次の日、イクスはいつもより早起きをした。
昨日からワクワクしていて寝付けなかったのだ。
そんな彼の性格を知っているイクスの母親は変わらずに彼を見送る。
「男の子だから旅をしたい年頃というのも解る。だけどね……、絶対に無茶はしないでね。怪我をしたら直ぐにポケモンセンターに行くのよ? あ、あとカバンに幾つかきずくすりを入れておいたから、何か緊急のことがあったら使ってね」
「そんなに気にしなくても大丈夫だよ、ティエルノたちも居るんだし」
「そうなんだけど……」
「あ! そろそろ、行かなくちゃ! ティエルノと約束していたんだっけ。それじゃ、いってきます!」
そう言って彼は足早に家を後にした。
母親はただそれを、静かに見守るだけだった。
◇◇◇
昨日ティエルノたちとポケモンを決めたあのカフェテリアには、既にイクス以外のみんなが席に着いていた。時刻は午前六時五十五分、即ち彼ら全員が約束の時間よりも前に着いたことになる。ワクワクが止まらないのは、別に彼だけではない。
「遅かったな、待たせちゃったか?」
イクスが訊ねると、
「ううん、みんなさっき一緒に来たとこよ」
イグレックはそう答えて帽子を整える。
「そうだよ、イクス。……さぁ、行こうか」
そう言ってティエルノが立ち上がり、次いで他の三人も立ち上がった。ティエルノがゆっくりと歩いた先には、町の玄関にもなっているアーチがある。かつて、この地方にあった王国がこのアーチを作ったとも言われているが、その真偽は定かでない。
アーチを潜ると、イクスは明らかに空気が変わったように感じた。このアサメタウンは自然に溶け込んだ町で、森の香りを身近に感じられるからということなのだが、そのアーチを潜った瞬間、今まで混じっていた町の香り、人工物の香りが弱まり、森の香りが強まった。
アサメタウンの北には小さな森がある。彼らはただ『北の森』等と呼んでいるが、正式には名前があるらしかった。しかし、育ってから知ったその名前は、もう『北の森』で充分に慣れ親しんだ後なので、彼らがその正式名を使うことはない。
彼らが北の森に入ると、サナが一歩前に出てみんなの先頭に立ち、振り返る。
「ねぇ、みんなのポケモンはこのモンスターボールの中じゃ窮屈だと思うの」そう言ってサナはフォッコの入ったモンスターボールを取り出す。「だから、この森が続く間だけ、ポケモンをモンスターボールから出してあげたいんだけど……どうかなぁ」
「それはいい提案だね」
ティエルノが頷く。
「そうだ、サナ。それだけじゃつまらないし……ちょっと遊びませんか。ポケモン図鑑をみんな持っているということもあるし」
トロバはそう言うとポケモン図鑑を起動させ、インデックスを見せる。ポケモンを見つけたり捕まえたりした状態ならばこの空白が埋まるのだが、今は最初に貰った三匹の部分以外は真っ白だ。
「……この北の森は野生ポケモンが非常に豊富。だけど、今まで僕らはポケモンを持っていなかったから自由に立ち入ることが出来なかった。……だから、ポケモンをいっぱい見つけるってのはどうかな?」
「面白そうだな!」
最初に反応を示したのはイクスだった。
次いで、他の三人も顔が綻ぶ。
そうして――『ポケモンかくれんぼ』対決が始まったのだった。
そういうわけで、彼らはそれぞれポケモンを探すための行動に移し始めた。サナは小さな草むらを、ティエルノはトロバとともにのそのそと森の奥へと歩いていった。
イクスも「俺が一番になる!」だとか言って何処かに消えてしまったので、今ここに居るのはフォッコとイグレックだけになる。
「……どうしよっか?」
イグレックが訊ねると、フォッコも首を傾げる。
「わっかんないなぁ……。第一、ポケモンを探すだとかなぁ……ほんと、みんなそういうの好きだよねぇ」
イグレックはそんなことを言っていたが、だからといって参加しないでああだこうだ言われるのも嫌だった。特に、イクスには。
そう考えると、イグレックも適当に捜索を開始した。別に難しいことではないのだ。さっさと三匹ほどポケモンを見つけてしまえばよい話なのだから。
そう勢いづけると、イグレックは森の中を駆けていった。
◇◇◇
それから二十分ほどが経過したが、イグレックは未だに一種類のポケモンも見つけられることは出来なかった。
「やばいなぁ……幾らなんでも零匹はまずいだろうし」
イグレックはそう呟いたが、悪路をずっと歩いていたからか、足がズキズキと痛み始めていた。今は寧ろポケモンよりも座れる場所を探していたのだった。
「椅子とか……都合よくあるわけないもんなぁ」
そんなことを言っていたが、そんな考えは直ぐに跳ね返されることとなる。
目の前に小さな切株が見えてきたからだ。それはイグレックの膝ほどの高さで、椅子として使うにもちょうどよい大きさだった。
運がよかった、とイグレックは呟くと切株に腰掛ける。彼女は改めて森を眺めてみることにした。
森には様々な種類の木の実が生い茂っていた。中には実がついているのもあり、フォッコはそれを取りに走るのだった。
「あんまり遠くに行かないでね!」
イグレックの指示通り、フォッコはイグレックの見える範囲にある木の実を取りにいった。
赤い木の実だった。酸味が強く、煮詰めてジャムにすれば美味しくいただけるものである。
フォッコがしゃなりしゃなりと木の実の前に立ち、啄む。
するとフォッコは、目の前に一匹のポケモンが居るのに気が付いた。
黒い長い耳を持ったポケモンだった。黄色い身体は電気タイプのポケモンを想起させる。
そして、それは漸くイグレックにも目視することが出来た。
「あのポケモンは……!」
イグレックは何かを思い出し、ポケモン図鑑を取り出す。そして、そのポケモンに向けた。
ポケモン図鑑はそれがどんなポケモンなのか、直ぐに教えてくれた。
エリキテルというポケモンは、太陽光で発電するポケモンだ。そして、それを機械に用いたり、自分の生きるためのエネルギーにもすることが出来る。
ポケモン図鑑には、そんなことが書かれていた。
「ふぅん……。でも、あんまり見たことないなぁ」
イグレックの言う通り、この森にはあまり生息していないポケモンのひとつである。つまり、エリキテルと会えることが相当に珍しいのだ。
「これでみんなをぎゃふんと言わせられるなぁ……」
そう言うとイグレックは小さく微笑んだ。
その時だった。
「キャ――――――ッ!!」
女の子の叫び声が森に響き渡る。あれは、間違いなくサナの声だ――イグレックはそう確信すると、エリキテルに小さく手を振ってフォッコとともにその場を後にした。
【次回予告】
群れバトルにはご用心!
第二話 VSデルビル
10月4日投稿予定。