アメタマがハリマロンに与えたダメージは、そう多くはなかった。
だから、イクスは油断してしまっていた。ポケモンバトルに油断は禁物――そんなことはトレーナー同士の常識であるというのに、だ。
だから、彼は、ハリマロンの異変に気付くのに一瞬時間が遅れてしまっていた。
(……おかしい。どうしてハリマロンの方がダメージ的に多いんだ……? 見た限りでは、アメタマも多少のダメージを受けていたが……)
バトルの経験が浅いからこそのミス――それに気付いたのは、それから直ぐのことだった。
「まさか!?」
そう言って、ハリマロン、次いでビオラの順番で視線を動かす。ビオラはそういうのを待ち構えていたらしく、小さく笑った。
「気が付いたみたいだね、いいんじゃない、いいんじゃないの! ……だけど、若干遅かった気もするし、及第点だけど」
ビオラはまだ笑っていた。そして、その笑っていたビオラにイクスは答える。
「『くっつきだま』か……。確かにそれならば、アメタマのターンごとのダメージがでかかったことも頷けるし、今ハリマロンが傷付いているのも理解出来る……!」
「そうだよ、その通りよ。いいんじゃない、いいんじゃないの! 久しぶりに面白いバトルになってきた!」
そう言ってビオラはモンスターボールを構えた。
「戻って、アメタマ!」
その言葉の直後、アメタマはモンスターボールへと吸い込まれていった。
ビオラはモンスターボールを眺め、呟く。
「妹が気に入った理由も、何だか解る気がするなぁ……。久しぶりに、最高に面白いバトルだよ」
見れば、ビオラの目には熱い炎が宿ったのが解った。今ので、彼女に火がついたのかもしれない。
「いいんじゃない、いいんじゃないの! 私も本気でぶつかんなくちゃね!!」
そう言って。
ビオラはもうひとつのモンスターボールを手にとった。構えて、地面に向けて投げる。そこから出てきたポケモンは――ビビヨンだった。
「ビビヨン、『まとわりつく』!!」
そう言ったビオラの命令を聞いたビビヨンは糸を吐き出し――それをハリマロンに巻き付かせた。
「こんなの、『いとをはく』じゃないですか? 痛くも痒くもないですよ」
「そうだと思っているなら、君はまだまだ勉強不足かな」
イクスの発言にビオラはイタズラっぽく微笑む。
ハリマロンがいつもより傷付いている――それも『くっつきだま』によるものではなく、もっと“粘っこい”ものだ――ということに気付いたのは、それからそう時間はかからなかった。
「もしかして……」
イクスは漸く一つの考えに辿り着く。それはとてつもなくどうしようもない考えだった。
「その通り! 『まとわりつく』は、ダメージを与える! くっつきだまのダメージとまとわりつくのダメージ……ひとつひとつは非常に小さいけれど、これが何ターンも続けば……どうなるか、見えてくるんじゃない?」
そう言った直後、ハリマロンは膝から崩れ落ちた。累積ダメージは、相当なものだったらしい。
「あぁ、心配しなくてもいいよ。別に挑戦者は何体やられても問題ないから、さ!」
自分のポケモンはやられることなどない、とでも言いたいのだろうか、その自信は見てとれる。
だが、一体やられた程度で自尊心が打ち砕かれる――イクスはそんな弱い人間ではなかった。
「行け、ヤヤコマ!」
次いで、イクスはポケモンを繰り出す。
「ヤヤコマかぁ……炎タイプのポケモンはやっぱり入れてくるとは思っていたよ。いいんじゃない、いいんじゃないの!」
ビオラの言葉も、今の彼には届いていない。
今はただ――目の前のポケモンを倒すのみ、とそれだけを考えていた。
「ヤヤコマ、『つつく』!」
ヤヤコマはビビヨン目掛けて駆け出していく。そして、その身体に嘴を突き刺した。
「ビビヨン! ……本気を出してきたみたいだね!」
しかしまだビオラの言葉には余裕が見られた。余裕が見られる以上、まだまだ劣勢である状況には変わりないというわけだ。
彼は作戦を考える。ヤヤコマの体力は満タン、そしてハリマロンの体力は殆ど無い。
だとしたら、相性の良いヤヤコマ主導の作戦にすべきか? しかし、そうもいかない。ヤヤコマは確かにタイプ相性的には優勢であるが、その優勢の技は『つつく』一つしか覚えていないからだ。
いくら何でもこれは心許ない。
ならば、意地でもレベルの高いハリマロンを中心にするべきか? しかし、そうだとすれば威力は良くても相性の面で相殺されるかもしれない。だとすれば、その状態――現在は、若干膠着状態となっている――が引き続く可能性すらある。
ならば、ならば、ならば――! 彼の中に様々な考えが流れる。しかしどれも具体的に良いアイデアではなく、彼にも焦りが見えはじめていたのが解る。
「このままではいけない……!」
そう言って、イクスはヤヤコマをボールに戻す。その行動にビオラは違和感を覚えた。
イクスは葛藤していた。
このまま、ヤヤコマに任せれば勝つことは容易だろう。
しかし、彼としてはどうしても――最初にえらんだポケモンで勝ちたかった。勝利を決めたかった。
だが、それで負けてしまっては意味がない。
ハリマロンの体力は限界、対して相手のビビヨンも同じ程度の体力だ。
体力だけ見れば、特に問題はない。
しかし、相性を見ればどうか。
相性だけ見れば、最悪といえよう。
「あー、そんなこと、関係ねえ!」
そう言って、彼はモンスターボールを投げる。
出てきたポケモンは――勿論、ハリマロンにほかならない。
「ハリマロン、『たいあたり』だ!」
イクスがハリマロンに命じた、その時だった。
ハリマロンがビビヨンに向けて駆け出していき――その最中、ハリマロンは光に包まれた。
「……ビビヨン、『かぜおこし』!!」
その命令を聞いて、ビビヨンは羽ばたくが、しかしハリマロンには当たらない。
そして、光がきえたとき――『そのポケモン』は新たな姿を手に入れていた。
ハリマロンよりも尖った耳、まるっとした身体――これは、ハリボーグというポケモンだった。
そして、ハリボーグの身体がそのまま、ビビヨンに命中し、ビビヨンは力を失って倒れた。
「ま、負けた……?」
そして、それは、ビオラの敗北とイクスの勝利を意味していた。
◇◇◇
ビオラからバグバッジをもらって、イクスは外に出た。外ではイクスたちが既に待っていた。
「あれ、博士は?」
「博士は既にミアレシティの研究所に戻ったって。待っているよ! とか言っていたけれど」
「そっか」
イクスは微笑む。
「まあ、これでバッジも手に入れたし……完璧だ」
そうして、彼らはハクダンシティを出る。
次の街は――ミアレシティ。