そらとも、ときのそらになる。
あの時は、生きている意味なんてないと思っていた。
何をしても、報われなかった。
『上を目指せ』
才能なんて、とっくの昔に無いと知った。
『お前なら出来る』
積み重ねた努力は、瞬く間に崩れていった。
結果はどうだ。
現実を見ることが目指すことか?
後輩に抜かされるのが俺に出来ることなのか!?
もういい、ほっといてくれ。
俺に居場所はない。
何をやったって無駄だったんだ。
『そらとものみんなー!』
だからだろうか。
彼女が目を塞ぎたいくらい眩しいのに、あの時俺は目が離せなかったんだ。
居場所なんて、最初は何処でも良かった。そう思っていた。
俺が存在していいところがあるのが、あの時の救いだった。
今にして思うことは。
救ってくれた手の上が。その安らぎが。
確かに俺を癒してくれていたこと。
顔も知らない人間すら掬い上げる彼女の優しさが、心に響いていた。
「どう見ても私だよね!?すごいなぁ!確か、ドッペルゲンガーって言うんだよね!?あなたの名前は何!?同じ名前なら嬉しいぞぉー!」
「ちょっと!?近い近い近ぁい!?グイグイ来ないで!落ち着いてくれ!!説明するからさぁ〜!!!」
なんとかして、ときのそら(新モデルの方)を引き剥がす。
困惑している時に、さらにグイグイと接近してこられてもややこしくなるだけなんだよ……!
でも、そらちゃんが急接近した時にスゴイいい匂いしたなぁ。これが何人ものそらとも達のママとなったそらちゃんの包容力か……!
……って、そうじゃない!
特に重要なのは、今の俺の姿だ……!ときのそらの新旧モデルがここで……。
……。
…………。
(うん、尊いなッ!!画力があればこの尊さをみんなにも……)
……いや違うだろ!?しっかりするんだ、俺!!
気をしっかり持て!
くっ、駄目だ。しあわせな雑念が混ざってまともに状況を説明出来ない!
そもそも、こんな人が目の前に急に現れて驚かないワケがないだろ!?
ファンに芸能人がサプライズで現れるみたいなもんだ!こんなん、どうやっても「おわ〜〜〜!!えッッッッッ!!(意味不明)」ってなるに決まってる!!
「えーっと……大丈夫?」
「え、おわ、は、へ!?大丈夫っすよぉぉ……ぉ?」
「なんで自信がなくなっていっちゃうの……?」
身体を傾けながら、ちょっと悲しげになるそらちゃん。
その表情は不安を孕んでいる。慌てて俺は気を取り直す。
「大丈夫大丈夫!大丈夫だから!!……なんつーか、俺はさっきここに来たばっかだから、あんまよくわかってねぇんだ!ごめん!」
「あ、そうだったんだ。でも、なんか違和感が……?」
「あ、えーとそれは多分、俺がときのそらの姿なのにときのそらじゃないからだと思う。ほら、喋り方とか態度とか違うだろ?」
「言われてみれば……。そうだね!」
自分の事だから混乱するかもしれないと思ったが、案外納得してくれたようで安心して息を吐く。
「しかし、そらちゃんの声で自分の言葉が出てくるからやりづらいな。周りから見たら一人芝居をやってるみてーだぞ」
そう、独り言を零す。それを聞いたのか、そらちゃんが聞いてきた。
「君は男の子なのかな?」
「ああ、そうだよ。ところどころ動きもぎこちないから、そこら辺は気にしないでくれると助かるかな」
「うん、分かった!……でもその前に!名前を教えてくれる?」
「名前……名前かぁ」
顎に手を当てて考える。自分の名を簡単に出してもいいものか。
出すのはいい。だけどその後に……例えば、現実で俺が身バレてしまったら、どうなる?
もしかするとそらちゃんは無意識に俺を友達として贔屓するかもしれない。
それだけは困る。俺は遠くから見守っていたい。仲良くなりたくないワケではないが、かといって近付き過ぎは返って応援するのに支障が出るのは嫌だ。
無い知恵を絞り出して、名乗った名前は。
「そらとも。俺の友人は俺をそう呼んでるから、同じように呼んでもらえると助かる」
「えっ」
いつもの呼び名を伝える。
まぁ、この後のそらちゃんがとるリアクションは大体分かるんだが。
「嘘だー!そらともって私を応援してくれる人達の名前じゃん!」
「本当にこれがあだ名だよ。ファンっていうのと本名から来てるちゃんとしたアダ名だから!それと……名前だけは勘弁して欲しい」
「なんでー?」
名前を教えてもらえなかったからか少しむくれるそらちゃん。
罪悪感が身体を刺した気もするが、言い訳を紡ぐ。
「あーそれはーそのー、あれだ。そらちゃんぐらいになると、名前を呼ばれただけで泣けるぐらい嬉しいんだ。でも、マジに泣いちゃうからそれは……それは、な。……ちょっと恥ずかしい……」
「あー……そうなんだー」
誤魔化したような言い方ではあるが、嘘ではない。正直、今すぐにでも嗚咽とともに崩れ落ちてもおかしくないぐらい嬉しいのだから。だから、俺自身も顔を赤らめるな。やめろ、余計恥ずかしいだろ。
受け答えのそらちゃんの声が若干低くなったのに気づく。
その顔を見ると、半目でニヤッと笑っている。
なーんかイタズラを考えてそうな顔だ。彼女はそんな表情を隠そうともしてないけど。
名前呼びして本当に泣かせようっと!とか考えてるのかな。
なら、意地でも尻尾は出さん。
こっちにもメンツというのがあるのだ。
「とにかく、これからどうします?ここでのんびり待つよりは歩いた方が良いと思うんだけど」
とりあえず、今後の方針だ。ときのそらという、最早憧れの人以上の存在に会えたとはいえ、この夢の根本的な解決にはなっていないから……。
……ん?夢?
……そうじゃん。夢だったわこれ。
寝てたら、ここに来たんだしな。
「そういえば、そらちゃんはここに来るときってどうしてました?」
「へ?確か……えーっと、Aちゃんの編集が終わってから一緒にご飯食べて、帰って寝る準備して、寝ちゃったら……ここに居たかな?」
「同じだ。俺も寝てたらここに居たんだ。だから多分、夢の世界なんだと思うんだけど……」
「じゃあ、目覚めれば良いんだね!どうしよっか!」
「あ、ああ。確か、夢の中で眠れば向こうで起きることが出来るとどっかで聞いたような……」
「分かった!やってみるっ」
「お、おい……ま、いっか」
そういうや否や、近くの木に寄り添って目を瞑り始めたそらちゃん。
しばらく観察するが、変化は起きない。
むしろ、そらちゃんの眉間にシワが寄って来た。
「ダメだった!眠れないよ!」
「……そんな気はしてた」
五分ぐらいして、飛び上がったそらちゃんにそう答えた。
「行こっ。あん肝」
そういうと、あん肝はそらちゃんに後ろから抱きついた。
何処へ行くんだ、と聞いた。
「待っててもつまんないから、歩こうと思って!」
そうなんだ、と言った。
「もー!何言ってるの。君が歩こうって言い出したんじゃん!」
そうだったか。うん、そんな気がして来た。
「一緒に行こっ?」
そう言って、俺に手を伸ばしてくれた。
のんびり座ってた俺は見上げる。彼女の笑顔が夜空に映える。
いつから、夜になっていたのだろうか。
おい、待て。
違う、夜だったのは最初からだ。
分かった。そらちゃんが寝ようとした時から、そらちゃんではなく俺に異常が起きている。
(意識が薄くなって来てる。多分だけど、そろそろ夢の世界からおさらば出来るってことか)
先ほどから、眠気が強くなってきたのを感じる。一定の間隔で意識が持っていかれそうになる。
だが、まだ帰る訳にはいかない。
俺はそらちゃんの手を取った。
歩きながら、そらちゃんが楽しそうに微笑む。
つられるように俺も笑った。
そらちゃんが話し、俺は聞く。
そうなのか、と驚くと。
「そうなの〜」と、のん気な声ではにかんだ。
未来の
過去の
ただそれだけのことを限界まで話した。
いつしか、俺は彼女の一部になったような気がしたんだ。
「それで……あ」
不意に、話が途切れた。そらちゃんが立ち止まる。
目の前に何かがある。動く様子もないから、モノだろうか。
待ってて、と彼女を待機させて様子を見に行く。
「これは……」
地に落ちていたそれを手に取る。
間違いない。俺がUFOキャッチャーで取った方のあん肝擬きだ。
名前のところがテープで留めてある。
「どうしたの!?そらともくん!?」
そらちゃんが驚いたように叫ぶ。どうしたのだろうか。
周りを見ても何もおかしい所はない。
ふと、自分をみる。
足が透けていた。輪郭はぼやけているがまだ見える。しかし足先は既にない。
だからだろう。このクマのぬいぐるみの意味が分かった。
恐らく『ここまでだ』ということだ。
「早かったけど、時間切れみたいだ。ごめんね最後まで居られなくて」
「どういうこと!?死んじゃうの!?」
「言ったでしょ?夢の中だって。現実の貴女のファンの一人に戻るだけ。死んじゃうんだったらもう少し焦るよ」
「でも、まだ話したい事が……」
「会えただけで奇跡なんだ。これ以上はダメだったって事だろう」
そう言って、そらちゃんを正面に見据える。
「それって……あん肝?」
「違う。俺が手に入れたクマのぬいぐるみだよ。あん肝に似せる為に名札を付けているけどね」
「クマの……」
「一時、UFOキャッチャーにハマっていてね。最近久しぶりにやったんだが。一個だけ、これしか取れなかったよ。いや、そんなことはどうでもいい」
「……」
「そらちゃん」
「何?」
「今まで言いたかった事を、最後だから一つだけ。『ありがとう』。貴女がいたから、俺はいる。貴女の見えない所で、俺は確かに助けられた。貴女に救われたんだ。……言葉に表せない程、感謝してる。それだけは伝えたかった」
「そらともくん」
「……ああ、やっと言えた。そういや、星とか見えてるな。月がきれいだ」
「最後じゃないよ!」
「え?」
「これからも会おうよ!そらともくんがいるだけで、私、とても楽しかったから!最後なんて言っちゃダメだよ!」
「……うん、そうだね。……でもごめんね」
下半身はとうに消えた。胴体も透け始め、ぬいぐるみも消えていった。
俺の周りを光が包んでいく。
俺はもう満足だ。このまま消えよう。
もう会う事はない。また、モニター越しの生活に戻るだけだ。
それで、十分だった。
そう思っていた。
あと、数秒。早く消えれば。
「昔、小さいクマのぬいぐるみを二つ取って、女の子に渡した事がありますか?」
目を見開いた。
どうして。
どうして貴女がそれを知っている。
口に出した本人すら驚いていた。
彼女が走って向かってくる。
「もしかして、あの時の–––––––」
「そらちゃん!」
「うおあ!?」
「どうしたの?そらちゃん♪寝坊助さんかなー?」
「テメェ……まぁ、助かったよ起こしてくれて。だが、その名前はやめてくれ。家族から名字のアダ名を呼ばれるのはおかしいだろうが」
「だってさぁ、いつ聞いても笑えるもん。年上の女の人に女の子だって思われた事」
「うるせぇよ……ん?」
「……?どうしたのお兄ちゃん」
「いや、」
「いい夢を見てたのを思い出しただけだ」
次回、最終回。
現実に戻る二人を、過去の思い出が繋ぎ止める。
目覚めた彼らの結末は。
『ときのそらとソラのとも』
お楽しみに。