑みを浮かべた。
「……そうだ、亮、少し昔話に付き合ってくれないか」
「そんな余裕あるのかよ」
「まぁな。さて……そうだな」
天井を見上げて、懐かしむように彼女は口を開いた。
「私は昔から一人だった。物心ついた頃には深淵で、極術師。面倒を見てくれた人は多くいた。不自由はなく暮らしていただろうな。使用人のいる大きな家、美味い飯、暖かい服、寝心地のいいベット。ストレスなく生きていける環境だっただろう。だからかな、空っぽだった。特に悩むこともない、悩みがないことにすら気がつかなかった」
亮とは真逆の生活だろう。しかし羨ましいとも思わない。黙って笹塚の言葉を聞いていた。
「君たちから言わせれば贅沢だろう。この世界の基準でも贅沢だ。そしてそんな贅沢な生活を、十六年間過ごしたある日のことだ。私の元に平凡な少年が訪れた。彼は私のクラスメイトだった」
「学校なんて所属していたのか」
「私も最初は不信に思ったが、一応私は一年A組だったらしい。危険はないと使用人が言った。だから私は彼を家にあげ、持ってきたプリントを受け取り、興味本位で学校がどんな場所なのか聞いたんだ」
その彼とやらに、亮は何とも言えない不信感を覚えた。
「彼は楽しそうに語ってくれたよ。学校のシステムだけじゃない。クラスメイトの事や学校から見える景色がどうとかな。それだけじゃない。私の住む屋敷の感想、最近の街の様子。聞いてもいないのに話し始めた。全く私には分からなかった。どうしてそんなにテンション上げて語れるのか。何がそんなに面白いのか。そうして私は、学校ではなく彼に興味を持った」
その感覚は、嫉妬から来るものでもなく。
「きっと彼は私と世界の見方が違う。だから気になる。彼の見聞きしているものが私のものとどう違うのかが。それから私は学校にも行くようになった。反対する人間も居たは居たが、私が行きたいと強く訴えると引き下がってくれたよ。それからは……楽しかった。多くの未知を知り、それらを知っていく。一つ一つ消化していくのが本当に楽しかった。そして隣に彼が居てくれた」
嫌悪だ。
「楽しいことも、悲しいことも、嬉しいことも、辛いことも。色々な事を知り、時間を共にした。私がどうしようもない事態に陥った時も、彼は側にいて、一緒に解決してくれた。私にとって、彼はヒーローだった。だから彼に惹かれた。初めて恋をした、彼が愛おしかった。けれど、それでも私は彼に想いを伝えることなく……彼を失ってしまった」
主人公という、助けた上で放り捨てるヒーローに対する嫌悪。
「彼は私以外の誰かを助けた。その代償に自分の命を捨てた。彼はヒーローだったが、私は彼のメインヒロインではなかったんだ。そうだな、彼のハーレムの一員。そんなポジションだったのだろう。だがそんなことは関係ない。私は彼がいないこの世界に絶望した。彼が居ない世界はあまりにも……暗かった」
彼女の中で、その誰かはヒーローだった。だが、助けるだけ助けて死んだ。そんな無責任な誰かに、亮は嫌悪感を覚えた。人に光を浴びせるだけ浴びせて、当の本人はまた別の誰かに光を浴びせる。
だから深淵はより一層、深い闇に叩き込まれた。だが、それでも、彼女にとって彼は光だったのだろう。
「あんたも、大切なものを失くしたんだな」
「そうだ。いつか話してくれた……君と同じようにな。しかし、だから私は君の気持ちはよくわかるわけじゃない。仮に同じ経験をしたとしても、同じ想いはない。永遠に理解なんてできないし、させない」
「……」
「第三者にできるのは傷を和らげようと側にいることと、傷を舐め合うことくらいだ」
まぁ、と言葉を区切って。
「それでも誰かが理解しようとしてくれるのは、嬉しいことだ。深淵だろうと魔人だろうと関係ないよ。寂しいものは寂しいんだ。本当にただそれだけなんだ」
なんとなく、しっくり来た。多くの言葉を並べられるよりも、心に突き刺さる一言だった。そして思う。彼女も自分と同じ心の固まり方をしているのだ。
「亮、一つお願いがある。あの時の頼みだ」
「言ってくれ、なんだってする」
「コレを……」
一枚の紙切れを笹塚は亮へ渡す。そこには住所だけが綴られていた。
「そこに書いてある場所に、私のクローンが作られる。それがいつ行われるかはわからない。ただ、私を作った技術の応用でより素晴らしい深淵が産まれるハズだ。そして、君にはその親を頼みたい」
「……親」
なんとも突飛なお願いだった。自分に親になれと。とてもできるとは思えなかったが、亮はそれを受け取り頷く。
「きっと実験動物として、兵器として使われるだろう。だから、頼む。その子の親として、立派な人間に育ててくれ」
「……わかった。任せろ」
その言葉に安堵のせいかベッドに深くもたれかかり、大きく脱力した。終わりが近い、そう見えた。
「すまないな。本来なら私がやらなくてはいけない事だったんだが……ゴフッ……」
血を吐いたわけでもない。が、苦しそうな咳をした。タイムリミットが近づいているのがわかった。
「……後は?なにかないか?」
「……あぁ、それだけだ。もう心残りは……ないよ」
「そうか」
今更になって、亮は寂しさを感じた。もう、自分が彼女にしてやれることがないと思うと、無力感に襲われた。慣れたくせに、土壇場になって、心が痛む。
「……あぁ……でも、そうだな私はやっぱり……」
「亮、君と、もっと生きてみたかったな……」
「っ……」
「なぁ……楽しかったよなこの半年間。あぁそれと……私は、きちんと君の母親になれたか?」
「あぁ、なれてた。……母……さん」
「ふっ、それを聞けて満足だ……ふふっ……親、か……いいもんだ」
彼女が何か諦めたのを感じた。それと同時に、亮は視界から彼女の不思議色の魔力が消え失せたのを確認する。なんだかんだ楽しかった。そう思えたこの半年が、終わりを告げる。
「なぁ、一樹……会えるかな……会えたら、いいな」
そして、深淵、笹塚未菜は瞳を閉じて、静かにその生涯を終えた。死後の世界があるとしたら、彼女はその誰かに会えたのだろうか。
亮にはわからない。天国や地獄があるなら、誰かを救い続けた主人公は天国で、誰かを殺し続けたヒロインは地獄に行くのだろう。誰かが決めた善悪のせいで、きっと彼女は彼に会えないのかもしれない。
「後は、任せろ」
亮はそう言って彼女から離れる。
「……やらなくていいのか、ナナシ」
廊下を出てすぐ、壁にもたれかかった名前の無い誰かがいた。最初から彼女はここに居た。どうやら壁一枚挟んで笹塚の最後を見届けたらしい。そんな彼女に尋ねる。笹塚を、深淵を魔人として生き返らせなくていいかと。
「いや、いい。深淵は……未菜はもう十分やった。死を受け入れたんだ。生き返らせるのは酷というものだ」
「……なら、あの人の仕事は俺にくれ」
「追って連絡する。しかしいいのか、未菜はきっと君がこっち側に踏み込むことを望んでいない」
「だろうな。だがいい。踏み躙る事にはなるが笹塚さんは死んだ」
死人に口はない。止めることなどできはしない。
「親不孝者が。あぁ、そうだ。これを」
名無から一丁の拳銃を渡された。それは、笹塚が愛用していたあの拳銃だ。ズッシリとした重みと、鈍く黒い輝きは消えていない。
「君がこっちに来るならば、これを君に託すと」
「確かに受け取った」
体に取り込み、自分のものとする。結局、あの人にはすべてお見通しだったようだ。親には勝てないなと、納得して階段を登る。
『また、神の術を手に入れなければならない理由ができたの』
心の中の狐が語りかけて来る。彼女は直接笹塚と交流はなかったし、笹塚は彼女の存在を知らなかったが、どうやら狐は狐なりに思うところがあるのだろう。
『そういうことにはならない。お前も俺ならわかってんだろ』
『んー、まぁの。じゃが神の術を手にすれば、ただの人として生き返らせ……違うの。彼女に一から報われる人生を歩ませられるに違いにいじゃろ』
神の術を用いれば地球にとどまらず、この世を一から自分の作りたいように作り直せる。きっと狐のいう世界にもできるだろう。だが。
『あの人は自分で納得してる。諦めた。なら、もう終わりなんだ。俺は俺の叶えたい世界を……真衣を。それ以外にやらなきゃいけないことなんかない』
『……そうじゃったな』
半年の寄り道は終わる。親の意思との約束は守るが、目的にはならない。彼の目的はあの日からブレることはない。笹塚未菜の終わりで変わることはない。
『じゃが主。表に出るなら、まずは涙拭いてからにしとくのじゃよ』
『黙れ、狐』
また一つ大事な物を手に入れて、無くした。きっとこれからも繰り返す。慣れても変わらない。寂しいものは寂しい。彼女の言葉をきっと、忘れることはない。
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