4月。冬という長い眠りから目覚めた自然が、誰にも邪魔されることなく太陽の光を浴びることができる季節。桜の木が長い一本道に並び、咲き乱れるその景色は、植物よりは季節の変わり目を感じにくい人間にも『春』が来たことを知らせている。
その桜道を歩く二人がいた。
(こんなにこの道は綺麗だったんだなあ)
辺りを見回しながら茶髪の少年は、春が魅せる景色に陶酔していた。去年も通っている道、しかしその時は入学したてのころで、景色などを楽しむ暇はなかった。新しい学園生活に、初めての1人暮らしとなってはそんな余裕を持てる方がおかしい。
だが、さすがに2年目となれば緊張などとは無縁である。
(・・・まあ、試験の結果がまだ分からなかったりすれば少しくらいはドキドキしていたのかもなぁ~)
クスリ、と苦笑いが漏れる。
「・・・明久、どうしたの?」
ふっ・・・と横から声がかかった。そちらを見れば、少女・・・いや、僕の最愛の女(ひと)が僕を見つめていた。黒髪をなびかせて歩く姿は大和撫子を連想させる。一見無表情に見える表情だが、さっきの僕の行動を心配しているのが伝わってくる。
「何でもないよ、ちょっと思い出し笑いしちゃっただけ」
「・・・なら、いいけど・・・何かあったらすぐに言って」
「りょーかい」
再びクスリと笑みが漏れた。彼女はいつも過剰なまでに僕のことを気遣ってくれる。だが、心配性だなあ・・・なんては言えない。実際迷惑をかけているわけで。
いや、うん・・・ちょっとね、財布に野口さんすらいない時に昼食の弁当お願いすることが多々ありまして・・・本格的に残金がヤバいって時に限って欲しい新作ゲームが発売しちゃうんだよねぇ。はいすみません、100%僕が悪いです。
「・・・明久」
「ん?」
「・・・見えてきた」
自虐しているところに恋人の言葉。顔を上げると、坂道の先にある見慣れた建物が見えてきた。春休みは半月ほどだったのだが、気持ち的にはもっと見ていなかったというか、妙に懐かしく感じている自分がいた。
文月学園
そこは僕らがあと二年間は過ごす校舎の名前である。
「おはよう・・・おお、お前らか」
坂道を登り切った僕らに声をかけてきた人物がいた。去年は、他の生徒と比べると倍以上聞いた、聞き覚えのある声である(主に生徒指導室や補習室で)。
「おはようございます、鉄人」
「・・・おはようございます、西村先生」
「ああおはよう。明久、何度も言っているがその呼び方はやめろ」
「いやぁ、自分でもやめたいと思っているんですけどねぇ・・・」
ちらっと声の主に目を向ける。自分より頭一つ分以上大きな背、今は近くにいるが、遠くから見てもはっきりわかるであろう筋肉の付き具合、立派な角刈り。とどめに趣味はトライアスロン。
「ここまでそろっているんです。鉄人と呼ばずしてなんと呼ぶんですか!?」
「そうか、歯食い縛れ」
「ごめんなさい」
芝居ががった叫び声を出した次の瞬間には土下座をしていた。鉄人は有言実行の人物であると身をもって知っている。
「・・・はぁ。勉強はできるようになってもそういう場所は変わらんなあ」
「そういう性格ですんで」
「まあ、いい。ほら、お前らの分だ」
「お、準備がいいですね鉄人」
土下座を解いた後に鉄人から茶色の封筒を2封が渡された。表面には「クラス通知表」という字が存在感を示すようにでかでかと書かれており、裏面に名前が書かれていた。
一つは自分の名前である「吉井明久」、そしてもう一つは・・・
「はい、こっちが『翔子』の封筒ね」
「・・・ありがとう、明久」
名前を呼んだ恋人・・・翔子は、はにかむような笑顔を見せた後、早速封筒を開ける作業に入った。つられるように自分も開封に着手する。
「しっかし、鉄人。このクラス分け発表って毎年こんなめんどくさい方法とっているんですか?こう、電光掲示板とかでパパッとやったほうが早いと思うんですが」
「そんなことは百も承知だ。が、この学校の方針でな。個人情報が関係していることもあり、去年からこのような形になった次第だ」
「・・・お疲れ様です」
「それはまた大変なことで」
去年とはずいぶん最近な話である。そういえば、この学校・・・『文月学園』は複数のスポンサーの援助で成り立っているとも聞く。その方面からプライバシー関連の注意が来たとかそんなことがあったのかもしれない。まぁ、生徒個人にとってはどうでもいい話である。そんな難しいことよりも今日の昼食について考えるほうが自分らしい。
そうこうしている内に封筒を開け(破ったともいう。翔子のように丁寧にのりをはがす選択肢なんてとっくの昔に幻想入りしている)、紙を取り出した。一応確認はしてみたが、紙には予想通りのアルファベット・・・『F』の文字が書かれてあった。
「今回のことに関してはお前らしいというべきだろうな」
「当然ですよ。翔子より大事なものはありませんので」
「・・・///」
「のろけるなら余所でやれ。まぁ、クラスがクラスだが、お前たちには他の生徒の模範になることを期待しているぞ」
「生憎、そんなガラじゃありませんよ、自由気ままがモットーですからね」
それじゃまた後で、といいながら僕は左手を翔子に差し出した。その手が温もりを受けたことを感じながら、一歩ずつ、文月学園に近づいて行った。
4月、それは始まりの季節である。
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