無敵系中ボスが過去にしがみつく話   作:竜田竜朗

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モンスターハウス
手にした生活


ホワイト地区の最北端は丘陵地だ。自然保護の名の下に各地区には名物となるの自然があるのだが、ホワイト地区の名物は新世界で最も標高の高い山と、そこから見下ろす住宅地だろう。

昼間は見晴らしがとてもよく、天気が曇りの日でなければ遠くにセントラルタワーが見えるほどだ。

夜中は住宅街を上から見下ろし、家々が夜中に点灯させている電気のイルミネーション。そして圧倒的な静寂が支配する、世界に自分が一人しか居ないのではないかと錯覚するほどの孤独感。

 

「俺はこの空間が好きなんだ」

 

その静寂を、魔人の声が引き裂いた。

 

「俺の恩師が教えてくれた一番のスポットでな」

 

声とともに、魔人の足音がする。木の枝を踏んでパキッと割る音。踏み出した足が草に触れ、その草が他の草を揺らして奏でる自然の音。

 

「やめろ……来るな……!」

 

堪らず声を出してしまった。頭が重い。胸の鼓動がハイペースで刻まれる。手足から力が抜ける。立つことすらできない。手が麻痺している。瞼が重くて視界がより暗くなる。

極限の緊張感に意識が持っていかれそうだった。

なぜこんなことになったのかと絶望する。あんなことをしなければと後悔する。

 

「じ、自首する!全ての罪を認めて謝る!だから殺さないでくれ!!!あんな死に方したくない!」

 

見えない何かに手足の爪を一枚一枚剥がされ、骨を一本一本砕かれる。痛みで意識を失うも回復させられる。そしてまた同じことを繰り返して意識を失えばまた回復させられる。意識だけではない、剥がされた爪、折られた骨も含めてだ。

五回ほど繰り返し、「飽きた」の一言で彼の体に吸い寄せられ、体が飲み込まれ、この世に何も残さず消滅する。

自分が最も尊敬していた兄貴分の死に様だ。

 

見えない何かに両目を抉られたと思いきや、なぜか視神経がゴムのように伸びて視力を失わず、自分の体を客観的に見た上で、手足が折られ砕かれる。視界からの痛みも手足の痛みも同時に来る。だが意識を失うことだけができない。そして彼も同様に魔人の体に飲まれて消えた。

自分が可愛がっていた後輩の死に様だ。

 

「あれはあいつらがいけないんだろ。お前らが隠している暗証番号を言わないからだ。あれだけやって口割らないとかどういう執念だよ」

 

三人組の犯罪組織が国から抜いた金額は五千万に登る。過の偉人達が生きていた時代と違い、貿易のないこの国で五千万の金が一定の場所から動かないというのは結構な無駄だ。

それを保管している金庫は二十一桁の暗証番号を入力しなければならない。暗証番号は彼ら三人がそれぞれ七桁ずつ持っており、三人分の記憶を得る必要があった。拷問すれば出てくると思っていたが、彼らの執念は固かった。

 

「な、七桁の番号なら言う!7961543だ!なぁ頼むよ殺さないでくれぇ……」

 

泣きながら地面に突っ伏する大男は惨めなことこの上ない。だが無様晒した甲斐はあったというところか。魔人の足音が消えた。そして段々と遠ざかっていく。

 

「たす……かった?」

 

安心はできない。あれだけ惨虐なことをしつつも、缶コーヒーを片手に事務所の本を器用に片手で読んでいた化け物だ。

助かったと思ったところを殺されてもおかしくない。

 

そして、そう思うと余計に体に力が入らない。

 

「っ……はっ……ふぅ……」

 

ホラー映画なんか見るんじゃなかったと一瞬思うもそれどころじゃなかった。後ろに誰かいる気がして仕方がない。今立てば殺されるかもしれない。後ろを振り向いたらあの化け物がいるかもしれない。

そして自分も兄弟達のように生き地獄を味わって死ぬかもしれない。なにもできなかった。声を出すことも、逃げることも。呼吸すらままならない。

ただただ恐怖に襲われるだけの時間が何時間と続いた。いや、そう感じているだけで実際は数分かもしれない。左手を持ち上げれば、腕時計で現在時刻を確認できる。けれどそれをしたら殺されるかもしれない。

 

男は震えながら日が昇るのを待った。彼は生涯その一晩を忘れないだろう。

 

そして、日の光が差す。

 

「朝……やった!……やった!!生きてる!」

 

立ち上がり、感極まって走り出した。何度も木の根っこに躓きコケながらも、土を蹴ってただ走る。生きている喜びを噛み締めた。

 

やがて舗装路に出て、展望台に到着した。そして彼は朝焼けのホワイト地区を見下ろす────

 

その前に。

 

「ン?おお、恐怖で自殺しなかったか。やるな、コーヒー飲むか?」

 

ガードレールに座り、缶コーヒーを啜りながら朝のホワイト地区を見下ろす化け物がいた。

 

「っ……ぁ……」

「いや待て……まぁそらトラウマか」

 

声を上げることなく、男はその場で気を失った。

 

『だーから主はやりすぎだといつも』

『仕方ねえだろ。いつまで経っても口割らねえんだし。だから聞き出しとか嫌なんだよ。一回取り込んで分解したヤツを再構成して投げ出すの面倒なんだぞ。まぁ、どうせ記憶消すんだから変わんねえかもしれんが』

『ナナシに伝えとくんじゃの。もっとも、他に人材がいればの話じゃが』

 

倒れた男の頭を掴み、頭だけを体に入れて一度脳内を自分のものにする。先ほどまでの絶望と、その後の希望からの絶望の記憶が強く残っており、それに対しては「なんかすまんかった」と感想を残してそれらの記憶を消し去る。

ついでに今までの犯罪に対する記憶も消して、その後彼の頭を再構成し、吐き出すように取り込んだ頭が亮の体から抜けて出た。きちんと首と胴はくっついている。

 

「まぁ、新生活スタートの記念にこれでもやろう」

 

自動販売機に小銭を入れ、缶コーヒーを購入し、倒れたままの彼の頭の隣に置いておいた。

そして仕事用の携帯電話を取り出して、ある人物に発信する。

 

「俺だ、今全部終わった」

『問題は?』

「ない。あの三人はこれからある程度は真っ当に生活できんだろ。奇跡でも起こしてこの日の記憶を取り戻さない限りは」

『ふむ、予定通り監視をつけておくか。さてご苦労だった。だがすまないが早く家に帰れ』

「なんだ、もう次の仕事か?」

『そこまでこの世界は荒れていない。だが仕事といえば仕事か。深淵がご立腹だぞ。私の方にまでクレームの電話がきた』

「……忘れてた」

 

ポケットからプライベートの方の携帯電話を取り出す。電源を入れ忘れていたのだ。つけてみると、ネットワークに繋がった途端に百七十四件のメッセージと四十件の不在着信。十件の留守番電話を受信した。

 

『早く帰ってやれ』

「ン、わかってる」

 

光学迷彩の魔術を使い、姿を透明にして山から飛ぶ。朝の柔らかい日差しと、空を切る感覚は快適だったが、いかんせん気が重かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅いっ!!」

 

扉を開けて家に入ると、玄関に仁王立ちで怒りを露わにする少女がいた。

 

「携帯の電源入れ忘れてた。と、ただいま」

「おかえり。……二時には帰る、遅れそうになったら連絡するって言ってたじゃん」

 

頬を膨らませてそう言う。これ以上話を延ばすと彼女が学校に行く前の時間がとても面倒くさそうなので話を別の方向へシフトすることにする。

 

「悪かった。ンで、飯は作ったのか」

「ん、いつもの感じだけどね」

 

そう言葉を交わして、亮は靴を脱いで丁寧に並べ、ダイニングへと進む。話を逸らすことには成功したようだ。最近は料理に精を出し始めたので、その辺りの話を振っていれば忘れるだろうとタカをくくり、彼女の作った料理に目を向ける。

 

トースト、スクランブルエッグ、簡単なサラダにコンソメスープ。まぁいつもの朝食というところか。

 

「やっとこれくらいは作れるようになってきたってとこだな」

「まっ、これくらいはやれないとね」

 

これくらいやれるようになったのは、つい最近ではないかと文句を言ってやりたいところだが抑える。

 

「食器並べて食うか」

「うん!」

 

二人で手分けして朝食の準備を進めていく。片方が戸棚から食器を出し、片方が盛り付け、最後に二人でそれをテーブルへと運ぶ。

 

「「いただきます」」

 

行儀よく手を合わせてそう言ってから朝食が始まった。

 

「それで、どうだったの今日は」

 

彼女がそう会話を切り出す。蒸し返されると思ったが、仕事の内容の方で一安心だ。

 

「小悪党取っちめて終わりだ。あのレベルなら警察でもいい気はしたんだが、国庫からデータで金が抜かれたってことだけに公表できなかったらしい」

「へぇ、ってことは全部の金融機関にそれぞれ振り分けて下ろしたってこと?」

「ン、そうだ。しかも長期にかけて細かく、バレずにな。下ろした金は自分達の金庫に保存しといたんだから、賢いのかバカなのか」

「この場合は改竄されてることに気がつかなかった中央銀行の方がバカだね」

 

朝からなんとも物騒な話だった。凡そトースト齧りながら話す内容ではない。

 

「……あー、そっかそろそろか」

 

話をほどほどに切り上げて、テレビを見ていた少女が面倒臭そうな顔をした。

 

「なにがだ」

「けんこーしんだーん」

「なんだそれか」

 

そう言えば二十年前に自分もそんなことしたなと思い返しつつ、なにが面倒なのかを尋ねる。

 

「ん、ほら毎年、学校の魔力測定機がスペック不足で、極術師を映すとエラーが出るからセントラルまで行かなきゃ行けないって」

「そういやそんなことあったな」

 

それで去年は確か二人でセントラルに行ったのだ。ついでにセントラルにできたショッピングモールも見てみたいとかで、面倒臭かったと記憶している。

 

「今年も一緒に行こうよ」

「嫌だよ、俺は職場で暇してるから」

「暇なんじゃん!どーせお客さん来ないからいいじゃんかー」

 

確かに、どこにも宣伝していないし紙媒体の書籍だし超高級マンションのワンフロアを使っている本屋など誰も来ない。というか、今までで二人しか客が来たことなどない。

 

「来週の話だろ、気が向いたらな。……お」

「ん?」

 

ふとテレビ画面の次のニュースが目に入った。内容は亮にとってとても身近なものだった。

 

『来週から始まる世界一斉の健康診断と体力測定。毎年、魔力の測定による順位付けが話題になっています』

 

俗にイケメンと呼ばれる顔をしたアナウンサーがチラチラと手元の台本を見ながら言葉を続ける。確か先週から始まった新しいコーナーで、そのアナウンスを担当している新人だったか。

 

『中でも高性能の測定機でないと結果が出せないと言われる極術師達の順位付けが気になるところですね』

「気になるってよ」

「人をピエロにしないでほしいかな。そういうのは芸能人とかアイドルとか、そういう人たちの仕事だよ」

 

名前まで公開されているのだ、それこそ極術師は下手な芸能人よりも知名度は高い。

 

『去年の一位は希代の天才魔術師ブラスターことマグナス・スローンさん。二位は原初の魔術師の血統を継ぐ者、根本愛菜さん。三位は何代と極術師を世襲してきた絶対零度、宮里由紀さん』

「原初の血統ねえ」

「世間的にはその体裁で通すって話しただろ。愛菜もあの人も含めて、深淵の名前はそうそう隠せるもんじゃねえんだよ」

「ん、わかってるけどさ」

 

なにせ、新世界で最初の魔術だ。馴染み深い昔話レベルでの知名度を誇る。

 

「ンなことよりそろそろ学校行く時間じゃないのか」

「んー、まだ慌てる時間じゃない」

 

慌てる時間じゃなくとも時間に余裕を持った行動を心掛けてほしいものだった。

 

「遅刻はするなよ。内申点に響く」

「多分、日を跨げば三回くらい平気だよ。言ってるじゃん、学校ではめっちゃ礼儀正しい、触れ難い優等生を演出してるって」

「器用なもんだな」

 

全く想像できない話だ。家の中ではダラけるか仕事かの二択の生活を送っている。仕事すらゲームで言うところのお使い感覚で行われるようなものばかりなので、亮は彼女が真面目に何かに取り組んでいる所を見たことがない。

 

「きっと遅刻したら体調を心配されるくらいじゃないかな」

「ならいいが、一応お前の保護者としてはきちんと行ってもらわねえと困る」

「なら保護者じゃなくて旦那さんになろう。それなら何も心配しなくていいし全て丸く収まるよ!」

「……」

「おっけい学校行ってくる」

 

亮の両肩が黒く歪み、それぞれから狐の顔の骨がゆっくりと現れるのを見て、愛菜は朝食をかき込みカバンを持ってそそくさと玄関へ向かった。

 

「いってきます!」

「ン、いってこい」

 

この家のルールである挨拶を交わし、彼女を送る。その後、亮は食器を片付けて食洗機へ放り込み、洗剤を適量入れて始動させる。

その後は自室を通ってベランダへ。革ジャンのポケットからタバコを一本取り出し口に咥え、親指の爪先を魔術で着火させタバコに火を移す。

 

「……はぁ、どうしたもんかな」

 

ちょうどマンションから出て通学路につく愛菜が見えた。彼女も亮に気付き振り返って手を振った。手を振り返して、もう一口煙を吸う。

 

考える。新世界に来てから早い事に四十年の時が経った。三十九年半年前から名前のないナナシの元で仕事を続け、空いてる時間には新世界で神聖さを持ったものを探し続けた。

だが、一向に手掛かりはない。

 

『可能性があるとしたら、あの安定装置とやらじゃろ』

 

体の中の狐が言う。

 

『わかってるが、後何年かかるんだよ』

 

三十八年前、その当時の王の最後の日に公開された安定装置。王の出す政策を助けるための超高性能なスーパーコンピュータらしいが、そのコンピュータは優秀すぎた。この世に必要な政策を次々と打ち出し実行。円滑な経済の循環、資源の無駄のない使い方、人々の娯楽も考えた規制や、その撤廃。王なんか飾りで安定装置に全て任さればいいという声すら上がる始末だ。

その認識が人々の間に積もり積もれば、安定装置を「信仰」し始める連中が現れ、「神聖さ」を持ったとしても不思議ではない。

 

もっとも、この世界で人々は「何かに縋り信仰しなければ心が折れる」ほど苦しむ者がほとんどいないため、安定装置を信仰する者がいてもそこまで神聖視しないだろう。であれば、神聖さを持つにはかなり時間がかかるはずだ。

 

『かなり時間を要するじゃろうが、しゃあなしよ。もっと手っ取り早くやりたいなら、シェルターを破壊して、ここの者共を外に出したらどうじゃ?それで主が助ければ主が神になれるやもしれんぞ』

『……ンー、それは最終手段だ』

 

悪くはないし、手っ取り早い。ただ残念な事に亮には現在、果たさなければならない約束ができてしまった上に、自身も約束の内容を成し遂げたいと思ってしまっている。

笹塚未菜の策の内なのかもしれない。居場所も具体的な目標もない亮にその両方を作り、世界を壊させない。見事にその術中にハマってしまっている。

 

『……ほーんと、立派に親しとるの』

『黙れ、狐』

 

タバコの火を消し、ベランダの灰皿にタバコを捨てる。ベランダから上がる際に足の裏についた汚れを魔術で分解し、綺麗にしてから部屋へ上がる。

 

「さて、仕事するか」

 

亮が笹塚未菜から受け継いだ時、紙媒体の本の店頭販売のみだったが、亮はこちらの世界での常識を学ぶうちにインターネットで販売すれば売れるじゃねえかという結論に行き着き、現在はそれも行なっている。

確か一件注文があったと記憶しているので、注文された本を探して梱包、発送する予定だ。それを終えると他にやることはないが、部屋の片付けやら風呂掃除やら洗濯物やら、後は食材の買い出し。やろうと思えばやることはある。

 

「……だる」

 

こんな感じで、世界最強の化け物は生活している。

 

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