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戦いは熾烈を極めていた。
高町なのはとの戦いで消耗しきったフェイトとユーノは、なのはの願望を叶えて
リンカーコアは軋み、蓄積した疲労によって判断力が鈍る。
だが即席ながらも互いに協力し合うことによって、二人は徐々に暴走体を追い詰め、戦いより半時、遂に決着の時が来た。
フェイトが攪乱している間に練り上げた術式をユーノが展開する。瓦礫で構成されたゴーレム型の暴走体の四肢を、虚空より放たれたチェーンバインドの群れが縫い留めた。
だが暴走体の動きを完全には止められない。一秒もせずに千切られ始めるバインドは、持って数秒といったところだろう。
「今だフェイト!」
しかし稼ぐ時間はそれだけでいい。飛翔する雷の化身には、数秒あれば数十の斬撃を放つに十二分。
すなわちこここそ、残された全てを賭す瞬間。
勝敗を決する運命の時。
「やぁぁぁぁ!!」
上空から地面へと走るフェイトの、神速より放つ一閃が暴走体を斜めに裂く。返す刀で裂いた傷をなぞるようにバルディッシュを走らせて飛翔。次いで深く開いた傷口に魔力刃を突き立てた。
「ここでぇ!」
フェイトの全身より放電現象が起きる。リンカーコアに残された全魔力。
その全てを雷に変換し、その全てをジュエルシードへと直接ぶつけた。
思わずユーノが目を閉じる程の放電現象。なのはを倒した時と同等に近い雷によって、ジュエルシードは再び封印状態へと移行し、その体を構成していた瓦礫の肉体が地面へとばら撒かれた。
「ッ……!」
辛うじてバリアジャケットは維持しているが、もう飛行魔法を使う程の魔力すら残っていない。
積み重なった疲労。冷静な思考すら保てず、それでもフェイトはジュエルシードだけは己の手にしっかりと握り締めた。
「フェ……」
「フェイトぉぉぉ! 大丈夫かい? あぁ、こんなボロボロになって……!」
ユーノが声をかけようとする前に、戦いの終わりを察した真紅の狼――フェイトの使い魔であるアルフがフェイトの名を叫びながら地面に墜落しようとするその体を大きな背で庇った。
「心配、かけちゃった、ね……」
「いいんだ。あたしはフェイトが無事だったらそれで……」
「そ、っか……」
誰よりも主人の身を案じるアルフの優しさが、疲労困憊の身に染み渡る。
いっそこのままこの柔らかな体に身を委ねてしまいそうになるが、フェイトにはまだやるべきことが残っていた。
「アルフ、降ろして」
「……分かった」
地面に着地したところでアルフの背中から降りたフェイトは、こちらに歩み寄ってきたユーノと対峙する。
今回、なし崩し的な形で共闘し、事実として彼のサポートのおかげで暴走体を封じたため、フェイトはユーノに好感を覚えていた。
もしも立場が違えば同年代の友達になれたかもしれない。
だが残念ながら彼もまたジュエルシードを追っていると分かった以上、フェイトとユーノは共に居ることが出来ないのだ。
「……ジュエルシードは、貰っていく」
「え? ……い、いや待ってほしい。そのジュエルシードは危険なロストロギアで、封印処理をして厳重に保管しないと――」
「分かってる。でも、ごめんなさい。私にはこれが必要なの」
「そ、そんな……フェイトは、管理局の魔導士じゃ……」
「違うよ。私は、私の目的のためにここに来ただけ」
ユーノの表情が歪む。
彼もこの短いやり取りで分かった。分かってしまった。フェイトは確かになのはの暴挙に憤り、誰かを守るためにその刃を手に取った優しく強い少女だ。
だが、
そしてふと気づく。管理外世界に落ちたジュエルシードの所在を知っていてそれを欲しているということは。
「まさか……君が、君達がジュエルシードの護送艦を……」
元の発端はユーノであることは間違いない。
だがこの恐るべき事件の要因の一つに、フェイトが大きく関わっていることは容易に想像できた。
ユーノの中で決定的なものに罅が走る。窮地を救ってくれた人こそが、この惨劇の一因である事実。
つまり、また――間違えたのか?
「なんで……なんでこんなことを……!」
もう何も信用出来なかった。出来るはずがなかった。
ジュエルシードを発掘してしまった自分も、助けを求めた高町なのはも、そして今目の前にいるフェイトとアルフも。
誰も彼もが正義ではない。
誰も正しさを誇ることが出来ない。
「……私達は行くよ。ごめんなさい、それと……いや、なんでもない。行こう、アルフ」
ありがとうとは口に出来ない。ジュエルシードを欲する理由だって言えるわけがない。その権利はフェイトには無かった。
ジュエルシードが散逸した事実。
自分の母がそれを知っていた事実。
彼女も、薄々と気付くことがあった。だが、あの日々を取り戻すため、もう引き返すつもりはなかったから。
フェイトはアルフに跨ると、膝をついて項垂れるユーノへの未練を断ち切る様に視線を切った。
次に会う時には、なのは同様彼とも戦うことになるだろう。
その苦しさを胸に、フェイトは転移魔法を使ってその場を後にする。
「あ……」
残されたのは大量の死骸と瓦礫の山。その跡地に残ったユーノは、遠くより聞こえるサイレンの音を聞きながらどうしようもない現実に打ちひしがれた。
「あ、あの……!」
己を呼ぶ声に光を失った眼でユーノが振り向いた。
そこにはこの戦いでの唯一の生き残り。アリサが背中にすずかを背負って立っていた。
「あの……私達、えーっと」
「……ユーノ」
「そう、ユーノ、ユーノのおかげで助かったわ。だから、あの……ありが……!」
「やめてくれ!」
感謝の言葉なんて聞きたくなかった。自分にはその権利が無かった。
ジュエルシードがばら撒かれた原因は自分だ。
高町なのはの狂気を咲かせたのも自分だ。
結果、生み出された惨劇の全ては自分の責任だ。
そんな自分が巻き込まれた被害者に感謝される?
あり得ない。許されるわけがない。
「駄目なんだ……! 駄目なんだよ!」
行う全てが裏目、動けば動く程に悪化する状況。その中でもう一度信頼しようとしたフェイトですら、その目的は正しさとは無縁のもの。
ユーノは折れてしまった。歯を食いしばり、それでもと抗ってみせたけれど、もうどうにもならないと諦めてしまった。
「僕は、屑だ……!」
もう何も見たくない。動きたくない。
その結果、再び行われるだろう悲劇があると知っていても、ユーノは自分の足で立ち上がろうとする気力が一切湧かない。
涙すら流れることのない絶望に浸る。
ユーノ・スクライアはここで終わりだった。
「……なんで、そんなこと言うのよ」
そんなユーノに、アリサはポツリと声をかけた。
ユーノの治癒によって穏やかな寝息をたてて眠るすずかを優しく降ろし、俯くユーノに歩み寄る。
視線を合わせるように屈むが、ユーノは反応すらしなかった。自責の念から自分の殻に閉じこもり、周囲に一切の関心すら見せていない。
「ねぇ、なんでそんなこと言うのよ!?」
それがアリサには許せなかった。
彼女はユーノの事情を知らない。それどころか、今日の惨劇で起きたあらゆる出来事をアリサは知らなかった。
だがアリサは知っている。
ユーノ・スクライアが、その身を賭して二人を守り、死にかけのすずかの傷を治してくれたことを知っている。
「あなたが助けてくれた! とっても怖かった! もうここで死んじゃうんだって諦めた! だけどあなたが助けてくれたじゃない! 私達を救ってくれたのはあなたなの!」
自然とアリサの瞳にも大粒の涙が浮かんでいた。
ぶつけた思いは際限なく胸の内からこみ上げて、言葉に出来た思いも、言葉に出来なかった思いも全てが一気に口から出てくる。
「嬉しかった。ホッとした。私達だけ助かったことが辛くて、だけどすずかも私も生きてるの! まだ怖いし、これからもずっと怖いんだって思う。だけど、だけど!」
ユーノの頬を両手で挟んで無理矢理自分へとアリサは向けた。
意志を灯さない瞳に反射して自分の泣き顔が覗けるような距離。その魂が抜けきった顔が悲しかった。命の恩人が折れてしまったことが辛かった。
「ありがとうの気持ちは本当よ」
「止めてくれ……」
「来てくれてありがとう」
「止めてくれ……!」
「助けてくれてありがとう」
「もう止めてくれ……!」
「私達を守ってくれてありがとう」
「だからもう――ッ!」
ふわりと、ユーノが柔らかさに包まれた。幼い少女に抱きしめられていた。
「だから、私で良いならここで泣きなさい」
「あ……」
「私は何も知らないわ。だけど、命の恩人が傷ついてるのに何も出来ないなんて嫌」
だからせめて、張り裂けそうな思いを受け止めることくらいはしたかった。
優しさが胸に染みる。絶望に潰れ、狂気に折れ、現実に砕けた心が繋がっていく。
激しい痛みがユーノを襲った。物理的な痛みではない。罪への思いが、形を戻した心をもう一度傷つける痛みだった。
だけど、今はアリサがここに居た。
どうしようもないけれど、アリサ・バニングスは優しく抱きしめてくれていたから。
「僕の、せいなんだ」
「うん」
「僕が間違えて、僕に力が無かったんだ」
「ううん」
「でも、頑張ったんだ。こんなことにならないように、僕に出来る精一杯をやったつもりなんだ」
「うん」
「だけど、だけど……! 僕は、誰も守れなくて……!」
「ううん。違うわ」
アリサは微笑んだ。それだけは違うと教えてくれた。
「あなたは、私達を守ってくれた」
惨劇は起きた。
これからも惨劇は続く。
少なくともジュエルシードが集まり終わるまで、この惨劇は繰り返されることになる。
だがアリサは言うのだ。それら一切を知らずとも、きっと、知ったうえでも言えるのだ。
「ありがとう、ユーノ」
「う、うぁぁぁぁ! あぁぁぁぁあああ!!」
ユーノは泣いた。己に溜めこむのではなく、その罪を涙として吐き出した。
罪が消えるわけではない。今後も罪は重なり続け、何れ罰せられる日はくるだろう。
だが、ユーノは守ることが出来たのだ。
あの地獄の中で震えるだけだった少女達を、守ったことは確かな真実だった。
一つの戦いが終わり、次の戦いはすぐ始まる。
これからも先、ユーノは何度だって間違えて、折れることだろう。
だけどもう一度、何度だってもう一度。
少年は、この現実と戦うのだと心に決めた。
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次元空間。平行世界とも呼ばれる様々な世界を渡り歩くための道とも言えるその空間を航行する船、次元航行艦アースラ。時空管理局、平たく管理局と呼ばれる数多の次元世界の平和維持を目的とする組織に属するこの船は今、重苦しい空気に満たされていた。
「……事態は最悪と言っても過言ではないわね」
深刻な口調で呟くのは、アースラの艦長であるリンディ・ハラオウンだ。彼女の視線は、偶然キャッチした小規模の時空震の調査として先行して飛ばした探査機よりの映像へと向けられていた。
第97管理外世界。魔法という存在が認知されていないこの世界では通常、魔法の使用や、ましてやその存在が露呈することなど起きてはならないはずだった。
だが今リンディを含めたアースラの船員が見ているのは、魔法の行使、露呈はおろか、意図的なロストロギアの暴走と非殺傷設定を解除した魔法による一般人の殺戮の映像。戦いに慣れているはずの船員の一部が思わず目を逸らしてしまうほどに凄惨な光景がそこには映っていた。
「ロストロギアの散逸と暴走による次元震の多発。ここまでならあまり喜ばしくないけれどまだ許容できる範囲だった」
「……ですが、これ以上後手に回るわけにはいかない」
リンディの言葉を継いだのは、黒のバリアジャケットに身を包んだ、未だ幼さの残る少年、クロノ・ハラオウン。リンディの実子でもある彼は、同時にアースラにおける実働部隊の最大戦力であった。
先日、次元空間の航行中に偶然察知した次元震反応。よもやそれがここまでの事態になっているとは誰が想像できただろうか。
これは魔法の露呈云々の話ではない。指名手配されている次元犯罪者と同等、あるいはそれ以上に危険な人物による大規模テロ事件。今すぐにでもこの凶行を止めなければ、事は管理外世界だけではとどまらない。
「一刻も早く現場に急行します。クロノ、到着次第、貴方はすぐ出撃を」
「了解しました。……必ず、止めてみます」
いつものような気楽さはリンディとクロノには無い。
それほどに今回の事件は危険だ。迅速な対応をしなければ、この危険な少女はさらに過激なテロ活動を行うだろう。
「……それにしても、こんな少女がなんで」
映像に映る犯人の姿を見て、リンディは恐ろしさと痛ましさを感じていた。
天使の如き白いバリアジャケットを纏い、悪魔の形相でジュエルシードを暴走させる少女は、どう高く見ても精々クロノと同年代にしか見えない。いや、それはリンディの願望だ。彼女の冷静な部分は、この少女が未だ十歳にも満たない少女だと見抜いていた。
その事実が恐ろしい。恐ろしくないわけがない。
未だ人格形成すら危うい少女が、人が虐殺されている光景に歓喜し、嬉々として魔法をばら撒き周辺一帯を破壊しつくす。
狂っている。間違っている。現実を信じられない。
だがこれは全て事実であり、ならば最早、躊躇う理由は無かった。
「クロノ、非殺傷設定は解除しておきなさい」
「それは……! 分かりました。そういうことで、よろしいのですね?」
「えぇ……ごめんなさい」
「それは言わない約束だよ、艦長」
クロノは気丈に笑ってみせた。リンディが申し訳なさに顔を顰めているが、大丈夫だよと主張するように力強く胸を張る。
非殺傷設定の解除。それが意味することは一つ。
――あの少女は、
ジュエルシードは複数存在し、例の少女――高町なのはが保有していないと楽観することは出来ない。
下手に非殺傷で無力化した結果、隠し持っていたジュエルシードを起動させる可能性が無いとは言えない以上、これは当然の処置と言えた。
葛藤が無いわけではない。自分よりも一回り幼い少女をこの手にかける意味が分からない程クロノは幼くない。
だがそうしなければ、なのはにやられるのはクロノなのだ。
「やるさ、必ず」
舞台に役者が揃うその時は、近い。
例のアレ
Q.管理局もフェイトそんも来るの早くね?
A.なのはさんが(虐殺を)頑張りすぎたせいです。