一匹狼(ゴキブリ)は人類を救いたい   作:暗月警察24時

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蹴撃

力士型テラフォーマーの首をへし折り、トドメを刺したイザベラは先の戦闘、蹴りを放つ直前に違和感を感じていた。

何かが通り過ぎたような……。

そしてその違和感は足元に転がる死体を見て、すぐに確信へと変わる。

 

「腕が一本……ない?」

 

そう、明らかに自分の蹴りではこうはならなかったであろうちぎれ方をしていた。

 

何者かの、介入。

 

何処から敵が来てもいいように構え、辺りを素早く見渡す。しかし気配は感じない。

改めてこの死体を見て、先程のことを思い返すと、この力士型テラフォーマーは確か、腕を振り上げていたような気がする。それは恐らく、自分を迎撃するため。微塵も焦る様子が無く、ただそうしたのはきっと、自分を殺せる自信と確信があったからなのではないか。そう考えると、イザベラはただ「恐ろしい」と、そう感じた。

 

油断か、驕りか。

あの乱雑で不用意な攻撃でも仕留められるとタカをくくっていたのは大間違いだったらしい。

 

しかし、そうなるとあの黒い影は自分を助けたことになる。

 

「……うちの班員にあそこまで速く動けるやつはいないし、そもそも戦闘員じゃない。なら一体誰が……?」

 

しかし、考えても考えてもわからない。

生きているのだから今はそのことは置いておこう、班長を、皆を助けるのが先だとイザベラは脱出機を操作し、ゴキブリに取られないよう移動させ、最速でアドルフの元へ向かうことにした。

近くの岩陰で、黒い何かが動いた。

 

 

 

 

 

 

一方アドルフは、流石はMARSランキング2位といったところか、瞬時に数十のゴキブリを殲滅していた。

とはいえ、消耗が激しい。

 

こんな時に思い出すのは、一年前のこと。

愛する女のこと……自分の力が、引き継がれなかった子供のこと……。

 

────『より頑丈な子孫を』

 

────『より多く残す』、つまり『適応する』

 

人間としての尊厳を捨てれば答えは簡単だった。

優秀な精子を選び、その子供は優秀な夫に育てさせればいい。

自然界では、これが多く見られる。

いかにも合理的、動物的である。

 

勿論人間の暮らす社会にも、『浮気』や『不倫』などからこれは生じるのである。

 

 

アドルフは、彼女と出会って人間を知り、人間になった。

 

 

(なぁ……)

 

(オレさ……オレはさ……オレは、おまえみたいになりたかった。ヒトになりたかったから)

 

(なあ……どうしてだよ)

 

(そんな動物みたいなこと、するなよ……)

 

 

アドルフは、人間は、弱かった。

 

そんな悲しい過去を思い出し、アドルフの戦い方は荒く、自分をも傷つけるものへと変わっていった。

力士型テラフォーマーに組みつかれ、その筋力で鯖折りで押しつぶされそうになる。

それでもアドルフはテラフォーマーの目を突き刺し、電流を浴びせ続ける。自暴自棄だった。

アドルフ・ラインハルトにツノゼミ類による身体強化の手術は施されておらず、ダメージはそのまま通る。

 

やがてアドルフが勝ったが、それでもギリギリであった。

 

「どうした……もっと来い……!!殺してやる」

 

その時、1台の車が現れる。

数匹のテラフォーマーに、布を纏った他とは違う風貌のテラフォーマー、リーダー格のテラフォーマーであった。

取り巻きと思われる力士型テラフォーマーが旗を掲げ、テラフォーマー達はまるで軍隊のように統率力のとれた動きを見せる。

 

「…じょうじ」

 

 

アドルフは限界だった。

立つ気力すらない。

 

……ああ、利用されるだけの人生だったなぁ

 

アドルフが全てを諦め、目を閉じたその時────

 

網の開く音。

 

そこに居たのは、置いてきた非戦闘員だった。

 

「エヴァ!班長を連れて逃げろ!ここはオレらが死ん……っ」

 

「死んでも……っ」

 

やはり、ゴキブリには勝てない。

どんどん数が減り、更には逆に彼らが網で捕えられていく。

 

心臓の動きも弱く、身体も冷たくなっていく。

……エヴァが泣いていた。

走馬灯が脳裏に流れる。

 

思い出すのは、彼女のこと。今の仲間たちのこと。

 

それと同時に一つの感情がふつふつと蘇ってくる。

 

そう、この感情は────

 

 

バコン!!!!と音が鳴り、アドルフの身体が跳ねる。

AED(電気ショック除細動器)、その使用目的は不整脈を起こした心臓を、『停止させる』ことにある。

 

そして止まったヒトの心臓は、まだ生きたいと、そう思う意志さえあれば再び熱く規しく、鼓動を刻み始める。

 

 

────"悔しい"──!!!

 

 

「うおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」

 

 

 

落雷。アドルフの怒りに呼応するように落ちたそれが、ゴキブリを尽く破壊する。

 

「悔しい……悔しいよなあ、お前ら……待ってろ、今助けるッッ!!」

 

偉そうにこちらを見下すゴキブリ達を皆殺しにして、道を拓く。

 

「そこを……退け!!」

 

 

マーズ・ランキング2位、アドルフ・ラインハルト

対するは無数のゴキブリ。

 

「エヴァ、ワック、エンリケ、サンドラ、フリッツ、アントニオ、レイシェル、ジョハン、ミラピクス……。」

「必ず助ける……!!」

 

薬の多量摂取。

それは自分の命を削る行為であり、二度とヒトに戻れない可能性すら出てくる禁忌。

 

「ダメだ、班長ォオオオオオ!!!!」

 

────もう、逃げないと決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、火星における全くのイレギュラーである1匹のテラフォーマーは、その拳が砕けてしまいそうなほどに握りしめ、決して動くまいと耐えていた。

もう、助からないかもしれない班員がいる。

アドルフ・ラインハルトは薬の多量摂取で二度とヒトには戻れないかもしれない。

それでも、今動けば全てが終わる。

 

そもそもが無理に等しいチャレンジであった。

 

人間から見れば自分は周りのゴキブリと同じであり、加えてアドルフ・ラインハルトの攻撃は限界を超えた薬の投与により出力が増した電撃の範囲攻撃だ。

一方テラフォーマーサイドは、近過ぎる距離にボスがいる。賢いボスは自分という異分子を見抜き、即座に処理しようとするだろう。

 

故に、ギリギリまで動けない。

 

『側撃雷の直後』、ボスと力士型テラフォーマーの2体が行動不能になった瞬間を狙う。

そして命懸けで掴み取ったJOKERのカードはリオック。

彼女も恐らくこちらへ駆けつけ、出るタイミングを伺っていることだろう。

 

俺が思い切り場を荒らし、そこをリオックが更に食い荒らす。

意思疎通も出来ない。俺が死なない保証もない。でも、やるしかない。

イレギュラーは大きく息を吐き、こちらに来てから米に変わる主食となった──というかこれしか食べ物はないが──ちょろまかしたカイコガを食べた。

 

 

 

 

ゴキブリの数が目に見えて減っていく。

依然としてボスゴキブリは下を、アドルフを見ている。

 

「退いてもらうぞ、この軍を」

 

投擲。

専用武器である手裏剣のような避雷針はボスとその側近へと迫り────旗の布に阻まれる。

 

知識は力。

テラフォーマーには圧倒的な力があり、知能もあった。

 

しかし、雷の全てを識ることは無かった。

火星には師も書も樹も無く、『側撃雷』と呼ばれるその衝撃を彼らは知らない。

 

旗への落雷。

そしてその半径4メートル以内に立つ2匹に走る、6億ボルトの衝撃。

 

 

それこそ、神憑り的な運の強さが無ければ────即死。

 

 

戦場に、静寂が訪れた。

 

 

 

 

しかし、終わらない。ここで終わらせない。

更に識っている者はいる。

岩陰から飛び出す初速320キロメートルの黒い影。

 

心臓マッサージの方法を知っていたゴキブリのことを、知っていた。

このまま放っておけば、ボスはまた動き出す。

 

だからここで殺す。

 

「じっ……じじじじじょおおおおおおッッ!!!!!!」

 

繰り出された蹴り。反応できた者は、勿論いない。

その一撃は頭部を捉え、勢い良くカッ飛ばした。

ブレーキをかけるように首なし死体の胸を踏み砕き、隣の力士型テラフォーマーにもトドメを刺す。

 

やった。まずはここまでいけた。不意打ち万歳だ。

心の中でそう歓喜し、しかし次の手を打つべく、頭が死んで動きを止めたゴキブリを警戒しつつも駆けた。

 

 

 

 

 

「……何だ今のは」

 

その場にいたドイツ班の全員が、今の光景を理解することが出来なかった。落雷による攻撃の直後、ダメ押しと言わんばかりに攻撃を加えた者がいた。初めはイザベラかと思ったが、それはまず、人間ですらない。紛れも無いゴキブリ、テラフォーマーだった。

しかし、何故?それを知る者は誰もいない。

テラフォーマー達は群れであり、基本的に個が存在しない。人間とはかけ離れた如何にも合理的な存在である。

それ故に謀反や裏切りなど、ありえないはずなのだ。

だというのにあのテラフォーマーはあろうことか自らのリーダーの頭部を躊躇無く蹴り飛ばし、胸も踏み砕いていた。

 

しかし、これはアドルフやその他の班員にとってチャンスだ。

 

最早立つことすらままならない状態だが、まだ生きている。幸いにもゴキブリ共はその動きを止めている。

あの瞬間は、ゴキブリにも予想外だということなのだろうか?

そんな疑問を抱えたまま、アドルフは重たい身体に鞭打ち、仲間を救うべく立ち上がった。

 

「班長は、休んでいてください。ここはアタシが行く」

 

「イザベラ……良かった、ありがとう……でも、オレも行く。正直限界だが、オレは班長だ。それにお前よりオレの方が雑魚を散らすのに向いてる」

 

動ける時間も残り少ないが、1匹でも減らせる事が出来たならそれがいいだろう。

 

と、その時だった。

 

窪みの上から岩が落ち、一部のゴキブリが潰された。

更に投石。

班員達を捕らえたゴキブリと、その周りのゴキブリを尖った石が穿つ。

それを行ったのは、どこの班でもなく、恐らく先程の個体と同じものだと思われるテラフォーマーだった。

 

「…じょうじ」


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