魔法科らは逃げれない。   作:アルピ交通事務局

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世の中、結局LOVE&PEACE

「…」

 

第1セットを終えたので数分間のインターバルを挟む愛梨。

顔色は優れず、一気にスポーツドリンクを飲むのだが気分は優れない。

それもその筈、先天性で手に入れた魔法ではなく後天的につまり実力で覚え、手に入れた自身の二つ名でもある稲妻を光國はあっさりと攻略をしたのだ。彼女の中にあったプライドは大きくヒビが入った。

しかもただ単に相手より物理が強かったから攻略した等ではない。誰もが見つけられなかった弱点をあっさりと見つけて、攻略をした。力業ではなく正攻法で攻略をした。

 

「どうすれば…」

 

技術で抜き去るかもと想定はしていたが、完全攻略をされるとは思いもしなかった。

例え十師族が相手でもこの稲妻をどうにかすることは出来ないと思っていた愛梨には次の手が無い。稲妻でこの競技を進んでいるので、稲妻以外にコレと言った戦法は無い。

 

「…いえ、ダメよ」

 

諦めてはいけない、一色の名を持つ者として普通の魔法師に負けてはいけない。

愛梨は折れそうになる心をプライドで保ち、目を閉じた

 

「!」

 

目を閉じ、意識を集中させた愛梨は気付けば三つの扉の前に立っていた。

此処が何処だかよく分からないが、今の感覚を例えるならば深い海の底にいるのだが、海水が無くなりはじめている。お風呂の浴槽の底に居るのだが、お風呂のお湯が抜け出した感じだった。

お風呂に入っている時と似たような感覚もするので、今の状態で試合をしたら千葉エリカならば圧倒できると感じる。

それと同時にこの状態ではまだ光國には勝てないのが分かり、なにか無いかを探し、三つの扉を見つめる。

 

「違う…」

 

三つの扉の内、一つは開いていた。

どの扉の向こう側に物凄い力があると感じた愛梨は、その扉に向かうがそれではないと感じた。その扉の向こう側には足跡があり、誰の足跡か分かってしまった。

それでは勝つことが出来ないと別の扉を見る。

 

「?」

 

今度は三つの扉の内、最も大きい扉に向かった。

そこは二つの扉と違って大きかった。神々しかった。コレならば、手塚光國に勝てると愛梨の本能が訴えかけていた…しかし、そこには門番がいた。

顔は見えないが、シルエットは見える。とっても小さな女の子なのだが、愛梨はその女の子の事を知っている…のだが、思い出せない。

勝つためには此処しかないと通して貰おうとしたのだが、門番は通してくれず扉は全くと言って開かなかった。

 

「…」

 

仕方無いので三つ目の扉、開いていない一番最初の扉と同じぐらいの扉の前にやって来た。

愛梨はその扉に触れるとあっさりと扉は開いていき、その先へと踏み込むと閉じていた目を開いた。

 

「…」

 

そしてインターバルが終わり、コートへと戻った愛梨。

先程とは雰囲気が変わっており、その事に光國は気付いたのだが何とも言えない顔をしている。

 

「それじゃ、無いんやけどな…」

 

「なにがですか?」

 

愛梨は体から膨大なまでの目に見える量のオーラを出した。

 

「ね、ねえ、アレって」

 

「嘘でしょ…光國くん以外も出来たの!?」

 

そしてそのオーラは愛梨のラケットを持っている右腕へと凝縮される。

紗耶香はエリカは知っている。結局のところ、その力を全くと言って見なかったがそれがなんなのかを

 

「百練自得の極み…まさか、この土壇場で覚えたの!?」

 

無我の境地のその先にある三つの奥義とも言うべき魔法。

森崎を相手に手加減をしていた光國が森崎の心を極限までに叩き折るべく発動させた、才気煥発の極みと同じ無我の境地のその先にあるもの。百練自得の極み。

特殊な道具ではなく、鍛えぬかれた肉体と強い精神力を持って限界を越えた先の先にある境地へと愛梨は足を踏み込んだのだ。

 

「リーナ、別に驚くことでもない…そして焦ることでもない…NEO・ブラックジャックナイフ!」

 

射出口から射出された一球目。

光國は最初から全力とNEO・ブラックジャックナイフを決めた。

 

「ジャックナイフ程度なら!」

 

愛梨もジャックナイフに対して、ジャックナイフで返す。

すると、どうだろうか愛梨が打ち返したボールは光國のNEO・ブラックジャックナイフの倍の威力と回転をしていた。

 

「これは、ダブル・バウンド…に近い?」

 

ボールを打ち返した愛梨は百練自得の極みの効果を感じ取った。

真由美がクラウド・ボール用のCADに入れている唯一の魔法、ダブル・バウンド。

対象物の運動ベクトルを倍速反転させる魔法で、要は倍返しにして返す魔法なのだが百練自得の極みと効果は似ていた。

 

「倍にしても、まだまだだ!オレの波動球は佰八式まであるんだぞ!」

 

NEO・ブラックジャックナイフの倍以上の威力を秘めるボールをあっさりと打ち返す光國。

愛梨も負けじとボール目掛けて走り出すのだが

 

「あれ?」

 

何時も通り問題なく動いているのに、何故か遅かった。

物凄い遅かったとかではなく、何時もより少し遅く、体調とか調子が悪いときの速度だった。

ボールはなんとか拾えたものの、打ち上げてしまった愛梨。見上げるとそこには、手塚が跳んでおり

 

「先ずは一発目!」

 

自身目掛けて、スマッシュを打った。

顔に当たるのかと一瞬だけ反応してしまった愛梨だが、ボールは大きく反れてしまいラケットのグリップに当たり、もう一度、宙を舞う。

 

「しまっ」

 

「遅い、失意への遁走曲(フーゴ)!」

 

宙を舞ったボールの前に跳んで現れた光國。

ラケットを握っていない愛梨はボールを打ち返すことが出来ず、ボールは真横に激突して弾むことなく転がっていった。

 

「っ、まだよ!!」

 

直ぐにラケットを拾ってボールの元に向かい、光國のコートへと打ち返す愛梨。

 

「百練自得の極みには大きな弱点がある…」

 

「また、手塚ゾーン…そうだ!」

 

手塚ゾーンを発動し、二個目のボールと一個目のボールを打ち返した光國。

これを破れなければ勝てないと感じた愛梨は直感的に閃き、ボールを打ち返すとバックステップで距離を取り、その間に光國は引き寄せたボールを打ち返すと愛梨の手元にボールが引き寄せられていく。

 

「成る程…」

 

手塚ゾーンには特殊な回転がかけてある。

威力回転を倍返しで返球することが出来る百練自得の極みで打ち返せば、その威力回転は倍になる。自力ではなく、魔法的要素が加わっているので腕には負担は余り掛からない。

そして何処から打ったとしても最終的には手元に引き寄せられていくので、氷の世界や氷帝王国は使えない。

 

「考え方は柔軟で、合理的だ。

だが知っているか?手塚ゾーンには幾つかの破り方が存在しているのを」

 

光國はラケットを持っている手を左から右腕に変えた。

 

「已・滅・無」

 

そして普通にボールを打ち返した…打ち返したボールは手塚ゾーンで愛梨の手元に引き寄せられる事はなく、ネットの手前でボールが落ちた。

 

「あ、アレは已滅無!」

 

「遂に出してきたか、光國はん…」

 

「あんた達、まだいたの!?」

 

ポップコーンを片手の謙夜と吟。

エリカはまだ観戦していた事に驚くのだが、それよりも説明を求める。

 

「今度はなに?」

 

最早、黒色のオーラで無理矢理ボールの軌道をねじ曲げても驚きはしない雫。

またとんでもない馬鹿げた技術かなとワクワクをしているのだがそこまで難しいものではない。

 

「アレは手塚光國最強の技で、鉄壁のディフェンスを…いや、ちゃうな。

アレは全てを無にする手塚光國の究極の防御、已・滅・無…ま、早い話がボールの威力を上手く無くす返球をしてるっちゅー話や」

 

「アレの前には、ワシの波動球ですら無力…直接破る方法は無い。

せやから、光國はんの届かない所にボールを返すのがセオリー…しかしながら、手塚ゾーンで全てを集められてしまう…哀れな」

 

この試合は完全に決まった。

 

「えっと、アレはどういう技なわけ?」

 

「だから、威力回転を無にして辺球にしとるんや!」

 

「…どうやって?」

 

全く理解できないエリカと雫。

謙夜はどうやって説明をしようか考えていると、第2セットが終わった。

百練自得の極みを全く使いこなすことが出来ず、ただただ威力が強い球を打っただけの愛梨。

光國の全てを無にする已滅無の前に、敗けを認めてしまったのだが試合を棄権することは出来ない。

 

「人間が放つオーラは一定を保ってはいないが、均衡は保つことが出来る。

百練自得の極みは、一ヶ所にオーラを集中させる事によりその部分を使いこなせなければ宝の持ち腐れ…加えて、オーラが集中していない部分は力が抜けてしまう…」

 

「…勝て、ない」

 

土壇場での覚醒を真正面から叩きのめす。

愛梨は膝をついて、どう頑張っても勝てないと無意識の内に才気煥発の極みを発動させて戦略パターンをシミュレートして勝てる方法を探すが見つからない。

 

「まだ、やるのか?」

 

「…私は、やらないと…」

 

まだ面白く無い顔をしている愛梨。

立ち上がったものの目は死んでいる。敗けを認めてしまっている。

 

「別に負けたところで、問題があるのか?」

 

「っ!」

 

一応このクラウド・ボールはテレビの放送時間を埋める為のエキシビションマッチ。

目的は全力で手塚光國の鼻っ柱を叩きのめす為であり、別に試合がどうのこうのと言うのは一切無い。なので、愛梨はここで負けても問題はない…愛梨はだ。

 

「貴方に…貴方になにが分かるの…」

 

「はい、さいしょはグー!!ジャンケン、ポン!!」

 

私の苦しみを知っているの!!と言う、よくある展開が起きようとしたのだが、それを許さないのが、この馬鹿である。

入学式の日と同じくあっち向いて、ホイで愛梨に挑む。

 

「あっち向いて、ホイ!」

 

「…な、なんの真似!?」

 

思わずノってしまった愛梨。

結果は、敗北。ジャンケンにも敗北し、あっち向いて、ホイにも敗北をした。

 

「いやいや、自分が手を出して動かしたやんか…ほんじゃ、もっかい、最初はグー、じゃんけん、ほい!!あっち向いて、ほい!」

 

「またっ!」

 

嫌とかなんでこんな事をと思いながらも、体を動かす愛梨。

しかし、光國には敵わずにまた負けてしまう。

 

「じゃんけん、ポン」「あっち向いて、ほい」

「じゃんけん、ポン」「あっち向いて、ほい」

「じゃんけん、ポン」「あっち向いて、ほい」

「じゃんけん、ポン」「あっち向いて、ほい」

「じゃんけん、ポン」「あっち向いて、ほい」

「じゃんけん、ポン」「あっち向いて、ほい」

「じゃんけん、ポン」「あっち向いて、ほい」

 

「あ、あの時と同じだわ…」

 

「あの時?」

 

インターバルを無視して遊んでいるだけにしか見えない光國と愛梨。

しかし、真由美は覚えている。入学式で光國は達也をフルボッコにしたのを。

 

「手塚くん、物凄くじゃんけんが強いのよ…私、結構どころか本気の本気で挑んだのに負けたのよ」

 

「ああ…彼は常人の三倍の反応速度を持っているらしいですよ。

視覚の情報を瞬時に手首に伝える事が出来るので、ジャンケンでは無敗で…なので平等に戦うためにカードジャンケンをします」

 

「え、そんなのあるの!?」

 

光國のジャンケンの強さのタネを知っている市原は何故か隣にいる真由美を気にせずに、愛梨と光國を見る。

シンプルに楽しそうと言う思いがあるのだが、それ以外に意図があると感じられる。

森崎を心の底から完膚なきまでに叩きのめすため、魔法師=特別と言う考えを捨てさせる為に一切魔法を使わなかったあの時の様に。愛梨になにかを気付かせたいのかあんな事をしている

 

「こうなったら!」

 

負け続けの愛梨は禁断の手を使う決心をした。

禁断の手、それは稲妻をあっち向いて、ホイで使うことだ。

 

「「じゃんけん、ポォオオオオ」」

 

「な、なんて後出しなの!?」

 

クラウド・ボールそっちのけでやるジャンケン。

禁断の手を使って本気を出した愛梨と拮抗している光國。

史上最強の弟子ケンイチの様に互いに超高速の後出しをするのだが、愛梨の優勢で進むのだが

 

「遊びが無いな」

 

「…まだ、まだよ!」

 

光國がグー、チョキ、パーのどれでもない指鉄砲のフェイントを入れた。

フェイントに引っ掛かった愛梨は光國の手に対して勝てる手ではなく、負ける手を出してしまい、後出しも光國に勝てる手を後に出してしまい、光國を追いかける形で後出しをしてしまい負けたが、まだ終わってはいない。

 

「あっち向いて…」

 

あっち向いて、ホイがまだ残っている。

愛梨は全神経を光國の指に集中し、光國の動きとは異なる事をしろと精神で肉体に命じた。

 

「ホ…」

 

右に指を動かそうとした光國。

愛梨はそれを見抜いて、下に顔を動かそうとするのだが追いかける光國。

それでも負けないと愛梨は左に首を動かして勝ったと確信をするのだが

 

「イ!まだまだだね」

 

「なっ!?」

 

光國は使っていた手を引いて、もう片方の手の指で愛梨と同じ向きを差した。

 

「反則、反則よ、そんなの!!」

 

「反則ちゃいます~、もう片方の手を出してはいけないルールはありません~。

つーか、アホやな。もう片方の手を使っていればオレに勝てたゆうのに、ボロ負けって」

 

「…もう一回、もう一回よ!!」

 

市原は本当に光國はなにかをしようとしているのだろうかと疑ってしまった。

光國も愛梨も素になっている。さっきまでのクラウド・ボールが嘘の様に…和気藹々としており、とても楽しんでいた。

 

「っと、もうすぐ第3セットの開幕だが…どうする?」

 

「この借りはクラウド・ボールで返します」

 

「そうか…おもろい顔になってんで、自分」

 

「え?」

 

ずっとずっと、言われ続けていた面白く無い顔。

それがなんなのかは愛梨は全く分かっていなかったが、今度は面白い顔をしていると言われた。急にどうしたことなのかと考える愛梨。

もしかしてと目を閉じれば三つの奥義の扉の前にいた…百練自得の極みと才気煥発の極みの扉は開いているが、最後の扉が開いていなかった。

最も神々しい光國に勝つことが出来る扉の前には門番が居るのだが、百練自得の極みを発動した時とは違いハッキリと姿が見えた。

 

「…そう言うことなのね…」

 

光國が、リーナが、自分の事をつまらない顔をしていると言っていた意味をやっと理解した。

最後の扉に立っていたのは、幼い頃の愛梨。一色と言う名前に負けない才能を持っていたが、心は名前に負けていた。幼い頃は友達らしい友達と出会うことが出来なかった。

今の自分になって出来た友人も家に見合う、名前負けしない人物ばかりで、そう言った人としか深く関わらない様にしていた。

そう言った事をするのは間違いかどうかと言われれば間違いでは無いのだが、愛梨は段々と知らず知らずの内に忘れていた。いや、覚えることが出来なかったのが正しい。

名家故に出来て当然や出来なければ駄目だと言う周りからの期待に押し潰されて忘れていた。

この九校戦でも一色家の愛梨としてクラウド・ボールに出場をしており、最初から心の中に無かった。楽しいと言う感情が無かった。自分だけの為に戦わなかった。

 

「楽しむか…良いわね、それ」

 

愛梨は微笑んだ。

今は絶望に近い状態だと言うのに、なんだか心が軽かった。体が軽かった

一色愛梨として参戦していたクラウド・ボールだったが、今は違う。

ただの愛梨として戦っていると心の鎖を断ち切った。

 

「天衣無縫の極み……塩を送って正解だったか…」

 

気付けば愛梨は最後の扉を通っていた。

扉の門番だった小さな愛梨は微笑んでいた。

光國はそれを見てよかったと、苦しんでいる人を助けれたけど、どうやって勝とうかと悩んだ。塩を送りすぎた。

 

「負ける気がしないわ!」

 

愛梨はとても楽しそうにラケットを構えた。


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