Fクラスの代表が最前線に出てきた。そのことを認識したとき、俺は欲を抑えることができなかった。
「斉藤!代表を討て!」
「言われなくても倒すぜ!」
その言葉は無意識の内に出た。自分も代表という立場のため、この戦争中は常に冷静であろうと言い聞かせながら動いてきたのだが、突如目の前に出てきた勝利の可能性に飛びついてしまったのだ。
普通なら、これは罠だと考える。考えてみてほしい。戦死すれば即クラスの敗北が決定してしまう代表が、大した点数を所持していない状態で先頭に出てきたのだ。馬鹿なFクラスだから出てきた、という考えはもう通用しない。この場合の『馬鹿』とはあくまで点数が低い者への言葉である。
逆に言えばそれだけだ。点数が低いからと言って、自分たちDクラスと同学年であり、今までの生活を通してそれなりの常識を身に着けているはずである。代表が先頭に立つという行為がどれだけ非常識なものであるか・・・仕掛けられた自分たち以上に、実行したFクラス自身が分かっているはずだ。例えるなら未来日記をジャグリングしながら相手とバトルをするような状況であり、リスクが大きすぎる。このことを考慮すれば、出てきたFクラス代表に対して点数の低い生徒をぶつけて様子を見る、といった行動も考えられた。
だが、無理だった。自分にはそれができなかったのだ。
「うおおおおおおお!!」
斉藤の召喚獣が敵代表の召喚獣に突っ込む。これで終わらせる、という気迫のこもった声と合わせての突進であった。レイピアを真っ直ぐに構え、わき目も振らずに走って行った。その勢いに乗り、最前線のクラスメートもすぐに召喚獣を召喚した。
『数学
Dクラス 蘆谷瀬 131点
山崎蓮子 122点
大谷孝弘 101点 』
出現した召喚獣は、地に足を付けると同時に駆け出していく。3体の、いや、合計4体の召喚獣とその召喚元である4人の視線は当然のごとく、一点に集中していた。追随するようにフィールド外の生徒らも隙間無く扉を包囲する。フィールドの狭さが響き、これ以上は召喚できないが、誰かが戦死してもすぐに入れ替わることができる体勢をとっている。もちろん、斉藤が勝負を決めてしまえばそんなことをしなくてもよい。
「・・・ったく、モテ期到来か?男には興味ないんだがなぁ」
そんな緊迫した場にそぐわない声を挙げる者がいた。赤に近い髪を持つ長身の男子、坂本雄二その人である。どんどんと近づいてくる敵の召喚獣が見えているはずなのに、二ヤついた笑みを隠そうとしない。その表情からは、緊張や不安が読み取れなかった。
絶対に何かある。
こうまでされたら、いくら自分でも違和感に気付く。だが、その時には最前線の人物らが突撃をしていた。瞬時に、止めようとしても無駄だと感じた。代表である自分が宣言した攻撃命令、それを止めることができるのは自分だけである。しかし、ここで中止命令を出せば、一度生まれた勢いを消してしまう恐れがある。
何より、優柔不断な代表だと思われるのが嫌である。命令して、それをすぐに取り消すような者にいつまでも従ってくれるほど、クラスメートは仏様ではない。なにより、教師を呼んでくる時の件で、軽い反発を受けている。
(これ以上信頼を失うのはまずい・・・)
そう考えた自分が選んだのは、『突撃を止めずに戦況をみる』ことだった。言い方を変えれば命令だけ出して何もしない、とも読み取れる行動である。その決定の根本にあったのは、クラスメートとの関係の配慮であり、この戦争の勝敗への影響などはあまり考慮されていなかった。
相手がFクラスとはいえ油断してはならないと思っていたはずなのに、最後まで『自分たちはDクラスだしなんとかなる』という気持ちを捨てることが出来なかったのだ。
自分が心を決めた時には、斉藤の召喚獣は間合いに入ろうとしていた。相手と倒そうと武器を手元に引き寄せ、溜めの体勢を作り、どんどんと相手との距離を詰めていく。
それでも相手の代表は動かない。召喚獣とともに、腕組みのポーズをしたままでいる。
そして、剣の間合いに入った。溜めた状態からレイピアが突き出される。その剣先は真っ直ぐに、相手召喚獣の胸に吸い込まれようとしていた。
いけるか!?、と思わず身を乗り出した。
『教科 数学
Fクラス 島田美波 272点
VS
Dクラス 斉藤俊憲 0点 』
一瞬後には、斉藤の召喚獣が真っ二つに切り裂かれていた。
何が起こったのか、さっぱり分からなかった。あれだけ勢いある声を挙げていた斉藤が口を開けたままの状態でピタリと止まった。本人も何が起きたか分からないようだった。181点あった点数が0点になっている。・・・いや、正確に言えば、自分も斉藤も分かりたくなかっただけなのかもしれない。
エースが戦死したことで他の3人も足を止めている。本来なら、戦死した人数分カバーに入らなければいけないはずの、周りのDクラス生徒らも足を止めている。希望の星がこうもあっけなく散ったのだから仕方のないことだ。
そんな中、ゆっくりと動く人、いや、召喚獣がいた。西洋の軍服のようなものを纏い、右手に持ったサーベルを振りぬいた格好から、静かに構えを解く。Fクラス代表の召喚獣にレイピアが触れる直前、教室から飛び出して武器もろとも斉藤の召喚獣を真っ二つにしていたのだが、この時の自分は代表の召喚獣だけを見ていたせいで、その動きに気付くことが出来なかった。生徒らは放心した顔でその召喚獣に焦点を合わせ、表示されている点数を視界に収め、再び呆然とした。
「代表、引き付けすぎ。少しヒヤッとしたわ」
沈黙を破るように、廊下に声が響く。あまり大きい声ではなかったが、Dクラス全員が呆然としている状況だったため、その声は自分のところまではっきりと聞こえてきた。間を置かずして、女子が一人、教室から出てきた。その姿は、着ている服装を除けばサーベルを持った召喚獣と酷似している。
それと入れ替えるように、相手の代表の召喚獣が扉の向こうに隠れてしまった。攻撃が当たる瞬間に後ろに跳び、そのまま味方が大勢いるであろう教室に入って行ってしまったのだ。しかも、女子のほかに数体の召喚獣が扉を通せんぼする形で出てきた。
この光景を見せられれば、いくら呆然とした頭脳でも理解できる。
自分たちは嵌められた。最初、代表だけでなく女子の点数も表示されていたにもかかわらず、自分たちは代表ばかりに目がいってしまい、ほかのことを見ようとしなかった。仮にきちんとみていたとしても、Fクラスだからという理由で、見間違いと処理していただろう。
「釣られクマー・・・ってか?いやはや見事に引っかかってくれてありがとうな」
「・・・っ、てめぇ!」
「ば、馬鹿!追うな!」
代表の言葉が気に障ったのか、すでにフィールドに召喚している生徒3人が、扉を突破しようと突っ込んだ。だが、200点近くあっても一撃で粉砕されたのだ。Dクラス平均レベルのものが束になって掛かったところで、勝てる見込みは薄い。声を挙げて止めようとしたが、その時には相手の間合いに入っていた。
3体の召喚獣が剣を振りおろし、対する相手の召喚獣はサーベルを振り上げる。ガキン!、と耳障りな金属音がして、お互いの武器がぶつかったのだが、意外なことに、そのまま拮抗状態になる。1対1であればバターのように武器が真っ二つにされていたところだったが、3体分の力が集まったことでなんとか相手の点数に対抗できていた。
しかし、それでは負けと同じである。
『ザシュッ!』『ザクッ!』
3体のうち、両脇の2体が剣で、槍で体を貫かれ消滅した。それにより点数の拮抗が崩れ、残った1体の召喚獣の剣が真っ二つにされる。点数で負けているうえに武器なしでは勝てるはずもなく、数秒も持たずにサーベルで切り裂かれて0点となった。
『数学
Fクラス 島田美波 272点
飯田清 84点
伊東真司 49点
VS
Dクラス 蘆谷瀬 0点
山崎蓮子 0点
大谷孝弘 0点 』
こちらが束で戦うことができるなら相手だってそうである。2体の召喚獣が動いたところは、Dクラス生徒3人も見えていたみたいだが、迎撃しようにも今目の前にあるサーベルを抑えるので精一杯だったため、動くことができないままモロに攻撃を受けてしまったのだ。
鉄人に担がれ、(絶叫付きで)去っていく3人に心の中でお祈りをしながら、これ以上数学で戦うのは不味いと考えた。Dクラス平均レベルの点数では、3,4人が束になってやっとあの女子と戦えるか、といったところだ。当然、ほかのFクラス生徒も相手にしなければいけないため勝てる見込みが薄い。数で押そうにも今の教師が展開している召喚フィールドが狭すぎる為、十分な人数を召喚できないだろう。
見渡すと、いまだに混乱から抜け出せていない状態のクラスメートらがいた。考えている余裕はあまりない。すかさず、大声を出す。
「落ち着け皆!今からフィールドを切り替える!相手はFクラス、一教科たまたま高かった相手だ!日本史のフィールドに変え次第、皆召喚して扉に突撃するぞ!・・・先生、お願いします!」
数学教師にフィールド解除をお願いし、同時に日本史教師にフィールドの作成を頼んだ。二人の教師は大声に驚いた表情を見せたが、自分がよほど必死な顔をしていたのだろう、すぐに承認してくれた。フィールドがいったん消え、直後に何倍もの広さを持つフィールドが生成された。その範囲たるやFクラス教室はもちろん、隣のEクラスにまで届きそうな広さである。自分たちDクラス全員がフィールドに入ることができ、なお余裕があるほどだ。自分の声の効果もあったのか、あるいは展開されたフィールドに気付いただけなのかは分からないが、クラスメート達が正気に戻り、次々と召喚の呪文を口にしていく。
『日本史
Dクラス 合計42人 平均129点 』
召喚獣を人口、といっていいかは疑問であるが、もともと詰めて立っていたFクラス前廊下の人口密度がさらに高くなった。これでDクラスの全戦力がここに集結したことになる。
対するFクラスは・・・
目をこする。錯覚だろうと思い、いや必死に思い込み、何度も目をこする。何度も、何度もだ。目の前の光景を否定するために、自分は目をこすり、はっきりと目を開いてもう一度それを・・・その人物を見た。
「この瞬間を待っていたよ!試獣召喚!」
その人物をはっきりと目にし、その声をはっきりと耳で聞き、それでもなお、自分は否定しようとした。ありえないと首を振った。目の前の人物を現実として認めてしまえば、それは・・・
「・・・何故だ」
それは・・・
『日本史
Fクラス 吉井明久 562点 』
「何故君がっ、Fクラスにいるんだ!?吉井君!」
自分たちの敗北を認めることと同じなのだから。
文才どこかに埋まってませんかね・・・?