魔法狂気 マジキチ☆なのは   作:トロ

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可愛い可愛いなのはちゃんに気持ち悪いのが憑依しているので気をつけてください。


第一章【マジキチおもちゃ箱】
第一話【それを狂気と蔑んだ】


 それは異常極まる光景だった。

 夜の住宅街。破砕された街並みの中、巨大な黒い影が縦横無尽に駆け回り、その影を追って津波の如き桜色の鎖の群れが地面に広がっている。時折、黒い影から無数の触手が飛び出すが、津波と化した鎖を押し返すことすら出来ない。

 濁流は徐々に、だが確実に影を追い詰めていた。その影が光に照らされてその全貌を露わにする。

 数メートルを超える黒色の不定形な謎の巨体。体から触手を生やすそれは、人を襲う悍ましき怪物だ。

 現実に存在するなどあり得ない異形は、しかし既に道路を破砕し木々を砕き、まるで戦争でも起きたかのような破壊の爪痕を残している。撒き散らされる破壊の光景、弱きを奪う強者こそこの怪物のはずだった。

 

「■■■■ッッ!!!!」

 

 しかし、本来ならば恐れられるべき怪物と呼ばれるモノが悲鳴をあげていた。怯えるように、助けを求めるように、吐き出した悲鳴は当然ながら人語ではないが、聞く者の誰もがそこに込められた絶望を汲み取ることは容易だろう。

 だが怪物に悲鳴をあげさせる少女(・・)には、そんなことなどどうでもよかった。

 淡々と汲み上げた超常の力で粛々と怪物の体を削っていく。顕現した桜色の輝きは、手にしたデバイス――魔法の力を現出させる触媒を以て指向性をもたらされ、確実に怪物を追い詰めていた。

 

 否、追い詰めているのではない、いたぶっていると言ったほうが正確だ。

 

「凄い……これは君の力なの? レイジングハート」

 

『いいえ』

 

「じゃあ、これが、私の力?」

 

『はい』

 

「そっか」

 

 先端に赤色の結晶を携えた純白の杖――レイジングハートの機械的な応対と変わらぬ機械的な言葉を返す少女は、背を向けて逃走を始めた怪物を無感動な瞳で眺めた。

 レイジングハートの外観と同じ純白の衣装を纏った少女は、見た目だけなら十歳にも満たない愛らしい少女のそれでしかない。幼い容姿、弱弱しい肉体、怪物の一撃で容易く引き裂かれ、その牙で食いちぎられる憐れな弱者のはずだ。

 だがその能面の如く感情の見えない表情が破滅的だった。

 一切の色を見せない無貌の仮面。その恐ろしさに再度怪物が助けを乞うように鳴くが、答えるものはここには存在しない。

 夜の暗黒に描かれる唯一の輝きは、怪物すら震わせる悍ましき桜色の鎖の群れ。既に蛇の如く四方に放たれた光の帯は、少女の周りを蛇の如くのたうち回ってその号令を待っていた。

 逃げる怪物の周りをいつでも食い掛かれるように並走する鎖の総軍。木々を縫って地面をのたうつそれらは、ズリュズリュと内臓同士を擦りつけるような音を奏で、舌なめずり代わりにその先端を常に震わせている。

 どんなに逃げようとしても、最早その触手の檻から逃げ出すことは許さない。

 少女の僕は贄を欲していた。

 この美しき臓腑結界に取り込まれる贄を求めていた。

 少女の無貌の代わりに、美麗の汚物が喜悦を訴え、歓喜の合唱を奏で続けていた。

 

 そしてその合唱こそ、怪物を震え上がらせる異常に他ならなかった。

 

「■■■■ッッ!!!」

 

 最早逃げられぬと覚悟した怪物が少女へと襲い掛かる。森の木々を砕きながら迫るその巨体は、それだけで恐ろしい凶器である。大地を揺らし、大気を震わせ、渾身の力で突撃する巨躯に対して少女の姿はあまりに小さく頼りない。突進と同時に放たれた怪物の触手も、いずれもが人体など容易に貫く凶器だ。

 

「防いで」

 

 しかし、怪物の前進は少女の一言と共に真正面に展開された鎖の壁に阻まれて停止した。それどころか、突撃してきた怪物にそのまま殺到した桜色の鎖が、噛みつくようにその肉体へと絡みついた。

 

「■■■■ッッ!!??」

 

 皮が引き裂け、肉が潰れる。嬲るように締め付けに強弱をつけた鎖の与える激痛に怪物が悶えるが、少女は表情に一切の変化を見せず、暴れる怪物の全身へとさらなる鎖を投じて動きを封じた。

 抵抗しようと怪物も新たな触手を生み出すが、それ以上に殺到する桜色の鎖によって絡まった肉が潰れ、粘性の体液が滲み出た。そして絞り出された肉とともに地面へと撒き散らされる。

 まるで雑巾でも絞っているようだなぁと少女はどうでもいいことを考るが、すぐに巨木を容易に砕く肉を潰せる己の力への感動に脳内は染め上げられた。

 

「凄い……凄いわ」

 

 少女が喜悦を声に乗せて、自身が生み出した鎖を見た。その眼には苦しむ怪物の姿など微塵も映っていない。

 

「これが……こうかな?」

 

 そしてまるで玩具で遊ぶ年相応の子どものように、何本も何本も鎖を生み出しては怪物の肉体にぶつけ、楽しむ。怪物が不定形で再生することもあって、その拷問には終わりがないようにも思えた。

 

「■■■■ッッ!!!!」

 

「不思議な感じ。これ、一つ一つを別々に動かせるの。まるで私の腕みたい、千手観音?」

 

 磨り潰される肉が限界を迎え、多重の鎖による拘束に耐えられなかった触手が最初に潰れる。人外の血液と共に、まだ鎖が絡まってない肉より血が噴き出る。その激痛に叫ぶ怪物を他所に、少女は自分が引きちぎりへし折った怪物の触手に、正しくはそこに絡まった鎖を目で追った。

 

「これを……こうね」

 

 レイジングハートを振るって怪物の触手に絡んだ鎖を縦横無尽に動かす。己の意志に従う鎖を追う目は、きらきらと年相応の輝きを宿し、迸る血潮で白い衣装も顔すらも染めて尚も動じることはない。

 

「えい……! やぁ……!」

 

 少女の可愛らしい声に合わせて、不気味な鎖の触手が怪物の触手を振り回してさらに無数の肉塊へと分断した。その間にも怪物の残った触手とその肉体が千切られ、少女はそれらを器用に虚空で振り回す。

 

「綺麗……凄いな、凄いなぁ」

 

 全身を千切られ続ける怪物と、その怪物の肉を粘土のように引きちぎり振り回して遊ぶ子ども。

 それはきっと、常軌を逸した光景だった。うぞうぞと蠢く鎖が異形の血肉をぶちまける。そして少女はその行為に楽しみを見出していた。

 

「これが……私の力なんだ」

 

 繰り返すように呟くその言葉を、魔法によってフェレットへと変化した少年、ユーノ・スクライアだけが聞いていた。

 彼の傷ついた体が震えているのは、決して痛みのせいではない。

 あまりにも一方的な暴力。自身と殆ど変らない少女が冷徹に暴力を行使する異常。

 先程まで魔法も知らない普通の少女(・・・・・・・・・・・・)だった彼女が、今や怪物を一方的に蹂躙――拷問するなど誰が思うだろうか。

 

(彼女は一体、何者なんだ)

 

 今や断罪を待つばかりの怪物。ユーノはその怪物が生まれる要因となったジュエルシードという宝石の回収のために、ここまで来て、ジュエルシードの力に取り込まれた暴走体に傷を受けて、現地民の救援を乞うたことがそもそもの発端だった。

 自分の放つ念話を聞ける者。つまりは魔法を使う素養を持つ者に、自分が回復するまでの間だけでもジュエルシードの回収を依頼する。自分の不始末を関係ない誰かにさせるというのはユーノも本意ではなかったが、この海鳴市にばら撒かれたジュエルシードは、一刻も早く回収しなければならない危険な物である。

 故に、ユーノは念話を聞いて駆け付けた少女に、魔法の行使を助けるインテリジェントデバイス、レイジングハートを授けたのが、つい先程のこと。

 

「スクライア君、大丈夫?」

 

「は、はい。僕は、大丈夫……です」

 

 振り返ってこちらを気遣う少女に思わず敬語で答えるユーノ。「大丈夫なら、良かった」と、少女は先程までの無表情が嘘のように優しい微笑みを浮かべ、再び前に向きなおる。その間にも暴走体は体を締め付ける桜色の鎖に悶絶していた。

 

「ごめんなさい」

 

 その姿を、激痛に悲鳴をあげる姿にようやく気付いた少女が謝罪の言葉を紡ぐ。

 痛いのだろう。

 辛いのだろう。

 楽になりたいだろう。

 だけど本当に、ごめんなさい。

 ごめんなさい、でもありがとう。

 ありがとうと自分に伝えてそこで終わり。

 だからごめんなさいに意味は無い。

 何故なら彼女は見ていない。

 怪物などは、眼中にない。

 

「私ね、今とっても楽しいの」

 

 その眼は自分以外を見ていないから、謝ることに意味は無い。

 

 少女の顔は楽しさと無縁の冷たい顔のまま。ユーノに向けた笑顔などただの偽り。これこそが、自分を自覚してから(・・・・・・・・・)染みついた少女の素顔。

 だが今この時、彼女は生まれて初めて喜びに胸を昂らせていた。

 故に冷たい無表情から、ゆっくりと、カッターで切り裂いた傷口が開くように少女の口が弧を描いて開く。目元は一切変わらず、ただ口だけで表す笑み。幼い少女がしてはいけない恐ろしい笑みを向けられて、怪物は最早悲鳴すらあげずにその顔に見入っていた。

 それは喜びの笑みだった。

 暖かい微笑みの仮面に隠されていた本当の笑顔。

 

 ――この体の才能を見いだせた、歓喜の猛り。

 

「私が私だってわかってから、ずっとつまらなかった。どれもこれも見知ったものばかり、経験したことも、実感したことも無いくせに、あぁ、これを私は知っているってずっとずっと思っていたわ……人生は長いのに、私は楽しむ全部を無くしちゃったの。でもね、仕方ないとも感じてた。それでも生きている、それだけでも嬉しいって遠い誰かが微笑んでいて、私もそれで充分だって」

 

 だけど、とってもつまらなかった。少女は語る。

 その意味するところを理解できる者はきっとこの世界には存在しないのだろう。少なくとも言語を解さない暴走体では少女の囁きは意味の無いものだった。

 そして、彼女の言葉を聞いたユーノも、彼女が何を言っているのか理解できなかった。

 だが少しだけわかったこともある。

 彼女は退屈していたのだ。変わらない世界、続いてく日常、意味無く消耗される時間。その尊さに感謝しながら、それでも彼女は退屈していた。

 

「だから私、楽しいの……だってこんなこと知らなかった。この世界に本当に魔法があるだなんて、私はこれまで知らなかった。大した才能が無いと思ってた私の身体に、こんな力があるなんて思わなかった」

 

 掲げたレイジングハートを見上げ、少女の口から熱のこもった吐息が漏れた。直後、戯れに生み出した新たな鎖がもがく暴走体をより強固に地面へと縫い付ける。

 

「ありがとう。私の知らないことを教えてくれてありがとう」

 

 少女が歩く。

 その周囲に触手の如き鎖を従えて。

 

「こんなにも素晴らしいことを知れて嬉しいの」

 

 少女が杖を掲げる。

 束ねられる力の総量は、異常と呼ぶべきあり得ざるもの。

 

「だって、私はようやく私を育めるから」

 

 少女、高町なのはがユーノへ振り返り、怪物の撒き散らした肉と血で顔を染め上げながら、微笑んだ。

 

 地獄の如く、微笑んだ。

 

「う、あ……」

 

 何だ、アレは。

 

 ユーノは言葉を失った。最早、莫大な魔力で強引に消滅した暴走体も、封印処理されたジュエルシードが無事にレイジングハートへ格納されるのも目に入っていない。

 

 あの子は、何者だ。

 

 それは、短いながらも大人に負けない人生を歩んできたユーノですら理解出来ない何か。いや、アレを見て理解出来る存在など、大人ですら存在しないに違いない。

 歪に頬を歪ませて、コールタールの眼球を揺らす異端の存在。人の形をしながら、人ではわからない何かを宿したそれは――。

 

「君は一体、何なんだ」

 

 絞り出すようなユーノの声は、理解できないそれへの問いかけは、己の魔法に酔うなのはへは届かない。

 だが、問いかけずにはいられなかった。

 だけどきっと、生涯を賭けても自分には分からないものだとユーノ自身が既に分かっていた。きっと、分かるわけがないと確信してしまった。

 それは、高町なのはの才能ではない(・・・・)

 確かに彼女は凄まじい素質を秘めている。膨大な魔力量と類まれな空間把握能力、手にして間もなくデバイスを操り魔法を行使する腕前、何れもが天才と呼ばれるものなのは間違いない。

 だがそれではない。ただの天才であれば、こんなにも恐ろしい何かであるはずがない。

 それは、高町なのはに張り付いた、本来はあり得ざる存在。

 天才の肉体に憑りついた、前世の知識だけがある異物。

 

 天才(高町なのは)という才覚を、貪るように食らい尽くす凡人(お前)こそ――。

 

「ねぇ、ユーノ君」

 

 闇夜に狂い咲く■■の花。

 

「私に魔法(これ)を、くださいな」

 

 理解出来ぬ才覚を、狂気と人は蔑むのだ。

 

 

 




次回、前日談。
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