雨が止むまで   作:シャール

6 / 7
ホントはここで終わってもよかったんですがどうしても次を書きたかったのであと一話残ってます。それからこの話がおそらく最も長いです、読みにくかったらすみません

UA100!お気に入りも4件と初めてなのにこんなに多くの方に読んでいただけてとても嬉しいです


六日目

「・・・・・・・雨、止むんじゃなかったのかよ」

 

雨風が窓を揺らす音で目が覚めた俺は思わずそう呟いた

天気予報は昼過ぎと言っていたがこの雨で本当に止むのかは少し疑問だ

スマホで時間を確認すると朝七時過ぎ、少し早いがもう起きてしまおう

起きる際に楓を起こしてしまわないように静かに部屋を出る、幸い楓はまだ眠ったままだった

 

朝食は静かに作れるカップ麺で済ませる、本当なら楓の作ったものが食べたいが今はあまり起こしたくない

きっかり3分待ってゆっくりと食べる、時間はまだあるから急いで食べなくてもいいだろう

その後あらかじめ出して置いた着替えに着替え出かける準備をする

準備を終えもう一度寝室の楓を確認する

 

「・・・・・・まだ寝てるな」

 

そっと扉を閉めると机の上に書き置きを残すために紙とペンを用意する

 

『話をしてくる、家で待っててくれ』

 

そう短く書くとそれを残し玄関へと向かう、家を出る時の言葉は「行ってきます」ではなく自嘲の言葉だった

 

「────────これじゃあ、あの時の彼女と一緒だな」

 

 

 

 

傘を手に待ち合わせ場所へと向かう

雨の中進むとあの神社が見えて来くる、相変わらずの雨のせいで人の姿はない

横を通り過ぎるとき、昨日楓が見ていたポスターが目に入る

 

「・・・・・・あの男、一体どういうつもりなんだ」

昨日のことを思い出していた俺の口から出た言葉は、誰に返されるわけもなく消えていった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────────────お父さん?」

 

楓の消えそうなほど小さな声、しかしそれは俺の耳にしっかり届いていた

 

「楓、今お父さんって────────」

「お前、今までどこほっつき歩いてたんだ。ったく面倒かけさせやがって、ほらさっさと帰るぞ」

 

面倒臭そうにそう言うと男はこちらに近づいて来る

突然のことに動揺する俺をよそに楓を連れて帰ろうとする

 

「っ! い、イヤ!」

 

楓はその手を振り払うと俺の後ろに逃げる、その声で動揺から立ち直った俺は楓をかばうように手を伸ばす

 

「あ? なんだお前」

「・・・・・この子を預かっている、ただの大学生だよ」

 

手を払われたことか、見ず知らずの男が出しゃばってきたことか

────────────おそらく両方だろうが。若干苛立った様子の男に軽く返す

 

「預かっていただ? ・・・・・・ああ、なるほど。そういうわけか」

 

俺と楓を交互に見て一人納得した楓の父親は薄気味悪い笑みを浮かべると

 

「明日の朝は暇だろ」

 

そう切り出してきた

 

「なに?」

「だから、明日の朝は暇だろって言ってんだよ」

「・・・・・たしかに用事はないが」

「なら明日の朝8時半に駅前の喫茶店で話そうじゃないか。もちろん、そいつのことで」

 

自分の娘のことを『そいつ』呼ばわりすることに若干の苛立ちを感じつつ平静を装って承諾する

 

「オーケー、なら明日の8時半だ。遅れてくんじゃねえぞ」

 

そう言うと父親はさっさと帰っていった、彼の行動の意図がつかめず去っていった方向をジッと見ていると

腕をギュッと強く掴む感覚が後ろからしてくる

腕の方を見れば楓が俺の腕に抱きついていた、後ろにはさしていた折り畳み傘が転がっている

『大丈夫か?』そう聞こうとして気づく、小刻みに楓の体が震えている

俺はもう片方の手で楓に触れようとしたが傘を持っているせいでうまくいかない

 

「楓、一回離れてくれるか?」

 

楓はピクッと肩を震わせたがゆっくりと腕から離れてくれる

俯いているため表情はわからないが悲壮的な雰囲気がにじみ出ている

俺は離れた楓の頭を抱え込むように腕を回すとそのままゆっくりと頭を撫でてやる

 

「大丈夫、大丈夫だ。だから、心配すんな」

 

そう声をかけると徐々に体の震えが収まっっていくのがわかる、しばらくそうしていると小さな声で「もう大丈夫」と聞こえてくる

俺が手を離すと少し落ち着いた表情の楓と目が合う

 

「・・・・・楓、明日は俺一人で行ってくる。お前は家で待ってくれないか?」

「で、でも・・・・・」

「ごめん、でもいざって時に────────情けないけど俺でお前を守ってやれるかわからないんだ。だから」

「・・・・・わかった」

「・・・・・ありがとう」

「でも、ひとつだけ約束して。必ず帰ってくるって」

 

そう言って俺の目を見つめる、その目には希望と不安が入り混じっていた

 

「────────ああ、約束する。絶対に帰ってくる」

 

俺がそう返すと楓は安心したような笑みを浮かべてくれた─────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────昨日はあの後家に帰ると楓はすぐに眠ってしまった

1日の疲れがたまっていたのだろう、だから今朝も俺が起きても起きなかった。

今日ばかりは起きていないことが幸いだった、正直、なんて言って、どんな顔して別れればいいのかわからなかったからな

 

そうこうしていると目的の喫茶店の目の前まで来ていた

中に入って店内を見渡すと朝ということもあってあまり人の姿はない

あの男の姿も見えないからまだきていないのだろう 、先に二人分の席を確保しておくことにする

店員に案内された後コーヒーを頼み席に座って待つ

しばらくして店員がトレーにコーヒーを乗せてやってきて俺の前に置くと頭を下げて去っていく、時間を確認すると約束の五分前。そろそろ来てもいい頃だが────────

 

カランカラン

 

店の扉につけられた鐘がなる、扉の方に視線を向けるとあの男が立っていた

店の中を見回す仕草をした後俺と目が合う、そのままこちらに歩いてくると乱暴に椅子に座る

 

「遅れずに来てるとはえらいじゃねえか」

「あいにく時間は守る主義なんだ」

 

一言目から小馬鹿にするようなことを言われムッとする感情を抑えこちらもかえす

 

「ハッ、そいつはいい心がけだ。せいぜい忘れないことだな」

 

そう言うとそいつは注文をすべく店員に声をかける、「紅茶をもらえるか」そう短く済ませるとこちらに向き直って口を開く

 

「さて、俺も暇じゃない。話を始めようか、まずはお前がどこで楓と会ったのかを聞かせてもらおう」

 

上からな発言に辟易としつつも俺と楓の出会ったときのことや楓の家のことを話してもらったことなどをかいつまんで話していく

俺が話し終えると男は短く「なるほどな」とだけ言うとすでにテーブル置かれていた紅茶に口をつける

 

「・・・・・それで、あんたは楓を連れ戻しに来たんだろ」

「ん? ああ、最初はそうだったんだがな。────────気が変わった」

「どういうことだ?」

「そのまんまの意味だよ、気が変わったから連れ戻す気は無いってことだ。むしろ今のままお前に預けっぱなしにしておきたいまであるな」

 

冗談を言っているのか?そう思ったが男の目は嘘を言っていない、つまり

 

「本気で言っているのか」

「本気さ、それに俺は近々海外に転勤することが決まっていてな。あいつだって見ず知らずの土地よりもここに残った方がいいだろう?」

 

そう言って笑いかけてくる男は側から見れば娘のことを考える父親だろう

────────側から見れば、だが

 

「・・・・・本心を言えよ、そんな御託を聞きにきたんじゃない」

 

睨みつけるように視線を送ると男はこちらを嘲笑うようにこちらを見返してくる

 

「そう睨むなって、お互い悪い話じゃないだろ? お前は俺にあいつを渡したくない、俺はあいつを手放したい。ほら、利害は一致しているじゃないか」

 

そう言いきる男には悪いと思っている様子はない

その姿を見た俺は言いきれない憤りを感じ椅子を蹴る勢いで立ち上がると男の襟首を掴む

 

「お前はッ! あの子の父親だろ、どうしてそんなことが言える!」

 

掴みかかってきた俺を怪訝な目で見ていた男は1人納得したように声を出す

 

「────────ああ、なるほどな。お前は知らないんだったか」

「・・・・・なんのことだ」

「いやなに、あいつが知らないことをお前に話せるわけがないよな」

「だから、何の話をして────────」

「俺はな、あいつの“本当の父親”じゃないんだよ」

「────────は?」

 

唐突に明かされた話に固まった俺の腕を引き剥がすと、男は椅子に座りなおし

紅茶を一口飲んでから語り始めた

 

「あいつの本当の父親はあいつがまだあの女の腹のなかにいる頃に雲隠れしてな、以来行方不明だ。あの女も最初は1人で育てて行くつもりだったらしいが結局は不安に負けて俺に父親になってくれないかって言ってきた。あの女は今で言う元カノ、元カレって関係でな、頼るにはうってつけだったんだろうよ。

 

もちろん断ろうと思ったさ、だがあいつが高校を卒業したら離婚してくれて構わない、お金も払うって言ってきてな。悪くない話だ、そう思ったさ。

その条件で俺はあいつの父親代わりになったんだ

 

それなのにあの女は、あいつが中学に上がる間近になって急に

 

『もう辛いから分かれてほしい、子供もあなたが引き取って』

 

なんて言い出しやがった、俺が約束の事を口にしたら

 

『あなたのそう言うところが嫌なの、子育てだって私が今までやってきたんだからこれからはあなたがやるべきよ』

 

そんな意味のわからない理由で納得できるわけないのにな、その後はもうただの怒鳴り合い

裁判を起こすってとこまで話をされて結局俺があいつを引き取った

結局金ももらえずお荷物だけを背負わされた結果だよ、ったくついてねえ

 

もうわかっただろ、さっきお前は俺に父親なのにとか言ってたが。

俺はあいつの父親でもなんでもないんだよ、だからお前の意見は的外れだってことだ」

 

そこまで話すと男はもう一度紅茶に口をつける

 

「────────だいたいお前もなんだ、お前は俺にあいつのことを渡したくなかったんだろ?

それなのに俺に父親としての役割は求めてくる。まるで気持ちが定まっていない、そんなんで一体俺に何を言うつもりだったんだ」

 

俺は反論しようとして口を開くが、言葉は出てこなかった。あの男の言っていることは事実だとわかっているからだろう

そんな俺の姿を見た男はフッと短く、嘲るように笑うと1人で話を続ける

 

「おれは明後日にはこの国を発つ、楓の荷物なんかは必要最低限のもの以外は捨てるがそれ以外はこの喫茶店に預けて行く。会いたくないなら明後日以降にでも取りに来い、学費なんかは俺から出すつもりはない、そのつもりだったと思うがお前1人でなんとかしろ」

 

それだけ言うと男は小銭をテーブルに置くと店を後にしようとする

何か言わなければ、そう思っても言葉は何も出てこない。そうしているうちに男は店を後にしていた

 

────────────────俺は、最後まで、あいつに何も言い返せなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうやって帰ってきたのかはいまいち覚えていない、気がつけば住んでいるアパートに着いていた

周りを見てみれば雨脚は小雨にまで弱まっている

考えることを拒否していた頭が稼働し始め、そして一番の問題を俺の目の前につき出してくる

 

────────俺は、楓にどんな顔をして会えばいいんだろうか

 

あれほど憤りを感じていたのにあの男の言うことに何も言い返せなかった

楓の悲しみを知っていたのにそれを理解させることができなかった

結果的に楓を守れただけで、俺は何もできていなかった

そんな俺が今更楓にどんな顔をして会いに行けばいい、なんて言えばいいんだ

 

そんなことを今更考えても答えは出ない、わかっていても止められなかった

そして階段を上がり通路に出ると

 

「────────雅紀!」

 

名前を呼ばれ反射的に顔を上げるとこちらに走ってくる楓の姿が目に入る

楓は走ってきた勢いを殺さずそのまま抱きついてくる

 

「・・・・・よかった・・・・・ちゃんと帰ってきてくれた」

 

そう言う楓の声は少し鼻声だった、泣かせてしまっただろうか

反射的に伸ばしかけていた手を止め、ゆっくりと楓の肩に置くと少し力を入れて引き離す

 

「・・・・・どうか、したの?」

 

楓は不思議そうな、その奥に少しの不安を孕んだ顔をしてこちらを覗き込んでくる

その顔を見たとき、俺の中で感情を抑えていた理性の壁が崩れ落ちる音が聞こえる気がした

 

「────────っ! ・・・・・ごめん、ごめんな楓」

「・・・・・え?」

 

膝から崩れ落ち、謝罪の言葉を口にする俺に楓は戸惑いを隠せないでいる

 

「・・・・・俺は、お前が幸せに暮らしていけるようにしてやりたかった。その気持ちに偽りはないし今も変わってない。・・・・・でも、俺は無力だ。今回はお前を守ってやれた、でもそれは結果論だ、過程に俺の力なんかは微塵も含まれちゃいない

 

あの男は飄々としていた、楓がこんなに悩んで悲しんでいたのに

アイツは簡単に楓のことを手放した、理由があるとはいえ、形上だけだったとはいえ自分の娘であるお前のことを

そのことに俺は、間違いなく怒っていたんだ。間違ってるって言わなきゃダメだったんだ、

──────────────でも俺にはできなかった

アイツのしてきたことは間違いなく悪なのに、俺にはそれを正せなかった

 

正直、もう今となっては自信がないんだ

これからお前と一緒に暮らしていってもお前を幸せにできるのか

お前を守ってやることができるのか、って

 

なぁ、楓。お前は俺と過ごした毎日は楽しかったか、嫌じゃなかったか、辛くなかったか

─────────────家に帰りたいと、思ったことはないか。

もしそう思ったことがあるなら、・・・・・ここを出て行っても構わない。代わりに育ててくれる人は俺が探すから心配しなくていい、家に帰りたいなら俺が話をつけてみる、だから──────────」

 

ふわりと俺の頭を抱きしめる感覚がして俺の言葉が止められる

頭上から楓の諭すような、落ち着いた声で話しかけられる

 

「・・・・・ねえ、雅紀。一緒に出かけた日の前の夜、夕ご飯一緒に食べてる時に私が雅紀に言ったこと、覚えてる? 

あの時私は、『私のことを真剣に考えてくれるのはすごく嬉しい、でもそれが雅紀の重荷になってるなら、それは私にとってすごく悲しいことなの』って言ったんだよ。

 

だから今雅紀がこんなに私のことを思っていてくれたって知れてとっても嬉しい

でも同時に、そのことで雅紀が苦しんでるってわかってすごく悲しいって感じてる私もいる

私にできるならその悲しみを取り除いてあげたいって思う、だから言わせて

 

『私は今まで雅紀と一緒にいて、嫌だったことも、辛かったことも、家に帰りたいと思ったことも一度もない。毎日が楽しくて幸せに満ちてた。

────────だから、これからも私といてください。これからも、私に幸せをください』

 

・・・・・ちょっとワガママだったかな、でもそれでいいって雅紀は言ってくれたし、

これくらいなら許してくれるよね?」

 

そう言って少し意地悪そうな笑みを浮かべる楓、その表情の裏にはどれだけの感情が渦巻いているんだろうか

 

「・・・・・俺なんかでいいのか、こんな情けない俺でもそばにいてほしいって、そう言ってくれるのか」

 

俺の言葉に楓は困ったような、少し悲しいような表情をする

 

「雅紀は情けなくなんかないよ、だって私のためにこんなに悩んで、傷ついて、ボロボロになっても私との約束を守って帰ってきてくれた、とっても強くて優しい人だもの。

だからそんな悲しいこと言わないで?」

 

楓は俺の目を見てそう言いきる、その目には強い意志が宿っていた

 

「っ! ・・・・・ごめんな、もうそんなこと言わない。いや、言わなくてもいいようにする。

お前を守って、幸せにできるだけの力をつけて。もうこんなことが起きないようにする

────────────ありがとな、楓。お前には助けられてばっかりだ」

「それはお互い様だよ、雅紀」

 

楓から離れて立ち上がり、感謝の言葉を言う俺に彼女も笑って返してくれる

 

─────────────女の子にここまで言わせたんだ、もう後には引けないな。

 

「────────それじゃあ。これからもよろしくな、楓」

「うん。これからもよろしくね、雅紀」

 

俺の差し出した手に楓の小さな手が合わさる

 

 

 

雨はもう上がっていて、雲の隙間から太陽が顔をのぞかせていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう・・・・・なんだ。あの人は私の本当のお父さんじゃ・・・・・」

 

部屋に帰った俺は悩んだ結果、楓に本当のことを伝えた。楓にはいずれ言わなければいけないことだと思ったからだが、やはりショックは大きいだろう

 

「楓、大丈夫か?」

「うん、ちょっとビックリしたけど。そんなにショックではなかったかな」

 

そう返してきた楓に俺は少なからず驚きを感じる、俺だったらそんなことは言えない

 

「・・・・驚いたよ、やっぱり楓は強いな」

「アハハ、そんなんじゃないよ。・・・・・なんて言うのかな、女の勘? って言うのかなやっぱり。それでなんとなくだけどそんな気がしてたのかもしれないね」

「・・・・・毎回思うが女の勘ってのは侮れないな」

 

麻衣の時もそう思った記憶があるし、やはり男にはわからない何か特別な力があるんじゃないかと疑ってしまう

 

「────────そういえば、楓も喋り方が前とは変わったな」

 

前まではポツポツと喋っていく感じであまりテンポよく会話はしなかった

 

「うん、こっちが私の素の話し方・・・・なのかな?」

「どうしてそこで疑問形なんだ?」

「もう長いことあっちだったから、どっちか本当かわからなくなっちゃった」

「そんなもんか」

「────────でも、多分あの話し方だったのは私の心が凍ってたから。それを雅紀が溶かしてくれたから戻れたんだと思う、やっぱり、雅紀には感謝してもしたりないね」

「なんだか改まって言われると照れくさいな」

「ふふ、照れなくてもいいのに」

 

そう言って笑う楓は本当に変わったと思う

以前はこんなに笑うことはなかったし話し方だって楽しそうに話す

表情も豊かになって全体的に雰囲気が明るくなった気がする

これが昔の楓だったのだろう、俺は昔の楓を知っているわけではないがそう言える

本当なら俺の力だけで成し遂げたかったが、素直に嬉しいと感じる

 

「? どうしたの雅紀」

「いや、なんでもないよ。ただ、幸せだなって」

「? いきなり何言うのかと思えば、変な雅紀」

 

そう言ってクスクスと笑う楓、本当に変わってよかったと思える光景だ

 

「────────おっと、もうこんな時間か。楓、昼飯はどうする?って言っても今うちの冷蔵庫にはろくなもんがない気がするけど」

「うーん、せっかくだから何か豪華なものにしたいけど。それは夕ご飯にしよっか」

「じゃあ昼はカップ麺だな」

「・・・・・私あれあんまり好きじゃないんだよね」

「そうは言ってもそれしかないんだから我慢しろよ、夕飯は・・・・・すき焼きにでもするか」

「本当!?」

「あ、ああ。せっかくだしな」

 

目を輝かせてこちらに身を乗り出してくる楓から若干離れつつ答える

 

─────────────なんか子供っぽくなってないか?確かに歳は俺から見たらまだ子供と言えるからいいのかもしれないが・・・・・

 

「今雅紀失礼なこと考えなかった?」

「・・・・・女の勘ってのも案外外れるもんだな」

 

・・・・・こんなに勘が鋭い女子は俺の周りだけだと信じたい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後楓からの追求を逃れた俺は家を出てバスに揺られながら目的地に向かっている

雨が上がって少ししたが傘を手に持っている人が目立つ、相変わらず中は混んでいた

目的地の大学前に着くとバスを降りキャンパス内へと向かう

敷地の真ん中あたりまで来てから一旦立ち止まり辺りを見回す

 

「さて、いつものあいつならすぐに来ると思うんだが────────」

「あれー? 先輩何してるんですか、しかも手ぶらで」

「────────やっぱりお前はいつもタイミングがいいな」

「え? そうですかね?」

 

自覚がなかったことに苦笑いしつつ早速話を切り出す

 

「お前、次講義入ってるか?」

「えーっとそうですね、でもどうしてそんなこと?」

「ふむ、お前単位の方は問題ないよな」

「え、ええ」

「なら俺に少し付き合ってくれないか、次の講義はサボって」

「うーん、それはいいんですけど。いったい何を?」

「お前には話しといた方が後々良さそうだと思ってな、楓のことなんだ」

「楓ちゃんがどうかしたんですか?」

「それを話そうと思ってるんだよ、とりあえず場所を変えよう」

 

俺は麻衣を連れてキャンパス内の食堂を目指した

 

 

 

 

 

 

「楓ちゃんにそんな過去があったなんて・・・・・」

「ああ、でもだからって接し方を変えたりはしないでもらえるか。そっちの方が楓も気が楽だろうし」

「ええ、わかりました」

 

あの後食堂に着くと端の席を確保して俺と楓の出会った頃の話や、楓の家のことなどを簡単にまとめて話した

流石に父親が違うことなんかは伏せたがそれ以外のことは話しておいた

 

「・・・・それで、どうしてこのことを私に?」

「お前は楓と仲がいいし俺ともそれなりに関係が深いからな、いざって時に、そうじゃなくても手を貸してもらいたかったんだ。それにお前はこういうことには口が硬いだろ?」

「・・・・・わかりました。それに、ここで断れるほど私も人でなしではないですからね」

「お前ならそう言ってくれると思ってたよ。それじゃ、これからもよろしくな」

「ええ、よろしくです。───────────ところで先輩、秘密はお互いの中をより深くするって話は知ってますか?」

「? いや、初めて聞いたが」

「さっき先輩は『俺ともそれなりに関係が深いからな』と言っていましたが、秘密を共有した私たちの関係は今どの程度のものなんでしょうか?参考までに是非教えてくださいよ」

 

そう言ってくる麻衣の顔は完全に俺をからかっている時のそれだった

 

「・・・・・お前、その口調になっても俺をからかう癖は無くならないんだな」

「当たり前ですよ、だって楽しいですもん。で、私の問いへの答えはもらえないんですか?」

「・・・・・・・・・ノーコメントだ」

「ふふふ、先輩照れてるんですか〜?可愛いとこあるじゃないですか」

 

完全に遊ばれていると分かっていても、どうしようもない現状に俺は大きなため息をついたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後しばらく麻衣と話していたが彼女の次の講義の時間ということでお開きになった

麻衣と別れた後大学をあとにした俺は夕飯の材料を買うべくスーパーに寄ってから家に帰った

 

「ただいま」

「──────おかえりなさい!」

 

俺の言葉に少し遅れて楓の声が帰ってくる

 

「すき焼きの材料ちゃんと買ってきた?」

「おう、当たり前だろ」

 

俺は買ってきた食材を台所に持っていくと材料を並べる

牛肉、ネギ、シラタキ、豆腐、白菜、春菊、卵、牛脂

 

「うん、材料はバッチリだね」

 

材料の確認をしていた楓は満足げに頷くとこちらを向いて

 

「どうする? ちょっと早いけどもう作っちゃう?」

「うーん、そうだな。ちょっと早い気もするけど遅いよりかはいいだろうし、作り始めるか」

「わかった、でも私すき焼きなんて作ったことないよ」

「んー、まあ調べてから作れば失敗はしないだろ。それに料理は直感だぞ」

「・・・・・すごい失敗しそうな人の意見だね」

 

なんだろう、今さりげなく言葉に棘があった気がする

だが実際それでわりかし上手くいくし失敗することも少ないのだが・・・・・

 

「まあいいや、レシピはネットで調べて。それを見ながら作ろっか」

「あ、ああ。そうだな」

 

───────────やっぱりレシピは見た方がいいのか?

 

 

 

 

 

 

 

1時間後

 

「・・・・・・ねえ、雅紀。私の言いたいこと、わかるよね?」

「・・・・・・」

「私言ったよね?『レシピを見ながら作ろう』って」

「・・・・・・」

「なのにどうしてレシピを見ないで作って、結果的に失敗してるの?」

「い、いやでも。見た目は確かにあれだが味は問題なかったぞ? ほら」

「そういうことは言ってないの! 結果的に良くなっただけよかったと思いなさい!」

「・・・・・すみませんでした」

 

現在俺は床に正座させられ楓からお叱りを受けている、原因は食卓に置かれているすき焼き(仮称)だ

俺たちは役割を分担して作っていたのだが、途中から俺がレシピを見るのが面倒になって大雑把な記憶と直感を頼りに作った結果

・・・・・その、なんだ、色が少し、ほんの少しだけだが黒くなってしまったというわけだ

味はさっきも言ったとおり問題はなかったのだが

 

「はあ、どうしたらすき焼きが“真っ黒”になるの・・・・」

「あーいや、その、なんだ。・・・・・冷める前に食べないか?」

 

結局俺は逃げに走った、正直この状況はひっくり返せる気がしない

楓は俺のことを少し睨むと

 

「・・・・・次からはきちんと“レシピ通りに”作ってね」

 

とだけいうと席についてくれた

 

「お、おう。勿論だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

結局そのすき焼きを一番食べたのは文句を言っていた楓だったのは言っておくべきだろう




すき焼きがどうやったら真っ黒になるのかはうぷ主にもわかりません(笑)

早いものでもう残すところあと一話になってしまいましたね。ここまで読んでくださっている方には感謝の言葉をどれだけ並べても足りないくらいです。

うぷ主的には評価、感想をつけてくれると嬉しいです
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。