ソードアート・オンライン――オルタナティブ――   作:焔威乃火躙

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番外編
ボクのしたいこと


2023年 『横浜港北総合病院』

 

 

〈木綿季 side〉

 

 

 静かな昼下がり、そんな時間が寂しいと感じるようになるのは、もう数年ぶりな気がした。

 いつもは、彼が来てくれて、他愛もない話をして、時間を忘れるくらい心地よかった。

 でも、ここ最近彼と会っていない。聞いた話によると、彼はソードアート・オンラインというデスゲームに囚われたらしい。そして、彼が帰ってこないかもしれないということも……

 

「木綿季くん、大丈夫かい?」

 

「ふぇ!?」

 

 ふと声を掛けられ、ビクッとした。

 

「あ、先生……」

 

 眼鏡をかけた白衣の男性がボクを訪ねた。この人はボクの主治医の倉橋先生。ボクがここで入院生活を送ってから、いつもお世話になっている人だ。

 

「体調はどうだい?」

 

「いつも通りちゃんと動けますよ、ほら」

 

 そう言って、元気であることをアピールする。

 

「うん。この様子だと、このあと院内を出歩いても大丈夫そうだね」

 

「へへへ、だってじっとしてるより体を動かす方がボクには合ってるもん」

 

 実際に、脳で考えるよりも体が先に出るタイプで、昔はよく外で遊びまわっていた。ここに来てからは、院内を歩き回るくらいしかできなくて物足りない気もするけど、ずっと閉じこもって本ばかり読むよりかはいい。まあ、読書に関しては好きだから、そこは不満はないけどね。

 

「お姉さんの方はこれから行ってくるから、またあとで検査しに来るよ」

 

「わかりました」

 

 最後に倉橋先生は微笑みかけると、部屋を出ていった。

 

「…………もう、行ったかな?」

 

 足音はもう聞こえなくなっていた。緊張からとかれ、ふぅと息を吐く。体調は問題ないけど、心は滅入っている感じがする。

 もう半年以上も彼と会話していない。顔を見てない。声を聴いてない。彼との時間がこれほどにも恋しくなるとは思いもしなかった。もう、会えないかもしれないという現実が、ボクにのしかかる。本当に心が折れそうになるくらい……

 

「早く、会いたいよ……レイ…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈out side〉

 

 

 倉橋先生は木綿季の姉の紺野藍子の病室に向かっていた。その途中、彼は木綿季のことを考えてた。

 彼女はいつも元気で明るかった。それは今でも変わらないと思っているだろう。しかし、最近の彼女は少しばかり気が落ち込んでるように見えた。

 それには、姉の藍子の眼にも同様に映っていたようで、倉橋先生に気にかけてほしいとお願いしていた。だが同時に、木綿季が他人に心配をかけさせるのを嫌い、無理することは目に見えていた。それ故、心配していることを悟らせないように気を使う必要もあるのだ。

 倉橋先生も藍子も、木綿季のことを案じているため、そのことでよく話し合うことが多い。今まさに、その話をするところだ。

 

「藍子くん、失礼するよ」

 

 木綿季と同じ紫髪の長髪を束ねた少女が彼を出迎えた。

 

「先生、いらっしゃい。あの子はどうだった?」

 

「やっぱり、無理してる気がするよ。それが、木綿季くんのいいところではあるんだけどね……」

 

「周りの人のために平気で無茶する性格ですからね」

 

 2人は笑顔を見せながら話すが、内心は気が気でならないはずだ。

 そんなとき、藍子がある記事を倉橋先生に見せる。

 

「あの、この記事の話は知ってますか?」

 

「ん?あぁ、医療用フルダイブ機器か。話くらいは聞いたことがあるよ。なんでも、国レベルで開発を進めているとか」

 

「その試作機がひとつ完成したそうなんです」

 

「ほ、ほんとうかい!?」

 

 倉橋先生は飛び跳ねた。医療用として用いられるであろうフルダイブ機には、今後の医療の大きな発展が期待されている。治療時の麻酔に代わる機材、ロックイン症候群患者とのコミュニケーションや社会復帰。様々な可能性を秘めた一大プロジェクトだ。

 しかし、SAO事件の一件で大打撃を喰らってしまったのだ。それでもなお、研究は進められているが、それが社会に認められるかが難題である。

 倉橋先生は興奮した声で藍子に尋ねる。

 

「それはどこで出た情報だい?」

 

「私の知り合いに、それ関連の人がいるんですが、彼女がそれを教えてくれました。さらに付け加えると、この機器の被験者が今のところいないくて、これが設置される無菌室で被験者として受けてみないって言われたんです」

 

「無菌室、そこなら日和見感染を防げるし、痛覚を遮断することができる。それで、藍子さんはその被験者になるってことかな?」

 

 すると、彼女は首を横に振り、答える。

 

「木綿季に、相談するわ。あの子の方が適任よ」

 

「え?でもそれだと……」

 

 倉橋先生の言葉を遮って、藍子は話を続ける。

 

「あの子には辛いことかもしれないけど、それ以上にもっと楽しんでもらいたいから」

 

 辛いこととは、木綿季の友人が仮想世界の虜囚となったことだ。これを聞かされた木綿季は、相当ショックを受けていた。そのことは、倉橋先生も、藍子もわかっていた。その上で藍子は、倉橋先生にこの提案を持ちかけたのだ。

 

「……とりあえず、親御さんにも話してみよう。それで、もしダメだったときは」

 

「安心して、あの子ならきっと行くって言うから」

 

 藍子の確信にも似た回答に倉橋先生は折れた。

 

「わかったよ、親御さんの方は僕が何とかしよう」

 

「困ったことがあれば、私にも相談してくださいよ」

 

 その言葉に、倉橋先生は笑って返した。

 

「本当に、藍子くんにだけは敵わないや。じゃあ、僕はいくよ」

 

「えぇ、無理いってごめんなさいね」

 

「こちらこそ、木綿季くんのために必死になってくれてありがとう」

 

 すると、藍子は胸を張って言い放つ。

 

「だって、たった一人の姉ですから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈木綿季 side〉

 

 

 倉橋先生が病室に戻ってきた。しかも、なにやら興奮したような様子で。

 

「木綿季くん、『メディキュボイド』ってものの臨床試験の被験者になってみないかい?」

 

「め、メディキュボイド?」

 

 聞きなれない単語に思わず聞き返す。

 

「医療用フルダイブ機器で、今のところ被験者がいなくて探してるって言うんだ。それになったら、無菌室に入ることになるし……」

 

 倉橋先生がペラペラと、メディキュボイドについて語っているけど、ほとんどは理解できなかった。

 しかし、ボクはメディキュボイドに惹かれていた。理由は単純に、彼が囚われたフルダイブ機器をボクも体験できるということだ。

 彼が今いる世界、戦う世界をボクも見ることができることが嬉しい。そして何より、もしかしたら彼にまた会えるかもしれないという微かな可能性にボクは飛び付こうとしたのだ。

 そう、また会えるかもしれないと……

 ボクが頭のなかで目まぐるしく思考し終えたとき、倉橋先生の長い講座は終わった。

 

「それでどうかな?一応、親御さんにも渋々許可はいただいたけど、最後に決めるのは君だ。なにも無理にとは……」

 

「先生!ボクに、ボクに行かせてください!」

 

 即答だった。後先考えもせずに答えた。しかし、これでいい。後悔は絶対にしない。その覚悟がボクのなかにはある。

 

「わかった。早速、担当者に連絡を取るよ。ありがとう、木綿季くん。辛い選択だっただろうに」

 

「そんなことはないですよ。先生、よろしくお願いします」

 

 そう言って、ボクは頭を下げた。

 

 レイ、また会おう。そっちの世界で!


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