ソードアート・オンライン――オルタナティブ―― 作:焔威乃火躙
変わらない世界
2022年11月5日 『とある一軒家』
〈out side〉
ここに住んでいる2人の男女が食卓を囲み、夕食をとっている。女性は肉じゃがをつつきながら、男性は半分くらい水が入ったコップを片手に話をしている。
「それでね!それがすごく再現度高くて……」
「姉貴、さっきから話がループしてるよ」
「え!?ごめん!なんの話だったっけ?」
彼女の名は
中高と成績トップクラスで、何でもそつなくこなす。集団をまとめ上げる力も高い。凛とした印象に見られがちだが、感情豊かで人並み以上に感慨深い人柄だ。それ故、人望が厚い。
彼女の向かいに座っているのは、
運動に関しては負けなしというほどのスポーツマン。何かと厄介ごとに巻き込まれる体質で、クラス1のトラブルメーカー。人づきあいが苦手で、周りとも馴染めずいつも浮いている。姉の玲奈とは正反対だ。
零士はぐるぐる回っていた話を元に戻した。
「ほら、明日から始まるっていうゲームの話」
「ああ、それ!そうだったね」
ここが漫画の世界だったら、彼女の頭の上に電球がピコン!、という音とともに現れていただろう。正直、彼女が先頭に立ち人を引っ張っていくような人なのかと疑いたくはなる。しかし、実際に彼女はそういう立場の人間である。
そんな彼女が、なぜここまではしゃいでいるかというと……
「いよいよ待ちに待った、『ソードアート・オンライン』が正式サービスされるんだよ!」
人間の5感を仮想世界に接続しフルダイブを可能としたVR機器、ナーヴギア。これによって、完全なる現実との隔離を実現したのだ。
そして、その専用ソフトが 『ソードアート・オンライン』だ。この世界初のVRMMORPGは世間で大きな話題となっていて、彼女玲奈は、そのβテストの当選者なのだ。
ソードアート・オンライン、通称『SAO』は数多くの人を熱狂させた。そのお試しとして、2ヶ月間の正式稼働前のテスト期間が設けられた。それがβテストだ。
しかし、受けられるのはわずか1000人という超難関ともいえる鬼門が立ちふさがっていた。βテストには正式版の優先購入権がついてくるという待遇付きで応募は殺到。10万を超える人の中で、彼女はその門を通り抜けた超ラッキーガールだ。
零士にしてみれば長い期間だったが、彼女にはあっという間の2ヶ月だったそうだ。この時には、彼女はあの世界の虜囚となっていた。
β期間が終わった時から、彼女は零士にその世界のことを語り続けていた。
それと同時に、ある人の話も出てきていた。
〈零士 side〉
姉貴がsaoの話をしているとき、常に出てくる人物がいる。そのものの名は、
「やっぱり、茅場先生すごいよ!あの年で本物の仮想世界を作り上げるなんて」
茅場晶彦、ナーヴギアの基礎設計者でsaoの開発ディレクターだ。そして、俺の憧れる姉貴の恩師だ。あの人には俺も結構世話になった。
10年前にお袋は病で他界。それから1年もたたずに親父も死んでしまった。当時4歳の俺と姉貴の面倒を見てくれたのが茅場晶彦だった。といっても、その頃の茅場晶彦は中学だったので、様子をみにくるくらいだった。しかしそれでも、助けられたのは事実だ。
姉貴が高校に入るまでは、彼とその両親が面倒を見てくれた。その後も、姉貴のバイト終わりに茅場晶彦が姉貴の勉強のサポートしていたこともあった。子供2人では厳しかったところを、彼が支えてくれたのだ。
それもあって、彼女は茅場晶彦のことを敬愛し、尊敬しているのだ。別に俺は彼のことを尊敬しているわけではないが、それについて俺も感謝はしている。
「でね、あの人が作り出した世界が、リアルそっくりでね、あの再現度は本当にすごいよ!」
またループしてると言おうとしたが、そのやり取りこそループしそうだと思い諦めて聞き続けることにした。
翌朝
日曜の朝、朝食の支度をしていると、姉貴が起きてリビングに現れる。
「おはよう、毎朝ありがとね」
「仕方ないさ。姉貴、何でもこなせるのに料理だけはからっきしだからな」
そう、実は姉貴は昔から料理ができないのだ。ただ肉を焼くだけでも、まともなものが出来た例はひとつもない。
だから、幼いころから俺が調理している。俺が姉貴に勝てる数少ないスキルだ。
姉貴はソファの背もたれから身を乗り出してキッチンを覗き、反論する。
「そんなんことないよ!もっと簡単になれば私にもできるから」
「それって、
姉貴は顔を赤らめてテレビに視線を移した。
それを見た俺は微笑んだ。その意外な一面があるからこそ、完璧な姉貴が周りに愛される理由のひとつだと俺は思う。
出来上がった朝食を持っていき、テーブルに並べる。そして、俺はテレビから見て右側、姉貴はその向かいに座る。いつもこの席だ。2人合掌し朝飯に手を伸ばす。
「零士。今日ね、夢を見たんだ。昨日話したゲームの夢」
「へぇ~、どんな?」
そこから始まったのは、ある1人の勇者の大冒険の話だった。
勇敢なるその者は、前に立ちふさがる敵を幾度となく倒しつづけた。時に壮絶な戦いに傷つき、時に仲間を倒されたことに苦しみ、時に、己の弱さに嘆く日もあった。それでもなお、その者は戦い続けるという道を選び、たくましく生きていったとさ。
と、約小一時間くらいのストーリーだった。聞いている間に俺は食事を終え、姉貴の朝飯はすっかり冷めてしまった。
長々とした話を終えた姉貴は、ふう、とひと息ついた。そして、どうだった?と言わんばかりに目を輝かせている。
「…………もう短編小説にでもして出したら?……」
あまりの話の長さにこれ以外の言葉は出てこなかった。興奮するのはわかるが、正直俺はこんな姉貴に憧れてよかったのかと疑いたくなる。
「あ、アハハ……そ、そういえば零士、時間大丈夫なの?」
姉貴は苦笑いとともに、俺を現実に引き戻した。
慌てて時計を見ると、とっくに10時を超えていた。この後、行くところがあり、10時には出る予定だったのだ。
「大丈夫なわけないだろ!」
「急がないと駄目じゃない!まったくもう!」
俺は、この状況を作り出した元凶にブチ切れた。
「
『横浜港北総合病院』
俺は毎日のようにここを訪れている。別に持病というわけではない。ここで入院している者に会いに来たのだ。
その人の病室への道はもう完全に頭に入っている。1度も迷うことなく進んでいく。
病室の前に立つと、プレートに目を向けるより先に扉に手をかけていた。カラカラと静かな音をたてて扉を開く。
ふわりとカーテンが揺れ、窓から差し込む日差しが純白の部屋を明るく照らしていた。そこには、真っ白なベッドに座り、外を眺めるが少女いた。
彼女は誰か来たのを感じて入口に視線を移動させる。
「また来たの?そんなに来なくてもボクは大丈夫だよ」
「いいんだよ、俺が好きでやってるんだから」
彼女の名は
「木綿季、体の具合はどうだ?」
「うん、バッチリ!」
「んなわけないだろ。また無理してんじゃねぇのか?」
そう聞いても彼女から帰ってくるのはアハハ、という無邪気な笑い声だけだ。
木綿季はいつも元気そうに笑っていた。それは昔からだ。
小学校でも誰よりも元気で明るいと言われていた。
そんな彼女とその頃から浮いていた俺が知り合ったのはひょんなことからだった。
「別にいいんだよ。俺は拒絶しねぇから」
「うん、ありがと」
その時の木綿季の眼は揺らいで見えた。それは、彼女と初めて会った時と同じ眼だった。
初めて会ったのは3年半前のことだ。
当時小4だった木綿季は、その頃ひどいいじめにあっていたのだ。それでも泣き顔1つ見せなかった、と学校中で広まっていた。もちろん、いじめやその原因もすでに広まっていた。当時の俺はたいして気にも留めなかった。
その日も、いつも誰もいない屋上に足を運んだ。
扉を開いたとき、いつもと違う様子が映った。それに顔を向けると、そこに縮こまって眼に水滴を浮かべた木綿季と目が合った。
その時の木綿季は嗚咽を漏らし、恐怖に似た顔を浮かべた。早く逃げ出そうとするより前に、俺は彼女に囁いた。
『ここに来る奴は俺以外いない。好きなだけいればいい。お前が落ち着くまでな』
そのあと、俺は屋上を去ろうとした。すると彼女は、
『あ!ごめんね、邪魔しちゃって。次からは別の場所で……』
そう言いかけたのを俺は断ち切り、言った。
『何ならいつでも来いよ、歓迎するぜ』
『ホントにいいの?』
そのときの顔は、少し疑うような疑問に思うような顔をしてた。
『ああ。俺は零士、5年だ』
『あ!年上だったんだ。ボクは木綿季、4年です!』
『へぇ~木綿季ね。てか君、ボクっ子なんだな』
そこから俺たちが打ち解けあうのに、そう時間はかからなかった。
俺は同年代に友人がいなかった──今でも変わらないが──のもあり、彼女とはよく一緒に過ごしてた。彼女との時間は、俺の枯れかかった生を潤してくれた。いつまでもこの時が永遠であれ、と何度も願った。
しかし3年後、木綿季は引っ越してしまい会えなくなってしまった。聞いた話だと相当悪質な嫌がらせがあったという。無理もないとしか言えなかった。
それからある日、1本の電話が入ってきた。それは、紺野木綿季が入院したという連絡だった。
それを聞いた瞬間、『これは夢だ』『悪い冗談だ』と何度も繰り返していた。あの元気の塊のような彼女がそんなことになるはずがない、そう思っていたのだ。いや、今でもそう思っている。
だが、現実は残酷に事実を突きつける。信じないといってた俺は、気づいたら無我夢中で病院へ駆けていた。息を切らし病室に飛び込むと、木綿季は深く沈んだ眼で黒い空を眺めていた。
俺がいるのに気づくと、すぐに笑顔であふれる木綿季になっていた。その時から、もしかしたら、最初に出会ったあの日からずっと、彼女を助けたいと思っていたのかもしれない。
それからは、毎日欠かさず、木綿季の見舞いに来ている。
「レイって、ホント優しいよね」
「そうでもないさ。ただの自己満だよ」
「それでもボクは、君が優しいからだと思うよ」
木綿季はそう言う。少々照れるが、顔には出さない。
「だってさ、初めて会ったあの日、君はボクを救ってくれたんだよ。それからもずっと」
「わかった、もう勘弁してくれ……」
流石にこれ以上は精神的に限界だ。俺はベッドの横に沈み込んだ。
そお?と彼女と無邪気な声で言った。
「……ボクね」
一息おき、彼女は満面の笑みを俺に向け言う。
「レイに会えてホントによかったと思ってるよ」
こんなシーンを見たら、ほぼ全ての人間が胸を抉られるだろう。少なくとも俺はそうだった。
「は、早く体調良くなれよ。じゃあ、もぉ行くからな!」
俺は照れた顔を隠しながら言うと、半回転し扉へ直進した。取っ手に手を伸ばし、3センチ手前で止めた。
後ろを振り返ると、木綿季が柔らかな笑みで俺を見送ってくれていた。俺も同じ顔を返し、部屋をあとにした。
家についた時にはもう正午のサイレンが鳴り終わっていた。これは昼食の用意を急がなければと思い、リビングに駆け込んだ。
いつもはソファに転がって雑誌やネット記事を見ている姉貴が、見当たらない。その代わりに、テーブルに紙切れが置いてあった。
『教授に呼ばれたんでちょっと行ってくる!お昼は零士の分だけでいいよ』
急がなくても良かったのかよ……とガクリとした。
気を取り直して、適当に作ってそれを食べた。洗い物が終わる頃には、あと10分くらいで13時になる時間だった。
「……そういえば、1時からだったな。『ソードアート・オンライン』」
ふと、姉貴の言ってた世界が気になってきた。姉貴の憧れた世界がどんなものなのか知りたくなってきた。
昔から好奇心に駆り立てられる体質で、何かと首を突っ込むことが多々ある。今回も衝動を抑えられず、姉貴の部屋へ踏み込んでいた。
姉貴の部屋は机とベッドと本棚が置いてあるだけのシンプルなものだ。左の内開き扉の後ろには幅30センチ、奥行き15センチ、高さ200センチの本棚がある。中にはギッシリと本が敷き詰められている。その隣には幅100の奥行き50、高さ70の机が置かれている。机の上には、ノートパソコンが開きっぱなしで放置されていた。入り口正面の窓側には薄緑色のベッドが据えられている。最近流行りのスプリングなんたらとか言うやつだ。
そして、枕元にはヘルメット型の機械があった。それが仮想世界への門、『ナーヴギア』だ。同時に、俺の好奇心が指差すものでもある。
やり方は、以前姉貴がやってるのを見て教わったからなんとかわかる。いろいろ確認し準備していたら、気づけばあと15秒だ。
俺は慌ててナーヴギアの被り横になった。準備は万端。デジタル時計が13:00と表記されたのを確認すると、仮想世界への魔法の呪文を唱える。
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