ソードアート・オンライン――オルタナティブ―― 作:焔威乃火躙
失踪はしないので、どうかご安心を。
それでは、本編どうぞお楽しみください
シルフ領『迷いの森』上空
《キリト side》
俺たちは今、シルフの領主に会うため、首都スイルベーンを目指して飛行中だ。リーファの教えてくれた随意飛行にも随分慣れて、スイスイ飛べるようになった。
「これはいいな。空を自由に飛べるのは中々楽しいもんだ」
「でしょ。これに《滞空制限》がなくなると考えると、夢みたいだと思わない?」
確かに、この空をどこまでも飛んでいける、想像するだけでもわくわくする。
「リーファの言うとおりだな。こりゃ、ハマるのも分かるな」
隣で飛行するアスナも同感だった。
「生身で空を飛ぶなんて、現実では出来ないものね。こんな感覚を味わえるALOが注目されるのが頷けるわ」
「皆さんの気持ち、私にも分かる気がします。とても心地いいです」
アスナの肩の側でフワフワと飛ぶユイも気持ち良さそうだ。
風を切るこのスピード感、全身を包む空気の柔らかさ、どこまでも無限に続いていく空、すべてが俺たちを魅了する。これに《滞空制限》が解除されたときには、どこまで飛べるか試したくなる。
そう考えていると、リーファが話しかけてきた。
「2人とも慣れてきたね。じゃあ、少しスピード上げよっか」
そう言って、リーファは翅を震わせ加速する。彼女に合わせ、俺たちも速度を上げる。風はさっきより強く体を叩く。これはたまらない。そう感じた俺はリーファを焚き付ける。
「もっと早くてもいいぜ」
「お、言うねぇ。じゃあこれならどう?」
リーファはさらに加速する。俺も負けじとスピードを上げる。それを見て、リーファはさらに翅を震わせて疾走する。アスナとユイはそのスピードについていけなくなり、ゆっくりと俺たちを追う。
何度か加速を繰り返すうちに、リーファは驚いた表情で俺を見る。
「すごいね。あたしのスピードについてこれたの、君がはじめてだよ」
「そ、そりゃどうも」
流石にここまで超速で飛び続けると、疲れが見えてくる。まぁ、初めて空を飛んだんだから疲労するのも当然だけど。
しかし、ハイスピードで飛行するのは、何とも言いがたい快感がある。あの事件の後でもハマってしまう人が多いのも頷ける。
「あ、キリト君見て!あれがシルフ領首都『スイルベーン』よ」
リーファの指差す先には、辺り一面の草木のなかに大きな街があった。街は淡い緑に統一されていて、とても綺麗で実にシルフ領らしい。街の中央には、一際高い塔が建っている。
リーファはその塔を指して言った。
「あの塔の根本に着地するよ。……って、キリト君、ライディングできる?」
「…………できません」
そういえば、着地の事はまだしっかり聞いていなかった。中立域のときはそこまで高度も速度も高くなかったからゆっくり降りられたが、今の高度は軽く50メートルはあり、あと数秒もすれば目の前の塔に衝動する。この状況の着陸方は知らない。
隣でリーファも慌てふためき、思考を凝らす。が、最終的には諦めてしまったようだ。
「ごめん、あとは頑張って」
その一言を残して、リーファは急ブレーキで減速する。
「そ、そんなぁぁぁ!」
どうすることもできない俺は塔に激突し、ドォォォン、と衝撃がスイルベーンの街中に響いた。俺は高さ50メートルくらいから落下し、地面に落ちた。打ち付けられた衝撃で、体が動かない。
そこへ、リーファと後からついてきたアスナとユイが降り立った。
「キリト君大丈夫!?」
「パパ、大丈夫ですか?」
「あはは、ごめんねキリト君」
みんな心配そうに俺を見つめる。
「今日はよく落ちる日だな……」
「まあまあ、ヒールして上げるから」
リーファはそう言って、右手を上げる。
「スー・フィッラ・ヘイル・アウストル!」
リーファの周りを覚えのない単語が浮かび、詠唱された単語がリーファの眼前で光る。詠唱が終わると、俺の体が光り始め体力が回復していく。
「おぉ、これが魔法か」
「高位の回復術はウンディーネしかできないけど、必須スキルだから覚えといた方がいいよ」
「やっぱりウンディーネを選んで正解だった。キリト君、いっつも無茶するから」
アスナの言葉に俺は苦笑いするしかなかった。
勢いをつけて足を振り上げ反動で起き上がると、その視界の先に広がるのは綺麗な街並みだった。真昼の太陽が照り付ける中、街は活気で溢れていた。
今のリアルは夕刻でプレイヤーが増え始める時間帯だ。それもあってか、通りは人と出店でいっぱいだ。
「やっぱり首都なだけあって賑わってるな」
「自慢じゃないけど、スイルベーンは他の種族からも好評だからね。とはいっても、そう言ってくれるのは友好的な種族とレネゲイドくらいだけど」
「レネゲイド?」
またよくわからない単語が出てきた。俺が首を傾げると、リーファが教えてくれた。
「《レネゲイド》は領地を捨てたか、領地を追われた妖精のことを言うの。だから、他種族との交流も自由に行える。ただし、領主から追放されたものはその種族の領地に入ることはできない」
「領地を捨てた者……」
それを聞いたとき、今の俺にもそう言えるのだろうかと考えた。しかし、そんなことを考えても仕方ない。とりあえず、そういう奴らもいるということだけ留めておく。
俺の様子を見たリーファは、話を逸らした。
「さて、あたしは領主のサクヤにあってくるけど、キリト君たちはする?」
「そうだなぁ、装備品を整えたいな。ここで一番品が揃ってる武具屋はどこにあるんだ?」
「じゃあ、案内するよ。武器屋も領主の館もすぐ近くだし」
そう言うと、リーファはすぐに駆け出した。
「こっちこっち〜」
リーファの呼ぶ方へ俺たちも向かう。
露店が立ち並ぶ街道にはたくさんの人たちが集まっている。人混みを掻き分けて、俺たちは武器屋にたどり着いた。そこには、いろんな剣やマント、防具にコートなどが置いてある。
「ここよ。いろんな種類の武器が揃ってるから、ぴったり合うのがあると思うよ」
「ありがとう。助かったよ」
「私からもお礼を言うわ」
「大丈夫大丈夫。じゃあ、ちょっと離れるね。すぐに戻ってくるから、ここで待ってて」
そしてリーファは、今来た道を逆走していくのだった。
《リーファ side》
キリト君たちと別れて、私は《風の塔》の裏側に建つ《領主の館》に来ていた。シルフ領領主サクヤは、今ここにいる。私は館に入って、サクヤのいるであろう部屋に向かう。
大抵の領主は安全圏で執務にあたるなり、外交を進めることが主で、基本的に狩りや探索に出ることはない。理由は、領主がやられると種族全体に及ぶデスペナが発生するからだ。そのため、領主たちは自分の命を危険に晒すことを極力避けるのだ。
しばらく歩くと、執務室の前に来た。
「サクヤ、あたしよ。少しいいかしら?」
軽く扉を叩き、中の様子をうかがう。
「リーファか、今開ける」
数秒経つか経たないかくらいで扉が開き、その隙間から深緑色の艶麗な女性が出てきた。
「いらっしゃいリーファ。君がここに来るとは珍しいな。何かあったのかい?」
彼女がシルフ領領主のサクヤ。鮮やかな緑の振袖に肩掛けの羽織を纏わせ、腰に収まった見事な太刀、これら全てを美しく見せる長髪美人である。サクヤとは、お互い古参同士付き合いが長く、以前はよくフィールドに出ていた。彼女が領主の座についてからも、一緒に飲みに行くこともある。
そんな彼女にこの事を伝えるのは少し胸が痛むけど、それでもしっかりと言わなくてはならない。覚悟を決め、心を落ち着かせると、私は事を切り出した。
「サクヤ、あたし少しの間、ここを離れてアルンに行ってくる」
サクヤは目を見開き動揺した。
「いきなりどうしたと言うのだ?」
「ちょっと道に迷ってた2人を送ってくるだけだよ。だから、その間だけ……」
「そうか」
サクヤは、それ以上何も言わなかった。2人のことを言わなかったことに、心臓を締め付けられる感覚を覚えた。
「わかった。気を付けるんだぞ」
「ありがとう……」
本当に、彼女は優しい。
館から出て、キリト君のもとへ向かう。アスナさんを見つけると、いつもの陽気な声で近づく。
「ごめんね。待った?」
「あ、リーファちゃん。実は……」
アスナさんの指差す方を見ると、キリト君がいた。そして、驚愕なことに、大剣を片手に店員に訪ねていた。
「う〜ん、軽いなぁ。もうちょっと重いものあるかな?」
「うそでしょ……」
「昔っから攻撃力の高い剣を使ってたからね……」
剣の強さは、鋭さ、硬さ、そして重さによって決まってくる。鋭さや硬さは強化でどうにかなるけど、重量だけは元の武器に依存される。したがって、攻撃力を求めるとそれなりの重量が伴うわけだか。
「だからといって、身の丈近い剣を片手で振り回しているのを見ると、流石に引くんだけど……」
最終的に、その店一番の大物を手にキリト君が戻ってきた。
「お待たせ。なかなかしっくりくるのが無くて時間かかったよ」
「全くもう、早くいきましょう。私たち注目の的になっているわよ」
アスナさんに言われて気づいたが、周りのプレイヤーはこっちをじっと見ていた。
「じゃあ、さっきの塔まで早く戻りましょ」
そして私たちはその場を去るのだった。
《風の塔》まで戻ってきたあたしたち。
「そういえば、ここに来たのは何か用事でもあるのか?」
ここにきて不思議に思ったキリト君の質問にあたしは答える。
「長距離飛行するときは、十分な高度をとってから出発する方がいいの」
へぇ~、と言葉をこぼしながら、キリト君とアスナさんは塔を見上げる。
「さあ、早く中に入りましょ」
あたしは2人の背中を押して塔の中へ進む。
中は広めのロビーと中央に設置されたエレベーターがある。私は、ちょうど降りてきたエレベーターにキリト君たちを連れて行こうとする。
「リーファ」
乗り込もうとしたその時、誰かに呼び止められた。振り返った先には、ここ数週間パーティを組んでいたシグルドがいた。彼は、シルフの中でも私と並ぶ強豪で幾度と苦戦を強いられるプレイヤーの1人だ。その強さは、それぞれ限界まで引き上げられたスキル値と高レアリティの武器を揃えていることにあり、そこに至るまで尋常じゃないほどのプレイ時間を費やしたことだろう。
シグルドの後ろには、同じパーティのメンバーと現実の友人のレコンが不安そうな顔で私を見つめる。
「シグルド、みんな、こんにちは」
「パーティを、抜ける気なのか」
彼の表情から察していたが、予想通り深刻な話のようだ。
「まあ……しばらくのんびりしたいかなぁ、って」
「他のメンバーに迷惑をかけるとは考えなかったのか」
「ちょ!?迷惑って……」
「身勝手にパーティを抜けられたんじゃ、こちらとしても困るんだ。それに、他のパーティに入ったとなれば、こちらの顔に傷がつく」
そんな勝手な!、と言いかけたとき、キリト君が前に出た。
「仲間はアイテムじゃないぜ」
「なに?」
シグルドはキリト君を睨みつけるが、キリト君はそれに臆することなく言葉を続ける。
「他のプレイヤーを、アンタの大事な武器のようにロックできないって言ってるんだよ」
「あなたのような人に、他のプレイヤーの上に立つ資格はないわ」
キリト君に続いて、アスナさんまで出てきた。流石にここで騒ぎになるのは避けたい。2人をなだめようとすると、シグルドが怒鳴った。
「好き放題言いやがって、部外者が口をはさむんじゃない。どうせ、領地を追われたレネゲイドの集まりだろう」
「そんなこと言わないで!」
シグルドの言葉に反応して、私は熱くなった。
「2人は私の新しい仲間よ」
「なに!?リーファ、お前も領地を捨てるというのか!」
「えぇそうよ。ここを出るわ!」
勢いで口にしたけど、本心から言えば苦しい決断だった。シルフの仲間たちにはいろいろ助けられたし、スイルベーンを離れるのは寂しい。でも、ここにずっと留まっていていいのか、と思うことも多々あった。それに、私自身もっといろんな冒険をしてみたいという気持ちもある。キリト君となら、この2人と一緒なら、今まで体験したことのないものが見れるような気がした。
正直、彼の執拗な束縛から逃れたかったという理由は大きかったけど、領地を離れてみてもいいかもしれないと思った。
これに対してシグルドは怒りを顕にして、腰の剣を引き抜いてキリト君に向ける。
「追放者の分際で、泥棒の真似事を働くとはな。貴様ら、ここに踏みいったからには、もちろん斬られようと文句は言わないだろうな」
「ちょっと、シグさん。こんなところで無抵抗の相手を斬るのは流石に……」
彼のメンバーの1人が止めに入って、シグルドは少し冷静になったようだ。
「チッ、せいぜい逃げ延びるんだな。次あったときこそ、容赦なく貴様を斬る」
そう言って、シグルドは出ていった。
「いいのか?」
キリト君が心配そうに尋ねるが、私は精一杯元気を取り繕って答える。
「いいのよ。後でサクヤには、話しておくから。それより、早く出発しましょ」
私はこの話から逃げるように、無人のエレベーターに駆け込んだ。
アスナ「この世界では、2つのタイプのプレイヤーがいるの。1つは、種族の繁栄を目的として攻略するひと。もう1つは、種族の枠を越えて、ゲームを楽しむひと。プレイの方針はそれぞれの自由だけど……レネゲイドという差別用語で、他種族と交流するプレイヤーたちへの風当たりが強い。そんな環境で、領地を捨てるという決断は、とても身をよじるような想いだと思うわ……次回『ルグルー回廊』、この先の旅、波乱が待ち受けてるような気がする」